舞踏会 その弐

作者:でらさん














永らく・・
おそらくは数千前に文明が興って以来、人類史の裏に存在してきたと言われる、世界最古にして最強を
誇る秘密結社、ゼーレ。
発祥の地はメソポタミアとも中華文明圏とも噂されるが、それを実証した者は誰一人としていない。ゼーレ
そのものを探る行為は、ゼーレの最高幹部に在ってもタブーとされているからだ。そのタブーを犯した人
間の末路は、語るまでもないだろう。秘密結社の情報統制に容赦はない。
ところが最近、鉄壁を誇ってきた情報統制にヒビが。
原因となったのは、ゼーレの歴史上最高の権勢を誇ると言われた、キール・ローレンツ卿の死去である。
一般には知られていないが、裏の世界では、第二次大戦を未然に防いだ最大の功労者、国際政治上の
偉人とまで評価されていた人物。事実、彼は、そのカリスマ性を持って表社会にまで影響力を拡大。世界
統合を前提とした超国家組織、国際連合の設立にも尽力している。最近は、世界統合の最終段階、国家
から国連への軍指揮権譲渡の実現に奔走していた。
そんな彼の死去による問題は、彼の影響力があまりに巨大過ぎたこと。
それ故、突然の死によって引き起こされたゼーレ内部の後継者争いは、混迷を極めている。
それは組織の統制をも歪め、最高指導者しか知ることを許されなかったゼーレ最大の機密が、外部に流
出してしまったのである。
ただ流出は確認されたものの、情報そのものは、まだ誰にも知られていない。持ち出した人間は追跡者
に捕まる前に拷問を恐れて自殺し、情報源をどこへ隠したのか、まったくもって不明。
世界の行方を左右すると思われるその情報源を、地球上のあらゆる組織が今、血眼になって探している。
だが、国連の下位組織でしかないネルフには、関係のない話。それどころか、研究機関が政治に巻き込
まれるなどご免被りたい。
少なくとも、ほとんどの職員・・
幹部のゲンドウでさえ、つき先程前まで、そう思っていた。
この男が現れる前までは。


「帝国内務省の、加持さん・・・か。
科学技術省でなく、内務省がネルフに何の御用ですかな?」


ゲンドウは、机の向こうに立つ男をサングラス越しに品定めする。

差し出された名刺には、内務省情報局外事一課との文字が。
ゲンドウの記憶では、国外の情報収集を担当する部署のはず。事前のアポイントメントでも確認してある。
彼の名刺に嘘偽りはない。
内務省の諜報部門は優秀な人間が集められる部署として知られている。その点においては、軍の参謀本
部や財務省と覇を競うほどレベルが高いとも・・
しかし、この男がそれほど優秀とは思えない。
適当に伸ばした髪の毛を無造作に縛り、頬から顎にかけては無精髭。背広は脱いで手に持っているし、ネ
クタイも緩めたまま。少なくとも、公的な訪問に必要な礼儀は感じられない。
人を油断させて情報を引き出す一つの手段とも考えられるが、そう考えるのは、まだ早い。


「なに、大したことじゃありません。
ここの最下層にある、例の物を見学したいだけです」


「地下には、倉庫があるだけだが。
もっとも、収めてあるのは、物騒なサンプルばかりだがね」


ネルフの地下には、危険な細菌やウィルスなどを保管した倉庫が存在する。当然、厳重な安全対策の下にあ
り、非常時には、上層の施設と物理的に切り離される。あくまで噂だが、その後に小型の核で焼き払う裏マニュ
アルまで存在するとも言われている。


「とぼけないでいただきたい。
私が言っているのは、葛城博士が発見し、封印したとされるアレですよ」


「ああ、アレか。
ただの古い石塔だ。場所が場所だし、人材不足もあって調査が難航していてね。
内務省は、考古学に興味でも?」


「・・・分かりました、副所長。私も腹を割りましょう」


普通に話しても埒が明かないと判断した加持は、上着のポケットから名刺入れを出し、そこから一枚を選び出
して机上に置いた。
その名刺には、ゲンドウも知る、ある組織の名前がある。世間一般には知られていないが、国連を牛耳り、国家
をも顎で動かす強大な組織だ。


「実は私、ここにも所属してましてね。
ええ勿論、内務省も承知の上です」


「二重スパイか」


「とんでもない。
ゼーレと内務省との間の人材交流ですよ。世界各国、どこの諜報機関でもやってることです」


「裏社会の付き合いなどに興味はない。帰りたまえ」


「まあ、もう少し付き合って下さい」


加持は名刺をしまうと、代わりに上着から煙草とライターを取りだし、煙草を口にくわえて火を付けようとした。
が、煙草を吸わないゲンドウの無言の圧力を察知して、ライターはしまう。煙草は、くわえたまま。


「私がこの名刺を使うことは、滅多にない・・
と言うか、初めてでして。それだけ事態が切迫しているということです。分っていただけますか?」


「分からんね。
アレを見て、どうしようというのかね?我々でさえ、何もできんのだ」


ネルフに限らず、普通の国連機関なら、ゼーレの名の入った名刺を見せられれば、よほど無茶でない限り、その
人物の行動は制限されない。それが、ゼーレという組織の力だ。
だがゲンドウは、強硬な姿勢を崩さない。ゲンドウの妻、ユイの実家である碇家は、ゼーレから特別待遇で遇さ
れており、最高幹部会にも発言力を持つ有力な勢力。多少の非礼など問題とされないだろう。
しかも今は、ゼーレ内部が内ゲバ状態で混乱している。加持が、とある幹部の意を受けて動いているのは確実。
その幹部の意図がどこにあるか不明だが、ここは拒否しておいた方が無難だとゲンドウは思うのだ。
ここで加持に許可を出したら、ネルフは加持の裏にいる幹部に肩入れしたと見られ、否応もなく権力闘争に巻き
込まれてしまう。それは避けたい。


「ゼーレは、アレを知っている・・・
とだけ、言っておきましょう。
申し訳ありませんが、これ以上は、どうしても言えない」


「なに?」


加持の意を含んだ言葉に、ゲンドウは本能的に反応する。
自分達の知らない何かを知るゼーレ。
ゲンドウは、ゼーレの本質的な謎に興味が沸く。
昨日、ユイから息子と隣家のアスカとの関係が男女の仲にまで進んでいるらしいと聞かされて以来、頭の回転
が妙にいい。まだまだ子供だと思っていた息子の成長に、心躍ると言った感じだろうか。ゼーレの謎を知りたいと
の欲を、躍る心が後押しする感じ。
そしてゲンドウが、情報と引き替えに加持の要求を受け容れてみようと考えた・・
と、その時、部屋のドアが突然開いた。
電気的物理的に幾重にも保護されたこの部屋のドアがゲンドウの許可も無しに開くとは、普通ではない。よほ
ど高位にある役職者のはず。
ゲンドウに思い当たるのは、四人。
姿を見せたのは、その内の一人・・・赤木ナオコ。


「あら?お客様?
お邪魔でしたかしら?」


ナオコは、何やら書類の束を抱え、にこやかな笑顔を二人の男に向ける。そこに昨日の不調はなく、いつもの
美しいナオコ。初めて彼女と対面した加持などは、数瞬の間、見とれていた。


「ああ、赤木博士。
いや、結構です。もう話は終わりました。
では加持君、また後で」


「え、ええ、分かりました。
失礼します、赤木博士」


加持は、不躾と自覚しながら何度もナオコに視線を送り、彼自身の記憶にあるナオコのデータと比較検証した。
そして、部屋を出た加持は、


「信じられん。あれで五〇過ぎか。
見た感じ、葛城と変わらんじゃないか」


加持は、ナオコの外見上の若さに感嘆を漏らす。彼が学生時代から付き合う彼女、葛城ミサトと見た目は大し
て変わらない。
ミサトの友人、赤木リツコとも加持は学生時代から知己の仲であるものの、著名な彼女の母と実際に対面した
ことはなく、会ったのは今日が初めて。ミサトからナオコの若作りな外見については聞いていたが、これほどと
は思わなかった。しかも自然。無理して若く見せている感じでもない。ミサトと付き合っていなければ、口説き
たいくらい。


「いかんな。こんなこと、考えてる場合じゃない。
次のアポを取っておくか」


加持は気を取り直し、受付へと足を向ける。
彼の依頼主は、気の長い方ではない。なるべく早い内にゲンドウと再び会わなくてはならない。
そしてゲンドウの許可をもらい、ネルフの最下層に在るというそこへ行き・・・


(こいつを置いてくるだけで、一生、金に困らなくて済むんだ。
楽なバイトだぜ)


加持は、少し潰れた何の変哲もない煙草の箱を大事そうに上着のポケットにしまい、上着を羽織る。
彼のくわえた煙草には、まだ火が付けられていない。







第壱中学 3−A教室・・


朝の喧噪が教室を満たす。
入学時から変わらないクラスの面々は、相田ケンスケにとって友人であり他人。
つまり、それなりに親しい人間もいれば、どうしてもソリが合わない人間もいるということ。特に最近は、ケンス
ケが小遣い稼ぎとして始めた女子生徒の生写真販売が女子達の反感を買い、彼女達からの評判は良くない。
挨拶もろくにしてもらえないのが現状だ。
とはいえ、変わらずに接してくれる友人もいる。今、ケンスケの机に遠慮も無しに腰を据える綾波レイは、その
一人。
無遠慮ではあるものの、間近に見る豊かな腰のラインは目の保養になる。文句など言えない。


「転校生?
それが、どうかしたの?相田君」


「おいおい、綾波。俺の好意が分からないのか?」


朝一でケンスケがレイに振った話が、明日、このクラスに来る予定の転校生についての情報。
アスカと付き合っているシンジに想いを寄せるレイではあるが、今度の転校生は、かなりレベルが高い。
顔だけなら、シンジより上だろう。近隣に聞こえる美形のレイとなら、お似合いだと思う。
シンジに対する想いが破れた今、レイに新しい出会いの機会を設けてやるのも友人の務めだとケンスケは
考えたのだ。


「どういう意味よ」


「シンジにふられたお前を慰めようと、涙ぐましい努力に励むこの俺の献身的な・・
って、ちょっと待て!なんだ、その鬼のような顔は!」


ところが、レイの顔には明らかな憤怒の表情が。
元々、吊り目気味の彼女がそのような表情をすると、正直言って恐い。


「ふられたって、どういう意味?」


「だ、だって、お前、惣流とシンジは・・」


「まだ結婚したわけじゃないわ!
ううん、結婚したってかまわない。二人の関係なんか、認めるもんですか!」


「現実を見ろよ。
お前が認めるも認めないも、やつらもう、夫婦気取りなんだぜ」


ケンスケは、窓際でシンジと談笑するアスカの方へ何気なく視線を移すと、首を振ってレイに現実を促す。
噂に依れば、二人はすでに大人の関係だという。校内でも、これ見よがしに腕を組んで歩く二人の様子を
見れば、その噂に嘘はないだろうと思う。
また、傲岸不遜の見本とまで言われたアスカがシンジに気を遣うようになったことから見ても、それは事
実と見て間違いはないだろう。
同級生の中で一番早く結婚するのは、この二人。誰もが、そう言っている。


「まだ分からないわ。
この先、何が起こるかなんて、誰にも」


拳を握りしめてまで力説するレイの前に、ケンスケは、A4サイズの書類を一枚出す。
それは、カラー写真付きの履歴書みたいな書類。写真には、シニカルな笑みを浮かべた美形の少年が・・
レイの眼が引きつけられる。


「何?これ」


「明日、転校してくる、渚カヲルってやつのプロフィール。
学校の管理コンピューターからパクったから、間違いないぜ」


「・・・顔は、まあまあね」


まあまあとは言ったが、実のところ相当な美形とレイは判断した。並のアイドル以上だと思う。シンジも整っ
た顔立ちをしているが、美形と言うほどではない。


「だろ?
彼女いる可能性高いけど、いたとしても、お前なら簡単にゲットできるさ」


「性格が最悪だったら、どうしてくれるのよ」


「そこまで面倒見切れるかよ。
それとも、俺と付き合うか?」


レイに対してのケンスケの気持ちは、友人以上ではない。ただの冗談だ。
レイを綺麗だとは思うし、さっぱりした性格も好み。もし付き合えたら、自慢にもなる。
だが彼女が自分を異性として意識することはないし、自分もそうだ。性差を超えた、いい友人として付き合っ
ている。
勿論、ケンスケも彼女は欲しい。ゲイなどではない。女の子には受けが良くないけども、こんな自分でもいい
と言ってくれる女の子が、いずれ現れる。そう信じている。


「それだけは、嫌」


「言うと思ったよ」


冗談か本気か・・
どちらにしても、世辞くらい言って欲しいものだ。
だが、例えレイが本気で言っていたとしても、彼女は憎めない。そういうキャラなのだ。
ケンスケは溜息一つ吐くと、プロフィールを手にとってマジマジと眺めるレイを見やった。

そして、知らないフリしてこんな二人の様子をチラチラ窺っていたアスカとシンジは・・


「なに騒いでんの?あの二人」


「さあ・・
でも、何だかんだ、仲いいね」


「あのまま付き合ってくれれば、アタシとしては、言うことないんだけどな」


「当人達に、全然、その気がないからね」


「レイは当然として、相田にその気がないってのが意外よね。
ねえ、そんなことより、今夜なんだけどさ」


昨日は帰ってきたものの、今夜も、アスカの両親はネルフに泊まり。
そしてシンジの両親も、今夜は泊まりだったりする。
それを知っている二人の心は、すでに今夜へと直行していた。若さ故の情熱が、体中を駆けめぐっている
ようだ。







第三新東京市内 某所・・


高い鼻、痩せて骨張った顔。
小さな眼鏡の奥に在るのは、権力以外の全てを手に入れた人間の持つ厭らしさを象徴するような眼。
体も小柄で、法衣のような着衣も、彼を威厳在る人間に脚色してくれない。
渚カヲルは、立体映像で現れたこの老人が、裏社会の誰をも恐怖させる、あのゼーレの最高幹部の
一人だとは、未だ信じられない。


<新しい部屋には、慣れたかね>


外見に似合った多少甲高い声が日本語に自動翻訳され、室内に設置されたスピーカーから聞こえる。
この老人は、彼の生まれ故郷のフランス語しか喋らない。英語は解するらしいが、それ以外の言語に
は関心もないと聞いたことがある。
しかし現在は、コンピューターによる自動翻訳の精度が飛躍的に進歩。異民族間のコミュニケーション
は手軽になりつつある。更にゼーレが使用しているマシンとソフトは世界最先端。本人の発声する音声
そのものを翻訳するという優れものだ。


「まだ着いたばかりなので、なんとも」


<ほっほほほほほほ!
そうだった。済まなかったな>


「いえ」


市内の一等地に位置し、高級感漂うこのマンションの一室にカヲルが少量の荷物と共に着いたのは、
つい数時間前。慣れも何もない。


<まだ若いお前に危険な仕事を頼むのは辛いが、今の私は、お前だけが頼り。アテにしているぞ>


「分かっております。ご恩は、忘れておりません」


十数年前・・
カヲルは、とある孤児院の前に、生まれてまだ間もない姿で捨てられていた。
体に身元を証明するものは一切なく、バスタオルでくるまれ、渚カヲルと書かれた紙片がタオルの間
に挟まれていたただけ。
警察も捜査はしたものの、結局、親についての情報は掴めず、捜査は打ち切られた。
以来カヲルは、その孤児院でスクスクと育ち、幼い頃から優秀な才能を発揮していた。その才能に目
を付けたのが、孤児院を運営する世界的な慈善団体のトップ・・つまり、今カヲルの前に立体映像で
現れている老人である。
多方面に事業を展開する老人にとって慈善団体の運営など数ある事業の内の一つでしかなく、しか
も重要度は低い。世間に対するアピールが主目的と言ってもいい。
だがカヲルにとっては、義理の親に等しい存在。恩義は感じている。


<他も動いている。無理はするな。
命は、大切にせねばな>


老人が心の底から自分を心配していると信じるほど、カヲルもお人好しではない。育った環境もあって、
世の中がどういうものかは分かっているつもり。老人の素性を知るだけに、尚更。老人の立場からすれ
ば、自分は駒の一つに過ぎず、たまたま自分が使いやすい位置にいただけ。自分が失敗すれば、老人
は次の手を打つ。それだけのことだ。
しかしカヲルは、老人の期待に応えるべく、全力を尽くそうと思う。自分が巧くやれば孤児院は優遇され、
仲間達も喜ぶだろう。
不幸な境遇に見舞われ、親を知らない子供達。
いつの間にか、その孤児院で最年長になっていたカヲルは、年下の子供達から実の兄のように慕われ
ている。
彼らの幸せは、カヲルの幸せでもあるのだ。


「ありがとうございます。リュシアン卿。
全力を尽くします」


リュシアン卿と呼ばれた老人は、満足そうな笑み一つ残して消えた。
後に残ったのは、暗闇と静寂。
カヲルは、それが自分そのものを象徴するモノのように思え、不快になる。
そしてカヲルは、不快の元となった闇を振り払うように、部屋の灯りを点けた。






つづく

でらさんから連載の第二話をいただきました。

この世界の影の姿が少しづつ現れてきたようですね。

カヲル君はやはり使者なのか‥‥シンジ君とは友達になるのでしょうか?

続きも楽しみですね。素敵なお話を書いてくださったでらさんにぜひ感想メールをお願いします。