『えーん。えーん』

『アカオニー!アカオニー!』

遠くで聞こえるのは。

声。

声。

声。

やーい。 やーい。



ザワ・・ザワ・・。



『えーん。えーん』



オニサンコチラ。




テノナルホウエ。




オニサンコチラ。




テノナル・・・。














「う、、うーん」

喉にからみつくような声を出しながら、布団の中から顔を出す。

はぁー。

顔を出すと同時に出たため息は、真っ白な霞となって部屋の中へと消えていった。

布団の中は、この時期としては考えられない程、熱がこもっている。

それなのに、身体は震える程寒い。

普段なら――。

(っていっても、ここ最近は全くないんだけどね…。)

そう、アタシは心の中でグチを言う。

普段ならば、布団からでたくなくて、その誘惑に時間ギリギリまで戦いを挑んでいたはずだ。

しかし、ここ最近は――。

とはいっても、安心しておきることが出来た最後の日が、いつだったのか、今ではもう定かではないのだけど。

ふっと目を閉じて、その最後の日のことを思いだしてみる。

結局は、それは無駄な努力に終わるのだ。

アスカは、そのまま二度寝してしまわないかと

深く息を吐き、身体をベットに沈める。

しかし、寝ようと思う程、眠れないもの。

全身に寝汗をびっしりとかいている不快さに負け、目を開ける。

「ホント、このまま寝過ごせちゃえばいいのに・・・」

それが出来ないことを、自分が一番知っている。

「起しに、、、行きたくないなぁ…」

白い息と共に、消えていきそうになる声。

pi pi pi pi pi

乾いた音と共に、セットしておいた時計が鳴り出した。

「よっと」

手をのばし、定位置にあるはずの目覚まし時計を探す。

pi pi pi pi pi

いつもなら、目をつぶったままでも、止められるはずの目覚まし時計。

しかし、今日はいくら探しても、それらしい感触はいっこうに伝わってこない。

『ったく!』

些細なことで、心がささくれ立っていく。

最近はいつもこうだ。

ゴソゴソ。

嫌々ながら上半身だけ起きあがる。

はぁー。

どこか遠くで、それでいて耳障りな目覚ましの音。

ふと思う。

この耳障りな音。

『それ』は、どんな目覚まし時計だっただろうか。

毎日見ているはずなのに、それすらも曖昧で、どこかぼんやりとした輪郭でしか思い出せない。

色は水色だった。

そう、記憶の中にあるそれは、鮮やかなスカイブルー。

良く晴れた日の青空を連想させる。

そんな気持ちの良い色だったはずだ。

『アタシのイメージカラー!って感じじゃないわね』

『そうかな?青空の下にいるアスカっていうのも。すごく似合ってると思うけど?』

なんとはなしに、そんなことを思い出す。

pi pi pi pi pi

急かすように聞こえてくる目覚ましの音も、心なしか気にならなくなってきた。

あの色を見れば、少しは気分が良くなるかもしれない。

漠然としたそんな思いも、最悪な今日の日を考えれば、素晴らしいアイディアに思えてしまう。

身体を反転させ、目のスミに入ったそれを、アタシは勢いよく手に取った。

しかし、目の前に現れた『それ』は、想像の中よりもずっと、汚れが目立ち、くすんだ色をしていた。

これを貰った時、アタシはとても嬉しかったことを覚えている。

今のアタシなら…。

イヤ。

今のアタシだから、こそ。

当時の自分の気持ちを認めることが出来る。

アタシは純粋に。

そう。

あのころのアタシは、ただ純粋にアイツのことが好きだった。






あの日 あの時 あの場所で・・・。







ふじさん







pi pi pi pi pi

くすんだ『それ』は、アタシの気持ちなどお構いなしに、ただ時を告げていく。

カチッ。

乾いた音を残して、『それ』は静寂を運んできた。

さっきまでは、その音がアタシの心をいらだたせていたはずなのに

静かになったとたん、どうしようもない気持ちを運んでくる。

はぁー…。

くすんでしまった『それ』をコツンッとオデコにあててみる。

カチッ。 カチッ。 カチッ。 カチッ。 カチッ。

正確に刻まれるリズムが心の中まで入ってくるような、そんな錯覚。

時は止まることを知らず。

あのころの思いもまた、過去の物なのだ。

アイツに会うのがつらい。

アイツの落胆した顔を見るのが苦しい。

なによりも、そんな顔をさせてしまう事が、アタシには一番悲しい。

いっそ、起しに行かなければ、どんなに楽だろうか。

いつの日か、そんな日は来るのかもしれない。

いや、違う。

それが明日か、明後日なのか。

それはわからない。

しかし、それが、そう遠い日ではないことを、アタシは確信している。



ゴシゴシ。

パジャマの袖で、汚れてくすんでしまった『それ』を拭く。

ほんの少しだけ『キレイ』になった。

そんな気がした。











アタシの気持ちなど関係もなく。

今日もまた、一日が始まる。














トトトトッ。

1月も半ばに入ったこのごろは、寒さが一番厳しい時期だ。

凍るような空気。

靴下をとおしても伝わる、廊下の冷たさ。

アタシは顔を洗うよりも先に、ストーブの前に座り込む。

「うー寒いー・・」

乾燥した空気にのって、暖かさが、じわりっとしみこんでくる。

「アスカ。さっさと顔洗ってご飯食べちゃっいなさい。シンジ君起しに行くの、遅れるわよ」

「……」

「アスカ!聞いてるの!?」

「・・・はぁ〜い」













ザー。

冷え切った水が、お湯に変るのをアタシはすることもなく、じっと待つ。

ゴムで髪をまとめ、朝の憂鬱を吹き払うように、顔を洗っていく。

タオルで顔を拭き、髪をまとめていたゴムを取る頃には、湯気でガラスが曇っていた。

キュッ、キュッ。

手でガラスをこすっていく。

ぼんやりと鏡に映ったのは、隠しようのない程の苦悩の影。

「…酷い顔」

しかし、それよりも酷いのは、髪の毛だ。

子供の頃の赤い色は殆どその姿を消し、鮮やかな金色が、美しい輝きを見せている。

赤かった髪の毛は、まばらに見えている程度だ。

寝癖のついた髪の毛に、そっとブラシをとおす。

美しく生え替わった。金色の糸。

『熱いシャワーでも浴びれば、この気分も少しは良くなるのかな…』

髪をなでる手は、既に止まっていた。






















「まったく。支度するのに何分かかってるの!?早く食べちゃいなさい!」

「わかってるってば!」

慌ただしい喧噪の中、味もわからぬまま口に詰め込んでいく。

(本来なら、とても美味しいはずなのだ、大好きな母親の作る料理はいつだって)

鞄を片手に取り、コーヒーで口の中の物を流し込んでいく。

(よりにもよってコーヒーなのだ。大好きな紅茶ではなく)

紅茶ならば、少しは…。

そう考えそうになって、アスカはそれ以上先を思うことをやめた。

「いってきます!」

「ほら!口の周り汚れてるわよ!」

ママはそう言うと、強引にティッシュで口の周りをふいていく。

「っと。これでよし!シンジ君に笑われちゃうわよ!」

ドンッと背中を押され、それでもアスカは何も言わず、家を出て行くのだった。

しかしアスカはこの時。

(そう言えば、今日はリップつけてないんだったな)

なんて、どこか場違いなことを思っていたのだった。











「ねぇアナタ。アスカ、、、悩んでるみたいね」

「…あぁ」

「あの子、優しすぎるから、傷つかなければいいけれど」

「あの子は強い子だ。きっと乗り越えられるさ。
それでも道に迷いそうになった時は、私たちが力になってやればいい」

「えぇ。そうですね。でも、ちょっと寂しくなりますね。
あの子達には、少しでも長くあのままでいて欲しかった気がします」

「…そうだな。だが、それが大人になっていくと言うことなのだろう。
今はそっと、見守っておいてやろう。」

悩み、思い。そして苦悩する娘を、両親はただ静かに、しかし限りない優しさを持って見守っていた。













ピーンポーン。

ガチャっと言う音共に、おばさまが顔を出した。

「あら、アスカちゃん。チャイムを鳴らすなんて珍しいわね」

「…」

「アスカちゃん?」

気がつかなかった。無意識のまま、アタシはチャイムを鳴らしていたんだ。

それが、どういう事なのか。

深く考えることができるほど、今は時間も、そして心の余裕もアタシにはない。

「…おはようございます!おばさま!」

もしかしたら、シンジおきてるかと思って。

そんな事を言いながら、アタシは逃げるように階段を上っていった。

「……」

そんなアスカの様子を、ユイは少し微笑みながら、それでいて、どこか寂しそうに見守っていた。

「…ほら!アナタ!さっさと食べちゃってください!」

「…あぁ」
















んっ!…ハァハァ。

ほんのわずか駆け上がっただけなのに、アスカは自分の心臓が悲鳴を上げていることに驚いていた。

手にはじっとりと汗をかいている。

それなのに、自分の指であることがあやふやになるほど、指先は冷えているのだ。

はぁー。

手を口元に持ってきて、息を吹きかける。

(会いたくない)

そんな思いが、今のアスカを支配している。

顔を見たくない。とは違うのだ。

ただ、今は会いたくない。

その思いが、自分のワガママだと言うことを、アスカは痛い程理解している。

スッとドアノブに手をかける。

ドアノブのヒンヤリとした感覚が、わずかにアスカの意識を鮮明にする。

(このむこう側にはアイツがいる)

胸が張り裂けそうな程、痛い。

日に日に強まっていく思い。

変っていく関係。

心とは裏腹に、成長していくカラダ。

揺れ動くココロ。

すべてのことに、決着を付けることなど少女には無理なのだ。

どうしようもない気持ちに、苛立ちばかりがツノル。

(もう、ダメなのかな。アタシ…)

わずかにドアノブに触れる指先は、微かに震えていた。


ガチャ。


アスカがくらいくらい海に、深く沈み込んでしまいそうになった時、突然ドアが開いた。

「!?」

身体が動かない、目をつむることも、そらすことすらも出来ない。

「お、、おはよ。珍しいじゃない。自分からおきてくるなんて」

アスカが言えたのは、それだけだった。

「おはよ。……階段上ってくる音、聞こえてたから」

そういうと、シンジはスッと目をそらした。

(聞こえてたから)

それはオキテイタと言うこと。

階段を駆け上がり、自分を起しに来たであろうアスカ。

しかし、目の前にある扉は、いつまでも開かなかった。

階段を下りていくシンジをみて、アスカは。

(キョウガサイゴノヒ)

そう、確信したのだった。



















何もない日。

なんでもない一日。

いつものように学校へ行き。

授業を受ける。

おひるを食べ。

そして友と語り合う。

笑い、泣き、汗をかく。

『昨日』が他人にとってどういう日だったのか。何て言うことは、考えたことも無い。

今日が自分にとって、どんな意味を持つかなど、考えている者も、また、いないだろう。

(そんなの、あたりまえのことなんだけどね)

すでに、意味をなさない授業には興味を失い。

アタシは、ただぼんやりと外を眺める。

低い空。

太陽はどこかに姿を消し、厚い雲があたりを支配している。

アタシの気分そのものだ。

そんな陳腐なセリフを思い、少し笑ってしまう。

空を見上げれば、かすかに雪が降り出している。

しかし、その雪は地上に落ちる前に、殆ど姿を消してしまった。

ふと思う。

いつだったろうか。

北海道では、とてもとても寒い日には、空から雪が結晶のまま地上に降り積もる。

そう、テレビで言っていた気がする。

映し出された風景は、生まれてから、その姿を変えることなく地上に舞い降り

綿毛のように重なり合った、美しい光景だった。

ぼんやりとしか思い出せない。

間違いだらけの記憶かもしれない。

それでも思うのだ。

『変らぬまま。っか』

校庭には、うっすらと雪に覆われはじめていた。


















「アスカー」

教室の隅から、少女を呼ぶ声が聞こえる。

しかし、呼ばれた当の本人は、ぼんやりと外を眺めているだけで、気がついていない様子だ。

「アスカったら!」

突然耳元で響いた自分の名前に、アタシはビックリした。

「ちょ、、ちょっと脅かさないでよね」

そこにいたのは、クラスの別れてしまった親友の姿だった。

「もう、呼んだってば。アスカがぼーっとしてたんでしょ」

どこか居心地が悪そうにしながらも、少女は笑いながら、アスカをこづく。

「どうせ。碇君のことでも考えてたんじゃないの?」

「ち、、ちがうったら」

当たらずとも…。

思わず大きくなってしまった声に、少女はビックリしながらも、アスカの照れ隠しだと思い。

ただ、おかしそうに目を細めているだけだった。

そんな親友の姿に、アスカは戸惑いながらも誤解を解こうとはしなかった。


















放課後。

すでに、校庭は雪に覆われている。

サクッ。

サクッ。

サクッ。

下校する生徒達が踏みならす、雪の音。

この寒空の元、皆言葉少なに家路を急いでいる。

そんな中、一人立ち止まっている少女に、多少の違和感を感じている様子だった。

しかし、そのことを気にとめる者は、いない。










アタシは一人、校門の脇に立っている。

小さな、赤い折りたたみ傘をさし。

アイツが来るのをまっているのだ。

『放課後、ちょっと話したいことあるんだけど』

アタシはそう言って、アイツに声をかけた。

どこかビックリしたような、それでいて、とても納得している様子でアイツは了承した。

『あ、、うん。でも、先生とちょっと話があるから…』

(先生と話し…っかぁ)

『終わるの、まってる』

傘をくるくると回しながら、アタシは考える。

こんな気持ちで、人を待つのは初めてだ。

時計をチラッと見る。

HRが終わってから、多少時間が過ぎた。

部活動をせずに、帰宅する生徒の数もまばらになってきた。

(ったく。アタシとの約束より、先生との話が大事だっての?)

むちゃくちゃだ。

明らかに、向こうは先約なのだ。

そんなことは、わかっているのだ。

だけど、思わずにはいられない。

はぁー。

手袋の上から、息を吹きかける。

一瞬の暖かさ。

(そう言えばアタシ、どこでまってる。なんて言ってなかったな)

あたふたとアタシを探しているアイツの姿を思い、少し笑ってしまう。

いい気味だ。

「ばーか…」

校庭を走る、アイツの姿が見えた。




















「ゴメン。先生との話、すこしのびちゃってさ」

いいのよ。別に。

アスカはそう言いながら、少年の顔を見る。

どこかさっぱりしたような、何かを覚悟したような、そんな目。

家路へと続く道。

何度、こいつと一緒に通っただろう。

雪が降る日も。

桜が舞う日も。

アタシ達は一緒だった。

(顔。ちゃんと見るの、久しぶり)

覚悟を決めたからだろうか。

張り裂けそうな、胸の痛みは、今はもう無い。

「話し、、って?」

沈黙に耐えかねて、少年は話しかける。

「あっ、、うん。でも、歩きながらだと、話しにくいから…」

覚悟を決めたはずなのに、歯切れが悪い。

胸の奥にある。『なにか』がわからない。

帰り道からは少し外れる。





子供の頃に遊んだ、待ちを見下ろす公園。

アタシは、ある決意と共に、今そこにいる。





















『えーん。えーん』

『アカオニー!アカオニー!』

遠くで聞こえるのは。

声。声。声。

やーい。 やーい。

『えーん。えーん』

オニサンコチラ。

テノナルホウエ。


『あーちゃんに意地悪するな!』

『えーん。えーん』

『うるさーい。アカオニの味方か?』

ケラケラケラ。



『あーちゃんの髪の毛。とってもキレイだよ?』

『ほんと?』

グスッ。ひっく。

『うん!あーちゃんの赤い髪、ぼく大好き!』

『きらいになったり、、しない?』

『きらいになったりしないよ。やくそく!』




ユビキリゲンマン。




ウソツイタラ ハリセンボンノーマス。




ユビキリゲンマン。




ウソツイタラ…。



















ジリリリリリッ!

ケタタマシイ目覚ましの音。

いつもなら、目覚めることのない時間に少年は目を覚ました。

昨日だって、不安で殆ど眠ることが出来無かったはずなのに。

いつもだったら役立たずの目覚まし時計。

何か恨みでもあるのだろうか。

今だって眠い。

しかし、身体は異様に興奮し、再び寝むりにつくことを拒んでいるかのようだ。

(嫌な夢…みたなぁ)

小学生、それもかなり小さかったの頃だったと思う。

年齢も、相手も、人数すらも不安定でぼやけてしまっている記憶のなかで。

少年達に髪の色をからかわれ、大きな声で泣いていた少女のことだけは、今でも鮮明に覚えている。

「赤い髪、大好き…だよっか…」

その当時、少女のこと自体を好きだったかどうか、今ではもうわからない。

あいらしかった少女の赤い髪は、今では美しい金色へと、その姿を変えている。

うっすらと残った面影も、桜が散る頃にはその姿を消しているだろう。

その様子はまるで、サナギから蝶へと変るかのような、そんな幻想を抱かせる程だ。

(我ながら、ちんぷ…)

布団の中で、ゴロッと横を向く。

少女はサナギから蝶へと美しく変身し、輝く世界に飛び立っていくのだ。

古くさく、使い回された少女小説の一節のような、そんな思いもまた、確実に少年の中にあるのだった。

別に芸能界とかモデルになるとか、そう言うことじゃない。

何も変ることのない自分。

それとは別に、日々美しく輝きを増していく少女。

どうしようもない距離を感じてしまう。

ここ最近の少女の態度。

少女をよく知る少年だからこそ、それが何を意味するか、痛い程理解できた。

ピンポーン。

かすかにチャイムの音が聞こえる。

こんな朝早く、来客など無いだろう。

時計を見れば、少女が起しに来る時間になっていた。

今までも、偶然おきていたことはある。

しかし、少女がチャイムを鳴らすことなど、一度もなかったはずだ。

「……」

トトトトトッと少女の軽やかなステップが部屋に響く。

いつもなら、ノックもなしに部屋に突入してくるはずだ。

『おっきろー』

少女の姿を想像し、それが現実になることを少年は願った。

どのくらいの時間だろう。

ほんのわずかな時間であったことだけは確かだ。

しかし、ドアが開かれることはなく。

少年は、自らそのドアを開けに行くのだった。






















『えー、であるからして、世界各地の異常気象により…』

教師の声が、耳を通り抜けていく。

例え世界が壊れていこうとも、今の僕にたいして興味はない。

(いっそ壊れちゃえば良いんだ)

少年をよく知る人物が聞いたら、何事かと思うようなことを考えてみる。

身近に迫ってこない異常気象など、少年にとってはさしたる問題ではないのだ。

なによりも今、少年が一番関心を寄せている人物は、厳しい顔をして

なにやら外を眺めているのだ。

はぁーっと心の中で、ため息をつき、形だけでも授業をうけているフリをする。

何が原因で、こうなっちゃったんだろう。

(嫉妬…だよなぁ)

自覚はある。

自覚はあるのだが、自信がない。

髪の色が変り始めた頃から、日々女として成長していく少女。

美しい外見。

さっぱりした性格。

クラスメイトにたいして、厳しい言葉をかけることもあるけれど、根に持ったりしない。

その性格は、最初こそ誤解を受けたが、少しずつ受け入れられ、次第にクラスの人気を集めていった。

いつも隣にいたはずの自分。

だれよりも、少女のことを理解していたと思う自分。

好きだとか嫌いだとか、そんなことはよくわからなかった。

ただ、とても大切な物を奪われてしまう。

そんな焦りだけが、自分の中に溢れていった。

少女のことが好きなんだ、と自覚してた時には、すでにどうしようもなかった。

キーンコーンカーンコーン。

授業の終わりを告げる鐘の音ともに、少年の考えもまた、終わりを告げた。




















『放課後、ちょっと話したいことあるんだけど』

帰りのしたくを急いでいる時に、少女に声をかけられた。

逃げ出したかった。

何を言われるかは、わからない。

だけど、それが自分にとって好ましくないと言うことだけは、少年にも理解できた。

だから早く帰りたかったのだ、何も言わず、少年を遠ざけるようなことを

少女が出来ないことを、彼はよく知っていたから。

それが、彼女の優しさに甘えていることであろうと、痛みの先延ばしであろうと、そんなことはどうでも良かった。

「あ、、うん。でも、先生とちょっと話があるから…」

諦めて欲しかった。

『オワルノ、マッテル』

(終わるの。っていってもなぁ)

先生に呼ばれてもいないのだから、『終わる』もなにもないのだ。

『じゃ、また今度にする』

そう言わせたかっただけなのだから。

あーあ。

どっかで、時間でもつぶそうか…。

ずっと待たせとけば、先に帰るかもしれないし。

少女が帰ることも、自分にそれが出来ないことも、よくわかっているんだけど。

憂鬱な気持ちで、少年は階段を上っていった。










ボケー。

今の彼を表現するとしたら、この言葉しかない。

雪が降る中、屋上の手すりに身体を預け、ただ止めどなく降ってくる雪を眺めている。

すでに身体にはうっすらと、雪がついている。

頬に当たってとける雪は、どこか現実味にかけていた。

「あらー!シンちゃんじゃないの。何してんの、こんな所で。めっずらしーわねー」

なになに?たそがれちゃったりしてた?青春しちゃってー。

うるさい程、元気な声。

だけど、僕のとても好きな声。

そして、今、会うのはちょっと迷惑で、それでいてホッと出来る相手。

「先生…」

「もー先生だなんてー。シンちゃんも他人行儀なんだから!」

たしか、学校では先生と呼ぶようにと、きつく言ったのは彼女だったはずだ。

だけど、今はその好意をありがたく受け止める。

「ミサトさん」

「なーに?シンジ君」

なんだか昔に戻ったみたいで、少し嬉しい。

「ミサトさんこそ、どうしたんですか?こんな場所に」

「いやーちょっちねー」

リツコがさぁ。

そう言いながら、タバコをだすと、一本とって口にくわえた。

「ミサトさん、タバコ吸うんですか?」

「え?」

そういうと、ミサトは慌ててタバコを戻す。

「あちゃー。見つかっちゃったわね。まっ滅多に吸わないんだけどね」

「ミサトさんのことも、やっぱり知らなかった事って、あるんですね」

父さんと母さんの知り合いとして、昔からウチに出入りしていたミサトさん。

兄弟のいなかった僕とアスカにとっては、強く、そして優しい姉のような存在。

全部を知っているわけじゃないし、それは当たり前な事なんだけど、少しショックだった。

「ふふっ。女はね。誰でも一つくらい秘密を持ってるものなよ♪」

そういうと、どこか嬉しそうに、僕の首に手を回して

ぐいぐいと豊満な胸を押しつけてきた。

「ちょちょちょっと、ミサトさん!?」

あまりの出来事に、僕は顔を真っ赤にしながら逃げようともがく。

でも、その細腕のどこにそんな力があるのかと言うくらい、腕は外れなかった。

(僕の名誉のためにも、顔が赤くなったのは息が苦しかったせいだ)

「あははは、やっぱりシンちゃんねー」

そう言うと、ぺしぺしっと頭を叩きながら、ミサトさんは解放してくれた。

「はぁ」

僕は、照れ隠しに首周りをいじる。

そんな僕を見て、ミサトさんは微笑んで、僕を現実に戻す一言を言った。

「なにか、悩んでるんでしょ?」

あまりの展開に、僕は驚いてミサトさんの顔を見る。

ミサトさんは、とても優しい目をしていた。




















「ゴメン。先生との話、すこしのびちゃってさ」

僕は、少し乱れた息を整えながら、アスカにそう言って話しかけた。

なんだか、アスカの顔を久しぶりに見た気がする。

今朝だって一緒に登校したんだし、そんなはずはないのに。

僕が、覚悟を決めたからかもしれない。

よく見れば、アスカはどこか不安そうで、とても儚げに見えた。

雪の降る道を、僕らはただ黙々と歩いた。

「話し、、って?」

声が震える。

覚悟を決めていても、やっぱり怖い。

「あっ、、うん。でも、歩きながらだと、話しにくいから…」

アスカらしくないな。と思う。

しゃべり方も、何もかも。

僕もアスカも、止まることなく生きている。

生まれてから、変らないでいる事なんて、誰にも出来やしない。

でも、僕とアスカが歩いてきた道は、消えることのない事実。

そのことを否定することは、誰にも出来ない。

その思いを否定することも、誰にもさせない。



子供の頃に遊んだ、待ちを見下ろす公園。

僕は、ある決意と共に、今そこにいる。





























ピーンポーン。


今日もまた、チャイムが鳴る。


「あら!おはよう」


フフフ。


女性は、溢れてくる笑みを抑えることが出来なかった。


「お、おはようございます」


子供達は成長していく、嬉しいのだけれど、どこか寂しい。

だが、まだまだ、親としてやることがある。

まずは――。

すっと、一つ大きく息を吸って――。



「アスカー!迎えに来てくれたわよー」



「はーーい!!」






















どうも、ふじさんです。
9作目?です。なんで?がついているかは内緒です。
今作は
『ホームランを打とうとしたら、バットが飛んでった』
この一言に尽きます。
かなり、自分の中で実験的な作品になりました。
読みにくい方、面白くないと思う方が多いかもしれません。
ごめんなさい。
二人になにがあったのか?その他にも書いてないことがたくさんあります。
できれば、読んだ方なりに想像して頂ければと思いますが。
結末からすべて決まってはいます。
どうしても知りたいという方は、メールをください。
こんな感じです。ありがとうございました。


ふじさんから投稿短篇をいただきました。

謎の多いお話ですね。なかなか雰囲気を醸し出しているような感じがします。

……怪作には実はアスカシンジの二人に何があったのかよくわかりませんでした(^^;;;

皆様もぜひ感想メールを出しましょう。特にわからない場合は迷わずすぐに(笑)

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