魔法の鏡 

    アスカとシンジの場合  前編

    作者:でらさん















    全てが終わり、それから三年が過ぎようとしていた。
    人の意識を一つにすることによって、この世の諸問題を一気に解決しようとした理想主義者達とその組織、
    ゼーレは消え去り、世界は少しだけ違った形で歴史を刻み続けている。
    人類を滅ぼそうとした最悪の犯罪組織、ゼーレの下部組織として罪を問われる可能性もあったネルフは、
    自らの存亡を賭けた政治闘争に打ち勝ち、国連内に確固とした足場を築いた。法的特権も範囲が縮小さ
    れはしたものの、保持したまま。それのせいか、日本政府との微妙な関係に改善は見られない。
    政治闘争勝利の原動力となったエヴァンゲリオンは、初号機と弐号機の二機が実働体勢にある。
    人を介した操縦システムにも変更はなく、コンピューターによる完全自動化の研究開発が進められているも
    のの技術的困難さから開発は難航しており、一〇年以内になんとかなるといった程度のものらしい。
    よって、予備も含めた三人のパイロット達は未だ現役。
    高校生になった彼らは、歳と共に精神的成長を遂げ・・・


    「ちょっと、レイ!シンジから離れなさいよ!イヤがってるじゃない!」


    「私には、碇君が嫌がってるようには見えないわ。
    あなた、目が悪いの?病院で診てもらったら?ネルフなら、いい眼科医を紹介してくれるわよ」


    「シンジ!はっきり言ってやりなさい!」


    「え?
    いや、あの、その・・」


    「ほら、ごらんなさい。
    シンジは、イヤだって言ってるわ」


    「ご免なさい。私が間違ってたわ」


    「ほ〜ほほほほほほほ!
    やっと、負けを認めたようね」


    「眼科より精神科を勧めるべきだったわ。
    碇君が言ってもいない声が聞こえるなんて、可哀相な人」


    「・・・つくづくイヤミな女ね、アンタ」


    外見はともかく、精神的成長は皆無のようだ。三年前と、ほとんど変わっていない。
    今、アスカ、シンジ、レイの三人は学校からの帰路、ネルフへ向かう最中。レイがこれ見よがしにシンジの片腕
    を占有し、アスカを挑発。アスカは挑発と分かっていながら、自分の感情を抑えきれない。
    この三人は、三年前からこんなことを延々と続けている。周囲は、よく飽きないものだと最早呆れている状態。
    冷やかすこともない。
    が、三人のお笑い劇場が続いている原因については、誰もが声を一つにする。彼らの一番身近にいて、最も彼
    らを知る人物に代表していただくと、


    『シンちゃんがハッキリすれば、すぐに終わるんだけどね〜』


    この一言。
    つまり、シンジの優柔不断が全てと認識されている。
    もちろん、異論が全くないわけではない。自他共に認めるアスカの親友、洞木ヒカリ嬢は、よく言っている。


    『素直にならないアスカにも、問題あるんじゃない?』


    好きなのに好きとはっきり言えないのは、アスカも同じようだ。
    いずれにしろ、アスカとシンジが互いを想い合っているのは確立した事実として周囲は見ているわけ。
    非難の矛先がより多くシンジに向くのは、仕方ないかもしれない。顔とスタイルはともかく、性格にとんでもなく
    問題があると広く認識されていたアスカは、平穏な日々の中で少しずつ角を落とし、可愛いと謂われるように
    までなっていた。それでも普通とまではいかないのだが、女の子の変化は、僅かでも好印象を与えるものだ。
    対してシンジは、かえって後退したかのような印象が強い。
    三年前の彼は、普段はやはり頼りない印象だったものの、ここ一番という時はきめる少年だった。使徒戦でも
    最後の決戦でもそんな周囲の期待を裏切ることはなく、結果としてネルフも世界も救っている。
    使徒戦も後半に入った時期、同居していたアスカとの関係がなんとなくいい雰囲気を見せるようになった頃、シ
    ンジの性格を知っていたミサトを含めた周りの人間は、最後はシンジがアスカに告白してきめるはず。それも
    近い内にと、噂しあっていたものだ。
    それが、三年経っても進展が見られない。同居も続いているのに。
    パイロットの健康面について責任を持つリツコなど、シンジと付き合うことになったあとのアスカの妊娠を警戒し
    て対策を講じたほどである。それが最近では、感情の起伏が顕著となったレイがシンジに猛烈なアピールを展
    開し、穏やかになったアスカの性格を元に戻しかねないと変な心配をされている始末だ。


    「今日も、路上パフォーマンスしながらのご到着よ。
    その内、お捻りでも投げられるんじゃない?」


    リアルタイムで送られてくるパイロット達の監視映像を茶を啜りながら見る葛城ミサトは、隣に座る友人、赤木
    リツコに気怠い口調で言った。
    現在の発令所は、交代時間のせいか、あまり人がいない。ミサトとリツコの周りは皆無の状態。そのせいか、普
    段より心持ち声が響く。リツコは、それをおもんばかったのか、いつもより幾分低い声でミサトに応えた。ごく真面
    目に。


    「一昨日、本当にお金が飛んできたそうよ。
    臨時のお小遣いになったって、レイが喜んでたわ」


    「・・・ほんとに?」


    「保安部にも確認したから間違いないわね」


    一昨日は忙しく、監視映像は観ていない。だがリツコのことだ、冗談ではあるまい。
    ミサトは、自分が言ったにもかかわらず信じられないし、金を投げた通行人に呆れた。
    小遣いになったというから、それなりの額になったのだろう。金を投げたのは一人や二人ではないということだ。
    まあ確かに、端で見る限りあの掛け合いは面白いかもしれない。新進芸人の路上パフォーマンスと言われれば、
    疑わないと思う。


    「でもさ、いつまで続けるつもりかしら、あれ。
    二十歳過ぎてまだやってたら、強権行使してでもアスカとシンジ君を結婚させなきゃね。
    ラブコメもいいけど、なんかむかついてきたわ」


    「いくらなんでも、それはないわよ。
    あの年頃の男の子なんて、一年中発情してる獣みたいなものよ。その内、シンジ君が我慢できなくなって行動に
    出るわ」


    「リツコの言うことは、ごもっともなんだけどさ」


    ミサトには、リツコの言葉をそのまま信用するだけの材料がない。
    この三年、アスカのこれ見よがしなアプローチを退け続けてきたシンジである。家の中では際どい服を多用し、
    下着が見えるなど当たり前。最近は、ブラも着けてない。当然、際どい服の隙間からチラと、何か見えることが
    多々ある。こんなアスカに対し、シンジは何もしない。アスカが誘っているのは、誰が見ても明らかなのに。
    歳に似合わない、恐るべき自制心だ。
    三年前ならともかく、今のアスカなら加持は問題なく手を出すだろう。それほどまでにアスカは女として成長した。
    未だ続けている訓練のせいか体つきに多少固さが見られ、胸の成長もそれほどではないが、くびれたウェスト
    と腰回りのラインは男の劣情をそそるに充分な魅力を放っている。体の線がもろに出るプラグスーツを着ると、
    男性職員が目のやり場に困っているのが見て取れるのだ。
    シンジがアスカに想いを寄せているのは、ミサトが見ても明らか。
    なのに、なぜシンジが過剰ともいえる自制をかけているのかが分からない。アスカに嫌われているならともかく、
    アスカの方から襲えと言っているようなものなのに。


    「アスカにシンジ君襲わせるのも、一つの手よ。
    ミサトは得意でしょ?そういうの」


    「前にけしかけたことあるんだけど」


    「どうしたの?」


    「そんな恥ずかしいことできないって、顔真っ赤にして怒ったわ、 アスカ。
    告白も、絶対にシンジ君からじゃなきゃヤダって譲らないの。意外に保守的なのよ、あの娘」


    「・・・時間がかかりそうね」


    リツコには、アスカとシンジが、せっかく平穏な時間を手に入れたというのに、それを無駄に消費しているように見
    える。
    アスカなら、シンジの意志など関係無しに事を進めると思っていた。そしてシンジも、なんだかんだ言いつつアスカ
    の脇に収まるものだと思った。それが若さ故の情熱というものだし、同居している二人に、それほどの時間はいる
    まいとも・・・
    それが、ここまでこじれるとは。


    「あまり長引くようなら、私も何か考えるわ」


    レイに変な希望を与え、心により深い傷を負う前に何とかしなければならない。それが彼女に対しての贖罪でもあ
    ると、リツコは思う。
    愛人関係にあったゲンドウとの仲を邪推し、レイに辛くあたった時期もある。
    が、今はゲンドウとも完全に切れ、レイに嫉妬する理由はない。ただ、幸せを願うのみ。










    今日も緊張の一日が終わった。
    シンジは、やもすれば挫けそうになる自らの意思に活を入れ、本日見たアスカの肢体を記憶から消そうとして
    いた。
    もちろん、全裸のアスカなどではない。ちゃんと服を着ている。ただ、その服が問題。着崩れしたタンクトップは、
    体を隠す役目をあまり果たしていない。悪いことに、最近のアスカはどういうわけか家の中にいるときブラを着
    けない。結果として、隠すべき部分が見えてしまうのだ。


    「駄目だ、こんなことじゃ。
    僕は、アスカに相応しい男じゃない。自分をよく見るんだ」


    洗面所にかけてある何の変哲もない鏡。そこに映る自分を、シンジは凝視した。
    決して普通以上ではない顔。頼りないと言われても仕方ない細身の体。いずれも、男としての魅力とはほど遠い。
    外見はどうでも、人を惹き付ける人間性か朗らかな性格でも在れば、これほど卑屈にはならなかったと思う。
    でも、自分にはない。
    これだけは人に負けない。いやたとえそこまで行かなくても、誇れるものが何か一つ・・・
    それが全くない。何もかも持ち合わせているアスカとは、あまりに違いすぎる。
    アスカのことが好きだ。
    好きで好きで、一時も離れたくない。彼女が、他の男と何でもない会話をしているだけでも、心が波打つ。
    想いを告げて彼女と付き合えたら、いつ死んでも悔いはないだろう。
    しかし、ここでシンジの理性が再考を促すのだ。
    告白し、運良く快い返事をもらえて付き合った場合、自分は確かに有頂天にもなろうが、アスカはどうだろうか。
    初めのうちはいいだろう。が、じきに自分の嫌な面が目に付くようになる。女の子を愉しませるどころか退屈させな
    い術も知らないこんな男が相手では、アスカも物足りないはずだ。 自分とアスカが並んで歩いても、とても釣り合
    わない。
    彼女には彼女に相応しい男がいて、自分には分相応の相手がいる。そう考えたシンジは、自分に自信を持てない
    がために、好きなアスカから距離を置く努力を続けていたのである。


    「?」


    シンジが、とりとめのない自虐の渦に呑み込まれようとしたその時、目の前の鏡が一瞬、水面のように揺らいだ感
    じがした。
    目の錯覚かと、シンジが目を擦って鏡を見直すと、鏡はいつもの鏡。やはり錯覚だったようだ。
    と、突然、


    <なんだ、これは>


    鏡の中の自分が喋った。
    自分より少し低いと思うが、確かに自分の声だ。
    何が何だか分からず混乱したシンジは、オウム返しのように言葉を発する。


    「な、なんだよ、これ」


    <もう少し、シャキっとできないのかよ。呆れたやつだな>


    自分とほとんど変わらない容姿にもかかわらず、鏡に映る自分はどこか余裕がある。相手が幻覚にしろ、悔しいもの
    だ。
    こんな性格だったらと、シンジが望む姿であったからだ。もしこんな性格であったなら、先のことなど考えず、アスカへ
    想いを告げているだろうに。


    「き、君は、なんでそんなに落ち着いていられるんだ」


    <目の前で自分が狼狽えてるのを見たら、なんか醒めちゃったよ>


    僅かに気を取り直したシンジは、鏡の中を怖々と覗いてみる。
    すると、微妙な違いに気付いた。体が全体的に一回り大きい感じがする。顔の輪郭も自分より肉付きがいい。かといっ
    て太っているわけではなく、がっしりとした印象。明らかに違うのは、着ている服。自分は寝間着だが、彼はなぜか部
    屋着。
    沈黙してしまった自分に焦れたのか、向こうの自分が話しかけてきた


    <君は、碇眞二だろ?違うと言われても、困るけど>


    「シンジだよ。
    ここは、ミサトさんのマンションで」


    <美里さん?葛城美里先生?
    お前、葛城先生と同棲してるのか?>


    「そんなわけないだろ。
    色々あって、三年も前から三人で暮らしてるんだ」


    先生という言葉が引っかかったものの、これ以上の余計な混乱は招きたくないと考えたシンジは、その点には敢え
    て触れず、応えた。幻覚には違いないだろうが、何か変だ。妙な現実感が肌から離れない。


    <三人て・・
    お前と葛城先生と、もう一人は?>


    「アスカさ。惣流・アスカ・ラングレー。
    君は、知らないのか?」


    <惣流明日香なら知ってる。僕の幼馴染みで、彼女だ>


    「彼女!?」


    ここが洗面所、しかも深夜という時間も忘れ、シンジは思わず声を荒げてしまった。
    と同時に、これが幻覚だとの確信をも抱いている。内に抱える自分の願望が、幻覚として目の前に現れたに違い
    ないのだ。そう考えれば、落ち着いた態度を崩さない鏡の中の自分にも合点がいく。あれは、自分の願望そのも
    のだ。 奇妙な現実感は、願望の強さの現れだろう。


    <その性格、なんとかした方がいいぞ。
    ま、幻覚になに言っても仕方ないけどさ>


    幻覚に幻覚と言われる筋合いはないと本能的に反発したシンジが口を開きかけたものの、鏡が水面のように震え、
    何も映さなくなった。そしてそれは数秒で収まり、いつもの自分が、惚けた顔でこちらを視ていた。









    翌日 深夜 葛城宅・・・


    「この顔の、どこに文句があるっていうの?」


    洗面所の鏡に向かって毒づくアスカは、鏡に映る自分の顔にこれといった欠点がないことをあらためて確認。元
    は物置であった部屋で眠る同居人へ当てつけるかのように、一瞬だけ顔をしかめて見せた。
    そして鏡から少し距離を取り、腰に手を当て胸を反らせて気取ったポーズ。色気のないパジャマのせいで体の線
    ははっきりしないが、みすぼらしい体ではないと自負している。


    「胸のサイズは普通だけど、形はいいんだから。大きけりゃいいってもんじゃないわ」


    さすがに胸をはだけはしないものの、パジャマの下に隠された自分の胸の形を脳裏に描き、それが充分に魅力
    的であると自分で納得。ウエストの細さはレイに負けるものの、腰の張り出しは明らかに自分の方が上。最近、自
    分を見るネルフの男性職員の視線に、粘つくような欲望が含まれていることもアスカは知っている。自惚れでもな
    んでもなく、男から視て、自分は女としての魅力に満ちている。こんな自分から距離を置こうとする同居人が、アス
    カには不思議で愚かしく、憎々しくて・・・
    その上、哀しい。


    「三年よ、三年。
    なんで、このアタシがここまで待たなきゃいけないのよ、ったく」


    鏡に背を向け、愛しい同居人が眠っているであろう部屋の方へ体を向けたアスカは、威嚇するように毒づいた。
    同居人、碇シンジに対する恋心を自覚して三年。そう、三年だ。
    何がどうで彼を好きになったのかは、すでに忘れた。きっかけなど、もはやどうでもいい。問題は、自分とシンジが
    まだ恋人同士ではないという事実。
    三年前は、すぐにでも付き合いが始まると思っていた。シンジの普段の態度、視線、その他諸々の事情から勘案
    して、彼も自分に対して好意を抱いていると確信できたからだ。アスカの心は、いつ付き合いが始まるかではなく、
    シンジにキスを求められたらどうしようとか、その先まで一気にいくかもしれないとか、そんな不安と期待に占めら
    れていたのだ。
    ところが、シンジはいつまで経っても想いを告げてこない。業を煮やしたアスカが、いい雰囲気に持っていこうとし
    ても、シンジはなぜか自分から距離を取るばかり。最近はレイの攻勢もあり、危機感を募らせたアスカは、恥をか
    なぐり捨ててお色気作戦で迫っているが、シンジは挑発に乗らない。ここまでくるともう、好きだとか愛だとかではな
    く、女の意地の領域。何が何でもシンジを自分の物にしなければ気が済まなくなってしまった。


    「一ヶ月以内になんにも進展なかったら、覚悟決めるしかないわね。
    恥ずかしいけど、アタシから迫るしか」


    もう我慢の限界と、アスカが決意を新たに鏡に向き直ったその時、


    <なんなのよ、これ>


    鏡の中の自分が声を発した。
    アスカは驚くよりもまず、鏡に映った自分に嫌悪を隠せない。そこに映った自分は、薄く透けた淡いピンクのネグリ
    ジェを着ている。しかも下着を着けていない。当然ながら、胸の突起が透けて見える。しかもそれは、興奮の証と
    でもいうようにツンと生地を押し上げていた。さすがにショーツは穿いているものの、それもネグリジェと同様、派
    手な装飾と際どいデザインがアスカの美意識と一線を画している。敢えて言うなら、街角に立つ娼婦のようだ。少
    なくとも処女ではないと、確信を持って言える。


    <幻覚にしては、出来すぎね。
    どういうこと?>


    「アタシが聞きたいわ。
    アンタ、誰よ」


    淫らな外見に似合わない理知的な声と喋り方に少し安心しつつも、アスカは本能的な反発からくる棘を混じらせた
    口調で、もう一人の自分に応えた。
    幻覚には違いないだろうが、なぜこんな幻覚を自分が視るのか興味がある。自分自身を心理分析しているような
    ものだ。暫く付き合うのもいいだろう。幻覚でなければ、すぐにでも掴みかかりたいくらいだが。


    <アタシは、惣流明日香。アンタは?>


    「惣流・アスカ・ラングレーよ。
    アンタ、なんでラングレーがないのよ」


    <そんなの知らないわよ。
    アタシは、日本で生まれて日本で育ったから当然でしょ>


    「日本で生まれた?なに、バカ言ってんの。アタシは、アメリカ生まれドイツ育ちよ。
    ひょっとしてアンタ、英語とかドイツ語とか、全くダメなんて言うんじゃないでしょうね」


    <英語は会話程度。ドイツ語なんて、全く知らないわ>


    「アタシと同じ顔なのに、なんて無能なの」


    相手が幻覚と分かっていても、アスカは反発を抑えきれない。
    鏡の中の女は自分と同じ顔をし、しかも女としての魅力に溢れている。ついさっきまでの自信が、完全に揺らぐほ
    どに。
    よくよく視てみれば、体つきは自分より幾分ふっくらしていて女の艶に溢れている。胸の膨らみは、どう見ても自分
    より大きい。彼女に比べれば、自分の体は筋肉ばかりで魅力に乏しいとさえ思える。顔つきも、どことなく柔和。自
    分にこんな表情ができれば、シンジは簡単に堕ちそうだ。
    もし自分が、エヴァも何も関係無しに成長していたら、こんな感じになるかもしれない。そう思わせる女だ、鏡の中
    の女は。


    <幻覚になに言われたって、腹も立たないわ。
    明日は眞二とデートだから、もう寝るわね。サヨナラ、幻覚さん>


    「ちょっと、待ちなさい!」


    <なによ。しつこい幻覚ね>


    「シ、シンジとデートって、どういうことよ」


    <言ったとおりの意味よ。
    彼とデートするのが、そんなにおかしい?>


    「シンジが、彼?」


    シンジとデート、シンジが彼。
    こんな自然に言えたら、どんなに楽だろう。これはまさに、自分の願望そのもの。
    だが、その後に続いた言葉は、更にアスカを揺さぶる。


    <それだけじゃないわ。将来の旦那様よ。
    将来って言っても、すぐ先だけど>


    「ウソ・・
    じゃあアンタ、もうシンジと」


    <済ませてるわよ、とっくの昔に。今日も、これから眞二の横でぐっすり眠るの。
    じゃあね>


    その言葉を最後に、幻覚を映した鏡の表面はゆらりと波打ち、元の鏡に戻っていた。
    そこにいるのは、薄ピンクのパジャマを着た、細身の女。好きな男に振り向いてもらえない、哀れな女。
    いや、自分は女ではない。あの鏡の中の自分に比べれば、男ではないといったレベルでしかないのだ。
    いくら周りが褒めそやしてくれても、自信を持っても、シンジが振り向いてくれなければ意味がない。
    考えてみれば、シンジの周りには魅力的な女が多い。ミサト、リツコ、マヤ、発令所のオペレーター達、その全てが
    女としての魅力を持っている。彼女達から見れば、自分は色気も艶もない子供に過ぎないだろう。ネルフ男性職員
    の視線は、自意識過剰であったようだ。
    自分を見下したようなあの女の顔も気にくわない。あれは、完全に自分をバカにしていた。三年もかけて、男一人
    つかまえられない自分を嘲笑していたのだ。相手が、いくら自分の顔をした女でも許せるものではない。これは、プ
    ライドの問題だ。あの女を見返してやらなければ、気が済まない。幻覚だろうとなんだろうと、関係ない。


    「ふっ、やっと気付いたわ。 自分の甘さに。
    シンジの意志なんて関係ない。何としてでも、アイツを手に入れるわよ!」


    アスカの大いなる決意。
    それが次元を超えた騒動に発展することを、アスカはまだ知らない。





    でらさんから新シリーズ二作目のお話をいただきました。
    今度は、アスカとシンジのほうの話ですね。

    いろいろと触発された様子、続きが気になりますね。
    なんでも、時空まで巻き込んでしまうようですから‥!

    読み終えたあとには、ぜひ、でらさんへの感想メールをお願いします。

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