価値

作者:でらさん
















『戦いは終わったわ。
だから、戦時体制も終わりなの』


訳の分からないままに全てが終わって暫くした頃、アスカとシンジ・・そしてミサトの同居は終わりを
告げた。
ミサト自らの言葉で。

同居を戦時体制と言い切ったミサトの台詞をアスカは当然のように受け入れ、シンジは怒りを露わに
ミサトへ厳しい目を向ける。

戦いの中で、シンジは世の現実を見・・そして聞いた。

建て前と本音を使い分け、人ごとに態度を変える大人達。
それが悪いとは言わない。
自分とて、それは当然のようにやっている事。
アスカに対する態度、トウジやケンスケに対する態度、ヒカリに対する態度、ミサトに対する態度・・全て違う。

シンジがミサトに怒りを感じたのは、それまで家族という欺瞞に満ちた台詞を使い続けたから。
最後に突き放すのならば、最初からそのように接してくれればよかった。
生半可な愛情を示し家族などと外面を繕い、殊更陽気に振る舞って自分を欺いた。

母親を幼くして失ったシンジは、知らす知らずの内にミサトへ母を投影していたのかもしれない。
だが彼女は、エリートキャリアであり一人の女。
ミサトに母親を求める事自体、無理があったのだ。


『じゃあ、僕はどうなるんです?』


エヴァ初号機は跡形もなく消えていて、残っているエヴァは弐号機一機だけ。
パイロットという仕事がなければ、ネルフにシンジの居場所はない。

すでに大学まで出ているアスカや彼女と同等の実力を示すレイとは違い、シンジはただの中学生。
エリート集団たるネルフでは、何の役にも立たない。


『機密保持の理由から、第三新東京市以外の居住は認められないわ。
司令との同居も司令本人が拒否してるし。
よって、指定するアパートで一人暮らししてもらいます。
退職金が出るから、生活費は心配ないはずよ。
学費も大学まで全て免除します。
悪い条件じゃないと思うけど?』




シンジの一人暮らしは、こうして始まった。





西暦2018年 第三新東京市 早朝 とあるアパート・・


綺麗でもなく、かといって散らかっているわけでもない雑然とした部屋。
買ったもののあまり使用されていないミニコンポや、勉強以外では電源すら入れられないパソコンが
無造作に置かれている。

たまにここで宿泊する人間がお節介にも模様替えなどしていくのだが、それがいつの間にか元に戻って
しまうのだ。
この部屋の主シンジには、この態勢が一番性に合っているらしい。


「・・・朝か。
夕べはアスカの電話が長かったからな・・
愚痴もほどほどにして欲しいよ」


いかにも寝不足という感じで、シンジがベッドから起きあがる。
恒例のモーニングコールが無い事からして、アスカも寝坊したのだろう。
登校の待ち合わせに彼女が遅れるのは間違いない。

とはいえ、自分が遅れるよりはいい。
もしアスカより待ち合わせ場所に行くのが遅れたのならば、一日機嫌を損ねてしまうのだから。
が、そこが可愛いと言えなくもない。

かつて自分によく説教した男も言っていた。
女とは、我が儘で傍若無人くらいが可愛いのだと。

ネルフとほとんど接触の無くなった現在、その男と会うこともなくなった。
ミサトと結婚したということだが、付き合いのない人の事を今更どうとも思わない。
第三新東京市から出られない以上どこかで顔を合わす事もあるだろうが、その時は普通に接すればいい。

そんな事より、今は早く支度して学校へ急がなければならない。

朝食は最初から諦めた。
洗面所に駆け込み、髪の毛を整え顔を洗って歯を磨く。
特に歯は念入りに。
(これは事情によるものだが、それはすぐに明らかになる)

そして寝室へ戻り、干してあるワイシャツをそのまま着込む。
(隣になぜか薄ピンクの女性用下着がブラとショーツ、ペアで干してあるのが謎)
更に椅子にかけてある学生ズボンを履くと、鞄を持ったシンジは転げるように玄関から出て行った。




とある公園・・


「アタシが寝坊してると思ってるわね、アイツ。
ふっ、甘いわ」


実は完璧に目が覚めていたアスカは、いつもと同じ時間にここへ着いた。
モーニングコールしなかったのはフェイント。
たまには、こんな意地悪もしてみたい。
彼の困った顔も、アスカは好きだ。

ここでシンジと待ち合わせするようになってから、すでにかなり経つ。
つき合い始める前から、学校へ行く時は待ち合わせしていたから。

付き合うまでには紆余曲折があった・・決して順調だったわけではない。

日々女の魅力を増していくアスカを周囲の男達が放っておくはずがなく、まだ中学生だった頃から様々な
誘いを受けた。
身近な所では、相田 ケンスケや鈴原 トウジ・・そしてかつての保護者加持 リョウジ。

範囲を広げれば・・
同級生、下級生、上級生・・・果ては教師やらネルフ職員。

数が多いだけに、中には誠実を絵に描いたような男や気の合いそうな男も確かにいた。
想いを受け入れ付き合えば、続いたかもしれない。
ひょっとしたら、一生の伴侶に出会えたかも・・

それでもアスカが心許したのはただ一人・・シンジだけ。

一時は憎悪の対象としたこともあった。
死ねばいいとまで思ったこともある。

しかし、それは愛情の裏返し。

アスカは誰よりもシンジを求めていたし、シンジはアスカを求めていた。
お互いがその気持ちを素直に認めるまでには、かなりの葛藤があったのだ。


「ア、アスカ!な、何で君が先に!」


文字通り駆けつけたシンジがいるはずのないアスカを見つけ、信じられないような顔。
対しアスカは、自信たっぷりに応える。


「ふ、ふ〜んだ。
見事に引っかかったわね。
このアタシがそんな簡単に寝坊なんてすると思うの?
ドイツ時代は三時間の睡眠で充分だったわ」


「ひ、卑怯だ・・」


「愛しい彼女に卑怯はないでしょ!
お仕置きは倍よ!!


「倍かよ・・」


シンジの目が周囲を確認すると、丁度登校のピーク。
行き交う制服の群れは途切れることがない。
ここが公園といってもネコの額ほどの小さな公園・・障害物など無いに等しい。
つまり、これから行われる行為は衆人環視の元ということになる。

シンジの頬が痙攣し、アスカの顔が怪しく歪む。
そしてアスカは立ちつくすシンジと一気に間合いを詰めると、遙か上に位置する彼の頭を両手で引き寄せ
唇を奪った。
お仕置きとは、キスの事らしい。

このお仕置きが無くとも、挨拶替わりのキスは欠かさない。
ただ、場所を選ぶかどうかの違いだけ。

と、数分続いた濃厚なキスは終わったようだ。
アスカもシンジも顔が紅潮し、息が荒い。


「きょ、今日は、これで勘弁してあげるわ」


「ど、どうも・・」




二人の間に何があったかは不明だが、お仕置きはいつも通りで済んだらしい。

何があったのか・・
それは、この日アスカがシンジ宅に外泊した事実でご判断願いたい。




翌日 ネルフ本部 ミサト執務室・・


昨日のアスカは誰が見てもおかしかった。
シンクロテストではそわそわして落ち着かず、リツコやミサトに集中しろと怒られても上の空。
挙げ句の果ては、シンクロテスト延長を無視して勝手に帰宅する始末。

あまりにおかしいので、アスカの帰宅した後、保安部セカンド担当のガードから現状報告を求めると
アスカは自宅に帰らずシンジ宅に直行したとの事。
その後の事は説明するまでもない。
彼女は今日、シンジの家から登校している。

アスカの上司であるミサトは怒りを隠せない。
その矛先はシンジにも向かう。


「シンジ君ならアスカを諭してくれると思ったけど・・
私の買いかぶりかしらね。
所詮は凡人か」


シンジの監視報告で特に変わったところはない。
普段の生活態度から学校での様子まで詳細に報告があるが、精神的にも安定しており自分を放逐したネルフ
を逆恨みしている様子もないのだ。

その度量は大人物を予想させ、ミサトもある種の警戒感を抱いた事もある。
しかしそれは、億単位にものぼる退職金のせいかもしれないと思い直した。

事実、退職金は飴と鞭の飴。
ネルフから追い出した事を鞭とするなら、高額の退職金は飴になる。
要は金で手なずけたということ。


「アスカとシンジ君の付き合いを黙認したのは間違いだったかもね。
このままじゃ」


シュッ


「何か用なの?ミサト」


今日は戦闘訓練のためにネルフを訪れたアスカは、ゲートをくぐるなり館内放送でミサトに呼び出された。

ミサトに呼び出されるのは珍しくない。
単なる暇つぶしの相手にされる事も多い。
公的な立場を別にすればミサトも友人の一人といえるので、それはそれでアスカも気分転換にはなる。


「今日はちょっとお小言を聞いてもらうわ。
そこに座って」


「お小言?何よ、一体・・」


不満を漏らしながら、アスカは用意してあった椅子に座る。
何気ないその仕草の中にも、女の艶が見て取れる。
男性職員は元より、自分の夫さえもアスカに色目を使う理由が分かるような気がした。

体中から女を発散しているかのようだ。


「昨日もシンジ君のとこに泊まったそうね」


「・・・ガードからの報告か。
それがお小言?」


「これまではアスカの個人的な付き合いに口出しするつもりはなかったけど、考えが変わったわ」


「何が言いたいのよ」


「シンジ君との関係を見直してちょうだい」


「別れろってこと?」


「そうしてくれると、言うこと無いわね」


「冗談はやめて」


自分とシンジの付き合いにミサトが快く思ってないのは、アスカも薄々感づいていた。
付き合いに口出すつもりが無かったなどというのは嘘。

たまに食事に誘われるときも、部下の知り合いとかいう若い男性職員がよく同行していた。
ミサトはさかんにその男を持ち上げ、暇なときなど会ってやってくれとまで言う。
男もアスカに気があるのは明らかで、本部内で顔を合わせると馴れ馴れしく声を掛けてくる。
要は、自分のめがねに掛かった男をアスカに紹介しているのだ。

ミサトを友人と思うからこれまで我慢してきたが、こうまで言われると反発しかない。


「シンジと別れて、ミサトお気に入りのあの男と付き合えっての?
アタシをバカにしてんの、アンタ」


「シンジ君との付き合いは、アスカのためにならないわ。
いいえ、シンジ君のためにもならない。
昔のこと、完全に振り切ったわけじゃないんでしょ?あなた達。
今はいいだろうけど、その内無理がくるわよ。
似たもの同士なんだから、あなた達は」


「何も分かってないのね、ミサトは」


「・・・どういう事?」


「人を殺したいほど憎むって、どういう事か分かる?
アタシはシンジを殺したいとまで思ったわ。
でもそこまで人を意識したのって、アイツだけなのよ。
アイツだから殺したいと思って・・・出来なかった。
他の誰でもアタシの中に入るのは無理。
シンジ以外無理なの・・たとえ加持さんでもね」


戦いの終盤、アスカは精神崩壊寸前にまで追い込まれ、それをシンジに救われた。
それが付き合いのきっかけになったのは間違いない。

そんな事情からミサトは、アスカがシンジを過大に評価しているのだと思う。
あの後確かにシンジは精神的にも成長したが、アスカが信頼を寄せるほどの男かと考えると肯定の言葉は
出てこない。
開発中の新型ダミープラグが完成しアスカがパイロットを辞めても、彼女は本部に留めておきたい。
アスカはそういう人間。
しかしシンジは、ネルフに入る事すら適わないだろう。

男女の仲はそういうものではないとよく言われるが、ミサトは釣り合いというものがあると考える人間。


「アスカはシンジ君に助けられたから、彼にフィルターかけて見てるわ。
冷静になって、彼をよく見て。
彼がアスカと釣り合うような人かどうか」


「今までシンジが気に入らないだけだと思ってたんだけど・・・そういうこと。
釣り合いね・・」


「私は現実を言ってるだけよ」


「男と女が付き合うのに、釣り合いも何もないわ。
エリートは貴族じゃないのよ。
勘違いしてるのはミサト、アンタの方だわ」


「私は別にシンジ君をバカにしてるわけじゃないの。
彼には彼に合った人生があって、女性がいるはずよ。
私から見て、それはネルフやアスカじゃないわ。
彼の成績だって私は知ってる。
悪くはないけど、ネルフに入れるほどじゃ・・」


「だから、何も分かってないのよアンタは。
シンジは勉強らしい勉強なんてしたことない・・それであの成績。
本気でやればアタシと変わらないでしょうね」


「アスカ、言うに事欠いてそんな」


「高校くらいは適当でいいって、アタシが勉強やらせないんだもん。
一度ネルフに呼んで知能テストでもやらせてみたら?
ネルフから追い出したこと、後悔するわよ」


シンジの知的レベルについて、ミサトは同居していた時期の印象が強い。
悪くはなかったが良くもなかった・・そうとしか言えない。

確かに戦闘時にそれなりのひらめきを示す事もあったが、それは火事場の何とやらと思いまともには評価
していなかったのだ。

今も監視の対象であるシンジの成績とて把握している。
常に学年十位以内をキープする優秀な成績と言えるだろう。
しかしネルフに入るには、その程度ではどうにもならない。
他を圧するほどの実力が要求されるのだ。

実際、ミサトも加持もこの国の最高学府を優秀な成績で卒業している。
当然のごとく、二人とも高校時代は常時トップを維持していた。

シンジがそんな優秀な人間とは、ミサトには信じられない、
ましてや、アスカと同レベルなどと・・


「学力がそんな急に上がるわけないじゃない。
シンジ君を過大評価したい気持ちは分かるけど、それは言い過ぎよ」


「いずれ事実が証明してくれるわ、その時を楽しみにしてなさい。
例えシンジが凡人でも、アタシ達の関係は変わらないけどね」


「今のところは何を言っても無駄みたいね。
あなたこそ、いずれ現実を知るわよ」


「一生遊んで暮らせるお金掴まされても、それを最小限しか使わない自制心を持つシンジをアタシは
尊敬するわ。
母親はいない、父親にも無視されてる。
そんなアイツを支えてあげられるのもアタシしかいないの。
ミサトがシンジをどう思おうが勝手だけど、アタシ達の付き合いに口出すのはやめて」


ミサトも自分の説得に耳を貸すアスカではないと予想はしていたが、予想以上の反発。
熱が冷めるのを待った方がいいかもしれない。

暫く経って冷静に周囲を見回せば、アスカも現実に気づくだろう。
シンジ程度では物足りなくなるはずだ。
その時は・・


「アスカがそこまで言うなら、口出しは控えましょう。
ただ、パイロットの仕事はきちんとやって・・いいわね?」


気分の収まらないアスカはミサトの言葉を無視し、椅子から立ち上がって部屋を出ようとする。
が、ドアの前でふと立ち止まり、ミサトを見ないまま・・


「幸せの価値って、何だと思う?ミサト」


「幸せの価値?」


「アタシの場合、前はエヴァと名誉が全てだったわ。
アンタは使徒への復讐だったわね」


「そ、それが何よ」


「今のアンタは、加持さんとネルフでの仕事・・それが重要になってる」


「だから何なの?何が言いたいの?」


「今のアタシにはシンジが全てよ。
アイツには、アタシの人生を預ける価値があるもの。
シンジといることが、アタシにとっての幸せの価値。
そのシンジをアタシから引き離そうとすれば・・・
アンタでも殺すわよ」


最後の台詞にミサトは危機迫る物を感じ、背筋に冷たい物が奔った。
シンジがここまでアスカを惹きつける理由が、ミサトにはさっぱり分からない。

彼女には、永遠に分からないのかもしれない。




夜 シンジ宅・・


「・・・・・なんて話を、ミサトとしたんだ。
シンジはどう思う?」


ミサトに小言言われたくらいで行動を改めるつもりのないアスカは、当てつけのように今晩も
シンジの部屋でお泊まり。

そして、今はベッド上で就寝前の語らいの時。


「どう思うと言われてもね・・
今更、あの人に言うことはないよ。
アスカの言った通り、いずれ見返してやるだけだ」


「見返してやる・・か。
昔のアンタからは想像もできない台詞ね」


「人は成長するものさ。
今のアスカだって、昔とはとても比べられないよ」


「ふ〜〜〜ん・・
どっちがどうなの?」


「決まってるだろ。
今の方が、ずっと綺麗で・・」


「綺麗で?」


「ずっと可愛い」


「・・・バカ」










これから約十年後・・
まだ若いながらもシンジは、ミサトと対立する派閥を束ねる幹部にまで出世する。

その傍らには彼の妻となったアスカが当然のように寄り添い、同志として力を振るっていた。

ミサトが先見の明を持たなかった自分を責めたのは、言うまでもない。





最近何かとダーク方面の話が多いらしい?でらさんからの投稿小説です。

シンジ君の価値に気づかないとは‥‥ミサトさんといえばシンジ君のショタな価値(何か違う)に参って思わず誘惑する、というのがお約束だと思っていましたが、なかなか新鮮ですね(爆)

シンジ君も大きくこれから成長して価値を立証するようですが‥‥成長してスーパーになったシンジ君ってでらさん書かないのかしら(笑)

なかなかいい話でありました。皆様もぜひ読後に感想メールを送ってくださいませ!

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