贈り物

作者:でらさん









西暦2017年 2月・・・


大方の進路も決まり卒業も間近となった、ここ第壱中学校3−Aの教室では今日も和やかな空気が
満ち満ちていた。

誰に影響されたかは今更言わないが、クラスメート同士のカップルも多いこのクラスは空気そのものが甘い。


「ふん、俺にはカメラがあればいいのさ」


「碇君・・・」


哀しい人間もいるにはいるようだ。


そんな人間をあざ笑うかのように、幸せな空気をまき散らしている二人・・アスカとシンジ。

かなり強引な手段を使ってシンジに告白させたにも拘わらず、今はアスカがシンジにべったり。
どこへ行くにもシンジの手を離そうとしない。


「ア、アスカ・・トイレぐらい一人で行かせてよ」


「ダメ!いつでも一緒って、言ったじゃない!」


「学校では控えてよ」


「何よ・・家じゃシンジの方が積極的な癖に」


ザワッ


アスカが漏らした言葉に、教室内の人間全てが反応する。

日頃の様子から見て、この二人が行くところまで行ってるのは皆の了解事項。
本人達がいくら否定しようが否定のしようのない事実。
今更驚く事でもない。

クラスメート達が反応したのは


”家ではシンジが主導権を握っている”


と受け取ったからだ。
学校で見せる二人の姿はフェイク。
その実体は・・・


『ねぇ〜ん、シンジ〜〜〜』


『ははは、甘えんぼだなアスカは』


クラスメート達の頭の中ではこんな光景が繰り広げられていたのだ。
レイを除いて。


「待ってて碇君。もうすぐ私が牢獄から助け出してあげる」


いまだシンジを諦めきれないレイには何か思惑があるようだ。
入れ知恵したのは誰か大体想像はつくが。


「恥ずかしいよ!」


「外で待ってるだけじゃない!」


レイの企みも知らず
アホらしくなるような痴話喧嘩は続いている・・・






放課後 繁華街


珍しくヒカリが買い物に付き合ってくれと言うので、今デパートにいる二人。
ヒカリが当然のように向かった先は、フロアの半分ほども使ったバレンタインコーナー。
綺麗に梱包された様々なチョコが、所狭しと並べられている。

日本の習慣について勉強中のアスカも、この国独特であるバレンタインデーの習わしは知っていた。

女の子から男の子に愛を告白する日。
思いを込めたチョコレートと共に。

きっかけは何であれ、今はそういう事になっているらしい。

シンジとは既に恋人同志になっているし、元々そういったイベントにはあまり関心のないアスカは
周りの騒ぎを余所に案外冷めていた。
喜々としてチョコを物色するヒカリを見る目もつまらなそう。


「そんなに買い込んでどうするの?ヒカリ。
鈴原以外にも本命がいるの?」


「す、鈴原以外は義理よ、義理!
日頃からお世話になってる人に渡すのよ。担任の先生とかさ」


「お歳暮みたいなものか・・面倒ね、日本の社会も」


「アスカも少し買っておけば?
ネルフの人達に贈ったら喜ばれるわよ」


「どうしよっかな・・・」


シンジと付き合う前ならば加持に贈ったかもしれないが、もう加持に特別な思いはない。
それどころか、彼の粗ばかりが目に付く今日この頃である。
しかし、発令所のメンバーや技術部のスタッフ達にはかなり世話になっている。
それについてあまり礼を言った事もない。


「そうね、少し買っておこうかしら」


「ふふ、将来の為もあるもんね」


「何よそれ」


「碇君のお父さんに贈るんでしょ?」


「うっ、そうだったわ。考えてなかった・・」



将来設計において一番重要と思われる人物を忘れていたアスカだった。
結構おまぬけ。


その頃レイは偶然にも、彼女達と同じフロアの同じ場所にいたりする。
しかも、チョコレートの山の反対側。
お互い死角にいるので全く気付いていない。


「碇君をサルから救う作戦その一・・外堀から埋めよ。
赤木博士の言葉。
作戦その二、押して押して押しまくる・・・葛城一佐の言葉。
作戦その三、可愛く迫る・・伊吹一尉の言葉。
私には分からない・・・だって、私は三人目だもの」


同じ言葉を繰り返し、異様なオーラを纏っているレイに店員さえ近づけない。

レイに入れ知恵したのは一人ではなかったみたいだ。
ミサトまでとは・・





バレンタインデー当日・・・


思いを遂げて幸せな女の子や敢えなく玉砕した女の子など、様々なドラマが
繰り広げられたこの日、本命をただ一人に絞ったヒカリは勝者の位置にいる。

彼女の場合対象の男子がかなり特殊な為、競争率がゼロだったことが幸いしたとも言える。


「これで、鈴原と私は恋人同士・・・・ふふふふふふふふふふ」


「い、委員長・・な、何や気持ち悪いで」


ヒカリも特殊な人間の部類に入るらしい。
似た者同士だな。


しかし、そんな騒ぎなど眼中にないようにアスカとシンジは普段通りの姿勢を崩さない。
密かにシンジへチョコを渡そうと狙っていた女子生徒達にも、隙がまったく見えなかった。
アスカが常にシンジをガードしているし、シンジも用心してか女の子との距離を置いている。

これにはそれなりの理由がある。

アスカとすれば、例えイベントとはいえ恋人の男に女の子がまとわりつくのは面白くない。
愛の告白などもってのほかだ。
それでなくとも、最近はシンジに対する女の子の視線が艶を増している事だし。
シンジとしても、そんなアスカの気持ちは察している。
付き合う前とは違い、言葉にしなくても彼女の心の内が何となく分かるようになってきているのだ。
アスカの機嫌の悪い顔は見たくない。


「鉄壁の防御じゃない」


「アスカさえいなければね」


「碇先輩・・・」


「今日こそ俺の気持ちを碇に伝えようと思ったのに・・」


一部不穏当な発言があるようだが、とにかく二人の防御は徹底していた。
レイの作戦遂行も不可能なほどに。


(葛城一佐から伝授された作戦を遂行する事は不可能だわ。
碇君に近づけもしないもの。
なら、次は赤木博士から教えてもらった方法を・・・)


誰にも気付かれないように教室を出ていくレイ。
アスカとシンジも気付かない。

レイには人一倍注意を向けていたアスカであるが、間が悪かったらしくレイの動きを
捉えられなかった。
シンジはすでにレイに対して恋愛感情など持っていなかったため、完全にノーマークであったのだ。




ネルフ本部 司令室・・・


学校を出たレイはまっすぐネルフへ・・しかも司令室へ直行した。
両手にはいつの間にか、チョコレートがぎっしり詰められた紙袋がぶら下がっている。

それを見て、年甲斐もなく期待に胸膨らませる爺さん二人。
冬月とゲンドウ。


「きょ、今日は何の用だ?レイ」


「珍しいな、レイ君がここに来るとは」


「外堀を埋める為に来ました」


「「何?」」


日頃からレイの言動には目を白黒させている二人であるが、この言葉も理解に苦しむ。


「何を言っている、レイ」


「貴方は外堀なの・・だから埋めなくてはならない。
私と碇君の幸せのために埋まって下さい」


「だ、だからな、レイ・・・」


「これ・・・・あげる」


紙袋の中から包みを一つ取り出すと、ゲンドウに差し出すレイ。
ゲンドウも期待していただけに反射的に、受け取ってしまう。
冬月には何もないらしい。


「レ、レイ君・・私には無いのかね?」


「あなたは外堀じゃないもの・・・じゃ」


レイの出ていった司令室に漂う微妙な空気。
渡されたチョコを大事そうに机にしまおうとするゲンドウを、冬月が止めた。


「待て、碇・・それを一口くれんか」


「ふっ、人に物を貰うにしては態度が大きいですな冬月先生」


「そ、それを私に下さると光栄なのですが・・司令閣下。
これでいいだろ!さあ、よこせ!」


「ふっ、誰がやるものか。レイからのプレゼントを」


「貴様〜〜〜!!」


レイが訪ねてきた理由などどうでもよくなった二人。
一つのチョコを巡って乱闘でも起こしそうな気配だ。

年考えろよ、あんたら。


その後レイは、各部署を回って訳の分からない言葉と共にチョコを配っている。
贈られた方はレイなりの感謝の気持ちと思い、快くチョコを受け取っていたのだ。

レイはかなり勘違いしていたみたいだが。


(上手くいってるわ・・外堀は埋まったようね)


完全に思考がずれている・・・笑いたいぐらいに。





レイが外堀を埋め終えたと安心した頃、アスカとシンジもネルフへ着いていた。
彼ら・・いや、シンジの手にもチョコをいっぱいに詰めた紙袋が二つぶら下がっていた。


「さあ、シンジ・・行くわよ」


「ぼ、僕も行くの?」


「当たり前でしょ?アタシにそんな重い物持てって言うの?」


「はいはい、分かりました。お姫様」


「む〜〜〜、生意気」


一通りのコミュニケーションを終え、まずは司令室へ向かう。
組織のトップに敬意を表し且つ、シンジの父にごまを刷る目的もある。


「お邪魔します〜、惣流です〜」


「失礼します」


精一杯の作り笑いと、気持ち悪いほどの猫なで声で司令室に入るアスカ。
シンジはいつも通り。
二人が来たことで、チョコレートの奪い合いは一時中断している。


「おお、惣流君・・来てくれて嬉しいよ」


「・・・・・」


破願する冬月とは対照的になぜか緊張しているゲンドウ。
アスカとシンジは苦手らしい。


「いやですわ、副司令ったら。
今日はバレンタインなんで、義理チョコで申し訳ないんですけど・・どうぞ!」


「いやあ、済まんな。こんな老人に・・」


「そんな〜、お若いですよ、副司令は。
こっちはお義父様に」


「お、お義父様・・・・・・・・・」


アスカの見事な攻撃に為す術もなくKOされたゲンドウは、彼女の差し出す包みを受け取る手も
震える始末。
それを見て笑いを必死に堪えるシンジ。
父のこんな動揺した姿を見るのは初めてだ。


「では、他の部署の皆さんにも渡さなければならないので、これで失礼します」


最後まで猫かぶりを維持しつつ、部屋を辞するアスカ。
見事な演技力。
この勝負は間違いなくアスカに軍配が上がっただろう。


「ははは、私はまだ若いそうだ・・いい娘じゃないか惣流君は。
お前の息子の嫁には勿体ないくらいだな」


「な、何を言います。彼女以外、シンジの嫁はいません」


単純だね・・・



その後、各部署を回った二人だがアスカの演技が効いてどこでも歓迎された。
アスカも、感謝の気持ち自体はウソではなかったので結構いい気分でもあったし。





夜 葛城邸・・・


ミサトは加持とデート。
今夜は泊まってくると堂々と宣言し、出かけていった。

大台を突破し焦りまくっている・・・と、アスカは見ている。
しかし、そんなことは彼女にとってどうでもいい事。
シンジと二人きりになる時間が増えるのだから。


「ねぇ〜〜〜ん、シンジ〜〜〜」


「ははは、アスカは甘えんぼだな」


「アタシをこんなにしたのは誰よ」


「ひょっとして・・・僕?」


「バカ・・アンタしかいないじゃない♪」


クラスメート達の妄想は見事的中していたようだ。
リビングの真ん中でいちゃつく姿はまさにバカップルそのもの。
絶対、人には見せられないものだ。

が、こんな時、突然来訪者が・・


ピンポ〜ン ピンポ〜ン


「邪魔な奴・・・」


「仕方ないよ、お客さんなら・・・」


シンジの方がかなり残念そうな顔で玄関に出る。
そしてドアを開けると、そこにはレイがいた。

ふりふりのピンクのドレスを着て。
髪の毛には大きなリボンまで・・
この姿で道を歩いていたらかなり不気味だ。


「ど、ど、どうしたの?綾波」


「可愛く迫る・・伊吹一尉の言葉。
私、可愛い?碇君」


「ま、まあね。でもそれはパーティとかで着た方がいいと・・」


「外堀は埋めたの。だから、私と碇君は結ばれなければならないの」


「綾波、君が何を言っているのか、僕には分からないよ」


禅問答のようなレイの台詞にシンジの頭がオーバーヒートしかけた時、アスカが登場。


「シンジ、お客さん誰・・レイか・・・何しに来たのよ。
それにその格好・・・・・」


「葛城一佐は言ったわ。
欲しい物は奪う・・恋の勝負は、押して押して押しまくる事が勝利の秘訣って」


「何ですって・・」


「私はあなたより可愛い・・・碇君は私の物」


「このバカ!さっと帰って、寝なさい!」


ぼこ!


「痛い・・・」


「ア、アスカ、乱暴は・・」


「レイの肩を持つの!シンジは!」


「ち、違うよ、ただ・・」


「行きましょ、碇君。こんな乱暴な人と一緒にいられないわ」


「綾波も火に油、注がないでよ!」


「とにかく、アンタは帰りなさい!!」





このトリオ漫才は明け方近くまで続いたらしい。

朝帰りしたミサトが玄関で見た物は、仲良く抱き合うようにして玄関で寝ているアスカとシンジ。
そして、シンジの足に縋るようにして寝ているレイの姿。



「何やってんだか、この三人は・・・・・
それにしてもレイの服の趣味も変わったわね」



アスカの起動開始と共に、自分の悲劇が待っているとは夢にも思わないミサトであった。



 でらさんからすてきなバレンタインストーリィをいただきました。

 らぶらぶ・あまあまそれでいて爆笑モノですね〜♪

 勘違いレイちゃんがとっても可愛らしくっていい雰囲気を醸し出してますね!

 ‥‥そうそう、我らのアスカとシンジがらぶらぶかっぷるであることも忘れてはなりませんでしたな。

 いい話でしたのです。
 みなさんもでらさんに感想をさしあげてください〜。

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