番外編
作者:でらさん













西暦2026年 第三新東京市 週末 とある高級レストラン・・・


「今度、いつ会おうか」


「・・・今月はもう無理ね・・アタシ、来週から忙しくなるから」


コースの終盤、芸術品のように飾られたデザートを口に運ぶ女性・・アスカは無愛想に応える。

対面に座った男の顔が瞬間強ばるがすぐに気を取り直し、自分もデザートを片付けるべく
手を動かす。
その後、店を出るまでこのカップルに会話は無かった。





店を出てからも、二人の間に楽しそうな雰囲気は見て取れない。
手すら繋がない。
男が時たま近づいても、アスカが避けるように距離を取る。

彼らが歩く繁華街は週末の夜らしくかなりの混雑。
その人混みの中を縫うように二人は歩いていく。
ただ黙って。


そして繁華街を過ぎた頃・・


「まだ早いな・・
どっかで飲み直さない?」


「それからホテル?
やめてよ、アタシは帰るわ」


「待てよ」


突然男の態度が変わり、彼の手がアスカの腕を掴む。


「何すんのよ、離して!」


「俺達付き合って、そろそろ一年になるんだぜ。
なのにキスはおろか手も触れさせないなんて、どういう事だよ!」


「アンタ、アタシを恋人にでもしてたつもりなの?
勘違いもいいとこね。
アンタは友達の一人でしかないわ」


「他の男の誘いは全部断ってるじゃないか・・俺を引き合いに出して」


「その方が都合がいいからよ」


「俺はダシか・・くそ!」


「きゃ!」


やけになったのだろう。
男はいきなりアスカを近くの茂みに引きづり込み、押し倒そうとした・・

が・・・


「う・・・・・」


突然、男の頭に幾つかの拳銃が突きつけられる。

いつの間にか二人の周りには数人の男達が・・
格好は様々だが一目で鍛えられたと分かる男達。


「動くな」


「ほ、保安部か・・職員個人の付き合いにまで口を出すのか」


「適格者に対する保護義務はいまだ有効だ。
貴様を危険人物として逮捕する」


「そんなバカな、人権侵害で訴えるぞ!」


「分かってないな・・貴様にはもう人権などない」


「お、おい、それはどういう・・うっ!」


一撃で気を失った男はそのまま数人の男達に運ばれていく。
この程度の事で命までは取られないだろうが、もう二度とアスカの顔は拝めまい。

そんな様子を見届けたリーダーらしき男はアスカに振り返り、一言。


「ご友人は選んだ方がよろしいかと」


「分かってるわよ・・」


「では失礼」


一般市民がジョギングするような格好したいかつい男は夜の闇に消える。
とは言え、アスカのガードを解くことはない。
彼女の見えない所で常に任務を遂行しているはずだ。
当然、それは一人二人ではない。


「選んだ男があれだったのよ」


自宅へ向かう夜道で、アスカは誰に言うともなく呟く・・






全てが終わって10年余り・・


アスカが精神の闇から復活した時、全ては終わっていた。

ゼーレは崩壊し補完計画も消滅。
ネルフ本部に突入しようとした戦自の部隊は、日本国内務省とゼーレを裏切った加持 リョウジ
から事前に情報を得ていた本部により待ち伏せされ、ほぼ全滅に近い損害を受け撤退。

切り札としてゼーレが送り込んだ量産型エヴァは、荒れ狂う初号機により血の海に沈んだ。

その後の戦後処理によってネルフが国連の主導権を確保。
幾人かの処罰者を出したものの血の報復は行われず、平和的に事は収まった。

アスカは弐号機専属パイロットとしての立場を変えないまま、中学卒業後技術部に入った。
エヴァは基本的に新型ダミープラグで動かす事になったため時間的な余裕が出来たのだ。

レイはごく普通の学生生活を送り大学も卒業して、今は専業主婦。
大学で知り合った、誠実を絵に描いたような男性と仲むつまじく幸せに暮らしている。
アスカともたまに連絡を取り合う仲だ。

シンジは・・・
彼はあの後、行方不明になっている。
誰もその行方を知らない。


アスカは事あるたびにMAGIへアクセスして手がかりを掴もうとしたが、機密の壁に阻まれ
断念していた。
彼女の職員としての階級では限界があったためだ。

だが技術部で功績を挙げた彼女は、とうとう最高ランクの階級にたどり着いたのだ。


S−1


それは現在、リツコ他数名しか持っていない階級。
S−2は副司令S−3は司令用であるため、事実上これが最高ランクと言える。

そしてアスカは今日、早速その権限を行使すべくミサトの部屋を訪れたのだ。
ミサトは今、引退した冬月に代わって副司令の立場にある。
いずれ司令に就任する予定。


「昇進おめでとう、アスカ・・いえ惣流博士」


「他に誰もいないんだし、アスカでいいわよ・・ミサト」


「ふふ、変わらないのねあなたは・・」


自分の同年代時を遙かに凌ぐ美貌を誇るアスカがミサトには眩しい。
この若さで、世界の最先端を行くネルフ技術部の中心人物。
後数年すればリツコをも超えるだろうと噂されている。

が、いつからか彼女は笑わなくなってしまった。
少なくともミサトの前では・・


「世間話なんかいいわ。
アタシが今日ここに来た理由、アンタも知ってるでしょ?」


「・・・シンジ君?」


「そうよ、今現在のシンジについてのデータにアクセスするコードを教えなさい。
このランクなら文句無いはずよ」


「なんでそこまでこだわるの?
10年前・・それも一年も一緒にいなかった人の事なんて・・・
シンジ君なんてもういいじゃない。
それよりアスカには・・」


ミサトは加持と結婚し、子供も出来て仕事も順調。
博士などと呼ばれミサト以上の名声を手に入れても、アスカはミサトの生活の方が羨ましい。

好きな男と結婚したミサトが・・


「よくそんな事が言えたわね、アンタ!!
あの時アンタは何て言ってた?
シンジを家族って言ったじゃない!あれは嘘だったの!?」


「嘘じゃないわ・・でも事情が変わったの。
アスカだって今は恋人いるでしょ?
何て言ったっけ・・総務の人で・・・」


「あの男?
保安部からまだ報告行ってないようね。
アイツは昨日、アタシを襲いそこねて逮捕されたわ・・首ね」


「結婚する予定じゃ・・」


「馬鹿馬鹿しい。
アイツが勝手に触れ回ってただけよ。
大体、指一本触れさせなかったのよアタシ・・昨日初めて腕掴まれたわ」


「アスカ、あなたまだ・・」


「バージンよ」


ここまでアスカが貞操観念の強い人間だとは知らなかったミサトである。

この10年・・
彼女の生活全てを見ていた訳ではないが、男友達を含んだ近場への数人での旅行なども数度あった
と記憶している。
その状況で何も無かったとは考えにくい。
アスカほどの魅力的な女を男達が放っておく筈はないし・・

ミサトはアスカの中学以来の友人、相田 ケンスケが初めての相手ではないかと思っていたのだ。
男の中では彼が一番アスカとの接触が多い。

しかし・・


「相田君とは何も無かったの?
何回か旅行にも行ったじゃない」


「相田と?
冗談にも程があるわ・・旅行には行ったけどヒカリやレイも一緒だったし・・
傍にも寄らせなかったわよ」


「あなたらしいわ・・
けど、そこまでシンジ君の事好きなの?アスカは」


「好きよ。
あんなに気の合う男、世界中捜したっていないわ」


「はっきり言うのね」


「アタシももう25になるのよ。
自分の気持ちくらい分かるし、否定する気もない」


シンジに対し好意を持っていたにもかかわらず素直になれず、心まで壊した少女が変わったもの。

臆面もなく好きと言えるその気持ちがあの頃のシンジに伝わっていたら、今の状況も違った物に
なっていたかもしれない。
せめて自分が彼女に代わり気持ちを伝えていたら・・

アスカの美しさが自分を責めているように、ミサトには思えた。


「ミサトが言わないならリツコに聞くわ。
なるべく借りを作りたくなかったんだけど、仕方ないわね」


「分かったわ・・その代わり、後悔しても知らないわよ」


「アタシに後悔なんて感情ないの」






機密上の理由から、ミサトの執務室でしかシンジの情報は閲覧出来なかった。
食いつくように端末の画面に見入るアスカ。

その顔から段々と血の気が引いていく。

見守るミサトは、やはり突っぱねれば良かったと思う・・
アスカの知った事実は、それほど残酷なものだった。


「シンジ君はね、アスカを精神崩壊に追い込んだのは自分だって・・悩んでたわ。
そんな時に人型をした使徒が来たの」


「ここにあるフィフス・・渚って奴ね」


「私の知らない内に彼と友達になってたみたいでね・・彼を使徒として殺した後、シンジ君も
アスカと同じ状態になったのよ」


「それを今見てるんじゃない、余計な口出さないで」


「そこには書いてないけど、シンジ君が出撃出来たのは自分を取り戻したからじゃないわ」


「どういう事よ・・」


「無理矢理エントリープラグに押し込んで、薬を使ったの・・LCLに混ぜて」


最高機密にも残っていない事実。
歴史の真の姿。
人というものを否定し、ただの兵器として扱った事実・・


仕方なかったのよ!
アスカは目覚めない、初号機も弐号機もダミープラグは受け付けない・・おまけにレイは行方不明。
戦自の部隊は続々と侵攻してくるし、量産型も来るって分かってた。
他に手が無かったの!!


「シンジは・・・一人で、それを?」


「そうよ・・戦況を見てたマヤが思わず吐いたくらい、凄まじい戦闘だったわ。
戦自の部隊と量産型が可哀想に思えるくらいのね・・」


普段穏和だったシンジが切れた時の爆発は、アスカも一度見たことがある。
第14使徒との戦闘記録。
その時のシンジの顔は明らかに狂気を帯びていた。

あの状態を強制的に引き出された・・薬を使って。


「それを知ってるのは、あの時発令所にいた数人でしかないわ。
非戦闘員はセントラルドグマに避難してたし、実戦部隊はみんな戦自と交戦中でそれどころじゃ
なかった」


「それじゃシンジは、さらに心が追いつめられて・・」


「そう・・第三新東京市に来てからの記憶全てを失ったの。
そこにはただの病気としか書いてないけどね」


残酷な事実に暫く放心したアスカであるが、すぐに気を取り直すと座っていた椅子から立ち上がり
この部屋から出ようとする。
が、ミサトが止める。


「どこ行くの、アスカ!」


決まってるでしょ、シンジの療養してる松代よ!
ぶった叩いてでもアタシの事思い出させてやるわ!!


「ダメよ!シンジ君をそっとしておいてあげて・・
それに・・・」


「それに・・
何よ!!


「シンジ君・・結婚してるの。
子供だっているわ」


「え・・・」


アスカの希望全てをうち砕くミサトの言葉・・
それは事実だった。


「お相手は、シンジ君をずっと世話してた看護婦さんでね・・
とても気だてのいい人よ。
シンジ君、今幸せなの・・アスカはそれを壊したいの?」


「アタシの幸せはどうなるのよ!!」


「あなたはまだ若くて綺麗だわ。
シンジ君でなくても、もっといい人がいるはずよ。
昔の事は忘れて先を見た方が・・」


「アンタはいいじゃない、好きな男と結婚出来たんだから。
だからそんな台詞が簡単に口から出るのよ!」


「シンジ君の治療のためにはアスカと引き離した方がいいっていうのが、専門家の意見だったの。
はっきり言って、私も同意見だったわ」


「チャンスもくれずに結果だけ見せられて・・それを納得しろって言うの!?」


何もかもが当時の大人の都合で決められたのだ。
シンジとアスカの余計な衝突を回避し、一番無難な方法を選んだ。
求め合う心など考えずに・・

たかが14歳の思いなど、時が経てば思い出の彼方に消える物だと大人達は判断した。
彼らに近かったミサトでさえも。


「一生恨むわよ、アンタ達を・・」


「謝って済む事じゃないと思う。
でも、アスカには悪いことしたと思ってるわ」


本当に済まなそうにするミサトの顔が、アスカには笑って見える。
それほど、幸せを手に入れたミサトが恨めしかった・・









翌日 松代 とあるシティホテル・・・


「ふう・・アイツ、元気そうだった」


柔らかいベッドに身を投げ出し、アスカは一人ごちる。

あの後・・
シンジの顔さえ見れればいいと強引にねじ込み、先ほどまでシンジの自宅近くで彼の姿を
見ていた。
保安部の案内で。

黒塗りの高級乗用車の窓から密かに見た彼の顔は、10年ぶりだというのにまったく変わらなくて
アスカの思いを更に強くした。

そしてシンジに纏わり付く子供・・女の子に向かってシンジが言った言葉。
その子の名前・・


『アスカ、そんなに走り回ったら危ないよ』


子供に付けた名前がアスカ・・
自分を完全に忘れた訳ではない証拠。
それだけで、アスカはもうよかった。


「アタシの事・・覚えててくれた。
もういい・・・」



ネルフ本部 副司令室・・・


<技術部の惣流博士から、直接のお届け物です>


「アスカから?」


<はい、副司令の結婚記念日プレゼントだそうですが・・
念のため、保安部で検査しますか?>


「いいわ、直接持ってきて頂戴」


<はっ!>


数分後、届けられた小さめの箱は第三新東京市内で一番高級と言われる店の包装紙で
包まれていた。
大きさから判断すれば、オルゴールか何かか・・


「何だかんだ言って優しいわね、あの子・・さて、何かしら・・・
あら、おしゃれなオルゴ・」


ドン!!


ミサトがこの世で最後に目にしたのは、爆発で弾ける光の渦。
そして四散していく自分の体だった・・・






松代・・・


(今頃、ミサトのやつどうなってるかな・・
死んでればいいけど。
そうなったら真っ先に疑われるのはアタシね。
保安部がここに来るのも時間の問題・・でもアタシは捕まらない。
ふふ・・・生きてはね)


アスカの手にするのは、裏から手を回して手に入れた薬。
保安部とかが暗殺に使うという薬。

これを使われた人間は、苦しまずに眠るように死ぬという・・


ホテルの外が何やら騒がしい。
警察のパトカーなどが走り回る音だ。

廊下からも人の走る足音が近づいてくる。


「サヨナラ・・シンジ」


バン!


その部屋のドアが強制的に開かれた時・・
惣流 アスカ ラングレーの意識は既に消えていた。












「アスカってば!どうしたんだよ!」


「・・・・・あれ?アタシ、薬飲んで死んだはずじゃ・・」


「寝ぼけないでよ、変な夢でも見たの?」


アスカが目覚めたのは見慣れた自分の部屋。
来日してからほとんどの時間を過ごした、自分の城。

そして、横から心配そうに自分を見るのは・・・


「シンジ〜〜〜!!!」


「ちょ、ちょっとアスカ、苦しい・・」


「アタシを離さないで、ずっと傍にいて!どこにもいっちゃやだ!」


「落ち着いてったら」


しがみつくアスカをやんわり引き離すと、シンジはそっと口づけする・・
とたんにアスカの動きが止まる。


「どんな夢見たのか知らないけど、僕はどんな事があってもアスカの傍にいるよ。
ずっとね・・」


「うん・・」


「それはそうとアスカ・・僕は今、非常に困った状態なんだけど」


「え?どうしたの?」


抱きついた態勢から少し体を離してシンジの顔を見上げるアスカは、妙に体が涼しい事に気付く。
はっとして状況を確認すると・・


「きゃ!アタシ、裸じゃない・・って事は・・・」


なぜかアスカの視線が下へ向かう。
そこは偶然にもシンジの股間あたりだったりするわけで・・・


「・・・・・いつもの通りにお願いするわ、シンジ」


「了解!!」


バタン!


と、シンジが野獣モードに移行しようとした時、開くはずのない扉が音を立てて開け放れた。
ここを開ける事の出来る人間は唯一人。


「ミ、ミサト、邪魔しないでよ!」


「そうですよ、もう僕達には口出さないって言ったじゃないですか!」


「それが口を出さずにはいられないのよ・・
これ飲んだのあんた達ね!


ミサトが二人に掲げたのはワインのボトル。
しかも空。
見るからに高級そうな瓶は完璧に空けられていた。

身に覚えがあるのか、二人の顔が冴えない。


「ちょ、ちょっとだけ味見しようと思ったのよね・・・ね?シンジ」


「そ、そ、そ、そうなんですよミサトさん。それが何で空になってんのかな・・
はははは・・ははははははははははは」


「これはちょっとやそっとじゃ手に入らない代物なのよ。
セカンドインパクト以前に作られたレア物なんだから!



「へ〜、そう・・」


「ぼ、僕はそんなに飲んでないですよ・・」


「言いたいことはそれだけ?」











アスカの悪夢は、酔っぱらったせいであったようだ・・

ちなみにこの後、ミサトの制裁措置は一ヶ月に及んだという。
どんな制裁かは不明。

しかし制裁措置が解除された日から三日・・アスカとシンジは学校を休んだという話だ・・






 いつもお世話になっているでらさんからまたまた素敵な作品をいただきました。

 なんかLAS人にとって恐ろしい内容が書かれていると思ったら‥‥いや、タイトルに『夢』ってありましたな。

 良かった‥‥。それにしても恐ろしい悪夢でした。

 夢から醒めると楽しい二人の逢瀬。良かった良かった。
 さっそくミサトさんに邪魔されてしまいましたけど(笑)

 みなさんもぜひでらさんに感想メールをお願いします。

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