俺は、いつでも傍観者

決して主役になることはなく、無駄な足掻きなんて、考えたこともない

でも、彼女と初めて会ったあの時・・・

俺は、少しくらい冒険してみようかと、無謀な考えに取り憑かれてしまった

だけど、現実は酷なもの

馬鹿だな、俺って







予定調和


作者:でらさん




相田ケンスケ、十四歳。
親から授かった天然の縮れ毛と眼鏡。そして、ミリタリーと写真をこよなく愛する普通の中学生。
オタクと称される特殊な人間に分類されながらも、その基本的な人柄の良さと善性は敵を作らず、
クラスでも人気者と言える存在だった。
が、女生徒から異性として意識される存在であるかというと、疑問符が付く。
この年頃の少女は、概して外面の容姿が異性への第一評価となり、ケンスケは、その点に置いて
甚だ不利な条件であったからだ。ぶっちゃけた話、ケンスケは少女達にとって魅力的な少年では
ないということ。
本人も、それは自覚しており、クラスメートの女子達とは、割り切った態度で接していた。
それでもケンスケは卑屈になることもなく、いつか自分にあった異性が現れると・・
希望はあるのだと、自分に言い聞かせていた。
そんな日々を送っていたケンスケは、ある日、一人の超絶的な美少女と運命の出会いを経験する。
それは、彼の青春を左右する出会いであった。


「アンタがサードチルドレン?
写真よか、まともな顔してるじゃない」


外見上白人種にしか見えない少女が口にする、完璧な日本語。それが自分に向けられた物では
ないにしても、
ケンスケは、それを感動を持って聞いていた。
惣流 アスカ ラングレーと名乗った彼女は、丈の短いレモンイエローのワンピースで身を固め、歳
に似合わない体の線と見事な脚線美を誇示するように登場。そこが航行中の空母甲板上であるこ
とも意に介していない。
そう・・
ケンスケが今立っているのは、国連軍太平洋艦隊旗艦、空母オーバーザレインボーの甲板上。つい
先日友人になったばかりの碇シンジの友人として、ケンスケはここにいる。
他に、シンジの保護者、葛城ミサト一尉や、友人の鈴原トウジも一緒。
であるのだが、アスカ嬢の興味はシンジ一人にだけ向けられている。
アスカが、同僚と言える立場にいるシンジへ興味を向けるのは当然と思うのだが、ケンスケは、悔し
いと思う。
アスカを見たケンスケは、一目で虜になった。
完璧な外見と、何者をも恐れない気の強さ・・
まさに、ケンスケの理想。
しかし、ケンスケが理想を見たアスカに、当のシンジは迷惑そうな態度。ケンスケには、理解できない。


「あ、ありがとうと言っていいのかな。ははははは・・」


「つまんない男。
もう少し、気の利いた台詞言えないの?」


「僕は、女の子ナンパするために、ここに来たわけじゃないよ」


自分なら、もう少しまともな会話を進められるのに・・と、二人の会話を聞くケンスケは、シンジに歯が
ゆささえ感じる。
だが同時に、こんなシンジなら、このアスカという少女もシンジに対して興味を失うだろうと思う。そして、
それが自分が望む事でもある。
が、事態は予想外の方向へ・・


「アタシに、そんな台詞吐いた男って、アンタが初めてだわ。
ちょっと来なさい」


アスカは、白く細い指でシンジを手招きし、自分の後に付いてこいと踵を返した。二人だけで話したい
という意味だろう。
わけの分からない事態に、当のシンジはおろかケンスケやトウジ、ミサトも暫くポカンとしたが、一等
最初我に返ったミサトが反応する。


「アスカ!シンジ君に乱暴したら、許さないわよ!」


数年前にドイツでアスカと顔見知りだったミサトは、彼女の性格からして、シンジに対して何らかのアク
ションがあるものと判断、それを止めようと口を出した。ミサトの知るアスカは、何でも自分が一番でな
ければ気の済まない性格。初回のシンクロで自分以上の数値を叩き出し、自分よりも先に使徒との実戦
を経験してスコアを上げたシンジに対し、いい感情があるとは思えないのだ。
しかし、ミサトの声を遮ったアスカの顔に激情はない。


「なに興奮してんのよ、ミサト。
そんな事しないわよ。使徒とどうやって戦ったか、当のパイロットから直接聞きたいだけよ」


「へ?そ、それだけ?」


「アタシを何だと思ってんの?抑えの効かない獣じゃないんだから、バカなマネしないわよ。
暫くサード借りるわ。いいでしょ?」


「・・・い、いいわ」


「ほら、ミサトの許可が出たわ。こっち、いらっしゃい」


アスカに手を掴まれ、強引に引っ張られていくシンジを、ケンスケは見送ることしかできなかった。
甲板を吹く風に流されてくるアスカの残り香だけが、ケンスケの収穫だった。








「なんか、良い雰囲気ね。あの二人。
お似合いだわ」


並んで校門を出て行くアスカとシンジを教室の窓から見やる洞木ヒカリは、隣に立つケンスケの神経
を逆撫でするかのような台詞を平然と呟く。
髪の毛を二つに縛り、ソバカスが少し目立つヒカリは、第壱中学2−Aを纏める委員長。そして、ケン
スケやトウジと小学生時代から付き合う友人でもある。

今は昼休み。まだ下校の時間ではない。アスカとシンジは、ネルフでの訓練のため、授業は午前のみ
なので、一足早い下校となっている。
幼少時から訓練を受けているアスカが、敢えて素人同然のシンジと行動を共にする。
アスカのレベルなら、シンジが受けているような長時間の訓練は必要ない。なのに、なぜアスカはシン
ジと一緒にネルフへ行くのか・・・
彼女の行動が指し示す真意。それが、ヒカリの言葉と相まってケンスケの心に影を落とす。
だから、こんな台詞にもなる。


「そうか?あの惣流が、シンジに惚れてるってのか?
冗談きついぜ」


「女子の間じゃ、常識よ。男子は、どうか知らないけど」


「だって惣流は、加持さんて人が好きなんだろ?よく、自分で言ってるじゃないか」


アスカが口癖のように名を出す大人の男。彼女は、その加持リョウジという男に憧れ、好きだとも公言
している。
ケンスケは、それが単なる憧れでしかないと分かってはいたが、敢えて口にした。現実から逃げるために。
だがヒカリは、一笑に付す・・・文字通り。


「あははははは!」


「なんだよ」


「そんなの、照れ隠しに決まってるじゃない。
普段のアスカ見てれば、碇君にぞっこんなのはハッキリしてるわ。碇君だって・・」


「シンジは、綾波が好きなんだろ?お前達だって、そんな噂してた」


「アスカが来る前の話よ、それは。大体、あの二人は・・・
って、ひょっとして相田、あなた嫉妬してるの?」


幼い頃から、ケンスケはヒカリに嘘をつけない。どんな嘘でも、なぜかヒカリは見破ってしまったから。
なら、ここでも正直に言うしかない。ケンスケの口から、ボソボソと言葉が出る。


「・・・多分な」


「どう頑張っても、あなたに勝ち目ないわよ。
すっぱり諦めたら?」


「それができたら、苦労しないよ」


「高嶺の花って言葉、知ってる?」


「はいはい、充分承知してますよ、俺は。適わない想いだってこともな。
でも、可能性はゼロじゃない。万が一ってことも」


「ないわね。
特に、あの二人に関しては」


「そんなことが言い切れるのかよ。
今はどうでも、何年か先のことなんて、分かるもんか。まだ十四歳だぜ、俺達」


「そうかしら。
運命とか予定調和って、私は信じるのよね。
勿論、それが全てじゃないけど、あの二人には、それを感じるんだ。あの二人、絶対結婚するわよ」


「結婚?マジかよ。
なら、洞木自身は、どうなんだ?トウジと結婚するのか?」


一ヶ月ほど前から、ヒカリはトウジと付き合い始めている。ケンスケは、二人の共通の友人として、それを
見守る立場。ヒカリは友人だし、好きだとか付き合いたいとかいう対象ではない。


「それは分かんない。
案外、相田と結婚したりしてね」


「俺に気を遣ったつもりか?心にもないこと言いやがって・・」


ヒカリは気を遣ったつもりだろうが、ケンスケには、慰めにもならない。
蒸し暑い空気が、不快な気分をより不快にさせる昼下がりの一時だった。








ヒカリの言った予定調和であるが如く、ケンスケの望まない方向へ一直線に進む状況。
あれからアスカとシンジは、作戦上の理由からミサトのマンションで同居となり、それを機に、二人の仲
は誰が見ても親密なものへと進んでいた。それが決定的となったのは、ケンスケ達が修学旅行から帰っ
たあと。
二人が特別ベタベタするわけではなかったし、会話もいつも通りの様子で、アスカが突っかかり、シンジ
が一方的に引くというもの。
しかし、どこかしこに互いへの甘えというか、微妙な視線のやり取りがあった。ネルフの都合で修学旅行
に参加できなかった二人ではあるが、その間に決定的な関係の進展があったと思われる。

そんな状況にも拘わらず、ケンスケは、シンジの友人であり続けた。
シンジへの嫉妬から彼を邪険に扱う嫌な人間にはなりたくなかったし、基本的に善人である彼は、正直
憎めない。それにケンスケは、ある一片の希望にも縋っていた。
アスカと付き合うシンジの身近にいれば、いずれアスカに近づくチャンスもあるのではないかと・・
ヒカリにも言ったように、自分達はまだ若い。この先何が起こっても、不思議はない。むしろ、アスカとシン
ジが順調に付き合い続ける可能性の方が低いだろう。シンジはともかく、アスカは男を惹きつける魅力に
満ちている。彼女がシンジ一人を想い続けるような、そんな少女とも思えない。
ケンスケは、そう考え、自分の想いを心の内に秘めつつ、ただひたすらチャンスを待った。

そして時は無常に過ぎ・・
ケンスケがアスカと出会って、四年の月日が過ぎようとしていた。





突然降り出した雨。
今朝方、降雨確率0%と予想した天気予報は完全にはずれ、下校のピークとなった三十分ほど前には、
第壱高校の正門付近は、迎えに参じた生徒の父兄や関係者などでごった返していた。
だが今は、そんな騒ぎも収まり、校舎の内外は静けさを保っている。時折、体育館から聞こえる生徒の
かけ声と雨音が数少ないBGM。
その静けさの中、アスカは下駄箱近くで誰かを待つように、鞄を両手で持ち、独り佇む。
入学当初、こんな時は、ひっきりなしに男子生徒達から声をかけられたアスカも、今はシンジの存在が
知れ渡り、彼女に声をかける者はほとんどない。

丁度そこに、写真部の部室へ向かおうとしていたケンスケが通りかかった。
彼女が誰を待つのか、分かりすぎるほど分かっていたケンスケは、そのまま通り過ぎようとする・・
が、何の気まぐれか、彼の脚はアスカの立つ方へと向かっていた。
そして、いつものように軽い感じで声をかける。


「よう、惣流」


「なんだ、相田か」


「いつもながら、素っ気ないな」


「アンタに媚び売って、どうすんのよ」


「それもそうだ」


アスカとは、いつもこんな調子。中学時代から変わらない。
彼女と親しく話せる男子生徒は少ないので、ケンスケは羨ましがられたりもするのだが、それを自慢する
気はない。虚しくなるだけだ。


「シンジを待ってんのか?」


「そうよ。もう、着くんじゃないかしら」


からかい半分で聞いたケンスケが恥ずかしくなるくらい、アスカは簡単に肯定する。
いつからだろうか、彼女がこのようにシンジとの仲を開けっぴろげに認めるようになったのは。
ケンスケの記憶では、あの戦いが終わったあと、暫くしてからのように思う。ただ、自分の記憶は、あまり
アテにならない。今では、さる事情でアスカに対する関心も薄れているから。


「一つ聞きたいんだけど、いいか?」


ケンスケは、唐突に話題を変えてアスカに質問。
近頃、気になる噂を耳にした。噂の内容が内容なだけに信憑性は低いと思われるが、アスカとシンジなら、
あり得ると思うのだ。


「何よ、急に・・
アンタまでアタシに愛の告白?だったら、始めに断っておくわ。ごめんなさい」


「あのな」


「何よ、違うって言うの?」


「予想を裏切って悪いけど、違うよ。
大体、俺には彼女がいるだろうが」


ケンスケがアスカに思いを募らせていたのも、過去の話。現実に目覚めた今のケンスケには、彼女という
存在も在る。その女の子との付き合いが周囲に発覚したとき、かなりの物議を醸したことも事実であるが。


「じゃあ、何なのよ」


「噂で聞いたんだけど、近いうちにシンジと結婚するって、本当か?
シンジに聞いたらはぐらかされるし、学校の様子じゃ、とてもそんな風には見えないしな」


広まっている噂とは、これ。シンジの十八の誕生日を待って、二人が入籍するというのだ。
普通なら、たわいのない冗談で済む話。いくら二人が特殊な組織に属していて特殊な状況下に在ったとし
ても、高校生の身分で結婚など、常識ではあり得ないと言っていいだろう。全くないとは言い切れないけども、
普通は、よほどの環境が整わない限り無理。
だがしかし、この二人なら・・
アスカとシンジなら本当にやるのではないかと、第壱高の生徒達は噂している。シンジはともかく、アスカの
並はずれた行動力は、噂を肯定するだけの説得力がある。
二年前、表敬訪問で第壱高を訪れたヨーロッパのさる王族の王子から求婚されたものの、あまりしつこいの
で張り手一発かまして黙らせたほどの彼女だ。そのあと、国連やEUをも巻き込んだ政争に発展した大騒ぎ
に比べれば、高校での入籍くらい何ほどの物だろうか、想像は付く。


「アンタは、どう思ってんの?」


「俺か?俺は・・」


「するわよ、結婚」


「え?」


「当分の間、秘密にしておこうと思ったけど、噂が広まってるんじゃ、仕方ないわね。
今でも実質夫婦みたいなものだし、特に問題もないでしょ?騒ぎになるほどのこっちゃないわ」


「そ、そうか?」


「なによ。何か、問題ある?」


「い、いや、問題と言われても」


完全に女の艶を見せる顔になったアスカに真っ正面から問いつめられると、ケンスケも返答に困る。
彼らがいま実質的に同棲状態にあり、入籍はそれを追認するだけだと言っても、普通の感覚からすれば大
いに問題。
しかし、ケンスケはアスカの迫力に圧されて反論の言葉が出てこない。
と、その時・・


「アスカ、お待たせ」


「あ、シンジ」


傘を持ったシンジが下駄箱の出入り口に現れ、花の咲くような笑みで顔を崩したアスカが、彼の元に駆け寄る。
シンジは今日、ネルフでの用事で休みだった。その彼を、アスカが呼び出したのだろう。
呼び出されたシンジは、髪の毛も服も結構濡れている。ここまでろくに傘も差さず、急行したらしい。
にもかかわらず、彼の顔は幸せそうに綻んでいる。そんなシンジの髪の毛や顔を鞄から出したタオルで拭く
アスカも、実に幸せそうだ。
ケンスケは、自分を完璧に忘れて二人だけの世界に浸る二人を満足そうに見やると、部室に向かった。
そしてそこには、ただ一人の先客が。


「あれ?洞木一人か?他のみんなは?」


部室にいたのは、副部長のヒカリ。高校に入ってから写真に興味を持ち始めたヒカリは、今ではかなりの腕前。
市の主催する発表会でも、何回か入選するほど。写真のセンスだけなら、部長のケンスケより上ではないかとも
言われている。


「こんな日に、部活も何もないでしょ?
みんなも帰りたがってたし、私が、今日はやめにしようって言ったの」


「何だよ・・
こういう雨の日にしか撮れない被写体だってあるんだぜ。いくらお前が副部長でも」


更に言葉を続けようとしたケンスケにヒカリが駆け寄り、いきなり正面から抱きついた。
髪の毛を縛るのをやめ、ソバカスもほとんど消えた彼女からは、甘い匂い。そして、女性特有の柔らかい体の感触
が、薄いワイシャツを通してケンスケの体に伝わってくる。


「写真を撮るのと、私と愉しむの・・・
どっちがいい?」


「こ、ここでか?」


「いや?
今日は、完璧に安全なんだけどなあ」


ケンスケが付き合う彼女とは、この台詞が示すとおり、ヒカリ。
それでも、トウジを交えたこの三人は、親しい友人関係を維持している。ある意味、不思議な関係でもある。
ケンスケは、時の流れがもたらした人間関係と心の変化を不思議に思いながら、ヒカリの制服に手をかけるのだった。










おまけ


「そういえば、あの噂、本当みたいだな。本人が認めたよ」


「噂って、アスカと碇君が結婚するって話?」


「うん。本人は、全然なんて事ないって顔してたけどな」


「ま、あの二人が何しようと、私は驚かないけど。アスカが妊娠しても、驚かないわ。
私が妊娠すると、大問題だけどさ」


「ま、まさか、お前・・・
安全て、そういう意味だったのか!?」


「あはははは!
なんて顔してんのよ。冗談よ、冗談。まだ母親になる気ないわ」


「脅かすなよ、ったく・・」


半年以上も先、卒業も間近に迫った頃・・
ヒカリの言った大問題が当人達の間に発生することを、二人はまだ知らない。







更におまけ


「ケンスケ、何だって?」


「ほら、結婚の話が噂で広まってるらしくてさ、本当かどうか聞いてきたのよ」


「僕がはぐらかしたから、アスカに聞いたのか」


「他人のことより、自分達のこと心配すればいいのに。
ヒカリも、先のこと考えてるみたいよ」


「へえ〜、洞木さんがね・・」


「相田と写真屋やりたいとか言ってたもん。子供も、早い内がいいんだって」


「そこまで考えてるなんて、本格的だな。
ケンスケのやつ、知ってんのかな」


「どうかしら。
将来のこと考える前に、子供ができちゃったりしてね」


「はははは・・
そんな馬鹿な」


数ヶ月後、自分の言った冗談が現実化するとも知らず、雨の中、傘の下で、アスカはシンジと笑う。







でらさんからケンスケ視点のLAS(?)短篇をいただきました。

そうそう、人の心などもわからないものですよね

それから、子どもの授かる時も(笑

このシンジとアスカに授かりものがある日もやがて来るのでしょうね。

面白くてよいお話をくださったでらさんに、ぜひ感想メールを送ってください