「そ、そう・・
よかったわね、アスカ」
異様にテンションの高い二人に圧倒されるミサトは、ただ惚けて二人を視る。
すでに制服に着替えた二人は食事も終えたようで、鞄を持ち、いそいそと玄関へ向かう。
テンションが高い以外は普通の光景なのだが、どこかおかしい。
・・・と、未だ半分寝ぼけているミサトの目が、二人の手に視点を固定した。
「て、て、て、て、て」
なんと、二人の手がしっかりと繋がれている。
ミサトの常識では、あり得ない事態。アスカもシンジも互いを意識はしているものの、それは恋の萌芽
に過ぎず、二人が想いを伝え合うほどに精神的成長を遂げるには、まだまだ時間が必要だったはず。
少なくとも数年はかかるはずだった。精神分析の報告書に目を通したので知っているし、実生活の中
での実感でも、二人が今すぐに付き合うなど・・・
「なに、驚いてんのよ。
昨日の晩、互いに本心聞いちゃったから、付き合うことにしたの、アタシ達。
だから、問題ないでしょ?」
「あれ、お互いに聞こえてたの?あなた達」
「空耳だと思ってたんですけどね。
知らない内に本心口にしてるなんて、まいりましたよ。
はははははははははは!」
「・・・・」
快活に笑うシンジは、性格まで変わってしまったようだ。ミサトの惚けた顔は、更に崩れていく。
そのミサトに、大輪の花が咲き誇るような笑顔を浮かべたアスカが言った。
「朝ご飯、ちゃんと食べてから出勤すんのよ。後片づけもきちんとね。最低限の家事くらいは覚えなさい。
それと、肌が荒れてるから食生活を根本から考えた方がいいわ。いつまでも若くないんだから。
じゃあね」
にこやかに言い放ったアスカは、心底愉しそうに、シンジと出ていった。
恋人が出来た余裕なのか、アスカは完全に自分を見下していた。悔しいが、今の自分は、あの幸せな
少女に女として負けている。あんな満ち足りた顔など、自分には出来ない。誰が悪いのか、何故こうなっ
たのか、このままでいいのか。このままだと、何もかもアスカに先を越されてしまう。
現在は人類の存亡を賭けた戦争の最中で、彼らの歳も歳だが、同居という状況下では何があってもお
かしくはない。アスカの妊娠という事態も充分にあり得る。しかも、建前は息子に冷たいゲンドウも実は
息子が可愛いくて仕方ないという事実は、ネルフ上層部において常識なのだ。それを考えれば、アスカ
が妊娠しても、シンジが特に処分されることはないだろう。いやそれどころか、孫の誕生に狂喜するかも
しれない。とはいうものの、組織として何らかの処分は必要。組織の規律を保つためには必要なことだ。
となれば、処分されるのは自分しかいない。場合によっては、詰め腹を切らされるだろう。
アスカに女として負けて嘲笑され、その上に職も失う。最悪の未来像だ。
「負けない、負けないわよ、アスカ。
こうなったら、加持の奴を何としてもその気にさせなきゃ」
この日以降、ミサトは加持に猛烈な攻勢をかけ続け、数ヶ月後に妊娠という成果を挙げている。
危惧されていたアスカの妊娠は、彼女が一八の歳を数えるまでなく、ミサトの杞憂は杞憂で終わったよ
うだ。
更に、使徒戦を無事に乗り切った功績を、ネルフの上部組織である委員会から讃えられたミサトは、多
額の功労金と二階級特進の栄誉を得ている。最悪かと思われた未来は、光り輝いていたというわけだ。
もっとも、当時の関係者に言わせると、ミサトの考えた最悪のケースは、妄想の類でしかなかったのだが。
人類の盾となるべきエヴァパイロット達は、心も体も厳格に管理されていた。妊娠も当然ながら規制され
ていて、そのための対策も講じられていたのだ。立場上、ミサトはそれを知っていたはずなのだが・・・
「ええ、ええ、忘れてたわよ。
どうせ私は、馬鹿で間抜けな無能ですよ。悪うございました」
「ミサト、訳の分からん言い訳はいいから、手伝え。まだ掃除は終わっとらんのだぞ。
シンジ君とアスカが遊びに来るというのに、これじゃ格好つかんじゃないか。ユウキを見習え」
慌てた様子で部屋を片づける夫は、伸ばしていた髪の毛も切り、普通の旦那にしか見えない。
その夫を
真似るように、まだ幼い息子がうろちょろしている。
ネルフと折り合いの悪かった日本国政府との暗闘で死にかけた男が、今は良き父、そして亭主。更には
愛する息子もいる。
これも幸せかとミサトは嘆息し、重い腰を上げるのだった。
でらさまから妄想たっぷりなお話をいただきました。
ここまで妄想度が高いと、シンジとアスカが出来ちゃった婚とかなぜか中学生なのにしちゃったりするお話もよくありますけど、そこまでイッテないですね。ここの人たちは。
ま。ミサトなら大人だし妊娠しても問題ないですね。ちょっとだらしない主婦みたいですけど(笑
それにしても髪の毛を切った普通の旦那の加持‥ちょっと想像しにくいですね(笑
素敵なお話でありました。みなさまもぜひでらさんに感想メールをお願いします。