番外編ソノ弐

アスカ嬢誕生記念

作者:でらさん









西暦2030年 12月 4日 第三新東京市 惣流宅・・


「また、一人か・・」


一人で飲むワイン。
テーブルにはそのワインボトルとグラスだけ。

誰を呼ぶでもない、一人だけの誕生パーティ・・

呼びたくても、彼女には恋人どころか友人の一人もいない。
ひたすら研究に身を捧げる日々は、彼女から社交生活というものを奪ってしまった。

結果、この有様だ。


「もう、十五年になるのね・・・アイツが死んで十年」




全てが終わって十五年の月日が過ぎた。

その間ずっと、アスカは今のような寂しい生活をしていたわけではない。
十年前までは誰もが羨むような幸せを振りまいていた・・

シンジと一緒に。


だが彼は死んでしまった。
それも単なる交通事故。

エヴァに乗れば世界を破壊するほどの力を振るう彼が、ごく簡単に死んでしまったのだ。

ショックのあまりアスカは一ヶ月ほど寝込み、次の一ヶ月は自殺未遂を繰り返す日々。
彼女が通常の状態に戻ったのは一年余り後の事。

せめて彼との間に子供でもいればまだ良かったのだろうが、子供はまだ先と二人で決めていたし
シンジの精子を保存してもいない。
あまりに突然の事だったから・・


『まだ人生は長いのよ。
新しい恋人見つけて・・結婚して、幸せな家庭創るの。
死んだシンジ君だって、それを望んでるはずよ』


『俺じゃ碇の代わりにはなれないのは分かってる。
けど、君を幸せにしたいんだ』


ミサトやケンスケは、事あるたびに忠告めいた事を言い誘ってもくる。
気持ちはありがたいが、正直言って迷惑。

アスカにとってシンジが全て。

それ以外のパートナーなどいらない。
今現在とてそう思っている。
それに・・


「研究はほぼ完遂してる。
プロトタイプも稼働実験が終わった・・後は本格的な実験だけ」


アスカが主導し、ネルフで現在進めているのは”次元転位理論”の実証。

簡単に言えば・・
光速の限界を突破し何百、何千万光年先にでも瞬時に到達しようという理論。
漫画や映画SFなどではすっかりお馴染みのアレである。

だが前世紀なら空想の産物でしか無かった物が現実になりつつある。
それはエヴァの存在と無縁ではなく、S2機関の生み出す膨大なエネルギーとディラックの海が
それを可能としたのだ。

ごく近距離での実験は終わった、結果は大成功。
後は本格的な実験だけ。

しかし、アスカの思惑は別のところにある。


「ディラックの海が別の宇宙にも繋がっているのは実証済み。
それなら・・ふふふふふふ。
シンジ、またアンタに会えるわ」




狂気に歪む顔が灯りを落とした部屋に浮かぶ。
化粧もしていない、髪の毛もぼさぼさ。

かつての美しさは微塵もない・・






翌日 ネルフ本部 ケージ・・


「この歳でプラグスーツっていうのも恥ずかしいわね・・」


<まだまだ捨てたもんじゃないわよ、アスカ。
発令所の男共なんて、鼻の下伸ばしっぱなしなんだから>


「一応まだ三十前だし、そういうことにしときますか」


<自信持たないアスカなんて、アスカじゃないわ>


「ありがと、ミサト」


モニターに映るミサトはすっかり貫禄がついて、昔の面影はあまりない。
それでも若々しいのに違いはないが。

司令となったミサトが発令所に顔を見せるのも久しぶりの事。

有事から遠ざかってかなりになるし、特殊な事件事故もほとんどない。
大概は司令室の端末で用が足りる。
今日はそれほど特別な日ということ。

それも当然か。
この実験が成功すれば、人類は更なる発展を目指し大宇宙へ本格的に進出する事が可能になる。
しかも、その技術はネルフが独占する。



発令所・・


「流石に緊張してるみたいね、アスカも。
久しぶりにお化粧して登庁してきたし」


「アスカが?
シンジ君が亡くなって以来、ほとんどお化粧なんかしなかったのに・・
ミサトの見間違いじゃないの?」


「失礼ね、まだ目は確かよ。
リツコみたいに眼鏡いらないし。
でも良い事じゃない。
ひょっとして、恋でもしてるかもよ」


「だといいんだけど・・」


今朝、アスカと通路で顔を合わせたミサトはその変化に目を見張った。
髪の毛もきちんとセットし化粧もきめている。
その姿は美しいの一言。

身だしなみに全く注意を払わなかったここ十年の面影はすっかり消えている。
アスカとすれ違う職員達も皆、彼女に注目状態。


「どうでもいいけど、実験始めるわ。
弐号機はどう?マヤ」


「順調です、異常ありません赤木博士」


「そう・・
では弐号機、シンクロ開始して」


「了解、MAGIによるフルコントロールでシンクロ開始します。
百三の手順は全てパス・・・」




弐号機 エントリープラグ内・・


懐かしささえ感じるシンクロ。
アスカの脳裏に、あの頃が蘇る。

後半は苦しかったが、楽しい日々もあった。


シンジとの出会いと心の触れあい。

軋轢、憎悪・・・そして愛。

彼と愛し合ったあの日々を、もう一度取り戻したい。


(理論上は弐号機のS2機関でなくてもよかった。
それをアタシが強引に決めた。
ただ目立ちたいから・・なんて言っておいたけど。
今頃アタシの評判最悪ね。
でもそんなことはどうでもいい・・アタシが全てをコントロールして、別の宇宙へ行く。
そしてシンジに会って・・)


アスカが画策したのは平行宇宙へのジャンプ。
無数に存在するといわれる別の可能性の宇宙・・
アスカはシンジの生きている平行宇宙へ転位しようと考えたのだ。

彼女の提唱した理論なら不可能ではない。
しかし無事到達出来る可能性は限りなくゼロに近い。


(失敗して死ぬのは元より覚悟の上。
このままシンジのいない世界で生きていても仕方ない。
それなら、アタシは僅かな可能性にかける!)


シンクロ率が上がるに従い弐号機の出力も上がっていく。
弐号機と繋がれた次元転位装置の内部ではディラックの海が広がっているはずだ。
計算ではもう充分な出力に達している。

だがアスカは更に出力を上げる。


<アスカ!どうしたの!?パワーを下げて!>


「ふふ、嫌よ」


<アスカ、あなた・・>


「アタシはここから消えるわ。
元気でね、ミサト」


<アスカ!!>


アスカがこの世界で聞いた最後の言葉。

だが寂しくなど無い。
なぜなら、向こうの世界でも同じ人物が同じ声で、自分を呼んでくれるだろうから・・






「う・・・・・ん・・」


どのくらいの時間が経っただろう。
アスカはベッドの上で目を覚ました。

ぼんやりする目で室内を観察する。

見たところペアの小物やらが多い。
夫婦か同棲中の恋人の寝室に違いない。

いや、部屋の作りには見覚えが・・


(アタシの部屋?
そうだわ、かなり様子は違うけどアタシの部屋よここ)


失敗してただ自分の部屋に転移しただけかとも思ったがすぐに考え直す。
部屋の様子は明らかに男と暮らしている感じ。

と、その時・・


「誰かいるの?ミライ?


カチャ・・


「あら?誰かいたと思ったんだけど・・
アタシの勘違いか。
またミライの悪戯かと思ったわ。
ああいけない!シンジが待ってる」


咄嗟にベッド下へ隠れたアスカには声しか聞こえなかったが、今のは自分だ。
彼女はシンジと確かに言った。
であるならば、この世界では自分とシンジは・・


「結婚してる。
だけど、それじゃアタシはまた一人・・
そんなの嫌よ。
アタシはシンジと添い遂げるために来たのよ。
何とかしなくちゃ・・何とか」


確かに別の可能性の世界ではある、転位は成功した。
だが自分の望んだ世界ではない。


「とにかくここを出なきゃ。
この格好も何とかしなくちゃね」


アスカはプラグスーツを脱ぎ捨てると、クローゼットの奥からあまり使われていないような服を
取り出しベッドの上に置く。
そしてタンスから下着を出すと身につける。

少しサイズが合わないがこの際仕方ない。


「こっちのアタシはちょっと太め・・・でもないか。
健康な証拠だわ。
アタシが痩せてるだけね」


まともな食生活をおくっていなかったアスカの体はお世辞にも綺麗とは言えない。
肌もほとんど手入れしていないので荒れ気味。
こっちのアスカと並べば、その差は一目瞭然だろう。


「よし!と。
アレは無事かな・・」


異世界で仕事を見つけるまでの生活費にしようと、アスカは金を初めとする貴金属類を
プラグスーツの中に押し込めてきた。
ひたすら研究に没頭したので貯金はかなりあったし。

全ては流石に無理だったが、全部で1000万位の物は持ってきている。


「うん、無事だわ・・全部ある。
でも換金するときの身分証明が必要ね」


ブラックマーケットに下ろすと言う手もあるが、その世界はアスカは知らないし足下も見られて
ろくな金額にならないだろう・・それ以上に命の危険すらある。
だが通常は身分を証明する物がないと換金など出来ない。

家捜しでもしようかと、部屋の中を見渡す・・

と、鏡台の上に女物らしき財布が。
アスカが置き忘れたらしい。
かなり慌てていたようだし。

手に取り中を見てみる。

するとあった・・運転免許証が。


「悪いけど、少し借りるわね」


免許だけを取り出すとそれをスカートのポケットに入れ、貴金属類はタオルに包み適当な紙袋
を探してプラグスーツと共にそこへ入れた。

そして更に、ここでの自分とその家族の情報を出来るだけ知るべく、調べを開始するのだった。






一ヶ月後・・


あの後密かに家を出たアスカは、第三新東京市の郊外にあるオート式のビジネスホテルに居を
構え、この世界に関してのあらゆる事を調べている。
図書館などにも足を運び、過去の新聞にも目を通した。
この世界の自分の知人に会うかもしれないので、髪を黒く染めてアップに纏め眼鏡まで
かけて・・

貴金属はあの日の内に全て換金。
免許は一応所持。
仕事に就くときにも必要になるだろうから。

いつまで使えるかは分からないが。


「碇 アスカ・・・か」


安物のベッドに寝そべり、名字の代わった免許証を見てアスカは、嬉しさとも寂しさともつか
ない感情にとらわれる。

この世界では無事自分とシンジは結婚し、子供まで成している。

それは嬉しい事だ。
別世界とはいえ幸せな自分がいるというのは・・

しかしそれは自分であって自分ではない。
ならば・・


「この世界のアタシと入れ替わる。
大丈夫よ、アタシのいた世界とほとんど変わらないんだから」


これがアスカの出した結論。
調べた限りでは、自分のいた世界との差異はほとんど見られない。
入れ替わっても特に問題はない。

ただ、子供とシンジを誤魔化せるかだ。


「まずはミライで試してみるか・・」


ミライの行動パターンも大体は調べた。
一人で行動する事もある。


「変装、解かなくちゃね」




翌日 とある公園・・


「いい天気ですね〜」


ベンチに座り呑気に空を眺めるのは、碇 ミライ。
現在小学校一年生。

学校帰り、ミライはここで一休みする事が多い。
友人が一緒だったりそうでなかったり色々だが、今日は一人。
世界一治安のいい都市との評価を受ける第三新東京市ならではの光景でもある。


「何やってるの?ミライ」


その彼女へ声を掛けたのは母親・・


「あっ、ママ!・・・・じゃない。
おばさん誰?」


ではなく、変装を解いたアスカ。
密かに隠し撮りした写真でメイクも同じにきめたはず。

が、一目で見破られてしまった。

とは言うものの、それはそれで対応策も考えてある。


「ふふ、ばれちゃったか。
アタシはママの遠い親戚・・ドイツから来たの。
ちょっとした悪戯だったんだけど、アタシの完敗ね。
でもどうしてアタシがママじゃないって分かったの?
結構自信あったんだけどな」


「よくわかんないけど、ママじゃないっておもったの。
なんかちがうもん!」


「そう、ミライちゃんには適わないわね。
ママは好き?」


「うん、すき!」


「パパは?」


だいすき!あのねミライはね、大きくなったらパパのおよめさんになるの!」


目を輝かせてシンジを語る少女は掛け値なしに可愛い。
自分の血を受け継いだと思われる白い肌と赤茶けた髪の毛。
黒い瞳はシンジから・・

自分が産んでいたかもしれない子。

でもこの子は自分の子ではない。


「そう・・
でもパパとは」


「ミライ!」


「あっ、パパ!」


「え・・シンジ?」


突然目の前に現れたシンジ。
ミライは嬉しそうに駆け寄り、小さな腕で思いっきり抱きつく。

幾ばくかの時間、彼と視線が交わる。

彼を求めて時空まで超えた。
生きたシンジと会いたくて。


「シンジ・・」


「君は誰だ?」


「な、何のこと?」


「アタシが説明しようか?」


こっちのアスカまでもが・・
自分の動きがばれていたらしい。

迂闊だった。
ここでもネルフは健在。
となれば、保安部も活動している。

ネルフでVIP扱いされる碇家の周辺を嗅ぎ回る不審な人物がマークされるのは当然。

それをすっかり忘れていた。


「結構よ、事情は理解したわ。
さっさと殺すなり何なりしなさいよ。
もう全部終わったわ」


「そうはいかないの。
アンタの正体を知らなきゃ気持ち悪くて仕方ないわ。
指紋どころかDNAパターンまでアタシと同じってどういう事なのよ。
クローンとでもいうの?」


目前の女が泊まっていたビジネスホテルを家宅捜索し、入手した指紋と髪の毛を分析したところ
自分と全く同じ人間である事を知り驚愕したアスカ・・そしてネルフの幹部達。

ゼーレが密かにアスカのクローンを創っていたとも推測されたが、それはあくまで推測。

調べようにも、すでにゼーレが崩壊して十五年にもなる。
新しい資料など出ないだろう。


「クローンじゃないわ。
言っても信じるかしら?
こっちではまだ研究が進んでないようだし」


「はっきり言いなさいよ」


「アタシは別の宇宙から来た、もう一人のアンタよ」


「な、何ですって?
冗談も程々にしなさいよ。
平行宇宙なんて存在すら実証されてないのにそこから時空移動?
頭おかしいんじゃないの?」


「ここでアンタに理論の講義してもしょうがないから説明は省くけど事実よ。
アタシが理論の提唱者。
死んだシンジと再び会うために、必死で研究したわ」


そう、必死でアスカは研究に打ち込んだ。
友人も失い、美貌まで投げ打って。

自分の全てを賭けた。


「シンジが死んだ?」


「アタシの世界ではね。
交通事故であっけなく死んじゃった・・・まだ子供もいなくて、結婚だってしてなかった。
だからもう一度会いたかった。
・・・でも終りね」


全てがばれているのなら、この世界で自分の居場所はない。
元より死の覚悟はしていた。
それが少し遅れただけだ。

いつでも死ねるように持っていた薬を、アスカはポケットから取り出し口に含む。

視界が急速にぼやけて、体から力が抜けていく。
シンジとこっちの自分が何か言っているようだが、もはや聞き取れない。

死が近いと分かる。


(シンジ・・・やっとアンタの傍にいける)








「アスカ!起きてよ!」


「う・・ん・・・・・あれ?また夢か」


「夢かじゃないだろ?
今度はどんな夢見てたんだよ、酷くうなされてたようだけど」


「え〜とね・・・うっ!き、気持ち悪い」


「わ〜〜〜!ここじゃダメだよ!トイレ、トイレ!」


アスカを抱えてトイレへ急行するシンジ。
その彼自身もあまり良い気分ではなかった。

当然、二人してそうなった理由はあるわけで・・


「あの子達、またやったわね・・」


秘蔵してあったワインボトルが転がるリビングで肩を振るわせるミサト。
しかも今回は二本。

前回より安物とはいえ、記念日用にとっておいた物。

今度のクリスマスにでも加持と飲もうと思っていた。
それが空。


「アスカの誕生日だからって家を空けてあげたのが間違いだったわ。
もうここにはワイン置かない。
シンジ君!アスカ!ちょっと来なさい!









今回の場合ミサトの制裁措置は発動されなかった。
なぜなら・・

制裁の終わった後、それ以上の苦痛が自分に返って来ることをミサトは前回から学んだから。


「気持ち悪いよ、シンジ〜」


「だから飲み過ぎだって言ったろ〜?」


今回はこれで充分制裁になったようだ・・


でらさんからアスカ嬢誕生日記念をいただきました。

‥‥これで祝福していることになるのでしょうか(笑)

ま、夢でよかったです。醒めても二日酔いに悩まされるんですけどね(笑)

素晴らしい作品を投稿してくださったでらさんに是非感想メールをお願いします。

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