ジリ・・・ジリ・・・ジリ・・・

ジリ・・・ジリ・・・ジリ・・・


照りつける太陽は午後になりより一層の猛威を振るい既に真夏日より、暑くなったグランドに熱せられた空気が陽炎を作り上げる。



ミーンミーンミーン・・・

ミーンミーンミーン・・・



「私が根府川に住んでいた頃には・・・」



蝉時雨の中、いつものくだりで始まる授業。

すでに誰も聞いてないのもいつも通り。

そう・・・いつも通り・・・。


生活保障その他があったとは言え強制的に第三新東京市からここ第二新東京へ移住させられた面々。

元第三新東京市立第一高校「2−A」組、そして現国立第二帝大付属高校「2−E」組のメンバー。

・・・通称2年エヴァ組・・・

そんな彼、彼女らも2ヶ月も経た現在ではすっかりとその異変を、繰り返す日常生活で風化させている。


そして今日も何の変哲も無い日常が始まる。








シアワセノカタチ

最終回「幸せあれ」
GOD BLEES YOU

ハマチュウさん作






教室では昼食を終えけだるい午後の五時間目を迎えていた。

血液が胃と腸に集まり、貧血のようにフラフラと頭を揺らしながら睡魔と闘う少年少女の群れ。

いや、睡魔と闘っているものはまだマシな方。

最初から闘う事を放棄して堂々と眠るもの多数。



惣流・アスカ・ラングレーはその戦闘放棄者の筆頭に名を連ねていた。

机に自身のしなやかで真っ白な腕を投げ出し枕のように頭を乗せて突っ伏して眠っている彼女。



「ホントはシンジの腕枕が良いんだけど♪」



・・・・・・・・眠ってるって書いたんだからお願いです喋らないでください。



赤みがかった金髪が豪奢に彼女を飾る、まるで落ちた紅葉のように彼女の寝顔を半分隠す。

マリンブルーの深い光を湛えるその瞳は瞼に覆われ見ることは出来ない。

三年間どこか気の抜けない顔をしていた彼女だが、いまや無防備でだらけきったその寝顔は保護欲をそそるとしてさらなるファンを作り上げ・・・てはいないようだ・・・あ〜ぁ大口開けてよだれたらしちゃって・・・。



「・・・いや〜ん・・・シンジぃ〜・・・又なのぉ・・・」



などと言う寝言まで発せられてはアスカ様親衛隊の面々は涙を流すのみだ。



「・・・朝からなんて・・・シンジのえっちぃ〜・・・」



あ、血の涙に代わった。





・・・窓際の席をみれば、蒼銀の頭が頬杖をついたまま固定されこれまた眠っている綾波レイ。

以前は近寄りがたい雰囲気を全開で発していた彼女だが、三年間散々アスカとコンビを組んでいた為か今現在は概ね「天然」と言う事でクラスメイトの認識は一致している。

あるときはも〜の凄い天然ボケ、またあるときは冷静な突っ込みとそのキャラクターが人気を呼んでいる。

1度あの氷のような冷徹な声で突っ込まれてみたい・・・と。



綾波レイの僅かに開いた唇から、寝息が聞こえる。



「・・・碇くふ〜ん・・・私と1つに・・・」



といつもながら定番の寝言なのでもはや気にも止めないクラスメイト。




メガネにそばかすの少年、相田ケンスケはプラモデルの作成中。
相変わらずカメラとプラモデルが恋人のようだ。

黒ジャージの少年、鈴原トウジは最近付き合い始めた彼女の弁当を食し満足げな笑みを浮かべて豪快に上を向いて眠っている。


そしてその弁当を差し入れた少女は、毎度の事ながらだらけきったクラスメイト達に委員長の正義感からか右手の拳を握り締めて怒りに耐えていた。



(セルフコントロール・・・セルフコントロール・・・
そうよ睡眠は生活において欠かせないもの
・・・怒っちゃ駄目よヒカリ・・・
寝言まで言う生徒が居たって怒っちゃ駄目!
見てる夢が睦言でそれを寝言で口に出す非常識な親友でも怒っちゃ駄目!)



親友との長年の付き合いで勝手に培われたセルフコントロール能力で怒りを静める洞木ヒカリだった。

ちなみに同様の修行法でセルフコントロール能力を培ってしまった人物がNERVにも居るが、その人間はヒカリの親友の義理の母となり、培わせてしまった人間はこれまた親友の姉だったりする。

生々しい寝言を聞いた為かその原因の片割れである少年を見やるヒカリ。



そこには真剣な表情で授業を聞く碇シンジの姿があった。

恋人と我が子に再会、今人生に燃えるシンジはつんのめるぐらい前向きに生きていた。

勉強にスポーツにと精力的に打ちこみ、クラブ活動こそしないが人当たりが良く優しく強く頼れる男性として人気が先輩後輩そして同級生問わず急上昇している今日この頃。


(だったら熟睡中の奥さんに注意して欲しいんだけど・・・)


と嫌味の1つも言って見たことのあるヒカリだったが


「・・・色々頑張ってるから疲れる事が多いんだ・・・アスカは・・・見逃してあげてよ」


「やだもう、頑張ってるだなんて・・・エッチぃ〜親友とは言えそんな事ばらさないでよぉ〜」


・・・・・・・・・この夫婦に関わるのはよそうと心に誓ったヒカリちゃんだった。





そんな中異変は起こった。


ガタタっ!


椅子を動かす大きな音が教室中にこだまする。


音の主は騒乱の女王こと惣流・アスカ・ラングレー。

あまりの音の大きさに、眠っていたものも目を覚まし何事かとアスカの方を向く。

どうせ
高いところから落ちる夢を見てビクっとしたんだろうとタカを括っていたヒカリにとんでもない光景が映る。



「うっ!」



と唸り、ハンカチで口を押さえているアスカ。

同時にその青い瞳に動揺の色を浮かべる。


(アレ?そういえば前に来たのいつだったっかしら?・・・もしかして!?)



タッタッタッタッタッ!



アスカはちらりとシンジに何か訴える様に視線を送ったかと思うと、小走りに教室から走り出ていった。



既視感・・・デジャブに襲われる「2-E」の面々。

そうあれはマダ皆が第壱中学「2-A」の頃だった、同じく吐き気を訴えた惣流・アスカ・ラングレーを見たのは。

その後に判明した衝撃の事実を思い出せば誰もが汗を流す。

鈴原トウジもボケのつもりの言葉が大当たりで冗談になっていなかったと言う苦い記憶が蘇る、よって軽口も叩けないぐらい固まっている。



(((((((って事は今回も?碇ぃいいいいい!!!!))))))


ジト目視線ビームでシンジを集中砲火するクラスメイト。

目を点にしてだらだらと汗を流し沈黙するシンジ、心当たりがありすぎるようだ。

そんな姿を相田ケンスケは涙を流しながらジャーナリストの責務とばかりにカメラを廻している。





しばらく針の筵が続いただろうか再びガラガラっと扉を開ける音がしてアスカが戻ってきた。

・・・少し俯き加減で・・・

・・・頬を染め・・・

両手で持ったハンカチを抱きしめる様に胸の前に持ちながら。

衆人監視の中、トコトコと恥ずかしげに歩く先は碇シンジの元。

・・・上目使いでシンジに視線を送り・・・



「・・・シンジ・・・できちゃった・・・みたい・・・」



てへっとばかりに少しだけ舌を覗かせた彼女。

でもブルーアイが真っ直ぐにシンジの反応を伺う様に見つめる。



「・・・アスカ・・・」



表情を消して俯いたシンジ。

それを見たアスカは幸せの絶頂から一気に身の凍るような感覚に襲われる。

(シンジ・・・嬉しくないの?どうして?)

多弁な彼女が言葉を思いつかないぐらい混乱し不安に苛まされる一瞬。

一瞬だった。



ぎゅむ!



両手を包み込む様に握り締められるアスカ。

握ったのは当然シンジ。



「・・・よくやったね・・・アスカ・・・」



アスカはようやく理解できた。

俯いていた顔を上げたシンジ、目に一杯に涙をためていた。

感極まって泣くのを我慢していたらしい。

そしてそんなシンジの暖かい・・・とてつもなく暖かい一言。

アスカの両手からもそんなシンジの体温が伝わってくる。



つぅーーーー



アスカの頬をつたう涙の筋。

ブルーアイがあっという間に涙で一杯になり溢れかえってしまった。



「・・・なによ・・・えっち・・・よくやっただなんて・・・
シンジがヘンに頑張ったからできたんじゃないのよ・・・」



いつもの強がりな台詞も泣きながらでは迫力の欠片も無い。

シンジは涙を堪えたが、アスカのほうは次から次へと溢れ出る涙が止まらない様子。

そんなアスカの体を軽く抱きしめて、よしよしとばかりに頭を撫でるシンジ。

それがよけいにアスカの涙腺を刺激、涙を増水させている。



・・・シアワセだった・・・


アスカはシアワセだった。

やっとの事でとりもどした日常

シンジを加えて・・・シンジと共に『日常』を過ごす

何の変哲も無い日常と言う時間をシンジと生きる

エヴァも使徒も無いエリートでもなんでも無い生活

ただ愛する人と日常を暮らす

愛の結晶を育て共に生きる

まわりに居る最高の仲間たち

それがアスカのシアワセだった。



そしてシアワセのカタチが又1つ増える。

・・・アスカに宿った新しい命・・・



そんなアスカとシンジに言葉をかけるものがいた。



「・・・おめでとう・・・アスカ・・・碇君・・・」



何時の間にか近寄ってきた綾波レイの言葉、滅多に見せない笑顔を浮かべている。

おぉ〜と感嘆の声を上げ、思わずレイに見とれてしまうクラスメイト多数



「ありがとレイ」

「ありがとう綾波」


「・・・育児・・・手伝わせてくれる?・・・ユキの時みたいに」


「こっちからお願いするわよ!レイ!又お願いね?」


「・・・うん・・・」





和やかな三人に遅れじとばかりに声をかける洞木ヒカリ。



「おめでとう、アスカ!碇君!」

「ヒカリ!ありがとう」

「ありがとう、洞木さん」



続いて鈴原トウジの大声が響く。



「めでたいなぁ〜センセ!淡白な顔してやるこたやっとるのぉ〜」



相田ケンスケがそれに続く。



「ま、おめでたい席だから野暮は言いっこなしだよトウジ
シンジ、惣流、おめでとう!」



そしてクラスメイトから次々と湧き上がる祝福の言葉。


「おめでとう、惣流さん、碇君」


「おめでとう、果報者め」


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」



パチパチパチと拍手の音鳴り止まぬ教室、授業そっちのけで教師まで拍手してる。

その教室の最後端でクラスメイトに囲まれ寄りそうように立っているシンジとアスカ。




幼さが消え落ち着いた感じの中に青年らしい風貌の出てきたシンジ。

美しさは相変わらずすっかり角が取れ親しみやすい女性らしさの中に母親の匂いも持つアスカ。


二人は互いに手と手を握り締め合い、満面の笑みを浮かべて答えた。





「「ありがとう」」











おしまい?



こんばんわ、ハマチュウです。
稚作「シアワセノカタチ」、投稿先閉鎖により宙に浮いていたところ、怪作さんのご好意でこちらにお世話になる事になりました。
この場を借りてお礼申し上げます。

さて、このシアワセノカタチ、一応実験的作品ではありました。
「とにかく文字を少なく簡素化する」事でした。
気軽に読めることを目標に書いたんですね〜、んでもって内容は少しディープに、なおかつくどくならないように、と。
いかがだったでしょうか?

でもこの短い9話の為に書いた物語多数なんです(公開してません)
TV編小改に始まってEOEの頃、んでシアワセ本編中の色々・・・。
いつか外伝形式で投稿しようと思ってたらPCクラッシュして全てが水の泡に(涙)

まぁ又のんびり書いていこうかな?

そんな気分のハマチュウでした。
それでは又!


ハマチュウさんより投稿作品をいただきました。
某所でお読みいただいてご存知の方も多かったでありましょう。かのアスカ×シンジの名作の復活であります。

シリアスであり愛があり、ギャグもある。甘いだけの話でなく背景に辛いモノがある(あった)からこそのほんわかさ(ゲロ甘さ?)が良いですね。

例えば怪作の烏賊LASが無意味に甘いのに比べなんと読後清涼感のあることでしょうか。

素晴らしいお話を投稿してくださったハマチュウさんにぜひ感想メールをお願いします。まだの方はぜひ。

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