だ〜くさいど in Rei

    作者:でらさん














    綾波レイ。
    公式プロフィールでは、過去の記録は全て抹消済み。
    よって、両親の存在も、生まれた故郷さえも知る者はない。
    エヴァと称される対使徒決戦兵器。そのプロトタイプのパイロットに選出された人物にしては、
    ほとんど情報が表に出ない謎の存在。
    先天的に体の色素が薄く、瞳は赤いし、髪の毛は青みがかった白髪。
    そのせいかどうかは分からないが、感情の起伏に乏しく、彼女の笑顔を見た者には幸運が
    訪れるとの都市伝説が、ネルフ本部職員間でまことしやかに語られているくらいである。
    ネルフの前身であるゲヒルン時代から務めているある職員は、レイが、事故で消失したゲン
    ドウの妻ユイに似ていることから、ユイが遺した不倫の子ではないかと言い。
    またある職員は、ユイ恋しさに、ゲンドウがユイのクローンを創ったのではないかと噂した。
    そして別の職員は、碇家の親類だろうと、至極妥当な線で勝手に納得した。
    結論から言えば、いずれも外れ。
    クローン説が惜しいものの、そのものズバリではない。
    レイは、人類補完計画の重要なファクターとして、人工的に創られた少女。
    元になったのは、全ての始祖、アダムの片割れであるリリスの遺伝情報と、ユイの遺伝情報。
    よって、人間の姿を持ちながら使徒としての能力を併せ持つ。
    その不安定な形態は心を縛り、感情の発露を困難とした・・・
    と、思われていた。
    つい、数ヶ月前までは。
    だがそれは、彼女の巧妙な擬装だったのである。


    「ねえ、そこのジジィ」
    (※注 レイです)


    「ジ、ジジィ?
    レイ、それはあんまり」


    ゲンドウと冬月、そしてレイの他には誰もいない司令室で、冬月はレイに詰め寄られ、じりじり
    と後ずさっていた。
    ゲンドウは、現実逃避するかのように机上で腕を組むだけ。顔中に浮かぶ汗が、その心情を
    現している。非常に拙い事態というやつだ。可能ならば、逃げ出したいところだろう。


    「ジジィをジジィと言って、何が悪いの?
    じゃあ、コウちゃんは、自分をイケ面の好青年だとでも思ってたりするわけ?
    レイ、信じらんな〜い」
    (※注 レイ)


    「わ、私が悪かった。
    ジジィでいい」


    「私に口応えするなんて、百万年早いんだから。
    二度と言わせないでね。いい?」
    (※注 レイ)


    「は、はい」


    「そっちの髭もよ。
    他人ごと気取ってると、レイ、怒っちゃうんだから」
    (※注 レイ)


    「わ、わ、分かっている」


    なるべく関わらないようにしていたゲンドウだが、やはり駄目かと諦め、渋々返事を返した。
    レイは、そのゲンドウを見て


    「まったく、無駄に歳ばっかりくって、使えない人達ね。レイ、哀しくなっちゃうわ。
    ま、コウちゃんて呼びやすいから、コウちゃんて呼んであげてもいいけど」
    (※注 レイ)


    小馬鹿にしたような台詞を、これでもかとぶつけてくる。。
    唯に瓜二つの秀麗な容姿。その口から出るのは、歳相応ではあるものの、年長者や社会的立
    場のある人間へ向けたものではない。明らかに嘲笑を含んでいる。
    表では無口なミステリアス少女を演じるレイの正体が、これ。その方が色々と動きやすいため
    真の自分は秘匿している。

    ゲンドウは、使徒の再来からこっち、ろくな事がない。
    三鷹の親戚に預けていたシンジと一〇年ぶりに会ってみれば、性格が激変。表の顔と裏の顔を
    完璧に使い分ける、奸知に長けたずる賢い少年になっていた。
    シンジは、自らの特殊な立場を利用してゲンドウを脅し、今やゲンドウは、シンジに決して逆ら
    えぬ下僕。
    子を千尋の谷へ落とす獅子のようにシンジを鍛えたようと、特殊な人間の元にシンジを預けた
    が、別の意味で強くなって、いや、強くなりすぎた。どんな訓練を施せばこんな人間になるのか、
    聞きたいくらいだ。
    こんな微妙な空気を察したのか。愛人関係にあったリツコからは一方的に関係の解消を通告さ
    れ、多額の慰謝料まで取られて関係は終わった。シンジが裏で糸を引いた可能性もあるが、考
    えないことにしている。シンジを問い詰めて彼の怒りを誘えば、更なる悲劇が襲い来るのは確実
    だからだ。
    そんなこんなで頭を悩ませていたゲンドウへ追い打ちをかけるように、レイが本性を現す。
    その生い立ち故、感情の起伏のない寡黙な少女と思われていたレイ。
    過酷と思われるゲンドウの命令にも、忠実に従ってきたレイ。
    そのレイが突如として豹変したのは、ヤシマ作戦の後。
    正確に言えば、物心ついてから彼女自身に変化はない。彼女は、自分の生い立ちやネルフに
    おける立場を鑑み、どうすれば巧く立ち回れるか。利用されるだけの立場から脱することが出
    来るか、幼い頃から必死に考え続けてきた。
    目立たぬように、それでいて存在感を失わぬようにゲンドウへ取り入り、ネルフ総司令である
    ゲンドウの信頼を得る。時としてそれは精神的苦痛も伴ったが、レイは自己保存の欲求を最
    優先してそれを抑え、時期を待った。
    そして数ヶ月前、ほんの偶然から自分が決定的優位に立つ鍵を手中に。
    ヤシマ作戦の後、入院していた病室で聞いた、ゲンドウと冬月の会話。
    寝たふりをしているレイの横で彼らは、レイが他に代え難いほど補完計画になくてはならない
    存在だと漏らしたのだ。
    代え難いほど大切な存在とまで言うなら、それを利用しない手はない。
    無意識にニヤリと歪む頬。
    レイが希望を見出した瞬間であった。

    レイは退院してすぐゲンドウと相対し、自分の完全な安全と確固たる立場を要求。
    聞き入れられない場合、自殺するとゲンドウを脅迫。
    始めは冗談と思っていたゲンドウ、そして同席していた冬月だが、地下施設で培養されていた
    レイのクローン達が全て廃棄されたとの報告を受け、愕然。レイが本気であると理解した。
    レイに何かあった場合のスペアがなくなれば、今のレイが死んでしまうとそれで終わり。何もか
    もが雲散霧消となりかねない。シンジの脅しもゲンドウにとっては致命的だが、これも致命的。
    いや、それ以上かもしれない。
    シンジはただの人間だが、レイは使徒の超常能力を有している。未だ内に秘めただけのそれ
    が覚醒すれば、事情がどうでもレイには逆らえなくなる。
    これらの事情から、ゲンドウは、ほとんど身動きの取れない立場へと追い込まれたのだった。


    「それで、話の続きなんだけど」
    (※注 レイ)


    ゲンドウと冬月の焦燥をよそに、レイが話を切り出す。
    ビクッと体を震わし、身構える中年と老体。部下には絶対見せられない姿だろう。
    自分のイメージを護らんがため、表面的には今まで通りを続けるレイに、これだけは感謝している。


    「今度の件、ジイちゃんずは、どう責任取ってくれるの?」
    (※注 レイ)


    「・・・今度の件とは?」


    怪訝そうに首を捻った冬月には、何のことか分かりかねる。
    ここのところは、セカンドチルドレン&弐号機の移送以外にイベントはなかったし。
    その移送も、使徒の出現はあったものの軽微な損害で殲滅している。司令クラスが責任を負う
    ようなミスはないはずだが。


    「私の碇君に、あの赤毛女がちょっかい出してるでしょ?
    なんで、私も行かせなかったの?
    とっても、と〜っても解せないんだけど」
    (※注 レイ)


    「・・・・」


    ミサトの報告を思い出した冬月は、レイの言いたいことは理解したが、反応に困った。
    少女らしい恋心の発露を微笑ましいと思う一方、それを迂闊に口に出来ない苦しさとでも言おうか。
    とにかく、正論で対応するしかない。


    「あ、あのな、レイ。
    ネルフ本部にパイロットが一人もいないなんてことは、非常に拙くて」


    「なら、私を行かせるべきだったんじゃない?
    碇君と赤毛女との接触は、それで避けられたはずよね。
    違う?」
    (※注 レイ)


    「こっちの事情も理解してくれ。
    それに、セカンドのあれは全く予想外だ。
    事前の調べでは、とてもあんな」


    「言い訳は、や・め・て♪
    それより、次の手を考えてちょうだい」
    (※注 レイ)


    「次の手?」


    「私と碇君が、ごく自然にお付き合いできるようにお膳立てしてするの。
    それが、あなた達ジイちゃんずの存在意義なのよ。
    忘れたとは、言わさないんだから」
    (※注 レイ)


    いつ、そんな話があったか全く不明だが、レイが言うからには首を縦に振らなくてはならない。
    手だては後で考えるとして、冬月は、とりあえず返事をした。


    「分かった。
    努力してみる」


    「ねえ、コウちゃん。
    いくら努力しても、結果が付いてこないと意味ないのよ。
    分かってる?」
    (※注 レイ)


    「む、無論だ」


    「その言葉、忘れないでね。
    ねえ、そこのお髭ちゃん。お髭ちゃんも、しっかり働いて♪
    聞こえてるんでしょ?」
    (※注 レイ)


    「・・・う、うむ」


    ゲンドウは、己のプライドと戦いつつも頷く。
    すでにこの時点で、世界の行方を左右する補完計画は瓦解しかかっていた。











    全てが裏目に出る最悪の展開。
    表舞台では順調に見える使徒戦、及び補完計画も、ゲンドウ視点、レイ視点では最悪に近かった。
    シンジへの好意を明け透けに表すアスカを、まず何とかしなければと頭を悩ませていたゲンドウ
    達の前に、ミサトがとある作戦を上奏。
    二人は熟慮した上で、これは使えると判断。許可を出した。
    息を合わせることを目的とするこの作戦は一見、共同生活することもあって、二人の中を接近さ
    せる可能性が高いと思われる。
    が、ゲンドウ達の思惑は違った。
    意識しあっている二人を敢えて近くに置くことで気まずい雰囲気を創りだし、接近を阻もうとした
    のだ。
    いくらタフな精神を持つシンジでも、根は一四才の少年。心の機微までコントロールできまいと踏
    んでの措置。表向きはネルフ司令が発する作戦の一部なので、シンジは拒否できないはずだし。
    ところが、作戦の一環である特訓が進むにつれて状況は怪しくなるばかり。ゲンドウ達の思惑と
    は逆に、アスカとシンジは急接近していった。
    二人の仲が接近していくと共に悪化していく、レイの機嫌。
    彼女の場合、機嫌が悪くなると口調が丁寧になるので余計恐ろしい。最近では、以前のような
    人を小馬鹿にしたコケティッシュな口調はほとんど聞かれない。
    つまり、慢性的に機嫌が悪いということ。


    「弐号機にしか使えない装備に、バックアップが初号機。
    どう見てもフラグ立ちね。
    爺さんは用済みと言われたいの?あなた達」


    「フ、フラグ立ち?
    何だね、それは」


    冬月は、聞き慣れぬ言葉の意味が分からずに困惑する。
    もはや恒例と化した司令室でのレイの尋問は、ゲンドウと冬月にとって拷問に近い。これに比べれば、
    ゼーレの査問など可愛いものだ。
    せめてアスカとシンジが普通の友人同士なら、レイの機嫌もここまで悪くならないと思われるのだが。
    とはいえ、シンジに意見など不可能。逆に、アスカとの分断工作がばれはしないかとビクついている
    くらいだ。
    今日は、浅間山火口内で使徒の卵が発見され、すぐさま超法規的措置であるA-17が発令。ネルフ
    は戦闘態勢へと移行した。
    活動中の火口内へエヴァをダイブさせて使徒の卵を捕獲するため、技術部は、耐熱耐圧耐核装備
    を用意。高温高圧の火口内でATフィールドが問題なく働くか、分からないためである。
    が、この特殊装備は、ATフィールドの有効性が疑問視されていた時期に開発された装備であり、試
    験用に一つ製作されただけ。しかもプロダクションモデルの弐号機にしか装備できない代物であった。



    「赤毛女と碇君のハッピーエンドに道筋ができた。そういうこと。
    脳細胞に染み渡った?お爺さま」


    「な、なんとなくは」


    「だったら、フラグを消して。
    自分が何を成すべきか、分かりますね?冬月副司令」


    「いや、しかしな、レイ。
    作戦は既に発動されてしまっておるし、装備も弐号機専用でな」


    「司令権限で何とかなるはず。
    初号機の代わりに零号機を出せばいいだけ。
    あなた達の首をもぐように簡単だわ」


    レイの駆る零号機はあくまでプロトタイプであって、戦闘用として出力や安定性に不安がある。その上、
    表向きはともかく、実際にシンジの持つ技量を考えれば初号機を出すのが作戦として当然。
    シンジをアスカと一緒に行動させたくないレイの気持ちは分かるが、人類の命運もかかっていることだ
    し、こればかりは、どうしようもない。
    シンジが本当に技量不足ならレイの言うことにも従えたろうが、シンジの正体を明かすわけにもいかな
    いし。


    「はっきり言うぞ、レイ」


    どう言い繕うか冬月が必死で考えていたその時、助け船を出すかのようにゲンドウが口を挟んだ。
    自分本位のゲンドウにしては珍しいことがあるものだと、冬月は訝しむ。
    しかし・・・


    「おい、碇、やめろ」


    次の瞬間にゲンドウが何を言おうとしているのか分かった冬月は、止めに入る。
    あまりに危険だ。アスカとシンジがすでに付き合っていて、男女の関係である可能性も高いとの報告を
    数日前に受けている。これをレイが知ったら・・・
    ところが、ゲンドウは構わずに続ける。


    「時、すでに遅いのだ、レイ。
    アスカ君とシンジは、もう」


    「知っているわ。
    私にも、情報をくれる人はいるもの」


    「なら、なぜ」


    まだシンジを追い続けるのかとゲンドウが続ける前に、レイが言葉を被せてくる。
    確固たる決意の現れか。


    「たかが肉体の接触程度で、私は諦めない。
    それに、男というのは一人の女では満足できない生き物と加持一尉から聞いたわ。
    私にもチャンスはある」


    「・・・む、ま、まあ、加持君の言うことにも一理あるが」


    「本妻が駄目なら、愛人でもいい。
    最悪、セカンドの出す条件を丸飲みしてもいいわ。
    でもそれは、あらゆる手を使っても勝てないと私が判断したあと」


    「それまで、このようなことを続けるというのか、レイ。
    私達は、どこまで付き合えばいいのだ?」


    「決まっているわ」


    一旦、言葉を切り、レイは冷たく光る瞳を、最初にゲンドウ。次に冬月へと向けた。
    まるで悪魔に魅入られたように身を竦ませる、ネルフの最高権力者達。
    その様子に満足したのか、レイは酷に言い放った。


    「最期までよ」


    最後ではなく、最期。
    確認はしないが、それは絶対に最期だろうと解釈し、ユイに折檻される方がマシかもと一瞬考えたゲンド
    ウ、そして冬月は、レイをダークサイドから救う手はないかと思案するのだった。















    でらさんから今度はレイの暗黒面のお話をいただきました。

    リナレイの超腹黒版ということでしょうか。しかも執念深いですね。これはひどい(笑

    超素敵なお話を書いてくださったでらさんを、感想メールで讃えましょう。

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