『甘いお菓子』     

 

作・ふゆさん







「ん」

 ……困った。

 本当に、困った。

「ん」

 心の底から、助けてほしいくらいに困る事って、そうあるものじゃない。

 でも、今の僕の毎日は、それだった。

「ん」

 僕は、この前新調したばかりの、ふかふかソファに座って、雑誌を読んでいた。

 食後の休息、僕の至福の時間。

 ……そこまでは、よかったんだけど……。

「ん」

 ふいに、僕にお菓子が差し出されたんだ。

 クッキー。

 ミサトさんが、どこからか買ってきたか貰ってきたのか、おいしそうなクッキー。

 それが、僕に差し出される。  

 けれど、少し問題があった……。

「ん」

 ……さっきから聞こえる、「ん」という声。

 それは、僕に差し出されたクッキー。

 ……アスカが口にくわえて、差し出している、クッキー……。

「もぉ、シンジ、早く食べてよ」

「ア、アスカ……」

 アスカは僕の隣に座り、クッキーを差し出しながら、僕に寄り添ってくる。

 そう、それが問題だった。

「……シンジってば、いつになったら慣れるのよ」

「な、慣れるって?」

「こういうこと」

 と、言いながら、アスカは「んー」と、僕にさらに近づく。   「恋人でしょ?」

「……」

 ……そう、だった。

 周りの人たちは、みんな「信じられない」と言うけれど、僕たちは恋人になったんだ。

 もちろん、紆余曲折がなかったわけじゃない。

 喧嘩なんて、何度したかわからない。

 ……でも、好きだったんだ。

「ほら、早く食べて」

「は、恥ずかしいよ」

「アタシは恥ずかしくないわよ?」

「……」

 ……拒絶されるのは、確かに怖かった。

 好きと告白して、「何言ってるのよ」なんて言われたら、僕は沈み込んでしまう。

 立ち直ることなんて、できなかったかもしれない。

 けど、嫌だった。

 告白しないで、嫌われてる状態でいるより、告白して嫌われてる方が、いいと思ったから。

「ん」

「……」

「ほら。……ん」

「う……」

 彼女の返事は、僕も驚いたけど、「イエス」だった。

 その時、僕はどうしてアスカが僕を選んだのか、わからなかった。

 ……後で、そのことを聞いたら、彼女はこう答えた。

『わかんない。でも、アンタを好きっていう気持ちは、確かにアタシの中にあったから』

「シンジ……、アタシのこと、好き?」

「も、もちろんだよ」

「だったら、食べて」

「……」

 ……恋人になって、わかったことが一つ。

 アスカは、とても甘えん坊だった。

 家はもちろん、登校時・下校時、学校内、いつも彼女は僕にくっついてくる。

 嬉しい。

 確かに、すごく嬉しい。

 でも、少し照れるんだ。

 特に、今みたいな感じで、迫られると……。

「ねえってばぁ」

「……」

「シンジ……」

「わ、わかったよ」

「んふふー」

 フッ、と笑みを浮かべる。

 ……その、最近見せるようになった、彼女の優しい笑顔。

 僕と一緒にいる時にしか見せない、他人には決して見せない、その可愛らしい微笑み。

 僕が独り占めしている、その微笑み……。

 ……僕は、その笑みを見ると、彼女の虜になってしまう。

 小悪魔のような、しかし天使のような、その笑みで、僕は変わる。

「アスカ……」

 照れも何もなくなる、僕に……。

 ぱく

 ……差し出されたクッキーに、口をつける。

 そしてその途端、アスカは僕の身体を、ぎゅッと強く抱きしめた。

 逃がさない、つもりらしい。

 そんなこと、しないのに。

 僕はその意思表示として、彼女の華奢な身体を、同じように強く抱きしめる。

「シンジぃ……」

 惚けたような、彼女の声。  
 僕はその声を聞きながら、ゆっくりとクッキーを食べていく。
    ……やがて、触れる二人の唇。

 僕たちは、動きを止めない。

 最後までクッキーを食べ、飲み込んだ時には、僕たちは既にキスしていた。

 優しく、とろけるような、キス。

 彼女の柔らかい唇の感触が、脳のすべてに行き渡る。

「……ほら、クッキー、食べたよ」

「おいしかった? シンジ……」

「うん。とっても」

「……じゃあ、それよりおいしいもの、もっと食べて」

「?」

「今、食べたでしょ? ……アタシの、唇のことよ」

 くすッ、と笑う。

 悪戯っぽい笑み。

 僕はアスカの誘うまま、彼女にキスをする。

 ゆっくりと。

 そうしていくうちに、アスカの身体から、力が抜けていく。

「……ふぁ」

「どうしたの? アスカ」

「何か、ぽやーっとして、力が抜けちゃった……」

 上気した頬で、彼女はそう言う。

 ……可愛い。

 お世辞なんかじゃなく、心からそう思った。

 なんて、可愛いんだろう、と。

「もっと……キスしてよぉ……」

「ほしいんだ?」

「うん……」

 子供のように、ねだる彼女。

 そんな彼女の愛情表現、僕の恋人の、とても可愛い本当の姿。 

 だから、キスをする。

 何度でも、何度しても、足りないくらいに……。

「……シンジ……」

 アスカはそう言いながら、僕の胸に顔をうずめる。

 僕は、そんな彼女を包むように、優しく抱きしめた。

「フフ……」

 少し、自嘲的な、彼女の笑い。

「……バカ、だよね、アタシ……」

「?」

「アタシね、自分がこんな人間だなんて、わからなかった」

「……」

「弱いな、って。……いつも、側にいてくれる人、求めてたんだ」

「アスカ……」

「シンジだって、そうでしょ? ……いつも、助けてほしいって、目をしてた」

 ……そうだった。

 それは、最初から。

 エヴァに乗り込んだ、あの日から、僕はずっと心の中で叫んでいた。

『助けてよッ!』

『何で僕が、こんなことッ!』

 ……だから、羨ましいと思った。

 一人でも使徒と戦おうとしていた、アスカのことが。

 毅然と、凛とした瞳でいられる、アスカのことが……。

「でも、私も、助けてほしかった」

「……」

「……寂しくて、寂しくて、だからシンジのこと、アタシは何も考えないで……」

 ……僕は、彼女の口を、自分の唇でふさいだ。

 もう、いいよ。

 わかってる。

 わかってる、から……。

「……大好きだよ」

 ただ一言、アスカに言う。

 優しく、微笑んでみせながら。

「シンジ……」

「……二人で、歩こうよ。それなら、大丈夫……」

「シンジ……」

「ね? ……僕らは、もう、寂しくなんか、ないはずだよ」

「シンジ……!」

「同情や、哀れみなんかじゃない。……大好きだよ」

「シンジッ!」

 満面の、彼女の笑み。

 大好きな、彼女の笑顔。

 ……守りたい。

 今、初めて、そう思った。

 この世界を、世界の人たちを、アスカを、守りたい。

 こんな、無垢な、アスカの笑顔を……。

「ん」

「ポ、ポッキー……か」

 差し出される、一本のポッキー。

 差し出しているのは、もちろんアスカ。

 そして、もちろん片方を自分の口でくわえて、僕に差し出している。

「一緒に食べよ?」

「う、うん……」

 ……視線。

 痛い、とても痛い、視線。

「ほら、シンジ」

「わかったよ……」

 ぱく

「へへ」

「!」

 がしッ、と僕は固定される。

 アスカが僕の首に回した、その両手で。

 ……痛い、視線が、ああ、痛いよ。

「シンジ……」

 とろん、とした彼女の表情。

 酔ってる。

 この状況に。

 僕は、とてもそんな気分にはなれない。

 ……原因は、この場所。

 学校、お昼休み。

 僕のクラス。

 クラス全員の、視線が痛い……。

 そうこうしている間に、アスカはゆっくりと、ポッキーを食べていく。

 次第に僕の唇に近づいてくる、アスカの唇。

 ……あ、向こうで女子が、ひそひそ話をしてる……。

 その時。

 パキッ

 ポッキーが、僕の唇の手前で、見事に折れた。

「……あーあ、折れちゃった……」

 残念がるアスカ。

 よ、よかった。

 とりあえず、危機は脱出……。

「ん」

 ……してない。

「ま、まだやるの?」

「全部」

 と、アスカは、ポッキーの箱を出す。

 中には、あと十数本、ポッキーが残っている。

「ぜ、全……部?」

「お昼休み、まだ三十分はあるわよ?」

 小悪魔の、悪戯っぽい笑み。

 ……楽しんでる。

 思いっきり、この状況を楽しんでるッ。

「シンジ、ほら」

「や、やっぱりアスカ、こういうのは……」

「して……くれないの?」

「学校だし……ね?」

「……意地悪。昨日は、あんなに可愛がってくれたのに……」

「なッ?」

 一気に、クラス中がざわめいた。

 ……し、白い目が、僕に向けられてる。

 待って。

 待ってよ。

 違うんだ、これは、あれだ、それだよ、ええっと、何だ。

「ご、誤解されるようなこと言うなよ、アスカッ!」

「誤解? ……だってシンジ、昨日はアタシを抱きしめて、あんなに優しく、キスしてくれたじゃない」

「い、いや、それは……!」

「間違ってないでしょ?」

 し、白い目が……変わらない。

 しかも、男子の視線は、だんだん怒りと妬みを含んできたような……。

「恋人、でしょ?」

「そ、そうだけどさ」

「だから、もっとらぶらぶしよ?」

「う……」

 彼女の、無邪気な笑顔。

 ……だめだ。

 僕はこれで、もうだめになる。

「うん……」

 おとなしく、ポッキー二回戦に入る僕ら。

 周囲の視線なんて、気にもせず。

 ……ああ、幸せ。

 なの……かな?

「いいなぁ……」

「あいつ、うまいことやりおって……」

 そんな、どこぞやの二人の会話など、僕には聞こえなかった。

「……見せつけてくれるわね……」

 ……ただ、そんな無愛想な言い方の、聞き慣れた女の子の声は、とてもよく聞こえた。

 ああ。

   

終わり

あとがき

 どうも、こちらのホームページでは初めてとなります、ふゆと申します。
 さすらいの、甘々物書きです。いや、あまりさすらってないですけど。

 

 こんなんでよろしければ、是非もらってやって下さい。
 で、この作品を読んで下さった方の背中が、かゆくなりますように。

 それでは。


 ふゆさんから投稿小説をいただきました。

 甘いお話で、いいですねぇ。
 お菓子の味じゃなくって、二人の関係がですよ(笑)

 そんな二人を見つめる視線は決して好意的なものばかりじゃないですが、アスカは気にもしないようで‥‥。
 シンジも果報者です(笑)

 みなさんもふゆさんにぜひ感想を送ってください。

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