特権階級
    作者:でらさん

















    どこの国、どこの組織でも、ある程度の割合で存在する特権階級。
    特権の種類、強弱にばらつきはあるけども、それを有する人間は品性というものを持ち合わ
    せていない場合が多い。もしくは、特権を持って品性を失ってしまったかだ。
    今回、偶然という必然というか、三人の男女が特権を与えられた。
    その特権は強力無比で、嘗てヨーロッパに君臨した独裁者もかくやといった程の強権。それ
    だけの特権を有するには、当然の如く理由がある。
    その理由とは・・・









    「世界を破滅の淵から救った英雄よ。それ相応の待遇は、当然ね。
    まあ、表向きの理由だけど」


    アポ無しでネルフに突撃取材してこいと上司に命じられた、とある雑誌記者は、自分の耳を
    疑った。
    ネルフの美形幹部として名高い葛城ミサト一佐が応対してくれたことにも驚いたが、都市伝説
    の類として噂されていた少年少女三人のVIP。その存在を認めた上に、裏の事情が存在する
    ことまで暴露したのである。
    今日は、驚きの連続だ。
    当然の如く門前払いされると思っていた取材の申し込みは、受付で普通に受理され、すぐに
    広報部の職員が飛んできた。
    と思ったら、ガードを従えた葛城一佐の登場である。何らかの作為とも思えるが、今は考えな
    いことにする。世紀のスクープを手にするチャンスかもしれないのだ。 自然と、口も震える。


    「お、表向きの理由ということは、裏があるということですよね?本当の理由とは、何ですか?
    もしかして、あのゼーレとかいう秘密結社が」


    ゼーレとは、近頃マスコミを賑わしている秘密結社。あらゆる秘密結社の頂点に立ち、数千年
    に渡って人類の歴史を裏から操ってきた闇の組織という噂だ。関係者を自称する人物が秘密
    情報を暴露したり、最高幹部と目される人物の不明瞭な写真まで流出しているが、真偽のほ
    どは定かでない。ただ、公的機関の全ては、その存在を否定している。


    「実は、そうなの。ゼーレは存在するわ。
    彼らは世界の闇に潜んで、表に出る機会を窺ってるの。その野望を挫くため、ネルフの切り札
    が健在であることを誇示する必要があるのよ。
    詳細については言えないけど、あの子達には、それだけの価値があると理解してちょうだい。
    もちろん、テロの危険性もあるわ。
    でも、そんな行為は無駄であることを彼らに知らしめなければならないのよ」


    大嘘である。ゼーレの実在以外に、真実などありはしない。
    いわゆる一つの生存競争であった使徒戦役は、人類の勝利で幕を閉じた。戦役を主導し、人類
    の歴史と共にあった秘密結社ゼーレは、役目を終えたとして解散。下部組織のほとんどと八割
    以上の権益がネルフに引き継がれている。つまりは権力の禅定であって、権力闘争などなかっ
    たのだ。
    ゼーレの元幹部達はネルフが動きやすいようにと自ら悪役を買い、おどろおどろしい秘密結社
    のイメージを創り上げ、マスコミに偽情報を流したりもした。元最高指導者のキール・ローレンツ
    などは、ノリノリで悪の首領を演じているとの噂だ。
    総じて言うなら、ミサトの話は世間を誤魔化すための作戦。荒唐無稽な情報を自ら流すことによ
    り、世間に、この手の話は一部のマニアが騒ぐオカルトの類と擦り込むため。真実は、別の所に
    在る。しかも、事態は、より深刻。


    「事情が事情なだけに、大々的に公表するわけにはいかないの。
    だから、あなた達に頼むわ」


    「こ、光栄です」


    「ゼーレの息のかかったマスコミが誹謗中傷するでしょうけど、それに負けないで。
    私達も、陰ながら応援するから」


    「はい!お任せ下さい!」


    目を輝かせて自分を見る、若い記者。スクープを手にした昂揚感と、世への貢献に参加する使命
    感に打ち震えているようだ。
    そんな彼を騙す罪悪感を感じるミサトではあったが、これも必要なことなのだと割り切った。


    (あの子達が、もう少し自重してくれれば、こんなことしなくていいんだけど・・・
    頭痛いわ)


    ネルフを支える幹部の一人、ミサトが頭を抱える事態。
    それは、まさに悪夢だった。

    使徒戦が最終段階に入った時期、最後の使徒は最強無比の能力を持つと予想された。その予想
    の元に、パイロットの危険回避のための方策が求められていた。
    使徒と同等以上に戦うことの出来る唯一の兵器、エヴァンゲリオン(通称エヴァ)。それは、膨大な
    コストを別にすれば再建造が可能。使徒に破れて撃破されたとしても、また作ればいい。
    が、パイロットは、そう簡単にいかない。
    エヴァのパイロットは特殊な資質が必要で、今現在、世界で三人しか存在しない。綾波レイ、惣流・
    アスカ・ラングレー、碇シンジの三人だ。
    パイロットを選出する専門の組織、マルドゥック機関が当時から現在に至るまで全力を挙げて調査
    しているけども、三人の正規パイロット以外は数人の候補者しか選出出来ない有様。しかも適性は、
    著しく低く、エヴァとのシンクロは限りなくゼロに近い。当時の状況に至っては、絶望的だった。
    いくら優秀な兵器でも、動かなければがらくたに過ぎない。よって、パイロットの保護は至上命題と
    もいえる。
    生身のパイロットを必要としないシステムなども研究されてはいたが、進展は遅々としたもので、最
    終決戦にはとても間に合わない。他の方策が求められたのだ。
    ネルフも馬鹿ではない。希少なパイロットの保護については、当初から様々な手段が採られている。
    容易に脱出可能なエントリープラグシステムは、その一つ。
    が、最終決戦では、それすらあてにならないと思われるほどの事態と予想されていた。
    この事態に、技術部の赤木リツコ博士は画期的な技術で対応。
    その技術とは、

    遠隔シンクロシステム。

    つまりは、リモコン。
    エヴァに搭乗してシンクロするのではなく、外部に設けられたシンクロシステムでエヴァを操る方法。
    通常の工学理論を遙かに超えるエヴァの遠隔操作には、数段の技術的飛躍が求められたが、リツ
    コと彼女が率いる技術部スタッフは、それを克服。見事、最終決戦前にシステムを完成させている。
    そして、戦いを勝利に導いたのだ。
    と・こ・ろ・が
    最終決戦に勝利した後、重大な問題が露見した。
    パイロットとエヴァのシンクロがシステムを介さずとも常時接続状態となり、切断不可能となったので
    ある。
    半永久機関であるS2機関を動力源とするエヴァに、動力切れはない。その上、S2機関の生み出す
    エネルギーは核の非ではない。暴走して制御不能となれば、次元空間すらねじ曲げるほどのエネ
    ルギーを放出する。冗談ではなく、地球が崩壊するかもしれない。
    事態を憂慮したネルフはパイロットの洗脳、人為的な植物状態等も検討したが、リスクが大きいと
    して断念。パイロットを変に刺激したら何が起こるか分からないし、内外情勢を鑑みても、エヴァが
    全く使用できなくなるのは拙いのだ。
    で、どうなったかといえば・・・


    「明日、シンジとカナダにスキーしに行くから、手配してよ、ミサト。
    シンジったら、スキーしたことないんだって。
    だから、アタシが教えてあげるの」


    「カ、カナダ?」


    幼さが抜け、大人の雰囲気を醸し出すようになったアスカの顔立ち。その口から出るのは、目上の
    者に対する敬意の欠片もない言葉。
    かつては上司であり命令を下す立場だったミサトは、内心ムッとしつつも、それを必死で抑える。
    でも、言葉は震えてしまう。あまりに無茶な要求だ。警備上の問題もあり、彼らを一般旅客機で送迎
    するわけにはいかない。チャーター便か、プライベートジェットを借りるしかない。護衛に戦闘機も必
    要だろう。戦自と国連軍に協力を仰がなくてはならない。
    とりあえず電話で用件を言ってから会いに来ることが多いアスカが、いきなり執務室に押し掛けて
    きたので、嫌な予感はしたのだが。
    赤系でまとめられたアスカ専用の制服が、悪魔のデザインした意匠に見える。


    「そうよ。テレビで観たけど、滑りやすそうだったのよね。
    景色も素敵だったわ」


    「スキーなら、別に国内でもいいじゃない。
    屋内スキー場が、たくさんあるんだし。何も、わざわざカナダに行かなくても」


    西暦二〇〇一年のセカンドインパクト以降、気象変動により天然のスキー場が激減した日本。
    だがその代わり、屋内スキー場が多数建設され、人を集めている。第三新東京市近郊にも、幾つ
    かある。スキーをするだけなら、不都合はない。大多数の大衆は、それで満足もしていることだし。
    ミサトにとって不幸なのは、アスカが大多数の大衆ではなく、トップクラスの特権階級であること。
    屋内スキー場で満足するはずがないのだ。


    「屋内なんて、イヤよ。カナダがいいの。
    文句ある?」


    「わ、分かったわ。すぐに手配するから」


    無茶と分かっていても、アスカの意思には逆らえない。ゼーレから継承した権力で何とかするしか
    ない。ミサトは、携帯を取りだしてネルフの総務に繋いだ。傍若無人な芸能人のマネージャーでも
    してる気分だ。
    アスカはミサトの対応に満足したのか、携帯でシンジを呼びだして、何やら愉しそうに話している。
    近頃は、どこへ行くにもシンジと一緒でなければ気が済まないらしく、学校行事からネルフの予定
    までもが彼女の意向に添って決められる始末。実に迷惑だ。
    使徒戦の中期、互いを意識し始めた二人に配慮し、それまでミサトの部屋で同居していた彼らを別
    のマンションへ移したのは、大きな間違いだった。当然、別々の部屋に分けられた彼らだが、ミサト
    という重しのなくなった二人は、すぐに関係を持ち、今ではすっかり夫婦気取り。その内、アスカが、
    子供を産むとか本気で言いそうだ。まだ高校一年なのに。
    かといって、抗弁は一切許されない。
    アスカの機嫌を損ねて弐号機を起動されでもしたら、目も当てられない。エヴァの遠隔操作に距離
    は無意味で、月面からでも操ることが可能。パイロットを完全に隔離しても、操作に支障はない。
    エヴァ自体にも、物理的、電子的プロテクトを幾重にも張り巡らせてあるが、そんなものは気休めに
    過ぎないし、国連軍を総動員しても弐号機を止めるのは不可能。
    いや、弐号機だけではない。初号機も零号機も、止められない。彼ら三人のパイロットは、事実上、
    世界の覇権を手にしていると言っても過言ではないだろう。
    その覇者の前には、ネルフとて無力。ネルフ全てを束ねる総司令、碇ゲンドウとて例外ではない。


    「前から言おうと思ってたんだ。
    父さん、その眼鏡、似合わないね」


    シンジが携帯で話し中なので、すっかり油断した。
    廊下でシンジとばったり会ったゲンドウは、ちょうど電話を終えたシンジに呼び止められ、この台詞。
    明らかに嘲笑を含んだ言葉だが、ゲンドウに、怒りとか反抗の選択肢はない。相手が悪すぎる。
    それに、下手なことをして初号機を暴れさせてしまったら、部下から何を言われるか分からない。


    「そ、そうか。
    ならば、別の眼鏡に」


    「コンタクトにすれば?
    その方が、女の人にも受けが良いと思うよ」


    「・・・コンタクト?」


    「それから、その髭もどうかと思うな」


    「うっ、こ、これもか」


    「僕は、父さんのために言ってるんだ。
    嫌がらせしてるわけじゃないんだよ。分かってくれるよね?」


    「と、当然ではないか。私達は親子なのだからな」


    ゲンドウは、微笑を浮かべて自分を見るシンジに、心底恐れを成した。
    事を穏便に運ぶため、三人のパイロット達にネルフが特権を与えると決定した当初、シンジの生活に
    変化はなかった。元が優しい性格だった上に、物欲もあまりないシンジは、普通の生活を望んだだけ
    だった。
    しかし慣れとは恐ろしいもので、近頃は、彼のパートナーであるアスカと変わらない暴虐ぶりを発揮
    する。
    シンジの場合、それは主にゲンドウが対象となるのが、ゲンドウにとって最悪。
    長らくシンジと離れた生活で息子との付き合い方が分からず、再会してからも突き放した態度で接し
    たのは間違いだった。今は、その借りを返さんとばかりにネチネチやられる。こんな事になるなら、普
    通に優しく接すればよかったと思う。
    レイが変わらずに自分を慕ってくれていたら、慰めになっていただろう。
    でも今の彼女は、シンジを慕い、アスカと変わらない暴君と成り果てている。自分など、見向きもされ
    ていない。


    (リツコ君。
    せめて、君が私の傍にいれば・・・)


    ゲンドウは、自分から離れた女の一人である赤木リツコの顔を思い浮かべ、別れ話に同意しなければ
    よかったと後悔の念を強くした。
    だが、そのリツコもまた、暴君相手に苦闘の最中。


    <この実験、まだ続けるの?>


    明らかに怒気を含んだ言葉。以前のレイからは、想像も付かない。
    スピーカーからその声が響いたとき、実験棟の制御室に陣取る技術スタッフ一〇人あまりの全ては凍
    り付く。そして彼らの目は、リーダーたるリツコへと一斉に向けられた。
    一瞬で場の空気を察したリツコは、レイに懇願する。


    「も、申し訳ないんだけど、もう少しお願いするわ。
    データが、まだ足りなくて」


    <疲れたわ。
    私は明日、カナダに行かなくてはならないの。
    準備もあるから、これで上がるわ>


    「・・・カナダ?
    そんな予定、聞いてないわよ。一体、誰の都合で」


    <セカンドと碇君がスキーに行くらしいから、私も付いていくの。
    二人だけ愉しむなんて、ずるいもの>


    カナダにスキー・・・
    あまりのことに、常人より遙かに優秀なリツコの頭脳が一瞬でフリーズした。
    しかも、レイはおろかパイロット三名全てが行くという。
    言いだしは、恐らくアスカに違いない。シンジもアスカに感化されてきているとはいえ、ここまでの無茶
    は言わない。彼の暴虐の対象は、ほぼゲンドウに限られている。しかも、内容は可愛いものだ。
    レイの要求も控えめなものが多かったのだが、最近はアスカと変わらなくなってきた。こんなことを平気
    で言うようになったのだ。
    三人とも、人の命にかかわるような事とか、多額の金銭とか、社会的混乱を伴いそうな要求はしてこな
    いので、そこは救いだが。
    それにしても、今回の要求は厳しい。今日の実験にしても遠隔シンクロ切断に関する必要な実験。あま
    り時間的余裕はない。
    いや、それ以前に、別の問題がある。


    「ちょ、ちょっと待って、レイ。
    パイロットが揃って海外なんて、ひじょ〜に拙いんだけど」


    <零号機も一緒なら、問題ないはず。
    輸送機でなく飛行ユニット使えば、経費も節約できるわ>


    「はい?」


    事の次第を伺っていた技術部スタッフが、再度凍り付いた。
    零号機は現在、実験用に調整されている。これを実戦仕様に調整し直すには、これからすぐに動いたと
    しても、徹夜は免れない。超技術の塊であるエヴァの調整は、簡単にいかない。それに、整備部門の協
    力も必要だ。
    更に、暫く使用していない飛行ユニットも調整しなくてはならない。これまでレイには同情的な心情を持っ
    ていたスタッフ達だが、この時ばかりは恨みたくなった。


    <他に何か?>


    「け、警備とか」


    <警備に失敗すれば、その時点で地球は終わるわ。
    それを理解してる葛城一佐が対応するはずだから、何も問題はないわね。
    お分かり?赤木博士>


    「・・・・」


    レイの言う通り、彼らに万が一の事があれば、エヴァが暴走して地球は終わりかもしれない。MAGIの予
    測でも、確立は半々。何も起こらない可能性も半分あるけども、それを試す勇気などあるはずがない。地
    球 を賭けた博打など、冗談にもならない。
    もし、彼らの寿命までシンクロを切断できなかったら、どうなるのだろうか。
    誰もが気付きながら決して口にしない禁断の可能性が、リツコの頭を駆けめぐる。
    研究は、決して順調と言えない。レイの非協力的な態度からも、進展の程は知れている。理論及び機械
    工学の爆発的な飛躍があれば明るい展望が開けるのだが、今のところ、そのような兆候すらない。
    このような状況では、彼らの言うことにひたすら従うしかないのだ。


    「わ、分かったわ。
    今から準備するから、レイは上がってちょうだい」


    その時点からおよそ一二時間後・・・
    整備を終えた零号機、初号機、弐号機は、護衛戦闘機の群れに囲まれ、カナダへ向けて飛び立った。
    どうせ行くならエヴァが一番安全と、ミサトが自棄気味に主張したそうである。いきなりエヴァ三機の来訪
    を告げられたカナダ政府は、困惑しきりだったようだが。

    この後、三人のVIPは勝手気ままに生き、生涯を幸せに終えた。
    ただ、生涯を終えたのは数百年の先。
    使徒の残骸研究から生体工学の技術爆発が起こり、人間の体は遺伝子レベルから生体改造され、外見
    上の老化が抑えられた上に寿命が飛躍的に延びたためだ。
    彼らが三人仲良く寿命を全うしたとき、その子孫数百人が巨額な遺産を巡ってひと騒動起こしている。
    その遺産の中には、既に無害化したエヴァ三機、零号機、初号機、弐号機もあったという。







    でらさまから大人たちの悪夢、逆襲なチルドレンなお話をいただきました。
    シンジ愛アスカ愛とにかくチルドレン愛な人には、すこし溜飲も下がったのではないでしょうか。

    それ以上に迷惑そうだなあと思ったかもしれませんが(笑

    面白い話ですね。読み終えたあとは、ぜひでらさまに感想を出しましょう。

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