(はこ)の中で



hAma





カヲル君を殺した。
戦自がネルフ本部を攻撃している。

ボクはミサトさんに助けられた。
ジオフロントではアスカが一人、戦自と戦っている。

エヴァから逃げたボクをミサトさんが引き戻してくれた。
最後に決着を付けて来いと。


「大人のキスよ、帰ってきたら続きをしましょう」

ミサトさんの唇から紡がれる、最後の言葉になるはずだった。
でも、最後にはさせなかった。

「!!」

声にならない叫び声を上げたボクはミサトさんの手を握って引き寄せる。
エレベータの扉が閉まる。
ミサトさんの身体を支えきれず、ボクは一緒にヘタリ込んでしまった。
ミサトさんの命がボクの服に染み込んで来る。命の温もりをボクに伝えてくれる。

「……シンジ……くん?」
「ミサトさん、ミサトさん、ミサトさん!」

幾ら揺さぶってもミサトさんの身体は、人形みたいに何の反応も返してくれない。
ただ、小刻みに揺れる胸と痙攣を繰り返す手足がまだ生きている事を教えてくれる。
ミサトさんの瞳はもう、ボクの事を見ていなかった。
この虚ろな瞳には今、何が写っているんだろう。

「……アスカを……お願い」
「ミサトさん……」

ボクは直ぐに返事が出来なかった。アスカはボクが傷つけた。
アスカの側にいてあげるのはボクじゃダメなんだ。
こんな駄目なボクじゃアスカには合わない、ボクはだめなんだ。

「……シン……」
「ミサトさん、ボクじゃだめなんだ。だめなんです!」

 ミサトさんの手に力が戻った。ボクの服を弱々しく掴んでいる。
ミサトさんの唇が何かを伝えようと動いている。でも、言葉にならない。

 エヴァに乗って僅かの間しか過ぎていないのに、ボクは沢山の死を見てきた。
自分の手で人も……カヲル君も殺した。
だから分かるのかも知れない。ミサトさんはもう直ぐに死ぬ。
ボクがまた、死なせてしまう。

 ボクの事を家族と言ってくれたミサトさんを死なせてしまう。

ボクは咎人だ。

「……カジ……これで良かったよね?……」

ミサトさんの虚ろな瞳の先には、加持さんがいるんですね。
加持さんが迎えに来てくれたんですか。

ボクの問いかけにも、ミサトさんはもう何も答えてくれない。

エレベーターが刻む階数表示の音だけが、この小さな世界の音だった。

「……アスカを……お願い」
「!」

ミサトさんは虚ろな目で加持さんを見つめているままだった。

「……アスカを……お願い」

ミサトさんの身体からは温もりが消えていた。

「……アスカを……お願い」

小刻みに痙攣していた手足も、とっくに動かなくなっている。


「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」
「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」
「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」
「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」
「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」
「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」
「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」
「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」「……アスカを……お願い」




「シンジくん、アスカを守れるのは貴方だけよ!」

ミサトさんの声が確かに聞こえた。ボクに耳に確かに。

「ミサトさん……分かりました」

ボクはミサトさんから渡された十字架をきつく握り締める。

なぜ自分がそんな事を知っていたのか不思議だったけど。
ボクは自然に、ミサトさんの瞳を閉じてあげたていた。

エレベーターが到着を告げる。

 ミサトさんをエレベーターから降ろしてあげた。
少し、失礼な事を考えてます。
ミサトさん重いですね。
「ごめんなさい」のついでにこの十字架はもう少しだけ貸しておいて下さい、ミサトさん。

アスカ、待ってて。君は、君だけは死なせない!!




― 初号機が咆哮をあげる ―





― シナリオは変わった。一つの小さな決断によって ―







あとがき 

 初めまして、hAmaと申します。
エヴァ本編では、エレベーターの中でいろいろなドラマがあります。
肩車をする、二重スパイと戦闘指揮官のカップル。
ビンタの叩きあいをする女子中学生
父親の目を見れず、エレベーターに乗りそこなう男子中学生
などなど……
個人的には、エヴァの中で「エレベーター」は重要なドラマの舞台なのかな?とも思っています。
そんなドラマの数々に「拙作」を一つ加えさせて頂きたくなり、書かせていただきました。


変わったシナリオ……シンジくんが書き換えたシナリオは間違いなくHappy Endへ向かいます。
BadEndはとても苦手ですので。

 
 最後になりましたが、お読み下さった皆様。掲載して下さった怪作様。
 本当にありがとうございました。

 hAma 

新人のhAmaさんから短編をいただきました。
もしかしたらあったかもしれない、Eva世界の一瞬の情景ということですね。わかります。
ウィークデイの息抜きに、ちょうどいい爽風のような短編作品をいただいたかなあ……と思っています(怪作が
読後に何か感じられた方は、ぜひhAmaさんに感想を送りましょう。

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