蜘蛛の巣

    作者:でらさん















    「決めたわ」


    「決めたって・・
    何を?」


    「アンタは、アタシと結婚するのよ」


    「はあ・・」


    齢一二にして世の中の何たるかを知りつつある碇シンジは、自分と結婚すると言い切った惣流
    アスカに、溜息しか返せなかった。
    アスカという少女が嫌いなわけではない。それどころか、確実に好きだと言える。更に言うなら、
    互いに想いを打ち明けており、相思相愛の仲。つい先日、ファーストキスも済ませている。
    そこまでの仲にありながら、シンジがアスカとの将来に楽観的になれないのは理由がある。
    それは・・・


    「あのね、アスカ」


    「何よ」


    「そんなの、君のお父さんやお母さんが許してくれないよ」


    「二〇歳過ぎれば、結婚は当人達の自由なのよ。
    パパとママなんて、関係ないわ」


    「理屈は、確かにそうなんだけどさ」


    「アンタは、アタシが他の男と結婚してもいいの?」


    「そりゃ、嫌だけど」


    「だったら」


    「君は、惣流家の一人娘じゃないか。
    結婚が自由にならないくらい、僕だって知ってるよ」


    アスカは日本有数の資産家である惣流家の一人娘で、シンジは、その本屋敷に住み込みで雇わ
    れている庭師の一人息子。
    歳が同じことで幼少から遊び相手だった二人は、成長する度合いに応じて関係も進展し、今では
    男女の関係一歩手前までにまで進んでいる。
    が、シンジは、歳を経るたび、世の中の現実というものを理解するようになっていた。
    惣流家において自分は庭師の息子でしかなく、いくらアスカの幼馴染みといえど、それ以上では
    ない。アスカの両親も笑みを絶やさぬ優しい人達ではあるが、いつの頃からか、それが作られた
    笑みであることをシンジは知っていた。最近は、アスカがシンジと一緒にいることを快く思っていな
    いとの噂も聞く。シンジの考える限り、それは本当だと思う。噂を否定する根拠が何もないからだ。
    アスカは、富める家に生まれたにもかかわらず庶民的で、伝統を重んじる堅苦しい私立の学校生
    活や各種パーティなどを毛嫌いしているほど。現に今の服装も、普通のスカートに普通のシャツ。
    資産家の娘とは思えないラフな格好。ここがシンジの部屋だということも、理由の一つだろうが。
    とはいえ、これから先も彼女が庶民的であるという保証はない。彼女にも、現実が見えてくるはずだ。


    「いつの時代の話してんのよ。
    アタシは、好きな人・・・
    つまり、アンタ以外と結婚なんかしないわ」


    「軽く言うけど、まだ一二歳だよ、僕達」


    「将来のことは、早い内から考えておいた方がいいわ。
    早すぎるってことはないのよ」


    白人系の血が濃いクォーターの証である金髪碧眼のアスカを見るシンジは、将来、確実に美女と
    呼ばれることになるであろうこの少女が、いつまで自分を見ていてくれるだろうかとの不安に、胸
    を苛まれるのだった。
    そしてそれは、ある意味、現実となった。












    八年後・・・


    いつもの通り、”行ってきます”と母に告げ、シンジは玄関を出た。
    母は台所から返事を返しながらも、姿を見せることはない。こまめに動く母は、朝食の洗い物が終
    わったら父の手伝いに出る。それは、母が父と結婚してから欠かさぬ日常。母が父と共に働かな
    かったのは、シンジを身籠もり、出産した前後の時期だけだろう。
    シンジも、大学を出たら父の仕事を手伝うことになっている。父は、自分の仕事を継ぐ必要はない
    と言ったのだが、シンジは、継ぐと言い切った。今はアスカと縁遠くなってしまったものの、シンジ
    はシンジなりにアスカの幸せを見守っていこうと考えたのだ。


    「もう、八年か・・」


    アスカが、シンジと結婚すると言ったあの日。
    あの日から幾らも経たない内に、悲劇が惣流家を襲った。惣流クラウス、キョウコ夫妻が航空機事
    故で還らぬ人となってしまったのである。
    惣流家自体は高度にシステム化した組織運営だった上、実際の経営はその道の専門家が担当し
    ていたため、トップ二人を失った悲劇にもかかわらず盤石の態勢を維持。親族達も特に揉め事を
    起こさず、アスカへの遺産移譲は条件付きながらもスムースに実行された。
    しかしアスカは心に傷を負い、精神医学の世界的権威の治療を受けるためアメリカへ。以来、屋
    敷は少数の管理人以外の人間はいない。


    「向こうで幸せにやってるんだろうな、アスカは」


    シンジは、アスカの幸せを疑っていない。
    元々が底抜けに明るい性格だったし、あの容姿もアメリカには溶け込みやすいだろう。日本にいる
    より彼女には居心地が良く、心の傷も早期に癒せたに違いない。
    あまりに居心地が良く、向こうで結婚相手を見つけ、そのままアメリカに住み続けるかも・・


    『アンタは、アタシと結婚するのよ』


    アスカの言葉が一瞬シンジの頭に蘇ったが、それはシンジの苦笑と共に消え去る。


    「はは・・
    言った本人も忘れてるさ」


    所詮、子供の戯言だよと言葉を続け、シンジは大学への歩みを早める。
    大学生活は、はっきり言って楽しい。前から気になっていた同輩の女性と巧くいきそうだし、勉強
    も順調。成績優秀とまでいかないものの、中位以上は常にキープしている。アルバイト先でも、特
    に問題はない。
    平凡そのものだが、シンジは今、幸せの中にいた。










    八年ぶりの日本は、何もかもが懐かしい。
    アメリカの友人達は、日本の空気は魚の匂いがすると言って大笑いしていたが当然そんなことは
    なく、木と土の匂いを感じた。気のせいと頭では分かっていても、それがよかった。


    「予定は、どうなってるの?」


    「例の件がございますので、一〇日ほど空けてあります。
    ごゆっくり、故郷の空気に馴染んでください」


    五年ほど前からアスカの執事兼ガードの役目を担っている日向マコトは、慇懃に応えた。
    彼は惣流家が支配する巨大企業グループの経営陣が送り込んできた人物で、相当のエリートら
    しいがくだけたところもある、なかなか魅力ある男。知的な眼鏡と短髪が清潔感を醸しだし、アメ
    リカでは、マッチョに飽きた上流の子女に人気があった。それが縁となってか、とあるパーティで
    知り合った白人女性と婚約中の身でもある。


    「じゃ、すぐ屋敷に帰るわ」


    「は?
    それは・・・」


    「何か不都合でもあるわけ?」


    「申し訳ありません、お嬢様。
    お辛い思い出のある本屋敷にすぐ戻られるとは想定外でありましたので、準備の方が・・・」


    「まさか、碇さんもいないの?」


    「いえ、庭師を含む管理者に変りはございません。
    計画の大前提でもありますから」


    「だったら、いいわ。碇さんの家に泊めてもらうから。
    その間に、屋敷の方を何とかして」


    まだ屋敷にいた頃、管理棟の一角にある碇家には何度も泊まったことがあり、シンジの両親とは
    気心が知れている。父のゲンドウはかなり気を遣っていたが、母のユイは自分を普通の少女とし
    て扱ってくれた。優しくて厳しいところもある、理想の母親だと思う。もし状況が許したのなら、アメ
    リカなどに行かず碇の家で暮らしたかったくらい。暫く会ってないけども、あの人なら、変わらぬ笑
    顔で自分を歓迎してくれるはずだ。
    それに、会わなければならない事情もある。


    「ですが、お嬢様。碇氏の都合も考えませんと」


    「大丈夫よ。奥さんのユイさんに頼めば、断らないって。
    だ・か・ら、早く車を回して。
    それと、例の準備も忘れないでね」


    「万事、承知しております、お嬢様。
    この日向めに、お任せ下さい」


    人前なので、あくまで敬語を崩さない日向は懐から携帯を取り出し、手配を始めるのだった。







    気になっていた女性、霧島マナから思いがけなくデートの誘いを受け、二つ返事でOKしたシンジ
    は、そうとうに浮かれた気分で帰宅。玄関ドアを開ける手にも自然と力が入り、いつもより勢いよく
    ドアを開けてしまった。
    そして、靴を脱ごうと下を向いた彼が目にしたのは、赤いパンプス。
    来客、しかも女性とは珍しい。


    「母さんの友達かなあ」


    シンジが女性の客といって思い浮かぶのは、母の友人くらい。父の知り合いという可能性もないで
    はないが、それはないだろう。仕事関係の来客は、管理事務所で応対するのが決まりだし。
    と、奥からドタドタと足音が。
    思わず顔を上げたシンジの目に飛び込んできたのは、目にも眩しい金色の髪。
    そして耳に聞こえるのは、僅かに低くなった懐かしい声。


    「変わんないわね、シンジ」


    「・・・アスカ?」


    軽く微笑むアスカに、シンジは数瞬の間、見とれてしまった。
    それほどに、彼女は美しく成長していた。まさに、お嬢様。
    シンジの口から、反射的に言葉が出る。


    「お帰りになられたんですか?アスカお嬢様」


    今度は、アスカが固まる番。
    次の瞬間、シンジの左頬に衝撃が奔った。
    叩かれたと分かったのは、数分の後。




    女の平手打ちは痛いと、友人の一人、鈴原トウジは言っていた。威力はないが、肌が妙に腫れる
    とか。
    バイト先の女子高生との浮気が彼女にばれた彼は衆人環視の中、思いっきり頬を叩かれ、その
    後に泣かれ、宥めるのに半日を費やしたという。
    トウジは中学以来の幼馴染みと付き合っていて、以前から彼女に頭が上がらないことで有名だっ
    たのだが、その一件で益々頭が上がらなくなってしまったらしい。
    浮気はともかくとして、アスカに叩かれた頬は確かに痛い。
    叩かれた当初は何が何だか分からず、ただボーっとしていたのだが、アスカが靴も履かずに出て
    いったことを母から知らされたときには反射的に体が動いていた。アスカが行く場所といったら、
    大体の見当はつく。自分が覚えているアスカなら・・・だが。


    「やっぱり、ここか」


    推測通りの場所にいてくれた彼女にシンジは感謝し、ホッと一息ついた。抱えてきたパンプスを彼
    女の傍に置いて、返事を待つ。
    二人が無邪気に遊んでいた頃、まだ世の中のことなどよく知らなかった頃に、よく二人で来た場所。
    屋敷の庭の外れからせり上がる丘の麓。その一角に小さな洞がある。昔は倉庫として使われてい
    たらしく、内部は鉄骨やら材木の構造材で補強され、床はコンクリート。電気もまだ生きている。奥
    に行くと枝分かれした部屋が幾つかあるものの、鉄製の扉は錆び付き、子供の力ではビクともしな
    かった覚えがある。
    アスカは、入り口から数メートルほどの所で膝を抱えて座っていた。天井では、今にも消えそうな
    電球が何とか踏ん張っている状態。その様子では、いくらも保たないだろう。


    「覚えてたのね」


    「忘れないよ。父さんに見つかって、よく怒られたじゃないか。
    変な虫見つけて大騒ぎしたこともあるし」


    「じゃあ、何であんなこと言うのよ」


    「あんなことって?」


    「アンタ、アタシのこと、お嬢様って」


    「・・・仕方ないだろ」


    シンジとて、好きで言ったわけではない。
    久しぶりに見たアスカは、すっかり大人の女性になっていて、自分の知るアスカではなかった。
    アメリカで過ごした八年という時間は長い。向こうでは様々な出会いがあり、語り尽くせないほどの
    思い出も出来ただろう。その中には、ボーイフレンドとのデートや愉しい一時もあるはずだ。今更、
    幼い頃の関係を引っ張り出して親しげな口を利くなんて、シンジにはとてもできなかった。
    それに、厳とした現実の問題がある。アスカが二十歳になれば、惣流家を正式に継ぐことになる。
    自分とは完全に違う世界の人間になるのだ。いつまでも子供時代を引きずっていい関係ではない。
    ところが、アスカの方はそれらの問題を全く気にしていない。ただ、シンジが自分を遠ざけている
    と受け取っていた。


    「なんでよ!」


    「あの頃とは違うんだよ。何もかもさ。
    僕達は、もう二十歳なんだ。ただ好きってだけじゃ、通らないこともあるよ」


    「アタシは、何も変わってないわ」


    「アスカは、向こうに付き合ってる人がいるんだろ?
    その人を頼りに生きればいいじゃないか。別に、僕じゃなくたって」


    「そんなやつ、いないわよ。
    誘いは多かったしパーティにもしょっちゅう出たけど、アンタを忘れることなんてなかった。
    約束したじゃない。アンタと結婚するって」


    「・・・覚えてたんだ、あれ」


    「忘れない、忘れるはずがない。
    ずっと、ずっと好きだったのに」


    アスカは、抱えた膝に顔を埋め、嗚咽を漏らした。
    シンジはそんな彼女に近づいてしゃがみ、肩に手を置く。
    目の前で泣くアスカが、資産家の娘などではなく普通の家の娘だったのなら、シンジは迷うことな
    く恥じることもなく、アスカを追っていただろう。それほどに好きだった。いや、正直に心情を吐露す
    れば、今でも好きだ。マナは、アスカを忘れるための手段と言ってもいい。全ては、自分達の置か
    れた状況のせいだ。せめて、アスカに兄妹でもいれば何とかなったかもしれないが。


    「とにかく帰ろう。
    ここじゃ、体に悪い」


    「イヤよ。帰りたきゃ、アンタ一人で帰ればいいじゃない。
    アタシは、ここで寝るからいいわ」


    「アスカ、僕を困らせないでよ」


    「アタシがここで寝たって、アンタは一つも困らないわ」


    「母さんに怒られるよ。
    で、アスカを連れてくるまで帰ってくるなって、家を閉め出されるに違いないんだ。
    それにさ」


    アスカは膝から顔を上げ、言葉を切ったシンジを見上げる。
    見下ろすシンジは、アスカの目から流れる涙を・・・


    「・・・アスカ?」


    アスカの瞳には、涙など一粒もなかった。それどころか充血もなく、泣いた形跡はこれっぽっちも
    ない。
    いわゆる、うそ泣きというやつだ。


    「アタシが、この程度で泣くと思うの?
    アタシは、惣流アスカなのよ!舐めないでほしいわね!」


    「いや、別に舐めるとか」


    「お互いの環境がなによ。
    そんな物は、アタシが惣流家の全てを手にした時点で意味をなくすわ。
    そのために、必死で勉強して大学を二年で卒業したんだから」


    「もう、大学出たの!?」


    苦労して大学に入り、何とか中位の成績を維持しているシンジにしてみれば、二年で卒業するなど
    神業に近い。しかも日本より進んでいると謂われるアメリカの高等教育での話となると、夢の域だ。
    アスカは確かに頭が良かったが、ここまでとは思わなかった。


    「惣流家はグループの資本を抑えてるけど、経営にはタッチしてない。でも経営を任されてる側は、
    全部が全部惣流家を支持してるわけじゃないのよ。中には惣流家の束縛を嫌ってる連中もいるの。
    そういった連中と渡り合うためには、高度な理論武装が必要になってくるわけよ」


    「話は分かるけど、それを実行できるのはアスカくらいだよ」


    「最後まで聞きなさい。これから先が重要なんだから」


    「?」


    「組織のトップには、重要な役割があるわ。人を纏め上げ、組織を効率的に動かす役割。
    人をたらし込む能力とかカリスマがあれば、一番いいんだけど」


    「僕には、縁遠い能力だね」


    「アンタは、何も分かってない。
    アンタは自分でも知らない内に人を取り込んでるのよ。アタシを剛とすれば、アンタは柔の手で人
    を抱き込むの。アタシとアンタが組めば、最強ね」


    「それって、怒り役と宥め役ってやつ?」


    「ま、そんなとこね。
    だから、アンタとの結婚は、惣流家にとっても実に合理的な理由があるってわけよ。
    どう?納得したでしょ?」


    「・・・・」


    こじつけに近い理由付けだが、アスカに言われると納得してしまいそうだ。
    とはいえ、シンジは自分に人を纏める才能があるとは思えない。幼い頃から、人の上に立つリー
    ダー役は苦手だった。自分の傍にはいつもアスカがいて、彼女が先頭に立ち、自分は彼女の補
    佐みたいな感じで・・・


    「なんだ、同じじゃないか」


    シンジは、幼い頃の関係がそのまま今の関係にも当てはまることに気付き、心に一筋の光明が
    差す。
    そしてその光明は瞬く間に広がり、心の闇を覆い尽くしていく。
    周囲からは、強硬に反対されるだろう。惣流家関係者には、金目的と揶揄されるのは確実。いや、
    友人達でさえ怪しい。自分の選んだ友人を信用したいが、人の心は分からない。
    両親は、分かってくれるかもしれない。自分とアスカを昔から知る両親なら。
    絶対多数の反対者と、少数の理解者。
    想いを遂げた満足感と豊かな暮らしの代わりに得る物は、心ない中傷と孤独。
    そして、多忙な日々。
    平穏に生きることが無難だと思うし、自分はそんな人間だと思う。
    けども、アスカが他の男と幸せそうに笑う姿は見たくない。
    至近から見守るのが自分の人生だと考えていたが、美しく成長したアスカをこうして視ると、どう
    にもならない嫉妬と独占欲が突き上げてくる。
    アスカを、自分のものにしたい。


    「納得した!
    結婚しよう、アスカ!」


    「そうこなくちゃ!
    実は、こうなると思って準備しといたの。
    ちょっと待ってね。日向にGoサイン出すから」


    「・・・Goサイン?
    て、あの、何をするわけ?」


    シンジは、懐から携帯を取り出したアスカを一時制止して問いただす。
    何か、嫌な予感がする。


    「決まってるじゃん。結婚式よ。
    取り敢えず関係者だけの式だけど、役所に手を回してあるから、入籍もばっちりよ。
    正式な披露宴は、招待客の都合もあるから、二、三ヶ月先になるわね。
    でも新婚旅行は、明後日から一週間の予定よ。明日一日で準備できるでしょ?」


    「ちょ、ちょっと待ってよ。
    いきなりそんなこと言われても、心の準備が」


    「アンタ、プロポーズしてくれたじゃない。
    あれは、嘘だったの?」


    「嘘なんて・・・」


    シンジは、もちろん本気。嘘や冗談でプロポーズなどしない。
    が、今すぐどうこうではなく、大学を卒業してからの話と受け取っていた。それが常識だろうとも思っ
    たし。


    「いくらなんでも、話が早すぎるよ。
    父さんや母さんだって、こんないきなりじゃ」


    「安心して。ユイおばさまには、根回ししてあるわ。
    ユイおばさまがOKなら、当然、ゲンドウおじさまもOKよね。
    これはもう、決まったことなのよ。アンタは、流れに身を任せるしかないの。
    堪忍しなさい!」


    いつの間にか仁王立ちになり、ビシッと人差し指を突き出すアスカを、シンジは放心したように口を
    ぽかんと開けて視るだけ。
    この時点で、シンジはようやく気付く。
    アスカが家を出た瞬間から、自分は嵌められたのだと。全ては、アスカの掌の上にあったのだ。
    これから向かう式場では、ユイとゲンドウも素知らぬ顔で正装し、自分とアスカを待ち受けているに
    違いない。
    恐ろしい女性を伴侶に選んでしまったものだ。
    しかし、今更どうしようもない。
    自分は、蜘蛛の巣に捕らわれた獲物。逃げる術はない。


    「流石だよ、君は」


    一呼吸して気を取り戻したシンジは、頬を弛めて右手を差し出す。


    「これからよろしく、アスカ」


    アスカは差し出された手を握ることなく、それをはね除け、体をシンジに預けた。
    その体を、シンジの両手が優しく包み込む。


    「大好き」


    抱擁するでもなく、キスするでもなく、ただ少年少女のように抱き合う二人を、八年前と変わらぬ星々
    が見下ろしている。
    そして数十年後・・・
    寿命を全うした二人が仲良く天に召されたときも、同じ場所で、星々は変わらずに二人を見下ろして
    いた。







    でらさんから素敵な短篇をいただきました。

    身分違いの恋‥‥でもアスカには障害にはならないのですね。

    逆に言いくるめてそれを理由にしてしまうとは。まあそれくらい無茶な理屈をたててでもシンジを引っ張って行く方がアスカっぽい気もしますね。

    なかなか素敵なお話でありました。読んで楽しまれたら、でらさんに感想メールで「よかった!」と伝えましょう。

    寄贈インデックスにもどる

    烏賊のホウムにもどる