作者:でらさん














「あなた、朝ですよ」


「う・・・ん・・もう、そんな時間なのか」


「ふふ、遅くまで仕事してらしたから・・
程々にしてくださいね。
すぐにパパになるんですから」


かなり目立つようになったお腹を抱えて微笑む妻は美しい。

私がこんな彼女と結婚できたのは奇跡に近い。
かつては親友の恋人だった。

誰もが羨む仲で・・

どんな人間も彼らの間に入り込むなど不可能と思えたものだ。
しかし運命とは分からない。

万事がうまくいっていると思われた彼らの仲は砂上の楼閣だったのだ。
ふとした行き違いから二人は決定的な破局を迎え、彼女は一時故郷へ帰ってしまった。
ドイツへと・・

そんな彼女と再会したのは二年ほど前。
仕事で再び日本に在住することになった彼女は、折良く開かれた中学のクラス会に出席した。

眩しいほどに美しくなった彼女に、私は中学当時ほのかに憧れていた思いをぶつけた。
酒の勢いもあったかもしれない。
でも、言わずにはいられなかった。


『今からでも遅くないわよ。
アタシ、今フリーだし』


意外な彼女の言葉に乗った私は、以来飽きもせずに彼女へのアプローチを続け
ついには結婚にまで至ったのだ。
そして今、彼女のお腹には私の子供がいる・・


「分かっているよ・・アスカ」


いつから彼女を名前で呼ぶようになったのか、もう忘れてしまった。
親友の特権だったそれは、現在私だけの特権。

彼は今、何をしているのだろうか。
女から女へと渡り歩き、身を持ち崩しているとも聞いた。
バカなやつだ。


「相田!起きなさいっての!」


はは・・昔に戻ったようだな。
第一、私はもう起きているというのに。
何の戯れ言かな・・


「そんなに怒鳴るなよ、アスカ・・」


「寝ぼけてんじゃない!!この変態!!」




ばっち〜〜〜ん!!




「・・・つつ、あ〜痛て・・あれ?ここは?
アスカが中学の制服着てる・・・・・・・・夢?」


アスカの張り手で見事に目が覚めたケンスケの視界に入ってきたのは
鬼・・いや悪魔・・・いやいや、とても作者の力量では描写出来ないほどの形相
で彼自身を睨みつけるアスカの姿だった。

彼女の他には委員長のヒカリと自分がいるだけ。
掃除の当番らしい。

記憶をたどってみるが昼以降の記憶がない。
昼寝をして、そのまま放課後まで過ごしてしまったようだ。


「どんな夢見てたのか知らないけど、アタシを名前で呼ぶなんて・・・」


怒りのオーラを纏いアスカはケンスケにじりじりと近寄る。
しかし、ケンスケは金縛りにあったように動けない。


「な、何をする気だ・・夢の中じゃあんなに優しかったのに。
俺の子供まで・・」


「なんですって?」


「だから惣流が俺の子供を・・・」


人間、言わなくてもいい事というものはある。
今回ケンスケはそれをやった。
我関せずの態度で掃除を続けていたヒカリも思わずため息を漏らすほどの迂闊さで。


(とことんバカね、相田も・・)
「程々にね、アスカ。掃除早く終わらせるんだから」


「了〜〜〜解・・
死ね〜〜〜〜〜!!!


「うげ〜〜〜!!」










同日夜 葛城宅・・・


「まったくあのバカ・・どんな夢見てたんだか。
よりによってアイツの子供をアタシが産む?冗談でも言ってほしくないわ」


いつものようにシンジと食事を済ませ風呂にも入り、適度なお喋りを楽しんで
今は自分のベッドの上。
ミサトはまた飲み会だそうだ。
恒例の朝帰り・・・いやお泊まりかもしれない。
加持の家で。

使徒との戦いが終わってからシンジとは結構うまくいっている。
角付き合わすこともあまりないし、会話もなんだか自然・・
かといって余所余所しいのでもない。
ミサトに言わせると・・


『一歩前進かな』


だそうだ。
自分ではよく分からない。
でも加持とミサトがデートしたりするところを見ても何とも思わなくなった。
代わりと言っては何だが、シンジと共にいる時間がとても長いような気がする。
気が付くと彼が横にいる・・そんな感じ。

これが恋と言われればそうなのかもしれない。


(このまま成り行きで付き合うようになるのかな・・
シンジが恋人?・・・・・・・それもいいわね。
他に気の合うやつっていないし、これから先もシンジ以上に合うやつなんて
見つかりそうもない・・)


自分の中の思いを確認しながら、彼女もまた夢の世界へと旅立つ・・・








「いい加減はっきりしなさいよ、アンタ。
アタシ達もう30過ぎたのよ。ここらで結論出して」


「そういうこと言われてもだね・・」


視線を逸らして目の前のグラスを弄ぶのは、付き合って15年以上にもなる腐れ縁の男
碇 シンジ。

同棲してたときもあったけど、今はそれぞれの事情もあって一人暮らし。
結婚だって何度も考えた。
だけどコイツがその度にはぐらかして現在の状況がある。

別れ話なんて一度もなかったけど、アタシにコナかけてくる男は多いしコイツにだってそう。
特にあの女、綾波 レイは・・


「またレイと寝たのね?」


「・・・・・」


「あの女と何度寝ようがいいけど、アタシにもそろそろ考えがあるわ」


「どういうことだ?」


怯えたようにアタシを見るシンジは、さっきまでの不貞不貞しさが嘘のよう。

アタシは知ってる。
シンジは独占欲がとっても強いことを・・

アタシが仕事の付き合いで飲みに行くのも嫌がる。
それでいて自分は浮気のし放題だ。
まるで、昔憧れてた加持さんみたい。


「アタシ、プロポーズされてるの・・相田から」


「嘘だろ?」


「アンタが信じないのは勝手だけど、アタシはもう我慢出来ないの」


「君は一生結婚しないって言ってたじゃないか」


「いつの話してんのよ!
それに事情が変わったの・・アンタにだってわかるはずよ」


30過ぎてこの鈍感さは犯罪よ。
自分が何したと思ってんの?
このアタシをここまで独身でいさせるなんて・・


「俺にはよくわからないな」


「そう・・・アンタがそういう気ならもういい。
アンタとは終わりね。
相田のプロポーズ受けるわ」


「おい、待てよ・・」


「もう痴話喧嘩はその辺にしてよ。ご飯冷めちゃうじゃない!」


「大人の話に首突っ込まないで、ミライ!
アンタに正式なお父さんが出来るかどうかの大事な話なのよ!」


「こんなときにしなくても・・」


まったく・・
このバカときたら、アタシに子供まで産ませておいて結婚しようとしないんだから。
ミライ産んだの高校生の時よ。信じられない。
責任感てものがないのかしら・・


「ミライは黙ってなさい。
今日こそははっきりと言ってもらうわ。
アタシと結婚するの?しないの?」


「俺は・・」


さあ、言うのよ。

この子には父親が必要なの。
アタシも一人で生きるのは疲れたわ。
アンタが結婚する気ないのならアタシは本当に相田と・・


「ゴメン・・俺やっぱり・」


「このバカシンジ!!!」






「わ〜〜〜!!」


早朝・・
いくら呼びかけても部屋から出てこないアスカに業を煮やしたシンジが、危険を承知で
部屋に入り間近から呼びかけたところいきなりこれだ。

寝ぼけているのは分かるが、夢の中でまでアスカに怒られているのかと思うと釈然としない
ものがある。
しかも完全に目が覚めたらビンタを喰らうのは確実であるし。
かといって、起こさなくてもビンタされるのだ。
ならば起こしてビンタされる方がいい。
アスカも遅刻しないから・・


「はっ・・・夢・・・・・・・・・シンジ?」


ベッドから身を起こし、傍らにいるシンジへ視線を移すと彼はきょとんとしている。
いつもと違うパターンに戸惑っているよう・・

その顔は夢の中で見た擦れた感じの彼ではなく、いつもの見慣れた顔。

みんなに優しいけど自分に一番優しくて、いつでも自分の傍にいてくれる。
どんな我が儘言っても自分を見放したりしない。

優しくて、優しくて、優しくて・・・ちょっとだけ強くなった男。


「やっぱり夢は夢ね・・現実がいいわ」


「何のこと?」


「知りたい?」


「ま、まあね」


アスカに身を寄せられ、シンジは思わず後ずさってしまう。
が、アスカがそれを引き留める。

ぐっと・・抱きしめて。


「ア、アスカ・・」


「こういう事よ・・現実のアンタが好き」


「・・・僕も、アスカが好きだよ」





二度目のキスは、二人が恋人となった記念のキス・・・








第壱中学 3−A教室・・・


昨日アスカから受けた折檻など忘れたように上機嫌のケンスケ。
何かいいことでもあったらしい。


「ふふふ・・また惣流と結婚する夢を見たぞ。
これは神の啓示に違いない。
俺と惣流は結ばれる運命にあるのだ
それが証拠に、同居して一年も経つのにまだあの二人は付き合ってもいないでないか」


すっかり夢を信じ切ったケンスケは、もはや妄想の虜となっている。
クラスメートも馬鹿馬鹿しくて突っ込む気にもなれない。

親友のトウジでさえも・・


「完全に逝ってもうたがな・・
まっ、惣流にしばかれればわかるやろ」


「ふっ、何とでも言え。
今日から惣流は俺の物だ・・はははははははは!!」


「アタシが誰のものだって?」


「え?」


思い人の声に思わず振り向くケンスケだが、彼は眼前の光景が信じられない。
アスカの手はシンジの片腕に絡みつき、体を密着させてもいるのだ。
しかもシンジは平然としている。

何がきっかけかは知らないが、彼らの間に進展があったのは明らか。


「碇・・貴様、何をした!」


「何をしたと言われても・・
そんな恥ずかしい事言えないよ」


「は、恥ずかしいだなんて・・シンジったら」


二人揃って顔を赤くし照れる姿は初々しく微笑ましい。
が、ケンスケにとってはそれどころではない。


「ま、まさか・・・・・惣流はもう傷物・・」


人間、言わなくてもいいことを・・・以下略。

静まりかえる教室。
狼狽えるケンスケ。
狂気に歪んでいくシンジの顔と、殺気をまき散らすアスカ。

クラスメート達はもう事態を見守るだけだ。
委員長のヒカリでさえも。


(ホントにバカね、相田は・・)
「HRまでには終わらせてね、二人とも」


「「了解!!」」


「や、やめろ・・俺が何をした。
本当のことを言っただけじゃないか!」


「まだ傷物じゃないわよ!!」


「まだ?」


「「地獄に堕ちろ〜〜〜!!!」」


「うぎゃ〜〜〜〜〜〜〜!!」








夢・・・

追いかけるのも妄想するのも人の自由・・


他人に迷惑が掛からない程度に。



 でらさんからケンスケってあらまぁ身の程知らずね〜なお話をいただきました!

 夢‥‥いろいろありますよな。ケンスケやアスカの見た夢は、そのなかでも(LAS人にとって)悪夢と言ってよい夢かと思いますが‥‥。
 確かにシンジくんはちょっと優柔不断なこともあるし(ちょっとか?)こんなことになってもおかしくないのかもしれません。
 しかし、‥‥このシンジ君は態度と行動でしっかり示してくれましたな‥‥いや、良いことです。

 もっともシンジ君が駄目だったからといってケンスケに愛の対象を変えるなんてことをあのプライドの高いアスカがするとは思えませんが(笑)

 素晴らしいお話でありました。皆様もぜひでらさんに感想をお願いします。