加持農園物語 その二

作者:でらさん

















農業に人生をかけた男、加持は最近機嫌が良い。
おかげでミサトとの関係は良好だし、ケンスケに対するバイト代の支払いも約束より多くなる事もしばしば。

勿論、この男が何の理由も無しにこんな上機嫌になるはずがない。
理由は、これだ。


「おはようございます、加持さん。
今日も早いんですね。
ジェニーちゃんは・・・畑か」


「おはよう、エミさん。
何せ初めて作る作物だから、色々と心配で。
つい目が覚めてしまうんですよ」


「でも、相田君ていう頼もしくて可愛いアシスタントがいるじゃないですか。
彼の知識は、なかなかですよ。
勉強熱心だし」


「そ、そうですね。
俺も助けられてます」


「じゃ、頑張ってくださいね」


加持と挨拶を交わした若い女性は、自転車に乗り、走り去っていった。

加持の畑から自転車で10分ほど離れた所に住んでいる牧村 エミという女性。
キノコ騒動から程なくして現れるようになった彼女が、加持の上機嫌の原因。

彼女は、まだ20歳。
大学へ進学し第二新東京市で一人暮らしをしていたが、突然農業に目覚め学校を辞めて実家に帰っていた。
近頃は農業を目指す若者も多くなり、前世紀末ほどに農家が後継者不在に悩む事はない。
しかし、若い女性の後継者というのは多くない。
ましてや、エミのように一人娘で家の跡を継ぐ意志を示すというのはかなり珍しい。

更には、彼女はそれなりに美形だしスタイルも良い。
つぶらな瞳にショートな黒髪。
胸の張り出しやら、引き締まったウェストやら、大きさ形とも申し分ないヒップやら・・
完全に加持の好み。
現在は、隙をうがっている最中。


「相変わらずいい体だぜ。
ミサトの若い頃を思い出す・・」


ミサトとのセックスは、すでに子作りの手段といっても過言ではない。
彼女への愛は変わらないが、肉体的な欲求はまた別。
はっきり言えば、ミサトの体には飽きてきたのだ。

こんな加持に、エミは極上の獲物に見えていることだろう。


「一見軽い性格に見えて、ガードは堅い。
ふっ、性格までミサトに似てやがる。
しかも、あの体つきは処女と見た!
ふふふふふふふふふふふふふ・・
やってやるぜ!!




哀れな男、加持 リョウジ。
彼の願望が叶うことは、完璧にない。





翌日 朝・・


バスから降り、歩いて数分。
まだ柔らかい日射しの中、バッグを担いだケンスケは見慣れた加持の畑に到着した。

と、すでに加持の軽トラが停まっており、畑には加持の姿が。
ジェニーもその巨体で、畑を窺うカラス達を威嚇している。
いつもはケンスケの方が早く、加持は遅れてくるのが常。
珍しい事もあるものだ。


「おはようございます、加持さん。
今日は、早いんですね」


「おう、相田君!おはよう!
今日はじゃなくて、今日もと言ってもらいたいな!
ははははははははは!」



「はあ・・」
(恐ろしくテンション高いな、何かあったのか?
またワライタケでも食べたんじゃ・・)


朝から全開モードの加持に、ケンスケは異常な物を感じる。
普段はともかく、休日の加持はどことなく元気がないのに。

と、そこへ、自転車に乗ったエミが通りかかる。
ジーンズに深緑色した長袖のシャツ、麦わら帽子をかぶり白いタオルを首に掛けている。
これから自分の畑へ行くのだろう。


「おはよう、相田君!加持さんも!」


「おは」


「おはようございます!エミさん!
今日も、いい天気ですね!」



ケンスケに物を言わせないかのように、加持が大声でエミに挨拶を返す。
彼女は、ちょっと寂しそうに・・不満そうに、そのまま走り去ってしまった。


「相田君、彼女に何かしたか?」


「はあ?」


「彼女が立ち話もせずに行ってしまったのは、何か原因があるに違いない。
それが俺であるはずがない・・と、なれば!君しかいないだろう。
挨拶を返さなかったのが気に障ったんだ。
なぜ、おはようの一言が言えない!
俺は哀しいぞ!」


「加持さんが言わせてくれなかったんじゃないですか。
挨拶しようとしたのに」


「・・・そ、そうだったな、すまん」


「綺麗な人だけど、浮気はいけませんよ浮気は。
ミサトさんに報告しますからね」


「わ、分かってるって」


「とにかく、仕事しましょう。
蕎麦と違って、落花生は結構難しいですよ」


バッグから着替えを取り出したケンスケは休憩所で着替えると、麦わら帽子を被って畑に出て行く。
加持も先ほどの勢いはないが、畑に戻った。

蕎麦は出来が良く出荷先の評判も良かったものの、ご近所との茶飲み話で落花生が儲かると聞いた
とたんに、加持は方針転換。
あっさりと落花生に鞍替えした。

セカンドインパクトで、落花生の主要な産地であった千葉の畑はほとんど壊滅状態となり国産は激減。
気象変動で肥沃な穀倉地帯となった北海道では、米と野菜が中心・・落花生を作る農家はまずいない。
そういったわけで、輸入に頼っているのが現状。
だが国産信仰は根強く、希少な国産落花生の値段は高い。
茶飲み話も、まるっきり嘘ではないのだ。


「くそう、数少ないチャンスを逃がしてしまった。
だが俺は負けん、あの体を手に入れるまでは!」




不純な動機で燃える加持に、明日はあるのだろうか・・・





夕方・・


結局、仕事が終わるまでエミとの接触は無し。
休憩時間は合わないし、昼は自宅に帰るエミと話せるはずもない。
夕方になり立ち話くらい出来ると思ったが、エミはさっさと帰ってしまっていた。
とりつく島もないとは、この事。

流石の加持も、少しへこんだ。


「今日は、収穫無しか・・
まっ、明日がある」


「収穫はまだ先ですよ、加持さん。
じゃ、俺は帰ります」


「おう、俺も帰るとするわ。
ジェニー、こっちへ来い」


ジェニーを専用の鳥かごに入れ軽トラに乗りこんだ加持は、疲れたように帰っていった。
ケンスケは、バス停までとぼとぼと歩いていく。
バスは、まだまだ来ない。
この路線の本数は、一時間に一本あるかないか。
次は・・


「後40分か・・
仕方ない、待つか」


周囲は暗くなり始め、気温も下がってきた。
街灯に虫が群がり始める。
バスが来る頃には、完全に夜だろう。

道路を走る車は少ない。
時折、通り過ぎるだけ。
その数少ない車の一台が、ケンスケの前に停まった。


「相田君!乗せてってあげるわ」




ちょっと旧い小型の車に乗って現れたのは、エミ。
彼女の笑顔はとても眩しくて、昼間の彼女とは別人に見えた。




エミの運転は、慎重の一言。
生きた心地のしなかったミサトの運転とは、まるで反対。


「車、持ってたんですね」


「お父さんのよ。
今日は第二の友達と会うから、ちょっと借りたの」


ケンスケがエミの服をちらと見ると、そこそこのオシャレ。
化粧もしているし、友達とは言うが彼とデートだろう。
彼女ほどの女性なら、男が放っておかないと思う。


(加持さん、あなたの努力は無駄でした)
「すみません、せっかくのお出かけなのに送ってもらっちゃって」


「ちょっと、相田君。
あなた、何か勘違いしてない?
デートなんかじゃないわよ、本当に友達と会うんだから」


「別に冷やかしたりしませんよ。
デートならデートでいいじゃないですか」


「ホントに違うんだったら・・
彼なんかいないわよ、私。
正直言ってこれまでたくさん誘われたけど、気が合う人なんて皆無。
それに、私の趣味は女として一般的じゃないしね」


「ふ〜ん・・
ミリタリーマニアとか?
ははははははは、まさかね」


「そう!それよ!
女がミリタリーに興味持っちゃいけないの?
あなたはどう思う?相田君!」


「いえ、俺は別に構わないと思うけど・・
俺も好きだし」


「本当!?じゃ、私達は同志ね!!
今度、私のコレクションを見せてあげるわ!」



「ど、どうも・・」




綺麗な女性とお近づきになれるのは嬉しいが、恋愛対象外の女性と仲が良くなっても仕方ない。
ケンスケが付き合いたいのは、同世代の女の子。

妙な展開になったと、溜息が出そうなケンスケである。





翌週・・


所により雷雨という不安定な天気ながらも、畑が心配なケンスケは一応畑に足を運んだ。
が、加持がいない。
携帯で電話したところ・・


<ミサトのやつが、今日はどうしても買い物に付き合えと聞かないんだ。
昨日に出来るだけの事はやっておいたから、今日は休んでくれ>


昨日から分かっていたのなら電話の一本くらい欲しかったと思うが、そこはケンスケも我慢。
了解して電話を切った。

そこに、丁度と言うか見計らったようにエミが。


「こんにちは、相田君。今日もお仕事?
お天気、悪いわよ。
私は、雨が降るまでと思って出てきたんだけど」


「畑が心配で来てみたんですが、加持さんが今日は帰れって・・
これから帰ります」


「あら、せっかく来たのに・・
そうだ!家の畑、手伝ってくれない?
今日はお父さんもお母さんも出かけちゃって、私一人なの。
バイト代も、ちゃんと払うわ」


「バイト代なんて、いいですよ。
喜んで、お手伝いします」


「そうそう、私のコレクション見せる約束もあったわよね。
お昼にでも見せてあげる。
SSの制服とか、結構あるのよ」


「そ、そうですか、楽しみだなあ。
ははははははは・・」
(SSの制服?かなりコアだなこの人・・)




これまでエミに彼氏の出来なかった理由が、何となく分かってきたケンスケである。




昼前・・


よく手入れされた畑。
自分と加持が手がける畑とは、やはりどこか違う。
エミも、よく動く。
決して軽い気持ちで農業をやっているのではないと分かる。

そしてもうそろそろ昼という頃、雲が厚くなり空が暗くなったと思ったとたん・・どしゃ降りの雨。

ケンスケとエミは、道具をしまってある小屋に一時避難した。
道具小屋と言っても結構広く、休憩にも使ったりするのでゴザまで用意されくつろぐ事も可能。


「ああもう、油断してたわ・・びしょびしょ」


「やっぱ、予報は当たったか。
一時間はやまないかな」


雷の音がだんだん大きくなり、近づいてくる。
雨粒も大きくなり、屋根を叩く音も激しさを増す。

エミは濡れたシャツを脱ぎ固く絞ると物掛けにぶら下げ、更にジーンズも脱ぐ。
ジーンズも適当な所にぶら下げた彼女は、ゴザを敷いて外の様子を窺うケンスケの横に立った。
ケンスケは、目のやり場に困りエミの方を向けない。


「ねえ、あなたは私のこと・・どう思う?」


「き、綺麗ですよ。
どうしたんですか?いきなり。
風邪ひきますよ、そんな恰好して」


「加持さんが私に興味持ってるの、知ってるわ。
でも、私あの人嫌い。
雌を狙う雄の目してるもの、あの人。
加持さんが見てるのは、私の体だけ。
女ってね、男のそういう視線が分かるのよ。
あなたの視線には、それを感じない」


「それが、どうかしたんですか?」


「ふふ、意外と鈍いのね、あなた。
私があなたに興味持ってるの・・分からないの?」


人が変わったような、エミの妖艶な語り口。
下着だけになった体を押しつけてくる。
耳元で囁く声と大人の女性が発する甘い匂いが、ケンスケの頭に染みこんでもくる。
堪らずに反応する男の生理。

雷と雨音が、彼女を変えたのだろうか・・


「からかうのは、やめてください。
女の子達に俺が何て言われてるか知ってますか?
自分でも分かってます。
そんな俺をからかうなんて・・」


「その女の子達は、あなたの事を知らないだけ。
私は知ってるわ。
いつも一生懸命、畑で仕事してる・・努力してる。
それに、あなたと初めて会ったとき、私は何となく感じたのよ。
私は、この人と付き合うんだって。
勘は当たってた。
趣味まで同じだなんて、これは運命よ」


「俺、まだ15ですよ。
エミさんの方が5つも歳が」


「あなたが20歳になったら、私は25・・・大した差じゃないわ。
さあ!この体、あなたの好きにして!」


「エ、エミさん!」




激しく鳴り続ける雷鳴の中、二人は甘美な行為に酔いしれた。





更に翌週 牧村家・・


貸衣装屋から借りたスーツに、癖毛を無理矢理押さえつけたヘアスタイル。
もうすぐ中学も卒業だが、顔の幼さはまだ抜けない。

そんな少年が、今日この瞬間から自分の婚約者。
エミ自身、話の急展開に戸惑うばかり。
が、もう引き返せないし、引き返すつもりもない。

友達から見れば、バカな選択かもしれない。
将来性もろくに分からない少年と婚約しようというのだから。
しかし、信じたい・・彼の可能性を。

今はまだ自分に自信も持てず人から誤解される事の多い彼でも、努力家の彼なら立派な男に
なってくると思う。


「はい、ケンスケ。
お父さんとお母さんに挨拶して」


「あ、相田 ケンスケであります!
このような形でご挨拶するのは初めてでありますが、以後よろしくお見知りおきの程をお願いしたく、
窺った次第であります!」


「今更、堅苦しい挨拶はいらんわ。
ケンちゃんが婿に来てくれるなら、儂らも嬉しいかぎりじゃ。
なあ?母さん」


「そうよ。
まだ先の話だけど、跡継ぎが出来て安心したわ。
式の前に孫がいてもいいわよ、頑張んなさい。
若い者には野暮かしらね。
ほほほほほほほほほほほ!」


「いや、あの、孫とか言われましても・・」


先週の一件以来話は一気に進み、エミの両親とケンスケの父親との間で話し合いも成立。
二人の婚約が決まった。
ケンスケは婿入りし、牧村の家を継いで家業も当然継ぐ事になる。
式の予定は、約5年後。

彼女もいない状態から、いきなりアスカ達に肩を並べたのだ。
しかも、あのケンスケがだ。
友人知人の驚き・・ショックは大きい。

特にこの男は、茫然自失。


「俺が手に入れるはずだった極上品を、あんなガキにさらわれるとは・・
何か間違ってるぞ、この世は!!


「誰がエミさんを、手に入れるはずだったんですって?」


「俺に決まってるだろ!
その為に様々なプランを立案してだな・・・
はっ!!ま、まさか、このパターンは」


「ご名答。
いつものように絶叫してちょうだい・・加持 リョウジ殿」


「ミ、ミサト・・・
なぜだ〜〜〜!!




こと女に関しては見境の無くなる加持 リョウジ。
彼のへっぽこな日々は、まだまだ続く。

ケンスケに春がやってきた話です。リアル世界はもうすぐ冬でエヴァ世界はずっと夏ですが、ケンスケには春なのです。

それにしてもミリタリーマニアの彼女ですか。‥‥趣味も合うし、ケンスケのいいとこを見つけてくれる人が出てきて良かったですね。

女のことでケンスケに負けた(笑)加持に合いの手を!

いい話を書いてくださったでらさんに感想メールをお願いします。

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