ソノ弐
作者:でらさん












全てが終わって十年・・・


私は普通の人間になった。

蒼銀の髪の毛も紅い瞳もそのままだけど、私は普通の人間。
その証拠が今、私のお腹の中にいる。

愛しいあの人・・碇シンジとの子供。


私を初めて人間として見てくれた人。

笑顔を教えてくれた人。

女の子として扱ってくれた人・・・


ここにくるまでには遠回りもした。
特に紅い髪の毛と蒼い瞳を持つ性格の悪い女が横恋慕して、何かと私達の仲を邪魔した。

だけど・・

あの人が選んだのは私。
彼女は諦めきれないようで、まだこの日本に居座っているけど・・・ふふ、無駄ね。
彼の心は私の物・・一生処女でいるといいわ。


あっ、あの人が起きる。


「おはようございます、あなた」


「ふっ、今日も綺麗だなレイ」


おかしいわ、あの人はこんな言葉遣いしない。
昔・・・はるかな昔、こんな台詞吐く人がいたような気もするけど・・


「どうした?レイ・・おはようのキスがまだだぞ」


顔も変・・
髭が生えてる・・・サングラスまで。

髭?サングラス?


・・・・・・・・・


「あなた誰?」


「ふっ、碇ゲンドウに決まっておるだろう。
何をしている。早くおはようのキスを」


何時の間に潜り込んだの?この廃棄物。

こんなくたびれた爺さんなんていらない。
死んでもらいましょう。

なんて都合がいいのかしら・・こんなところに包丁が。

さあ、永遠に消えて・・




「レイ!何やってんのアンタ!
包丁持って寝ぼけないで!」



「・・・はっ、私は何をやっているの?」


調理実習の最中、包丁を持ったまま居眠りしたレイが突然包丁を振りかざしたので
同じ班のアスカが咄嗟に取り押さえたのだ。

同じく班が一緒のヒカリは一瞬驚いたものの、レイが押さえられたのを確認すると
何事もなかったように料理に戻った。
どうも、非日常に慣らされてしまったようだ。


「アスカ・・・ふふふふふ、あなたは負け犬」


「はあ?」


「碇君は私を選んだのよ」


「・・・まだ寝ぼけてるようね。
どうでもいいけど、さっさと料理進めるわよ。
アンタも早くそれ刻んで」


シンジと結ばれた余裕を見せ、アスカはレイの言うことなど相手にしていない。
レイの前に置かれたタマネギを指で指すと、有無を言わさずに命令を下す。

暫くぼーっとしていたレイだが何となく今の状況は分かったようで、おもむろにタマネギ
を刻み始めた。


「あれは夢?でもいいわ、いずれ碇君は私の物・・・
あら、涙。
涙・・悲しいの?私
何が悲しいのかしら・・」


涙をぼろぼろ流しながらタマネギを刻み続けるレイに、アスカも少し呆れ顔。
手の掛かる妹を持った気分だ。


「アンタ、タマネギ水に漬けなかったわね!
ちゃんと言ったじゃない」


「それ何?」


「もういいわ。
タマネギ終わったわね・・次よ」


「了解、何でも言って」


「頭痛いわ・・」


近くゲンドウに養子入りし、シンジの妹になることが決定しているレイ。

シンジと結婚すれば、アスカにとってレイは義妹ということになる。
この少女と一生付き合っていくのかと思うと、本気で頭痛のしてくるアスカであった。







同日 夜 洞木宅・・・


戦いの日々が終わって平穏な日常を送るようになり、楽しい学園生活を満喫出来る・・・
と思っていたヒカリだが、どうもその考えは甘かったようだ。

アスカとシンジについては良しとしよう。
付き合うようになって所構わずいちゃつくのも、仕方なしとする。
彼らの辛かった時期を知っているだけにそう思う。

だがケンスケやレイの暴走振りは、クラスを束ねる立場にある者として頭痛の種である。
慣れたとはいえ、騒ぎは無ければ無いに越したことはない。


「鈴原とも進展しないしな・・」


残飯整理と称し、トウジに弁当を持っていっている状況に変化はない。
いや無さ過ぎる。

トウジには感謝されるし、お礼に何かしたいと言われた事もある。
だがそれだけ。
それ以上の進展はないのだ。
何となく彼も自分に好意を持っているとは分かるが、それをはっきり言ってもらいたい。
自分からは、あからさまに意思表示しているのだから。


「アスカはいいわね」


先日、いかにも歩きにくそうにしているアスカにどうしたのか聞いたのだが、彼女は顔を真っ赤に
して何も言わなかった。

後からよく考えたら、自分が顔を赤くしてしまった。
アスカが女になったのだと分かったから・・
付き合って同居までしているのだから当然とも言える。

ヒカリももう”不潔”などというつもりはない。
好きな者同士ならそれが自然だろう。
逆に羨ましいと思うくらいだ。


「私も最近ちょっとHね。
鈴原にほんの少しでも碇君くらいの積極性があれば・・と思ったんだけど・・・
考えても仕方ない・・寝よう」


最後にほんの少しだけ考えたシンジの事が、彼女の夢に多大な影響を及ぼすとは
彼女自身、完全に予想外のことであった・・・





「結婚してくれないか?」


「・・・はい」


意外な彼の言葉に返事をして数年・・・

子供も出来て、私は幸せ。


中学時代から親友と付き合っていた彼は、私の憧れだった。
優しくて、強くて・・包み込んでくれるような暖かさを持った人。

私がその魅力に気付いた頃はもう遅くて・・
彼は親友のアスカと付き合ってた。

容姿ではとても及ばない彼女と張り合うなんて無駄なこと。
私はすぐに諦めて、鈴原トウジと付き合うことにした。
彼を忘れるために・・

でもアスカは彼に甘えてばかりで・・・
いつか取り返しの着かないことになりはしないかと、私は気を揉んでいた。
そしてそれは現実になったの。

二人の結婚式まで後数日と迫ったある日のこと、アスカは朝帰り。
当然、彼は激怒したわ。
彼女もちゃんと説明すればよかったのだけれど、気の強さが災いして大喧嘩。
そのまま破局を迎えてしまった。

後になって・・
葛城さん達と結婚の前祝いで徹夜して飲んでたって分かったんだけど
もう遅かったわ。

アスカはドイツに帰ってしまってたし、彼は綾波さんと付き合ってた。
私はトウジと婚約してて・・・


それが何をどう間違ったのか、私達は結婚してる。
式はひっそりと二人だけで・・

仕方ないわね・・お互い不倫したようなものだから。


でも私は幸せよ。
彼は言ったもの・・

ホントは家庭的な人が理想だったんだ・・って。

こう言っちゃ何だけど、アスカも綾波さんも家庭的とはほど遠いものね。
勝者の余裕かな。


さて・・
朝は私のキスで起こしてあげるのが日課。
待っててね、あなた・・


シンジさん。





「何やってんの?お姉ちゃん・・起きてよ」


珍しくヒカリが寝坊したようなので、妹のノゾミが様子を見にきたのだが
姉がおかしい。
どんな夢を見ているか分からないが、唇を突きだして変な顔をしている。
あまりに気持ち悪いので、一応起こしてみることにしたのだ。

妹の声に反応して目覚めるヒカリ・・


「・・・・・あれ?ここ、どこ?」


「お姉ちゃんの部屋。
どんな夢見てたのよ、変な顔して。
鈴原のお兄ちゃんの夢でも見てたんじゃないの?」


「鈴原じゃないわよ!碇君の夢・・
ノゾミ!今のは違うからね!


「へ〜、お姉ちゃん本当は碇のお兄ちゃんが好きだったんだ。
でも諦めた方がいいわよ・・アスカさんには絶対適わないから」


アスカがシンジを伴ってヒカリの家を訪ねることがあるので、ノゾミもシンジと面識がある。
トウジとも何回か顔を合わせた。
ノゾミはどちらかというと、気さくなトウジの方が気に入っているのだが・・

それに、シンジとアスカは見るからにラブであったし。
姉の割り込む隙などありそうにない。


「だからただの夢よ。現実と一緒にしないで。
バカなこと言ってないで、早く支度しちゃいなさい。
私もご飯用意するからさ」


「は〜い」






第壱中 3−A教室・・・


「おはよう、委員長」


「お、お、おはよう・・碇君」
(やだ、ノゾミが変なこと言うから意識しちゃうじゃない。
あれは夢なんだから・・)


「どうしたの?ヒカリ・・顔が赤いわよ」


「な、なんでもないの。ちょっと熱っぽいかもね」


アスカの怪訝な顔が恐い。
自分でもどうしてあんな夢を見たのか分からないし。

正直シンジを意識した時期もあったが、それは一時の熱病みたいなものと自分では考えていた。
他の女子達が騒ぎ始めた頃で、自分もそれに影響されただけだと。
トウジへの思いは褪せていないとはっきり言える。
それが証拠に、彼へ渡す弁当を今日もしっかり作り持ってき・・・


「あれ?お弁当がない」


一応確認しようと思い、バッグの中を物色したが無い。
ご丁寧に自分の弁当まで無い。
どうやら作ったはいいが、持ってくるのを忘れてしまったらしい。


「あ〜あ、朝からろくなことないわね。
今の内、鈴原に謝っとこう」


昼直前ではトウジに迷惑がかかると思い、早めに言っておこうとヒカリはトウジに声を掛けた。
我ながら情けない。


「鈴原、今日のお弁当なんだけどさ」


「おう、どないしたんや?」


と、その時。


「お姉ちゃん、忘れ物!
お弁当忘れてどうするのよ!
いくら碇のお兄ちゃんに鞍替えしたからって、いきなりやめたら鈴原のお兄ちゃん可哀想よ!」



今年新入生として入ったノゾミが、ヒカリの忘れた弁当を持ってきてくれた。
余計な一言を添えて。
彼女の言葉を聞いたトウジとアスカの顔が一瞬で強ばるのが分かる。

シンジは困惑しているようだ。


「ノゾミ!あれは夢だって言ったでしょ!」


「そういう事やったんか、委員長・・ええわ、ワイはきっちり身を引くで」


「ち、違うのよ、鈴原・・」


「ヒカリ・・アタシと張り合おうなんて、いい度胸してるじゃない」


「誤解なの、信じてアスカ」


必死に弁明するヒカリだが、諦めモードに入ったトウジと嫉妬に我を忘れているアスカは
聞く耳を持たない。
ノゾミは知らぬ間にいなくなっていた。

焦りばかりが募るヒカリは、いらないことまで言ってしまう。


「だから夢だってば!
アスカと碇君が喧嘩別れしたのも、碇君が私にプロポーズしてくれたのも、朝はキスで
起こしてあげるのも、みんな夢なの!!
・・・あれ?」


「ヒカリ・・・」


「ア、アスカ、今のは・・あっ、私、今日体調が悪いから早退するわ。
じゃね!」


「逃がすか〜〜〜!!」








意外と気の多い親友や常識を知らない義妹を持ち、何かと苦労するアスカであった。
彼女の気が休まるのはいつのことだろうか・・・


 でらさんからシリーズ『夢』の続きをいただいてしまいましたのです。

 なんとヒカリまで妖しい夢を‥‥綾波さんはまだわかるんですがねぇ‥‥。
 シンちゃんってもてるなぁ(笑)

 これはアスカ、はやめにシンジと結婚しておかないと気が休まらないですね。
 もっともそうなってからも今度は離婚して一緒になるとか迷夢を見られてしまうのかもしれないですが(笑)

 素晴らしいお話でありました。皆様もぜひでらさんに感想をお願いします。

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