引越し case2

by でらさん







西暦 2018年 7月 某日 金曜日 葛城邸  夜 8時過ぎ・・・・


今日は軽めの残業で済み、彼女にしては早めに帰宅したミサト。

だが、家の中は誰も居ない。


(・・・はぁ、またか)


いささか、うんざりしながら明かりを点けダイニングキッチンに向かい、テーブルの上を見ると、予想通り置手紙が。


手にとって見る


“お帰り、ミサト。今日からヒカリの家に泊るからよろしく。
帰るのは月曜の夜です。
晩御飯とペンペンの餌は、用意してあります。レンジで温めてね“


(何が洞木さんとこよ・・・)


すっかり上達した日本語で書かれたその紙を丸めてごみ箱に投げ入れると、携帯を取り出し
保安諜報部を呼び出して、アスカの居所を確認する。

彼女が実際にどこにいるかは、大体想像はつく・・いや、確信さえしているが一応の確認だ。


「あ、私だけど、セカンドは今どこ?・・・・・・・・・分ったわ、ご苦労様」


携帯を切ると、一つため息・・・そして、ちょっと怒りも込み上げてくる。


「まったく・・だんだん酷くなってくるわね。最近じゃ学校の帰りまでシンジ君とこ寄って、
ご飯まで食べて来るし。
顔合わせるのだって、朝ぐらいしかないじゃない」


愚痴をいくら言っても腹は膨れない。
それに、ミサトの帰宅に気付いたペンペンの催促もあるので夕食の準備にかかる事にする。

冷蔵庫からラップをかけた皿を幾つか出すと、温めた方がいい物を選びレンジに入れる。
待つ間、缶ビールを飲みながら風呂場へ。

風呂の用意はしてあった。
家を出る前に使ったらしく、わずかなぬくもりと湿り気がある。





(あれじゃ、通い妻ね・・・・・
二人共若いから、いつも一緒に居たいって気持ちは分らないじゃないけど
こう大っぴらにやられると、私でも庇いきれないわ。
やんわり言ったぐらいじゃ、聞かないか。
一度、きつく言わないとダメかな・・・・・・・)


ペンペンとの食事は静かだ。
わずかに食器の触れ合う音のみが、響く。

寂しいという感情など、捨て去った筈のミサトだったが、今となってはシンジを交えた三人暮らしが
懐かしく思えてくる。
素直になれないアスカとシンジがじゃれあい、何かと騒がしかったあの頃が。

あの頃は、早く二人をくっ付けようと後押しまでしたものだが、こうまでなるとは正直思わなかった。
加持とは婚約したが、とたんに彼が海外出張になってしまうし。
ミサトにとっては、不運としか言いようがない。


「とにかく、明日か・・・・今夜は飲もう!」




やっぱり最後はそれか、アンタ。





同時刻 ネルフ高級士官用マンション 碇 シンジ邸


二人で用意した食事は終わり、後片付けも二人で済まして、リビングでくつろぐアスカとシンジ。
学校帰りにシンジが借りてきたビデオを観ている最中だ。

内容は、甘い恋愛物。意外とアスカが好きらしい。

やや小さめのソファに二人して身を沈め、肩から回されたシンジの手はアスカの髪の毛を優しく弄ぶ。
アスカはシンジの胸に頭を預けて、テレビに視線を向けている。
時々、上を向いてシンジと視線を交わし、軽くキスまでしたりするその様子は、まるで新婚夫婦。


「ねぇ、アスカ」


「ん〜〜?」


「ミサトさんに何て言ってきたの?」


「直接言ってないわ。でも、代わりに置手紙してきたから・・ヒカリの家に泊るって」


「大丈夫?この間、小言言われたんだろ?」


「大丈夫よ。本気で怒ってるんなら、今頃ここにミサトから電話かかってくる筈よ。
それが来ないって事は、知ってて知らんふりしてるか、またどっかで飲んでるか・・どっちかよ。
それとも何?アタシが邪魔?」


ガバッと身を起こし、彼の膝に乗っかって顔を触れ合わせるようにシンジを見つめるアスカ。
シンジも見つめ返す。


「邪魔な訳ないだろ、むしろずっといて欲しいぐらいだよ。
でもさ、僕たちまだ高校生だしさ・・・・
色々、言う人がいるらしいんだ。今はミサトさんやリツコさんが押さえてくれてるらしいけど」


「あの連中ね・・・言いたい奴には言わせておけばいのよ。アタシ達は、アタシ達。
大体あれだけ辛い思いしたんだから、少しぐらい目瞑ってくれたっていいじゃない。
それに、後一年もしない内に晴れて夫婦になるんだから、一緒よ」


かなり以前から、二人の間では口約束の婚約が成立していたが、今年の初頭、ドイツから両親が来た機会を捉え、正式な婚約に持ち込んだアスカである。
しかも、シンジの十八歳の誕生日に式を挙げる予定まで組んでしまった。
形式を整えれば、法的な効力が生まれる。着実に自らの計画を進める行動力は、さすが天才の名に羞じないものだ。


「それはそうだけどさ、何かミサトさん達に悪くて・・・」


「もう、せっかくの金曜日の夜なんだから、湿っぽい話は無し!
この話はこれで終わり!良いわね!」


「・・・分ったよ。じゃ、ほら、こっちにおいでよ」


「あん・・まだ映画終わってないじゃない」


「明日観ればいいだろ?・・・ほら」


「・・うん、もう」




ビデオとテレビの電源を切り、二人は寝室へ・・・・・

翌日、彼らがその映画を観たかどうか、定かではない。







全てが終わって三年が過ぎようとしている。

サードインパクトは阻止され、ゼーレは消滅した。
代わりと言っては何だが、ネルフが国連の中心機関として収まった。



最後の戦いの中、自分を取り戻したアスカは心中のシンジの存在を認め、
シンジも又アスカへの思いに気付いた。

その後、お互いの存在を認め合った二人が、恋人同士になるのにさした時間はいらなかった。
周囲の・・ミサトの後押しなどもあったが。

最後の戦いから一年程して、無事結ばれる二人。

そして、あっという間に過ぎる幸せな日々・・・・


が、中学生でありながら相思相愛の相手と同居するという、正に夢のような日々は長く続かなかった。

アスカとシンジが高校に進学するのを機に、二人を別居させてはどうかとの意見が、
ネルフ内部から上がったのである。

このまま同居を続けさせれば実質的に同棲状態になり、社会通念上、高校生に同棲など認めるべきでないとの意見が
出たのだ。

勿論、反対意見もあった。
使徒戦から最終決戦に至るまで、彼らチルドレンに頼りっぱなしだった引け目から、彼らに対しては多少大目に見てもいいのではないかとの意見だ。

幹部全てを集めた会議での激論の末、結局二人は別居と相成る事となった。
この結論に逆上したアスカが、別居を提案した総務部長を殴り倒し重傷を負わせ、
各部署を巻き込んだ大騒動に発展しそうになったのだが、
それは又、別のお話。

その一件は、強硬姿勢をとった作戦部のごり押しにより決着したが、以来、作戦部と総務部は犬猿の仲が続いている。



そんな話は別にして・・・

決まった事は仕方ない、と一旦は納得したかに見えたアスカだが、彼女がそんな簡単に引き下がるはずがない。

シンジが引越し、一ヶ月くらい経ってからは、遊びに行くと言ってはシンジの家に行き、ヒカリの家に泊ると言っては
シンジの家に泊っていた。

特に最近は、週末金曜の夜から、月曜の朝までシンジ宅に泊るのが恒常化し、仕事の忙しいミサトよりシンジと過ごす
時間の方が遥かに長い状況になっている。



そんな状況に、アスカと一悶着起こした総務部が黙っている筈がなく、幾度となくミサト・・そして彼らに影響力
を持つとされるリツコに苦情を寄せるのである。

曰く


『彼らの別居は形骸化している。保護者の葛城一佐から一言、言って頂きたい』


『風紀上、好ましいものではない』


『万が一、セカンドが妊娠といった事態になった場合、どうされるつもりか?』


『通路や食堂でのキスは、禁止してもらいたい』・・・・・・ん?


等々・・・中にはやっかみも多々含まれているのだが、正式に総務の名を使って抗議してくる以上
ミサトもリツコも無視する訳にいかず、一応は聞かなくてはならなかった。
只でさえ忙しい身なのに、そんな事で時間を潰すのは勿体無いし、バカらしい。

ミサトも過去の経緯からアスカの気持ちは分り、同情はするものの、最近の行動はやりすぎ、との思いがある。

いくらエヴァパイロットとしてネルフの保護下にあるとは言え、彼らは高校に通っている身。
少しは世間の常識に合わせてもらわなくてはならない。

それに妊娠の心配・・・

リツコからピルが渡されてはいるが、ピルとて100%の避妊を保証してはくれない。
体調によっては、効かない事もある。

シンジと付き合う前は、


『子供なんかいらない!』


と、公言していたアスカだが、今では、


『シンジの子供が欲しいの♪』


と言ってはばからない。

これもかなりの不安材料・・・アスカの性格を知るミサトにすれば、爆弾を抱えているに等しい。
新型ダミープラグの開発が滞っている現在、シンクロに対する不安材料は最小限にしたい、
との考えもある。
妊娠した場合のシンクロに対する影響などは、未知の領域だからだ。


以上の理由で、ミサトはアスカに一度釘を刺す事に決めた。







月曜日 ネルフ本部


学校を終えてから、ネルフで定期シンクロテストを行い上々の結果を出した三人は、
シャワーも浴び終え、リラクゼーションルームで寛いでいる。

アスカとレイは、この所よく話もするようになった。
二人に精神的なゆとりができたせいか、会話にも刺々しさがなく、随分と打ち解けた様子だ。


「へ〜〜〜そんないい男からの告白、断ったの?理想高いのね、アンタって」


「別にそう言う訳じゃないわ。碇君みたいな人が良いだけ・・・」


「アタシを目の前にして、よく言うわね。喧嘩売ってんの?」


「どうして、そうなるの?」


「・・・・・どうも会話がかみ合わないのよね。いいわよ、もう」


一瞬でも真剣になってしまった自分がバカに思える位のレイの反応に、ため息すら漏れる。
仲が良くなったとは言っても、この辺は未だに慣れない。


「それよりさ、あんまり断ってばかりいると、その内相手にされなくなるわよ。
とりあえず、程ほどに妥協して誰かと付き合ってみたら?シンジみたいな男、そうそう転がってないわよ」


「ア、 アスカ、転がってって、僕は石ころかよ」


「シンジは黙ってなさい」


「はい」


夜はともかく、日中はすっかり尻に敷かれているシンジはアスカに逆らえない。
これも、ここ二年に及ぶアスカの教育の成果。
婚約の一件も、このペースで半ば強引に事を進めている。
普通ここまでやられると、男の方にかなりのストレスが溜まる物だが、彼らの場合夜になると攻守逆転する事もあり、特に問題はないようだ。


「で、どう?レイ」


「どうって?」


「だから理想なんかほっぽって、妥協した男と付き合ってみなさいよ。意外と気に入るかもよ」


「・・・やめとくわ。今のとこマナと付き合ってる方が楽しいもの」


「「え?」」


ユニゾンで引いてしまう二人。タイミングも変なポーズも完璧に一致している。
無意識に出てしまうらしいが、彼らの行動がしばしば夫婦漫才と言われる所以でもある。


「あ、あのレイ、マナと付き合ってるって、どういう意味かしら?」


「言った通りの意味よ。一緒に買い物したり、食事したり・・・昨日は遊園地に行ったの。楽しかった・・・・・・今度の休みは水族館に行く予定よ」


「そ、そう・・良かったわね」


まるで、昔のレイのような台詞で固まってしまうアスカ。シンジも何かショックを受けたようだ。
実際の所、レイもマナもただ二人で遊んでいるだけなのだが、アスカの勘違いが元で結構妖しい話になったりするのは別の話・・・・・・二つ目ね。


(あのマナにそう言う性癖があったとは意外ね・・・シンジに振られたショックから?
そんなのはどうでもいいけど、この二人がくっ付いてくれれば、心配の種が一気に二つ
減ってくれるわね)


(ちょ、ちょっとショックかな・・でもケンスケが喜びそうだな、レイとマナのツーショットは・・・)


似たもの夫婦の引きつった笑いが作る妙な雰囲気の中、ミサトがアスカを呼びに来る。


「あっ、アスカ、私の部屋に来て。話があるの・・・・・・って、どうしたの?三人共・・・」


無表情のレイと、頬を引きつらせる二人に首をかしげるミサト。


「べ、別に何でもないわよ。話って何?家じゃ話せないの?」


「そうよ、だからすぐ来て」


「は〜〜い」


「あ、あのミサトさん、僕は?」


「シンジ君はいいわ、後は自由にして頂戴。レイもね」


「分りました。では、失礼します」


ミサトの言葉を聞いたレイは立ち上がり、すぐに部屋を出ようとする。
っと、携帯に着信が・・


「・・・・はい。あ、マナ・・・・うん、今帰るとこ・・・・・・うん・・・・・・・・・・うん・・・」


話しながら部屋を出て行くレイ・・・・・それを見送るアスカとシンジは、レイとマナの関係を
確信した。
普通に考えればただの友達同士の会話に過ぎないのだが、二人にはそれ以上のものに感じられる。
思い込みとは恐いものだ。

しばし唖然とするが、ふと、シンジが我に返る。


「ぼ、僕はアスカを待ってますよ。そんなに長くはならないでしょ?」


「う〜〜〜ん、まっ、いっか。なるべく早く済ますわ」


「何なのよ、もう・・・・・シンジ、待っててね」


「大丈夫だよ。僕はずっと待ってるから」


ミサトがいるにも拘わらず、アスカをそっと抱き寄せキス。
思わず後ろからどつきたくなるような光景なのだが、二人にはどこであろうと関係なかった。

そっぽを向きながら、ドアを軽く蹴飛ばすミサト・・・・・気持ちは分るぞ。


「はい、はい、そこまでにして。とっとと来なさい、アスカ」


「分ってるわよ・・」


名残惜しそうに体を離し、ミサトに着いていく。シンジも残念そうだ。




ミサト執務室


デスクに肩肘を掛け座るミサトと、向かいに座るアスカ。表情の硬いミサトの様子にこころもち緊張する。


「で、話って何?」


「昨日までどこに泊ってたの?」


「・・・・・・・シンジのとこよ。ミサト、知ってるんでしょ?」


「なら、これからは、洞木さんの名前使わずに正直に言って頂戴」


「分ったわよ、これからはそうする・・他には?」


こんなに素直に認めるとは思わなかったミサトは拍子抜け。

もっと、しらばっくれるか反発してくると考えていたのだが。


「変わったわね、アスカも」


「アタシだって成長するわよ、いつまでも子供じゃないんだから。さっさと話続けてよ」


これなら案外簡単に説得できそうだと安心したミサトは、いきなり本題に入った。


「シンジ君の家に泊るの、少し控えてくれない?って言うよりもっと自重して。
アンタ達若いから、毎日でもってのは分かるわ。私もそういうの経験してるから。
でもね、アスカの体だってやっと完成したかしないかだし、無茶は良くないわ。リツコからも聞いてる筈よ」


「べ、別にシンジのとこに泊ったからって、そんなにしてる訳じゃないわよ。
それに、体調だって気をつけてるし、ピルだってちゃんと飲んでるし、そんなに心配しなくたって・・・」


「それだけじゃないわ。ネルフにはね結構そういうことにうるさい人多いのよ。
アナタ達が半同棲みたいな事してるのを苦々しく見てる人達ね。
私も、最近のアスカはちょっとやりすぎだと思ってるわ。いくらなんでもあそこまで入り浸りじゃね」


アスカとて多少の引け目はあった。だからこそヒカリの名前を使ったりもした。
しかし、毎日でもシンジと一緒にいたいという気持ちは押さえ切れない。
元々同居していなければ、こうまではならなかったのかもしれないが。


「また、総務の連中?はっ、あんな奴らの言う事が何だってのよ。
それにアタシ達婚約してるんだから、別に問題ないでしょ?」


「いくら婚約してるからって、何やってもいいって訳じゃないわ。世間の常識ってものがあるでしょう?」


「常識が何よ。大体、十四才の男女を同居させた本人がそれ言えんの?」


「あれはあくまで作戦の一環だったし、あの後アスカが同居し続けるとは思いもよらなかったし
私だって予定外だったわよ。
もっと予定外だったのは、アンタ達が早くくっ付き過ぎた事だけどね」


思わぬ方向に話が振れ、アスカの興味を引く。
ミサトはさばけているようだが、意外にもこんな話をアスカとした事がない。
というより、ろくに話をする時間もなかったというのが正解だ。

「そんなに早くって・・・じゃ、アンタはアタシとシンジがいずれ付き合う事になるって
予想してた訳?
しかも、かなり前から」


「当然よ。それに私だけじゃないわ。
リツコだって、加持だって皆そう言ってたわ。今すぐは無理だろうけど、何年かしたら似合いのカップルになるだろうって、よく酒の肴にしてたんだから」


「・・・アタシ達は見事期待に応えた訳ね。何かくやしいわ」


「結果として、予想はいい方にはずれたけどね。私のおせっかいもあったんだけど。
でも、ここまでの状況は流石に予想してなかったわよ。こんなにアスカがシンジ君にぞっこんになるなんて」


「アタシだってよく分からないわよ。ただ、今はシンジが何よりも好き・・・一時だって離れていたくないの。
こんな気持ち、あの頃・・・・苦しかったあの頃に持っていたら、アタシもシンジもあんなに傷つかずに済んだかもしれない・・」


もっと早くシンジと思いを通わせていたら、心を壊す事もなかったかもしれないと考える事がある。
あの時の事は・・・最も辛く、苦しい思い出の一つ。


「もう、終わった事よ、忘れなさい。今のアナタ達は幸せ一杯じゃないの・・
で、その幸せを満喫してるバカップルに水を差すつもりはないんだけど、さっき言った事覚えてるわね?」


「え、ま、まあ・・・シンジのとこ泊るの、少し遠慮しろってやつ?」


「少しじゃないでしょ、少しじゃ。基本的に外泊は禁止・・・・・とまでは言わないけど
週一回、一泊だけ。
学校の帰りに寄るのは構わないけど、七時までには帰る事。わかった?」


「え〜〜〜〜〜〜?」


「い・い・わ・ね?」


「わ、分かったわよ」


「これでも世間様からすれば相当甘いわよ。それに後一年もすれば、堂々と一緒に住めるんだから我慢するの!」


「分かりました!話は終わりでしょ!シンジが待ってるから、帰るわ」


一方的に話を切り、席を立つアスカ。
ミサトもあえて引き止めない。説得が上手くいった事で満足したようだ。

が、彼女はアスカがこのまま引き下がる玉でないという事実を忘れていた。
一仕事終わった安心感で、考えがそこまで及ばなかったのかもしれない。


その後、夏休みに入るまでアスカはミサトに言われた通り行動を自重し、ネルフ内部からの苦情も
なくなりつつあった。

ミサトもすっかり安心し、仕事に集中している。

一つ変わった事と言えば、休みの度にアスカがシンジを伴い、ゲンドウ宅へ通っている事がある。
ゲンドウも歓迎しているようだ。



そして夏休みに入り、数日が経った頃・・・・・


「え?ドイツに?」


「うん、たまには里帰りしてみようかな〜、なんてね。
丁度、明後日、副司令がドイツ支部を表敬訪問するから、ついでに連れてってもらう事にしたの。
副司令が一緒なら、向こうだっておかしなマネできないでしょ?
司令の許可も取ったし、三日ぐらいだから心配しないで。」


二年前とは明らかに状況が変わっている。
今、本部の権力は相当に強化され、支部の勝手な行動はほぼ不可能な状態だ。
それに副司令の冬月までもが一緒なら、まず下手な行動はしないだろう。


「急な話ね・・・・でも、これからは私を通して頂戴。一応、上司なんだからさ」


「へ〜〜い」




荷造りは、早速その夜から始められた。ミサトも手伝おうとしたのだが、


「ミサトに手伝ってもらうと、返ってまとまらなくなるからいいわ」


と、にべもなく断られた挙句、部屋から追い出されてしまった。
いじけたミサトは、翌日から松代に一週間の出張を控えていた事もあり、早々に寝る事にする。


「悪いけど、先に寝るわね。おやすみ」


「おやすみ。向こうから本場のビール送るからさ・・・いじけないの」


「お気遣い、ありがとさん」


ミサトが自室に入り寝た事を確認すると、アスカは携帯を取り出し何処へか連絡を取る。


「・・・・・・はい、そうです・・・・・・・でも、机とかは結構です・・・・・・・・・・はい・・・・・
・・はい・・・・・・それでお願いします」


携帯を切ると、なぜかゲンドウばりにニヤリ・・・・・・
美しい顔が台無しだ。シンジには見せられない。




あっという間に時は過ぎて・・・・


ドイツから戻ったアスカは、なぜか葛城邸へは向かわずシンジ宅へ。
しかも、顔は堪えきれない笑顔で溢れている。

何か期待しているように、見えなくもない。
三日ぶりにシンジに会える嬉しさとも、違うようだ。

マンションに入り、小走りでシンジの部屋へ向かうアスカ。

その目的地には、彼自身と大量の荷物が待ち受けていた・・・・・玄関の前で。



「ただいま、シンジ!・・・・どうしたの?」


「お帰り、アスカ。何か手違いがあったみたいでさ、アスカの荷物が僕のとこに来ちゃったんだ」


「え〜〜〜〜?何それ〜〜〜〜」


アスカは必死に不満を表したつもりだが、顔はにやけていた。
シンジはそれを見て、ちょっと疑問・・・


「アスカの携帯は繋がらないし、業者さんはここに間違いないって荷物置いてっちゃうし
困ったよ」


「と、とにかく、ここじゃ何だから中に入りましょ」


「・・・うん」


部屋に入ると、中にも荷物が積み上げられている。
三日で使う事など物理的に不可能な量、まるで根こそぎ持っていったみたいだ。
・・・そう、引越しのように。

アスカはダンボール箱に張ってある伝票を調べていたが、やがて・・・


「ごめ〜〜ん、どうやらママが住所間違えたみたい。ママったらアタシがまだシンジと同居してると思ってたみたいなの」


ここで又、シンジの疑問・・・


(アスカのお母さんて、家の住所知ってたっけ?
それに何回もアスカに手紙送ってきたのに、そんな間違いするかな・・・)


しかし、その疑問を口にする事はない。
とりあえず様子を見る事にし、当り障りのない会話を続ける。


「そう、それなら仕方ないな。ここからミサトさんの家に送り直すよ」


「あっ、待って。どうせここに来た荷物なんだから、アタシが泊る時に使うものは置いておこうよ。
そうすれば、量が少なくなって料金も安くなるわよ・・ね?」


又しても疑問・・・


(アスカが使う物って言ったって、寝巻きと着替えぐらいじゃないかな・・・
それも、幾つか置いてあるし・・・)


これも口にしない。まだ様子を見るようだ。


「それもそうだね。そうしようか・・じゃ、早速始めようよ。こういうのは早いのがいいから」


「うん♪」


仲良く荷物のより分けを始める二人。
シンジも疑問を持ったわりには、楽しそうだ。





数時間後・・・・・

結局全ての荷物が残ってしまった。
シンジが送るほうに選り分けようとすると、アスカがあらゆる手(脅し、泣き落とし、色仕掛け・・・・)
を使い、残してしまうのだ。


又、又、疑問・・・


(こんなにどうするんだよ・・・大体、これアスカの全財産じゃないか。
これ、ここに置いたらミサトさんのとこでどうやって暮らす・・・・・・・・あっ)


ここに来て何かに気付いたようだ。
が、シンジの態度に変化はない。


「でも、どうするの?僕のタンスとかじゃ入りきれないよ。
まさかダンボールに入れっ放しって訳にもいかないだろ?」


「う〜〜ん、そうねぇ・・・そうだ!実家からアタシの家具送ってもらうわ。
ここ部屋だって余ってるし、いいでしょ?」


「何か悪いな。返ってアスカに迷惑かけてるみたいだよ」


「何言ってんのよ。元はと言えばこっちの不始末なんだから、この位当たり前よ。
じゃ、すぐ電話するわ」


ちなみに、この時点で日本時間午前11時過ぎ・・・ドイツでは午前3時過ぎ・・・
普通、みんな寝てる時間だ。


<あ、ママ?アタシ、ちょっとお願いがあるんだけど・・・・・・・・・・・・・・・
と言う訳で、アタシの家具送って欲しいの。うん、すぐ。・・・・・ありがと、パパによろしくね>


しかも、日本語で話している。

シンジは・・・・そっぽを向いて聞いてないふり。


「すぐ送ってくれるって。明日には届くそうよ」


「明日?早いね」


「ほら、この業界って、今競争激しいから」


「ああ、成る程ね」


実に白々しい会話。
そんな宅配便があったら、たちまち世界の市場を席巻できるだろう。

二人共既に、一つの目標に向かって走り出している感すらある。


「あ〜〜あ、ほっとしたら疲れちゃった。帰るのも面倒ね、今日はここに泊るわ。
いいでしょ?」


「決まってるじゃないか。僕が断る訳ないだろ。でも、ミサトさんは?」


「今、松代に出張中だから、お小言もらう心配はないわ。ペンペンはヒカリのとこだし」


「そうか、じゃ久しぶりに・・・・・」


「今から?」


「嫌?」


「・・んな訳ないでしょ♪」


昼間っから、お前ら・・・・・・





数日後・・・・


「ただいま〜〜」


出張から帰ったミサト。
一週間ぶりの我が家・・暖かい食事と可愛い妹が待っている・・・・・と、思いきや、また真っ暗。


「ま〜〜た、シンちゃんとこね。ちょっと目を離すとこれなんだから・・・
でも、ご飯の用意はちゃんと・・・」


いつものように冷蔵庫を開けるが、食べられるものがない・・・・賞味期限を過ぎたものばかりだ。


「どういう事よ・・・・・・ま、まさか」


最悪のケースが頭に浮かび、アスカの部屋へ・・・


バタン!


「は、ははは・・・・はは・・・・」


そこにあったのは、空の洋服タンス、しわくちゃのベッド、そして、紙切れの置かれた机・・・・


その紙切れには


“長い間お世話になりました。アタシはシンジの家へ引越します。ペンペンはヒカリのとこだから
心配しないで。

追伸
連れ戻そうとしても無駄よ。司令と副司令の許可取ったから。“



「や、やられた・・・・はは・・・・」






ネルフ本部 司令室

「葛城君に恨まれそうだな、碇」


「ふっ、問題ない」


「しかし、“お義父様”と呼ばれただけで、同棲の許可を出すとは少し甘くないか?」


「冬月こそ、最初に生まれる子供の名付け親を頼まれただけで、色々な便宜を図ったではないか
宅配便やら何やら」


「い、いや、私はただ辛い思いをしたあの子達に、せめてもの償いをと思って・・だな・・・」


「ふっ、似たもの同士ですな、私たちは・・・」


「・・・くっ、言い返せん」



平和だね〜


 でらさんから投稿作品を頂いてしまいました。
 しっかりらぶらぶな二人、なかなか良いですね〜。

 こんな二人の関係に目くじらを立てる大人たちがいるとわ‥‥了見が狭いですね。

 でも、ゲンドウ達のおかげで全てうまくイッタようで、めでたしめでたしですな!

 なかなか素敵でした〜。

 読後にでらさんへの感想をお願いします。ひょっとすると続きを書いてくれるかもしれないですし‥‥。

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