こういう場合 第二部 第五話

作者:でらさん
















国連軍太平洋艦隊が久々に回航してくると聞いたアスカは、シンジと初めて会った思い出の艦
オーバーザレインボーを一目見たいとミサトに直訴。

港で見学するくらいなら・・
と許可したミサトに、今度は乗艦させろと要求。
が、流石にそれは却下したミサトである。
公務、あるいは訓練のついでならまだしも、太平洋艦隊との合同訓練など予定にはない。

艦隊の本拠地はハワイであり、通常の作戦地域から日本は外れている。
よって、対使徒戦の訓練もしていなければ専用の装備も無いのだ。
弐号機をドイツから搬送してくる際、臨時に搭載されたエヴァ用の外部電源もとっくに外されている。
装備のほとんどが対使徒を想定してある戦自とは、軍の性質そのものが違う。
この艦隊が相手にするのは、あくまで人間。




相模沖・・


中心に空母を配した巨大な輪形陣。
実働部隊の約半数が参加したその陣容はなかなか壮観。
現在、世界でもっとも大きな海上戦力を持つと言われる国連太平洋艦隊の力を誇示しているかのようだ。

が、その実力まで世界一というわけではない。
装備の更新は滞り、中身はすでに二流と化した艦がほとんど。
国連の予算配分は対使徒戦に従事するネルフに重きが置かれ、使徒戦に参加しない部隊への予算は厳しい。
空母の艦載機に最新鋭が多いというのが、救いか。

そんな事情から、ネルフからの客もあまり歓迎されないだろうとミサトは考えていた。
そしてそれは正解だった。
上は艦隊司令から下は兵卒まで、対応はどこか冷たい気がする。

しかし甲板に折りたたみの椅子を引っ張り出して悠然とくつろぎ、見事な金髪を靡かせる目の前の少女は
複雑な事情など一切知らないのだろう。


「やっぱり海はいいわ。
そう思わない?ミサト」


「全く、全然、これっぽっちも思わないわ。
司令も司令よ・・何でアスカには甘いのよ!」


専用に仕立てたネルフの制服を着て巨大な甲板でくつろぐアスカに対し、同伴してきたミサトは渋い顔。

それもそのはず。
ミサトに乗艦を却下されたアスカが司令のゲンドウにおねだりし、事もあろうにゲンドウが二つ返事で許可
したのだ。
二年前の遺恨を引きづり太平洋艦隊とはただでさえギクシャクしているというのに、こんな個人的な都合
を強引にねじこんだりしたら、益々こじれる。
現に、この航海を最後に勇退が決まっている艦隊司令の機嫌は最悪。
挨拶に行った発令所では、さんざん皮肉を言われた。


「アタシは未来の義娘だもんね。
ミサトとは立場が違うわよ」


「ったく・・
身内には甘いんだから、あの髭オヤジ。
大体、何で私がお目付役なのよ。
作戦本部長の私が何で!」


「この艦隊司令とは顔なじみだし、うまくいくと思ったんじゃないの?
階級は向こうが上だけど立場としてはミサトの方が上位なんだから、威張ってればいいのよ」


「そうもいかないのが世の中ってもんなのよ」


「いやね、大人の世界って。
あっ、シンジだ・・シンジ〜!早く早く!」


艦内の厨房にアイスクリームを分けてもらいに行ったシンジが、ようやく帰ってきた。
彼も専用の制服に身を包み、外見は一人前のネルフ職員。

二人に制服を着せたのは、作戦行動中の軍艦に対するミサトの配慮。
二年前は、加持の思慮が欠けていただけ。
当時、私服で艦内を歩き回る加持やアスカはかなり評判が悪かった。


「何それ。
そんなに食べきれないわよ」


「仕方ないじゃないか。
持っていけって言うんだから」


シンジの持ってきた大きなクーラーボックスには、アスカの握り拳くらいのアイスクリームがぎっしり。
ミサトを含めた三人で食べきれる量ではない。
返すといっても受け取ってもらえないだろうし、甲板上の兵士達も仕事中は受け取らないだろう。

余った分はお持ち帰りになりそうだ。


「まっ、お土産でもいいか」


アスカは一つ取り上げると、紙の包みを丁寧に広げて乳白色の白い塊を一舐め。
冷たい感触と共に、甘い味が口の中に広がっていく。


「うん、美味しい!
ほら、シンジも」


「うん・・ホント、美味しいね」


味見したアスカは、当然のようにそれをシンジの口元へ。
シンジもごく普通に口を付ける。

当人達は無意識なのだろうが、至近距離で見せつけられるミサトはたまったものではない。
いちゃつく二人をなるべく無視して、ミサトもクーラーボックスからアイスクリームを一つ取り包みを
広げて乱暴にかじりついた。

と、こめかみに痛みが・・


「あたたたたたた・・」


冷たい物を急に食べると襲われるアレだ。
自棄食いは体に悪い。


「何してんのかな、私は。
ん?あれは・・」


こめかみを押さえるミサトの目に見慣れた艦影が・・
数隻の駆逐艦クラス護衛艦を従えた艦のマストには、この国の海軍艦艇を象徴する旭日旗。
その数隻の艦艇は、巨大な輪形陣に挑戦するかのように距離を縮めてくる。

甲板の兵達にも緊張が奔り、弛緩した空気は瞬く間に消えた。


「赤城か・・
戦自の示威行動ね」


オーバーザレインボーにも匹敵するその巨大な艦は、攻撃型航空母艦『赤城』。
太平洋艦隊に遭遇し、挨拶のため接近したと思われる。
ミサトの言うように、国連艦隊に対する示威も含まれているのだろう。

国連軍と名を変えようと艦載機にロシアの最新鋭機が含まれようと、中身は合衆国海軍。
先代の『赤城』を沈めた仇敵といえる。

その艦がオーバーザレインボーと併走するかのように艦を移動させ、小型の連絡機を飛ばしてきた。
ここからでは分からないが、発令所ではかなり緊迫したやりとりが続けられていると思う。
太平洋艦隊司令としても、面白ろかろうはずがない。


「最新鋭艦を見せびらかしたいのかしら・・
あんまり良い趣味じゃないわね。
ま、気持ちは分かるけどさ」


全体的に無骨なフォルムで実用重視といった感じのオーバーザレインボーと違い、赤城は流麗で芸術的な
機能美を魅せる。
ステルス性も考慮されたその姿は、軍艦というより客船のようだ。

しかし赤城が内に秘める破壊力は、最新鋭の名に落ちないもの。
太平洋艦隊が現在の戦力で赤城を始めとする護衛艦隊に襲いかかったとしても、撃沈するのは不可能だろう。
それどころか、全滅する恐れさえある。
赤城とは、そういう艦だ。


「輸送艦まで随伴してきてるのね、それも二隻。
・・・ん?」


ミサトは、やや離れた海上を進む護衛艦隊に気になる艦船を見つけ目をこらす。
どこかで見たような物が甲板上に見えるからだ。

駆逐艦クラスの護衛艦数隻に囲まれた、中型空母のような独特のフォルムを持つ二隻の輸送艦。
その甲板上には、幌をかけられワイヤーで固定された巨大な物体が鎮座していた。
それが何か、ミサトには一目で分かる。
エヴァだ、間違いない。
しかもそれは、初号機と弐号機。


「あれって・・・エヴァ!?」


作戦時でもないのに、こんなところにエヴァを持ってくるとは信じがたい。
本部で何かあったのか・・


「エヴァ?・・・あ、ホントだ。
使徒でも来たのかしら」


「でも緊急連絡ないよね。
どうしたんだろ・・」


アスカとシンジも怪訝な顔。

今この瞬間に使徒が現れても、艦載機を使えば本部までいくらの時間もかからない。
故にゲンドウもアスカの願いを聞き入れている。
何の考えも無しに許可を出したわけではない。

しかも、レイが本部にて待機中。
緊急事態に対する備えはしていたわけ。
わざわざ初号機と弐号機をここまで持ってくる必要はないのだ。

と、そこへ、艦隊司令に挨拶にいくと思われた赤城からの使者が連絡機から降りてこちらに歩いてくる
ではないか。
釈然としないながらも、ミサトを始めとする3人は直立の姿勢で使者を迎えた。

近くに来ると、その使者が女性士官と分かる。
しかもなかなかの美形。


「おくつろぎのところ、失礼致します。
失礼ついでにご確認を。
ネルフ本部作戦本部長、葛城三佐殿でありましょうか」


「間違いありません。
これが身分証です」


その士官はミサトの差し出す身分証を確認すると丁寧に返し、再度背筋を伸ばして敬礼。
そして用件を切り出す。


「ご協力、感謝致します。
ネルフ総司令閣下からの要請を受け、汎用決戦兵器二機を搬送してまいりました。
実機の確認と受領をお願いするものであります」


「はあ、受け取るのは構いませんが・・」


「何か不都合でも?三佐殿」


不都合も何も、ここで受け取っても置く場所がない。
最悪一機はこの甲板上に置けるが二機は無理。
場所はともかくエヴァの重量が問題。
波や風の加減によっては、艦が横転し転覆しかねない。


「置き場所が・・
戦自の艦隊も、ずっと随伴するわけにもいかないでしょうし」


「それはご心配なく。
三佐殿達がご帰還するまで、我々は随伴致します。
その間、両機はあのままで結構です。
帰投は問題ないでしょう。
あの両機の飛行能力は、お聞きしておりますから」


最後ににっこりと微笑んだ彼女の視線はシンジに。
シンジも思わず微笑みを返してしまう。

それに気づいたアスカがシンジの尻をつねり、使者の女性士官を睨みつけたのはお約束。



そんな光景を発令所から苦々しく眺めていた艦隊司令は、吐き捨てるように副官へ不満をぶつける。


「戦自にネルフ・・
外部勢力にいいように使われる我が艦は一体なんなのだ。
世界の海に睨みを利かせていた時代が懐かしいよ」


「時代の流れとしか言いようがありませんな。
あのAkagiには、粒子ビーム砲まで搭載されていると聞き及びます。
対空装備にはレーザー砲多数・・
とても太刀打ちできるものではありません」


「レーザーに粒子ビーム、おまけにあの人型・・
まるでマンガだ」


「あなたはまだいいですよ、もうすぐ退役なさる。
私は、これからそのマンガと付き合っていかなくてはならない。
今まで培った戦術と戦略も考え直さなくてはね」


「私はまだマシか・・」




時代に翻弄されるのは、人ばかりではない。
彼らが乗るこの艦も、これから運命の転機を迎えるのだから。






それは、突然始まった。

最初は正体不明の潜水艦と誰もが思ったし、赤城の誇る最新鋭の戦闘コンピューターもそう判断を下した。
が、その物体は潜水艦では絶対不可能な動きで魚雷をかわし、驚くべき速さで太平洋艦隊の艦船に体当たり
を繰り返して、大破または撃沈していく。

混乱の中、何とか輸送船に辿り着いたアスカとシンジはエヴァに乗り込み緊急起動。
翼を広げ、一時空へと退避したのだ。


「どうする?アスカ。
起動したはいいけど、水中装備はないよ」


「リツコが言ってたわ。
飛行ユニットの推進力はATフィールドだって。
なら、水中でも動けるはずよ」


「・・・成る程、理屈だ」


「感心してないで行くわよ!
このままじゃ艦隊が全滅するわ!」


「分かった、やってみよう」


使徒の引く航跡を目標に海中へと飛び込む二機。
大型爆弾が投下されたような水しぶきと余波の大波が艦艇群を翻弄する。

一番割を食ったのは、至近距離にいたこの艦であったりする。


「あたたたた・・・あのバカ共、少しは状況を考えろ!
艦長!被害状況は!」


「甲板上にあった機が全て波にさらわれました!」


「全てだと!ネルフに請求してやる!!」


横転するかとも思えた揺れで、発令所も悲惨な状況。
死者は出なかったものの、みんな体のどこかを打ち付けている。
そして、艦に残ったこの人も、とばっちりを受けた一人。


「少しは加減しなさいよ〜
私も乗ってんのよ!
元保護者を殺すつもり!」


が、この艦の不幸はこれで終わりではなかった。



赤城 発令所・・


太平洋艦隊が混乱を期する中で、赤城を始めとする護衛艦隊は比較的落ち着いて事態に対処している。
勿論、実戦が初めての隊員がほとんどなので全て順調とは言えないが。


「潜水艦隊の動きはどうか」


「速度にはついていけるようですが、小回りがきかず振り切られてます。
魚雷は例によって効果がありませんし。
のろのろ動き回る向こうの潜水艦も邪魔なようです」


「役に経たんのなら退避すればいいものを」


太平洋艦隊に随伴してきた潜水艦も戦闘に参加しているようだが、何せ向こうは旧型艦。
こちらの邪魔にしかならない。


「エヴァ二機は?」


「驚異的な速度と動きで目標を追撃しています。
水中の動きとは思えません」


「魚雷攻撃中止、水中のノイズを収めるんだ。
潜水艦隊にも伝えろ」


「了解。
しかし友軍が」


「言ってもどうせ聞かん。
我が艦隊は水面に出た使徒を迎撃する。
全艦は砲撃戦用意」


護衛艦の砲塔に砲弾が装填され、完全自動制御されたそれが発射の電気信号を待つ。
そして赤城の両舷にある巨大な円形状のドームが開き、それぞれ中から太い一本の砲身のような物が・・
左舷より右舷の方が大きめ。
左舷の方が小さいのは、艦載機用のエレベーターがある関係だろう。


「主砲、副砲、エネルギーの充填を開始します」


「使徒の動きは?」


「エヴァ両機に追い立てられ、水面に向かっています。
本艦の三時方向、
太平洋艦隊旗艦が危険です!


「向こうとて気づいているはずだ、何とかする。
右舷主砲をレーダーとリンク。
目標が水中から飛び出たところを撃て」


「し、しかし、オーバーザレインボーの退避が間に合わなかったら・・」


「連中も軍人だ、その時の覚悟はできているはず。
引き金はコンピューターが引く・・君が罪悪感を持つことはない」


「りょ、了解」



護衛艦隊司令が悲壮な決意を固める前から、初号機と弐号機は水中で使徒を追いかけ続けていた。

確かに水中でも飛行ユニットは問題なく働いてくれる。
アスカの推論は正しかったわけだ。
しかし使徒の動きは早く、なかなか追いつくことが出来ない。

自分がエヴァに勝てない事を本能で分かるのか、エイに細長い口を付け足したような白い巨大な使徒は
ただ逃げ回るばかり。


「逃げ回る使徒なんて初めてだわ!
敵の力を知る能力でもあるのかしら!」


「プログナイフしかないし、何が何でも掴まえないと!」


更に集中力を上げる二人のシンクロ率が100%を超えて上がっていく。
それと共にエヴァのスピードも上がり、使徒は恐怖におののいたかのように水面へ向かい始めた。

そこにはなぜか、この艦が・・


「目標、0時方向から急速接近!
エヴァに追い立てられている模様です!」


「機関全速!!」


我々を殺す気か!やつらは!」


艦長が全速力を指示し、艦隊司令がエヴァを恨んだ次の瞬間・・
僅かに軌道を変えた使徒が、オーバーザレインボーの左舷間近に飛び出してきた。

巨大な使徒の体に陽光を遮られ、発令所が一瞬闇に覆われる。
そしてそれが、背後から何かに押されるようにして覆い被さってきたのだった。
艦隊司令は、気を失う前に使徒の体の回りに後光のような物が差すのを確かに見た。


「全員、伏せろーーー!!」




赤城 発令所・・


「あの・・・閣下」


「な、な、何だ」


「我々は使徒殲滅の援護をしただけですよね?」


「と、当然だろう。
太平洋艦隊旗艦も無事だったのだ。
我々は立派に任務を果たした」


護衛艦隊司令は、オーバーザレインボーの艦橋にへばりつくようにして絶命した使徒を見て、少しだけ
罪悪感に襲われるのだった。

海中から飛び出した使徒は、背後から赤城の加粒子砲の直撃を受け丁度体内のコアを貫かれて活動を
止めたのだ。
エヴァが接近していたおかげで、ATフィールドが中和されていたのが幸運だったようだ。

しかしオーバーザレインボーはまたしてもとばっちりを受け、艦橋が使徒の重みで歪んでしまった。
死者が一人も出なかったのは奇跡だろう。

ちなみにこの人は、船酔いで最後まで出番無し。


「気持ち悪い〜
何で私がこんな目に・・
恨むわよ、アスカ」






オーバーザレインボー甲板・・


「ハプニングはありましたが、良い船旅でした。
またここへ回航の折りには、お邪魔させていただきます」


「二度とこの船には乗らないで貰いたい!」


「なによ、感じ悪いわね。
アタシが何したって言うの?」


「何しただと!?
これを見ろ、これを!!」



アスカに対し艦隊司令が指し示したのは、がらんとして輸送用のヘリ一機しか無い甲板と、窓ガラスが
全て割れてアンテナ類が折れ曲がり一目で歪んだと分かる艦橋の姿。
修理も大変だろう。
いや今の時代、予算がつくかどうかも怪しい。


「戦争なんだから、損害が出るのは当たり前じゃない!
そんなに大事な船なら飾っておけば良いのよ!!」



「何だと、この小娘が!
この船が私にとってどんな存在かも知らずに。
これはな、この船はな」


「ま、まあ司令、落ち着きましょう。
相手は子供です」


「そこのアンタ!子供とは何よ、子供とは!!
アタシは、もう立派なレディなんですからね!
子供だって産めるんだから!!」



「ア、アスカ!」




思い出の航海のやり直しは、まさに忘れられない思い出になった。
当事者、全てにとって。





つづく

次回、「神業

でらさんから『こういう場合』の第二部第五話をいただきました。

なんだかうむ、‥‥またあっさりと勝ってしまいましたね?

変化のない展開のようですが‥‥しかし、でらさんがさりげなく伏線を張っていることを忘れてはいけません。

そう、アスカは子供が産めるのですね。きっと次回は子作りを実践するのでしょう(早過ぎ)

続きも楽しみですね。ぜひ、素晴らしいお話を送ってくださったでらさんに感想メールを送りましょう。

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