『甘い甘いお菓子』          

作・ふゆさん







「ほら」

 ……困った。

 本当に、困った。

「ねぇ」

 ……何だか、僕は最近、困ってばかりのような気がする。

「ねーってば」

 最近、僕の恋人である惣流・アスカ・ラングレーは、激しく僕に甘えてくる。
 
 嬉しいと言えば、嬉しいんだけど。

 だからって、二人きりの時はまだしも、公衆の面前で甘えられると、かなり困ってしまう。

 どうも、なんというか、照れてしまうんだ……。

「もうッ、シンジってばッ」

 今日は、日曜日。

 いい天気だったので、僕とアスカはデートをしている。

 九月とはいえ、外はまだ夏。

 さすがに暑いということで、ちょっと休憩しようと、僕らは喫茶店の中に入った。

「ほらッ」

 ……まあ、ここまでなら、特に問題はない。

 問題は、そこでアスカが注文したもの。

 ジュース。

 ただのジュースではなく、夏らしく、トロピカルジュースだ。

 いや、それだけなら、別にいいんだけど。

 ……アスカが頼んだのは、ストローが二本さしてある、大きなトロピカルジュース……。

 そう、カップル定番の、アレだったんだ。

「せっかく頼んだんだから、飲も?」

「う、あ、うん」

 ……ああ、周囲の視線が突き刺さるようだよ。

 どういうわけか、店内のお客さんはおろか、店員さんの視線まで僕らに集中している。

 なんだか、見せ物になっているような……。

 ……そんなに、珍しいの?

 トロピカルジュースをこうやって飲む、カップルって。

「やっぱり……一緒に?」

「当たり前よ」

「……」

「シンジと一緒に飲まないと、おいしくないじゃない」

 そう言って、じーッと僕を見る、アスカ。

 拗ねているようで、どこか期待しているような、そんな眼差し。

 遊んでほしいと目で訴えている、子犬のような瞳……。

 そんな目をされると、断れない。

 別に、こういうことをするのが、嫌だってわけじゃないんだ。

 ただ……その……。

「ちょっと……視線がさ、気になるんだよね」

「気にしないの、そんなこと」

「?」

「見せつけてやりましょ。……アタシたちが、どれだけ、らぶらぶか」

「……」

「一緒にジュース飲むのが嫌なら、もっとすごいことするわよ?」

「な、何を?」

「たとえば……、そのシンジの膝の上に座って、キスしまくるとか」

 くす、と笑う。

 小悪魔的な、笑み。

「あとは……、このままシンジに抱きついて、離れないとか」

「い、いや、さすがにそれは、こんなところじゃ……!」

「だったら、一緒に飲も?」

「う、うん……」

 ……前言撤回。

 小悪魔的、じゃない。

 小悪魔だ、アスカってば。

「じ、じゃあ、いただきます……」

「うん」

 ちゅう、と飲んでみる。

 ……なかなか、おいしい。

 おいしくは、あるんだけど……その、視線がどうにも気になって……。

 アスカは、恥ずかしくないのかな?

「ねえ、アスカ」

「……」

 見ていた。

 アスカは、じっと、僕のことを。

「アスカ……? あ、あのさ……」

「……」

 何も、彼女は答えない。

 ただジュースを飲みながら、じっと僕のことを見つめている。

 とても、嬉しそうにして……。

「シンジ」

「なッ、なんだい?」

「おいしい?」

「う、うん。おいしいよ」

「そう。……アタシも、おいしい」

「あ、そ、そうなんだ」

「シンジと、一緒に飲んでるから……」

 ……それを聞いただけで、僕の顔は真っ赤になってしまう。

 いや、真っ赤にならない方が、おかしいのかもしれない。

 ま、まいったなぁ。

 僕は照れ隠しをするように、ややうつむいて、またジュースを飲みだした。

 ……そしてまた、ちら、とアスカに目をやってみる。

 すると、やっぱり彼女の視線は、僕から動いていなかった。

「……んふふ」

 笑ってる。

 何だか、とても楽しそうに。

 その時、ふとアスカは、ストローから口を離す。

「……えへ、いいなぁ、こういうのって」

 アスカはそう言って、じっと僕を見つめたまま、テーブルの上に、ころんと転がった。

「何だか、顔がにやけっぱなしになってる」

「ど、どうして?」

「嬉しいからに、決まってるじゃない」

「……」

「だから、責任、とってよね」

「責任?」

「そう。アタシが、こーんなに骨抜きになっちゃった、責任。シンジのせいなんだからね」

「そ、それは……」

「ずっとずーっと、いっぱい、アタシを可愛がること」

「……」

「ね?」

 ちょん、と僕の頬をつつく、アスカ。

 ……あまえんぼだな、と思う。

 でも、そんなところが、可愛かったりして……。

「お待たせしました」

 ……と、その時、ウエイトレスさんが、別の注文品を持ってきた。

 それはアスカが頼んだ、もう一品。

 スポンジ生地に、オレンジを練り込んだ、シフォンケーキ。

 とても、おいしそうだ。

「ごゆっくり」

 ウエイトレスさんは、そう言うと、そそくさと戻っていく。

 ……何だかあの人、笑っていたような……。

 ……。

 ま、まあ、あまり気にしないことにしよう。

 うん、それがいいッ。

 それが……。
 
「あーん」

「えッ?」

 ……いきなり、だった。

 アスカは、フォークでシフォンケーキをとったかと思うと、それを運んだ。

 自分の口に、じゃない。

 僕の口に、だ。

「はい、食べて」

「ア、アスカ……」

 た、食べてと言われても……。

 ここで、こんなにいっぱいの人の中で、あーんをしろと?

「た、食べ……るの?」

「もちろん。アタシだけ食べてちゃ、シンジがかわいそうだし」

「い、いや、お気遣いは結……」

「あーんして? シンジ」

「う、うん……」

 ……結局、拒否できない僕。

 少し、いや、かなり照れながら、口を開ける。

 そうすると、すぐにアスカが、ケーキを僕の口の中に入れてきた。

 ふわり、とした口あたり……。

「おいしい?」

「う、うん……、おいしいよ」

 ……味なんて、ほとんどわからないよ。

 いや、きっとおいしいんだろうけど、僕の頭の中は、今それどころじゃなかったりする。

 ……だ、だめなんだ。

 恥ずかしさやら何やらで、頭が……こう、何というか、ああ。

「あ」

 ふと、アスカが僕を見て、声を上げる。

「どうかした? アスカ」

「クリーム、ついてるよ」

「え? ど、どこ?」

「唇の、右のとこよ」

「ここ?」

「あ、違うわ。もうちょっと上」

「こ……ここかな?」

「もっと、そこ……あ、左」

「ここ?」

「違うわよ。……もうッ、じれったいわねッ」

 アスカは、それだけ言うと、テーブルの上に身を乗り出す。

 ……そして、次の瞬間。

 ぺろ

「ッ……!」

「……ほら、とれたわよ」

 ……無邪気な、アスカの笑顔。

 舐め……られた。

 僕の唇についたクリームを、舐めて取った……!

「アス……カ」

「なーに?」

 くすくす、と笑う。

 してやったり、といったところか。

 彼女は、とても楽しそうに、嬉しそうに、笑っていた。

 ……まいった。

 今日はほんと、僕の負け。

 頭の中が、アスカ一色になってしまっている……。

「……アスカ」

「ん?」

「今度は、アスカの番」

 と、僕はフォークでケーキを切り取ると、それをアスカに差し出す。

 あーんして、という意味。

 アスカはすぐそれに気づくと、少し頬を赤らめながら、口を小さく開ける。

 ……こうなったら、思いきり、いちゃいちゃするだけだ。

 人目なんて、気にしない。

 気にしない……。

 ……でも、気になったり。

 ま、まあ、ここは一つ、勢いに乗って、だ。

「あーん……」

「あーん」

 その時。

「づあああぁぁぁーーーーーッ! 見てられるかーーーーーッッッ!」 

 いきなりの叫び声に、びくッ、と僕とアスカの身体が震えた。

 ふと見ると、僕らのすぐ側の席にいた人が、僕らをすごい形相で睨みつけている。

 な、何だ?

「あんたたちッ! こんな昼間ッから、いちゃいちゃいちゃいちゃとまあッ!」

 大声で、一気にまくしたてる、その人。

 ……って、あ、あれ?

「だいたいねぇ、健全な青少年というものは……!」
 
「ミサト……さん?」

「一に勉学、二に勉……え?」

「……やっぱり、ミサトさんだ」

 毎日見ている人だ、見間違えるはずもない。

 葛城ミサト、その人。

 何より謎であるのは、何でミサトさんが、こんなところにいるのか、ということ。

 ……するとその手には、疑惑のオペラグラスが……。

 ま、まさか……。

「何……してるんですか? こんなとこで……、そんなの持って……」
 
「くあッ……!」

 あからさまに、表情が変わった。

 『しまった』、というものに……。

 ……。

 これは……、予想通りなのか……?

「まさかミサト……、覗いてたんじゃないでしょうね……?」

「いッ、いいえッ」

「じゃあ何よ」

「仕事よッ!」

「……」

 ……僕らは、もう、返す言葉もなかった。

 はぁ、何をやってるんだか……。

「……そ、それじゃッ!」

 そう言って、いきなり去っていくミサトさん。

 ……何だったんだ、いったい。

「……いやよねぇ、いい歳こいて、覗きだなんて」

「は、はは……」

「アタシたちのこと、羨ましいのかしら?」

 う、羨ましいって……。

 ……。

 ……そんなに、うまく、いってないんだろうか?

 加持さんと……。

 だからって、覗きはちょっと困る。

「やっぱり、羨ましかったんですよ」

 ふと、そんな声。

 見ると、さっきのウエイトレスさんが、僕たちのテーブルのすぐ横に立っていた。
 
「あなたたちみたいなカップル、最近は、そういないから」

「あ、あはは……」

 て、照れちゃうな……やっぱり。

 他人から、そう言われると。

「だから、はい。これ、私からのサービス」

 と、ウエイトレスさんは、僕らが頼んでもいないお菓子を、テーブルに乗せた。

「ほんと、ゆっくりしていって下さいね」

 くすッ、と笑って、そのウエイトレスさんは戻っていく。

 ……て、照れまくり。

「ん」

 まいったなぁ、完全に注目の的だよ。

「ん」

 でも、どうせいちゃいちゃするなら、やっぱり二人っきりの時の方がいいよね。

 その方が、何も気にせず、僕はアスカだけを見てられるし。

「ん」

 まあ、今はそんなこと考えても、しょうがないか。

 いろいろと、やっちゃった後だしなぁ……。

 ……とりあえず、ウエイトレスさんがサービスしてくれたお菓子、食べようかな。

「ん」

「……って、アスカ、何をさっきから……」

「ん」

 ……差し出している。
 
 自分の口に、『それ』をくわえて、楽しそうに。

 ……ふと、知らず知らずのうちに手に取っていた、そのお菓子を見る。

 ……。

 ……ポッキー……。

 ウエイトレスさんが持ってきたのは、グラスに入った、十数本のポッキーだった……。

「ん」

 当然、アスカが差し出しているのも、ポッキー。

 ……。

 ……しろ、というのですか、アレを。

 一緒に食べろと、そうおっしゃっているのですか、惣流さん。

「ね、食べよ?」

「い、一緒……に……?」

「もちろん」

 ……随分と、嬉しそうだね。

 ああ、逃げ出したくなってきたよ。

 でも、逃げられない。

 そんな誘いに、僕は勝てないんだ……。

「いちゃいちゃしたいの」

 そんな彼女の笑顔と言葉に、僕は少しの躊躇もなく、こくんとうなずいた。

 ……断れるわけ、ない。

 ああ。

 惚れた弱み、って言うのかな?

 これも……。
 
「シンジ」

「?」

「大好きだからね」

 ……まいった。








終わり



あとがき

 ようやく、ようやく第二弾ということで、『甘いお菓子』の続編です。
 もう、なんか八月中は忙しすぎて、ほとんど何もできませんでしたよ。いやあ、辛いですなあ、いろいろと(何がだ)。
 てなわけで、今回も、背中がかゆくなっていただけたでしょうか?
 ならば、これ幸いですな。
 それではッ。
 


 ふゆさんからまたまた投稿作品を頂きました。

 さらなる痒さの境地に達しておりますな!<謎

 隠し味として、ミサトさんがいい味出してますなぁ。
 二人を覗き見して楽しむつもりが逆にアテられて‥‥。

 これを機会に、彼女には加持との仲を修復する道を歩んで欲しいであります。ハイ(笑)

 なかなか良いおはなしでありました。
 ぜひ、読後にふゆさんへの感想をお願いします。

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