魔法の鏡

    アスカとシンジの場合 後編
    作者:でらさん















    見慣れたネルフの施設とは、どこか少し違う。
    それは、ちょっとした違い。
    ドアの仕様だったり、天井の建材だったり、部屋自体の造りだったり。
    決定的なのは、職員の制服。自分がよく知り、身近でもある近未来的なネルフのそれではない。
    病院か何かのような、簡素なもの。しかも指導的立場らしい人間は全て白衣を着ている。まるで
    研究所のようだ。
    アスカは、目を覚ました当初、自分はネルフに収容されたと思っていた。
    が、様々な違和感と目に映る現実が、ここはネルフではないどこかだと教えてくれた。
    自分を世話する人々は色々と気を遣ってくれ、言葉使いも優しい。長い付き合いで、気さくな会話
    を交わすようにもなったネルフ医療部のスタッフ達以上に、自分達を扱ってくれる。何か含む物で
    もあるのかと疑ったくらいだ。
    その疑いは、すぐに晴れた・・・
    というか、混乱と衝撃によってどうでもよくなってしまった。父のクラウスと母のキョウコが面会に訪
    れた、その時点で。
    父のクラウスについては、別に驚きもしない。父との関係は表層的な物で、世間一般の親子関係
    をなぞっているだけ。後妻の継母とても、それは同じ。離れて暮らしていても寂しいと思うことはな
    いし、突然に訪ねてきても歓喜して迎えることもないだろう。作った笑顔と儀礼的な言葉で、その
    場は誤魔化すだけ。事実、最初に姿を現したクラウスについては、その通りに実行した。演技に気
    付いたのか、クラウスの戸惑うような、困ったような顔。それが自分の知るクラウスではないような
    気がしたアスカは、次に現れた女性を見て当惑し、動揺しながらも自分の状況というものを理解し
    た。
    ここは、別の可能性を選択した世界。
    惣流明日香が碇眞二と付き合い、平穏に暮らしている世界。
    その明日香と、精神が入れ替わってしまったらしい。
    なら、ここに母のキョウコがいても不思議ではない。クラウスの様子にも合点がいく。
    ここでの明日香は、家族の愛に恵まれて生きている。クラウスに愛され、杏子にも愛されているの
    だろう。胸のぬくもりから、それが伝わってくるようだ。
    アスカは今、杏子の胸に顔を埋め、涙を流し嗚咽を漏らしている。
    一〇年以上も前、狂気の内に死んだ母。以来、ずっと母を求め続けた。自分を愛してくれる母を。
    それが、目の前にいる。吹いて出る慟哭が、アスカの心を暫く満たす。


    「ママ・・・
    ママ、アタシを捨てないで」


    「大丈夫よ、明日香。
    私は、ここにいるわ」








    何を今更。
    それが、部屋に入るなり、いかにも心配げに声をかけてくる父のゲンドウに対してシンジの抱いた
    感情。今まで聞いたこともない優しい言葉と口調、そして表情。全てが癇に障る。
    上辺はともかく、本当は自分を愛してくれていると周囲の誰もが口にし、父との仲を取り持とうとし
    てきたが、シンジは頑なにそれを拒否してきた。その話が事実だとしても、シンジは父と打ち解け
    ようとは思わない。これまでコミュニケーションを拒否してきたのは、父の方だ。それに、自分の背
    を追うな、早く親離れしろとも言った。そんな男が、こんな時には父親面する。それが許せなかった。


    『猫なで声は、やめてよ父さん。
    気味が悪いよ』


    が、ふと、父の後ろにいる女性に目を移したシンジは、絶句する。
    綾波レイに酷似した顔。
    しかし髪は黒で、より大人っぽい。いや、それ以上の歳に見える。
    記憶の奥底に沈められていた顔。一〇年以上も前にいなくなってしまった母の顔が、そこにあった。
    途端に溢れる涙と激情が、シンジの時間を止める。
    およそ三〇分後、シンジが我に返ったとき、彼は唯の腕の中にいた。
    別の世界の自分と精神が入れ替わったと理解したのは、更にその後。







    「私達への疑いは、もう晴れたかしら?アスカ。
    自己紹介では、惣流・アスカ・ラングレーだったわね」


    会ったことはない。
    が、なぜか馴染み深い雰囲気を持つ女は、にこやかに話しかけてくる。赤木尚子と名乗ったその
    女は、後ろにリツコとよく似た若い女も引き連れていた。
    赤木津子と名乗った女の顔は、リツコと全く同じであるのだが、アスカ達の知るリツコは化粧が濃
    い上に髪の毛を金色に染めており、科学者というより水商売系の女といった方がしっくりくる。性格
    も、少々きつめ。それ故に、薄化粧で黒髪、しかも優しい物腰のこの女がリツコと同一人物とは考
    えにくい。それとも、これがリツコ本来の姿で、自分の知るリツコは過去に何かあって変わってしま
    ったのだろうか。


    (ママが生きてるくらいだから、こんなリツコもアリか。
    でも、アタシのママだって厳密には死んでないのよね・・・
    ああ、もう、面倒くさい!キリがないわ。考えるの、やめた)
    「何もかも知ってるようですね。
    こっちのアタシ達は、日常まで監視されてるみたい」


    些細なことは無視しようと思考を切り替えたアスカは、向かいに座る尚子へ意識を集中する。
    両親との対面は少々のトラブルを経て一時間ほどで終わり、いくらか落ち着いたアスカはこの部屋
    へ移されていた。もう少し母と話をしたかったアスカではあるが、シンジのことも気がかりであったの
    で指示には素直に従っている。
    そのシンジは、先に移されていた。
    自分と同じ患者用の服を着た彼の顔。それは自分の知るそれとは微妙に違う。それに、目が泣きは
    らしたように赤かった。尚子達が来る前、一〇分ほど二人きりになったので情報交換のついでに理
    由を聞いてみたら、納得。自分と同じに、母と対面したそうだ。シンジの事情は、本人とミサトから大
    体は聞いている。涙を流すのも無理はないと思う。だから、からかう気にはとてもなれなかった。
    自分もシンジも両親は健在で、しかも愛情に溢れた理想的な親達。自分の世界とは、あまりに違う。
    恵まれた世界だ。この世界の自分と眞二が仲睦まじいのも分かる。全ては、環境のせいか。
    尚子は、自分達の世界ではすでに他界している。人格移植OS、生体チップ等々の先進技術を詰め
    込んだMAGIシステムの開発を主導した科学者で、現在のMAGIには彼女の人格が三つに分割され
    て移植されたそうだ。生きていれば、こんな風に会話したのだろうか。そう考えると不思議だ。


    「今回は特別よ。いつも、こんなことしてるわけじゃないわ。ネルフ高官の家族だから、警備くらいはす
    るけど。
    あなた達の世界は、かなり特殊なようね」


    「尋問ですか?
    アタシ達の属するネルフは、特務機関です。身の保全のためにも、やたらと喋るわけにはいきませ
    んが」


    尚子の言葉の中に、こちらを探ろうとする意図を見たアスカは、何か言いかけた隣のシンジを制し、
    厳として言い放った。ここが別の世界であれ、何の警戒も無しに情報を垂れ流すわけにはいかない。
    アスカは、ずっとそういう教育を受けてきた。準軍事組織の教練ともなれば、当然といえる。
    しかし、シンジは違う。一応、本部でもそういった教育はなされているものの、それほど厳しいもので
    はない。本人の自覚に任されているのが現状。そのくらい当然と考えてのことだとは思うが、特務機
    関らしからぬルーズさともいえる。司令の息子というシンジの立場に皆が遠慮しているのかもしれな
    いが。


    「特務機関?ネルフが?」


    「ここには、ないんですか?ネルフが」


    「ちょっと、シンジ」


    アスカは、尚子に反応したシンジの袖を掴んでいさめる。彼に喋らせるのは危険。
    当の本人は、あまり頓着してない様子。何故、注意を受けるのかまるで理解していない。
    それを見て、アスカの焦りを愉しんでいるかのような笑みを浮かべた尚子は、続けた。


    「ネルフ自体はあるわ。ここが、そうよ。
    形態は、国連所属の総合研究所。組織図だと、かなり末端になるわね。
    日本の後押しと事務総長の肝いりがあるから、優遇されてはいるけど」


    「じゃあ、エヴァもないんですか?」


    「シンジ!」


    「なんだよ。
    全く別の世界なんだから、機密とか関係ないだろ」


    「まだ、そこまで言い切れないでしょ!?
    アンタは、ここのことを、全て隅々まで完璧に理解したっていうの!?
    少しは、用心しなさい!」


    「みんな、いい人達ばかりじゃないか。
    疑うのは、悪いよ」


    「アンタってヤツは・・・」


    シンジの、お人好し過ぎるまでの人の良さは分かっているつもりのアスカだったが、ここまでとは思
    わなかった。置かれている状況も忘れ、彼の顔を見て暫く固まってしまう。
    きょとんとこちらを見る彼の顔は、何故そこまで怒るのかと言っている。付き合いは長いし、言葉を
    聞かなくても分かる。これは、そういう顔だ。


    「まあまあ、アスカ。シンジ君を責めないで。
    機密のことだけど、ギブ&テイクといきましょ。私達の方も、色々と事情はあるの。
    お互い、腹を割って話した方が、すっきりするでしょ?」


    「母さ、いえ、赤木博士。
    いくらなんでも、それは」


    これまで口を出さなかった津子が、思わず止めに入った。今の自分達が知る最大の機密と言ったら、
    秘密裏に開発されているエヴァンゲリオン初号機しかない。それは、国連内部でも事務総長他数名
    しか知らない機密中の機密。情報が外部に漏れ、第三者による査察などという自体にでもなれば、
    プロジェクトの中心にいる自分も母も首くらいでは済まない。最悪の場合、平和に対する罪だとかで
    命を失う羽目にもなりかねない。異世界の情報の貴重さは分かるつもりの津子だが、それだけのリ
    スクを負うだけの価値が彼らにあるのかと思うのだ。
    ところが、尚子はぶれない。


    「これは、私の責任です。
    何かあった場合は、私が全ての責を負います。あなたは何も心配しなくていいのよ、津子」


    「・・・はい」


    こうまで言われれば、津子は引き下がるしかない。
    昔からそうだ。母は、言い出したら後へは引かない。まだ学生の身で自分を産む時もそうであったと
    いうし、MAGIの開発に乗り出したときもそうだった。こういう時の母は、何かに取り憑かれたように前
    しか視ない。それが母の短所であり長所であるとリツコは思う。自分には母以上の才があると周囲は
    持ち上げてくれるが、こういうところは絶対に適わない。決して乗り越えられない壁のようなもの。
    今回の件に関して尚子は当初、発光現象による二人の精神的ショックを原因とした混乱と見ていた。
    それが、この尋問で変化しそう、いや、既に変化している。最初から精神の入れ替わりと主張した津
    子以上に二人に入れ込んでいるように見える。どちらの説が正しいか賭をしたが、この賭は勝ちの
    ようだ。負けず嫌いでもある尚子は、ギリギリまで負けを認めないであろうが。
    それを認めさせるためにも、この尋問の後すぐに現在調査中の碇宅へ尚子を連れて行こうと思う。
    向こうへ転位した明日香が、何もせずに手をこまねいているとは思えない。聡明な彼女は、なんとか
    こちらへ戻ろうと考えるだろう。と、すれば、異常現象の源であるあの鏡の前に姿を現すはず。彼女
    自身に語って貰えば、いかに尚子とて納得すると思う。
    津子は、尋問が早く終わるように願う。
    それが尚子の腹一つだということは、分かり切っているから。


    「決まりね。
    じゃ、まず、こっちの都合を説明しましょうか」


    尚子の説明は、一見、何もかもが巧くいっているように思えるこの世界にも問題はあり、歴史は微妙
    なバランスの元に成り立っているのだとアスカに思わせた。
    それをシンジが理解しているのだろうかと隣を窺ったアスカは、彼と目が合ってしまい、瞬時に思考
    を停止した。








    S2機関、エヴァンゲリオン初号機、国連による軍の一元管理、等々。
    その幾つかは自分達の世界においてすでに機密ではなく、別世界で軍の一元管理が実現している
    と知った尚子達は、驚きを隠さなかった。もっとも、セカンドインパクトの起きなかったこの世界には
    各国に強大な軍事力が健在で経済活動も活発。全てが混乱の極みにあった最中に緊急避難的な
    措置で実現した条約が、この世界においても実現するかは疑問だ。いかに強力とはいえ、エヴァ一
    機で各国を沈黙させられるとは思えない。
    アスカの疑問はともかく、互いの情報交換は得た物が多かった。尚子達はエヴァや世界観の違いに
    目を輝かし、ゼーレの首領、キール・ローレンツについて詳細を知りたがった。
    アスカは自分の知る限りそれに応え、代わりにこの世界の自分達について根ほり葉ほり聞いた。
    結果、かなりのことが分かっている。
    惣流夫妻と碇夫妻、そして尚子は学生時代からの知己で親しい仲。
    家が隣同士のせいもあって明日香と眞二は生まれたときからずっと一緒に育ち、一三、四歳の頃に
    正式な付き合いを開始。現在は実質的に夫婦のような生活で両親達も公認しており、結婚は時間の
    問題とのこと。
    明日香の挑発的言動から、話のかなりの部分が誇張されていると考えていたアスカは、誇張無しに
    進んでいる現実に言葉を失った。
    結婚まで視野に入れている別世界の明日香と眞二。
    それに対し、未だ付き合ってもいない自分達。あまりに差が大きすぎる。
    だが、それが自分だけの責任とも思わない。目の前にいるこの男にも、責任はあるのだ。話を終え、
    再び二人きりになったというのに、優しい言葉一つかけてくれないこの男にも。


    「こっちにも、エヴァはあったんだ。
    僕達のエヴァとは、だいぶ事情が違うけど」


    こんな状況でも、シンジはアスカとの距離を必要以上にとって近づこうとしない。
    今更、シンジにキスまで求めない。三年に渡って迫ってこようともしない男に期待する気はない。
    が、気を遣って優しくしてくれるのではないかとは期待していた。それくらい、いいだろうとも。
    それが素振りすらないことで、アスカの気は幾分ささくれだっていた。それが口調に出る。シンジの、
    のほほんとした言い方も気に入らないし。


    「似たようなもんよ。
    アタシ達のエヴァだって、今は世界に睨みを利かす為に存在してるわ。ゼーレの手足だったネルフ
    が未だ在るのも、エヴァのおかげよ。エヴァがなかったら、ネルフやアタシ達はどうなってると思う?」


    「ネルフは、ここと同じように研究所とかになって、僕達は普通の人に戻って・・・」


    「つくづく甘いわね、アンタも。
    ゼーレの下部組織だったネルフが、無事で済むはずないでしょ」


    「だって、僕達は何も悪いことはしてない。
    大体、使徒と主に戦ってたのは、僕達じゃないか」


    「そんな理屈が通じるなら、戦争なんかとっくの昔に根絶してるわよ。
    エヴァには、通常兵器どころか核やN2でさえ有効足り得ないことは周知の事実よ。しかも戦術兵器
    でありながら戦略兵器でもあって、環境への負荷もあまりない。こんな便利な兵器を製造できる物騒
    な組織を、研究所にして自由にさせるわけないじゃない。ありとあらゆる全てを根こそぎ奪われた上
    に、用のない人間は消されるわね。エヴァのパイロットは、とりあえず残されるかもしれないけど。
    でも、それも長くないわ。情緒を持った人間に超兵器のパイロット任せるなんて、危険極まりないもの。
    今開発が進められてる操縦システムの完全デジタル化も、アタシ達を楽にしようなんて訳でも人道
    的配慮でもないわ。使えるときに、確実に使えるようにするためよ」


    現実逃避するかのようなシンジの純朴さが、アスカには障害に思える。
    何でもかんでも現実主義で押し通せとまでは言わない。夢を見るのも良いし、希望を持つのも良いだ
    ろう。
    しかし、辛い現実から逃げて自分の満足する理想と妄想で世の中は渡っていけない。今はいいにし
    ても、いずれ行き詰まる。あの戦いでシンジはそれを悟ったと思っていたのだが、甘かったようだ。
    たまに見せる力強さを、常に発揮してもらいたいのだが。


    (アタシも、人のこと言えないか。シンジからのアプローチ待ってるだけだったもんね。
    ちょっと勇気出せばいいだけだったのにさ)


    必要以上のプライドなど、もう自分にはない。
    その筈なのに、心のどこかにシンジを格下に視る下衆な自分がいた。
    それが、自らの告白を邪魔していた偏屈なプライド。
    幼馴染みから恋人へとステップアップした明日香と眞二を、言葉とは裏腹に羨ましいと思ったのは紛
    れもない事実。シンジとそのように知り合っていたら、今頃は・・・


    「偽りは無視して真実を視るのよ、シンジ。
    アタシは、誰?」


    「誰って・・
    アスカだろ?」


    「アタシは、惣流・アスカ・ラングレーよ。
    惣流明日香じゃないわ」


    「それは、分かってるよ。
    だから、なんだよ」


    「こんなのは、不自然てことよ。
    心と体が一緒じゃなきゃ、言いたいことも言えやしない」


    「何が言いたいんだよ、アスカは」


    「アンタに言ってやりたいことがあるから、元に戻りたい・・
    いえ、戻らなきゃいけないのよ!」


    「でもさ、いくら僕達が」


    その時、部屋のドアが突然開き、眼鏡をかけた若い男の職員が失礼を詫びた後に事情説明を始める。
    そして彼の後から、数人の女性職員が荷物を運び込んだ。
    それは、二人の着替え。
    碇宅に詰めている赤木親子からの呼び出しだった。








    よく知る自分の顔が、鏡の中にある。
    しかし、それは自分の顔を映した物ではない。
    自分とよく似た別人。
    同じ遺伝子を持ち、生物学的には同一人物でありながらも別の人間。
    本質たる精神、魂が違う。自分は、あそこに戻らねばならない。
    尚子は言った。あの時のことを再現すれば、元に戻れるかもしれないと。
    詳しく聞くと、向こうの明日香も帰りたがっているとのこと。無理もない。一歩間違えれば世界そのもの
    が消滅していたような危うい世界を、心地良いと思うはずはない。普通の人間なら。
    でも自分は、あそこへ帰りたい。ここは色々な面で居心地の良い世界ではあるが、どこかが合わない。
    この緩さには、いずれ退屈してしまうだろう。ある程度の緊張が自分には必要なのだと、アスカは思う。
    それは、シンジも同じだと思いたい。彼が内に秘めた狂気にも似た獣性は、こんな穏やかな世界に似
    合わない。表面上は純朴でも、本質は猛々しい獣なのだから、シンジは。
    ただ、滅多なことで表面化しないのが玉に瑕。適当に折り合ったのが、向こうの眞二なのかもしれない。


    <今日は、おとなしいわね。
    シンジと、いいことでもあったの?>


    待っていたらしい明日香が、胸の前に腕を組んでこちらを見て言った。首を絞められたというのに、相変
    わらずの自信だ。
    暴力を振るったことに後ろめたさを感じていたアスカは、そんな明日香に少しホッとして、鏡に向かって
    歩を進めながら負けじと言い返す。


    「ええ、あったわよ。
    悪いけど、この体を使って色々と試させてもらったわ。
    かなり使い込んでるようね、あちこち」


    <別にいいわよ。相手はシンジだし。
    それに、アタシもアンタの体使ったから。
    安心して。アンタは、痛い思いしなくて済むようになったわ>


    「お気遣い、ありがと。
    わざわざ痛いことしたがるなんて、アンタがMだったとは知らなかったけど」


    <言うじゃない。筋ばった体のくせして>


    「鍛えてると言って欲しいわね。
    アンタの、ゆるゆるの体よりはマシよ。セックス以外の運動なんてしてないでしょ?アンタ。
    重くて仕方ないわ」


    双方とも、前から気にしていたことをぶつけ合う罵倒合戦。互いに嘘も真実も分かるだけに、ダメー
    ジは五分五分。
    その最中でも二人は一歩一歩、鏡に近づき、両掌を鏡の平面に合わせた。
    そして後ろから、シンジと眞二が手を重ね合う。交錯する八本の腕。
    しかし、何も起きない。
    場をセッティングした尚子と津子他数名のスタッフ達の顔に、やはり駄目かと落胆の表情が浮かん
    だ次の瞬間、再び発生した白い光が部屋全体を覆い尽くしていく。
    光は暖かく、恐怖は微塵もない。
    皆が、素直に光の意志に従う。
    明日香とアスカ、眞二とシンジ。
    そして、尚子と津子も。






    でらさんから連載の続きをいただきました。

    事件はまだまだ進行中ですが、今年2007年はこの話で最後です。

    来年も読ませてもらえるようにぜひでらさんに感想メールを書きましょう。

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