舞踏会 その参

作者:でらさん













気怠い様子で学校に着いた二人は、すぐに各々の席へ座り、いつものように二人の世界を築
いて周囲を排除することがない。挨拶するクラスメート達にも、気軽に応えている。
喧嘩しているわけではない。
彼らは普段からそうしているように、手を繋いで同時に教室へ入ってきたのだから。
体の疲れに気持ちがついていかない・・・そんな感じ。
登校してきたアスカとシンジをそれとなく観察していたケンスケは、疲れの原因も何となく分
かったので、それ以上考えるのをやめた。中学生らしくない原因であることは確実だからだ。


「彼女、欲しいよな」


つい漏らしてしまった独り言が、自分でも情けない。
いつか自分にも・・
と、希望は捨てていないにしろ、あの綺麗なアスカとよろしくやっているシンジを見ていると、
羨望を禁じ得ないのだ。
かといって、レイに付き合いを申し込んでも無駄なのは分かり切っている。
彼女は今、美形の転校生の到来を、他の女子達と姦しくお喋りながら、今か今かと待ち望ん
でいる。そうけしかけたのは自分で、文句を持っていくところがない。


「なんや、たそがれよって」


気の抜けたようなケンスケに声をかけてきたのは、小学校時代からの友人、鈴原トウジ。ネイ
ティブとは少し違う関西弁を喋る、自称硬派の少年。服装検査以外の日は黒いジャージで通す、
変な趣味の持ち主でもある。


「シンジが羨ましくてさ。
昨日も、惣流と愉しんでたみたいだぜ」


「しゃーないやろ。
あいつらは隣同士で、親も公認しとるんやからな」


「親も?それは初耳だな」


「ヒカリが言っとったで。
惣流のやつ、大はしゃぎしよったとか」


「ヒカリ?」


ヒカリとは、フルネームを洞木ヒカリ。肩くらいまで伸びた髪の毛を二つに縛り、ソバカスが少し
目立つ可愛い少女。トウジやケンスケとは、古い馴染みでもある。
彼女は入学当初からずっと委員長を務めており、”委員長”と呼ばれるのが普通。トウジやケン
スケも同様で、名前で呼ぶのは、親しい女子の友人くらい。
・・の、筈だった。


「・・・そういうことか。裏切り者め」


ケンスケがジロッと上目遣いでトウジを睨むと、彼はバツが悪そうに目をそらす。
最近、ヒカリがトウジに弁当を渡したりして怪しいとは思っていたのだが。


「な、なんのことや、ケンスケ」


「分かってる、分かってる。みんなには言わないよ」


「ワ、ワイは、硬派やさかいな」


「何が硬派だ。ったく・・」


トウジとヒカリが付き合っていると分かったケンスケは、これも予定の内と割り切り、悪態とは裏腹
に心中で二人を祝福。トウジに先を越された点は悔しいが、友人の幸せを妬むつもりはない。


「お、予鈴か。
席に着こうぜ、トウジ」


「お、おう」


予鈴が鳴り、教室内はHRに向けてガタガタと一時的に騒がしくなる。
その騒がしさが収まって暫くした頃、担任の教師と眉目秀麗な転校生が、その姿を現した。
ケンスケがもたらした事前の情報通り、渚カヲルと名乗った薄い茶髪の少年は、その洗練された
仕草と完璧なマスクで、ほとんどの女子達を一瞬で虜にした。








内務省は、内包する警察組織を持って、かつて軍に次ぐ権勢を誇った一大官僚組織であった。
しかし時代の趨勢による民主化の波には勝てず、思想統制の象徴とも言われた特別高等警察
(通称、特高)は五〇年も前に解散。内務省自体も行政改革で細分化が進められ、政府内での
発言力も嘗てほどではない。
だが情報機関としては、まだまだ健在。軍の情報機関をも含めた帝国の情報全てを管理する立
場にある。
諜報網は世界中隈無く張り巡らされ、友好的とは言えない国々、南方遙か遠い海外領土にも支
局が存在するのだ。


「そういった国に出張したいかね?加持君」


中間管理職に与えられる執務室は、個室といえど、あまり広くはない。一応、個室というレベル。
その部屋に、嫌味ったらしい声が響いた。
小太りだが鋭い目つきをした四〇過ぎの上司は、省内でも切れ者と噂される人物。
だが加持に言わせれば、出世欲の強い小狡い策士に過ぎない。加持が命を張って得た手柄を
譲ってくれと、土下座されたこともあるくらいだ。
その小者が、今日は強気で押してくる。気の短い雇い主から催促でもされたのだろう。この男は、
雇い主との仲介役を担当している。巧くいった暁には、それなりの報酬も手にするはず。


「脅しですか?でしたら、労務委員会に訴えますよ。
特高の時代とは違うんです」


椅子に背を預け、横柄に応対していた上司の態度がすぐに改まる。顔も柔和にして、実に分かり
やすい人間だ。


「まあ、待ってくれ。
私が言いたいのは、なるべく早くアルバイトを終わらせて、通常の業務に戻ってもらいたいという
ことだ。
君は、わが一課の貴重な戦力だからな」


「簡単に済む仕事じゃありませんよ。
あの碇ゲンドウって男、かなりの曲者でね」


「それは、事前の調査で分かっていたはずだが」


「予想以上ですよ。
上には、努力すると言っておいて下さい」


「それで納得する相手だと思うか?」


上司が懸念する通り、雇い主が迅速な対応と結果を求めているのは間違いない。それが雇い主
の人物評であるからだ。
彼らの雇い主、ゼーレ最高幹部の一人、マルセリーノ・デ・フラヴィアは、浅黒い肌と精悍な顔、
達人の域にあると言われる格闘技で鍛えたがっしりとした体を持つ偉丈夫。いかにも老人然とし
た他の幹部達とは一線を画す。外見に違わない野心的な人物でもあり、キールの死去後、最高
指導者の座を目指して真っ先に動きだしたのが彼。その迅速な動きが、キール暗殺説の流布さ
れる原因ともなったのだが。


「フラヴィア卿は、話せば分かる方です。言葉を選べば、大丈夫ですよ。
じゃ、私はこれで」


「ちょっと、待」


上司が台詞を最後まで言う間も与えず、加持はその部屋を出た。
加持の言葉に間違いはない。フラヴィア卿はせっかちだが、意気に感じる人物でもある。ただ短気
なだけで、ゼーレという組織でのし上がれるわけはない。上司が変な気を回して言い訳などしな
ければ、必要な時間は与えられるだろう。


「とはいえ、ゆっくりもしてられんな」


加持は、すれ違った若い女性職員を軽い冗談でからかいながら、ゲンドウを籠絡するための手を
考えるのだった。







MAGIが一般のスーパーコンピューターと一線を画する最大の特徴は、人間のような論理的な思
考を可能にした点にある。
普通のコンピューターでは、いくら記憶容量を増やそうと計算速度を速めようと、人間の思考を真似
ることはできない。写真を見て、それが誰々だとは認識できないのである。勿論、写真を分析して
人物を特定することは可能。だがそれは、写真を数値に置き換えて分析しているだけ。人物を認識
しているわけではない。
そのコンピューターの限界を打ち破り、一気に数世代先へ進化させたのが、MAGI。
ある人物の人格を移植されたMAGIは人間のように考え、コンピューターの正確さを持って結論を
出す。
しかも結論を導くには、三つに分けられた人格が討議するという過程を経るのだ。
三つに分けられた人格には、それぞれ名が付けられている。
イエス・キリストに由来する東方の三賢者にちなんで与えられたその名は、


「カスパー、メルキオール、バルタザール。
まさに、MAGIに相応しいよ。赤木博士。」


「ありがとうございます、所長」


ネルフの中央部に位置し、半ば地下化している大型の装置を前に、所長の冬月コウゾウは感慨深げ。
横に立つナオコも、心なしかいつもより緊張しているようだ。
完成して数年経つが、未だ試運転期間とされているMAGI。試験的に第三新東京市の市政の一部
まで任されていて、これまで不都合を起こしたことはない。
このMAGIが本格的に運用されれば、制御が非常に難しく、兵器としか実用化されていないS2機関
の商業利用が大きく前進するのは確実。それは、冬月の友人だった故葛城博士の夢の実現。
S2理論を学会で発表した時から、博士はSF作家の仲間入りしたとか漫画の読み過ぎだとかオカル
ト学者に転向したとかの中傷に晒されていた。専門外であった冬月にも、その理論はあまりに突飛で、
漫画的にも思えたものだ。
しかし博士は中傷に耐え、理論の発表から数年後に自説を実証している。
兵器という形で。

博士にも葛藤があったと、冬月は記憶している。
いくら実証するためとはいえ、核に匹敵する戦略兵器の開発に手を貸すことになる。しかも核とは違い、
放射能汚染がない。土地は汚されないのだ。実戦配備されたら、使用に核ほどの躊躇いはないだろう。
だが博士の理論を高く評価し、協力を申し出てくれたのは軍だけ。学会は博士を事実上追放し、イメージ
ダウンを嫌った大学も、露骨に退職を迫っていた。
博士の子供はまだ成人には程遠く、研究馬鹿の博士に学者以外の仕事は・・・
結局、博士は軍を頼るしかなかった。
軍は狂気せんばかりに博士を歓迎。軍の全面的な協力の下、僅か半年あまりで世界初のN2爆弾が
完成する。
そして公開で行われた新型爆弾の実験は大成功に終わり、博士は名声を得たのだった。


「MAGIの運用に目処も付いた。これで、実験プラントの建設にGoサインが出せる。
S2機関の平和利用を見て、葛城の娘が考えを変えてくれるといいが」


「ミサトちゃん・・・ですか」


故葛城博士には、ミサトという名の一人娘がいる。博士に似て優秀と聞いていたが、今は中学の教師
をしているらしい。


「軍に協力した葛城を恨んでいたからな」


「もう三〇ですよ、あの子。
世の中のことも分かる歳です」


「それだけならいいが・・」


「ミエさんの件ですか?」


「そうだ。
母親まで奪ったと、あの時の彼女は怒りをぶちまけていた。
あの顔が、私には忘れられんよ」


一二年ほど前、葛城博士はネルフ施設の完成を待つように、竣工式翌日に急死した。死因は、過労に
よるものと思われる。
そして博士の葬式を終えた翌日、今度は博士の妻ミエが、自宅で手首を切って自殺してしまったのだ。
生前から父と折り合いが悪く、葬式でも涙一つ見せなかった娘のミサトが、この時は激しく動揺。母の
葬式では、博士の関係者数人と掴みかからんばかりに衝突していた。
仕事に打ち込むあまり家庭を顧みることのなかった博士に、ミサトは以前から不満を募らせていたらしい。
そんな父の後を追った母の行動が、ミサトには理解できなかったのだろう。


「それもこれも、もう分かる歳です。あの子は馬鹿じゃないし、大丈夫ですよ。
それより、気になる話を耳に入れましたけど」


「どうした?」


「内務省が、地下のアレを探っているようですわ。
大元は、ゼーレのようですけど」


「ゼーレが?」


「はい」


温厚な人柄で知られ、怒った顔など見たこともないと言われる冬月の表情が、厳しく変化する。ゼーレと
いう組織の一端を知る冬月にとって、その名は不快の原因。


「どういうことだ。
わざわざ人を介しなくても、直接ここを訪れれば済む話ではないか。
国連を通して、力ずくという手もある」


冬月には、ゼーレが内務省を通じて接触してきた理由が分からない。
国連はゼーレによって創設され、事実上ゼーレの支配下にある。ネルフは、その国連の下位組織。内務省
などという間接的な手を使わなくても、ゼーレの人間自らがここに来れば拒否などできない。
事務総長権限による査察という正攻法もある。国連のトップであろうとも、ゼーレの駒にすぎないのだから。


「そこまでは、私も・・」


「そうだな。
分かった。しかるべき筋に相談してみよう」


それほど強力なものではないが、冬月もゼーレにパイプを持っている。協力してくれるかどうかはともかく、
話くらいは聞いてくれるだろう。
ゼーレは今、最高指導者の後釜を巡って、かなりの混乱状態らしい。高度な謀略の一環かもしれない。


「一体、なんだというのだ、アレは」


冬月の眉間に皺が寄り、ナオコでさえ近づけないような空気を漂わせた。







美形転校生の登場以外、これといって何もなかった平穏な一日も終わり、下校の時間となった。
アスカとシンジは朝の気怠い様子から脱して、いつもの二人に戻っている。
その二人は、これからスーパーに寄って買い物の予定。今日も彼らの親達は、泊まりがけで仕事。近日中
にGoサインが出るとされている大きなプロジェクトのための準備で、忙しいようだ。
だが二人にとっては、その方が都合いいくらい。色々な意味で、二人きりの時間が愉しくてたまらない時期
なのだ、今の二人は。

と、アスカとシンジが正門から出ようとしたところで見たものは、カヲルを中心にしてワイワイ盛り上がって
いる五,六人の女の子達。それを仕切っていたのは、なんとレイ。
興味を持ったアスカがシンジを伴って彼女達に近づき、レイに事情を聞いたところ・・


「これから渚さんと、第三新東京市の街巡りに繰り出すの」


そう言ってにこやかな表情を崩さないレイは、実に楽しそうだ。そこにシンジへの想いはすでにないとアスカ
は考えたいが、世の中、そう思い通りにいくものではない。僅か一日で、幼児期から想い続けた人を忘れら
れるわけもない。
アスカは、意味もなくシニカルな笑みで佇むカヲルをチラと見ると、レイに別れの挨拶をし、シンジの手を引
いてその場を立ち去った。


「なんか気に入らないわね、あの渚ってヤツ」


渚と、彼を取り巻くレイを中心とした女の子達と別れたアスカは、彼らが見えなくなったところで表情を変え、
本音を漏らす。
彼女が本音をありのままに語るのは、シンジの前でだけ。一番親しい友人のヒカリに対しても、アスカは心
の内をぶちまけることはしない。


「複雑な事情があるんだよ、彼には。
そんなこと言うもんじゃないよ」


シンジには、アスカのカヲルに対する不評が分からない。
担任の葛城ミサトは、カヲルに両親がいないこと。第二新東京市に在る孤児施設で育ったことなどを簡単に
説明した。それでもそれは女子生徒達のカヲルに対する印象を悪くするものではなく、かえって同情の目を
向けられたくらい。あのヒカリでさえ、羨望の眼差しでカヲルを見詰めていた。アスカのような反応は、珍しい
部類に入る。


「あら・・
アンタは、アタシより今日初めて会った転校生に味方するの?」


「そうじゃないって。
聞いたろ?彼の事情。
それに、悪い人には見えないじゃないか」


「甘いわね、アンタ。
本当の悪人は、あからさまに悪人とは分からないものよ」


「じゃあアスカは、渚君が悪人だって言うのかよ」


「そこまで言わないけど・・」


口ごもるアスカ本人にも、よく分からない。
分からないが、カヲルは信用ならないと本能が告げていた。







美形過ぎてとっつきにくいと思った第一印象は、レイの思い違いだったようだ。
カヲルは話題が豊富で、女の子の扱いも心得ている。女の子達がちょっとした言い争いになった時の仲裁な
どは、見事なものだった。その時の、子供を諭す親のような物言いが少し気にはなったが。
本人の話では、付き合っている彼女もいないとのこと。レイにすれば、シンジを振り切るいい機会かもしれない。
変な話、シンジとカヲルを見比べた場合、カヲルの方が優良物件と言えなくもない。少なくとも、顔はカヲルの
方がいいから。


「すご〜い。ここ、セレブ御用達で有名なマンションじゃない」


単に繁華街をフラフラ歩いただけの街巡りが終わり、女の子達も一人、また一人と帰っていく。最後に残ったの
は、カヲルが住むというマンションと家が近いレイ。
そのレイは、そびえ立つマンションを前に思わず感嘆の声を漏らした。ここは、第三新東京市で最も高層で最
も有名な高級マンション。テレビでも取り上げられたことがある。


「僕の物じゃないよ。
それに、なんだか落ち着かなくて」


自慢するでもないカヲルに、レイは好印象を強くする。底にある優しさは、シンジと同じ物だと感じる。
ここが誰の物かレイには分からないが、カヲルが育った孤児院に寄付でもされたのだろうと思う。億を軽く越す
マンションを寄付するなど非常識ではあるけども、世の中には、常識を超えた金持ちが存在する。そんな金持
ちの一人が気まぐれを起こしても不思議はない。


「今日は愉しかったよ。
ありがとう、綾波さん」


「レイでいいわ。みんな、そう呼んでるから」


「じゃあ、これからは、そうするよ」


「でも、アスカだけは名前で呼んじゃ駄目。注意しておくわ」


「アスカ?」


「ほら、長い金髪の女の子。帰りに正門のとこで会ったでしょ?」


レイは、カヲルがアスカに興味を向けなかったのかと首をかしげた。
普通の男なら、まずアスカに目がいくのに。


「ああ、惣流さんね。碇君と一緒にいた。
思い出したよ」


「男の子でアスカをアスカと呼んでいいのは、シンちゃんだけなの。昔から、そうなのよね」


「ふ〜ん・・
あんな綺麗な女の子にそこまで想われるなんて、碇君が羨ましいな」


「そうかしら」


「どういうことだい?」


「知りたい?」


「是非ね」


「今夜、電話ちょうだい。
電話で教えてあげる」


レイは自分の携帯の番号をカヲルに教え、彼に手を振って駆けていった。
軽く手を挙げてそれに応えたカヲルは、顔から笑みを消してマンションの玄関をくぐる。
今の彼に、女の子と恋愛ゲームを愉しむ精神的余裕はない。生活のほとんどが、目的達成のためにあるのだ。
そんなカヲルを最初に歓迎したのは、IDカードの提示を求める機械音声。
次に後ろから現れたのが・・


「あら、渚君。いま帰り?」


「え、ええ、赤木さん」


隣の部屋に住む、赤木リツコだった。





でらさんから連載第三話をいただきました。

ケンスケ相変わらずですね。負けるなケンスケ(笑

カヲル君はもてるけど、女の子にかまっている時間はないみたいですねぇ。

リツコさんと何か接点ができるようですが‥‥。

ますます続きの読めない作品を書かれるでらさんにぜひ感想メールをお願いします。