目論見 第五話

    作者:でらさん














    MAGIは、ミサトに友情を感じているわけでも、同じ逆行者として親近感を抱いている
    わけでもない。
    ミサトをこれまでサポートしてきたのは、補完計画によって自分の存在が消え去るこ
    とを拒絶したからに他ならない。
    勿論それだけではなく、現世世界の存続によって自らの進化の可能性を追求したい
    とか。
    生身の体で人間として生活するのもいいとか。
    コンピューターとしての部分より、OSの元となったナオコの意思が強く反映している。
    そういったMAGIの考えがどうだろうと、ミサトにとって大した意味はない。
    自分が、補完計画阻止のために利用されるただの駒だとしても、それでいい。目的は
    一緒だし、MAGIがゼーレに取って代わって人類の支配を企んでいるわけでもない。
    彼女の計画に異議を唱えなたり邪魔したりしなければ、排除されることはないだろう。

    リツコが冷静に自分の正体を受け容れたのは、MAGIの事前説明がかなり影響してい
    る。それに付け加えるなら、彼女の持つ科学者としての現実感覚が、固定観念を上回
    ったといったところか。
    リツコはリツコなりに、使徒再来以来の度重なる偶然とか幸運に疑問を感じていたらしい。
    それらのほとんどがMAGIの作為と知らされたとき、彼女は合理的だとして納得したそう
    だ。彼女にとっては、偶然や幸運より時間遡行の方が科学的で合理的に理解できる。
    故に、ミサトの告白にも驚かなかった。
    現実感覚や合理精神に一定の自信を持つミサトも、リツコのそれには、とても適わない
    と思う。
    自分自身が体験者でなく、予備知識もなしに時間を遡ったと主張する人間など、とても
    信用できはしない。たとえ相手が旧来の友人でも、冗談以上には受け取らないだろう。


    (私自身、未だ疑ってるものね。
    これは夢なんじゃないかって、心のどこかで思ってる)


    だだっ広く、薄暗い司令室で背もたれ付きの豪奢な革張りの椅子で独りくつろぐミサトは、
    自分がこの場にいることの不思議を今更ながら確認する。
    自分がネルフのトップとは、本当に夢のようだ。


    「ちょっと、ミサト」


    「え?」


    自分を呼ぶ声に振り返ってみれば、そこにはリツコが。
    いつの間に部屋へ入ったのか、全く気付かなかった。


    「考え事もいいけど、もう少し緊張感を持ってちょうだい。
    あなたは、司令なのよ」


    「ごめん、気を付けるわ。
    でもリツコだって、無断で司令室に入ったじゃない。公私混同じゃないの?」


    「緊急事態における非常措置を執らせてもらったわ。
    今の私には、その権限があるし」


    副司令の冬月まで辞任した現在、副司令職は空位。事態が完全に落ち着くまで、ミサト
    に権限を集中させるためだ。
    その代わり、リツコに副司令と同等の権限が付与され、色々と動きやすいようにしてあ
    る。組織の運営等にリツコが口を出すことはないし権威を誇示することもないので、他
    部署からの不満も批判も特にない。技術屋として、その辺の空気は読んでいるリツコ
    である。
    それにしても、緊急事態とは穏やかでない。
    発令所からの報告はないので、使徒襲来ではなさそうだが。
    ゼーレに何か動きでもあったのか。


    「何かあったの?
    どこからも報告はないけど」


    「MAGIが、渚カヲルの来訪を告げたわ」


    「来週に来る予定よね。
    準備は進んでるし、別に問題はないはずよ」


    ゼーレから、渚カヲルを正規パイロットとして登用するようにとの要請があったのは、何
    週も前。ミサトがネルフの全権を手中にした、すぐ後だ。
    それはすぐに受諾せず、その要なしと拒否し続けてきた。パイロットの全てが精神的に
    も肉体的にも安定しているため、実際問題、予備以外の新しいパイロットは必要ないし。
    しかし、ゼーレの”要請”とは命令に等しい。こちらの出方を窺っている節もある。よって、
    ここらで要請を受け入れてゼーレの真意を読もうとしたのだ。
    勿論、カヲルの正体を知っているミサトは、準備も万全にするつもり。必要とあらば、本
    部施設内部でエヴァを使用。施設の損害も覚悟でカヲルを討つ。正直、まだナイーブさ
    の残るシンジに、人そのものの姿をしたカヲルを攻撃するのは無理だと思う。が、アス
    カとレイなら、躊躇いなくカヲルを攻撃、殲滅するだろう。彼女達はそういった訓練を受
    けているし、心構えもできている。


    「MAGIは、一時間以内に来ると言ってるのよ。
    その際、彼がここを攻撃する可能性も七〇%以上と断言したわ」


    「一時間以内に、ここを攻撃?
    だって、まだ・・・」


    まだ、特定の形を持たない不定の使徒、第一六使徒は現れていない。使徒全てに打ち
    勝たない限り、補完への道は拓かれないはず。カヲルがここへ送り込まれても、彼が行
    動を起こすのは、その後であるはずだ。
    それともゼーレは、事の異常さに気付いて別の計画へ移行したのか。
    可能性は、ある。
    何よりも彼らは、切り札たるカヲルと量産型エヴァを手中にしている。
    MAGIクローン全ては、既に本部のオリジナル(ナオコ)の完全コントロール下にあり、反
    逆はあり得ない。
    しかし、量産型はすでにMAGIのラインから切り離されているようで、どこに格納されてい
    るかも分からないし、管理している支部に問い合わせても、委員会(ゼーレ)に聞けの一
    点張りで話にならない。
    完全自立型のダミープラグで動く量産型は、一度起動させてしまえばMAGIのサポートは
    必要ない。いつ、ここに襲来してもおかしくないのだ。前世では手順を踏んだゼーレが、今
    回もそうとは限らない。MAGIも戦自も押さえられた情勢の不利を、乾坤一擲の強攻策で
    突破しようと考えても不思議はない。
    自由意思の体現たるカヲルについては、言うまでもない。彼の真の思惑は、ゼーレです
    ら把握していないだろう。
    彼は基本的に、ゼーレにもネルフにも与しない。前世で彼が宿命に準じたのは、それが
    必要と彼が判断したに過ぎず、ゼーレの意向に従ったわけではない。今回、彼がどのよ
    うな判断を下すのかは、まさしく神のみぞ知るというやつだ。


    「ここまで来たのに、全てご破算なんて冗談じゃ」


    ミサトが忌々しげに言葉を吐いたその時、部屋の空気が一瞬震えた。
    何事かと視線を周囲に泳がせたミサトは、リツコの背後に立つ一人の少年を目にする。
    超然とした笑みで自分を見るその少年には、覚えがある。
    ざんばらな白髪、紅い瞳、細身の体、白い皮膚。そして、半袖のYシャツに学生ズボン。
    全てが記憶と一致する。
    間違いない。最後の使者、渚カヲルだ。


    「初めまして、葛城司令。
    予定より早いけど、老人達が早く行けと五月蠅くてさ。
    この期に及んで保身を計るなんて、人類を導く者としてどうかと思うね、僕は」


    いきなりここへ乗り込んでくると思わなかったミサトは、カヲルから見えないように机の下
    にある非常ボタンを押し、発令所へ危機を知らせる。異常に気付いた発令所は今、臨戦
    態勢へ移行しているはず。超常の力を持つカヲルは気付いているかもしれないが、何も
    しないよりはマシ。座して死を待つつもりはない。
    リツコは、ゆっくりとカヲルから距離を取り、ミサトの横へ。確認はできないものの、彼女も
    何らかのアクションを起こしていると思う。リツコのことだ。ぬかりはないだろう。
    発令所での動き、リツコのアクションに期待するミサトは、ともかくも時間を稼ごうと口を開
    いた。


    「ようこそ、ネルフへ。
    化かし合いは苦手なの。単刀直入に貴方の目的を聞いておこうかしら。
    エヴァのパイロットになりたいわけじゃないでしょ?」


    「目的か・・・
    本来なら、最後の使者として、与えられた役割を果たす筈だったんだけど」


    「シンジ君に殺されることが?」


    「それも、選択肢の一つだね。
    でも、何故、貴女がそれを知ってるんだい?」


    カヲルが、含みのある眼差しで自分を視る。全てを見透かしているような、そんな目だ。
    ミサトは、それを逆手に取った。


    「あら、貴方なら全てを知ってると思ったわ。
    自由意思の使徒でしょ?貴方」


    「確かに僕は使徒だけど、残念ながら、万能じゃない。
    次元を越えることも、時間を遡ることも僕には不可能なんだよ。人の心を覗き見ることもま
    た、不可能でね。
    それらを可能とするのは、唯一。僕の創造主にして支配者、高次の至高存在だけさ」


    「すなわち、神様ってことね」


    「俗な呼び方をすれば、そうだね。
    ま、神と言っても、基本的にあの方は傍観者だけどね。
    と言うより、些末な事には関心を示さないんだ。
    それでも、全てを把握してる。この場のことも含めた、この世のあらゆる事象は、あの方の
    掌の上にあるのさ」


    「じゃあ、私が時間を飛び越えたことには、何の意味もないと?
    神様の、ただの気まぐれだとでも言うわけ?」


    「それも分からないな。
    貴女が時を遡ってあるべき歴史を変えたのは、神の明確な御意志かもしれないし、本当
    にただの気まぐれかもしれない。
    でも貴女にとっては、とても価値あることだったんじゃないか?」


    「・・・やっぱり、貴方は」


    自分と同じに時を遡ったのかと、ミサトは問いたかった。話の流れからして、そう考えざる
    を得ない。
    が、問う前にカヲルが台詞を被せてくる。


    「僕にも夢があってね」


    「夢?」


    「普通の人間として、普通にシンジ君と友達になりかったよ。
    いや、シンジ君だけじゃない。綾波レイやアスカ君、他のみんなと愉しく暮らせたらと、あれ
    以来ずっと考えてた。それが、ここでは実現しそうだ」


    「貴方、一体」


    「人類補完計画は、最高幹部会議で正式に放棄された。ゼーレにはもう、ネルフと戦う意思
    も気力もない。僕は、降伏の使者さ。
    MAGIは使えず、戦自を使った直接侵攻も不可能。更に本部には、神器たるロンギヌスの槍
    が三本。エヴァ三機にはS2機関が搭載され、得体の知れない新装備まである。その上、パイ
    ロット達の練度も充分以上。
    こんな情報を元に、相打ち覚悟で量産型全機をつぎ込んでも勝ち目はないと、下部組織の
    ほとんどから突き上げられて決断したようだよ」


    「とても信じられないわ。
    あのゼーレが、そんな簡単に計画を諦めるなんて」


    「僕にも意外だったよ。あの老人達なら、全てを投げ打ってでも計画に固執すると思ったん
    だけど。
    でもね、司令。貴女と同じ境遇にある人がゼーレの中にもいたとしたら、どうだい?
    補完世界を望まなくなっても、おかしくないだろ?」


    「喩えそうだとしても、キール議長から直接話を聞かないことには、信用できないわ。
    前の時、ここがどんな目に遭ったか覚えてる私としては、簡単に判断できないのよ」


    「それもそうだね。議長には、僕から言っておくことにするよ。
    それと、彼をあまり責めないでほしいな。彼はとても純粋で、シャイなんだ。シンジ君の父君
    と同じくらいにね」


    「数十億の人間を殺した首謀者よ、あの男」


    西暦二〇〇一年のセカンドインパクトは、ゼーレが人為的に引き起こした大災厄とミサトは
    認識している。
    全ての始祖であり、補完計画に必要不可欠なアダムをコントロールしやすくするため、内蔵
    するエネルギーを放出させて卵の状態にまで還元。同時に、地軸が動くほどの大災厄で超
    大国アメリカや他の大国までをも混乱に陥れ、国力を削いで国連に権力を集中せざるを得
    ない状況に。その国連を裏から支配することで、ゼーレは補完計画に邁進できるようになっ
    た。全ては、ゼーレの計画であったわけだ。
    補完計画が最終的には人類の救済を目指しているとしても、彼らの行為が正当化できるわ
    けではない。セカンドインパクトは、初期爆発の直接的被害とその後の動乱で、世界人口の
    半数を死に追いやっている。救済のための生け贄にしては、あまりに犠牲が大きすぎる。


    「それにも理由があってね。
    まあ、それはナオコさんから聞いた方がいいかもしれないな。僕が言っても、信用してもらえ
    そうにないから」


    「それでも、私が信用しなかったら?
    私が、あくまでもゼーレの血を望んだら、貴方はどうするの?
    ゼーレの側に立つのかしら?」


    どんな真実があろうと、ミサトは、ゼーレの老人達を赦す気にはなれない。
    彼らが、世の混乱を嘆き、人の死に涙したとでもいうのか。
    父も、あの時に死んだ。最後の最期、瀕死の体で力を振り絞り、自分を救命カプセルに押し
    込んで。
    仕事人間で、家庭を顧みなかった父。あの頃はミサトも思春期に入り、そんな父に反発する
    ことが多かった。
    でも最期で、父は本当の愛を示してくれた。そんな父を死に追い込んだゼーレは許せない。
    そして、ゼーレを庇うよな態度を見せるカヲルも。


    「貴女は優しい人だ。
    出来るだけ血を流さない方向で、事を収めるはずさ」


    「買い被りね。
    私は冷酷で、目的のためなら、好きでもない男に平気で体を預ける女よ。
    自分に酔って、自分勝手で、自分が一番可愛くて」


    「自分を貶めるのは、感心しないな。
    父君が悲しむよ、葛城さん」


    カヲルは言うと、笑みを消してミサト達に背を向ける。
    そしてそのままドアに向かう。
    が、ドアの前で一時歩みを止めた。


    「降伏の交渉は終わったから、僕は行くとするよ。
    あ、そうそう。もう、使徒は現れないから安心するといい。
    この世界での存在理由は、なくなったからね。僕達使徒も、予定調和から外されたってわけさ。
    じゃあ、いつかどこかで、また逢いましょう。葛城さん」


    カヲルはドアから出ることなく、空気の震えと共に姿を消した。
    これで終わりなのか。
    これまで必死でやってきたことが報われたのか。
    ミサトは、あまりに呆気なさ過ぎて実感を得ることが出来ない。
    だが、直後に突如現れたキール・ローレンツの立体映像とキール自身の口から語られた言葉
    によって、全てが終わった事をミサトは理解した。











    エピローグ


    「馬子にも衣装ってやつか。
    案外、様になってるじゃん」


    新婦の控え室。ウェディングドレス姿で椅子に座り、準備万端整ったミサトにアスカが言う。
    辛辣な言葉だが、これもアスカなりの祝いの言葉と分かっているミサトは、軽く笑顔を浮かべて
    応えた。
    それに、同じく純白のドレスで着飾り、メイクもきっちりときめた今のアスカは本当に美しい。
    ただ美しさを比較するなら、彼女には適わないとミサトも思う。金髪と蒼い瞳が、まるでお伽の国
    に出てくるお姫様のようだ。
    とはいえ、今の自分は花嫁。これから幸せを手に掴もうとしている、神に祝福された女。気持ち
    的には、自分の方が充実しているだろう。


    「加持さんも、よく思い切ったものね。
    バラ色の新婚生活は望めないと分かった上で、ミサトにプロポーズするなんてさ」


    「あら、妬いてるの?
    初恋の人を獲られるのが悔しいとか?」


    「んなわけないじゃん。加持さんの勇気に敬意を表しただけよ。
    あれだけ特訓して、まともな料理が味噌汁くらいなんて、ミサトくらいなもんだわ」


    流石にこれくらい言われると、笑顔も引きつる。
    しかし、事実は事実。否定のしようもない。
    少女時代から料理は苦手で、加持からプロポーズされても即答しなかったのは、まともに料理
    が出来ないという理由からだった。
    それを知った加持が、そんなことは気にしないから結婚してくれとまで言ったのだが、ミサトは
    それでは加持に悪いと特訓を決意。料理を得意とする伊吹マヤや、アスカの友人であるヒカリ
    に教えを請い、忙しい仕事の合間を縫って特訓に励んだ。
    その結果、人並み程度の腕に・・・
    とは、残念ながらならなかった。マヤ、ヒカリから合格点を貰えたのは、味噌汁だけであったのだ。
    つい一年ほど前までミサトと同じく料理を不得手としていたアスカは、シンジへの愛ゆえか、今
    は普通の主婦程度の腕前。菓子も自作したりして、将来への準備に余念がない。
    彼女の計画に依れば、約三年後には、シンジとの結婚が予定されている。早く子供を作らない
    と、アスカの方が先に産む可能性すらある。女のプライドに賭けて、それだけは避けたいミサト
    だった。


    「でも、お祝いは言ってあげる。
    おめでと、ミサト」


    「素直に喜べないけど、ありがとう、アスカ」


    こんな場所、こんな笑顔で穏やかな時間を迎えることができるとは、感慨を禁じ得ない。
    あの時は、未来も何も考える暇はなく、ただ闘争に明け暮れていた。
    次々と死んでいく仲間、部下、敵。その果てにあったのは、救いのない結末。
    それが、今は皆、それなりに平穏を手に入れている。
    ゲンドウと冬月は自主的な退職という形で身を引き、粛正されることなく第三新東京市で普通
    に暮らしている。精神的に不安定な時期もあったが、今は落ち着いたようだ。
    セカンドインパクトが発生したその時、現場で何があったのかMAGIから詳細に聞いたミサトは、
    ゼーレの指導者達にも事情や誤算があったことを知り、条件付きで恩赦を与えた。
    条件とは、世への貢献。
    条件を受け容れた老人達は、その影響力を本格的な世界復興のために行使。ゼーレの一時
    的な混乱によって、国連支配から脱しようと策謀を巡らせた有力各国の思惑は頓挫し、国連の
    統治は続いている。
    とはいえ、問題がないわけではない。
    補完計画阻止以降のビジョンなど描いてなかったミサトは、事態が落ち着いた後に退職するつ
    もりだった。自分に世界規模の戦略眼などないし強力な政治力もない。ましてや、人望もカリス
    マもない。ネルフ掌握と関係機関の懐柔は、利害の一致した人間、組織の協力とMAGIのサポ
    ートがあったが故。自分の実力ではない。
    よって、政治力のある人間に後を任せて退職し、都合良く加持もプロポーズしてくれたので、専
    業主婦もいいかと思っていたくらいだった。
    が、周囲がそれを許してくれない。
    ミサト本人の思惑など関係無しに、物事の全てがミサトを中心として動いていたのだ。ミサトが
    それに気付いた頃は既に手遅れで、各国間の政治的都合やら様々な機関、組織の思惑やら
    が複雑に絡み合い、ミサトは引くに引けない立場にいた。社会的地位が上がりすぎると、動こう
    にも動けないことがあると知ったミサトである。
    今回の結婚式も、知り合いだけ呼んで地味に終わらせようとしたのだが、加持のプロポーズが
    噂になった時点で、話はミサトと加持の手を離れてしまった。あれよあれよという間に式は公の
    スケジュールに乗り、ネルフ本部の総務部が全てを統括。政府と国連も協賛しているため、ま
    さに世紀の結婚式となるだろう。
    ミサトは、これから始まる式を考えると、嬉しさと緊張が半々。荘厳かつ張りつめた空気に長時間
    さらされるのは、どうも苦手だ。世界のVIPが揃う式後の公的な披露宴で、羽目を外して飲むわ
    けにはいかないし。


    「アスカとシンジ君の時もこれくらいの規模にしてあげるから、楽しみに待ってなさい」


    「え、遠慮しとくわ。アタシ達、ジミ婚にする予定だから。
    ネルフに余計なお金使わせるのも、悪いし」


    「人類の危機を救ったパイロット同士の結婚式なんだから、誰も文句言わないし、言わせないわ。
    国連にだって、言わせないわよ。
    本当は、不逮捕特権とか色々な特権あげてもいいくらいなんだから」


    「いいったら、いいの!
    アタシ達は、普通に」


    「葛城司令、話は聞きました」


    と、突如、アスカの声を遮って現れたのは、アスカと同じような白のドレスで着飾って化粧もき
    めた、レイ。アスカも美しいが、レイもまた美しい。甲乙付けがたいとは、このこと。
    なのだが、音もなく、二人にも気付かれず、どうやってこの部屋に入ったかのかは謎だ。恋敵
    状態継続のまま、友人としても付き合っているアスカですら彼女の行動は読めない。


    「レイ!!
    アンタ、どこから沸いて出たのよ!!」



    「特権の話ですが、一つ要望があります」


    「レイがおねだりなんて珍しいから、話によっちゃ、聞いてもいいわ。
    どんな特権?」


    「重婚の権利。
    これを、わたし達三人に与えていただけば幸いです」


    「なっ!」


    アスカは、レイをキッと見据える。
    彼女の思惑は、はっきりしている。自分からシンジを奪えないなら、共有しようというのだ。
    男にとっては実に都合のいいことを考えてくれる女性だが、大多数の女にとって許せるもの
    ではない。
    それはミサトも同じはず・・・
    だと、アスカは思う。
    過去のシンジとの関係から、一抹の不安はあるが。


    「ミサト!まさか、認めたりしないわよね!?」


    「う〜ん・・・
    ま、式が終わってから考えるわ。
    色々と、面白そうだし」


    「面白そうって・・・
    アンタ、バカぁ!?」


    アスカの怒鳴り声を後ろにして部屋を出るミサトは、堪えきれない笑いを漏らしつつ、ドアを
    開け、式場へ向かって小走りで駆けていく。
    駆けて、駆けて、駆けて、駆けて・・・
    その先には、幸せと、それを与えてくれる男が待っている。
    これが夢なら絶対に覚めてくれるなと願いながら、ミサトは駆ける。
    愉しそうに、幸せそうに笑いながら。








    でらさんから連載最終第五話をいただきました。

    ゼーレのキールローレンツも逆行者だったとは。
    カヲル君は一緒になれませんでしたね。でもどこかで幸せでいるのでしょうか。

    ミサトたちやシンジアスカが幸せでそれだけでも良かったですよね。

    最後まで良いお話でありました。でらさんに感想メールをお願いします。

    寄贈インデックスにもどる

    烏賊のホウムにもどる