ソノ七
作者:でらさん












「司令、お言葉を」


「うむ・・」


私はここまで上り詰めた。

今日から私はネルフの総司令。

無能な上司の下で長年苦労した甲斐があったというものだ。
一時期その上司に淡い思いを抱いた事もあったが、それはあくまで気の迷い。

今私の傍には、愛する妻と子供達がいる。
かつて同僚であった妻・・


彼女も昔は不毛の愛に溺れていた。

妻の上司、技術部を仕切る若き女性天才科学者・・
それがその相手。

同性愛に偏見はないつもりだった。
学生時代も周りに何人かそんな人間はいたし、性の嗜好は個人の自由・・
そう考えていた。

だが身近にいた彼女が・・
しかも標準以上に魅力的で、心惹かれていた彼女が女性と付き合っていると分かった時
かなりのショックを受けたものだ。

そして私はまた、一つの恋が終わったと思った。

ところが・・


「今日、これから飲まない?日向さん」


「あ、ああ、いいね」


突然の誘い。

上司との間に何かがあったのは分かった。
彼女は相談できる人間が欲しかったのだと思う。

私はたまたま身近にいて、たまたまその日は暇だっただけ・・

彼女が私ではなくもう一人の同僚、青葉に声を掛けていたら、彼女と結婚したのは青葉だったかも
しれない。
この時ばかりは、私も運が良かった。

その夜から私と彼女の付き合いは始まり、幾つかの修羅場を経て私は彼女と結婚に至ったのだ。


「おめでとうございます、あなた」


「今までありがとう・・・マヤ」


「ほほほほ・・何年ぶりかしら。
私を名前で呼んでくださったのは」


「・・・忘れてしまったな。遠い昔のようだ」


そう、それは遠い昔の話。

まだアスカちゃんとシンジ君が結婚する前の・・
いや、後だったかな?

それとも付き合いだした頃?

まてよ、あれは・・・





「マヤ〜」


「起きろって、マコト!
葛城さん、カンカンだぞ!」


今日は久しぶりにエヴァを使った演習の日。
エヴァの力を世界に誇示する一種のデモンストレーションのような物だが、実弾などを使った
実戦もどきの演習に本部全体が緊張していた。

それは現場の指揮を任されているミサトも例外ではない。
一目で分かるほどピリピリしている。
普段のおちゃらけた様子など微塵もないのだ。


「青葉二尉、無理に起こさなくていいわ。
日向君も疲れてるのよ」


「は、はい」


言葉使いは優しいが顔の筋肉が痙攣している。
大体、ミサトが人を階級付きで呼ぶときはかなり機嫌の悪い証拠。


「演習はまだ終わってないのよ!気を抜かないで!」


発令所に響き渡るのは気合いの入ったミサトの声。
文字通り気合いの入った職員もいるだろう。

だが日向は寝たまま・・

そんな彼をマヤは、ただ軽蔑したような目で一瞥するとすぐに仕事へ集中する。
男女を問わず、マヤは仕事が出来る人間を好むのだ。
大事な演習の最中に居眠りするなど論外。

もっとも、現在リツコに夢中の彼女にしてみればどうでもいい事なのだが・・


「幸せそうな顔で寝てやがる。
起きた時は地獄だぞ・・・俺は知らん」


少し前、自分の寝言が原因でアスカとシンジに制裁を加えられた事を青葉は思い出す。

今回の日向は別に怪しい寝言ではないが、仕事上の失策であり弁明は一切利かないだろう。
減給処分は間違いのないところだ。
こういう事では庇ってやる必要も感じない。

いくら友人でもだ。


「葛城さんの次はマヤちゃん・・その次は赤木博士か?マコト。
普通の女にしろよ」


お前もな、青葉。
ロリコンはいかんぞ。







同日 夜 ネルフ女子寮 伊吹 マヤ宅・・


「あ〜あ、今日は先輩忙しいから独り寝か」


今日リツコは演習の反省会議で遅い。
このところリツコと同衾する事の多いマヤは、一人で寝るのが寂しくて仕方ない。

かなり強引に関係を迫られた仲ではあるが、今はマヤの方が関係にのめり込んでいる。
昔から憧れていた人であったし、元々男性より女性の方に興味があったのは確かだし・・

かと言って男性を嫌っている訳ではない。
学生時代、何回かデートした男友達はいるがあくまで友人としての付き合いで、何の進展も
なかったのだ。
性的嗜好としか言いようがない。


「でも最近、先輩の態度がおかしいのよね。
今日も仕事だってのは分かってるけど、本当にそれだけかしら」


冷たくなった訳ではない。
男の影も見えない。

しかし、何か気になる。


「考えても仕方ないわ、寝よ」


本来が楽天的な性格のマヤは、深く考える事もせず眠りにつく。
フリルの着いたピンクのパジャマを着て・・

あんた歳いくつ?





「マヤちゃん、どうしてもダメなのか?」


「ごめんなさい・・」


とうとう日向さんまでが私にプロポーズしてきた。
これで何人目だろう・・

もてる事は女として嬉しい。
でも現実問題、男の人と付き合うなんて私には考えられない。

だって・・

私には赤木 リツコという愛する人がいるから。


付き合いの始まりはほとんどレイプみたいなものだった。

いえ、それは間違いね。
私に抵抗する気なんて無かったし。

憧れていたのは確か。
でもそれは先輩に対する尊敬の念だと、ずっと思ってた。
私もいつかは普通の恋をして、結婚して、子供ができて・・

そんな未来像を描いていたの。


それを良い意味で壊してくれたのがリツコさん。

最初はただの遊びだったかもしれない。
欲求不満の捌け口だったのかも・・

だけど今は、私を心から愛してくれている。

普通の幸せは手に入らないだろうけど、私は後悔していない。
これからも後悔する事はないと思う。

このまま私は一生、リツコさんと生きていきたい。


だから、もうプロポーズなんてやめてよね・・男性諸君。


「マヤさん」


もうやめてって言ってるのに。
誰よ、しつこいわね・・

え?シ、シンジ君?


「な、何か用?シンジ君」


「マヤさん・・僕と結婚してください」


「え?だ、だって、シンジ君にはアスカちゃんが・・」


「僕が本当に愛しているのはマヤさん・・・あなただ」


そ、そ、そ、そんな困るわ、私にはリツコさんていう人が・・

で、でもシンジ君ならいいかな。
優しいし、格好良いし、実家はかなりの資産家らしいし・・・

このまま不毛な愛に一生を捧げるくらいなら、普通の幸せを掴んだ方がいいかも。

リツコさんも分かってくれるわよ!


「こんな私でよければ・・」








「わ〜〜〜!!」


盛大な叫び声と共に目を覚ましたマヤ。
自分で自分が許せない・・そんな感じ。

いくら夢とは言え、リツコを裏切ったような気がした。

しかも相手はシンジ。
現在、辛い地獄を共に乗り切ったアスカと幸せな日々を送る彼。

マヤもそんな彼らを暖かい視線で見ていた筈だった。

確かにシンジがネルフに来たての頃は、こんな弟がいたら・・と思った事はある。
だがそれだけ。
自分にショタの気はないと言い切れるのに。


「先輩がいけないのよ。
私を一人で寝かせるから・・」


携帯を確認するが着信もメールもない。
自宅に帰ったか、ネルフにそのまま泊まったかも分からない。
朝早くから電話するのも悪いのでとりあえずメールを送っておく。

朝の不機嫌が余計増幅されるマヤだった。


「今日会ったら、愚痴言ってやる」







同日 ネルフ本部・・


今日はエヴァパイロットも含めての反省会議。
幹部達の会議とは違いそれほど重苦しいものではないが、重要である事に違いはない。

よって、シンジ達は学校を休んでまで会議に参加するのだ。


「反省ったって、何を反省するのよ。
演習は何の問題も無かったじゃない」


「僕達はそうだけどさ、他は分からないじゃないか。
どこかで不都合な事があったかもしれないし」


「組織って会議が好きよね」


「別に好きでやるわけじゃないと思うけど・・」


昨晩、会議用のレポート執筆でシンジとの楽しい一時を邪魔されたアスカはややおかんむり。
ミサトのいない二人っきりの夜は、色々な意味で羽目を外せる時間なのだ。
(どう羽目を外すかは自主規制させていただきます)


「シンジと一緒なのが唯一の救いね。
あっ、日向さんだ・・・何だか暗いわね」


前方から彼らに近づいてくるのは日向。
だが、いつも朗らかな雰囲気を持っている彼が今日はどことなく落ち込んでいる。

何か失敗でもやらかしたのか・・

ちなみに、シンジ達は日向の居眠りの一件は知らない。


「おはようございます、日向さん。
どうかしたんですか?顔色がすぐれませんが」


「ああ、おはようシンジ君。アスカちゃんも。
いやあ・・昨日演習中に居眠りしちゃってさ、後で葛城さんにえらい勢いで怒られたんだよ。
減給処分もくらったし、まいったな。
自分が悪いとは分かってるんだけどね」


「ミサトさんもあまり人のこと言えないのに・・
尻ぬぐいはいつも日向さんがやってるじゃないですか」


「そうよ、他人が失敗したら傘に掛かるなんて・・減給なんてあんまりだわ。
アタシ達がミサトに掛け合うから、元気出して日向さん」


シンジとアスカの心遣いが、日向には嬉しい。
それにシンジは強くなり、アスカは優しくなった。

その彼らの変化が何よりも嬉しかった。


「ははは、ありがとう。その言葉だけで充分だよ。
じゃ、会議では僕のように居眠りしないようにね」


幾分元気を取り戻したかのように、日向は彼らの前から立ち去っていく。

二人には分かっていた。
本当に苦労しているのは誰かということを。

日向はそんな自堕落な人間ではない。
何の理由も無しに居眠りなどするはずがないし、夜遊びが過ぎたなんて事は考えられない。
恐らく、ろくに仕事しないミサトのサポートで忙しいのだろう。


「どうする?アスカ」


「決まってるでしょ、一ヶ月ビール禁止よ!」




翌日、日向の減給処分は撤回された。




第五会議室前・・


「昨晩はどこへ泊まったんですか?
ここには泊まってないし、自宅にも帰ってないじゃないですか」


会議室前でようやくリツコをつかまえたマヤはきつい調子で問いつめる。

会議が遅くなりネルフに泊まったと思っていたのだが、同僚に聞いたところ会議はそれほど
遅くならなかったとの事。
自宅へ帰宅云々はカマかけただけ。

ここまで不審なところを見せつけられるといくらマヤでも疑問を持ってくる。
それにリツコから香るシャンプーの匂いは、彼女やマヤの愛用している物とは違う。

明らかに別の誰かの家に泊まっている。


(ま、まずいわね、初めての浮気でこんな事になるなんて・・でもなんとかしなくちゃ)


ぶっちゃけた話、リツコは昨晩浮気している。
相手は経理課の女性。
技術部の会計監査などでリツコと接触が多かった女性だ。
マヤと同じく、以前からリツコに憧れていたらしい。

可愛いというより、綺麗と言った感じ・・マヤとは逆のタイプか。


「昨日はミサトのところにお邪魔したの。
久しぶりに昔話がしたくてね。
でも、アスカとシンジ君にあてられに行ったようなものだわ」


「え?そ、そうだったんですか?ごめんなさい、私ったら・・」


ミサトの名前を出されたらマヤとしては信じるしかない。
一時でもリツコを疑った自分を恥ずかしいとも思った。


「いいのよ。
電話しなかった私も悪かったから」


周りに誰もいない事を確認して、リツコは軽くマヤを抱き寄せてキス。

マヤはその行為に恥ずかしさと安心を覚え、リツコはうまく誤魔化せた事に安堵した。
そしてそれを物陰から覗く男・・・また日向だ。


「何だまたかよ、よく当たるなあ。
夢は所詮夢か・・」


マヤにはもう未練などない日向だが、あの夢は捨てがたい。
望む物全てを手に入れた自分。

本当の夢。


「日向さん、何やってるんですか?こんなとこで」


「あ!しー、大きな声出しちゃダメだって」


「向こうに何があるっていうのよ・・リツコとマヤがいるだけじゃない」


突然背後から声を掛けられた日向であるが、リツコ達のキスはすでに終わったようだ。
怪訝な顔をした二人は、リツコとマヤに挨拶する。

ところがリツコにとっては気が気ではない。
自分の嘘がばれるかもしれないのだ。
表面上何の変化もない彼女の内面では、パニック寸前であった。


「おはよう・・リツコ、マヤ」


「あら、おはようアスカちゃん。
シンジ君も相変わらず一緒なのね、仲が良くて羨ましいわ。
昨日、先輩もあてられたそうだし」


「・・・何の事ですか?マヤさん」


「え?だって昨日の夜、先輩は葛城さんの家に泊まったんじゃ・・」


「誰よ、そんなデマ言ったの。
昨日はアタシとシンジの二人っきりだったわ」


「・・・・・」


絶句したマヤの首がゆっくりとリツコの方を向く・・・
が、リツコはすでに逃走していた。
音も立てない見事な足裁きだ。

怒りに打ち震えるマヤ。

ただならぬ彼女の様子に、アスカもシンジもリツコとマヤがどのような関係にあるのかを
理解し、昨晩何があったのかをも理解した。


「せんぱ〜〜〜い!!!」









後日、リツコとマヤは無事和解したそうだ。
密かに二人の破局を期待していた日向の思いが叶う事はなかった。

やはり、夢は夢。



 でらさんからシリーズ『夢』7話目をいただきました。

 マコト×マヤか‥‥無理がありましたなやはり。
 マヤはそっち系なのでさすがにマコトの思いは叶わないでしょう。

 不埒な夢で殲滅されなかっただけ、幸運だと思うべきですね(笑)

 続きも楽しみですね。でらさんに是非感想メールを送りましょう。

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