「バカシンジッ!」

「な、なんだよ!」

「バカだからバカって言ったのよ! バカ!」

「僕のどこがバカなんだよ!」

「アタシのこと、何にも考えてないからよ!」

「考えてるよ!」

「嘘。だったらどうして、あんなことになってるのよ!」

「あんなことってなんだよ! だいたい、アスカに関係ないだろ!」

「関係なくないわよッ!」

「だってそうじゃないか! あれくらいで……!」

「あ……、あれくらいッ?」

「そうだよ! あれくらいが、なんだっていうのさ!」

「へ、へぇ、そう。碇シンジは、そんな人だったんだ。……最っっ低ね、アンタ」

「なッ……! なんだよその言い方ッ!」

「だってそうでしょ? アタシのことなんて、別にどーとも思ってないんでしょ?」

「なに言ってるんだよ。僕は……!」

「近づかないでよ! バカシンジアホシンジサイテーシンジッ!」

「あッ……、ああ! わかったよ、もう近づかないよ! 誰がアスカなんかに!」

「なッ、なんか、ですって?」

「ああ、そうだよ。勝手にしなよ!」

「バ、バカッ! ほんっっっとに最低ッ! アンタなんか大っ嫌い!」

「それはこっちのセリフだよ!」

「もう顔も見たくない! 出てってよ!」

「そっちこそ!」

「バカぁッ!」

 と、走り出して、自分の部屋に駆け込む、アスカ。

 ……。

 ……。

 ……あーあ。

 ……やっちゃった。

 ケンカ。

 おかげで、僕らのせっかくの休日は、最悪の始まりだった。



             *



 ぼーっとしながら音楽を聴いている、僕、碇シンジ。

 暇が心地いい、休日。

 窓際のカーペットの上で、窓枠に寄りかかりながら、光合成している。

 お日様の光が気持ちよくて、つい、うとうとする。

「ふぁ」

 あくびが、出る。

 夜更かししたとか、そういうわけじゃ、ないんだけど。

 暖かくて、ぽかぽかすると、自然に。

 なんていうか、ちょっと幸せ気分。

 ……ほんとなら、この隣にはアスカがいて、一緒にぽかぽか……って、とこなんだろうけど。

 今日はいない。

 朝っぱらから、とんでもないケンカをしちゃったから。

 はぁ……。

 今頃になって、後悔する。

 ケンカなんて、するんじゃなかった。

 ……本当に、些細なことだったんだ。

 ……最近、ちょっと、仲良くなった女の子がいて。

 もちろん、その子に恋愛感情とか、そんなのがあるわけじゃない。

 単に顔見知り、その程度だった。

 名前だって、名字しか知らないし。

 けど、アスカにはそれが、許せなかったみたいだ。

 それで、朝から口論になって……。

 売り言葉に買い言葉、僕も思わずカッとなってしまった。

 あんなことくらいで、って思ったけど。

 今思うと、やっぱりちょっと、無神経だったかな、とも思う。

 でも、今頃気づいても、遅い。

 その結果、朝からずっと、アスカは部屋に籠もったまま。

 出てこようとしなかった。

 声をかけても。

 扉ごしに、「ごめん」と、謝っても。

 アスカは聞いているのかいないのか、何も返事はしてくれなかった。

「……はぁ」

 出てくるのは、ため息だけ。

 仕方なしに、イヤホンを付けて、音楽を聴く。

 ……でも、音は耳に入ってこない。

 素通りしてしまっている。

 聞こうとしてみても、アスカのことばかり考えて、集中できない。

 だめだな、と思って、イヤホンをはずす。

「……はぁ」

 そして、今度は目を閉じてみる。

 このまま、お日様の光を浴びながら、寝よう。

 それがいい。

 起きて何かをしていても、手につかない。

 その方が、いい。

 建設的じゃないけど。

 はぁ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……ちゃんと、仲直りしなくちゃな……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……重い、なぁ。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……重い。

 ……。

 ……ん?

 重……い? 

 ……そんな、変な感覚で目が覚める。

 え?

 お、重い?

 うわ、なんか、肩が重い。

 な、なんだろ。

 右肩が、なんか、やけに重い。

 ちょ、ちょっと待ってよ。

 まだ昼間なのに、なにかに取り憑かれた?

 あわわわ。

 ペ、ペンペンでもないみたいだし、や、やだな。

 僕は、おそるおそる、目を開いてみる。

「……あれ?」

 まず視界に入ってきたのは、綺麗な、さらさらとした髪。

 そして、綺麗な肌。

 ……あ、ああ。

 そうか、と思う。

 いつの間にやってきたんだろ、この子は。

 僕の隣にやってきて、頭を僕の右肩に乗せている。

 んで、寝てる。

 アスカ。

 ちょっと長く、寝てたからかな。

 彼女はいつの間にかやってきて、僕の隣に座って、肩に頭を乗せていた。

 ……思わず、笑みがこぼれる。

 可愛い。

 と、素直に思う。

 なんか、ほんとに猫みたいだ。

 そっと、アスカの肩に手を回して、優しく引き寄せてみる。

 すーすーと、かすかな吐息。

 寝てるみたい。

 完全に。

「なにやってんだか……」

 寂しくなったのかな。

 自分から離れておいて。

 でも、そんなところが、アスカらしいと思ったり。

 その時。


 チン


 と、キッチンから何やら音。

 そして、その音が聞こえたのと、ほぼ同時に、

「ううん……」

 と、アスカの目が覚める。

 僕は、何故か「まずい」と思って、寝たふりをする。

 ……。

 ……。

 ……ばれて、ないよね?

 寝たふり。

 すると、アスカは僕の顔をじーーーーっと見て、ふいに立ち上がった。

 そして、とたとたと、キッチンの方へ行く。

 ?

 何だろ。

 約、二・三分して。

 アスカが、お皿を持ってきて、それを僕の目の前に置いた。

 そして、やっぱりまた、僕の顔をじーーーーっと見て。

 彼女は、逃げるようにして、自分の部屋へと戻っていった。

 ……。

 ……な、何なんだろう。

 おそるおそる、目を開けてみる。

 もちろん、最初に目にしたかったのは、アスカが持ってきたお皿。

 見ると、そこには一枚の紙と、……焼きたてのクッキーが、あった。

 その、紙。

『ゴメン』

 と、一言。

 ……。

 ……くす、と笑う。

 そっか、アスカってば。

 僕のために、クッキー、作ってくれたんだ。

 そっか、そうなんだ。

 あはは。

 そっかそっか。

 ……えーと、かなーり前の前言、撤回。

 今日は、とってもいい日になりそうだ。




『甘すぎるお菓子』

作・ふゆさん





 しばらく、して。

 僕はそっと立ち上がり、そのクッキーをテーブルの上に置いて、アスカの部屋の前へ。

「アスカ、……いる?」

 いるのは、わかってる。

 でも、中から返事や物音とかは、聞こえてこない。

 無理、してるね。

 ほんとは出てきたくて、うずうずしてるくせに。

 ……さてと、どうしようか。

 ……。

 ……あ。

 いいこと、思いついた。

「……アスカ、いなかったらいいんだけど、……僕、ちょっと出かけてくる」

 そして、思いっきり、語調を落として。

「……考えたいんだ、一人で」

 さらに、落として。

「……だから、今日、僕、夕ご飯……いらないから……」

 もっと落として。

「アスカは……、何か、出前でもとって、食べて……」

 それだけ言うと、僕は玄関の方まで行き、扉を開ける。

 そして、靴を履くような音を立てて、外へは出ずに、そのまま扉を閉める。

 そしてそして、足音を立てずに、こそこそと家の中へと戻った。

 もちろん、靴を隠すのを忘れずに。

「ふっふっふっ……」

 今日はちょっと、意地悪碇くん、発動します。

 観察、してみようかな、と。

 こうなった時の、アスカを。

 ……自分で言うのもなんだけど、変わったなあ、僕。

 こういうことを、軽くやってみようとか、思っちゃうあたり。

 すると。

 すぐにアスカは、部屋から出てきた。

 そして、足音は、玄関へ。

 僕が本当に外へ行ったのか、確認しているのだろうか。

 でも、結構長い時間、アスカは玄関にとどまっていた。

 ……怪しまれてる、のかな?

 ちょっと、ドキドキ。

 そんなことを考えていると、今度は、彼女は電話機の前までやってきた。

 僕はどうにか見つからないように、某スネークさんのように、物陰を移動する。

 ……アスカは、もちろんだろうけど、どこかに電話をかけるようだ。

 どこだろ?

 ミサトさんの、とこかな。

「……もし……もし、あ……、……ヒカ……リ? うん……、アタシ……」

 ……違ったみたいだ。

 洞木さんのところか。

 でも……、どうしたのかな。

 洞木さんが出ても、アスカは全然、しゃべろうとしなかった。

 それが、心配になったのか。

 洞木さんのアスカを呼ぶ声が、僕にまで聞こえる程、大きくなる。

 すると。

「……どう、しよう」

 と。

 静かに、アスカは言葉を紡ぎ出す。

「どうしよう……、ヒカリ……」

 何を?

 と、そう思う前に、アスカは堰を切ったようにしゃべり出した。

「どうしよう、どうしよう、ヒカリ……!」

『だから、どうしたのよ、アスカ』

「アタシ、わかんない。どうしたらいいか、わかんないよ」

『ねえ、何があったの? 碇くんのこと?』

「シンジ……。……そう、シンジが」

『碇くんに、何かあったの?』

「違うの、シンジは、何もなくて、アタシ、シンジが、シンジ……」

『ちょ、ちょっとアスカ、落ち着いて。何があったのよ』

「傷つけちゃった……!」

『え?』

「シンジを、傷つけちゃった……! アタシの、せいで……!」

『……』

「シンジとケンカして、アタシ出てけとか言っちゃって、シンジに謝ろうと思って、でも……!」

『アスカ……』

「クッキー、作って、一緒に仲直りして食べようって、でも、でも……」

『……』

「シンジ、なんか、外に出ちゃって、今日は、ご飯いらないって、もう、帰って……こないかも……!」

『……アスカ、泣いてるの?』

「だって、だって、だって、シンジが……!」

『……待ってて。私、今から行くから』

「ヒカリ……」

『だから、落ち着いて。絶対、どこかへ行っちゃだめよ? いい?』

「うん、うん……」

『すぐ、行くからね。じゃあ』

 ……ガチャ、と。

 アスカは受話器を置いた。

 そして、すぐだった。

 ぺたんと床に膝をついて、両手で顔を覆い、泣き始めたのは……。

「……シンジ……!」

 ……。

 ……ま、まずいことに……!

 こ、こんなことになるなんて、思ってもみなかった。

 ……う、ううん……、違う、な。

 わかって、たんだ。

 アスカが、アスカの心が、こんなにも弱々しかったって。

 知ってたはずなのに。

 誰よりも、この僕が、知ってたはずなのに。

 ……そして、知らなかったことが、一つわかった。

 今、わかったんだ。

 アスカの心の中、そこの僕の占有率。

 ……自惚れても……いいのかな、かなり、高いみたいだ。

 ……。

 ……悪いこと、しちゃったな。

 こっそり外へ出て、すぐに戻ってこよう。

 そして、ぎゅッて抱きしめてあげよう。

 それが……、いいよね。

 さて、そうと決まれば、だ。

 なんとか隙を見つけて、外へ出なくちゃならない。

 どうしたものか……。

「アスカ!」

 ばーん、と。

 いきなり、大きな声とともに、扉を開ける音が響く。

 早ッ!

 も、もう来たの?

 洞木さん。

 ……どうやら、家の近くにいたみたいだ。

 プラス、アスカがかけていたのは、洞木さんの携帯だったらしい。

 け、計算外……!

「アスカ、大丈夫?」

「ヒカリぃ……!」

「あーもぉ、涙でぐしゅぐしゅじゃない」

「だって、だって……!」

「ほら、とりあえず立って立って。リビング、行きましょ?」

「うん……」

 と、洞木さんに連れられ、リビングへ向かう二人。

 チ、チャンス。

 今なら、なんとか外へ出られるかも……!

 ……と、とはいえ。

 洞木さんがいる時に、僕が帰ってくる、っていうのもな……。

 なんか、照れくさいというか、なんというか……。

 洞木さんをやり過ごしてから家に帰る、いい方法はないかな。

 タイミングが難しいよね。

 かといって、洞木さんが帰るまで、マンションの周りをウロウロするのも、なぁ。

 音速で通報されちゃいそうだし。

 どうしようか……。

 ……と、その時。

「ちょ、ちょっとアスカ、どこ行くの?」

 と、聞こえてきた、洞木さんの声。

 それと同時に、足音がこちらへ向かう。

 え?

 ちょ、ちょっと待ってよ。

 こっちに来るの?

 せ、せっかくの、外へ出るチャンスが……!

「アスカ! だめよ、外へ行っても……!」

 どうやら、アスカが玄関に向かおうとしてるらしい。

 洞木さんは、そんなアスカを止めようとしてるみたいだ。

 けど。

 そんなことをしなくても、アスカは自分から止まった。

 そして、ぺたんと、玄関に腰を下ろす。

「……アタシ、ここで、待つ」

「アスカ……」

「シンジが帰って来るまで、ずっと、待ってる……」

「……」

 洞木さんは、ふぅ、とため息をつく。

 そしてそれと同時に、アスカの隣に腰を下ろした。

「碇くん、幸せ者ね」

「……」

「アスカに、こんなに、想われて」

「……」

「羨ましいな……」

「……そんなこと、ないわ」

「え?」

「シンジ、幸せ者なんかじゃないわ。……アタシなんかが、いるから」

「アスカ……」

「ガサツで、気が強くて、我が儘で、独占欲の塊で、高飛車で、そのくせ甘えん坊で……」

「……」

「よくこんな女に、ついてこれるな、って思う」

「……」

「シンジ、全然、幸せじゃない……。……アタシが、いるから……!」

「アスカ……、やめなよ」

「アタシは、シンジを傷つけてしまった。……もう、絶対にしないって、誓ったのに」

「アスカ」

「アタシの、アタシのせいで……! ……ねえ、ヒカリ、どうしたらいい?」

「えッ……」

「どうしたらシンジ、許してくれる? どうしたらシンジ、笑ってくれる?」

「……」

「教えてよ、どうしたらいい? どうしたら、シンジを喜ばせてあげられる?」

「……」

「クッキー、作っただけじゃだめなの? シンジ、笑ってくれないの?」

「……」

「教えてよ……。……どうしたら……、シンジ、……アタシを、好きでいてくれる……?」

 ……最後の方は、完全に泣き声だった。

 アスカの知らない一面を、初めて見た気がする。

 そして、どこか、似ている。

 昔の、僕に。

 みんなに好かれようとして、苦しく笑ってた、僕と重なる。

 ……怖かったんだね、アスカ。

 僕が……、怖かったんだね?

 アスカを好きでいる僕が、いつか消えてしまわないか、……って。

 ……ずっと、怯えてたんだね。

 そんなこと、ないのに……。

 怖かったのは、僕の方、なのに……。

「……アスカ」

「?」

 ゆっくりと、優しく、洞木さんがアスカに話しかける。

「そのままで、いいんだよ。アスカは」

「その……まま?」

「だって、碇くんが好きになったのは、そのありのままのアスカなんだから」

「……」

 かぁッ、と。

 アスカの顔が真っ赤になるのが、僕の目にも見えた。

「碇くんは、ずっと素のアスカを見てきて、そのアスカを好きになったんでしょ?」

「……た、たぶん……」

「だから、いいのよ。アスカは、今のままで」

「……」

「変わってしまった方が、碇くんは困ると思うな、私」

「そう……なのかな」

「そうよ。自信を持ちなさい、惣流=アスカ=ラングレー」

「ヒカリ……」

「ね?」

「……うん」

 ……。

 優しいんだな、洞木さんって。

 ……母さんも……。

 ……もし、母さんがいたら、母さんも、同じ事を言うのかな……。

 ……。

 ……あ、あはは、ぼ、僕、なに考えてんだろ……。

「……アタシ、ここで、待ってる」

「アスカ……」

「ずっと、朝まででも、シンジを待ってる」

「……うん」

 と、その時。

 キィ、と静かに扉が開く。

 もちろん、開けたのは『僕』じゃない。

 反射的に、アスカはその場から立ち上がる。

 僕、だと思って。

 けど。

「ただいま〜。……って、あれ? どしたのアスカ? こんなとこで」

「なんだ、ミサトか……」

「なんだ、とは失礼ねー。あ、洞木さん、いらっしゃーい」

「どうも。お邪魔してます」

「いーのいーの。ゆっくりしてってー。……で? 二人とも、これからお出かけ?」

「い、いえ、違うんです。実は、アスカが……」

「……シンジが、出てっちゃった……」

 と、涙目の、アスカ。

「アタシの、せいで……!」

 ひとしきりの、沈黙。

 すると、

「……なんだかよくわからないけど、わかったわ、二人とも」

「「?」」

「とりあえず、アスカを連行します」

 と、ミサトさんはアスカの手を引き、ずるずるとリビングへ連れて行く。

「ちょ、ちょっとミサト」

「はいはいー、文句言わないの。はっきりしっかりくっきり、しゃべってもらいますからねー」

「あぁん」

「あ、ちょっと待ってー」

 と、二人に続く洞木さん。

 チャンス。

 今しか、今しかないッ!

 というわけで、僕はようやく、なんとか中の三人に気づかれずに、葛城家を脱出したのだった。

 ……はぁ、しんどかった。

 ちょっと、限界だったんだよな。

 あのままあそこにいたら、きっと僕、「アスカ!」とか言って飛び出してた。

 それくらい、なんか、キてた。

 ……はぁ。

 罪滅ぼし、と言うのもなんだけど。

 なにか、おみやげでも、買っていこうかな……。



             *



「驚いたな」

「え?」

「シンジくんが、そんなに女泣かせとは」

「加持さんッ!」

「いや悪い。褒めているんだがな。あ、おやじさん、大根追加」

 屋台のおでん屋さん。

 ばったり出会った加持さんと一緒に、夕ご飯代わりにおでんを食べていた。

 ああ……、こうしてると、なんかわかる気がする。

 家に帰りづらい、お父さんたちの気持ち。

「それにしても、シンジくんにしては、ずいぶんと大胆な行動だな。アスカを泣かせるだなんて」

「僕だって、そんなつもりはありませんでしたよ。でも、なんか……」

「それが目覚めだ、若人よ」

「なんですか……、それ」

「そのうち、それが気分よくなってくるぞ」

「なッ、なに言ってるんですか!」

「ははッ。いや、女の涙ってのは、バツも悪いが、気分もいい」

「……僕には、わかんないです」

「そのうち、わかるさ。あ、大根追加ね」

 ああもう。

 この人に相談しようとしたのが、間違いだったのかな。

 ミサトさんがいたら、脊髄反射で「間違いよ」とか、言いそうだな。

「で、どうだった?」

「は? な、なんですか」

「可愛かったろ? 泣き顔のアスカ」

「!」

「否定できるかい?」

「……」

 ……できないところが、悲しい。

 心苦しかった反面、そんな別の一面を見せるアスカも、可愛いと思った。

 それは、……事実だった。

「とかく、女の涙は美しい。愛する男を想って泣く、女の涙はな」

「……」

「それが自分に向けられたものなら、なおさらだ」

「……ちょっと、意地悪、してみたかっただけなんです。ほんとに……」

「まあ、度を過ぎれば罪悪だが、よかったんじゃないか?」

「?」

「アスカは君のことが好きで、君も同じ。それが、よくわかったろ? あ、大根追加」

 確かに、それはそうだった。

 ああしてしまったことで、アスカの気持ちがよく理解できたと思う。

 そう。

 僕はそうやって、僕を想うアスカを、僕がいないところで見たかったんだ。

 ……どれだけ、僕のことを想ってくれているのか。

 試したかったんだ……。

「……悪いこと、しましたよね、僕」

「そう思うんなら、早く帰ってやるんだな。君のお姫様は、お待ちかねだぞ」

「……はい」

 そう、そうだよね。

 それがきっと、一番いい。

 ……でも、思う。

「加持さん」

「なんだい?」

 疑問。

 それは。

「どうしてさっきから、大根しか頼まないんですか?」

「ああ、ほら、大根足に慣れておこうと思ってごぶべ」

 ……。

 ……会話の途中で、どこからか、木槌が飛んできた。

 ……。

 ……み、見て、る?

 見られてる?

 『あの人』に……。

 僕は鼻血を出して倒れてる加持さんを置いて、早々に退散したのだった。



              *



 夜中、午前三時。

 結局僕は、まだ家に帰ってなかった。

 だ、だってさ、なんかその、帰りづらいんだよね。

 あんなことしちゃって、余計というかなんというか。

 結局、おでんを食べた後、本屋で立ち読みしたり、公園を散歩したり……。

 新青山霊園で、綾波と会ったり。

 ……彼女がなにをしてたのかは、知らないけど……。

 と、とにかく。

 その後も、ケンスケのサバイバル生活のお邪魔をしたりしてたら、こんな時間になってしまった。

 さすがに、アスカも寝てる……よね。

「……ただいま……」

 そっと、鍵を開けて、中に入る。

 入る……、と。

 目の前に、いた。

 真っ暗闇の中で、ぽつんと座っている、女の子。

 アスカ?

 まさか……、本当に?

 本当に、ずっと僕のこと、こんな時間まで、待っててくれたの?

 その瞬間、だった。

「……!」

 ぎゅッ、と。

 アスカは、それが僕だとわかった瞬間、僕に抱きついてきた。

「あわッ!」

 思わず体勢を崩して、尻餅をついてしまう。

 そんなことになっても、アスカは、僕から離れようとしない。

 僕の胸に顔をうずめて、何も言わずに、ただ泣いていた。

「アスカ……」

 ただ、泣いていた。

 僕を、ただ抱きしめたまま。

 ……ずっと、待っててくれたんだ。

 ずっと、起きて、待っててくれたんだ……。

「……アスカ、ごめん……ね」

 謝る。

 けど、アスカはぶんぶんと首を横に振ると、また、泣き出した。

「僕も……悪かったよ。……ごめん」

 でも、やっぱり。

 アスカは首を振って、ただ泣くだけだった。

「……あと一つ。心配かけて、ごめん……」

 今度も。

 何度謝っても、ただアスカは、首を振って、泣くだけだった。

 僕は、そんなアスカを、そっと抱きしめる。

 慰めるように、ぽんぽんと、背中を優しく叩きながら。



             *



「はい、ホットミルク」

 と、まだぐすぐす言ってるアスカの前に、僕がそれを差し出す。

 落ち着く時の、必需品。

 そして、アスカが座るリビングのテーブル、その向かいに、僕は座った。

 アスカ、目、真っ赤。

「……ごめんね、アスカ」

 ふるふる、と。

 アスカは言葉を出さず、ただ、首を横に振って答える。

「僕がちゃんとしてれば、アスカに嫌な思い、させなかったんだから。……僕が、悪いよ」

 また、ふるふると、アスカは首を振る。

 ……。

 ほんとは、もっと謝らなくちゃいけないこと、したんだけど。

 ばれたら、殺られるから、黙っておくね。

 だから、心の中で、……ごめんね。

「……アスカ」

「……?」

「僕はね、アスカが好きだよ」

「……!」

「心の底から、ね」

「……」

「……離れられないのは、僕の方なんだよ」

「?」

「怖いんだ、僕。いつか、アスカが離れてしまうんじゃないかって……」

 ふるふる、と首を横に振る。

 今までの比じゃない。

 思いっきり、力強く振る。

 ……ありがとう。

 でも……。

「……それでも、ね。不安に、なるんだ……」

「……」

「けどさ……」

「?」

「信じてるんだ」

「……」

「アスカの、こと。大好きだから、……信じてる」

 そう、言う。

 すると、今度は違った。

 アスカは笑みをうかべて、こくん、と一度だけ、うなずいた。

 十分、と思った。

 その笑みだけで、僕は、十分だと。

「……さて、と」

「?」

「少し、おなかがすいたから、寝る前にちょっとおやつ」

 と、そう言いながら、ある物を持ってくる。

 それは、アスカが僕のために焼いてくれた、クッキー。

 ぱく。

 と、食べてみる。

 なんだか、とっても、優しい味がした。

「おいしいよ、アスカ」

「……」

 なんか、赤くなってる。

 そんな顔を見てると、なんというか、もわもわと気分が高揚する。

 ……ああ、なるほど。

 『コレ』の時、いつもこんな気分になってるんだ、アスカって。

 ふふーん。

 僕はちょっと笑いながら、アスカの隣に座る。

「ん」

 ぱく、とくわえたクッキー。

 僕は、それを食べずに、アスカに差し出した。

 もちろん、口にくわえて、だ。

 そう。

 それはもちろん、いつものアレ。

 なんだか、照れて真っ赤になってるアスカ。

 ……いつもは、平然とやってくるくせに。

 やられる側になるのは、そういえば初めてだっけ?

「ん」

「……」

「ん」

「……」

「ん」

 このぉ。

 アスカは、全然近づいてこない。

 なんか悔しいな。

 だから、僕は自分から、アスカに近づく。

「ん」

「……」

 ようやく、観念したのか。

 彼女は顔を真っ赤にしながら、静かに顔を近づける。

 そして、かぷ、と反対側をくわえ……ようとしたところで、僕はそれを一気に食べてしまった。

 きょとんと、不思議そうな顔をする、アスカ。

 僕はそれに、微笑んで答える。

「今、思ったんだよ、アスカ」

「?」

「好きな人とキスするのに、クッキーなんて理由、必要ないよね」

 と。

 僕はそっと、アスカの唇をふさいだ。

 長ーい、長い、キス。

 そっと触れてるだけだけど、ずっと、僕たちは、キスしてた。

 そして。

 とっても名残惜しいけど、僕はアスカから離れた。

 彼女は、さっきよりも顔を赤くして、上目遣いに僕を睨む。

「……バカシンジ」

「ん?」

「アタシに、こんな恥ずかしい思い、させて」

「え、なに?」

 わざと。

「だ、だから、アタシにこんな……!」

 聞こえない、フリ。

「もっとしてほしいの?」

 ちゅ

「ん……!」

「それとも、お菓子……食べたい?」

「……」

「……あ、そうか、意味ないね」

「や……」

「どっちも、キスだ」

「ふぁ」

 恥ずかしい、なんて言っておいて。

 僕がそうやってキスすると、そっと、手を回して僕に抱きついてこようとする。

 可愛いな、と思うのは、こんな時。

 もちろん、普段のアスカも可愛いけど。

 こんな時は、もっと可愛いと思う。

「アスカの唇、柔らかい……」

「……からね」

「?」

「アンタしか……、感触、知らないんだからね……」

 そうじゃなかったら、嫌だよ。

 と、いうわけで。

 独占できる喜びに震えつつ、その唇をさらに独占しようとする。

「や……、シンジ」

「ん?」

「キス、しすぎ……!」

「嫌?」

「……」

「だったら、いいよね」

「んぅッ……」

 抗議なんて、言わせない。

 だいたい、抗議しようとするなら、沈黙で答えちゃだめだよ。

 だから。

「調子に乗って、いい? アスカ」

「……そ、そんなこと、聞かないでよ」

「否定、しないんだね」

「……してもらいたい、っていうのは、ダメ……?」

「全然」

 言いながら、頬に、ゆっくりと優しいキス。

 何回も、何回も、頬にキス。

 そして、次第にその位置を、アスカの唇へと移動させる。

 二センチ、一センチ、あとちょっとで、唇……。

 ……と、いうところで。

 僕はあえて唇へはせずに、反対側の頬へと向かう。

 真っ赤な、アスカの顔。

「意地悪」

 と、呟く。

「唇に、してほしかった?」

「……ほんとに、意地悪」

「おかえしだよ。いつもの」

「……そんな、頬になんて、いいから」

「ん?」

「唇に、して……?」

「……」

「ずっと、唇で、キスしてて……」

「うん」

 そう言うと、僕はぎゅっと、アスカを腕の中に収める。

 僕の腕の中、上目遣いで見るアスカ。

 そしてそのまま、僕はまた、アスカにキスをする。

「ん……」

 最初は、ついばむように、何度も何度も唇を重ねる。

 そしてその後、ゆっくりと、お互いの唇の感触を楽しむように、キスをする。

「シンジのえっち……」

 アスカが、そんなことを言う。

「えっちなこと、何もしてないよ? 僕」

「キスがえっちっぽいのよ。シンジは」

 そうなのかな?

 自分では、よくわかんないんだけど。

「じゃあ、えっちっぽいキスしようか」

「も、もうッ。どうして、アンタは、そう……!」

「こんなこと、しようとするのかって?」

「そ、そうよ」

「そりゃあ、アスカが可愛いからって、そういう理由だと思うよ。きっと」 

「……お世辞、うまくなったじゃない」

「違うよ」

 と、僕は微笑んで、クッキーを口にくわえる。

「そんな可愛いアスカと、いちゃいちゃしたい、それだけさ」

「……バーカ」

 そう言って。

 アスカは、くすくすと笑いながら、僕の差し出したクッキーを食べる。

「……ねえシンジ、クッキー、あと何個?」

「うーんと、五個くらいかな?」

「結構、食べたわね」

「……ポッキーでも、買ってくる?」

「なによ、アンタ、さっき言ったじゃない」

「?」

「好きな人とキスするのに、クッキーなんて理由、必要ないって」

「違うよ、アスカ」

「なにが?」

「好きな人と食べるお菓子っていうのが、いいんだよ」

「……そっか」

「キスは、また別さ」

「そうね。……でも、ポッキーは、買ってこなくてもいいわ」

「どうしてさ」

「シンジと離れたくないから。今は……」

「うん……」

 そして、僕たちはクッキーを食べる。

 ゆっくりと、その、甘いお菓子を。

 ……あ、いや。

 そうじゃないな、たぶん。

 今、気づいた。

 その甘いのって、お菓子が甘いんじゃないんだ、って。

「甘いよね」

「ん……? なに? シンジ」

「甘すぎるくらいだ」

「?」

「僕にとっては、過ぎたお菓子かも」

「だから、……なにが?」

「アスカとのキスが、さ」

 と。

 また僕は、キスをする。

 だって。

 それは、いつまでも味わっていたい、お菓子だから。



             *



「遅かったわね」

 学校。

 屋上へ、続く階段。

 屋上から降りてくる僕を、アスカが待っていて、声をかける。

「……屋上で、なに、してたの?」

「う、うん、ちょっと……」

 わかってる、はずだ。

 アスカには。

 だって、この場所にいたのなら。

 ……僕の前に、階下に降りていった女の子がいたこと、知ってるはずだ。

 泣いていた、女の子が。

 僕が、……僕が泣かせてしまった、女の子が……。

「……ちょっと、呼ばれて」

「そう」

 アスカは、そう言い。

「それじゃ、お昼ご飯にしましょ」

 と、僕を引っ張る。

「あ、あの、聞か……」

 聞かないの?

 と、言おうとした。

 けど、アスカは、笑うだけだった。

「なんか言った?」

「あ……、う、ううん。なんでも、ないよ」

「あ、そ」

 わかってるんだろうな。

 全部、アスカには。

 だから、僕は嬉しかった。

 全部わかった上で、僕を、信じてくれている。

 それが、そのことが……。

「アスカ」

「ん?」

「……ありがとう」

「……」

 照れてる、アスカ。

 ありがとう。

 大好きな……、アスカ。

「ねえ、アスカ」

「なによ」

「僕は、君だけを、好きだからね」

「なッ……、なに当たり前のこと言ってんのよッ! ほらッ、行くわよッ!」

「うん」

 嬉しそうな、アスカ。

 それが、僕には、嬉しかった。










 終わり

 あとがき


 ぎゃはああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!
 かゆッ! 背中かゆッ!

 ……ど、どうも。
 自分で書いておいて、自分でかゆがってる、ふゆでございます。
 皆様、どうもお久しぶりでございます。
 で、そのお久しぶりで、このような長ーーーいお話。
 読んでくださった皆々様、ご苦労様でございました。
 そして、ありがとうございました。
 さらに、掲載して頂いた怪作様、今後とも、またよろしくお願い致します。

 てなわけで、「甘すぎるお菓子」、お菓子シリーズ最終作ということで。
 まずいかもです。
 いや、私の頭が(笑)。

 ま、それはさておき。
 この作品、楽しんでいただけましたか? ならば、幸いでございます。

 それでは、また次回。
 ふゆ、でしたー。



ふゆさんからお菓子シリーズ最終作をいただきました。

涙に興奮するですか‥‥ちょっとシンジ君変態入ってますね<そんなことは書いてない

最終的には大根好きな色男のおかげなのか‥‥正常な道に復帰したので良かったです。

ふささんに読後に是非感想メールをお願いします。