君と君、僕と僕

筆者:でらさん












西暦 2016年 ネルフ本部・・・


全てが終わり平和になりはしたが、局地的な紛争まで無くなった訳ではない。

人が神に近づくには、まだ悠久の時間が必要のようだ。



そんな訳で、核やN2兵器さえ凌ぐ戦略兵器エヴァンゲリオンは国連の切り札として存在している。

予算の関係で以前より減りはしたが、シンクロテスト等も定期的に行われ非常時への備えもぬかりはない。

今日はそのシンクロテストの日。
それぞれの愛機に搭乗したレイ、アスカ、シンジの三人も、以前より幾分リラックスした様子でテストの開始を
待っている。


「シンジ、今度の休み、買い物に付き合いなさい」


「え〜?何で僕が一緒に行かなくちゃいけないんだよ」


「下僕のアンタがいなかったら、誰が荷物持つのよ!」


「いつから僕がアスカの下僕になったんだよ!」


「オーバーザレインボーで会ったその瞬間からアンタはアタシの下僕なの。
光栄に思いなさい」


「無茶苦茶だよ・・・」


訂正・・・幾分ではなく、かなりリラックスしている。
いつ戦場に出るか分からなかった頃と比べ、緊張感が薄らぐのは仕方のない事かもしれない。

私的な通信をしているにもかかわらず、最近はリツコでさえこんな彼らをあまり注意しない。
辛い戦いを彼らに強いた引け目・・そして、じゃれあう姿を見るのが楽しみの一つになっている事もある。


「アスカ、碇君をいじめちゃダメ」


「レイは黙ってなさい!これはアタシとシンジの問題よ」


「碇君は嫌がってるわ・・・碇君、今度の休みは私とお買い物しましょう。
服、選んでもらいたいの」


「い、いや、綾波・・それはちょっと・・・」


「ほ〜ら見なさい、レイだって断られたじゃない」


「だって・・と言うことは、嫌がられてるのは認めるのね」


「ああ言えばこう言う・・・・・アンタって性格悪いわよ」


「アスカほどじゃないわ」


何ですって〜〜〜!!!


「ふ、二人共やめなよ、みっともないからさ・・」


知り合って一年が過ぎた現在でも、アスカとシンジに目立った進展はない。
レイとシンジの間にも。

優柔不断さと優しすぎる性格が災いし、どっちか一人を選べないシンジである。
アスカとレイが明確に意思表示しても後一歩が踏み込めないのだ。

普通ならこんな男、愛想尽かされるのが落ちなのだが、どこがどう気に入ったのか
二人の超美少女にその気配はない。
それどころか最近益々女の戦いはヒートアップするばかり。
今日のこんな光景も日常茶飯事だ。

こんな騒ぎの時、いつもは頃合いを見て副司令の冬月が止めに入るのだが今日は所用で不在。
更に、パイロット達の上司である葛城 ミサト一佐は今日非番。

止めに入る人間が居ないことで、アスカとレイの舌戦がさらにエスカレートしようとした時・・・
それは起きた。


「ははは、相変わらずだな。あの三人は・・シンジ君も早くどっちか選ばないとな」


「そう言うおまえも、早く身固めろよ。いつまでもギターが恋人じゃないだろ?」


「マコトこそ人の事・・ん?何だこれは」


「どうした、青葉一尉」


「いかん!S機関が動き出してる!三機とも全てだ!」


「何!!」


和やかな空気に包まれていた発令所がとたんに凍り付く。
そして次の瞬間には状況を把握し対応すべく、行動していた。

その間ものの数秒。
しかし、その数秒の時間を取り戻すのは容易ではなかった。


「パワーゲージの上昇が止まりません!」


「緊急停止信号送りなさい!」


「ダメです!コマンド受け付けません!」


「パイロットは!」


「モニター不能!」


「エントリープラグ、強制射出!」


「拒否されました!」


リツコの指示にもかかわらず、三機のS機関は出力を上げ続けている。

エヴァが動いていないのがせめてもの救い。
動いていれば、今頃発令所はがれきの山になっている。


「最悪、エントリープラグを爆破するわ。暗号コード用意して」


「し、しかし・・」


「用意なさい!」


「は、はい」


パイロットが反乱を起こした時や、エヴァが完全にコントロール不能に陥った場合に備えてエントリープラグには
幾重もの安全装置が備え付けられている。
安全装置とはパイロットを停止させるための手段。
つまり、気を失わせるか・・・・・殺すかだ。

リツコの言った爆破はまさに最終手段。
エントリープラグもろともパイロットを爆殺する。
手段が手段なだけに、実際爆破するまで3つのプロセスをこなさなければならないが。

暗号コードの用意はその第一ステップ。


「コード、用意出来ました!」


「コントロールパネルに入力」


「了解、コントロールパネルに入力します」


努めて事務的に事を運ぶ日向 マコト。
でなければ精神的に耐えられそうもない。


「ATフィールドの反応が出たら爆破よ」


「・・・・はい」



緊張の時が過ぎる。

ATフィールドの発生こそないが、目映い光を放つ三機の目がその体内で発生している天文学的なエネルギーを
予感させている。


と、突然・・


「パワーゲージ、下降に向かいます!」


青葉の報告に、リツコ・・そして発令所全体に安堵の色が広がっていく。
最悪の事態は脱したようだ。


「S機関停止、コントロール戻りました」


「エントリープラグのモニター確認・・・・・・・・・・何?これ・・」


「どうしたの?マヤ」


また何か問題かとうんざりしながらマヤに訪ねるリツコだが、マヤの様子がおかしい。
モニターから目を離さない。
信じられないと言った目で、ただモニターを見つめている。


「どうしたっていうのマヤ・・・・・・・・・・え?」


今度はリツコまでが固まってしまった。
リツコの見たモニターの中には、各エントリープラグにそれぞれ二人づつのパイロットが写っていたのである。

零号機改にはレイが二人、弐号機改にはアスカが二人・・・そして初号機にシンジが二人である。
皆、同じプラグスーツを着て気を失っている。

MAGIによる解析でも、皆実在している人間との結果が出ている。
モニターの故障などではない。


「何があったの!?」


その時、緊急の呼び出しを受けたミサトが発令所に姿を現した。
そしてリツコが凝視するモニターに目を移す・・・


「この非常時に何、遊んでるのよ!こんなCGで!」

ミサトには、リツコがCGで遊んでいるように思えた。
まあ、普通の反応だろう。


「これ、合成じゃないわよ」


「・・・・・どういう事よ」


「分からないわ・・とにかく六人をプラグから出して調べないと。
マヤ、整備班に指示を出して」


「はい、整備一班から・・」


「待ちなさい!」


リツコの指示に従おうとしたマヤを制止するミサト。
まずは機密保持が先だ。
ケージに繋がるマイクを手にすると・・


「現時刻をもって総員に箝口令を布告します。
今回のシンクロテストにかかわる全てです!
そのつもりで作業するように!」


マイクを戻すとリツコに一言。


「あわててるのは分かるけど、機密も考えて頂戴。
こんな事が外に漏れたらえらい事よ」


「今回はありがとうと言っておくわ」


「棘のある言い方ね・・」





気を失ったままエントリープラグから出された六人は厳戒態勢の中、医療部の病棟へ運ばれた。
そしてリツコの徹底的な調査が始まった。






医療部 特別病棟 特別室


二床ずつカーテンで仕切られたベッドに横たわるのは、レイ、アスカ、シンジ・・・・・が二人づつ。

彼らから少し離れた場所に、パイプ椅子に座るミサトとリツコ。


「信じられないわね。パイロットが一人づつ増えるなんて」


「私だってそうよ。でも現実は認めないとね。
実際、目の前にいるんだし」


「リツコらしいわ」


「エヴァにかかわってれば、何があってもおかしくないもの。
でも、今回はさすがに驚いたわ」


リツコの言葉につい頷くミサトである。
シンジは一度エヴァと融合しているし、弐号機は使徒そのものを取り込んでいる。
その上、ATフィールドなどという漫画としか思えない能力まで有しているのだ。

確かに何があってもおかしくはない。

と、その時突然大声が・・


アンタ誰よ!


「アタシはアスカよ。惣流 アスカ ラングレー・・アンタこそ誰!


アスカ達が並べられていたベッドの方が騒がしい。
二人とも目を覚ましたようだ。
しかも同時に。


嘘、言いなさい!アスカはアタシよ!


嘘、言ってんのアンタでしょ!


一人でも騒がしいのに、二人揃うと二乗だ。
二倍ではなく、二乗。
相乗効果とでも言おうか、とにかくやかましい。


「わ〜!君、誰だよ!・・ま、まさか、父さんの隠し子じゃ・・」


「君こそ誰さ・・・僕に似てるけど・・そっくりだな」


「落ち着いてる・・・何かくやしいな」


「慌ててどうなるものでもないしね。
まずは現状を冷静に把握することが大事なんだ」


こっちはかなり反応が違う。
どうも増えた方のシンジがかなり出来る人間のようである。
物腰が落ち着いており、体つきも何となく逞しさを感じる。

対して元のシンジは狼狽えるばかり。


「何なんだよ、一体・・・」


「自分の見たくない一面をそのまま現実化したみたいだな・・・アスカには見せられない・・
そうだ!アスカだ!」


いきなり叫ぶとアスカ達の声が聞こえる方へとダッシュするシンジ。
身のこなしも素早い。
唖然とするこっちのシンジ。


シンジの向かった先では、変わらずアスカ同士が言い合いを続けていた。
こちらもよくよく見ると体型に若干の違いが見られるようだ。
片方がより成人女性に近いというか・・色気のようなものが感じられる。


「だから、アタシが本物!」


「だから、それはそっちの台詞!」


その不毛な言い合いを終わらせたのは、駆け込んで来たシンジ。


「アスカ!」


びくっと体を震わせて振り向く二人のアスカ。

一人は嬉しいような照れるような何とも言えない表情。

もう一人は満面の笑顔を称えてシンジに駆け寄る。

そして・・


「シンジ!」


堅く抱き合い、すぐに熱いキスを交わす二人・・・

それを呆然とした顔で眺めるしかないアスカ・・


「な、な、こいつら何なのよ・・・・・ちょっと、羨ましいけど」


そこへ、騒ぎを止めようと駆けつけたリツコとミサト。
彼女らも絶句する。


「あんた達・・・う、巧いわね」


「ふっ、若いわ」


意味不明である。

そして更に・・


きゃ〜〜〜!!あなた誰〜〜〜!!


「あなたこそ誰なの?」


わったしはレイちゃんで〜〜〜す


「レイは私・・・・・・・」


え〜〜〜?うっそだも〜ん。レイは私だも〜ん


「・・・・・・・・・死んでしまえばいいのに」


「大丈夫?」


こっちの方が深刻かもしれない。







30分後・・・


目覚めた彼らを落ち着けさせ、とりあえずリツコの執務室に移した。
今のところ、そこが一番機密性が高い部屋だからだ。

身体的な検査は終えたものの、増えたチルドレン達の正体は判明していない。
全く同じ個体では無いため、単に増殖したのではないことだけは分かったが。

その為、彼らから直接事情を聞くことにした。

六人が座る前に、並んで座るリツコとミサト。
少し顔が引きつっている。
前に座るアスカとシンジも・・・
(※注 便宜上、元の三人を普通文字で・・増殖した三人を太文字で現します)

レイも心なしか機嫌が悪そうだ。
レイの方は普通にしている。

原因はアスカシンジの二人。
並んで座っているのはいいのだが、体をぴたりと寄せてお互いの手を腰に回し離れようとしない。
先ほどのキスシーンで多少嫌な予感はしていたミサトだが、ここまでとは思わなかった。


「ね、ねえ・・二人の仲が良いのは分かったから、話の間くらい離れたら?」


「気にしないで・・話はちゃんと聞くから」


「そ、そう・・・はは、ま、まいっわね。ははははは・・」


聞く耳のないアスカの反応にミサトも苦笑いするしかない。
シンジも当然と言った顔で何も言わない。


「やっぱりアタシじゃないわよ、この女。
色ぼけじゃない」


「ホントは羨ましいんじゃないの?シンジといちゃつくアタシが」


「な・・・」


「ふん、図星ね」


「やめなさい!」


アスカの顔がしゃれにならないくらい怒りに染まるのを見て、ミサトが止めに入る。
いざとなればシンジが止めに入るのだろうが、シンジではアスカを止めるのは実力的に無理だ。


「・・・分かったわよ」


ここに至ってもシンジは落ち着いている。
アスカを諫めようともしない。
よほど彼女を信頼しているのか、ただ傍観しているだけなのか・・・
いずれにせよ、その落ち着きぶりは並の胆力ではない。

アスカが引いたのを確認してリツコが話を始めた。


「体の検査で誰が誰かは判別付いたわ。
抱き合ってるアスカシンジ君・・そして性格がハイなレイが増殖した方ね」


「増殖って失礼ね・・」


「平行宇宙なんて、信じろと言うの?」


「現にアタシ達がいるでしょ?」


「エヴァのイメージで生み出された可能性もあるのよ」


「はっ、馬鹿らしい・・アタシのここまでの記憶が全て作られた物だっての?
じゃあ聞くけど、今この瞬間、この現実がエヴァの夢の中でないと言える?
この世界こそが夢でないと言い切れるの?」


「ここは現実よ、疑いのない・・」


「誰が証明してくれるのよ。
神様?はは、それは無理ね。もう神なんていないもの」


「二人とも落ち着いて。
リツコもムキにならないで・・それより検査結果の詳細、教えてくれない?」


ほっておくと哲学論争に発展し、一晩中でも続きそうなのでミサトが中に入った。
さっきからこればかりだ。

シンジは話に付いていけずあくびを連発しているし、アスカは口を出したそうだが我慢していると
いった所。
レイも眠そうだ。
レイは・・・いつも通り。無表情で椅子に座っている。


「じゃ、事実だけ言うわね。
詳しく調べた結果、それぞれの個体に興味深い差異が見られたわ」


アスカ、レイ、シンジの注意が集まる。


「まず一番違いがあったのはシンジ君ね。
骨格を始めとして、筋力、身長、体重、全てにおいて・・え〜・・・」


「増殖でいいわよ」


「そう、増殖したシンジ君の方が発達しています。
相当の訓練を積んだようね」


アスカが一応の妥協を見せたようだ。
リツコが話やすいように合いの手を入れた。

シンジは驚きの表情・・・

しかし、シンジは、


「ありがとうございます。でも、当然の事をしたまでです。
人類の命運を背負って戦った訳ですし。
それに、アスカを守りたいって・・そう思ったから・・・」


恥ずかしげもなく惚気た。
彼にくっつくアスカは、とろけそうな顔でそんなシンジを見つめている。
リツコも頭が痛くなってきた。


「・・・続けます。
次にアスカだけど、こっちのアスカより女性に近いわね。
はっきり言うと、すでに女になってるわ」


「ど、どういう事よ!」


言葉の意味を最大限に受け取ったアスカが過敏な反応を示す。
シンジは何も気づいていない。
レイとレイは・・・反応なし。


「体内から精液も検出されたし、ピルの反応もあったわ。
つまり、そういう事よ。
ちなみに精液はシンジ君の物だったから安心して」


「!!!!」


アスカは驚きのあまり、声も出ない。

ミサトはその割に驚かない。
女の感とでも言おうか、アスカの体つきやシンジとの接し方で大体の想像はついていた。


「次はレイだけど、こっちのレイより体が大分発達してるわね。
スリーサイズなんて問題にならないわ」


「あったりまえじゃ〜ん。何でも食べるし、運動だっていっぱいしてるんだから!」


「そ、そうなの・・・元気なのね」


レイとのギャップにまだ慣れていないリツコは、レイが苦手のようだ。
しかし、好奇心と科学者としてのプライドが彼女を仕事に戻す。


「それでは、これからあなた達に本格的な尋問を始めます。
真面目に答えて頂戴。
まず最初は・・・・・」






リツコの尋問はこの後数時間にも及び、付き合ったミサトもほとほと疲れた。
だが、事情を聞いた事でかなりの収穫はあった。

まず時間軸は完全に一致している事。
そして、ある時期までは同一の歴史を歩んでいた事。
具体的に言うならば、第12使徒に初号機が飲み込まれ自力で脱出した後から歴史は変わっている。
その直後からアスカシンジはつきあい始め、レイも徐々にではあるが人間らしくなったとの事だ。

で、出た結論が・・・


「仮定としては、平行宇宙からの時空移動・・そして、エヴァのイメージによって生み出された可能性。
この二つが考えられるわ」


との事だが、リツコはまだ納得のいかない様子。
そこでミサトは、しばらく時間を置くよう提案した。
長時間拘束されている六人にも不満がたまっているようだし。


「後は明日にしない?リツコ」


「いいけど・・増えた三人、どこに泊まらせるの?」


「本部内しかないじゃない。
外に連れ出せないし・・・第一、私の所は部屋無いわよ」


「それもそうね。じゃあ、どこかの仮眠室でも・・」


「ちょっと待って下さい」


大人二人の意見が決まろうとしたとき、シンジが初めて口を出した。
まっすぐにミサトを見つめて話す姿は、大人の女でもぐらつきそうなほどに凛々しく見える。


「な、何なの?シンジ君」


「僕はお断りします。
ここに泊まるって事は、盗聴器やら監視カメラだらけでプライバシーの欠片もなさそうなので」


「そういえば、そうよね。アタシも拒否するわ。
レイもそうでしょ?」


「私はゆっくり寝られれば、どこでもいいわよ」


「裏切り者!」


レイは一人暮らししているレイと一緒でいいだろうが、アスカシンジは困る。
雰囲気からしてミサトの家に押し掛けるつもりらしいが、部屋がないのはどうしようもない。


「どこに泊まるつもり?私の所は余分な部屋なんて無いのよ」


「ミサトさんの家にお邪魔しますよ。寝るところなんてリビングで十分です。
多少不自由ですが、監視カメラで覗かれるよりましですよ」


「そう、そう。それで決まり・・よね?」


ユニゾンで強引に押し切ろうとする二人にミサトも、アスカとシンジもろくな反論が出来ない。
アスカシンジについては話が決まった。

後はレイだが・・・


「ねえ、あなたのところに余分な部屋あるの?」


「無いわ」


「ベッドくらいあるでしょ?」


「ベッド・・・・寝る場所・・あるわ」


「なら、あなたのところに泊まるわ。
何となく安心できそうだし」


「好きにすれば・・・」


こっちも決まったようだ。
少し、問題はありそうだが・・・






泊まらせてもらうお礼に夕食は任せて欲しいと言うアスカシンジ
その彼らの要望もあって、帰りがけに行きつけのスーパーに寄ったのだが・・・


「ねえ、これなんかどう?シンジ


「うん、いいね。いい味が出そうだよ」


手慣れた様子で買い物するアスカと自然に寄り添うシンジの姿に、ため息を連発するミサトだった。
どこから見ても、落ち着いた仲むつまじい恋人同士。
それに比べて・・・


「ちょっと、何でそれ返しちゃうのよ!アタシのお気に入りなのに!」


「このお菓子はカロリー高いから太るんだよ。
アスカ、体重増えるとぼくのせいにするじゃないか」


「まあ〜!
アタシが太ってるとでも言うの!?
このスレンダーな体のどこが太ってるって言うのよ!」


「人の話を聞けよ!誰も太ってるなんて言ってないだろ!」


「何よ!アタシに逆らう気!?アンタはアタシの言う事聞いてればいいの!」


「何だよ、それ・・・」




「もう少し何とかなんないの、こっちの二人は・・・」


こっちはこれで恋人同士の痴話喧嘩に見えない事もないのだが、向こうの二人の姿を見た後では
とても比べる事など出来ない。
大人と子供だ。


家に着いてからも予想外の事態は続いた。

料理はほとんどアスカが作ったのだ。
シンジは野菜を切ったり、盛りつけを手伝っただけ。

料理の味も文句なし。
日頃は口だけは出すアスカとミサトも黙々とただ、食べている。
シンジはというと、シンジと談笑しながら食事を続けるアスカにちらちら視線を向けていた。

それを見つけたアスカの顔が強ばる。


「ちょっと、アンタ!違う、シンジじゃなくてもう一人のアタシよ!」


「アタシ?」


「そうよ、ご飯が終わったら話があるの二人っきりで。
聞きたい事がいっぱいあるんだから」


「え〜〜〜?後かたづけしたら、シンジとゆっくりしようと思ってたのに」


「いつもいちゃついてるんだから、たまには離れなさいよ。
話くらい、いいでしょ?」


「分かったわよ、もう・・・シンジごめんね〜、今夜ゆっくりできないみたい」


空気までとろけそうな甘っとろしい声でシンジに甘えるアスカ
ミサトはもはや相手にしていない。
シンジは呆然とした顔。
アスカは・・・口あんぐり状態。


「いいよ、僕もこっちのシンジと話をしたいと思ってたんだ。
こっちのアスカとじっくり話といで」


落ち着いた口調。

自信に満ちた顔の表情・・態度。

服の上からでもはっきり分かる鍛えられた肉体。

もし、シンジがこうだったらと密かに抱いていた願望が、現実にアスカの目の前にあった。
いけないと思いつつ、ついシンジと比べてしまう。


そんなアスカの複雑な心境を見抜いているかのような笑みを浮かべたアスカが、後片付けに入る。


「あっ、僕も手伝うよ」


それを見たシンジが立ち上がろうとするが、シンジにやんわりと制止された。


「君は動かなくていいんだよ。手伝いは僕がするから、お茶でも飲んでて」


残念そうに座り直すシンジ。
何気なく台所に立つ二人に・・・アスカに目がいく。

シンジにとってもアスカは理想の姿だった。

漠然と抱いていた思い。

アスカがもっと優しかったら・・・

料理が出来たら・・・

それが現実として目の前にある。


彼はシンジが羨ましく、妬ましかった。




所変わって、ネルフ女子寮・・綾波宅


レイの部屋に入ったレイはひとまず安心した。
華やかではないが、それなりに人間らしい部屋になっている。

昔の自分のような性格なので、部屋も昔のように殺風景なままだと思っていたのだ。


「まともじゃない。これ、あなたがコーディネイトしたの?」


「こーでねいと?」


「・・・・・いいわ、今のは忘れて。
とにかく、ご飯にしましょ。私が作るわ。
台所はこっちね」


「・・・・うん」


あまり食器とかが見あたらない台所に入り、不必要に巨大な冷蔵庫を開けたレイだが・・・


「何もない・・・・・
あんた、いつも食事はどうしてるの!」


「ネルフ・・・家ではあれ」


どうやらほとんどネルフの食堂で済ませているらしい。
あれ・・と指さされた所には、段ボールにぎっしりと詰められたカップラーメンが。
箱には、


”ニンニクラーメン”


と、でかでか書かれている。


「よく、栄養失調にならないわね。
リツコさんが栄養剤とか飲ませてるのね・・・・・・」


冷蔵庫の前で頭を抱え、落ち込んでしまったレイ
自分の姿をした人間が落ち込んだ様子を見て、レイも気になったようだ。


「どうしたの?」


しかし、立ち直りの早いレイはすぐに気を取り直すと・・


「コンビニに買い物に行ってくるわ。カード貸して」


ネルフから支給されている買い物用のカードを差し出すレイ。
使用限度額不明、請求書の行き先も不明という怪しいカード。
一説によると、とある髭親父が個人的に与えているものらしい。

カードの出所など興味のないレイは、適当に服を整えると一言のこして買い物に出ていった。


「おとなしく待ってるのよ。お腹減ったからって、カップラーメン食べちゃダメよ。
いいわね?」


「命令ならそうするわ」


「・・・・・」





その後、色々騒ぎがあったのだが、日付が変わる頃には二人とも仲良く同じベッドで就寝となっている。
できの悪い妹を持ったような気分になってきたレイだった。







葛城邸・・・


アスカと話をする前にシンジと二人にさせろと要求したアスカは今、風呂場の脱衣場にいる。
シンジも一緒だ。

ミサトはすでに自分の部屋で夢の中。
本来なら、今日は夜勤明けで一日寝ている筈だったのだ。

リビングではなくこの場所を選んだアスカに何か含む物があると理解したシンジは、彼女の言葉を待つ。
二人とも風呂はまだなので、借り物の普段着のまま。
                                             

「いつまでも、ここにはいられないと思うわ」


真剣な顔で切り出された話。
冗談の入る余地はない。


「どうして?」


「アタシ達がこの世界にずれこんだのは偶然の産物だと思うの。
たまたま時空にできた歪みにエヴァの超エネルギーが干渉した結果・・・
だから、歪みが元に戻ればアタシ達も元の世界に引きずられる筈よ。
因果律とかの関係で」


「僕にはよく分からない事だけど、時間がないんだね?
なら、こっちのシンジにハッパかけなきゃ。
アスカを早く物にしろって」


「ふふ、アタシもこっちのアスカに言っておくわ。」


風呂場から漏れてくる湿気とぬくもりが二人を刺激したのか、異世界に飛び込んだ興奮でもあったのか
どちらともなく体を寄せ合い、手が唇が互いを求め合う。


「ここで一回・・・・いいだろ?」


「一回でいいの?」


「ここではね」


「帰ってからのお楽しみって訳ね」




待ち続けるまだ初な少年と少女を余所に、熱い時間は過ぎていく。




アスカの部屋


風呂上がりの上気した肌をアスカから借りたパジャマに包み部屋に入ったアスカは、
特に座る所もないのでベッドに腰をおろす。

アスカはこの部屋唯一の椅子に座りながらその様子を眺めていた。
気のせいか目が艶っぽく見える。
その目は、ミサトが夜遅く帰った時にしていた目・・・
女の目。


「何?」


「ミサトに似てるわ」


「やめてよ、あんな女と一緒にするなんて」


シンジとしたんでしょ?」


「そういう事か・・・したわよ」


二人で話をしたいと言い出した理由はそれだと考えていたアスカ。
こんなふしだらな女が基本的に自分と同じ人間とは思いたくない。

シンジと結ばれたいとは思うが、それは愛情の確認として。
快楽に溺れるのは嫌だ。


「ホントに同じ人間なのかしら。信じられない」


「アンタにもいずれ分かるわ。それより話って何?」


アスカは相手にしようとしない。
相手は自分だ。どう対応すればいいかぐらい分かる。


シンジの事よ」


「シンジって・・アタシのシンジね。シンジがどうかした?」


「まるで別人ね・・・あんなに格好良くなるんだ。シンジって」


シンジが変わったのは、アタシと付き合うようになってからよ。
ネルフで聞いたでしょ?
学校に行く時間まで削って訓練してたわ。
心もね・・毎日毎日、成長していくのが分かるの。
内罰的なところが無くなって、前向きになって・・・他人と正面からぶつかって。
ホント、あの頃って楽しかった」


幸せを絵に描いたような笑顔で話をする彼女がとても美しい。
自分もあんな顔をしてみたいと思う。

できるだろうか・・・


「アンタはいいわね。こっちは告白さえまだなんだから」


「好きなら、待ってないでこっちから攻めるの。
それともプライドが邪魔する?
ひょっとして、シンジが自分に相応しくないなんて考えてるんじゃないでしょうね」


「そんな事ない!
ただ、もう少ししっかりしてくれたらって思うけど・・」


「それなら尚のこと、早く恋人になって尻叩いてやらなきゃ。
アタシのシンジ見れば分かるでしょうけど、やればできるんだからシンジは」


やれば出来る・・・
確かにそうかもしれない。

それに、待っているだけなんて自分らしくない。
何で自分から告白しようと思わなかったのだろう・・・
やはりおかしなプライドでもあったのか。

言葉に詰まったアスカへ更に・・


「後悔しても遅いのよ。
レイに取られたって知らないんだから」


シンジはアタシの物よ!誰にも渡さないわ!


「そう、その意気。頑張りなさい」


明日・・・シンジに言ってみよう・・
何事もまず動かなければ何にもならないのだから。

アスカの心は決まった。


「話はこれだけ?」


「まだよ。アンタにはまだまだ聞きたいことがあるの」


その後、話は深夜どころか明け方まで続いたらしい。
どんな話だったかは乙女の秘密とのこと・・・


「は、初めてって痛いの?やっぱり・・・」


「脅かすつもりないけど、思いっきり痛かったわ。
アタシが言うんだから間違いないわよ」


「そ、そう・・・・・・」


主にこういう話だったようだ。





シンジの部屋


自分とは違う男の雰囲気を漂わせるシンジを前に、気後れしてしまうシンジ。
話をしようにも何を話していいか分からない。

大体シンジは彼と話したいとは思っていなかった。

おかしな空気の中・・ベッドを背に、床に座るシンジがまず口を開く。
シンジは椅子に座っている。


「君は何でアスカに告白しないんだ?好きなんだろ?アスカが」


「す、好きだけど、そうしたら綾波が・・」


「ははは!自信家なんだな。僕とも思えないよ」


「そ、そ、そんなんじゃないよ!」


「アスカに告白したら綾波が悲しむって考えてるんだろ?
大した自信じゃないか。
上手くやれば二人と付き合えるなんて都合のいいこと考えてないか、君は」


「そんな事無い!」


「的中だな」


そんな馬鹿なこと・・・と思いながらも、もしかしたら上手くいくかもしれない・・
と考えていた事は事実。
シンジの暗黒面とも言える。

アスカは好きだが、レイも自分を慕ってくれているのは分かる。
しかも滅多にいない美形だ。


「自分のこと、よく知った上で行動した方がいい。
君が二人の女の子とよろしくやれるような人間か?
優柔不断で、人に流されやすい・・・しかもパイロットのくせに、ろくな訓練も受けていない。
体なんか、もやしみたいなもんだ。
今のままじゃ、アスカどころか綾波にも見限られるな」


「自分のこと、よくそこまで・・」


自分だから言うんだよ!
いつまで人に頼って生きるつもりだ!
エヴァでは母さんに、ネルフでは父さんやミサトさん、アスカや綾波に!
学校ではトウジやケンスケ!頼ってばかりだろ、お前は!」


見たくなかった、認めたくなかった現実。

シンジが人に頼らないのはここミサトの家だけ。
家事を押しつけられているのではなく、家事に逃げていたのかもしれない。

アスカに関しても、自分から告白しなくてもいずれ彼女から告白してくると
たかを括っていた部分がある。


「僕にどうしろって言うんだ!
僕は君みたいに出来た人間じゃない!」


「人は変われるんだ。
僕だって前からこうだった訳じゃない。君と同じだったんだよ。
だから努力しろよ・・出来ないなんて思わないで。
やれば出来るさ」


努力・・

今までのシンジには無縁の言葉だった。
しても無駄・・・そう考えてやる前から諦めていた。


「努力が万能とは言わない。
でも、やらないで諦めるよりいいじゃないか」


「そうだね・・・努力、してみるよ」


「分かればいいさ。
で早速なんだけど、明日アスカに告白してみないか?」


「え?あ、明日?」


「何だよ。努力するんだろ?
その景気づけさ」


「け、景気づけって・・あのさ・・・」


こちらも話が長引き、寝る間も無かった二人である。





翌朝・・・


ほとんど同時にリビングで顔を合わせたアスカシンジ
お互いの顔からろくに寝ていないのが分かる。


「眠いけど上手くいったわ。シンジの方は?」


「こっちも上手くいったよ。今日、告白させるんだ」


と、突然、視界がぼやけるように霞んでいく。
視界だけではない。
自分の体も、アスカの体も。


「どうしたのよ!アンタ達!」


丁度アスカ達も部屋から出てきた。

彼らから見ても二人の姿が霞んでいく。
錯覚ではない。どんなに目を凝らしても輪郭がぼやけ、透き通っていく。


「帰れるんだね、元の世界に」


「そうね。やっぱり自分の世界がいいわ」


落ち着き払っている二人。
こうなることが分かっていたように。

慌てていたのはこっちの二人。


「ま、待ちなさいよ・・まだ話したい事がいっぱい・・・」


「アタシにはもう無いわ。これからは上手くやるのよ。
シンジと一緒に」


「君も自分を鍛える事を忘れないで。
そして他人を怖がらないで・・僕に出来たんだから、君にだって出来るさ」


「うん、分かったよ」


「じゃあ・・」


「じゃあね」





手をつないで微笑みながら・・・彼ら、アスカシンジは消えた。



「・・・・・帰ったんだね」


「幸せそうだったわ、二人とも」


どちらともなく繋がれる二人の手。

消えたもう一人の自分達のように・・・



「好きだよ、アスカ」


「ずるい!アタシから言おうと思ってたのに」


「今日から僕は変わるんだ。その景気づけだよ」


「景気づけで告白すんの?アンタは・・」





サッシが開け放たれ、清々しい空気に包まれたリビングで見つめ合う二人に
神が祝福するように朝日が降り注ぐ・・・

眩しい光の中で合わされる唇と唇。


「返事を聞きたいんだけどね」


「決まってるでしょ・・・・・大好き!







おまけ


ネルフ女子寮 綾波宅


「こら!いい加減起きなさい!朝よ、朝!」


「・・・・・・・・・碇君?


「っとにもう・・今日から私が責任持って体質改善するからね!
覚悟なさい!」


「覚悟・・・ご飯・・・・・お腹減った」


「ふふふふふふふ、ここまで私をコケにするとはいい度胸ね。
いいわよ、食べさせてあげる。朝から焼き肉食べ放題よ〜〜〜〜〜!!!


なぜか、時空の歪みから取り残されてしまったレイである。
一人だけ、帰れなかったようだ。


「肉・・いや、嫌い・・・・・嫌い・・あなた嫌い」


ほんっとに、むかつくわ〜〜〜!!!



 でらさんからパラレルシンジ&アスカものをいただきました。

 なんというか‥‥本編なシンジとアスカがみすぼらしかったり性格悪く見えたりしてしまいますね(^^;;

 そう思うのは怪作だけでなかったようで‥‥いや何はともあれLASに導かれていったようでなかなか良かったです。

 それにしてもパラレルレイ、戻れなくてこれからどうするのか‥‥本編レイの教育係?いやはや(笑)

 なかなか素敵なお話でした。みなさんには是非でらさんに感想をお願いします。

寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる