香り


作者:でらさん

















西暦2015年 第三新東京市・・


この日、人類の救世主という大役の一翼を担うサードチルドレン鈴原トウジは、自分の望まない状況が成立しつつある事実に、
焦燥の色を隠せなかった。
友人の一人である碇シンジが、四番目の適格者としてトウジの前に現れたからである。

シンジが親しい友人であるのは確かだし、その彼と共に戦う事になったのは嬉しいとも思う。先輩として、色々サポートしてやり
たいところ。
しかし、トウジにとって重大な問題が別にある。
セカンドチルドレンの惣流 アスカ ラングレー・・彼女との関係だ。

同僚の彼女とは付き合っているわけではないし、いい雰囲気であるわけでもない。むしろ、その逆。
口喧嘩が絶えず、訓練や作戦中でも罵り合うことが珍しくない。
ところがトウジは密かにアスカへ想いを寄せており、近いうちに告白しようと考えていた。
気が強く、それでいて時折見せる優しさは、トウジの理想。加えて、誰もがふり返る容姿も最高。絶対、彼女にしたい。

親しくなるチャンスは、何度かあった。
まずは、アスカが来日直後の作戦でユニゾンの特訓をしたとき。
上司であるミサトの家で、アスカと一週間合宿生活をして、二人の意気を合わせる特訓をした。
その時はアスカの素顔を垣間見て、彼女との間が少し近づいたような感じがしたものだ。
しかし、作戦が無事終わると合宿も終わり、トウジは自宅に帰っていつもの生活に戻っただけ。アスカとの間には、何の進展もな
かった。

次は、その後に浅間山の火口で行われた作戦の時。
使徒のサナギを捕獲すべく特殊装備で火口にダイブした彼女は、覚醒した使徒を殲滅するも特殊装備を破壊され、マグマの中に
機体諸共沈んでいった。
トウジはそんな彼女を救うべく、強烈な痛みを伴うフィードバックを物ともせず初号機で火口に飛び込み、弐号機を引き上げた。
その時は、お礼に彼女から頬へキスのプレゼントを貰い、内心舞い上がったものだ。
だが、それだけ・・その後アスカは、何事もなかったかのようにトウジと接している。
その代わりと言っては何だが彼女はクラスメートのシンジを何かと構い、一部からは、シンジに気があるとさえ噂されていた。
ネルフの司令を父に持つシンジは、使徒戦が始まる直前に転校してきた少年。一見すると軟弱な感じで普段も穏やかだが、芯は
強くて、言うことははっきり言う。
そんな所にトウジは好感を感じ、ケンスケ共々、友人として付き合っていた。

とはいえ、恋路と友情は別。
アスカに接近する男は、誰であろうと面白くない存在だ。




「センセがフォースとはビックリやが、これから同僚や・・うまくやろうやないかい」


今日は、新しく選出された適格者のお披露目。
発令所の一角に適格者達三人が整然と並び、対面にミサトとシンジが直立している。

トウジは、ミサトに紹介されて挨拶したシンジに右手を差し出し、軽い笑顔を交えて挨拶を返した。
差し出された手を掴み握手したシンジは、はにかんだような笑顔を浮かべた。
シンジの前にいるアスカとトウジはクラスメートとして知った人間だし、ファーストチルドレンの綾波レイとは親類で、昔から知っている。
畏まった挨拶など、照れくさい。


「同僚なんて・・
何も出来ない素人の僕が役に経つとは思えないよ。一生懸命やるけどさ」


「アンタは、アタシが付きっきりで特訓してやるわ。
天才のアタシが指導すれば、す〜ぐ上達するんだから」


「アスカの指導?
碇君、断った方がいいわ。殺されるわよ」


ホントの親切心か、からかっているのかは分からないが、アスカがシンジに特訓の申し出。
が、レイが横やりを入れる・・それも真顔で。
美形だが、超の付く真面目な優等生で知られるレイの言葉には、真実味がある。
それにしても、殺されるというのは・・・


「・・・そ、そんな、オーバーな」


「何が言いたいのよ!レイ!」


「私は、事実を言っただけ」


「綾波、そりゃ、言い過ぎやで。
まあ、怪我の一つや二つくらい、覚悟しといた方がええとは思うんやが・・」


レイどころかトウジまでもが、アスカの指導を危険視している。
学校でのアスカは、口は乱暴だが実際に手を出した事はほとんどない。シンジも、アスカは皆が言うほど乱暴な少女ではないと
考えていた。
幼少時から厳しい訓練を受けており、喧嘩では負け知らずのトウジさえ訓練で軽くあしらわれると聞いた事もあるのだが、話が誇
張されているのだろうと解釈していたのだ。
シンジは、自分の認識が甘かったと、この時点で気づいた。


「ったく、どいつもこいつも・・
こうなったら、アタシが優秀な教官であることを証明してやるわ。
さ、碇君、行くわよ」


「え?ど、どこへ?」


「トレーニングルームよ!決まってんでしょ!」


「で、でも、僕はこれから葛城さんと挨拶回りで」


憤りを抑えきれないらしいアスカは、いきなりシンジの手を取り、出入り口へ向かおうとする。
しかしシンジは、その場を動かない。
当然だ。この後、ミサトと一緒に各部署へ挨拶回りし、ネルフ内を案内してもらう予定があるのだから。


「挨拶なんか、後でいいわよ!そうよね!?ミサト!」


「ん〜・・・ま、いっか」


数秒考えたミサトだが、何を思ったのか、アスカの我が儘を受け入れた。

ミサトにしては珍しい。普段はおちゃらけているミサトでも、仕事となると人が変わったような厳しさを見せるミサトが・・
トウジは一瞬、ミサトに非難の視線を向ける。
それは本当の一瞬で、気づいた者は誰もいないだろう。


「ミサトの許可が出たわ。さあ、行くわよ!」


「ちょ、ちょっと、惣流さん!」


アスカに手を引かれるシンジを、トウジは複雑な視線で見送る。
そんなトウジを、ミサトとレイが含みのある顔で盗み見ていた。






一ヶ月後・・


入念な準備と訓練の後に松代で行われた参号機の起動試験も無事終わり、シンジは晴れてフォースチルドレンとして正式に登録
・・実戦に備えるべく、本格的な軍事訓練がスケジュールに組み込まれた。
といってもアスカの個人的なレッスンが一ヶ月前から始まっており、実質的にそれほどの変化はない。
教官がアスカからネルフの職員に変わっただけとも言える。
初回としては驚異的なシンクロ率を叩き出したシンジにはネルフから多大な期待が寄せられ、学校は当分の間休学となり、戦闘ス
キルの早急な向上がシンジに与えられた責務となったのである。

その状況は、トウジにとって実に喜ばしい。
アスカとシンジの接点は減るし、その分、自分とアスカの接点は増える。
今のように、レイを交えてネルフへの道を共に歩くことも出来るというものだ。


「毎日、朝から晩まで訓練漬け・・・大丈夫なんやろか?シンジのやつ。
普段のあいつは、喧嘩もようせえへん、気の弱い男やから」


トウジは、シンジへの嘲笑半分、友人としての気遣い半分で先を歩くアスカに並び、話しかけた。
ろくに運動もしていなかったシンジが厳しい訓練についていけるのかと心配しているのは事実だが、そんなシンジをアスカが見限っ
てくれればいいと考えるのも、またトウジの本心。
どちらかと言えば、後者の方が割合としては大きい。


「平気よ。アイツって、根性あるのよ。
アタシが教えてた時だって、絶対弱音吐かなかったもん」


「ほう・・
惣流が人を褒めるんは、珍しいやないかい。
ワイには、罵詈雑言の嵐やけどな」


「アンタと馴れ合うつもりはないし、アンタだってそうでしょ?
でもシンジは違うわ。何て言うか・・・」


「惚れたんか?」


「あはははは!それは、どうかしら。
アンタも少し目を広げれば、良い事あるかもよ」


”冗談じゃない!”
こんな応えを期待していたトウジには、意外と言うよりショックだった。
アスカが、何故シンジのような軟弱に興味を持つのか、トウジには分からない。アスカの言葉の意味も又、掴みかねる。目を広げ
ろと言われても、アスカ以上の女の子など、どこにいると言うのだろう。
敢えて上げるとすればレイだが、彼女は好みとは違う。


「どういうことや?それ」


「分かんなきゃ、自分で考えなさい。
幸せって、案外身近に転がってるものなのよね」


「身近・・」


「ちょっと、レイ!今、笑ったでしょ!待ちなさい!」


走って逃げるレイを追い、アスカもトウジの隣から駆け去っていった。
彼女の甘い残り香がトウジの鼻を刺激し、束の間の幸せをトウジは味わう。
それは、一瞬の夢のようにも思えた。





「へ〜、洞木さんは、トウジなんだ。
初めて知ったよ」


街灯が照らす歩道を共に歩きながらアスカは学校での出来事を面白おかしくシンジに話し、シンジは話に相づちを打ったり笑ったり・・
今日は、アスカの親友であるヒカリの思い人について盛り上がっている。

訓練後のネルフからの帰り道、アスカは一番遅いシンジを待って、一緒に帰宅。
アスカの住むミサトのマンションとシンジの住む独身寮は、百メートルほどしか離れていない。
よって、こうして一緒に帰るのが習慣となっていた。

適格者の訓練スケジュールは基本的に四人ともバラバラで、各々の適性と習熟度に合わせて訓練が施されている。合同訓練は、たま
にやる程度。
当然、選出されて間もないシンジが一番最後に終わり、アスカはいつも二時間くらい待つのが普通。
トウジは家に幼い妹がいる関係で、訓練が終わると足早に帰宅。
たまにアスカに声をかけて共に帰ろうと誘ってくる事もあるが、それに応じた事はない。


「クラスの女子の間じゃ、公然の秘密よ。
男子はどうか知らないけど」


「多分・・と言うか、確実にトウジは知らないね」


「・・・でしょうね」


昼間のトウジとの会話を思い出し、アスカは不幸な親友を気の毒に思った。
トウジの自分に対する想いはなんとなく分かるが、彼は友人の一人でしかない。
それに、自分は今、隣を歩く少年に惹かれている。この気持ちは、とても抑えきれるものではない。

初めて彼を見たときから、心の奥底で何かが動き始めていた。
一目惚れなんて生やさしい物ではなく、加持に恋をしていた時期の浮かれた気持ちもない。
ただ、彼を手に入れたいと欲する衝動が突き上げてくる・・そんな、激しい想いだ。


「アンタは、好きな子とかいないの?
そうねえ・・・
レイなんか、怪しいわね。二人で話してるのをよく見るわ」


アスカは、レイをダシにして遠回しにシンジの反応を見てみる。
まだ、彼の気持ちを直接問う勇気はないから。


「言ってなかったっけ?綾波は従妹なんだ。
小さい頃から親戚の集まりで会ってたから、そういう目で見たことはないよ」


「そ、そうだったわね。そういえば、レイから聞いたことあるわ」


「ははははは!
意外と抜けてるところもあるんだね、アスカは」


「ア、アタシだって、間違いくらい」


「そんなところも、好きだよ」


「・・・え?」


「君が好きなんだ。
付き合ってくれないかな」


突然の告白はアスカの時間を止め、次に彼女の涙腺を破壊。
そして、とどめはファーストキス。
それは、アスカの理性を吹き飛ばす程に官能的な行為であった。







急速にスキルを上げていくシンジと、彼に対抗するような形で張り切るトウジの活躍で使徒戦は順調に推移。
上部組織である委員会から、ネルフ職員へ労いとして一時金が支給された程である。
襲来が予想される使徒は後二体だが、この調子なら問題なく聖戦は終了するものと誰もが楽観している。
そんな中、適格者達の人間関係に僅かな陰が見られるようになっていた。
シンジとトウジの間の微妙な感情のもつれが表面化し出したのだ。


ミサト執務室・・


「どうするのよ、ミサト。今日も、格闘訓練で一悶着あったわ。
先に手を出したのは鈴原君だけど、彼が一方的にやられてシンジ君が教官に取り押さえられてる。
鈴原君は顔面打撲の怪我で、暫くエヴァには乗れないわ。
これまで実害がなかったから、あなたのお遊びに付き合ってきたけど、こうなっては別ね。
例の話は無かったことに・・」


「要は・・
アスカと付き合ってるシンジ君を鈴原君が妬んで、訓練を名目に痛めつけようとしたところ返り討ちにあっただけじゃない。
そんなことで賭けをチャラにしようなんて、甘いわよリツコ。
そうよね?レイ」


「約束は約束です、赤木博士。
もし、支払いを拒むのであれば、叔父様に報告します」


「司令に!?
レ、レイ!それだけはやめて!」



リツコは、座っていたパイプ椅子がガタつくほど動揺し、レイに懇願する。
レイの叔父・・即ちシンジの父であるゲンドウはネルフの総司令で、プライベートはともかく、仕事では非情の男として知られる。
不正にも厳罰で対処し、処分された職員の数はハンパではない。ネルフの根幹とも言えるE計画を統括するリツコといえど、容赦
はないだろう。
更にレイの懇願ともなれば、たとえ不正でなくても、良くて減俸・・悪ければ停職くらい、くらいそうだ。
ゲンドウは、亡き妻に似たこの姪っ子をシンジ以上に可愛がっているから。

現在ここにいる三人は、シンジが適格者に選出された数ヶ月前、ある賭けをした。
トウジとシンジ、どちらがアスカを落とせるかという賭けである。
リツコは、それまで何かと接触の多かったトウジが有利と判断。
レイとミサトは、身近でアスカの様子を知っていたせいか、迷わずシンジを推した。
掛け率の関係で、リツコの掛け金は二人の倍・・・が、リツコは負けた。
アスカとシンジは公式に認めたわけではないが、その関係は明白。ミサトは、保安部から、アスカがシンジの部屋に泊まったとの
報告は何度も受けているし。

負けたリツコは、なんとか賭けをチャラにしようと深刻ぶっただけ。
実際、トウジの怪我は大した物ではないし、仮に彼が出撃しなくても他の三機で使徒には充分対処出来る。


「それなりのお給料貰ってる身なんだから、十万くらいで何、焦ってるのよ」


「お給料はマヤが管理してるから、無駄遣いすると怒られるのよ」


「ふ〜ん・・そういうことね」


リツコと彼女の助手を務める伊吹マヤの怪しい関係は前から噂になっていたが、それが事実だったとミサトは納得。しかも同棲状
態のようだ。


「とにかく、お金は払うから、後始末はするのよ。
このままじゃ、鈴原君があまりに哀れだわ」


「それは大丈夫。
明日の朝、鈴原君に現実をよく見てもらうから」


ミサトはニッと笑うと、レイと顔を見合わせ、勝利を祝った。







翌朝・・


トウジは、いつもより三十分ほど早く家を出て、学校ではなくシンジの住む独身寮へ向かっていた。
一歩一歩独身寮へ近づくたび、シンジに殴られた顔がうずくような気がする。


『昨日、シンジ君に新しいIDカード渡すの忘れちゃってさ。
悪いけど、朝一で彼の家まで行って渡してくれる?ついでに仲直りもしなさい。
これは、上司としての命令よ』


徹夜仕事からの帰りだというミサトが朝早く家に訪ねてきたと思ったら、用事の言いつけ。
しかもシンジの家へ行けと言う。
昨日シンジに突っかかった手前、彼とは顔を合わせづらいが、仲直りする機会を与えてくれたミサトの気持ちにも応えなくてはなら
ない。
それに朝早いシンジの家なら、学校と違って余計な恥をかく事もないだろう。ミサトは、そこまで考えてくれたかもしれないのだ。

シンジとアスカが付き合っているのは現実だし、その事実を認められず嫉妬するのはみっともないと自分でも思う。
しかし昨日、シンジと格闘訓練で相対した時、どうしても嫉妬を抑えきれなかった。
抑えようとする理性を本能が凌ぎ、怒りのままにシンジへ本気で殴りかかっていた。
ところが、切れたのはトウジだけではない。予想もしないトウジの一撃を受けたシンジの理性のタガも外れ、凄まじいシンジの攻撃
に、トウジは一方的に殴られるばかり。プロテクターが無ければ、今頃は病院のベッドだろう。


「強うなりおったわ、シンジのやつ。惣流は、見る目があったっちゅうことかいの・・
だが、ワイは負けん。付きおうてる言うも、まだ手を繋ぐとかそんくらいやろ。
結婚してるわけでもないわい」


事ここに至っても、トウジはまだ見果てぬ夢を追っていた。






シンジ宅・・


すっかり甘い匂いが染みついた部屋。
アスカがここに泊まるようになってから、部屋の様子は変わってしまった。
至る所にペアの小物が目に付き、色調も淡いピンク系統が多い。まるで新婚家庭のようだ。
少なくとも、独身寮という名の付く建物の部屋ではない。


「アスカ、そろそろ出ないと、遅刻しちゃうよ」


「分かったわよ。
アレがなきゃ、余裕だったんだけどな〜」


「ぼ、僕だけの責任じゃないだろ?
アスカだって・・」


脱衣所から声をかけたシンジにアスカが意味深な言葉を返すが、更に言葉を返され、アスカは沈黙。
微妙な間が、サッシ一枚で隔てられた二つの空間を覆う。

若い恋人達の例に漏れず、この二人も昨晩は激しい夜を過ごした。
そして、その余韻は朝まで残り、起きてからも数回の行為で時間を浪費している。アスカが現在朝風呂に入っているのも、それが
原因。生々しい匂い付きで登校するわけにはいかない。
シンジは、アスカの前に軽くシャワーを浴びて綺麗になっている。
二人で風呂に入ると、様々な理由で、また時間が無くなってしまうから。


「と、とにかく、出るわ!」


石けんの匂いを振りまく二人が揃って玄関を出たのは、約三十分後のこと。






独身寮の入り口に着いたトウジは、見計らったように建物から出てきたシンジに声をかけようとした・・・
が、トウジの動きはそこで止まる。


「そ、惣流・・」


マンションの玄関から出てきたのは、シンジだけではなかった。
独身寮だというのに周りの目を気にする様子もなく、アスカが堂々と出てくる。
アスカがシンジを迎えに来たと考えることも可能だが、アスカの住むマンションの方が学校に近い事を思えば、泊まったと考える
方が自然だろう。
アスカがシンジの部屋に泊まったとなれば、既に二人は・・・

・・と、アスカがトウジに気づいてシンジ共々近寄ってくる。

二人から匂い立つ、同じ石鹸の香。
それが、トウジに現実を叩き付ける。


「あら、鈴原じゃない」


「よ、よう、お二人さん」


「とんだところを見られちゃったわね。でも、いいわ。
アタシ達、こんな関係なの。言いふらしてもいいわよ」


あっけらかんとするアスカに、トウジは何も言えない。
そのトウジに、シンジが追い打ちをかける。


「こんなわけだから、いい加減、アスカのことは諦めてよトウジ。
トウジを見てる女の子もいるんだからさ」


「シンジ、時間がないわ。行きましょ」


「あ、ああ。
じゃ、トウジ。学校で」


二人が手を繋いで去ってからも、トウジは暫く放心したようにその場を動けない。
出勤のために出てくる職員達が怪訝な目をして彼を見るが、それでもトウジはボーっとしていた。
そして、学校で朝のHRが始まる時間になる頃になって、やっとトウジは我に返る。


「終わりよった・・・ワイの青春」


青春はどうか知らないが、トウジの恋は、見事な敗北で幕を閉じた。






十年後 西暦2025年 第三新東京市・・


「・・・という訳でやな、せつない青春の思い出を形にしたいんや」


「で、この子の名前を”アスカ”にしたいというのね?トウジは」


病院のベッドで生まれて間もない自らの子供を抱え、夫の長話を聞き終えると、ヒカリは夫の言わんとしている事を察して口にした。
夫はどうしても、生まれた娘の名を”アスカ”にしたいらしい。


「その通りや。
分かってくれたんか、ヒカリ!流石は、ワイの嫁はんや!」


「分かるわけないでしょ!この馬鹿亭主!
大体、アスカの旦那さんが知ったら、あんた殺されるわよ!
二人の結婚式前日にあんたが何をしてどういう目にあったか、忘れたようね!?」



「わ、忘れてへんがな。
あれは、若気の至りやがな」


夫が思い焦がれていた女性の名を娘に付けるなど、妻である身で認められるわけがない。
しかも、相手は今でも友達付き合いしているアスカである。
更に言うなら、アスカの夫、シンジが知ったらトウジは本当に殺されかねない。

アスカ達が結婚したのは早くて、高校卒業直後。
その時トウジはヒカリと付き合っていたにも拘わらずアスカのことを振り切っていなかったようで、式の前日、酒を飲んだ勢いでシ
ンジの部屋に押しかけて馬鹿騒ぎ。
大事な式の前日ということで最初は我慢していたシンジも、その内堪忍袋の緒が切れて実力を行使・・トウジは肋数本を折って
病院送りとなってしまった。
騒ぎを知った隣人達が止めに入らなければ、本当に命が危なかったかもしれない。


「ああ、もう・・
何で、こんな馬鹿と結婚したのかしら私。
私こそ、若気の至りだわ」


「あ、あんなあ、ヒカリ・・」


「この子の名前は、私と親達で相談して決めるわ。
いいわね!?」


「せ、せやけど・・」


「私に逆らうの!?」


「い、いえ」




往生際の悪い夫に、ヒカリは子供を抱えて溜息をつく。

病室は、新妻と新生児の発する甘い匂いで満ちている。
トウジは、その香が何よりも好きになっていた。
アスカの残り香の匂いは、もう覚えていない。

でらさんからのいただきものです。

アスカとトウジですか、何か間違っていますよね(笑)
トウジもアスカに狂った挙句破滅するのかと思いましたが、ヒカリに拾われて良かったです(笑)

いいお話でした。是非読後はでらさんに感想メールをお願いします。