陽の当たる窓際で

    作者:でらさん












    そこは、遙か太平洋を望む海辺の病院。
    その昔は地域を代表する大病院で、一般には治療の難しい病気を抱えた患者が多数入院し、
    また治療実績にも高い評価を与えられた一流の病院だった。
    だが、あのセカンドインパクトの災厄とその後の動乱で病院は荒廃。それから再建が進めら
    れたものの、かつての栄華は見る影もない。患者は十人にも満たず、医師は二人。看護師は
    五人いるが、設備の老朽化が激しく、使えなくなった機材も多い。廃院にならないのが不思議
    なくらい。第三新東京市の物好きな資産家が援助しているとの噂があるが、それを確認した
    者はいない。地元でも、この病院に関心を持つ者は少ないからだ。今現在、病院や医院は政
    府の援助もあって飽和状態と言われるほど各地に開業している。このようなボロ病院に関心
    を寄せる必要はないのだ。


    「また、海を見てるの?シンジさん」


    看護専門学校を出て採用されたばかりの看護師、初瀬リョウコは、自分に任された患者の青
    年に声をかけると、彼の横に立った。
    肩に掛かるくらいの髪の毛を後ろで一本に縛ったリョウコには、ちょっと可愛いと言われるくら
    いの女。他にこれといって特徴はなく、看護師という仕事も、なんとなく選んだに過ぎない。
    この部屋は、一〇階ある建物の最上階。数十メートル先の崖下には海が広がり、海面から計
    れば一〇〇メートルはあろうかという標高のため、眺めは素晴らしい。部屋も個室で、この階
    には他の患者もいない。他の患者の全ては一階に集められており、シンジだけが隔離される
    ようにここへ配置されている。


    「綺麗な海ね」


    リョウコが語りかけるも、彼の返事はない。ただベッドに座り、開け放たれた窓から、陽の光を
    きらきら反射させる海を見るだけ。
    彼は、いつもこうだ。一言も喋らない。自分が担当になってから半年近くも経つのに。
    雨や風のごく強い日などの荒れた天気でない限り、彼は、こうして一日を過ごす。地形と部屋の
    位置から風はいつも強めなのだが、彼はこうしていると落ち着くようなので好きにさせている。
    この青年、碇シンジは、五年ほど前に第三新東京市で起こった戦略自衛隊反乱事件の犠牲者
    の一人で、あまりに悲惨な体験をしたため、心を閉ざしてしまったのだという。
    事件については、リョウコもよく覚えている。クーデターなど遠い世界の出来事だと思っていた
    リョウコにとって、あの事件はショックだった。何より、反乱を起こした部隊、巻き込まれた市民、
    ネルフ職員、鎮圧部隊合わせて一万人を超えたという犠牲者の数にリョウコは戦慄した。
    シンジは、鎮圧部隊に追いつめられて国連機関ネルフに立てこもった反乱部隊に人質として捕
    らわれ、言語に絶する経験をしたらしい。ネルフ内では、狂気に駆られた反乱部隊によって人道
    に反する虐殺が横行し、職員の半数が殺されたとのこと。それを間近で見ていたであろうシンジ
    が心を壊すのは、当然とも言える。当時、彼はまだ一四歳の少年だったのだから。


    「外、出てみない?
    海が好きなら、海岸にでも行きましょうよ」


    もしかしたらと、リョウコは思い切ってみたけども、シンジに反応は見られない。
    食事や排泄など、本能的なことに関しては自発的にする彼は、完全に壊れているわけではない。
    何かが、彼を現実から引き離している。


    「じゃあ、体を拭こうね」


    そんな簡単にいくなら苦労もないかと諦めたリョウコは、シンジをベッドに寝かせ、いつもしている
    ように手際よく入院服を脱がせて丸裸にしてから、用意してきた用具で体を拭き始める。定めら
    れた規則とは若干違う方式だが、他に誰もいないことだし、この方がやりやすい。数台の監視カ
    メラと聴音マイクがあるものの、それが実質的に放置された物であることをリョウコは知っているし。
    知っているがゆえに、リョウコは一ヶ月ほど前から誰にも言えない秘密を持つに至った。


    「相変わらず、ここは元気なんだから」


    身体の各部を拭き終えたリョウコは、膝を落として彼の股間に手を這わせる。リョウコの手が加
    える巧みな愛撫によって、そこは敏感に反応し、たちまち膨張する。今、リョウコに恋人はいない
    し経験も数えるほどしかないが、処女ではない。男性器の愛撫の仕方くらい分かる。
    いや、この一ヶ月で独自に学んだと言った方がいいだろう。それまで知らなかった口を使った行
    為にも、すでに慣れた。咥内に射精され、精液を飲んだことも一度や二度ではない。
    そして今日も・・・
    リョウコは、目の前でふらふらと揺れるシンジの男性器に誘われるように顔を近づけ、性臭を発す
    るそれを呑み込んだ。
    あとは舌と唇で刺激を加え続け、男性器の反応を愉しんだあとに彼の精液を飲み干す。それを
    想像するだけでリョウコの女は濡れ、ショーツに染みが広がっていた。

    最初は、意識した行為ではなかった。性器を拭いている作業中に性器が反応してしまい、射精に
    まで至ったのだ。その時は狼狽し、慌てて精液を拭き取るだけだったリョウコも、何度か同じ状況
    を経験すると、逆に自らすすんでシンジの性器を愛撫するようになっていた。女にも性欲があるの
    だとリョウコが理解したのは、このとき。セックスを初めて経験したのは数年前だが、それは、当時
    付き合っていた彼から強引に迫られただけで、自分が望んだわけではない。当然、快楽などなかっ
    たし、その彼とはすぐに別れたこともあって、経験はそれきり。性の問題は、存在しなかった。
    だが、シンジの男性器と精液を間近にしたリョウコの体は、女の本能が目覚めたかのような変化が
    現れ、滅多にすることのなかったマスターベーションも習慣の一つとなっているほど。今は愛撫だけ
    で済んでいる行為が、いずれセックスそのものになる可能性は高い。濡れる秘部にシンジのそれを
    受け入れてみたいと思う気持ちが、日毎に高まっているからだ。
    そして、それは突然起こった。
    口での愛撫に没頭していたリョウコは、いきなり頭を掴まれ、ベッドの上に押さえつけられる。
    何事かと考える間もないリョウコが状況の把握に手間取っている間に、シンジが服に手をかけて
    引き裂く。穏やかで優しさそうな風貌のシンジ。その彼からは想像も出来ないほど乱暴に扱われる
    リョウコは、ここで本能的に悲鳴を挙げようとするも声が出ない。見上げたシンジの顔は目を見開い
    て引きつり、薄ら笑いさえ浮かべ、明らかな狂気に染まっていたからだ。ここで変に騒ぐと何をされ
    るか分からない。レイプくらいならマシと思える。
    リョウコは体から力を抜き、シンジのなすがままに任せるのだった。







    この病院に採用され勤めるようになった当初から、リョウコはここの異常さに驚かされるばかりだっ
    た。
    大小含めて三棟ある建物と数十万坪に及ぶ敷地にもかかわらず、患者と職員含めて十数人とい
    う人員は、あまりに少なすぎる。
    住み込みで勤める男女一人ずつの医師は、それぞれ三〇手前くらいの若い医師。そして同じく住
    み込みの看護師達は、いずれも自分より年上のベテラン女性看護師ばかり。ただ、あまり社交的
    ではなくて、会話もほとんど交わさない。みな機敏でよく動くだけに、体つきも普通の看護師と違う
    ようだ。たまに更衣室で下着姿を見るが、女性ながら、ジムに通っているか格闘技経験者のような
    引き締まった体をしていた。
    更に疑問なのが、シンジ他の患者達。みな血色が良く、体の不具合も見あたらない。医師や先輩
    の話では、シンジと同様の精神的な病を抱えた患者達とのことだが、リョウコの見る限り、それほど
    の病気を抱えた患者とは思えないのだ。
    その異常さを、リョウコは今、この処置室で再確認している。


    「あなたの行為は、最初から知ってたわ。
    無茶したわね。心に問題のある患者に性的接触図るなんて。
    この程度で済んで、幸運と思わなきゃ」


    長い髪をアップに纏め、小ぶりの眼鏡をかけた妙に艶っぽい女医は、ベッドに裸で横たわるリョウ
    コに淡々と処置を施しながら言った。そこに、レイプ被害者に対するいたわりとか気遣いはない。


    「若さゆえの行動力もいいけど、無謀よ。
    それとも、ただの欲求不満?」


    すぐに抵抗をやめたので殴られたりはしなかったのだが、服を破られる際、一緒に肉を掴まれた
    りした痕が青痣となって残っている。それは暫く残るだろう。
    そして股間には数度に渡って陵辱された痕跡、精液がベットリと残り、一部は乾いて皮膚や恥毛
    に張り付いていた。女医、佐伯シオリは、それらをガーゼで拭き取っていく。リョウコの足を開き、
    必要以上に丹念と思われるその行為は怪しげな感覚をもたらすが、体の芯に火が灯るかと思わ
    れた次の瞬間にシオリの行為は終了。いくぶん紅潮した体に毛布を巻き、リョウコはベッドから身
    を起こした。
    女医は、傍らのパイプ椅子に腰を下ろしている。他に人はいない。


    「私は、くびですか?」


    「なぜ、そう思うの?」


    「だって、勝手なことして・・
    挙げ句の果てに犯されたなんて、看護師として失格ですから」


    レイプされたとは言うが、先に手を出したのは自分だ。女が男にというのは珍しいけども、あれ
    は立派な犯罪。


    「あなたの意志次第よ。辞めたければ辞めればいいし、残りたいなら、残ればいいわ。
    残るとしたら、あなたにはまた彼を担当してもらうけど」


    「おかしいです、そんなの」


    「何が?」


    「何がって・・・
    全てです。この病院の全てが、普通じゃない」


    「告発でもする?
    まあ、無駄だと思うけど」


    自分の勝手な行為が要因とはいえ、レイプはレイプ。出るところに出れば、病院側の管理不行
    き届きとかで勝てると思う。考えてみれば、シンジのような患者相手に一人で対応するのは不
    自然。敢えて一人にされたとしか思えない。
    この病院の異常さを考えれば、自分が生け贄に捧げられたとしてもおかしくない。確証はないが
    ここは国家機関クラスの権力と関係でもありそうな感じ。シオリの自信も、それを裏付けている。
    リョウコは、絞り出すように声を発した。


    「残ります、私。
    彼を、助けてあげたいから」


    リョウコは、自分を犯したシンジを憎めない。
    この病院の募集に応じたのは、単に高い報酬に引かれたから。他の仲間達も報酬は魅力的
    だったらしいが、都市部からかなり離れた地という条件に難色を示し、都市部の病院に就職し
    ていった。
    リョウコとて、そんな彼女達と本質的には変わらない。ここはキャリアを積む場くらいにしか考え
    てなく、いずれそれなりの病院に再就職するつもりであったのだ。
    ところが、シンジとの出会いはリョウコを変えていた。
    性器への愛撫は行き過ぎであるにしても、快復して欲しいと思う気持ちに偽りはない。


    「また、襲われるかもしれないわよ」


    「かまいません。彼が望むなら、私・・・」


    「あなたって、女でも欲情しそうな儚い顔するのね。
    どうにかなりそうだわ、私」


    「え?」


    「ああ、もう・・」


    この日、リョウコは女の愛も知ることとなった。
    その関係は意外に深く長く続くのだが、二人がそれを知るのは、もう少し先のこと。







    あの日以降、シンジは頻繁にリョウコを抱くようになった。
    酷い日になると、朝から晩までリョウコを部屋から出さないことも。
    開けっ放しの窓もそのままに、日の高い内から淫らな行為を続ける男と女。監視カメラは、い
    つの間にか外されていて、他の人間も訪ねてこない。シンジは、リョウコ一人に任された感じ。
    当初は疎外感を感じたリョウコではあるが、今は、むしろ歓迎している。シオリとの関係もあっ
    て体は早々に快楽に慣らされ、数日で歓喜の声を挙げるようになっていたし、近頃は心もシン
    ジに依存し始めている。一生、このままでいいさえ思うほどに。
    そして関係が始まって二ヶ月も経った頃、シンジに面会したいという人物が現れた。

    金髪を靡かせた彼女は突然ヘリで訪れ、黒いスーツを着た数人の護衛まで付いている。
    歳は、若い。見たところ白人のようだが、二十歳には達していないと思う。
    驚くべきことに、彼女には医師も先輩の看護師達も敬意を払い、まるで要人でも迎えたかのよ
    うな対応をしている。
    彼女自身もまた、それなりの態度。


    「私は、ネルフ本部の特務一尉、惣流・アスカ・ラングレー。
    ここに入院している碇シンジに面会を希望します。そこをどきなさい」


    護衛を引き連れた女は、先回りしてシンジの病室の前に陣取るリョウコに命令してくる。ネルフ
    の士官だという彼女の赤を基調とした制服には、いいイメージが沸かない。
    そしてリョウコは、ドアの前から動かない。
    この女をシンジに会わせてはいけない。会うと、何かがおこりそうな気がする。自分に不利益を
    もららす何かが。


    「アンタは?」


    「碇シンジ担当の看護師です。
    私が同席でないと、面会は認められません」


    「自殺願望があるなら、一緒に来てもいいわよ」


    そう言った彼女は、腰のホルスターから素早い動きで銃を抜き取り、リョウコの鼻面に突きつけた。
    が、銃など非現実な存在のリョウコにとって、それほどの恐怖ではない。むしろ刃物の方が恐怖を
    感じるだろう。それに、まだ少女の面影さえ残る若い女が本当に撃つはずもない。ただの脅しだ。
    リョウコは銃を無視し、アスカをキッと見返した。


    「そんな脅し、私には
    ひぃっ!」


    突然、股間に激烈な痛みを感じたリョウコが下を向くと、アスカの左手がスカートを潜って自分の
    股間に差し込まれている。手をこじ入れられ、秘部を鷲掴みにされているのだ。しかも、女とは思
    えない強烈な力。指が、爪が、ショーツの上からでも肉に食い込みそう。いや、このまま力を加えら
    れれば確実にそうなる。


    「脅しじゃないわよ。
    シンジを散々くわえ込んだここに、腕ぶちこまれて子宮引きづり出されたくなかったら、さっさとど
    きなさい」


    リョウコは恐怖に負け、首を縦に振り、ドアをアスカに明け渡す。
    この女は本気だ。
    それに、ここでは自分一人の命など大した問題ではない。そう思える。


    「やっぱり、アタシの身近に置いとくべきだったわ」


    女は吐き捨てるように言うと、リョウコに一瞥も加えることなく部屋に入っていった。
    次の瞬間、リョウコの全身から力が抜け、床にへたり込んだ。







    「来たわよ、シンジ。約束通り。
    アンタがここに送られる前、約束したでしょ?必ず迎えに行くって」


    部屋に入ったアスカは、ベッドに座る彼の後ろ二メートルほどの位置に立ち、そっと言葉をかけ
    た。そこに、先ほどリョウコに見せた激情はない。
    シンジは全開にされた窓から、相変わらず海を眺めている。
    と、呟くようにシンジが


    「・・・海だ」


    「え?」


    「海だよ、アスカ」


    右手で前方を指さすシンジに誘われるように、アスカが彼の横に。
    恐る恐る横に首を向けたアスカが見たものは、焦点の合わない瞳で惚けるシンジだった。明ら
    かに正気ではない。
    五年の時が過ぎ、ようやくシンジに変化が現れたと聞いて第三新東京市から飛んできたのに・・・
    アスカの心に、落胆の闇が広がっていく。


    「蒼い海・・・
    アスカの目と同じ色」


    「シンジ」


    「僕は、なんで生きてるの?」


    「勝ったからよ、アタシ達が。
    ミサトも加持さんもリツコも副司令も、アンタのお父さんまで、みんな生きてるわ。
    アンタのおかげよ」


    「死んだんだ。
    いっぱい、いっぱい、いっぱい・・・
    血だ、赤い血、血の海・・・
    僕 が殺した!!」


    「やらな きゃ、やられてたわ!!
    目を覚ますのよ、シンジ!!」



    思わず迸ったアスカの激情がシンジを刺激したのだろうか。
    シンジの体が二度三度引きつり、目をしばたかせ、キョロキョロと辺りを見回す。そしてその目は
    すぐに、アスカの姿を捉えた。


    「・・・ア・・スカ?」


    シンジの目を見たアスカは、そこに生気の宿りを確認し、彼が本来の心を取り戻したことを知る。


    「ここは・・・どこ?」


    「気が付いたのね、シンジ」


    「そうだ!戦自は、まだいるのか!?
    みんなは!?」


    「もういいのよ、シンジ。もう、いいの」


    アスカは、取り乱すシンジを抱きしめ、落ち着かせようとする。
    五年ぶりに抱いた彼の体は、逞しさには欠けながらも成長していて、自分の手に余る。
    体から香るのは、自分の前に立ち塞がった女と同じ匂い。そこに時間の断絶を感じ、アスカの
    哀しみは余計に深まるのだった。






    およそ五年前、上位組織のゼーレと袂を分かったネルフ本部は法的特権を全て取り上げられ、
    国連の要請を受けた日本政府がネルフ本部を接収すべく、戦自の部隊を本部施設に侵攻させた。
    精鋭の陸戦部隊を投入した戦自に対し、ろくな対人装備も部隊もなかったネルフ本部は善戦した
    ものの実力差は如何ともしがたく、本部内は職員の死体及び肉片、それに加えた血で地獄の様
    相を呈した。
    そして施設の外では、戦自の侵攻と同時に飛来した量産型エヴァンゲリオン八機が、唯一機出撃
    したエヴァ弐号機を追いつめつつあった。戦闘そのものでは弐号機が圧倒したものの、損傷を瞬く
    間に再生する量産型に弐号機はじりじりと圧されていたのだ。量産型と共同作戦を遂行していた
    戦自機械化部隊の砲撃で外部電源ケーブルを切断されてもいて、残り稼働時間も少なくなっていた。
    死を覚悟し、死なば諸共と自爆スイッチに手をかける弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレー。
    たが、その覚悟は無駄に終わる。
    多数の犠牲者を出しながら戦自の包囲網を突破して格納庫にたどり着いた初号機パイロット碇シ
    ンジが、初号機に乗り、出撃してきたのだった。
    その時点ですでに狂気の入り口に差し掛かっていたシンジは、初号機を鬼の化身とし、量産型を
    次々と捕らえ引き裂き、元の形も分からない肉の塊へ変えていく。
    自分を格納庫へ送り届けるため、命を盾にして次々と死んでいったネルフの職員達。
    途中で見た、数限りない死体。中には見知った顔も多く、また遺体の損傷も激しかった。
    その多すぎる死が、シンジを際限のない怒りと狂気へ誘う。
    量産型を全て葬ったシンジが次に狙ったのは、未だ狂ったように攻撃を続けている戦自機械化部隊。
    過去の戦いで使徒からS2機関を取り込んだ初号機は戦車を潰し、砲をひしゃげ、兵を薙ぎ払った。
    あとに残ったのは、がらくたの山と、人間の形をしてない血を絡めた物体の数々。
    それを見たシンジは、自分の行為に恐怖し、体を震わせた。
    そしてそれに耐えきれなかったシンジは、心を閉ざしてしまったのだ。
    アスカも新しい電源ケーブルを繋ぎなおして戦自との戦闘に参加していたのだが、アスカの場合、
    幼い頃から軍事訓練を受けていたこともあって、動揺はなかった。戦いは戦いと割り切れる度量が
    備わっていた。
    しかし、ほんの半年ほど前まで普通の中学生だったシンジには無理があったようだ。

    戦闘終結のあと、切り札を失ったゼーレは下部組織全てから見放されて自壊。ゼーレに支配され
    ていた国連は、初号機を押し立てて圧してくるネルフに屈服。ネルフ本部への攻撃は、戦自一部
    部隊による反乱事件として公表。戦自の生存者がほとんどいなかったことが幸いし、隠蔽は、ほぼ
    完全に成功している。
    心を閉ざしたシンジは、療養のため、丸ごと接収した地方の病院へ。心を閉ざした元凶の地より、
    何の関係もない穏やかな地の方が治療に適していると判断されたためだ。
    ここの職員も患者も、ほとんど全てがネルフ本部関係者。リョウコだけが例外だった。リョウコが採
    用されたのは、治療の行き詰まりを何とかしようとした医師、シオリの焦りの現れ。何か別の刺激
    を与えるには、関係者以外の人間がいいのではないかと考えたのだった。
    それがシンジの覚醒に繋がったのか・・
    はっきり言って、シオリには分からない。アスカとの再会が全てかもしれないし、リョウコの体を張っ
    た看護が功を奏したのかもしれない。

    シオリの前任者は、この国で精神医学の権威と評価される男だったが、四年で何の成果も出せず
    解任された。
    後を継いだシオリはネルフ医療部所属の医師ではあるものの、学会では無名の駆け出し。権威すら
    治せないシンジを治せる自信などなかった。病院にいたもう一人の男の医師は、医師ですらなく、
    保安部の要員。シオリ一人に重圧がかかっていたのだ。
    でも、偶然にしろ何にしろ、全ては終わった。残るのは、後始末のみ。


    「ありがと、助かったわ」


    荷造りを終えたシオリは、手伝ってもらったリョウコに礼を言うと、最後に残った引っ越し業者が提示
    する伝票にサインし、彼がお辞儀をして出ていくのを確認。億劫そうに大きめのバッグを肩に担ぐ。
    もう、ここにはシオリとリョウコの二人しかいない。
    正気を取り戻したシンジは、一足早くアスカと共に第三新東京市へ戻り、シンジのためだけに存在し
    たこの病院は閉鎖。関係者のほとんども、すでに姿を消している。


    「これから、どうするんですか?先生は」


    「私はネルフの人間だから、ネルフに戻るわよ。第三新東京市に家もあるし。
    ま、安物のマンションだけどね。
    あなたは?」


    「まだ分かりません。
    暫く休んで、落ち着きたいですね」


    ジーンズ姿のせいだろうか、シオリの顔は憑き物が落ちたように穏やかに見える。緊張が解けたせ
    いかもしれない。
    思えば、異常な環境で過ごしていた自分が、こうして普通に会話していることも不思議。
    正気になったシンジは、リョウコとのことを何一つ覚えていなかった。報告で全て知っていたアスカは、
    リョウコに沈黙を強要。リョウコもそれを了承した。真実を知ったシンジが罪の意識に苛まれ、また心
    を閉ざす可能性もあるとシオリに言い含められたせいもある。アスカが、正面から挑んでもどうにもな
    らない相手と達観したことが、最大の理由であるのだが。
    アスカは、容姿、実力ともに、ただの看護師でしかない自分が太刀打ちできる相手ではない。それを
    理解したとき、シンジに対する想いというか執着は、急速に薄れていった。代わりに、シオリに対する
    感情が微妙に変化している。治療されたあの日以来、シオリに何度も抱かれているし。興味本位の
    行為ではあったけども、シオリに信頼以上の気持ちを抱いていたのは確かだ。


    「とりあえず、私と来なさいよ。
    落ち着きたいなら、私の家に住めばいいし。知らない仲じゃないでしょ?」


    「そ、そうですけど」


    「じゃ、決まりね」


    シオリはリョウコを抱き寄せ、頬に軽くキス。そして手を握り、二人して外に止めてある車に向かうの
    だった。
    リョウコの人生は、ひょんなことから、また変な方向に進みそうだ。
    でも、シオリの綺麗な横顔を見たら、どうでもよくなってくる。


    「惣流さんて、碇さんにとってどういう人なんです?」


    「五年前の事件が起こる、少し前から付き合ってたの。
    付き合う前に色々あったらしいけど、知ってる人は少ないわ。あの人達に関しては、機密に関わること
    が多いし。
    でも、五年も他の恋人つくらないで待ってたのよ、彼女。よっぽど好きだったのね、碇君のこと」


    「そこまで一人の人を想うなんて、意外と古風なんですね、あの人。
    私には、たぶん無理です」


    「人の心って、分からないものよ。
    技術部の先輩が、よく言ってたわ。愛とか恋って、デジタルでは捉えきれないって」


    「私たちのように・・
    ですか?」


    「ふふ、そうね」


    今度は、身を少し屈めて唇に触れるキス。
    次に二人が荷物をトランクに納めると、リョウコを助手席に乗せたシオリはキーを差し込み、エンジンを
    始動。といっても、完全EV化したこの時代の車は、スイッチを入れるだけ。


    「いい天気。風も気持ちいいわ。
    こんな日は、オープンに限るわね」


    シオリの操作で、SF映画に出てくるような前衛デザインの赤い小型オープンカーが、低いモーター音と
    共に幌を開いていく。

    車が発進する間際、リョウコがふと建物を見上げると、シンジと過ごした最上階の部屋の窓が開いてお
    り、カーテンが風に靡いている。
    そこにはもう、誰もいないはずなのに。


    「そうよ。あの時の彼は、もう、どこにもいない」


    「なに?」


    「なんでもありません。
    行きましょ、シオリさん」


    二人の女を乗せたオープンカーは、リョウコの声に応えるように走り出す。
    車が走り去ったあと、風に靡いていたカーテンは何の拍子かカーテンレールから外れてしまったようで、
    部屋から飛び出して風に乗り、海へ向かっていく。
    それは、どこまでもどこまでも飛び続け・・・
    誰にも見取られぬまま、ひっそりと消え去っていった。







    でらさんから、エロス漂う投稿作品をいただきました。

    シンジが他の女とえっちして、その女は別の女とえっちして、
    そしてシンジとアスカは失われた時間を埋め合わせるようにえっちするのでしょうね。

    まさにえっちの経済特区です(謎

    素敵なお話を投稿してくださったでらさんにぜひ感想メールをお願いします。