背中 ver.Shinji





困った。
困ったけど、嫌じゃない。
嫌じゃないんだけど、凄く困る。
僕はリビングで宿題を広げながら困惑していた。
「ね、アスカ?」
「何よ?」
「……」
僕の問いかけに即答してきたアスカに、それ以上何も言えなくなってしまった。
問い詰めるのは諦めて、僕は宿題に向き直った。
でも、これは、困る。
なんか、むずむずして集中出来ないし。
「あの……アスカ?」
「言いたい事があるならはっきり言いなさいよ。鬱陶しいわねぇ」
本当に鬱陶しそうなアスカの言い種に、一瞬かちんと来る。
でもそれは戸惑いに変わってしまった。
アスカは何がしたいんだろう。
僕を、からかってるの?
「あのさ、僕、宿題してるんだけど」
「知ってるわよ。さっき聞いたから」
アスカの返事はいつもどうりにべもない。
にべもないんだけど…。
釈然としないものを感じながら、僕はもう一度宿題に向き直る。
でもすぐに我慢出来なくなって、もう一度アスカに声をかけていた。
「あのさ…」
「何よ」
本気でアスカの口調は素っ気ない。
素っ気なさすぎて、僕はちょっと落ち込んじゃうかも。
でも、アスカの機嫌は悪くは無さそうなのが唯一の救いだった。
「アスカ」
「だから何なのよ!」
繰り返される問答にアスカの声に苛立ちの色が混ざった。
「……何、してるの?」
勇気を出して聞いてみた僕にアスカはあっけらかんとして答えた。
「別に何もしてないわよ?何で?」
「な、何でって……」
しまった!
逆に僕がアスカに質問されちゃったよ。
だけど、ここでアスカが僕に質問してくるのはおかしくない?
おかしいよね。
絶対おかしいよ!
僕は悪くない!
「何か気になる事でもあるの?」
ふわり、と背後の空気が揺れる気配があって、僕はどっと汗の量が増えた。
くっついてる。
さっきよりももっといっぱいくっついてるよアスカ!!
「き、き、気になる事!?」
「…何でアンタが聞き返すのよ。アンタに聞いてるのはアタシでしょう?」
反射的に裏返った声で鸚鵡返ししてしまった僕に、アスカが不機嫌な声を出した。
恐怖と困惑で僕の身体は強張る。
「ふふ♪」
混乱しまくる僕をよそに、アスカは大変ご機嫌らしい。
めったに聞けない嬉しそうな声が聞こえた。
アスカ、嬉しい、の?
なんで?
これって、そんなに嬉しい事なの?
僕は、別に、困らないけど…。
でもやっぱり困るかも。
どうすれば良いのか解らない。
アスカは僕にどうして欲しいの?
僕に何を求めてるんだろう。
期待、しちゃって、良いのかな?
「あ、あの、アスカ?」
「な〜に〜?シンジ♪うふふっ♪」
あぁ、何か、アスカがすっごく上機嫌だ。
僕はもういっぱいいっぱいなのに。
こんなのずるいよアスカ。
「ちょっと、離れてくれない?」
「や!」
僕の困惑混じりのお願いは速攻却下されてしまった。
しかも何か、アスカの言い方が可愛かったような気がしたんだけど!?
「や…って、アスカ。な、何で?」
「やだから嫌なの!」
え、えーっと、えーっと。
これは、本当にアスカなの?
予想もした事のなかったアスカの甘えた声に、僕の頭の中は止まってしまった。
「シンジは嫌なの?」
そんな甘えるような声で、そんな事聞かれたら返せる言葉は決まってるじゃないか!
「い、嫌じゃ、ない、よ?」
「ふふ。じゃあ別に良いじゃない♪」
更に上機嫌になって甘さが増したようなアスカの声が聞こえて、ぴったりとアスカがくっついて来た。
「あ、あ、あ、アスカ!?」
「何よ」
僕のお腹に回されてしまった白い腕と、温かくって、柔らかくって、ふにふにしてるアスカが僕の背中にくっついていて。
どうしてアスカはそんなに普通の声で返事が出来るんだよ!!
喉がカラカラに渇いて口の中が変になる。
ちょっとでも動いたら、大変な事になっちゃう気がしていた。
それなのに。
「シンジの背中、温かい♪」
アスカは僕の気も知らず、さっきみたいにぐりぐりと顔を僕の背中に擦り付け始めた。
ほとんど抱き付いてる状態でそんな事すると、一緒に擦り付けられちゃうんだけど!?
「あ、あうあうあう……」
神経が背中に集中してしまう。
ふんわり感を楽しめて、凄く気持ちいい。
僕の口から言葉にならない僕の気持ちが漏れていた。
アスカがピタリと動きを止める。
それもそれで熱で形を感じ取れて悪くない。
「シンジ、今何か言った?」
そんな事を考えてしまっていたから、聞こえて来たアスカの声に、僕は心臓が飛び上がる程驚いた。
「な、何も言ってないよ!?」
「そう?」
「う、うん」
「ふ〜ん」
納得したのか、アスカは相槌を打ったきり黙り込んでしまった。
でも、僕から離れる気配は全く無い。
僕の背中に頬をつけて、ぴったりとくっつくように抱き付いている。
お腹に回されたアスカの手は、ちょっと余り気味な僕のTシャツの脇腹辺りをしっかりと握り締めている。
ほんの少し、自分の細身の体が恨めしくなって、加持さん達の男らしいがっしりした体格に憧れた。
僕みたいなのでも、いつかあんな風になれるのだろうか。
お腹にあるアスカの白い腕とアスカの手を見下ろして眺める。
僕の手や腕に似てるけど、僕のものよりもなめらかでふんわりしているように見えた。
ミサトさんの手にも似てる気もしたけれど、ミサトさんの手よりも小さくてほっそりしている気がした。
いつの間にか手放してしまって何も持っていなかった右手を、そっとアスカの手に重ねてみる。
ビクリ、とアスカが反応し、焦ったような声を上げた。
「シ、シンジ!?」
何か、仕返し出来たみたいで凄く楽しい。
「何?」
僕はそのまま、アスカにされた事をお返ししてみる事にした。
「な、な、な、何してんのよ!?」
焦って僕から離れようとしているみたいだけど、僕のお腹に回した両手を、僕がその上から捕まえてしまっているから逃げれない。
じたばたと暴れている感触が伝わってくる。
アスカ、僕の背中に自分のどこが当たってるのか、絶対気付いて無いんだろうな。
「別に何もしてないよ?」
「嘘つきなさいよ!良いから離しなさい!」
「何を?」
「あ、あんた、わざとやってるわねぇ〜〜!!」
アスカの声に焦りだけじゃなくて、怒りの声が混じり始めた。
ちょっと後が怖いけど、僕は何だか凄く大胆になっていた。
もうTシャツを握っていないアスカの手を持ち上げて、何となくそこにキスをする。
「ちょっ!ちょっとシンジ!あんた、何してるのよ!!」
僕の背中でアスカが固まった。
それを感じた途端、僕の中でむずむずしていたものが溢れ出して止まらなくなった。
口元にあるアスカの指を、一本一本丁寧に舐めあげてしゃぶり始める。
「い、嫌!!!!やめて!!!!」
恐怖を滲ませたアスカの悲鳴に、僕ははっとなって正気に戻った。
その途端に自分がアスカにした事が鮮明に甦る。
頭にカーッと血が上ってしまった。
弁解なんかしようもない。
変態って言われちゃっても否定なんかできない。
何で僕、こんな事しちゃったんだろう!!!!
「ご、ごめん!アスカ!」
慌ててアスカの手を解放する。
アスカが僕から離れた気配があった。
アスカと僕の背中の間に隙間が出来て、心が沸き立つ温もりが消えていく。
けど、それだけ。
僕はアスカに仕出かしてしまった変態行為について、いつアスカに叱責されるかとびくびくしていた。
リビングに、僕とアスカの沈黙が落ちる。
ふと、僕は不安になった。
アスカが大人しい。
何故?
気になった僕は、恐る恐る後ろを振り返った。
居た。
真っ赤な顔で、僕が舐めた指先を握り締めて硬直しているアスカが居た。
口の中がカラカラに渇いて行く。
「アスカ?」
やっとの事で声をかけると、放心していたアスカの青い瞳が僕を見詰めた。
ほんの少し滲んでいる涙に心臓が跳ねた。
この気持ちって何だろう。
言葉にすると、『食べたい』って感じに似てる気がする。
僕はぼんやりとそんな事を考えながら、少しずつアスカへとにじり寄っていた。
アスカが、怯えたように、見詰めている。
何で、そんな目で僕を見るの?
ずるいよ。
少しずつ、少しずつ、僕とアスカの距離が近づく。
僕は一体アスカに何をしようとしちゃってるんだろう。
逃げ出せるはずなのに、アスカは逃げない。
怯えた瞳は潤んだ瞳に変わっていた。
そっと伸ばした手でアスカを捕まえる。
アスカが手の中で物凄く震えた。
でも、まだ、逃げない。
何で、アスカは逃げないんだろう?
頭の片隅で考えながら、それでも僕は動き続けていた。
軽く引っ張るように、アスカを引き寄せる。
ぽす、とアスカが僕の胸に倒れ込んで来た。
僕はほとんど力を入れてないのに、アスカが僕に倒れ込んで来ちゃった事に激しく動揺する。
でも、さっき背中で感じていた柔らかさが僕の腕の中にある事に凄く興奮していた。
アスカの背中に腕を回してみる。
折れてしまいそうなのに、温かくて、しっかりとアスカがそこにいる事を僕に伝えていた。
ふいにアスカが僕の耳元に唇を寄せた。
「HappyBirthday!シンジ…」
何だか良く分からないけど、嬉しくなって、アスカを抱き締める腕に力を込めた。





あとがき
前回投稿しました時はあとがきを入れ忘れまして、大変失礼いたしました。
シンジ君誕生日祝いです。
お楽しみいただければ幸いです。
アスカver.もあるので、良ければ読んで見てください。m(__)m

「背中」シンジ編です。

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