ソノ九
作者:でらさん












ずっと待っていてくれるって、あの人は言った。

繊細で、優しくて・・
私を好きって言ってくれた人。


最初は単なる仕事のはずだった。
あの人に近づき、必要なら体を使ってでも特殊兵器の情報を聞き出す・・

普通は大人の女性がやるような仕事を、私はやらされたの。
体を壊してパイロットを首になった私には、このくらいの仕事しかなかった。

そんな私は、いつの間にか本気で彼を好きになっていた。

彼も私のことを・・


だけど、その時の私達には障害が多かった。

まず私は敵の諜報員、しかも使い捨て同様の人間。
そして彼の傍には、綺麗で魅力的な少女がいつもいる。

口では色々言ってるあの子も、彼が・・シンジが好きだというのは明白。


戦自から身を隠すために第三新東京市から出ていく時も、それが一番心配だった。
いつも一緒にいる二人がいずれ恋人同士になるんじゃないかって。

でも彼は・・


『ずっと、待ってるから』


そう言って、私を見送ってくれた。


そして今日、私は約束通りに帰ってきたわ。

ここに来るまで何度も電話して、声と顔を確認して・・
お互い成長してて、何か恥ずかしかった。
やっぱり彼は待っていてくれたわ。

あっ、着いたわ。
構内で待ってるって言ったけど・・・いた!


「シンジ!!」


「やあ、マナ・・久しぶりだね。
綺麗になったよ」


「シンジの方こそ、背も高くなって格好良くなったわ」


「はは、ありがと。
ついでと言っちゃ何だけど、奥さんと子供紹介するよ。
奥さんはマナも覚えてると思うけど」


「え?」


嘘、嘘よ!
シンジ、待ってるって言ったのに!

大体まだそんな歳じゃ・・
まだ高校生のはずよ!


「どうも、妻のアスカです。
こっちは娘のミライ。
ほら、ミライも挨拶しなさい」


「こんにちは!マナおばちゃん!」


「い、い、い・・」









「いや〜〜〜!!」


「な、何だ、どうしましたお嬢さん」


第三新東京市へ向かう高速リニアの中。
突然大声で悲鳴を挙げた霧島 マナに、周りの乗客達が驚き騒ぎ出す。

かなりの美形に属する彼女がただ事でない悲鳴を挙げたとなれば、大概の人間は放っておかない。
何かあったと思うのが普通だ。

しかし・・


「あれ?夢か・・何だ、びっくりした」


目を覚ましたマナは大きく一つ背伸びをすると、固まる周囲など見向きもせずにまた寝てしまった。
はっきり言って自己中心的・・


「ったく、人騒がせな」


「済みませんも言えんのか」


「最近の若いやつは・・」


知らぬ間に最低の評価に堕ちてしまったマナ。
些細なことで人間の評価など変わってしまうものだ。

本人は全く知らない事だが・・


そして隣の車両には、もう一人第三新東京市へ向かう少女が心地よい眠りに誘われていた。

名を山岸 マユミ。

彼女もまた、シンジを運命の人と決めた少女。
彼女の場合はより思い入れが強い。

根が真面目なだけに始末が悪いとも言える。
その彼女の夢とは・・





一目で私は彼に心を奪われた。

でも彼の横には、いつもあの人がいた。

明るくて、綺麗で・・・元気な人。

人と話をするのも苦手で、趣味は読書なんて女の子を彼が好きになるはずがない。
傍にあんな人がいれば尚更。

私はすぐに諦めて、また自分の殻に閉じこもる・・
筈だった。


その運命を変えたのは使徒という人間の敵。
人間にとっては敵でも、私にとっては福音の天使とも言うべき存在だったの。

私の中に巣くったその使徒は、本来の意図とは別に私と彼の距離を縮めてくれた。
そしてその事件の解決を機に私と彼の付き合いは始まった。

付き合いは順調だった訳じゃない。

嫉妬の塊となった惣流さんと綾波さんが、折を見ては彼との間を邪魔しようとする。
だけど私は負けなかった。
彼との愛を貫いたわ。

それでも運命とは残酷で・・
一年後、私は親の仕事の関係で関西方面へ引っ越す事になった。

その時、哀しみで泣く私に彼が言った言葉を私は今でも忘れない。


『体は離ればなれでも、心はいつでも一緒だ』


まさに彼は私の王子様。
私は彼のその言葉を信じて、この二年耐えたわ。
それも今日で終わり。

さあ、駅を降りた私に彼の熱い抱擁が・・

無い。

どうしたの?碇さん・・
一体どこに。


「ああ、いたわ!あそこよ!」


この声は、あの惣流さん。
彼女がなぜここに?
え?碇さんも一緒・・綾波さんまで・・・


「久しぶりね山岸さん。
ご免なさい遅れちゃって、このバカが寝坊するからよ」


「バカはないだろ?
大体、寝坊の原因はアスカじゃないか」


「碇君、私もいるんだけど」


「そ、そ、そうだったね・・綾波も原因だった。
はは・・はははははははは」


どういう事?
この会話から判断するとこの三人は・・・


「碇さん!惣流さんと綾波さん二人とは、どういったご関係なんです!?」


「え?メールで説明しなかったっけ?
今、僕達一緒に暮らしてるんだ」


「そ、アタシはシンジの恋人ってわけ」


「私もよ」


「そ、そんな、そんな関係なんて・・」


こ、恋人が二人・・
どっちが本妻なのかしら?

じゃなくて!

そんな事は倫理的に許されないのよ。
はっきり言わなくちゃ。
そして、碇さんを私の手に取り戻すの!


「はっきり言いますけど、私は」


「はい、これがアンタの鍵」


「はい?」


「今日からアンタはシンジの三号なのよ。
担当は炊事だからよろしく。
その為に呼んだんだから、しっかりやってよね」


「本来なら今夜は碇君の休養日なんだけど、特別に許可してあげるわ。
記念すべき初夜だし。
それと、私も肉大丈夫になったからそのつもりで」


「さ、三号・・・私が碇さんの・・炊事担当?・・・・・初夜?」


な、な、な、何が一体どうなって・・
私の意思は?


「ほら、シンジもぼさっとしてないでマユミの荷物持ってきなさいよ。
レイ!その女引っ張ってきて!」


「分かったわ・・山岸さん、行きましょう。
私達の家へ」


家・・初夜。

碇さんとあんな事やこんな事・・











「やさしくしてください・・」


ざわ


ストレートの長髪と眼鏡が清楚な印象を周囲に与えるマユミ。

その彼女が艶っぽい寝言を漏らすと、かなりのインパクトがある。
しかも頬を軽く染めたりなんかしていて、扇情的な雰囲気さえあるのだ。


「・・・・・え?夢?・・・きゃっ、恥ずかしい」


更に起きた彼女の反応は可愛いの一言。
先のマナとはえらい違いだ。

当然、周囲の目も温かい。


「まだあんな子、いるんだな」


「親の育て方が良かったんだよ」


「家の娘にほしいくらいだ」


等々、彼女を悪く言う人間はいない。
当然と言えば当然か。

そんな事をしている間に、リニアは運命の第三新東京駅へ着く。

そこで待っているのはシンジ・・・とアスカ。
それにマナとの連絡役を受け持っていた加持 リョウジの三人。


「時間通りだな。
どうだ?シンジ君。
マナとの再会に何か感じるものがあるか?」


「意地悪な質問しないでくださいよ、アスカの前で。
マナは昔好きだった女の子・・それだけです」


「そうよ、シンジをいじめないで加持さん。
アタシも、あの頃のことはあまり思い出したくないの」


「ははははは・・済まん、済まん。
ついな・・
お?降りてきたぞ、変わらないな彼女も」


加持が目を向けた先には、白のワンピースと幅広の帽子を被ったマナがこちらへと向かい
歩く姿があった。
それはあの時、シンジとデートした時に来ていた服。
全く同じ物ではないだろうが、彼女としては思い出の服なのだろう。

それを見たとき、加持の頬が少し引きつる。


そうだ!シンジ君とアスカの関係を伝えとくのを忘れてた!
マナはまだシンジ君が独り身だと思ってるぞ。
あの様子では間違いない・・・
まずい!


そして、途中からマユミが合流する。
面識のないマナとマユミはお互いを気にも止めずそのまま歩いてくる。

マユミは、今日ここにシンジ達がいるとは知らない。
たまたま第三新東京市へ遊びに来ただけ。


「あれ?山岸さんじゃないか。
偶然だな」


「あらホント、奇遇な事もあるものね」


二人の注意が逸れたと見て、加持は密かに撤退を開始する。
しかし・・


「どこ行くんですか?加持さん」


「マナと挨拶しないの?」


「い、いや、済まん。
緊張して腹がな・・トイレ行ってくるわ」


「はは、加持さんもしょうがない」


「加持さん!!」


運がいいのか悪いのか、逃げようとする加持をマナが呼び止める。
反射的に止まってしまう加持。

気ばかりが焦る。


「よ、ようマナ。
す、済まないが俺はちょっとトイレへ・・
話は後にしてくれ」


「はあ、まあいいですけど。
それより元気だった?シンジ!」


「ああ、何とかね。
マナも変わらないようで良かったよ」


「ホントに元気よね。
あっ、それとアンタの後ろにいる子・・山岸 マユミって言うのよ。
アンタは知らないだろうけど」


シンジ達を見つけたものの、威勢のいいマナに押されてマユミは声を掛ける事が出来なかった。
気遣いを見せてくれたアスカに感謝だ。
ただ、アスカとシンジの近すぎる距離が気にはなるが・・


「ごめ〜ん、気付かなくて。
私は霧島 マナ・・シンジの彼女よ」


「え?」


「あはははは!面白い冗談ねマナ。
騙されないでね山岸さん。
シンジの彼女はこのアタシ・・そうよね?シンジ」


「ま、まあね、ちょっと照れるな」


「「はあ?」」


今度はマナも一緒。
加持からシンジ達に関する情報は度々聞いていたが、アスカとシンジが付き合っているという
話など聞いていない、初耳だ。

シンジが待っていてくれるものと思っていたマナにしてみれば、ショックなどというものでは
ない。

マユミにもかなりのショック。
少なくとも、中学生の段階でアスカとシンジが付き合うまではいかないと考えていたのだ。
彼らと同じ高校に入学し、そこであらためてシンジへのアプローチをと計画していたのだが・・


「じょ、冗談なんかじゃ・・ないわよね?」


「何よ、マナは疑う気?証拠見せようか?」


「い、いいです!私は分かりましたから。
霧島さんも分かったわよね?ね?」


マユミは本能的にアスカの危険性が分かったようだ。
証拠を見せろと迫れば、この場でキスでもするだろう。

この雑踏の中、そんな恥さらしなマネをする人間の友達と思われたくない。


「・・・悔しいけど認めるしかないわね。
シンジがそんな嘘付くはずないし。
となると私をたばかったのは・・」


マナの目は雑踏の中を逃げる加持を正確に捉えている。
ロックオン状態だ。

アスカとシンジの仲は現実として認めるが、せめて心構えが欲しかった。
加持が前もって言ってくれれば・・
そこが悔しくてたまらない。

これでは、思い出の服まで着てきた自分が道化ではないか。


「目標、加持 リョウジ!
霧島 マナ!これより突撃します!」



「と、突撃って、霧島さん・・」


「山岸さん!あなたも来なさい!
これも何かの縁よ、私達は同士なんだから!」


「い、いえ、私は運動とか苦手で・・」


「私が引っ張ってあげる!さあ、行くわよ〜〜〜!!」


残されたのは、ただ呆然と立ちすくむアスカとシンジ。
マナと昔話でもしようと思ってきたのにこの騒ぎだ。


「結局何だったの?」


「さあ・・・
僕にはまるで分からないよ。
加持さんが何かヘマしたらしいとは分かるけど・・」


「このまま帰っても仕方ないから、映画でも観ていく?」


「いいね、先週から封切られたあの映画なんてどう?
評判いいじゃない」


「え〜?アタシあの俳優嫌い。
ほら、別のやつでさ・・」






この二人だけは幸せのようだ。





 でらさんから『夢』9話目をいただきました。

 ‥‥マナとマユミ。それにしても不憫であります。
 シンジ君にハーレムを作るかお妾さんを二人ばかり抱える甲斐性があれば‥‥って、それでは無茶苦茶すぎますな(笑)

 このシリーズもいよいよあと一話を残すばかり(らしい)!続きをでらさんにせがんでしまいましょう。

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