ソノ八
作者:でらさん












待ちに待った至福の時・・
全てが一つとなり、私は私であって私ではない。


これが神の領域というもの。


宇宙の真理も、それをコントロールする術も我が手中にある。
人間は究極の進化を遂げたのだ。

我々を生み出した存在にとって、人間の創造など単なる気まぐれだったのかもしれない。

群体という可能性を確認するための実験だったのかも・・

しかしどんな理由であっても、生まれ出た我々には生きる権利と進化する義務がある。
そう、進化は生命体としての義務なのだ。

その義務を、私は果たした。




全てが順調にいったわけではない。

特に、私の最大の理解者と信頼を置いていた碇 ゲンドウの離反は大きな痛手だった。
やつは消えた妻と再会することだけを目的とし、人間全体の利益には目を向けていなかったのだ。

そのために、血を分けた息子までも利用し幾人もの女を不幸にした・・

私も他人を非難できるような善人ではなかったが、やつのやった事はまさに外道。
人としてやってはいけない事だ。

だがそれも過去の残映にすぎない。

こうして意識が一体となった今は、全てを許し合えるのだから。


「これから先、我々は何をすべきなのでしょう・・キール」


「新たなる世界の創造、つまりは宇宙の創生・・・これしかあるまい。
不満か?ゲンドウ」


「いえ、あなたの意思は私の意思でもある。
不満などありませんよ」


「宇宙の創生をもって、我らは真の神となる事ができる。
素晴らしいではないか。
一惑星上に生息する下等生物でしかなかった人類が宇宙の創造主・・」


そうだ、これは正しい道だったのだ。
あのまま何もせず、ただ歴史の流れに身を任せるだけだったなら絶対たどり着けない領域に
今人類はいる。

セカンドインパクトもサードインパクトも災禍ではない。
高見に昇るための通過点にすぎなかったのだ。


「まさに夢ですな」


「何を言っているゲンドウ、これは現実だぞ」


「ふっ、そうですか?」


バカな、サードインパクトは確かに・・
人類は一つになって、至高の高見にいるはずだ。


「これが夢などであるものか。
夢などで・・」











「夢ではない!」


久しぶりに集った老人達。
かつては世界を意のままに操った彼らも、今では少々資産を持つ普通の老人。
ここでの会議ももう、形骸化したものにすぎない。

それでも彼らにとっては権威あるものらしい。
居眠りしたキールに対して反応は冷たい。


「・・・・・やはり夢か」


「いい夢ではなかったようですな、議長」


「困りますな、議長自ら居眠りとは」


「昨日は一日孫の相手をしておったのだ。
仕方あるまい」


補完計画が挫折し、ゼーレも実質上解散となった今は暇を持て余しているキール。
そんな彼がやる事といえば、孫の相手くらいしかない。

常にネルフの厳しい監視の元にあるので、接触出来る人間も限られるし。
今この瞬間の会話も全て盗聴されているし、監視もされているだろう。
世界を破滅の縁にまで追いつめた罪人にしては、甘い処分と言えるかもしれないが・・


「貴公らも人の事は言えんだろう、私は知っているぞ。
君は年端もいかない少年を囲っているそうではないか。
それと、そこの眼鏡!
君は縛られるのが趣味と聞いたが」


「な、何を言うキール!
私は純粋に両者の合意に基づいてだな・・」


「少年と愛人契約を結んだわけか?
ふん、物は言いようだな」


「人の趣味に口を出すなど大人げないぞ!
世の中には縛られて幸福を感じる人間もいるのだ!
そう言う貴様こそ、何人の孫がいる!?
30人もいればそれは疲れるだろうよ」


「昨日遊びに来たのは20人だ!
私はきちんと経済的に面倒も見ている。
多少人数が多いだけだ!」


「多少?愛妾の5人が多少か!?」


「おう、多少だわい。
もっと増やしたいくらいだ!」




何もかも失ったはずの老人達。
傷心に打ちひしがれていると思いきや・・・

案外、楽しく生きているようだ。










「カヲル君の気持ちは嬉しいけど、僕には好きな女の子がいるんだ」


シンジ君に会うために、僕はこの世に生を受けた。
でも僕の思いは叶うことなく、上位の存在から与えられた役目を果たす気力も無くなり・・

僕は全てが終わるまで傍観者だった。

シンジ君があの忌々しいセカンドと共に戦う様も、リリスが全てに幕を引いた様も僕は見ていた。
そして気付くと、僕はただの人間。
僕の中にあったアダムの部分は綺麗さっぱり無くなっていたのさ。


それがリリスの心遣いと分かったのは暫くしてからの事。

僕と同じく仕組まれた運命を持った彼女は、そのくびきから自ら逃れ僕にもその恩恵を
分けてくれた。


「仲間だから」


それが彼女が言った一言。

そうだ、僕達は仲間。
身寄りのない僕達はお互いが唯一の仲間なんだ。

今から思えば、僕の本当の恋はこの瞬間から始まったと思う。


あれから10年・・

僕は人生の転機を迎えている。

シンジ君はすでにセカンドと結婚し、ミライちゃんという可愛い女の子の子供もいて幸せの
絶頂・・最近は僕もあまり会ってない。

そんな彼らに刺激されたのか、最近リリス・・いや、レイが子供を産みたがっているんだ。
それも僕の。

参ったな、僕はまだ遊びたいんだよ。
付き合ってそろそろ5年だけど、まだ結婚なんて・・


「これ以上結婚を拒むのなら、私にも考えがあるわ。
最終手段を取るわよ」


「さ、最終手段?ま、まさかアレを・・」


レイの最終手段とはアレしかない。
でも結婚ともなると、そう簡単には決断出来ないよ。

ん?ま、まずい・・準備態勢に入ってしまった。
ここは満員のラーメン屋なんだよレイ!それだけは・・


「うわ〜〜〜ん!!!結婚してくれなきゃやだ〜〜〜!!!」


遅かった・・
うう、お客さん達の視線が痛い。

負けたよレイ。












「結婚しよう」


「は?ほほほほほ・・おたわむれをお客様」


ファーストクラス最後の客に声を掛けたパーサーは、カヲルの端正な顔に見ほれながらも
仕事を完遂すべく、彼の荷物を手に取り優しく声を掛ける。


「恋人のお嬢さんの夢でも見てらしたのですか?」


「まあ、そんなところかな。
でも今はあなたに恋をしてしまったようです。
仕事が明けたら食事でもいかがですか?」


全てが終わった後、訳の分からないまま人間になっていたカヲル。
その彼の趣味はナンパ。
しかも美形と見れば相手の歳など関係ない。

暫く身を置いていたアメリカでは10歳の女の子を口説き、警察に目を付けられていた程だ。


「いけない人ね。
若いのに随分と経験があるようだし・・
でもあなたならいいわ。
後で電話して・・・これが携帯の番号」


「分かりました。
楽しみにしてますよ、今夜」


「ふふ、これは予約料・・」





少年との背徳的なキス。
それは危険な世界への入り口・・








翌日 ネルフ本部 正門前・・


「シンジ君、元気かな・・」


昨晩はかなり情熱的な夜を過ごしたはずだが、体は軽いカヲル。
だが、お相手の女性は仕事を休むそうだ。
ベッドから起きあがれないほど疲れていたようだし・・

無理もないとカヲルは思う。
彼女はまだ自分を少年と思い手玉に取るつもりだったようだが、手玉に取ったのは自分の方。

その方面の知識とテクは、すでに達人の域にあると自負している。


「もうシンジ君に未練なんか無いし、今の僕は彼を追いかけているほど暇な身でもない。
いい友人だと思ってるけどね。
それより、レイ・・・
彼女と会いたいな」


昨日飛行機内で見た夢の通り、シンジに対しての思いにはケリが付いている。
今のカヲルが気にしているのは、自分と同じ宿命を背負った女の子・・レイ。

彼女となら、本気で付き合えると思う。

今まで自分が相手をしてきた女性達とは根本的に違う。


「やっと本部に来る許可が取れたんだ。
このチャンスを無駄にする訳にはいかない・・・
とは言っても、どうやって探すか」


アメリカ第一支部から貰ったIDカードで中に入る事は出来るが、あまり動き回れないだろう。
自分はもう適格者ではない、ただのお客さんだ。
中での行動はかなり制限されると思う。

会う人間も限定されるかもしれない。


「カヲル君じゃないか!」


「シンジ君!」


突然後ろから声を掛けてきたのはシンジ・・アスカも一緒。
丁度ネルフに来る時間だったらしい。

レイの姿は見えないが。


「いつ日本へ?
水くさいな〜・・来るなら来るで、連絡くらいしてよ」


「ごめん、ごめん、驚かせようと思ってさ。
着いたのは昨日なんだ」


「そう・・
こんなとこで話も何だから、とにかく中に入ろうよ」


「ああ、そうだね」






休憩所・・


「ごめん、僕ちょっとトイレね」


「早く行ってきなさい。
渚を待たせちゃ悪いわ」


中座するシンジを送り出したアスカの表情は一変する。
それまで愛想を振りまいていたのが嘘のように・・

彼女は本能的にカヲルが危険な男だと判断していた。

シンジは完全に信用しているようだが、女としての感が危険を知らせている。


「アンタが今頃になってここに来た本当の理由、教えなさいよ。
ただの観光じゃないんでしょ?」


「君に会いに来た・・って理由じゃダメかな?」


「尻の軽いそこらの女になら通じる台詞かもしれないけど、アタシをなめない事ね。
それに、そんな台詞をシンジに聞かれたらただじゃ済まないわよアンタ」


「ほう・・」


アスカの言葉を、強がり・・虚勢と受け取ったカヲルは少し悪戯がしてみたくなった。
今まで自分が女性を口説いて失敗した例はない。
アスカとシンジがどの程度の付き合いか分からないが、子供の域を出ないだろうと想像はつく。

大人の女さえ翻弄する自分の手に掛かれば・・

あくまで冗談のつもりだが、アスカがなびけば拒むつもりはない。
レイ共々、自分なら上手くやれると思う。
シンジなど軽くあしらえる自信もあるし。


「僕は本気なんだけどな。
シンジ君では君の相手として役不足・・僕の方がお似合いだと思わないかい?」


「本性出したわね・・
そこまで言ったからには冗談じゃ済まないわよ、分かってるの?」


「言ったろ?僕は本気なんだ。
君を僕の女にする・・・そう決めた」


「命知らずとはアンタの事ね」


「腕ずくでも君をものにしてみせるさ。
いくら君が訓練を積んでいようとも、今の僕にはかなわない。
大人の世界を見せてあげる。
シンジ君とキスくらいはしたかもしれないけど、その先はまだなんだろ?」


じりじりとカヲルが近づくだけ、アスカも距離を取る。
アスカから見てもカヲルに隙はない。
かなり鍛えられたと分かる。

しかし・・


「そこまでだ、カヲル君」


「!」


身も凍る殺気に瞬間的に体が硬直するカヲル。
そのまま金縛りにあったように動けない。

片手で掴まれた首。
気配など感じなかった。

心臓の位置がこれほどはっきりと分かるのは初めて・・
それほどに鼓動が激しい。
更に、あっという間に吹き出てくる脂汗。

死を間近に感じる。


「動くと君は死ぬことになる、そのまま聞くんだ。
アスカに何をしようとした?」


首にかけられた手に力が込められていく。
尋常な力ではない。
死ぬなら窒息が原因ではなく頸椎骨折だろう。


「ま、待ってくれシンジ君。ただの冗談だったんだ。
ちょっとした悪戯さ。
僕はレイに会うためにここに来たんだから」


「冗談とは思えなかったけど。
アスカがこんなに怖がってるじゃないか」


見ると、アスカはシンジの後ろで薄ら笑い。
とても怖がっているようには見えない。


「き、君達の付き合いを少しだけ後押ししようと思っただけなんだよ。
シンジ君は奥手だからさ、まだキスも満足もしてないのかと思って・・」


「何をどうすればあれが後押しになるか分からないけど、余計なお世話というものだね。
僕達はとっくに関係を持ってる」


「そうよ。
大人の世界を見せてやるですって?はっ!毎晩見てるわ」


「え?ま、毎晩?・・・・・そ、そこまでもう・・」


「君みたいなやつに綾波を会わせる訳にはいかない。
ずっと友達だと思ってたけど、それも終わりだね。
ここで少し休養してアメリカに帰ってもらうよ」


「きゅ、休養ってどういう事なのかな・・ぼ、僕には意味が分からないな・・」


「こういう事だ!!」







カヲルが快復しアメリカへ帰国の途へ着いたのは、この日から丁度二ヶ月後の事であった。








司令室・・


「元フィフスチルドレン、重傷で緊急入院?何があったのだ?
彼は観光旅行で来ていたはずだが・・」


「知らん。
またぞろ、老人達の嫌がらせではないのか?
この間も妙な物を送って来ただろう」


「碇、あれは立派な食べ物だぞ。
”山の牡蠣”と言ってな、アメリカのとある地方ではとても好まれ」


「豚の○×がか!!
例えそうだとしても、贈り物にあんな物を寄こすか普通!!
何を考えとるんだ、あの連中は」



「私に言われても知らんよ。
ただ食べ物を粗末にするなと・・お?ゼーレからの通信か」


盛り上がる?会話を遮るようにゼーレからの通信。
何かあった場合に備えて、連絡は出来るようになっている。

最近ではほとんど、世間話するために使われているのだが・・


<忙しいところを済まない、碇司令。
なに・・特別に用事があるわけでもないのだが、少し話を聞いてもらいたくてな>


「丁度良かった。
私もお話がしたいと思っていたところです、キール議長」


<ははは、気が合うな。
聞いてくれゲンドウ、他の連中ときたらSMやら少年愛やらにうつつを抜かしおるくせに
私が5人の愛人を持っただけで変態扱いだ。
酷いと思わんか?男なら女の5人くらい当然だろう>


「その点には合意しますな。異論はありません。
しかし、先日私に送り届けられた”豚の○×”はどういう意味ですかな!?
それと、元フィフスを送りつけた意味などもお伺いしたい」


<おお、あれが届いたか。
あれがまた美味くてな、私の好物なんだ。
元フィフス?その件については知らんぞ。やつが何かしたのか?>


「あ、あれが好物・・
あなたの味覚には着いていけませんな」


<何だと!貴様とて腐った豆をライスにかけて美味そうに食べるではないか!
あれこそ着いていけんわ!>



「あれは納豆という日本古来の・・」







結局カヲルは無視され、お互いの食文化のけなしあいに終始した。
何しに来たんだかよく分からないカヲルであった・・



 でらさんからシリーズ『夢』8話目をいただきました。

 カヲル、なんか性格変わってない?(笑)キール議長とゲンドウが和解しているのがなんか良かった(笑)ですが。

 続きも楽しみですね。でらさんに是非感想メールを送りましょう。

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