いきなり後ろから声をかけられたアスカは、驚いた拍子に、手にした携帯を落としそうに
なって更に慌てる。こんな文面を見られるわけにはいかない。シンジの名もあるし、文章
がいつもの自分とはかけ離れている。たとえシンジのことがばれなくても、イメージダウ
ンは必死だ。
「ほ、洞木さん。
みんなも着いたのね、待ってたわ」
体ごと振り返ったアスカは、ヒカリ他二名の女子生徒の笑顔に歓迎される。
あの人混みの中をはぐれずに付いてくるとは、いずれもただ者ではない。若さ故の行動力か。
「先生ったら、足早いから。
でも必死で付いてきました、私達。
教え子の鏡よね」
「そ、そうね。みんな偉いわ。
じゃ、アタシは急ぎの用があるから」
「ちょっと待って、センセ。
まだ理由聞いてないですよ。髪の毛染めた理由」
上着の裾をヒカリに掴まれたアスカは、やはり駄目かと諦め、あらためてヒカリ達と向き
合う。
好奇心で輝く彼女達の目は、自分の応えを期待している。強引に逃げることも可能だが、
数少ない自分の理解者を失うわけにもいかない。
アスカは、真実も混ぜた嘘でこの場を凌ぐことにする。話が長くなると拙い。リニアは指
定席。時間の遅れは許されないのだ。
「彼が、黒の方がいいって言ったのよ。
彼はその、あまり派手な女は好みじゃないの。これでいい?」
「ね?言った通りでしょ?」
「ヒカリって凄いわ。
ことごとく当てるじゃない」
「惣流先生の彼氏って、どんな人なのかしら。
興味ある〜」
「これから会うんでしょ?わたし達にも」
「ああ、待って、みんな」
話が変な方向に向かいそうだったので、アスカは身振りも交えて場を制した。
いくらなんでも、もう限界だ。これ以上は付き合えない。
「アタシは、これからデートなの。
あなた達も、デートは邪魔されたくないでしょ?
だから、そろそろアタシを解放して」
二人の女の子はヒカリに視線を送り、彼女の出方を窺う。リーダーはヒカリだ。彼女が行
動を決定する。
「すみませんでした、先生。
でも、休み明けに写真くらい見せてくださいね」
「え、ええ、いいわよ」
咄嗟に返事はするものの、今の台詞は聞かなかったことにする。見せられるわけがない。
裏切られていることを知らない可哀相な少女達は、アスカに手を振りながら人混みに紛れ
消えていった。
そして安心したアスカは、小走りで駅の方向へと向かうのだった。
・・・が、ヒカリ達三人は、物陰からアスカの様子を窺っていたりする。ヒカリは、入学
してから三年、学年トップスリーを維持してきた秀才。この国の最高学府にも間違いなく
合格するであろうと目されているほど優秀な生徒。いつもと違うアスカの様子に気付かな
い筈がないのだ。
「また尾けるの?ヒカリ。
そこまでしなくても」
「わざわざ一人で初詣に来るのが怪しいわ。
彼とデートなら、彼と一緒に来ればいいだけのことじゃない」
「彼の都合とかは?」
「あの変装がなければ、わたしもそう考えたけど。
服も地味だし、絶対何かあるわ。惣流先生の彼って、大っぴらにできない関係なのよ。
きっと、いいえ、絶対にそうだわ!」
「ええ!
じゃあ、数学の林とか化学の鈴木ってこともあり得るの?
信じたくないけど」
林も鈴木も、妻帯者ながらアスカに執心しているのは校内では有名。見た目は・・・
ここでは割愛する。まあ、普通の中年といったところ。信じたくないという女の子の台詞
から想像してもらえれば幸いだ。
決して描写が面倒になったわけではない。作者を疑わないように。
「それを、これから確かめるんじゃない。
さ、先生の後を尾けるわよ」
アスカに気取られないよう、見失わないように尾行する三人の少女。
彼女達の好奇心は、とんでもない事実を発見することになる。
初詣に行った神社と第三新東京駅とのちょうど中間あたりにある喫茶店あたりで、小走り
から普通の徒歩になったアスカに、特に変化はない。人を探しているような感じはないし、
携帯で連絡を取り合うでもない。しきりに時間を気にしている以外に、おかしなところは
ない。
向かう方向は、駅。駅の中で待ち合わせしている可能性もある。駅には、そのような場が
数多いし。
そこでの待ち合わせでなければ、更にその先。デート先か旅行先。そうなったら、追跡は
無理だ。
と、ビルとビルの間にある小道から見慣れた顔が現れた思った次に、アスカと付かず離れ
ずの距離を維持してビルに向かうのを、ヒカリが確認。慌てて他の二人に確認を求める。
が、すでに後ろ姿しか見えない。
「あれ、碇君よね?」
ヒカリは、他の二人に確認するように言った。
でも他の二人には、判断がつかない。それらしいとは思うが。
「後ろ姿だけじゃ、分からないわ。なんとなく似てはいるけど。
彼だとしても、駅に行くだけよ。三鷹に親戚がいるらしいから、年始にでも行くんじゃな
い?」
「そうよね。
惣流先生に気付いた感じもないし」
ヒカリも後ろ姿をよく見てみるけども、服装は、ジーンズに野暮ったい上着を羽織ってい
るだけ。とても、これからデートする服装ではない。
それに、多少、顔がいい程度の彼とアスカが付き合うなど、想像でも無理があると思う。
大体、何をきっかけとして付き合うのか。接点自体が見当たらない。林と鈴木は論外とし
て、アスカの相手は、出身大学の関係者とかその辺りだと考えた方がいい。相手は恐らく
妻帯者で、地位も名誉もあるのだろう。
だとすれば、これ以上探るのは気が引ける。というか、洒落にならない。
「やっぱ、偶然ね。
教師と教え子が付き合うなんて、エッチな漫画とか映画とか」
ヒカリは、言葉の途中でポカンと口を開けたまま、歩みも止めて固まってしまった。
二人が駅の入り口に差し掛かったので、もう潮時と考え、おふざけもこれまでと思ったそ
の瞬間、ちょうど横に並んだシンジの腕にアスカが自分の腕を絡めたのだ。ここまで来れ
ば安心と、気を抜いたかのように。
二人は、そのまま愉しげに歩いていく。そして、姿は完全に消えた。
これから後を追っても、あまり意味はないように思える。三人の少女達は、あまりのこと
に暫く言葉を失って舗道上に立ち尽くした。行き交う人々がチラと見ていくが、そんな視
線も気にならないほどのショック。
数分後、ヒカリが立ち直った。
「まいったわね。
とんだ結末だわ」
ただの興味が先に立った、悪ふざけのつもりだった。
厳しい姿勢が目立つアスカにも可愛い女の部分があると知って、少し気分が昂揚していたに
しても、知らない方がよかったと思う。休み明け、シンジと普通に会話できる自信がない。
シンジは、ヒカリが付き合うトウジの友人。シンジと絡むことが比較的多い。受験も卒業も
近いというのに、困ったことだ。
そしてそれは、ヒカリに付いてきた二人のクラスメートも同じ。
「どうする?ヒカリ。
秘密にするのは当然だけど、つい調子に乗って喋っちゃいそうだわ」
「わたしも・・・
調子いいから、わたし」
ヒカリは、心配はそっちかと拍子抜け。
アスカに幻滅し、彼女と関係を持ったシンジに対して辛く当たるのかと思ったヒカリにすれ
ば、良い方向の勘違いだったが。
でもそれなら、そんなに悲観することもない。
「卒業式までよ。それまでに沈黙を守れば、わたし達は平穏なままに卒業できるの。
余計なトラブルは、ご免でしょ?受験にも響くわ」
「そうよね。ヒカリの言うとおりだわ。
わたし、今日見たことは忘れる」
「わたしも。
騒ぎ起こして、クラスのみんなに迷惑かけられないし」
「じゃ、決まりね。
以後、この話題は一切厳禁よ。卒業式終了まで!」
「「了解!」」
三人の誓いは固く護られ、アスカとシンジの付き合いは、卒業式終了まで誰にも明かされる
ことはなかった。
そう、卒業式終了までは。
卒業式終了後、教室に集まったクラスメート達全員の前で関係をばらされた後の騒動につい
ては、ご想像にお任せしたい。
ただ、シンジは男子生徒達全員から手荒な祝福を受け、制服と髪の毛が滅茶苦茶になったこ
とは確かである。
中には、嫉妬から本気で殴ろうとした者もいたとかいないとか。
それを、シンジの旧き友人二人が止めようとして混乱に拍車がかかり、男子ほとんどを巻き
込む殴り合いの喧嘩に発展したとかしないとか・・・
全ては、思い出の彼方。
惣流アスカと碇シンジの結婚式で語られた、懐かしいエピソードの一つ。
おまけ
「駅に入った途端に腕組むなんて、ちょっと早かったんじゃないですか?先生」
「我慢の限界だったのよ。
それと、その先生っての、いい加減にやめて。言葉使いもよ。
変なプレイしてると思われたら、恥ずかしいじゃない」
「で、でもさ」
「アタシ達、付き合ってんのよ?
学校を離れたら名前で呼んでって、何度言わせるつもり?
これから先生って言ったら、返事しないから」
「そんな〜。
勘弁してよ、せ、じゃなかった。
ア、ア、ア、ア、ア・・スカさん」
「”さん”は、いらない。
ま、合格じゃないけど、とりあえず許してあげる。
その代わり、向こうに着いたら、たっぷり可愛がってね。シンジ」
「わ、分かりまし、
いや、分かったよ、ア、アスカ」
「その調子よ。
もう一息ね」
快調に走り続けるリニアの中、アスカはシンジの肩にもたれかかるようにして、体を預ける。
そしてその姿勢は、彼らが目的地に着くまで変わることはなかった。
彼らが時折交わす怪しげな会話に、家族連ればかりの周囲が引きまくったのは、言うまでも
ない。
でらさんからあけましておめでとうのお話をいただきました。
これは‥一年の節目というか、一生の節目となったようですね。
らう゛に開眼するとバカップルになってしまうのも実にLASですね。いいお話であります。
読み終えたらでらさんに年の初めの感想メールなどぜひ。