窓を閉め切って、雨戸にし、日光を完全に遮っていた。ドアも開けず、空気も淀んでいた。
その部屋には家具がなかった。机も、本棚も、ベッドもない、何も無い部屋で、彼は薄汚れた壁に凭れ掛かっていた。
肌が白く、髪の毛には色素がなく、光が当たれば銀色に光り輝くのであろうが、その部屋ではまるで鼠みたいだった。
瞳は紅く、普段ならば命に満ちて光り輝いているのだろうが、この時はくすんで見えた。
一体、どれ程の時間そうしていたのだろうか。彼はそこで、何かを待っていた。
何を待っている?彼は自問した。だが、そこから思考を発展させることは出来ない。
一瞬でも気を抜けば、彼は暴走を開始するだろう。彼の能力は、彼の制御下を離れ、世界中に拡散してしまうだろう。
それは、彼にとって死を意味するが、重要なのはそこではなかった。
重要なのは、『能力を拡散させずに死ぬ事』なのだ。
もうすぐ、もうすぐそれを叶えてくれる『友人』がやって来る。
彼はきっと悲しむだろう。彼はきっと俺を恨むだろう。
だが、これしか最早方法はない。自分自身の過ちを他人に尻拭いしてもらう事は、情けない事だが、
彼に頼るしか無いのだ。
部屋の扉が開いた。淀んだ空気が外と一瞬交錯する。扉から光が漏れ、逆光で人影が浮かぶ。
人影は、自分が通れるだけのスペースを開け、音も無く部屋へ入り扉を閉める。
「来てくれたか・・・」
部屋の主は立ち上がらず、眼光だけ影に向けた。
「どうしたんだ?突然呼び出して。」
影は飄々とした声で言う。
「ひさしぶりだ。ひさしぶりなのに、こんな事を頼むのは心苦しいが、頼みがある。」
「金か?貸してやりたいのは山々だが、俺も苦しいんだが。」
「違う、そうではない。」
「冗談さ。」
影の言葉の後、暫し沈黙が訪れた。部屋の主は、先ほどよりも若干息が荒くなっていた。まるで、なにか我慢をしている様な。
「・・・暴走しているのか?」
影は言った。
「・・・・・・あぁ、俺は、俺の能力のあるべき姿を見つけた・・・」
彼は影の問いに答えともつかない返答をした。だが、影は異に解していない様子だ。
「あるべき姿?」
「俺の能力、『ラプソディ』は、他人から力を引き出す事が出来る・・・。六輔や、お前は、それによって目覚めた・・・」
「ああ」
「だが、一つ疑問に思ったんだ・・・!既に力を持っている者に、再びラプソディを発動したら、どうなるのか・・・!」
声は震えていた。それは、おそらく恐怖によって震えていた。
「まさか、お前、やったのか?」
「ああ・・・!俺自身がその実験の被験者になった・・・!その結果、ラプソディは俺の制御から離れ、無差別に人から力を目覚めさせようとしてい
る・・・!」
「・・・・・」
「だが、問題はそれだけじゃない・・・!暴走したラプソディの影響を受けた無関係の人間の中に・・・、既に力を持っている奴がいた・・・!」
「そいつもお前と同じ様に?」
「だったらまだ話は簡単だ・・・!だが、ソイツは暴走しなかった・・!そいつは力を制御し、そしてソイツの力は確実に変わった!」
「・・・・・・」
「その時俺は感じた・・・、あれは邪悪だ・・・。純粋な悪の心だ・・・!ソイツは確実にその力を悪用する・・・!」
「ちょっと待て。少し聞きたいんだが、それの何処が『ラプソディのあるべき姿』なんだ?」
「『ラプソディ』は、矢によって人の力を引き出す・・・、だがそれは『俺の能力ではないんだ』!」
「・・・・どーゆーことだ?」
「俺のラプソディは『役割』なんだ・・・、世界中には、俺と同じ『ラプソディ』を持つ者がいるッ!
俺は人から力を吸い出す役目を持っていたんだ・・・・。誰の思惑かは知らないが、何者かが能力者を求めている・・・。」
「何者か?何故そんな事がわかる。」
「これは・・・、システムなんだ・・・。あまりにも計画めいている・・・。上手く出来すぎている・・・!」
「・・・・・」
「モルモットなんだよ、俺たちは・・・!」
「おい、話が飛躍しているぞ。お前の勘違いじゃないのか?今の話には何処にもそんな確証はない。」
「・・・確かにな、俺の思い違いかもしれない・・・。だが、だとしたら俺の存在は一体何だ・・!?」
「存在?」
「人間にはそもそも力がある・・・。だが、俺のその力が『他人の力を引き出す』事だと・・・!?
俺は、誰かの為にだけ存在していたのか!?それだけじゃない!そんな人間が複数いるんだぞ!?」
「たしかに不自然だ。だが、お前の言ってる事はむちゃくちゃだ。そんな結論にはならない!」
「・・・死人の戯言だ、と言ってしまえばそれまでだ・・・。だが、気をつけてくれ・・・、何か作為めいたものが『ある』・・・。」
「・・・話を戻すぞ。能力を進化させた悪人の話だったな・・・。だが、何故それが分かるんだ?何故そいつが邪悪とわかる?」
「そいつをラプソディが貫いた瞬間、俺の伝わってきた・・・、ソイツの心が流れ込んできた・・・!」
「・・・・生まれ付いての悪・・・か。その悪をラプソディは貫き、能力の限界を押し上げた。
・・・察すると、ラプソディの本来の役割とは能力を引き出す事ではなく、能力を持つ者の限界を広げる事か。」
「そう・・・、『ソイツ』はまさに成功作だッ!俺のような失敗作とは違うッ!圧倒的な力を持つ能力者だッ!」
「つまり、俺への頼みってェのは・・・」
「『ソイツ』の始末だ・・・」
「おいおい、無茶言うぜ・・・。聞いてみりゃソイツぁ言うなれば俺らよりレベルの一つ高い能力者なんだろ?
俺みたいな直線的な能力者が勝てるもんか?」
「俺は今まで色んな能力者を見てきた・・・。だが、お前の能力は『原初より存在し、人が滅亡しようとも存在する』能力だ・・・
お前にしか頼めない・・・。頼む・・・。」
「・・・ふぅ、
おっけぇ、わかった、やってみる。安心しろ。だが、情報が少なすぎる。何か、わからんのか?」
「ソイツは・・・、矢に刺さった瞬間、怪我をしている・・・。腕だ・・・。」
「それだけか・・・?」
「・・・すまない」
「いや、良いさ。何とかやってみる。」
「ありがとう・・・。感謝するよ・・・。そして、もう一つ頼みがある・・・。」
「・・・・・わかってる。」
「すまない、お前には迷惑かけっぱなしだ・・・。」
「気にするな・・・。・・・あとは、任せろ・・・。」
一人の人間が死に、一人の人間が託された。
ラプソディの死は、世界に対してさほど影響は無かった。彼の死は、予定しうる事態だった。
託された青年は想う。
せめて自分だけでも彼を忘れまい。彼に授かったこの力で、彼の願いを叶えよう。
『たとえ、この身、砕けようと』
(E)SaGa-性-
2:地獄の業火ト未来殺害
「ねぇ、シンジくん。」
「ん?」
その時シンジは帰宅する準備をしていた。教科書を粗方ランドセルに入れ終え、あとは家に帰るだけだった(もっとも、すぐに隣の家に遊びに行く予定では
あったが)
シンジが振り返るとそこにはクラスメイトの廣川康介がいた。大人しそうな外見だが、母親がアメリカ人らしく髪の毛が赤みがかっていた。
「なに?廣川くん。」
シンジは無表情で応えた。彼には友人は一人もいない。よって、今回のようにクラスメイトに話しかけられることは異常とも言えた。
「俺、知ってるよ。君の秘密。」
秘密。その単語はシンジの鼓膜を普段以上に振るわせた。胸が一瞬大きく高鳴った。
「・・・何の事?」
シンジは平静を努めたが、それがどれほどの効果を発揮したかはわからなかった。
「隠したって無駄だよ。君はとんでもない秘密を隠してるじゃないか・・・。クラスの皆にこんな大切な事を黙ってるなんて・・・。君って悪い子。」
そういって康介は笑った。
シンジは頭の中で、彼が抱える秘密の数々を反芻した。
まさか、僕の能力が見えるのか!?それともあれか?僕の父さんの事かな?まだ噂しているおばさんがいるのかなぁ・・・。
いや、ひょっとしたら昨日六輔先生と一緒に夜中学校に忍び込んで体育館の蛇口全開にして逃げたのがばれた!?
まさか、今日僕がおねしょした事!?なんで知ってるんだよぉ!!
「まぁ、秘密にしたいって気持ちもわかるよ・・・。でもね、俺昨日見たんだ・・・」
「(ごくり・・・)」
「この街に引っ越してきてたんだね。あの岸六輔が・・・!」
「・・・・・・・え?」
あ、その事?そういや内緒にしてくれって頼まれたっけ。その約束自体忘れてた。
「なんで内緒にすんだよぉぉ、俺大ファンなんだぜぇぇ〜〜」
「あ、ちょ、声大きい・・・・!」
シンジは慌てて康介の口を塞いだ。
「あ、ごめんごめん。つい興奮しちゃってさ・・・。」
康介は照れた様子で頭をかいた。
「内緒にしてくれって頼まれてるんだ。誰にも言ってない?」
「うん、大丈夫。」大きく頷いた。
「ふぅ・・・。昨日見たって、何処で?」
「本屋。駅前の本屋で見た。岸六輔がえっちな本読んでるのを君邪魔してたじゃないか。」
そう言えば昨日学校へ悪戯に行く前に僕が本屋に寄りたいと言って寄ったんだっけ。
「・・・恥ずかしいから家で読んでって言ったんだけど、『けーひでおちないから嫌だ』って言ってた。けーひって何?」
「知らないよ。」
どーでもいいけど、エロ本堂々と立ち読みして『経費云々』言うって人としてどうよ・・・(作者談
「それにしても、どうして先生の顔を知ってるの?単行本には写真載ってないでしょ?」
「ネットでインタビューが流れてるよ。少し前のだけどあんまり変わってなかったからすぐわかったんだ。」
「そう、とりあえず帰ろう。ここで話すのはちょっと・・・」
シンジはランドセルを背負った。
「あ、わかった。秘密な、秘密。」
「絶対だよ?」
「だ〜いジョ〜〜ブッ!」
そう言いながら康介は勢いよくランドセルを背負った。
どうにも心配なシンジだった。
「どうやって知り合ったのさ、岸六輔と。」
学校からの帰り道。学校のすぐ側を流れる川縁をシンジは康介と一緒に歩いていた。
「家の隣に引越して来てさ。僕が引越しの手伝いをしたの。それがきっかけ。」
「ふぅん。で、シンジくんは気付いた?岸六輔だって。」
「ううん。気付かなかった。後で知ったんだ。」
そうやって話していながら、シンジは奇妙な心の躍動を感じていた。それは、初めて級友と帰路を共にする高揚なのだが、幼いシンジにはわからなかった。
ただ、今この瞬間が心地よいと感じているのははっきりと分かった。
「ねぇシンジくん!お願いがあるんだ!」
「なに?先生のサイン?皆に絶対言わないって約束してくれたら頼んでみるけど。」
「いや、うん、それもあるけど・・・、」
「?」
なんだろう、とシンジは思った。まさか仕事場を見学させろとでも言うのだろうか?流石にそれはシンジでも頼みづらかった。
「えっと・・・」
何故か康介は頬を赤く染めていた。何か、恥ずかしがっていて、くねくねと身体をねじっていた。
「な、何さ、変な風に身体を動かさないでよ・・・。」
「え?え、えへっ、えへへへへ・・・」
何故か顔を緩めキモチワルイ声で笑い出す康介。
「は、はやく言えったら。」
「うへへ、何か恥ずかしいんだなこれが・・・、えへへへへ・・・」
一体何が恥ずかしいというのだろう。恥ずかしいのは『お願い』の内容なのだろうが、一体何をお願いするつもりなのだろう。
「うへへ、じゃ、言うね、うへへへ・・・、何か本人目の前にして言うのってはずかしいよぉ・・・へへへ・・・」
「本人?」
お願いは六輔先生にするんじゃないの?え?僕にするの?
「あのね、えっと、俺とさ、友達になってよ。あはっ、言っちゃった、うへへへへへ・・・・」
「・・・・・はっ!?」
どういう事だ?まるでわからない。何を言っているんだ彼は?
「え、っと・・・、どうして?」
その返答は彼のお願いに対して多少失礼ではあったが、シンジは気付かなかったし、康介も気付かなかった。
「だってさ、ダークハーフの少年って絵がこせいてきじゃん。だからか、クラスで好きなのって俺だけなんだよね。
でもさ、シンジくんは好きでしょ?」
「え、うん、僕は絵も含めて好きだけど・・・」
「だしょ!!?(だよね+でしょ)」
康介は興奮してシンジの肩を強く叩いた。
「うんうん、やっぱりシンジくんは俺が睨んだ通りの人だね!君はなんか周りと違うって思ってたんだよ俺!」
「はは、ははは・・・」
シンジは乾いた声で笑った。
「だからね、シンジくんとは趣味が合いそうだし、友達になったらもっとお互いの事知る事が出来ると思ったの!」
「・・・・・」
無理だよ。誰も、僕の事を理解してはくれない。六輔先生と、譲二くんだけ、本当の僕を知ってる。
「ね?良いでしょ?友達になろうよ!ね!」
「・・・・僕と友達になっても良い事なんて・・・、何も無いよ・・・」
「え・・?」
康介は目を丸くした。シンジが言った言葉の容量が重過ぎて、彼の脳が処理出来ていない様子だ。
「・・・先生のサインは明日貰って来るよ。でも、僕は君とは友達にはなれないよ・・・」
シンジはそう言って目を伏せた。彼からの罵倒を覚悟した。だが、仕方の無い事だと腹をくくった。
「・・・えっと、俺、その、悪い事言っちゃった?なんか、気に触った?」
「・・・君は悪くないよ。全部、僕の問題だよ・・・」
「・・・・・」
そう言ってから二人の間に沈黙が流れた。
きっと、康介くんは怒っただろうな・・・。僕みたいな奴、もう相手にしたくないだろうな・・・。
そう思うと、突然自分の中にもやもやとした気持ち悪い感情が溢れて来て、シンジは耐えられなくなった。
「・・・ごめんッ」
シンジはそう言うと康介をそこに残し、駆け足でその場を去った。
「で?私に何を頼みたいんだ?」
岸六輔は先ほど原稿をあげたばかりとは思えぬ様子で椅子に座っていた。
彼の席の周りには屍となったアシスタントが五人。だが、彼は至っていつも通りだった。
「他ならぬ君の頼みだ。何でも言ってくれよ。」
六輔はそう言って微笑んだ。
「・・・お前の力を貸してほしい。」
男はそう言うと手に持っていたカップをテーブルに置いた。
「・・・ここじゃなんだね。ちょっとそこらへん散歩しよう。三日三晩寝ずに作業してたんだ。少し運動しないとね。」
そう言うと六輔は立ち上がり、背伸びをした。
「ラプソディの事だ。」
男は無精ひげを撫でながら言った。
「・・・・・・・・・」
六輔は彼とはそれなりに長い付き合いだった。彼は六輔の大学の後輩で、彼の仲間と一緒によく行動していた。
一緒にと言っても、六輔の基準だ。彼は友人と呼べる友人は殆どおらず、サークルのコンパでたまたま知り合い、学内で会えば話をする程度だった。
無精髭を撫でるのはその時から気付いていた彼の癖だ。重たい問題を抱えた時の癖だった。
「外に出よう。私もそれについてはいくつか聞きたい事がある。」
「ああ・・・。」
「ラプソディに頼まれた。そいつを殺してくれってな。」
「・・・彼はもう、死んだのか・・・・?」
「ああ、俺が殺した。」
「・・・・・・」
二人はこの街に流れる川の川縁に座り込んで話していた。太陽が傾き、水面に光が反射して光っている。
「つまり、君はソイツを探してこの街にやって来たわけだ・・・。だが、どうしてこの街なんだ?」
「彼が言うには、そいつは腕に怪我をしているらしい。だから俺はまずその街の病院に問い合わせてみた。
病院によると、その日腕の怪我で来院、もしくは搬送されてきたのは二人。一人はバイクの事故で、もう一人は包丁で怪我したと言ってたらしい。
俺は、とりあえずバイク事故について警察のダチに聞いてみたんだが、どうやらそれが臭い。」
彼は胸元からタバコを取り出し咥えた。そしてマッチを擦り、火をつけた。
「なにが?」
「ソイツ、何も無い所で事故ったんだと。見通しの良い直線で、雨も降ってない、風も強くない。居眠りでもなければ、飲酒でもない。」
「・・・・・」
「それだけでは決め手にかけていたんだが、そのバイクの運転手、ろくに治療も受けないですぐ病院出て行ったんだと。」
「そいつは?」
「住所を調べてソイツの家に行ってみたんだが、どうやら引っ越したらしい。隣の家に聞いてみたら、突然引っ越しちまったんだと。」
「バイクで怪我して、何日も経たない内に突然の引越しか・・・。確かに不自然だな・・・。」
六輔は指でタバコを催促した。彼はそれに応じ、タバコとマッチを手渡した。
「更に不自然なのが、そいつは何処に引っ越したかを誰にも言わなかったんだ。職場にもな。」
「引越し業者は?」
「金握らされてたみたいでなかなか口割らなかったけど、何とかなったよ・・・。」
「それで?」
「俺は市役所に行ってそいつの現住所を聞こうとしたんだが、そこでまた奇妙な事になってな・・・。」
「どうした?」
「そんな人間、この街に引っ越して来てないらしいんだ。それどころか、ここ最近引っ越してきた人間はお前くらいだって・・・。」
「業者が嘘言ったとか?」
「俺もそう思って電話したんだが、確かにその街だと言っている。住所まで教えてくれたぜ。守秘義務とかどうなってんだか・・・」
「その住所は?」
「行ってきた。だが、住んでいたのは別人だった。」
「別人?」
「しかも、そこにもう2年も住んでるんだと。小学校の先生だってさ。」
「じゃあ、そいつは何処に行ったんだ?」
「それを見極める為にお前の能力が必要なんだ。」
「まさか・・・、街全体から『その記憶』を検索しろとでも言うのか・・・!?」
六輔の能力、ドリームシアターは他人の夢に介入するものだが、範囲はかなり広い。
無論、介入出来るのはその人物の顔と名前を彼が知らなければ出来ないが、表層的な記憶だけならば、まるで知らない他人でも読む事は可能なのだ。
だが、それは完璧な記憶ではなく断片的なもので、精々『最近太った』とか『誰かと喧嘩した』くらいしかわからない。
また、それを掘り下げて探る事も不可能だった。
「ひょっとしたらソイツは名を変えているかもしれない。だが、記憶までは変えることが出来ない。」
「お、おい、無茶を言わないでくれ、街全体の人間の夢を検索するのに、私はどれだけ眠らなくてはならないッ!?」
最大のネックは、彼も同様に眠らなければならない事であった。それこそが彼の最大の弱点だった。本体が完全に無防備状態になってしまうのだ。
「私は連載を抱えているんだぞ!?一日程度ならまだ可能だが、街全体となると、無茶だ・・・・!」
六輔がそう言うと、彼は無言で六輔の目の前に頭を下げた。
「頼む・・・!無理は承知だ!だが、恐ろしいんだ!何故そいつは徹底的に自分の存在を消そうとしているのか!
『足跡を残す事が自分を追い詰める』とでも言うのか!?何をしたんだそいつは!?」
「だが・・・!この街にどれだけの人間が住んでいると思ってるんだ!?いくら地方だからって・・・」
「頼む・・・!!」
彼は真剣だった。大学時代の軟派な姿を彼のスタイルと信じていた六輔は、そのギャップに驚いていた。
「(まったく、卑怯な男だ。ああは言ったものの、彼の遺言を俺が断れる筈が無いのを知ってて・・・
・・・・・・・担当には病気とでも言えば良いか。一度も休載した事が無いんだ。大目にみて貰えるだろう・・・。)
わかった。その頼み、受けよう。」
「・・・すまない。」
「良いから顔を上げろ。」
六輔がそう言って、しばらくしてから彼は頭をあげた。
「直接始末するのは俺だ。お前にはそれ以外に迷惑は絶対にかけない・・・。」
「ふん。喰えん男だよ君は・・・。」
シンジは六輔の家のベルを鳴らした。しばらくして、中から物音がしてインターホンに男が出た。
「・・・はい、どちらさま・・・ってシンジくんか。先生なら・・・いないや。多分コンビニでも行ったんだろ。中で待つ?」
「・・・いないの?じゃあ、僕、帰る・・・。」
「・・・どうした?何かあった?目が赤いけど・・・」
カメラ付きのインターホンなので、向こうにはこちらの様子が映っている。
「なんでもないよ・・・。じゃあ、僕、帰るね。」
シンジはそう言って、背を向けた。
「あ〜〜、ちょっと待ってシンジくん。・・・えっと、先生が君に用事があるって言ってたよ。だから君が来たら中で待つようにって言われてたんだ。」
「・・・・・」
シンジは背を向けたまま黙っている。
「うん、今思い出した。確かに言っていたよ。間違いないっす。」
シンジは・・・・・・・・
「ま、紅茶でも飲みなよ。クッキーは無いんだ。昨日の晩みんなで食っちまったからね。」
アシスタントの彼はそういって自分の分とシンジの分を応接間のテーブルの上に置いた。
シンジはそれを黙って一口飲んだ。
彼は、岸六輔のアシスタントをする彼の名は東方譲二という。六輔の連載初期から共に漫画を創っている人物だ。
年齢は六輔より二つ上だが、大学を2年留年しているので卒業したのは六輔と同時期だった。
現在では珍しい、リーゼントの髪型だが、徹夜が続いたのか、リーゼントには元気がなかった。
「・・・で、何かあったのか?誰かに苛められたとか?」
「・・・・・(ふるふる)」
シンジは無言で首を振った。
「じゃあ、テストで酷い点とったとか?」
「・・・・・(ふるふるふる)」
「違うか・・・。」
「・・・・友達になろうって、言われた・・・。」
シンジは小さな声でそう言うとカップに口をつけた。目を伏せていたが、泣いているわけではなかった。
「クラスの子に?」
「うん・・・、でも・・・」
シンジは話した。
自分とは友達になれない。友達になるには、お互いに理解しなくてはならない。だが、彼は自分を理解することは無い。
何故なら、彼は自分のこの力を知らないのだから・・・。
譲二はシンジの能力を知っていた。というよりも、彼自身も能力を持っていた。
六輔からシンジの事を聞き、彼がシンジに興味を持ち、自分の能力も打ち明けた。
シンジは驚いていたが、すぐに譲二に対して心を開いた。
だからこそ、シンジは彼に対して自分の悩みを打ち明けた。彼ならばきっとこの気持ちを理解してくれるだろうと思ったからだ。
「・・・・・康介くんが、僕が秘密を持ってても気にしなくても、僕は駄目なんだ・・・。不安になっちゃうんだ・・・。」
「不安?」
「きっと、口では気にしないって言ってても、ホントは嫌だと思う・・・。友達なのに、秘密にしてて、騙してるみたいで・・・」
「あぁ〜〜〜、シンジくん。君って、結構頭固いな。」
「・・・え?」
シンジは顔をあげた。すると、譲二がまっすぐとシンジの目を見ていた。
「友達に対して秘密がある?それがどうした。当たり前だよ。」
「当たり前?」
「そうさ。なんでもかんでも正直に話し合えるってのは確かに素晴らしいかもしれないけど、それがすなわち友達としてあるべき姿とは限らないよ。
秘密の一つや二つ当たり前さ。だけど、そんなの関係ないぜって位の気持ちがあってこそ友達だろ?
お前にどんな秘密があったって、俺たちの関係は変わらないぜッ!ってのが友達じゃないかな?」
シンジはその言葉が意外だった。何故なら、その言葉は彼が今まで信じてきた事と真逆なのだ。
人との関係が、そうやって割り切れるものだと気付くには彼は少々視野が狭かった。
だが、その言葉がシンジの視野を広げる事に一役買ったのは事実だった。
「友達ってのはさ、なるのは簡単。終わるのも簡単。続けるのが大変なんだよ。シンジくん、最初っから諦めちゃだめだよ。」
そう、譲二が言ったと同時に玄関が開いた。六輔が帰ってきたのだ。
「ただいまぁ・・・、ジョージぃ、ちょっと寝るから・・・ってシンジくん、来てたのか。」
「お邪魔してます。」
「どうしたの?譲二とそんな改まって・・・。悩み相談?」
見事図星だったので、一瞬言葉のつまるシンジと譲二。
「まったく。シンジくん、君には私という素晴らしい友人がいるというのに、何故相談してくれないんだい?何故譲二なんだい?妥協?」
「な!先生!失礼だぞソレ!」
譲二が吼えた。
「絶対私の方が良い相談役になるのに。」
『いや、先生には無理。友達いないもん。』
シンジと譲二は口を揃えて言った。
「え!?嘘!!?どゆこと!?今の酷い!!」
六輔はちょっと泣いていた。
彼はその晩、背後から何者かが近づいてきているのを感じていた。
街頭がまばらにあるだけで、他に歩いている者の姿は見えない。再開発が進んでいる街ではあるが、
ある場所では人々が行き交い、またある場所では犬一匹見当たらない。
彼が今歩いているのは後者で、それ故に好都合であった。
「(誰だ?俺の勘違いか?だが、歩数も歩幅も完全に俺に合わせてる。プロじゃないな。だが、確実に俺を狙っている。)」
彼はいつでも能力が展開出来る体勢ではあったが、状況次第では出遅れる危険も感じていた。
「(・・・試してみるか)」
彼は曲がり角を曲がり、すぐさま壁に身体を密着させた。そして、能力を展開する。
段々、足音が近づいてくる。足並みは一定だった。確実に目的地を目指す足音だった。
「(あと9歩、8、7、6・・・)」
「反響音ですよ。」
【声は背後からした】
「『ラムシュタイン』ッ!!」
咄嗟に能力を展開し、彼自身は前方へ身を投げ出した。
次の瞬間、それまで彼がいた場所に巨大な火柱が発生した。
「『ラムシュタイン』!火力は抑えろ!殺すな!」
彼は確信した。一瞬、背後から感じた邪悪な存在。その声は彼の脳髄を震わせ、全身から冷汗を噴出させた。
彼は確信した。『コイツだ!』コイツこそ、彼の言っていた邪悪だ!
「やはりアンタも能力者か・・・。警戒してて正解でしたよ。」
炎に包まれた男は言った。
「ふんッ!お前に個人的な恨みは無いが、大人しくしてもらうぞ!聞きたい事があるッ!!」
彼は炎の束縛を少し強めた。
「・・・・・まさか、これで俺を捕まえたつもりですか?」
「何ッ!?」
次の瞬間、ラムシュタインの炎が瞬く間に消え失せた。そして、そこには男が立っていた。
炎に焼かれた様子はまるでなかった。衣服もまるで焦げていない。当たり前の様に立っていた。
「ふふふ・・・、凄い・・・、ここまでとは・・・!」
男は笑っていた。身体の内から湧き上がる感情が零れ落ちる様な笑い方だった。
「一体・・・、何が・・・!?」
「アンタは知る必要無いんですよ。アンタは俺の質問に馬鹿みたいに答えれば良いんだ。」
男は能力のヴィジョンを展開した。全身に様々なデザインの数字が刻まれた身体で、瞳は穴が開いているみたいに黒かった。
頭部からは大量に細い棒状のものが生えており、口はチャックで閉じられていた。
全身がレザーの様な素材で、街頭に反射して艶めかしく光っていた。
「さて、質問です。どうやって俺の情報を知りました?誰から聞きました?」
「・・・・・・・!」
「答えてください。素直に言えば楽に殺してあげますが、口を閉じればじわじわ殺します。」
「何故そうまでして自分の情報を消そうとする!?お前は何者だ!!?」
彼は叫んだ。だが、男は言った。
「質問に質問で返さないでください。良いですか、チャンスはあと一回だけです。『誰に聞いた』?」
「・・・・・・・言うものかッ!」
その瞬間、男のヴィジョンが彼の襟を掴んで持ち上げた。
「アガッ・・・が・・・・」
「おい、なめてんじャねェぞ・・・」
男は豹変した。首を絞める力が強まった。
「俺の事を甘ちゃんだと思ってんだろ?あぁン!?腕の一本失くさねェと自分の置かれた状況がわかんねェのか!?」
「ぐあああ・・・ッ」
「貴様如きに、尻尾を掴まれそうになっただとォ!?この俺がァ!!この汚らしい阿呆に!!」
「ああアアアアッ!『ラムシュタイン』ッ!!」
彼は首を絞められた状況下で必死に叫んだ。
その場に現れたのは銀色の宇宙服のような甲冑を纏った戦士だった。顔はガスマスクで覆われ、両腕には炎を纏っていた。
「ふんッ・・・」
ラムシュタインは炎を鞭状に形成し、彼を掴む男の腕を切り裂いた。
自由になった彼は更にラムシュタインの拳を男に放ち、男が怯んだ瞬間、男を背後にし全力で走り出した。
「残念だったな!腕を失くしたのはお前だッ!待っていろ!必ずお前を始末してやるッ!!」
彼は逃げながらも叫んだ。だが、次の瞬間、彼は有り得ない光景を目にした。
目の前に男が立っていた。それだけではない。いつのまにか、先ほどと同じように襟を掴まれ、宙ぶらりんになっていた。
先ほど切断したはずの腕で吊り上げられていた。
「そ・・・んな・・・?!」
「無駄無駄ァ・・・、貴様のした事には何の意味もない!『貴様のした事は起こらない未来』なんだよォッッ!!」
「くそぉ・・・・、何が・・・!一体何が・・?!?」
「ふんッ!こうなったら徹底的に痛めつけてやる・・・!俺の右腕を切り落とした罪は償ってもらうぞォォ・・・!」
男は拳を振り上げた。
「おい!アンタら何やってる!!!」
ライトが二人を照らした。そこには二人組みの警官が立っていた。
「(しまった!)」
一瞬、男が警官に気をとられたその時、彼は能力を展開し、彼の右腕に炎を放った。
いつもなら避けられた炎。だが、一瞬気をそらしてしまった為、能力の展開が遅れた。
「ぐぁッ」
男は咄嗟に手を離してしまい、その隙に彼は逃亡した。能力を展開する事は出来なかった。『未来を消せなかった』。
男は腕に火傷を負ったが、そんな事はどうでもよかった。
「おい、アンタ!何やってんだこんな所で!喧嘩かね?」
「・・・・なんでも無いですよ。友達とちょっと仲違いしてしまいましてね・・・。」
男は言った。内心はどうか知らないが、極めて平静だった。
「そうか。まぁ、一応名前と住所確認させてもらえるかな?免許書か何か持ってる?」
「すいません、ちょっと急ぐのでこれで失礼します。」
「すぐ終わるから。」
もう一人の警官が男の進行方向に回りこんだ。
免許書の提示を求めた警官が背後に立った。明らかに不審がっている。
「ちょっと所持品検査させてもらうよ。」
警官は男の身体検査を始めた。だが、その瞬間には既に男はキレていた。
身体検査をしていた警官は、男の足首を検査している時、後頭部に衝撃を感じた。次の瞬間、眩暈がし、そのまま地面に倒れこんだ。
男が持っていたボールペンを警官の後頭部に突き刺したのだ。
「!き、きさま!何をする!!」
背後にいた警官が男の肩を掴んだ。だが、掴んだ瞬間その警官は白目を向いて地面に倒れた。
「くっそぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!あの野郎ッ!マジ許せんッ!!」
男は足元に転がる警官二人を憂さ晴らしで何度も蹴った。
「チックショォォォォ!!面倒な事になっちまった!せっかく街の人間と入れ替わったってェのに!一刻も早く消さなくてはッ!!あの野郎ォォ!!」
「待てェ!落ち着くんだァ!名前はわかってんだよ、何て名前だっけ・・・!?クソッ!ここまで出かかってるんだヨォ!!」
「名前・・・!名前は・・・ええっと、クソッ!!クソッ!!!」
「あの引越屋ァ!金で済まさず殺しておけばよかったッ!なんてあの野郎言ってた!?クソッ!!」
「・・・・そうだ!ハハっ!思い出したッ!クソッタレ!ぶっ殺してやる!」
「加持リョウジめェ!!!」
朝の会の直前、ランドセルを机に置いてシンジはクラスを見回した。そして、目的の人物を見つけると、ゆっくりと歩き始めた。
「あの、廣川くん・・・」
シンジは窓側の席で眠そうに欠伸をした康介に声をかけた。
「あ、シンジくん・・・」
康介は昨日の事を気にしているのか、元気がなかった。シンジを見た瞬間も、怯えているようにも見えた。
「あ、あの、これ、昨日頼まれた、サイン・・・」
シンジは背中に隠していた色紙を彼に渡した。康介は受け取って一瞬驚いたが、ぎこちなく微笑んで「ありがとう」と言った。
「それで、その、廣川くんにその、頼みがあるんだけど・・・」
「え・・・?な、何?」
康介はドキッとした。
「あの・・・、その、えっと・・・・、」
「は、はやく言えよぅ・・・」
シンジは緊張していた。こんなに緊張したのは生まれて初めてだった。シンジの中では期待と不安とが入り乱れ、彼を揺すった。
「その・・・ぼ、ぼくと・・・、えっと・・・」
「う、うん・・・」
康介が生唾を飲む音が聞こえた。それで踏ん切りがついたのか、シンジは言った。
「ぼくと、友達になってくれる?」
言った瞬間、不安になった。拒絶されるのではないか。もし、拒絶されたら、と思うと怖くて仕方なかった。
だが、シンジは昨日、康介を一度拒絶してしまっている。泣き言は言っていられない。
「・・・・・・・・・」
対して康介は非常に驚いた。だが、それ以上に嬉しかった。心の底から暖かくなるのを実感した。
昨日、シンジに拒絶された事は悲しかったが、それに対して怒りはなかった。ただ、嬉しかった。
「うん!よろしく!シンジくん!」
シンジはその言葉を聞いた瞬間、涙が零れそうになった。だが、幼い意地が涙を寸前で止め、そして心からの笑顔で
「こ、こちらこそ!」
と、言った。
「ほらほら朝の会を始めますよぉぉ〜〜、みんな席について。」
担任がやって来たのでシンジは康介の席を離れ自分の席に着席した。
シンジのクラスの担任は若い男性で、メガネをかけていた。丁寧な喋り方で礼儀正しく、保護者からは人気のある先生だ。
「はいそれじゃあ、出席とります。碇くん。」
「はいっ!」
クラスの皆は驚いた。普段は小さな声でしか返事をしないシンジが皆に聞こえる様な大きな声を出した。
しかも笑っている。
「はい、元気でよろしい。次、上島くん」
「は、はい・・・」
続くクラスで一番のお調子者である上島太一くんは、随分小さな声で返事をしてしまった。
だが、クラスの誰もそれに対して文句を言わなかった。そこまで気はまわらなかった。
クラスの誰もが気付いてはいなかったが、皆、シンジに対する見方が少しばかり変化した時だった。
「・・・・・・・よし、全員出席してますね。では早速授業を始めましょう。」
担任は算数の教科書を広げた。
「せんせ〜〜」
クラス委員の小川紀子が手をあげた。
何故か必ず語尾を延ばして喋る彼女は、性格もかなりのんびりしている。男子からは陰口で『牛』と呼ばれているが、
面倒見の良い子なので、決して嫌われてはいない。
「はいなんですか?小川さん。」
「腕どうしたんですか〜〜?」
担任の右腕には包帯が巻かれていた。腕から手の甲まで包帯が包んでいた。
「あぁ、これですか。昨日天ぷらを作ってたら油が跳ねましてね。火傷しちゃったんです・・・。」
「痛いですか〜〜?」
「ええ、痛いです。皆も火や油には気をつけましょうね。」
『はぁ〜〜〜〜い』
担任は微笑んだ。
「では、授業を始めますよ。」
To Be Continued─wwヘ√レvv〜→
ラムシュタイン(加持リョウジ)
炎を操る能力。腕に纏った炎を自在に操り攻撃する。水に濡れても鎮火はせず、本体が生きている限り炎は燃え続ける。
逆に、火を消すのも彼の思惑一つであるが、燃え移った炎に関しては彼は関与出来ない。
破壊力『B』スピード『B』精密動作『C』距離『C』成長性『C』持続『A』
羊の棺さまより投稿小説続編をいただきました。
加持リョウジとやらが現れましたね。
いろんな理由でいい目にあわないことの多い彼ですが、はたしてこのお話しではどうなることでしょうか。
みなさま心して羊の棺さまの続きをお待ちください。