気持ち

著:JIRAI

こんな想いを抱いたのはいつの頃からだったろうか。

アイツに対する私の感情、それがいつからか変化している。

世間一般でいうのなら、これは恋というのだろう。

私がこの感情を向ける相手、それは碇シンジという少年である。

アイツに向けて初めて抱いた感情はただ楽しいというものだ。

断っておくが、一目惚れしたわけではない。

何故なら私達の間には初めての出会いなんてロマンチックなものは存在しないからだ。誤解しないでいただきたいが、別に私達はゲームのキャラみたいに突然この世に現れたわけではない。

初めて出会ったときには私もシンジも物心なんてついてないころで、その時の記憶なんて互い持っちゃいないのだ。故に私達の出会いなんて親の語る絵空事にも似た思い出話の中しかなくて、まるで他人ごとのようにしか感じられない。だから、私にとって初めての記憶は近所の公園で無邪気に遊んでいる私達で、その映像は微笑むアイツの姿で、浮かぶ感情はアイツと一緒で楽しいという想いだけ。

これが私の底にある最初の思い出、惣流・アスカ・ラングレーという人格の出発点。

もし、私が勝手に勘違いしているだけで、この時の想いと今の想いがその実同じものだとしたのなら、私は私になった瞬間にアイツに恋をしていたことになる。

 

 

 

 

――――あれ?もしかしてこれも一目惚れ?

 

 

 

 

「はぁ」

 何度目かのため息をつく。

 時計は午前二時過ぎを指している。ベッドに入ってからとうに三時間は過ぎた。明日は学校だというのにこれは由々しき事態といえる。

 頭に浮かぶのはアイツのことと、アイツへの私の想い。

 飽きもせずこの議題を繰り返す頭のおかげで、最近の夜はいつもこんな感じである。

 本日の議題は「いつからアイツに恋をしていたか」

 結論はまぁぶっちゃけどうでもいい。

 そもそもこの議論自体ただの逃避なのだから。

 本当に考えなくてはならないことは別にある。

 この議論が逃げではなかったらどんなに幸せだったろうか。

 長年の自分の想いに気づいた少女が想い人との思い出を振り返り、その中で育まれた絆の深さに思わず頬を赤らめる。そして少女は願うのだ、へそ曲がりな自分が素直になれることを、想い人に自分の心が伝わることを。

 絵に描いたような青春、あるいは私が望んでいた未来の姿だったのかもしれない。

 私も妄想の中の少女と同じく、長年の想いに気づくことはできた。しかし、私は自分が素直になれることも、自分の心がアイツに伝わることも願えなかった。そのなった理由こそが本当に考えなければならない議題であり、私が逃げたい現実だった。

 

「アスカちゃん、突然だけど来年の今頃ドイツに帰ることになったわ」

 

中学1年生が終わり、春休みの半ばを過ぎた頃、ママにそう告げられた。 

帰る?何処に?ドイツって何?混乱している私にさらにママは語りかける。

 

「ママ達、お仕事の都合で来年からドイツに勤務することになったの、だからアスカちゃんも一緒に…」

 

気づけば私はママの前から逃げ出していた。

かけられる声に誰にも会いたくないと返して自分の部屋に飛び込んだ。

ベッドに倒れこんで先ほどの出来事を振り返る。

 

ドイツにいく、私も一緒に

見当もつかない新しい生活

アイツのいない世界

 

あちらでの自分を想像してみても、そんなものはまるででてこなくて、代わり浮かぶのはアイツの顔で、溢れてくるのはアイツから離れたくないという私の心だった。

こうして私は自分の想いに気づいた。今まで気づけないことが不思議なくらい強い想い。何故気づけなかったのか、気づきたくなかったのか、気づく必要すらなかったのか。

物心ついてからずっと一緒で、いるのが当たり前の存在。この先も側にいるのものだと思っていたから。

けれどそれは幻想に過ぎなくて、その事実を知ってしまった私はとても弱くなった。一番確かなものだったはずのもが砕け散って、なにもかもが怖くなった。アイツのことならなんだってわかっていると思っていたのに、誰よりもアイツの隣いた自信があったのに。もしかしたら、今の関係だって私がただそう思っているだけで、アイツにしたらただの友人なのかもしれない。そう考えると堪らなくなって、アイツに会うのが嫌になった。

 

これが私の逃げたい現実。向かい合うのが怖くて、この話を聞いてからの春休みはずっと家の中で過ごした。パパやママには心配されたけど、調子が悪いということで勘弁してもらった。事実そうなのだから、嘘は言っていない。

家に篭って考えたけど、結局どうしたらいいかはわからなかった。いや、私がなにをしたいのかがわからなかったというべきか。私はただ、楽しかった日々の思い出に逃げ込んでいただけで、一歩も先に進めてはいなかった。我がことながら情けないというしかない。自分のことはもう少ししっかりしていると思っていたが、どうやら違ったようだ。何かを選ぶ以前に考える事自体から逃げてしまっているなんて笑わせる。いつもアイツを優柔不断だなんて笑っていたのに、私はそれ以下なんて。それもこれもママがあんなことを言うからだ。アイツともう一緒にいられない。その現実が私をこんなにも打ちのめした。

 

「シンジに、依存してたのかなぁ」

 

何となく呟いた。

いつも私がアイツを引っ張っていたのは、放っとけないからじゃなくて、私が寂しかったから。そうだとしたら情けないなぁと思いつつ、何故か顔がニヤついている私がいた。

結局最後までそんなことばかり考えつつ、春休み最後の眠りについた。

 

 

 

 そして朝、私はいつもの日課をこなすべくアイツの家へと向かっていった。会うのが嫌だと思っていながら、こうして迎えにいくのをやめる気がしないのはどういうことだろうか。

 そうこうしている間に、アイツの家につく。慣れた手つきでインターホンを押すと、これまた聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「はーい、アスカちゃんかしら?」

 

「そうです、シンジはまだ寝てますか?」

 

何度繰り返したかわからないおばさまとの問答、変わらぬ日常に安心する。しかし、返ってきた返事は思わぬものだった。

 

「それがねぇ、あの子今日は早起きしてさっさと行っちゃったのよ」

「――――――――――――――――――ッ」

 

 思わず声にならない声がでる。

 

「あの子ったら、アスカちゃんがくるって言ってあげたのに何も言わずさっさとでていっちゃって。何考えているのかしら。ねぇアスカちゃん、あの子またなにか馬鹿なことしたの?」

 

おば様がなにか聞いてきているけど、まるで頭に入ってこない。一年の猶予はあったはずの日常。それがもう壊れてしまっている気がして、私の頭は真っ白になった。

 

「シンジ、いないんですか。すみませんおばさま、失礼します」

「アスカちゃん?」

 

 私の異変に気づいたようなおば様の声を振り切るように私は駆け出した。アイツが私の前から離れていって、消えてしまう気がして。例え早くに家をでたからといって向かう先は一つしか無い。一刻でも早くアイツの姿を確認したかった私は周囲の目をはばかることなく、学校へ向けて走り続けた。

 

 

 

「こんなに急いで登校なんてどうしたのアスカ?碇くんもいないし」

 

息を切らしながら校門にたどり着いたところで、友人に声をかけられた。

彼女は洞木ヒカリ、私の数少ない親友の一人だ。

クラスの委員長として真面目な彼女はこんなに早い時間に投稿するのが当たり前らしい。

 

「あの馬鹿はとっくに登校してるらしいわよ」

 

「碇くんが?」

 

「そう、だからなに企んでるか確かめてやろうと急いできたってわけ」

 

心にもない言葉が思わず出て、自分でも嫌になる。アイツのこととなるといつもこうだ。自分の想いに気づいたところで、これはそうそう変わってはくれないらしい。

 

「そうなの?それにしたって息を切らすほど急ぐなんて変じゃない?アスカ、なにか心配そうな顔してるし」

 

私を気遣うように友人はさらなる質問を私に向ける。

心情を悟られまいと、私はキツ目に言葉を返す。

 

「あの馬鹿がなにかやらかしたらアタシやおばさまにまで迷惑がかかるから、それが心配なだけ!ホントいつまでたっても世話のやける!」

 

「ホントに?まぁ、アスカがそういうなら信じておくけど、なにかあったら教えてね。私でも話を聞くぐらいならできるから」

 

怪訝そうな顔で応対するヒカリを見て、内心見透かされているような気分になる。

内容は解らないにしろ、私になにかあったことなどバレバレだろう。それでも私は虚勢を張る。

こうも言ってくれる親友に悩みを打ち明けることもできない。

シンジのことは別として、一年後には私がドイツへ行ってしまうことは相談してもいいはずだ。いや、むしろ親友ならば話すべきなのだろう。

けれど私にはそんなことをする気が起きなかった。話してしまえば、今のこの日常は間違い無く崩れてしまうだろう。

私はそれが怖いのだ。今までが楽しかったからこそ、自らそれを壊してしまうことなどできやしない、例え終わりが明白だとしても。

 

そうか、私、この日常を続けたいんだ。

 

だから、顔を合わせるのを怖がりながら、シンジを迎えにいったのか。アイツと一緒にいることが、私にとってなによりも日常を感じさせるのだから。

そう考えると、気分が少し楽になった気がした。とても後ろ向きなことかもしれないけど、とりあえずは自分が何をしたいかは理解できた。これなら、少しはいつもの私らしくなれそうだ。

 

職員室へ向かったヒカリと別れ、一人で教室へと歩いて行く。HRまで随分と時間があるためか、人影はまばらで、朝の喧騒は感じられない。

教室の扉の前で一つ、息をつく。この扉を開ければアイツがいるはずだ。とりあえず問題は先送りにして今はシンジに会いたい。会うのを怖がっていたとかはどうでもいい、難しいことはあとで考えよう。なんせママに告げられてから今日まで、私はアイツがいない非日常の中で過ごしてきたのだ。そろそろ抜けださなければストレスが溜まってしまう。

そうして、日常を取り戻すべく教室のドアを開いた。

 

「アレ?」

 

しかし、そこはアイツの姿はなく、カバンが置かれた様子もない。

呆気にとられた私は自分の机に突っ伏してアイツが来るのを待ち続けた。

職員室から戻ってきたヒカリに声をかけられる。

アイツの悪友である相田や鈴原に質問を受ける。

それぞれに気返事を返して、ただぼうっとアイツを待つ。

結局アイツが現れたのはHRの予鈴が鳴り響いた瞬間だった。

 

 

 

時は過ぎて放課後。陽も落ちかけているというのに私の心は上の空だ。

原因はもちろんアイツ。

休み時間になるたびにアイツに話しかけようとしたけど、そのたびに逃げられた。どんな理由があってこんな行動をするのかは分からない、分かったことは、どうやら私はシンジに避けられているということだけ。

 

「また夫婦喧嘩か」

 

そんな煽りが飛んできたけど、反応している余裕はなんてなかった。

今まで何度だってアイツと喧嘩したことはあったのに、こんなことは初めてだ。アイツのことなのに、何故こんなことをするのかまったく分からない。怒らせた覚えはないし、そもそもそんな様子には見えなかった。

ワカラナイ、その言葉ばかりが頭によぎる。なにがアイツのことならなんだってわかっている自信があっただ、やっぱり私はアイツのことなんてなにもわかっていないんじゃないか。

現実となった悪夢に押しつぶされて、私の心は沈んでいった。

 

そして一週間ほどが過ぎた。

シンジとの会話は必要最低限。

 どんなに早くアイツの家に向かっても、姿はなくて、そのままホームルームまで姿を現さない。

 休日はどこかへ消えてしまっていた。

相変わらず避けられたままで、私もどうしていいか分からず攻めあぐねていた。

流石にこうなると周囲の人間は何事かと尋ねてくる。

 

「アスカ、やっぱり碇くんとなにかあったんでしょ」

 

「惣流、センセといったいどうしたんや?」

 

 何度も聞かれた。普段はあまり話さないような連中からさえも、何度も。

何があったかなんて私が聞きたいぐらいだ。

 こんなのは私が望んでいたものじゃない。

 私はただ自分の日常に戻りたかっただけなのに。

 

 

 

 さらに、一ヶ月が経った。

 放課後の教室で一人、自分の現状を確認する。

 シンジとの関係は相変わらず。

 それでも、この間に少しわかったことがある。

 アイツは別に私のことを嫌っているわけではないらしい。

 現状に耐えかねた私はアイツの両親に聞いたのだ。最近のシンジはどうしたのかと。私がなにかしてしまったのではないかと。

 帰ってきた答えは「あなたを嫌っているわけではないから安心しろ」という言葉とおば様の優しい微笑みだった。

 それ以上はいくら問うてみても笑顔で受け流されるだけ。

 嫌われているわけではないことに多少の安堵は感じても、気分は依然晴れない。

 例え嫌われてはいなくても、アイツが側にいない、その事実が私の心をすり減らしていく。

 

 「惣流、ちょっとええか?」

 

 一人のはずの教室で唐突に声をかけられた。

 

 「なに?」

 

 姿も確認せずに低い声で返事を返す。

 誰かなんてわかりきっている。

 万年ジャージ男の鈴原トウジ、正直他人に構っている余裕なんかない。

 

 「シンジのことや」

 

 不機嫌な声。

 しかし、その内容にハッとして声の主に振り返る。

 そこには怒りを携えた表情の鈴原と、顔を顰めた相田がいた。

 

 「さっきシンジの奴に問い詰めたんや、なんでお前のこと避けとるんやってな」

 

 それは私が一番聞きたかったこと。

 思わず、身体が張り詰める。

 

 「それで、シンジはなんて言ったのよ」

 

 少し上ずった声がでた。

 それを気にする余裕もなく二人を見つめると、相田の方が一つため息をついて、口を開いた。

 

 「惣流のためだって、シンジは言ったんだよ、それ以上は聞き出せなかったけどな」

 

 予想外の言葉を相田に告げられて思考が停止する。

 私のためにアイツが私を避けている?どういうこと?

 

 「なぁ惣流、お前ホントになにもしとらんのか?ワシにはお前が原因にみえてならんのや」

 

 「お前には見せないけどな、最近シンジの奴すごい辛そうな顔してることがあるんだぜ。さっき問い詰めたときもそうだった」

 

 二人の声には明らかに非難の色が込められていた。

 なぜシンジを苦しめるのかと。

 お前はなにをしたのだと。

 フザケルナ

 なにかされてるのはこっちのほうだ。

 こいつらに糾弾される覚えなんて、ない。

 

 「ふざけんじゃないわよ!私が悪いっていうの?アイツが勝手に避けてるだけじゃない!」

 

 「せやけど、だったらなんでシンジが…」

 

 「知らないわよ!アイツが辛い顔をする理由なんて私が知りたいわよ!」

 

 なんでアンタが辛そうなのよ!

 私のことを避けてるくせに!

 私がどんな思いをしているか知らないくせに!

 

 「辛いのはアタシの方よ!アイツが…アイツが避けるせいで私は…」

 

 「そ、惣流?」

 

 もう、限界だった。

 今まで堪えていたものが堰を切ったように溢れ出てくる。

 

 「なんで、なんで避けるのよ…」

 

 「惣流、お前、泣いて…」

 

 「嫌…もう嫌…逃げないでよ…シンジ…」

 

 それっきり、言葉はでてこなかった。

 夕暮れの教室で、目を真っ赤にしたまま立ち尽くす。

 頭に浮かぶのはシンジのことだけ。

 会いたい、話をしたい、名前を呼んでほしい、私を見てほしい

 湧き上がる感情は限りなく、自分の想いの強さを教えてくれる。

 離れてしまうまで、分からなかったことだけど、私はこんなにもシンジのことが好きだ。

 アイツがいないと私は私が保てない。

 なら、やることはひとつだけ。

 アイツをふんじばってでも捕まえて、話をしよう。

 アイツが隠してることを聞き出そう、私が隠してることを教えよう。

 そして、自分の想いを伝えよう。

 私達に隠し事は似合わない。

 どんな結果になるにせよ、互いに苦しんでいる現状からは脱出できるはずだ。

 この結論がでるまでどのくらい時間がかかったかはわからない。

 顔を上げると、そこには狼狽えた表情の男二人。

 ・・・忘れてたッ?!

 さっきまでとは違う理由で顔が熱くなる。

 自分の状況を理解した私は、脱兎のごとく教室から逃げ出した。

 

 「すまんかった」

 

 その一言を背に受けながら。

 

 

 

 夕暮れの街をひたすらに駆け抜ける。

 向かう先はただ一つ、シンジの家だ。

 家にいるかどうかなんて関係ない、会えるまでいつまでだって待ってやる。

 そんな不退転の覚悟を決めていると

 

 「アスカッ!」

 

 懐かしい、聞き慣れたはずの声がした。

 

 「シンジ!」

 

 姿も見ずに名前を呼ぶ。私がアイツの声を違えるなんてない。

 振り返ってみればそこには、肩で息をしながら、それでもまっすぐに私を見つめるシンジがいた。

 

 「シンジ…」

 

 言葉が続かない。聞きたいことも教えたいこともたくさんあったのに、みんなどこかへ飛んでいってしまった。今はただ、シンジと向き合えたことが嬉しくてしかたがない。

 私ってこんな人間だったかしら。

 

 「ねぇアスカ、話したいことがあるんだけど…今、大丈夫?」

 

 息を整えたシンジが歯切れ悪そうにそう告げてきた。

 私は、コクンと頭を下げて自分の意志を示す。今、声を出せばもう泣き声にしかならない気がして、こうするより方法がなかった。

 

 「じゃ、じゃあそこの公園まで来てくれる、かな。そこで話したいことがあるんだ」

 

 そういってシンジが示した場所は、私の始まりの公園だった。

 私が私になったところであり、アイツとの想い出が詰まった場所。

 思いがけないシンジの提案に頷いて一緒に公園の中へ歩き出す。

 昔と違ってここで遊ぶようなことは無くなったけど、ここには懐かしい日々の記憶が詰まっている。

 ただ公園を歩いているだけなのに、昔の記憶が次々と浮かんできて気分が和らいでいく。

 

 「懐かしいね…」

 

 シンジも同じ気持ちだったようで、そんな安らかな声が聞こえてきた。

 

 「うん…」

 

 自分でも驚くくらい優しい声で同意する。荒れてしまった心を幼い記憶が癒していくよう。

 けれど、いつまでもそうしてはいられない。

 

「あの頃は毎日楽しかったわね。なんの不安も無くてこんな日々がずっと続くものだと思ってた。」

 

「そうだね。でも僕はつい最近までずっとそう思ってた。」

 

「シンジ?」

 

 公園のちょうど真ん中あたりで、足を止めたシンジが私と向き合う。

 

 「僕はずっとアスカと一緒だったから、これからもずっと一緒に居られるって思ってた。でもそれは単なる思い込みでしかないって今年の春になって解ったんだ。」

 

 今年の春?もしかして、それって…

 

 「シンジ、もしかしてママに…」

 

 「うん、キョウコさんが教えてくれた。アスカが来年になったらドイツへいってしまうって」

 

 シンジのやつ、知ってたんだ…

 

 「それを聞いた時、アスカとずっと一緒だなんて単なる思い込みでしかないって気づいたんだ。それと今までアスカにずっと頼りっぱなしだったってことも。だからアスカと別れなくちゃいけないなら、頼りきりじゃいけないって、自分一人でもやっていけるようにならないとって考えたんだ。アスカに心配させちゃいけないって…」

 

こいつ、バカだ。

 誰にも相談しないで、そんなことしてるなんてほんと、バカ。

 

 「バカ…、一人で何勝手なことしてるのよ」

 

 「うん、ほんとバカだよね、僕って」

 

 そう言って、シンジはひどく悲しそうな笑顔を私に見せた。

 

 「アスカに心配させないようにって思ってたのに、結局迷惑かけてる。トウジから聞いたんだ、僕のせいでアスカが辛そうにしてるって。アスカ、僕は大丈夫だから、これからも独りでやっていけるから。だから、もう」

心配しないで、と消え入りそうなほどか細い声で、それでも確かにシンジはそう呟いた。

 

 違う。

 私が辛いのはシンジが心配だったからじゃない。

 私が心配してたのはシンジが一人でやっていけるかなんてことじゃない。

 泣き出しそうな顔と消えそうな声で、コイツはいったい何言ってんの?

 私がいなくても大丈夫だから、心配しないで?

 アンタ、それ本気でいってるつもり?

 

 「アンタ、バカァ?!」

 

 「え…」

 

 「誰がいつそんなことしろっていったのよ!」

 

 「ア、アスカ…」

 

 「私はそんなこと望んでなんか、ない!」

 

 だから

お願いだから

独りでやっていくなんて言わないで

もう、私を

 

「独りに…しないでよ…シンジ…」

 

目から熱いものがこみ上げてくる。

 頭のなかは真っ白で、まともに動いてくれやしない。

 気がつけば、なにかとても暖かいものに包まれていた。

 それはとても気持ち良くて、このまま眠り込んでしまいたいぐらい。

 

 「ごめん、ごめんね、アスカ…」

 

 その声で、この暖かさは抱きしめられているからだと理解した。

 この温もりがなによりも大切なモノに思えて、自然と手がシンジの背中に伸びていく。

 

 「そんなに謝らなくていいのよ、シンジ。だって私のことを気遣ってくれてたんでしょ」

 

 「違う、違うんだよ、アスカ。僕だってアスカと離れたくなかった。でも、それを告げて拒絶されるのが怖くて、自分が傷つくのが怖くて、尤もらしい理由をつけて逃げてたんだ。アスカが独りは嫌だって言ってくれて、やっとそのことに気付けた大馬鹿なんだよ、僕は」

 

 そう言って泣きながら謝罪の言葉を続けるシンジ。

 向き合わなくて、ごめんなさいと。

 だけどそれはきっと私も同じ。

 もしドイツを行くことを知った後、今までどおりに振舞われていたら私はそれにきっと満足してそのまま棚上げしていただろう。

 だから、悪いのはシンジだけじゃない。

 それにこうして離れて追い詰められたから、自分の心に素直になれた。なら、そんなに悪いことでもなかったのかもしれない。

 そして、素直になれた私には聞かなければならないことがある。私はもう、このまま元の関係に戻るなんてことでは満足できない。

 未だ泣いているシンジの耳元でそっと告げる。

 

 「ねぇ、シンジ。なんで怖かったの?どうして私と離れたくなかったの?教えてよ、シンジ。あなたの言葉で」

 

 なんかとてもずるい気がする。こんな事態になったらなんでかなんか解ってるようなものかもしれないけど、それでも聞きたいものは聞きたいのだ。

私の問いにシンジは抱きしめていた腕を一瞬強張らせてから開放すると、ちょっと後ろに下がって涙を拭った。

そして、顔を上げたシンジの口が開いたとき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――私は一番欲しかったものを手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんですってえええ!!!」

響く絶叫。

なぜこんなことになってしまったのか。

シンジと気持ちを通じ合ったその後、私達は今後どうするか話し合った。

でた結論は二人共離れたくなんか無い、だからそのためにできるだけのことをやろうということ。

 まずはうちのママということで二人して覚悟決めてママの前に立った。

 ところがどっこい、いざ話してみたらでてきた言葉はこれ

 

 「ドイツに帰る?やーねぇ、アスカちゃん、あの日はエイプリルフールよ♪」

 

 あんまりなオチに大声で叫んだ後、私達はその場でへたり込んでしまった。

 けどまぁこれはこれで良かったのかもしれない。

 この嘘が無ければ自分の気持ちに二人共気づけなかった訳だし、シンジとはこれからだってずっと一緒なのだから。

 辛かったこの一ヶ月だって過ぎ去った今はもう楽しく笑える思い出話だ。

 きっとこれから起こることもみんなそうなっていくだろう。

 なんせ大好きな人といられるのだから。

 まずはゴールデンウィーク!とことん楽しみ尽くしてやりましょうか!

 

 

 

 

 

 

後書き

季節外れなネタの上に二ヶ月も遅延してしまったり、某同人ゲそっくりなシーンになってたり、あれな出来過ぎて本当に申し訳ありません!

こんな駄文を読んでくださった皆様、受け取ってくださった怪作様、本当にありがとうございます。


同人ゲ……いったい何でしょうか……。
それはともかく、素敵なお話だったのです。
もう実世界は蒸す暑さですけど、関係ないのです。
エイプリルフールとか……もっとネタバラしは先にしといた方がよかったですが、
おわりよければすべてよし、ということですね。
みなさまも何か感じられましたら、よいお話を書いてくださったJIRAIさんに是非感想メールをお送りしましょう。
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