恋人たち ver.8

作者:でらさん












「とうとう、今年は独りか・・」


惣流アスカ(十六歳)は、親しく付き合う友人の一人、綾波レイからの電話を切ると、ふて腐れたようにベッドへ身を投げ出した。
真っ白なシーツに、見事な金髪が広がる。

友人からの電話は、クリスマスパーティのキャンセルを告げる内容。何でも、校内一のイケメンで知られる渚カヲルからの熱烈
な求愛を受け容れ、付き合う事になったらしい。
クリスマスイブの夜は彼の家のホームパーティに招かれ、家族に紹介されるのだそうだ。

カヲルは、レイが第壱高に入学したときから彼女に求愛し続けていた。所謂、一目惚れというやつだ。
レイも、ついこの間まで、しつこくて困るだとか何だとか愚痴をこぼしていたくらいなのだが・・


「レイもレイよ。
”渚先輩みたいなキザなタイプ、大っ嫌い”なんて、言ってたのにさ。
女の友情って、儚いものね」


信じていた友人の心変わりに、アスカはショックを隠せない。
レイは、最後に残った心の友・・・
そう、信じていた。


「まさか、アタシが最後に残るなんて・・
何で、ヒカリやマユミやレイに彼が出来て、このアタシに彼ができないのよ!
こ〜んな可愛い女の子ほっとくなんて、世の男共は、何を考えてん の!!」


考え込む内、段々腹の立ってきたアスカは、手に持った携帯電話が壊れるのではないかと思うくらいに握りしめ、天井に突き
上げた。

三年前・・
まだ中一だったアスカは、仲の良かった友人達四人とクリスマスパーティを開いた。その席で、彼女達は誓ったのだ。
例え彼氏ができても、クリスマスは友達同士で愉しもうと。

しかし、その誓いは、翌年に早くも破られた。
洞木ヒカリがクラスメートの鈴原トウジという少年と付き合い始め、ヒカリは家族ぐるみの付き合いとやらで、友人達との集まり
を断ったのである。
そしてその翌年は、山岸マユミが離脱。彼女もクラスメートの相田ケンスケと付き合い始めて、母親のいないケンスケを世話し
てあげたいと、涙で欠席を告げたのだった。
その年、ヒカリは当然のように誘いを断り、残ったのはレイとアスカだけ。二人は友人達の裏切りを肴に、愚痴ばかりの侘びし
いパーティを過ごした。
そして今年、レイまでもが離脱。
このままだとアスカは、一人でクリスマスの夜を過ごさなくてはいけない事態に陥る。

社交的なアスカに友人は数多いが、本当に親しく付き合うのは、ヒカリ達三人。事実、クリスマスの件以外では、今でも良い友
人であることには違いない。
この三人以外とパーティを開くつもりはないし、又、招待されても行く気はしない。
更に、クリスマスの為に男を漁るつもりなど、毛頭無い。


「選り好みしてるつもりは、ないんだけどな・・」


独系アメリカ人の父と、日独ハーフの母との間に産まれたクォーターのアスカは、血の交わりが生み出した奇跡とも言われる
美貌を持つ。
そんな美形の彼女には当然の如く男達が群がり、様々な誘いがあるのだが、アスカはこれまで誰の誘いにも応じた事がない。
中にはモデルのようなイケメンも、人間的に欠点を見いだせないような男もいた。
でも、アスカの心を揺さぶるような出会いは無かった。
ヒカリがトウジと出会ったような、マユミがケンスケを慈しむような、レイがカヲルを受け容れたようなドラマが、何一つ無かった
のだ。

アスカは、付き合う相手に理想など求めない。
ただ、”この人だ”と言える出会いが欲しい。


「どっかに白馬の王子様でも転がってないかな・・」


神の存在も奇跡も信じないアスカだが、取り残された今は、神に祈りたい心境である。







翌日・・


学校の終わった放課後。
期末テストも終了して、友人達は、それぞれのパートナーと気兼ねなく恋人達のスキンシップを愉しんでいるようだ。
その煽りを食った形で、アスカは一人、帰宅の途についていた。

独りという状況に気分がむしゃくしゃしたアスカは、少し寄り道をして第三新東京市最大のデパートに乗り込み、買い物をして
気分を紛らわした。
資金源は、レイとプレゼント交換するためにとっておいた小遣い。その金は、前から目を付けていたスカートに姿を替え、今は
アスカの腕にぶら下がっている紙袋の中。
欲しい物を手に入れた満足感は、不快な気分を束の間でも忘れさせてくれる。

おかげで帰りは遅くなり、とっくに陽も落ちて、空には星まで・・
街灯は煌々と道を照らしてくれるものの、繁華街を外れると周囲に人家は少なく、アスカは警戒の度合いを上げた。
昼間は問題ない道も、夜になると危険度を増す。第三新東京市は治安の良さで知られた街だが、犯罪が皆無というわけでは
ない。婦女暴行事件も、たまにではあるがニュースになるのだ。
アスカは、冷静さを失った自分の迂闊を責めながら歩みの速度を速める。かなり冷えてきたし、早く帰って風呂にでも入りたい。
・・と、正面方向から、スーツを着た中年のサラリーマン風の男が鞄片手に歩いてきた。


(真面目そうな、おじさんね。少し気が抜けるわ)


アスカは緊張を幾分和らげ、男とすれ違う。
そして、自分の住むマンションまでもう少しと駆け出そうとした時・・


「!」


アスカは背後から口を押さえられ、体全体をも押さえられながら、歩道脇にある植え込みに引きずり込まれた。
そしてそのまま、うつ伏せにさせられ、顔を地面に押しつけられる。声を出そうとして顔を横に向けようとするが、男の力は強
くて、どうにもならない。
状況から考えて、自分を襲ったのは、すれ違った男だ。警戒を解いた自分が許せないけども、今はそんなことを悔やんでいる
場合ではない。
アスカは体を揺すり、自由になる足を必死にばたつかせて男の拘束から逃れようとする。
しかし、アスカの背に馬乗りになった男は動じる様子がない。こういう事に、かなり慣れている感じだ。


「元気がいいな。
だが、それがどこまで保つかな」


男は片手でアスカの頭を押さえたまま、片手で鞄を開けて中身を探り、小型の注射器を取り出す。
そしてアスカの髪の毛をたくし上げ、うなじを露出させる。


「これは実験中、偶然に出来た薬でね。女の性欲を猛烈に刺激するんだ。所謂、媚薬ってやつだよ。
処女でも何歳でも関係なく作用して、相手が誰でも関係ない。完全に飛んじまう・・気持ち良いぜ」


この男は、ある製薬会社の開発部門に勤める研究員。
痔の薬を研究していたのだが、全く偶然に、女の性欲に作用する薬ができてしまった。人類が初めて手にした媚薬というわけだ。
普通は、ここで特許の申請とか考えるものだが、男はこの成果を誰にも言わないで薬も秘匿・・自分で悪用する道を選んでしま
った。
これまで同僚の女性研究員や行きずりの女性数人に試して味を占めた男は、同じマンションに住むアスカに目を付けて襲う
作戦を立てていたのだ。

今日は偶然にもアスカを街で見かけ、帰るところを見計らって先回りしていた。
男は自分の幸運に感謝しながら、アスカの首に注射器を近づける。これさえ射ってしまえば、どんな女でも堕ちる。
男の興奮は、頂点に達しつつあった。
しかし・・


「何をやってる!?」


突然の怒号に、男は腰をぬかさんばかりに驚き、アスカの背から転げ落ちた。
次の瞬間、気を取り直した男が鞄を抱えて脱兎の如く逃げようとするが、男はトレーニングウエアを着た青年に捕まり、腹に蹴り
を入れられて、地面で悶絶。
青年は、すぐに携帯で警察に連絡を入れ、ようやく身を起こしたアスカに近寄って様子を窺う。
アスカは顔も制服も砂まみれだが、まだ動揺が強いためか、それを払おうとする気力が沸かないようだ。


「君、大丈夫かい?」


朦朧とするアスカの目は、声をかける青年の顔を捉えて認識する。
額までかかった髪の毛が汗で張り付き、そのすぐ下には、何の変哲もない黒い瞳が自分を見詰めている。
顔全体は整っていて、美形と言えるだろう。

青年の顔を暫く凝視していたアスカの口は、ここで思いがけない台詞を吐き出す。
後に、この時のことを回想したアスカが、口が勝手に喋ったと言いのけた台詞だ。


「見つけた・・・アタシの、王子様」


十二月の風が、冷たく二人の間を吹き抜けた。






翌日 第壱高校 1−A教室・・


「・・・てな具合でさ、アタシは、運命の出会いをしちゃったってわけ。
どう?」


アスカは登校するなり、いつものメンバーを集め、昨日の出来事を詳細に報告。
危うい所を助けてくれた青年を運命の人と称し、独り身におさらばすると宣言したのである。
・・・が、ヒカリ達は話の展開に付いていけない。
アスカの話が本当ならば、普通は襲われたショックで学校も休みそうなものだ。ところがアスカは、ケロッとしている。犯されか
けた少女には見えない。
それに・・


「どうって聞かれても・・
ね、ねえ?レイ」


「まあ、助けられた感謝の気持ちを恋と勘違いしても、無理はないわね。
マユミちゃんも、そう思うでしょ?」


「ええ・・
アスカさんは、その人にフィルターかけて見てるんですよ。
一度、冷静になった方がいいんじゃないですか?」


三人は、あくまでアスカの為を思って忠告したつもり。
ヒカリを始めとする三人は、アスカが青年を実際以上に評価し、舞い上がっていると判断した。
そのような場面で美形の王子様が助けに現れるなど、最近は漫画でも余り見ない展開だ。冷静になれば、現実も見えてくると
思う。アスカの話に寄れば青年は美形との事だが、普通か、それ以下の可能性の方が高い。
ところが、アスカは譲らない。


「ふふん・・だ。
アタシを誰だと思ってるの?このアスカ様の選択を、間違いとは言わせないわ。
今日、その碇シンジって人と会う約束したから、アンタ達も一緒に来なさいよ」


「碇シンジ?・・・同じ名前の人、知ってるわよ、わたし」


青年の名を聞いたレイが、シャギーな感じの髪の毛を乗せた頭をかしげる。
そして、ヒカリもそれに同調。


「わたしも、トウジから聞いたことがあるわ。
参高の人だったかな?」


「ひょっして・・」


最後にマユミが、決定的な情報を。


「参高の入学式の時に乱闘騒ぎ起こして、いきなり停学処分受けた、碇シンジって人じゃないですか?」


「ああ!!それって、親戚のシンちゃんじゃない!」


碇シンジは、意外な身近にいた。呆れたことに、レイの親戚だという。
アスカは益々、この出会いが運命だと確信するのだった。




放課後・・


アスカは友人達を少し離れた場所に待機させて、シンジを待つ。
待ち合わせ場所は、第三新東京駅のロータリーにある広場。ここは交番も近いので、ナンパに悩まされる事もない。


「済みません、惣流さん。遅れました」


待つこと五分程で、第参高校の学賞を制服の襟に付けたシンジが姿を現した。
彼を見たアスカは、自分の判断が間違いでなかったと確認した。アスカと同等と言われるほどの美形であるレイの親戚なのだ。
それなりの美形であるのは、当然。


「全然、待ってませんよ。
それより昨日のこと、もう一度、お礼言いますね。
助けてくれて、ありがとうございました」


「もういいですよ。僕は、当たり前のことをしたまでです。あそこは、ロードワークのコースですし。
それにしても、レイの知り合いとは驚きました。世の中は狭いですね」


「そのレイから聞いたんですけど、お父様が格闘技の道場を開いてらっしゃるんですって?
碇君も、かなり強いとか」


「道場と言っても、大袈裟なものじゃないです。実際、弟子は十人もいないし」


シンジの父は独自の流派を興した格闘家で、第三新東京市内で道場を開き、門下生を抱えている。息子であるシンジも、父に
教えを請う弟子の一人。
しかし何事にも妥協のない父の性格故か鍛錬は厳しく、鍛錬に付いていける門下生は少ない。よって、道場の経営は、かなり
厳しい。
門下生十人程度では、道場の経費を賄うのが精一杯。父も母も、昼間は別の仕事をして生活費を稼いでいるのが現状である。
とはいうものの、厳しい鍛錬に堪えているシンジの実力は本物。
入学式に起こした乱闘騒ぎでも、シンジは怪我などしていない。あまりに一方的であったため、喧嘩を吹っ掛けられたシンジの
方が、重い処分になってしまったくらいだ。


「ふふ、大変なのね。
あ、ここで立ち話するのもなんだから、ファミレスにでも入らない?」


「ご、ごめん、気が付かなくて。こういうこと、あまり慣れてなくて。
って言うか、初めてなんだ」


「その顔で?ホントに?」


「僕の顔なんて、普通だよ。
惣流さんこそ、彼氏いるんだろ?」


「今の今まで、いないわよ。
レイに、先越されちゃったもん」


「ああ、渚さんね。噂は聞いてるよ。
レイがああいう趣味だとは・・・・・」


瞬く間に二人の世界を築いたアスカとシンジは、肩を並べてロータリーを出て行ってしまった。
アスカから、折を見て紹介すると言われ待機していたヒカリ達三人娘は、シンジと会ったまま歩き去るアスカに呆れる。


「アスカったら・・
わたし達の事を忘れるなんて、薄情ね。
そう思わない?マユミ」


ヒカリは同意を求めるように隣のマユミに視線を向けるが、マユミは、そうでもないらしい。


「それだけ幸せって事なんじゃないですか?
アスカさんの顔、幸せそうでしたもん」


「あの様子だと、すぐにラブモード全開になりそうよ。
シンちゃんはともかく、アスカが別の意味で困った事にるわよ・・多分」


「どういう事よ、レイ」


「わたし達には惚気まくって、シンちゃんには、どこでもキスをねだるような、頭のとろけたお馬鹿さんになるんじゃない?」


「アスカさんが?まさか」


マユミには、レイの予想など信じられない。
街中でいちゃつくバカップル達を口を極めて罵っているのが、今のアスカなのだ。その当人が、そのような事をするはずがな
いし、アスカのそんなシーンなど想像も出来ない。


「女って、男ができると変わるのよね。
誰かさん達が、いい例だわ」


「わたしは、変わってないわよ。
どこが変わったっていうのよ」


「そうです、レイさん!
わたし達の何が変わったんですか!?」


レイに剣呑な視線を向けられたヒカリとマユミは、身に覚えがまるで無いので、抗議の声を挙げる。
確かに友人同士の付き合いは少なくなり、クリスマスパーティも出なくなったのは事実。しかし、普段の付き合いに変化はない。
それに、惚気けた事などもない。むしろ逆。ヒカリとマユミは、自分の付き合う男の欠点を知りつつ付き合っている。その愚痴を
こぼす事はあっても、惚気るなど無理だ。
ところがレイは、具体的な事例を出して二人を論破した。


「身に付ける下着とか、ドラッグストアに通う回数が増えたとか、休みの次の日は妙に疲れた顔して腰が重いとか、会話の内容
が所帯じみてきたとか・・
そうそう、産婦人科のお医者さんからピルの処方箋貰ったとか聞いた事もあるわ。
他にもたくさんあるんだけど、自覚無いの?あなた達」


全て身に覚えがあるだけに、ヒカリとマユミは沈黙するしかないのだった。
そしてレイも、一年後には二人の仲間入りをしている。自分の言ったことを、彼女はそのまま実行していたのだ。

更に、この二人の場合は・・


「アスカ、今日は寝技の特訓をしたいんだ。
相手を、お願いできるかい?」


「ここの流派に、寝技なんてあった?」


「・・・とぼけないでよ」


「ふふふ・・冗談よ。
一晩中でも、相手してあげる♪」


週末はシンジの家に泊まり込み、道場の仕事を手伝うようになったアスカは、すっかり新妻の気分に浸っている。
碇、惣流、両家の親も公認し、将来の予定もすでに組まれていたりするのだ。
アスカは仲良し三人組から、”碇夫人”とのあだ名まで付けられているくらい。


「レイがさ、欲求不満なんだって。
渚先輩って、そっちが淡泊らしいのよ。アタシには、分からない悩みだわ」


「へ〜
なら、僕がレイの相手してあげようか?」


「そんな不埒な考え持つ源は、これか!?」


「い、痛て!潰す気かよ!」


道場の真ん中で痴話喧嘩を繰り広げるお馬鹿さん達を、門下生達が、呆れた顔で眺め続けていた。
レイの予想以上に、おバカさんなカップルになったものだ。




でらさんから、またまたLASなお話をいただきました。

選り好みしていないのに、アスカに恋人ができないのは奇妙な感じがしますが(笑)
そうでないと、シンジと恋人同士になるのにいろいろ妨げになりそうですからいいですね(爆)

なかなか面白いお話をいただきました。皆様も読んだ後にはぜひでらさんに感想メールをお願いします。

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