加持農園物語 その三

作者:でらさん
















加持の畑・・


落花生は予想以上の収入を加持にもたらし、加持はその金で放蕩三昧・・・
とはならず、次に何を作るか色々な資料を調べたり近所の農家に意見を聞いたり、勉強に余念がない。
金も、次の作付けに備えてほとんど残してある。

頼りにしていたケンスケが、いずれ牧村の家に婿入りする事が決まった以上、彼に頼り続ける事は
無理だと加持は判断した。
と言っても、ケンスケはまだ加持の手伝いを辞めてはいない。
彼なりに、加持には恩義を感じているらしい。


「次は、何にするんです?加持さん」


休憩所で冷たいジュースを飲みながら、ケンスケは加持に次の作付けについて聞いてみる。
エミとの事もあるし、近頃は農業に興味が沸いてきたケンスケである。
今日は、エミに会うついでに加持の畑に寄ってみたのだ。


「まだ決めてない。
暫く畑を休ませようとも思ってる。
落花生のおかげで、かなり余裕ができたからな」


「じゃあ、バイトは暫く休みですね」


「忙しくなったら、また頼むよ。
エミさんの方の手伝いもあるだろうから、無理強いは出来んが」


「なに言ってんですか。
俺で良かったら、いつでも声を掛けて下さい。
台風の中でも、駆けつけますよ」


「ははははは!台風か・・
そんな事もあったな」


楽しいことも、辛いこともあった。

当初、仲間など一人もいなかった。
農業の道に進むという自分に、妻のミサトさえ辛く当たった。
ケンスケを引き込んだのは、手助けをどうしても必要としたため。

ろくに金のない自分に、人を雇う余裕などない。
だが、学生のバイト代くらいなら何とかなる。
そこで目を付けたのが、何度か面識のあったケンスケ。

彼も金は欲しかったようで、契約は成立。

彼と仕事をしてみると、いい加減な自分より余程しっかりした彼に教えられる事が、正直多かった。
ネルフという枠の中では優秀と言われた自分でも、違う道では中学生にも及ばない。
エミの件でも、完全に負けた。
加持がケンスケと過ごした時間は、自分の無能を思い知るに必要な時間だったのかもしれない。

かつてアスカやシンジに説教した自分が、恥ずかしく思えてくる。
世の中を達観していたつもりが、実は何も分かっていなかった。


「やっぱりここね。
ケンスケ!行きましょ!」



「エミさん」


ほどほどに着飾ったエミが、道路から声を掛けてくる。
ケンスケを迎えに来たようだ。
今日は、第三新東京市内でデート。
これまでは、知り合いの目を避けて第二新東京まで出かけていた。
第三新東京市でのデートは、今日が初めて。


「ほら、お迎えだ。
行った行った」


「は、はい。
じゃ、加持さん・・また」


「おう、しっかりエスコートしろよ。
シンジ君みたいにな」


「シンジと比べないでください。
あいつは特別です」


「はははは!それもそうだ。
じゃあな」


ケンスケとエミを見送る加持に、嫉妬も気負いも無い。
彼は、どこか変わった。

・・・と、思う。





第三新東京市 繁華街・・


少し前まで、ケンスケはクラスメートにエミとの関係を隠し、デートも第二新東京が主だった。
事実を知っていたのは、一部の関係者だけ。

自慢したかったのは山々。
女の子にもてないのを自覚し、その反動からか彼女達の写真を取って男子達に売っていた。
更にそれが、女の子達の自分への評価を押し下げてしまった。

そんな自分が、大人の女性・・しかも標準以上に綺麗な女性と婚約までしている。

学校の女の子達を見返してやりたいという気持ちは、強い物があったのだ。
だがエミは見せ物ではないし、彼女はそんな自分を嫌うだろう。
自分が彼女のような女性と巡り会う事は、二度とないと思う。
そんなエミを、くだらない虚栄心で失いたくない。

ところが、ケンスケの高校進学で事情も変わった。
何より、エミがコソコソするのを嫌がった。

よって、今の状況がある。


「エ、エミさん・・何か、変な視線を感じませんか?」


「別に」


「そ、そうですか・・」


繁華街を肩を並べて歩く恋人達・・

と言えば、聞こえはいい。
二人は腕も組んでいるし身長もほぼ同じで、バランスは悪くない。
エミも化粧をきめて実に綺麗。
歳の割に服が多少地味とも言えるが、これは彼女の好み。
道行く男達の目が彼女に向くのは致し方ない。

が、その男達の目がエミの隣を歩く青年に向くと、それは嘲笑や醜い嫉妬に変わる。
つまり・・

”何であんな男が・・”

と言った具合にだ。
ケンスケの感じる変な視線の正体は、これ。

エミも感じないではないが、そんな物は無視している。


「あら、エミじゃない」


「ユウコ!久しぶり」


二人に声を掛けてきたのは、エミと知り合いらしい女性。
歳は同じくらいだが、化粧や服は数段派手。
いかにも、これからデートといった風情。


「隣の子が、噂のケンちゃんね?
ふ〜ん・・結構可愛いじゃない」


ユウコは、値踏みをするような目でケンスケをじっくり観察。
彼のことは、エミの仲間内ですでに有名。

”あのエミに、ついに男が!”

と、いった感じ。

女ながらのミリオタで、しかも学業優秀、経済的にも問題がないのにもかかわらず突然大学を辞めてしまう
エキセントリックな性格。
友人達も、彼女と気の合いそうな知り合いの男を紹介したりもしたが、エミが恋人をつくる事は無かった。
レズかと疑われた事もある。

そんな彼女が、いきなり婚約。
しかも相手は五つも年下。
友人達が、エミを惹きつけた相手のケンスケに興味を持つのは当然。
ただ、相手が相手なだけに、

”ついに犠牲者が・・”

とか・・

”外見に騙されたのね、あの子”

更には・・

”エミが襲ったに違いないわ、絶対そうよ!”

などと言った噂が、友人間を飛び交っている。
ちなみにこのユウコは、”外見に騙されたのね、あの子”派。


「はは、お世辞でも嬉しいですよ。
相田 ケンスケです。よろしく、ユカリさん」


「将来有望な人よ。
私が目を付けたんだから、間違いないわ。
ユカリもふらふらしてないで、これだって男の人を早く見つけるのね」


「はいはい、そのつもりよ。
この気合いの入れ具合からして、分かるでしょ?
今日は、本命の彼を落とすつもりなの」


「ふふ、頑張って。
巧くいったら、報告するのよ」


「巧くいったらね、じゃ」


ユカリは、二人に手を振って離れていった。

エミの友人と会うのは初めてではない。
第二でデートしたときは、何人かに会っている。
おかげで、対応には多少慣れた。
同級生の女の子に対する時より緊張しないのが、自分でも不思議。
学校では、アスカやヒカリ以外の女の子と接するときに、なぜか構えてしまう。


「今みたいに自信を持てばいいのよ。
周りの視線なんて、気にすること無いの」


「エミさん・・」


「ほら、行きましょ」


「は、はい」




エミの気遣いが、涙が出そうになるくらいケンスケには嬉しかった。





ショッピングセンターを一通り歩いた後、昼食を兼ねて一休みという事で、二人はとある喫茶店に入った。

と、二人はそこで見知ったカップルと出会う。
金髪碧眼の美少女を連れた黒髪の少年というカップルは、そういない。
アスカとシンジだ。


「シンジ・・」


「やあ、ケンスケ・・牧村さんも」


「こんにちは碇君、惣流さん」


「こんにちは、牧村さん。
お会いするのは、何度目でしたかしら?
相田のやつ、なかなか会わせてくれないから」


「べ、別に会わせないってわけじゃ・・」


「アスカ、ケンスケが困ってるじゃないか。
その辺にしときなよ」


「だって、ホントじゃない」



一通り挨拶を交わした後、せっかく会ったんだからと、四人で簡単な食事と食後のお喋りを愉しむ。
そして更にその後・・
近くの公園でシンジはケンスケと、アスカはエミと話をすることになった。

付き合って一年以上経つシンジ達と違い、ケンスケの方は何かと気恥ずかしい事ばかり。
エミと二人だけでいる時には何でもないことが、他人が傍にいるとやたら恥ずかしい。
食事の最中にエミが自分の世話をする事とか、視線を交わすとか・・
そんな所作でも、シンジ達はごく自然に見えるのに。

特にアスカの変化は、未だに信じられない。
彼女が男の世話をするなど、ほんの一年前までは想像すら不可能だった。


「悪いなシンジ、デートの邪魔しちゃってさ」


「それは、こっちの台詞だよ。
一緒に食事しようって言い出したのは、アスカだし」


「惣流か・・
綺麗になったよな」


「何だよ、いきなり。
エミさんだって、綺麗じゃないか」


「俺が言いたいのは、外見だけじゃないって事さ」


前から綺麗だったアスカは、最近とみに美しさを増しているように、ケンスケには思える。
いやシンジと付き合い始めてから、彼女は女としての開花を始め綺麗になった。
それは、外見だけから感じる物ではない。


「あれから優しくなったよ、惣流は。
お前に対してだけじゃなくて、周りに気を遣うようになったり。
綾波とも仲が良くなったり・・
人間が一回り大きくなったっていうか・・・巧く言えないけど」


「そうだね。
僕には勿体ないくらいだよ」


「謙遜はよせよシンジ。
誰が見たって、惣流はお前以外相手にしてないぜ。
教師にだって警戒してる」


「でも、僕は不安なんだ」


「え?」


使徒との戦いの中でシンジは成長し、ケンスケが出会った頃のようなひ弱さなど、今の彼にはない。

アスカとの間にどのよなやりとりがあったかは知らないし、知るつもりもない。
だが一時期彼らの仲は険悪になり、学校にすら来なくなることもあった。
それでも、いつからか彼らの間には、温かい空気が流れるようになっていた。

それは最初ゆっくりしたもので・・
勢いが付くと、誰に求められない物へと変化していく。

周りが気が付いた頃には、二人の間は誰にも入り込めない絆で結ばれていたのだ。
普通の中学生が、好きだ何だと付き合い始めたわけではない。

そんなシンジがアスカとの関係に不安を持っているなど、ケンスケは信じられない。


「アスカは、あの通り綺麗だ。
その上優秀で、ネルフも彼女の将来に期待してる。
僕も努力はしてるけど、彼女には到底及ばない」


「それがどうしたんだよ。
そんな物、関係ないじゃないか」


「彼女は、虫を寄せ付ける甘い蜜なんだ。
それも、とびっきりのね。
今のところは僕が独占してるけど、その内僕に飽きるんじゃないかって・・そう思うんだよ。
だから、僕は可能な限り彼女を求める。
家でもどこでも・・
バカップルなんて言われても、僕は全然気にしない。
アスカを失うよりマシだ」


「そりゃ、考えすぎじゃないか?」


「そうかもしれない。
いや、多分そうだろう・・でも、僕は不安なんだ」





「・・・な〜んて、アイツは考えてるのよね。
はっきり聞いたわけじゃないけど、アタシには分かるんだ」


ちょっとした木陰で芝の上に座って見るアスカの惚気とも自慢とも取れる一人芝居は、正直飽きない。
それに、エミには羨ましい。
綺麗だが、まだ幼さの残る少女がこんなにも男を愛するなど・・

自分が彼女と同じ歳の頃は、愛など考えた事もなかった。
ただ、憧れの対象を探していただけ。


「凄いのね、彼のことをそこまで理解してるなんて。
私なんて、まだ分からないことの方が多いわ」


「ただ知り合って、付き合ってるわけじゃないもの、アタシ達。
生と死の狭間で、お互いの醜い部分をぶつけ合ったこともあるわ。
単に好みだったら、お互い拒否してるような人間よ、アタシ達って。
シンジは、おとなしくて楚々とした女が好みだし。
アタシは・・・」


「どうしたの?」


「アタシは・・やっぱり、アイツ以外ダメ。
どんなお金持ちでも、どんな良い奴でも・・世界にシンジ以外の男と二人きりになったって、アタシは拒否しちゃう。
そういう女になっちゃったみたい」


「ふふふふ・・最後はそうなるのね」


「だってさ、アイツの考えが分かるのって、世界広しと言えどもアタシだけよ。
そんな男を放すと思う?」


「じゃ、いま碇君が何をしてるか分かる?」


「そうね・・
アタシは今ソフトクリームが食べたい気分だから、相田と一緒にソフトクリーム持ってすぐそこまで
来てるんじゃないかしら」


そう言って笑うアスカの顔が、女の物に変わっていく。

愛しい男を見る目。
所有権を主張する、艶の籠もった目。
聞かなくても分かる・・彼女は、自分より女として上にいる。
体も心も。

そしてアスカの視線に合わせて体の向きを変えたエミが見たのは、彼女の言った不安を抱える幸せな
少年と自分の婚約者が四人分のソフトクリームを持ち、立っている姿だった。


「そろそろ冷たい物が欲しくなる頃だと思ってね。
余計なお世話だったかな?アスカ」


「いいえ、ジャストタイミングよ」




ドイツ訛りが消え、日本訛りが強くなった英語・・和製英語でアスカが応える。
そんな二人を、ケンスケとエミが眩しそうに見ていた。





葛城、加持宅・・


「ミサト、帰ったぞ〜」


「お帰り」


加持が農家仲間とのお茶から帰ってみれば、ミサトはリビングでテレビを見ながらごろ寝。
ジェニーまで付き合っているのがご愛敬。
洞木家に引き取られたペンペンといい、ミサトは鳥の受けはいいようだ。

ミサトはそのままテレビを観続け、ジェニーが加持を迎える。
彼女が人間だったら、迷わずミサトと別れ結婚しているだろう。


「森田さんにいい物を借りてきたんだ。
有志の作った、農業の素晴らしさをアピールするビデオだ・・一緒に観ないか?」


「ん〜?」


気乗りのしないミサトだが、夫とのコミュニケーションは大事。
身を起こして、背もたれの付いた座椅子に座り直す。
ついでに捲り上がったシャツも直して、半分見えていた胸もシャツの中に収まった。

その間に加持は、デッキにディスクをセットする。
そして、自分も座椅子を引っ張ってきて座った。

数秒の後に画面が立ち上がる。
・・・と、


「何よ、これ。
これが農業の素晴らしさだって言うの?
このビデオが!?」


「森田さん!ディスクを間違えたな!
す、済まないミサト、これは何かの間違いなんだ!
すぐに取り替えてくるから」


「このままでいいわよ」


「へ?」


「このままでいいって言ってるの。
ジェニーをベランダに出して、ゆっくり観ましょう」


「あ、ああ・・そ、そうだな。
ジェニー、こっちへ来い」




ベランダに出されたジェニーは、そのまま翌朝までそこで過ごした。
加持が森田氏に借りたビデオは、余程の名作であったようだ。

どのような内容であったか・・
それは、森田氏に聞くしかない。




つづく



でらさんから加持農園物語その三をいただきました。

加持は少しは人格的に成長したようですね。
自分の未熟を実感して人は成長するものです。

ミサトとの仲も修復されたようでなによりです。獣姦は変態行為ですからいけませんよね?(爆)

素晴らしいお話でした。皆さんも是非でらさんに感想メールをお出しください。

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