思わず迸ったアスカの激情がシンジを刺激したのだろうか。
シンジの体が二度三度引きつり、目をしばたかせ、キョロキョロと辺りを見回す。そしてその目は
すぐに、アスカの姿を捉えた。
「・・・ア・・スカ?」
シンジの目を見たアスカは、そこに生気の宿りを確認し、彼が本来の心を取り戻したことを知る。
「ここは・・・どこ?」
「気が付いたのね、シンジ」
「そうだ!戦自は、まだいるのか!?
みんなは!?」
「もういいのよ、シンジ。もう、いいの」
アスカは、取り乱すシンジを抱きしめ、落ち着かせようとする。
五年ぶりに抱いた彼の体は、逞しさには欠けながらも成長していて、自分の手に余る。
体から香るのは、自分の前に立ち塞がった女と同じ匂い。そこに時間の断絶を感じ、アスカの
哀しみは余計に深まるのだった。
およそ五年前、上位組織のゼーレと袂を分かったネルフ本部は法的特権を全て取り上げられ、
国連の要請を受けた日本政府がネルフ本部を接収すべく、戦自の部隊を本部施設に侵攻させた。
精鋭の陸戦部隊を投入した戦自に対し、ろくな対人装備も部隊もなかったネルフ本部は善戦した
ものの実力差は如何ともしがたく、本部内は職員の死体及び肉片、それに加えた血で地獄の様
相を呈した。
そして施設の外では、戦自の侵攻と同時に飛来した量産型エヴァンゲリオン八機が、唯一機出撃
したエヴァ弐号機を追いつめつつあった。戦闘そのものでは弐号機が圧倒したものの、損傷を瞬く
間に再生する量産型に弐号機はじりじりと圧されていたのだ。量産型と共同作戦を遂行していた
戦自機械化部隊の砲撃で外部電源ケーブルを切断されてもいて、残り稼働時間も少なくなっていた。
死を覚悟し、死なば諸共と自爆スイッチに手をかける弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレー。
たが、その覚悟は無駄に終わる。
多数の犠牲者を出しながら戦自の包囲網を突破して格納庫にたどり着いた初号機パイロット碇シ
ンジが、初号機に乗り、出撃してきたのだった。
その時点ですでに狂気の入り口に差し掛かっていたシンジは、初号機を鬼の化身とし、量産型を
次々と捕らえ引き裂き、元の形も分からない肉の塊へ変えていく。
自分を格納庫へ送り届けるため、命を盾にして次々と死んでいったネルフの職員達。
途中で見た、数限りない死体。中には見知った顔も多く、また遺体の損傷も激しかった。
その多すぎる死が、シンジを際限のない怒りと狂気へ誘う。
量産型を全て葬ったシンジが次に狙ったのは、未だ狂ったように攻撃を続けている戦自機械化部隊。
過去の戦いで使徒からS2機関を取り込んだ初号機は戦車を潰し、砲をひしゃげ、兵を薙ぎ払った。
あとに残ったのは、がらくたの山と、人間の形をしてない血を絡めた物体の数々。
それを見たシンジは、自分の行為に恐怖し、体を震わせた。
そしてそれに耐えきれなかったシンジは、心を閉ざしてしまったのだ。
アスカも新しい電源ケーブルを繋ぎなおして戦自との戦闘に参加していたのだが、アスカの場合、
幼い頃から軍事訓練を受けていたこともあって、動揺はなかった。戦いは戦いと割り切れる度量が
備わっていた。
しかし、ほんの半年ほど前まで普通の中学生だったシンジには無理があったようだ。
戦闘終結のあと、切り札を失ったゼーレは下部組織全てから見放されて自壊。ゼーレに支配され
ていた国連は、初号機を押し立てて圧してくるネルフに屈服。ネルフ本部への攻撃は、戦自一部
部隊による反乱事件として公表。戦自の生存者がほとんどいなかったことが幸いし、隠蔽は、ほぼ
完全に成功している。
心を閉ざしたシンジは、療養のため、丸ごと接収した地方の病院へ。心を閉ざした元凶の地より、
何の関係もない穏やかな地の方が治療に適していると判断されたためだ。
ここの職員も患者も、ほとんど全てがネルフ本部関係者。リョウコだけが例外だった。リョウコが採
用されたのは、治療の行き詰まりを何とかしようとした医師、シオリの焦りの現れ。何か別の刺激
を与えるには、関係者以外の人間がいいのではないかと考えたのだった。
それがシンジの覚醒に繋がったのか・・
はっきり言って、シオリには分からない。アスカとの再会が全てかもしれないし、リョウコの体を張っ
た看護が功を奏したのかもしれない。
シオリの前任者は、この国で精神医学の権威と評価される男だったが、四年で何の成果も出せず
解任された。
後を継いだシオリはネルフ医療部所属の医師ではあるものの、学会では無名の駆け出し。権威すら
治せないシンジを治せる自信などなかった。病院にいたもう一人の男の医師は、医師ですらなく、
保安部の要員。シオリ一人に重圧がかかっていたのだ。
でも、偶然にしろ何にしろ、全ては終わった。残るのは、後始末のみ。
「ありがと、助かったわ」
荷造りを終えたシオリは、手伝ってもらったリョウコに礼を言うと、最後に残った引っ越し業者が提示
する伝票にサインし、彼がお辞儀をして出ていくのを確認。億劫そうに大きめのバッグを肩に担ぐ。
もう、ここにはシオリとリョウコの二人しかいない。
正気を取り戻したシンジは、一足早くアスカと共に第三新東京市へ戻り、シンジのためだけに存在し
たこの病院は閉鎖。関係者のほとんども、すでに姿を消している。
「これから、どうするんですか?先生は」
「私はネルフの人間だから、ネルフに戻るわよ。第三新東京市に家もあるし。
ま、安物のマンションだけどね。
あなたは?」
「まだ分かりません。
暫く休んで、落ち着きたいですね」
ジーンズ姿のせいだろうか、シオリの顔は憑き物が落ちたように穏やかに見える。緊張が解けたせ
いかもしれない。
思えば、異常な環境で過ごしていた自分が、こうして普通に会話していることも不思議。
正気になったシンジは、リョウコとのことを何一つ覚えていなかった。報告で全て知っていたアスカは、
リョウコに沈黙を強要。リョウコもそれを了承した。真実を知ったシンジが罪の意識に苛まれ、また心
を閉ざす可能性もあるとシオリに言い含められたせいもある。アスカが、正面から挑んでもどうにもな
らない相手と達観したことが、最大の理由であるのだが。
アスカは、容姿、実力ともに、ただの看護師でしかない自分が太刀打ちできる相手ではない。それを
理解したとき、シンジに対する想いというか執着は、急速に薄れていった。代わりに、シオリに対する
感情が微妙に変化している。治療されたあの日以来、シオリに何度も抱かれているし。興味本位の
行為ではあったけども、シオリに信頼以上の気持ちを抱いていたのは確かだ。
「とりあえず、私と来なさいよ。
落ち着きたいなら、私の家に住めばいいし。知らない仲じゃないでしょ?」
「そ、そうですけど」
「じゃ、決まりね」
シオリはリョウコを抱き寄せ、頬に軽くキス。そして手を握り、二人して外に止めてある車に向かうの
だった。
リョウコの人生は、ひょんなことから、また変な方向に進みそうだ。
でも、シオリの綺麗な横顔を見たら、どうでもよくなってくる。
「惣流さんて、碇さんにとってどういう人なんです?」
「五年前の事件が起こる、少し前から付き合ってたの。
付き合う前に色々あったらしいけど、知ってる人は少ないわ。あの人達に関しては、機密に関わること
が多いし。
でも、五年も他の恋人つくらないで待ってたのよ、彼女。よっぽど好きだったのね、碇君のこと」
「そこまで一人の人を想うなんて、意外と古風なんですね、あの人。
私には、たぶん無理です」
「人の心って、分からないものよ。
技術部の先輩が、よく言ってたわ。愛とか恋って、デジタルでは捉えきれないって」
「私たちのように・・
ですか?」
「ふふ、そうね」
今度は、身を少し屈めて唇に触れるキス。
次に二人が荷物をトランクに納めると、リョウコを助手席に乗せたシオリはキーを差し込み、エンジンを
始動。といっても、完全EV化したこの時代の車は、スイッチを入れるだけ。
「いい天気。風も気持ちいいわ。
こんな日は、オープンに限るわね」
シオリの操作で、SF映画に出てくるような前衛デザインの赤い小型オープンカーが、低いモーター音と
共に幌を開いていく。
車が発進する間際、リョウコがふと建物を見上げると、シンジと過ごした最上階の部屋の窓が開いてお
り、カーテンが風に靡いている。
そこにはもう、誰もいないはずなのに。
「そうよ。あの時の彼は、もう、どこにもいない」
「なに?」
「なんでもありません。
行きましょ、シオリさん」
二人の女を乗せたオープンカーは、リョウコの声に応えるように走り出す。
車が走り去ったあと、風に靡いていたカーテンは何の拍子かカーテンレールから外れてしまったようで、
部屋から飛び出して風に乗り、海へ向かっていく。
それは、どこまでもどこまでも飛び続け・・・
誰にも見取られぬまま、ひっそりと消え去っていった。
でらさんから、エロス漂う投稿作品をいただきました。
シンジが他の女とえっちして、その女は別の女とえっちして、
そしてシンジとアスカは失われた時間を埋め合わせるようにえっちするのでしょうね。
まさにえっちの経済特区です(謎
素敵なお話を投稿してくださったでらさんにぜひ感想メールをお願いします。