始まり


こういう場合 第一話
作者:でらさん












西暦 2015年 第三新東京市・・・・・


第三新東京駅


いつもは人ごみで溢れ返る・・・とはいかないが、そこそこの人間で込み合うここ第三新東京駅は
一種異様な雰囲気に包まれていた。

その原因はプラットホームに居並ぶ黒服黒サングラスの集団。
そして、その中心に紅一点・・カスタマイズされた赤いネルフの制服に身を包んだ妙齢の女性。

葛城 ミサト一尉。
ネルフ本部、戦術作戦部作戦局作戦課課長兼、作戦本部長。


この街に住む人間ならネルフがどのような所か知っている。

知っているがゆえに、この集団には誰も近づかない。
遠巻きにしているだけ。


「3番線に車両が到着いたします。白線の内側に下がってお待ちください」


放送と共にミサトが直立不動に姿勢を正し、リニアの到着を待つ。

黒服達は周囲に警戒の姿勢を強める。


ブウゥゥゥゥゥゥゥ


色気の無いリニア独特の停車音を発し、様式美の生んだ流麗な車両は止まる。

ミサトの立つ車両からはただ一人の客だけが降り立った。
その車両には他に誰も乗っていない。

他の車両から降りる客達は異様な光景にぎょっとして立ち止まるが、黒服の無言の圧力により
そそくさとその場を後にする。



ミサトの前に立ったのは、中学生くらいの少年。

短めの髪の毛に女にも見える顔立ち・・体型も細め。
お世辞にも鍛えられているとは言えない。

しかし一見気弱そうに見える彼も、威圧感を放つ黒服達に何の反応も示さない。
それが当然のように・・・・・

そして直立するミサトに相対する。


「あなたが葛城さんですね?」


「そうです。私がネルフ本部戦術作戦部作戦局作戦課課長の葛城ミサト一尉。
今日からあなたの上司兼保護者となります。
以後よろしく」


事前にもらった写真からは想像もつかない毅然とした態度と冷徹な言葉。
写真の彼女は肌も露な服装で変なポーズまでつけており、おまけにふざけた注釈まで書いてあった。
どちらが本当の彼女なのか・・・・・


「あ、あの、ちょっと堅苦しくないですか?」


「・・・・・それもそうね。
じゃ、あらためて自己紹介するわ。私が葛城 ミサト一尉。あなたのお父さんの部下よ。
よろしく、碇 シンジ君」


「よろしくお願いします。葛城さん」


事前に叔父の家でネルフ職員から大まかなレクチャーを受けていたシンジは
黒服の集団にも動じない。

国連特務機関に呼び出された事、また父と出会う事に幾ばくかの不安はあったが
それも考えない事にしている。
何より、その職員から言われた言葉・・・


『君は必要とされている』


その言葉がシンジに力を与えていた。

母と死に別れ父に捨てられたと思い込んでいたシンジにとって、その言葉は心に染み入る響きがある。


『父さんなんか、もうどうでもいい。
それよりも、僕を必要としてくれる人達と上手くやった方が楽しいや』


預けられた叔父の家でさえ安住の地でなかった彼には、ネルフがとても心地良い家に見えていた。
そう思えば、黒服の存在は恐怖の対象などではなく頼もしいボディーガードに見える。



「じゃ、行きましょうか・・ネルフへ」


「はい」


ミサトの後ろについて歩くシンジ。
その二人を囲むようにして、黒服が随伴する。

体格のいい彼らに囲まれると、シンジの姿はすっかり隠れる。
確かに頼もしいガードだが、周りを囲まれるとむさくるしい事この上ない。


(まさか、四六時中こんな感じなのかな・・・・やっぱり来なきゃよかったかな)


簡単に意思が変わるシンジであった。









うわ□□□!!飛ばしすぎですよ、葛城さん!!


「な□に、言ってんのよ。まだいくらも出してないでしょ?
この車の実力はこんなもんじゃないわよ□」


まえ!まえ!前見て下さい!


「大丈夫よ、心配性ね」


ガードの車を振り切るように突っ走るミサトの愛車アルピーヌ ルノー310改。

外見はともかく、中身は原型を留めないほどに改造されたこの車はちょっとしたレーシングカー並みの
動力性能を誇る。
内燃機関はモーターに変えられているが、このモーターも通常の電気自動車のそれではない。
コストと電力消費を無視した高出力の物。
おかげで普通のバッテリーではすぐ上がってしまう為使えず、ネルフ特製のバッテリーを使用。
エヴァの内部電源に使われている技術を流用したものだ。

金の掛かり方も半端なものではないが。



「はい、着いたと・・・・・どうしたの?シンジ君」


通常15分かかる道程を、わずか5分で駆け抜けた影響をシンジはもろに受けていた。
さすがに失禁はしなかったようだが、意識が半分飛んだようだ。


「か、葛城さんの車には、も、もう乗りません」


「意外と冷たいのねシンジ君も・・・やっぱりお父さん似かしら」


「・・・・そんな事ないですよ」


ゲンドウの話が出たとたん声の調子を落としたシンジに、彼の身上報告書の記述を思い出したミサト。


(この子も難しい問題背負ってるのよね・・・・私にできるかしら、保護者なんて・・・
でも、チャンスでもあるわね)


ミサトとシンジの同居は前もって決められていた。

肉親・・しかも、実の父であるゲンドウとの同居など最初から考えられていない。
警備上の問題と副司令の冬月から説明は受けたが、そんな理由でない事は何となく分かった。
ゲンドウとていい年の男なのだから、関係のある女性はいる筈。
シンジとの同居は何かと都合が悪いのだろう。

子供が苦手のミサトにとって、シンジとの同居はストレスにもなりかねないが
それならそれでミサトにも考えはある。

父が死ぬ原因となった使徒の殲滅・・・ネルフの背後にある真実の追求。
そして、全てが明らかになった後・・・・・

リアリストであるミサトは、使徒が全て殲滅された後の世界情勢までをも視野に入れている。
絶対無敵の超兵器であるエヴァを手に入れれば、世界を掌握するのも夢ではない。
エヴァは特定の人間でしか動かせない。
シンジはその一人。
彼を懐柔する事ができれば・・・・・・・


「冗談よ、冗談!本気にしないで。さっ行くわよ」


「はい・・葛城さん」


ここもまた、シンジにとって安住の地ではない。

大人の思惑で支配された鬼の棲む城・・・・・
彼はその駒の一つ。

シンジはまだそれを知らない。








迷路のような廊下をただひたすら歩くミサトとシンジ。
本部施設に入った時点でガード要員は彼らから離れている。

ミサトの後ろを歩くシンジは、先ほどから同じ場所を何回も通っている事を知っていた。

しかし、何がしかの意味があるのだろうと気にしないでいた・・・・・のだが・・


「あ、あの・・・・・」


「何?シンジ君」


「ここ、さっきも通らなかったですか?と言うより、4回目なんですけど・・」


「・・・・・・・・・・・・迷った訳じゃないのよ。安心して」


「はあ・・・」
(迷ったんだな・・)


シンジがミサトという人物にかなりの疑問符をつけようとしたその時、館内放送が。


<作戦課の葛城一尉・・至急、随伴者共々発令所へ出頭して下さい。繰り返します・・・>


プルルルルルルル


同時にミサトの携帯も。


「はい、葛城です・・・・・・・今向かってる所よ!仕方ないでしょ!まだ慣れてないんだから!
私はあんたみたいに・・」


「あんたみたいに・・・・・何?」


はっきり迷ったと自爆するミサトの目の前に、白衣を纏った金髪の女性が。
白衣の下はネルフの制服ではない。
金髪も地ではない。顔つきなどは日本人そのものだ。
派手な化粧とも相まって、水商売系の女性にも見える。


「・・・・・あんたみたいに頭良くないのよ」


怒ったように言葉を叩きつけるが、顔は笑っている。


「冗談はやめて、ミサト。
IQ170の人間が言っても説得力ないわ」


「あんたみたいに200超えてないもの」


聞いていたシンジには冗談にしか聞えなかった。
道すらろくに覚えられないミサトがIQ170・・・・・
金髪の女性は200以上・・・・・・

中学では並みの成績しか残していなかったシンジは、猛烈な不安と疑問に刈られてきた。
本当に自分は必要とされているのだろうか、と・・何かの冗談なのではないかと。



「シンジ君!行くわよ!」


「は、はい!」


エリート中のエリートを集めたネルフ。
主要職員の平均IQは170を超える。
ミサトとて平均でしかない。
もっとも、ドイツにはそんなエリート達をも問題としない天才がいるのだが
彼女の登場はまだ先。





発令所・・・


金髪の女性の先導で無事発令所に着いたシンジは、
その施設の巨大さに目も眩む思いがした。
まるでSFの世界そのもの。

しかし、施設の大きさに反比例するように人間の数は少ない。

だから、余計彼女は目立った。
蒼みがかったショートカットの髪の毛と、健康的とは言いがたい白い肌。
そして、少しつり気味の赤い瞳・・・

その顔は無表情だが気高い美しさがある。

年の頃はシンジと同じくらい。

体にフィットした白いウェットスーツのようなものが妙に艶かしい。


「シンジ君・・レイに見とれるのは分かるけど、私の話も聞いてね」


「え?は、はい・・」


いつ間にか見とれていたようだ。
職員達の忍び笑いが漏れる中、シンジの顔が赤く染まっていく。

それでも白い少女の表情に変化はない。
シンジの反応に満足げな笑みを漏らしたミサトが話を続ける。


「まっ、男の子だから仕方ないけどね・・・
今あなたの前にいる人達が、あなたの事を色々とサポートしてくれる人達。
右から、青葉二尉、日向二尉、伊吹二尉よ。
そして白衣の人が、私と共にあなたを指導する赤木 リツコ博士」


「よ、よろしくお願いします、みなさん。碇 シンジです」


「よろしく、シンジ君」


「頑張れよ」


「分からない事があったら遠慮なく聞いてね」


が、白衣の女性・・赤木博士は何も言わない。
シンジを値踏みするかのように凝視するだけ。


「あ、あの、何か・・」


「いえ、何でもないわ。よろしくね、シンジ君」


「は、はい」


綺麗ではあるが、とっつきにくい印象のリツコにシンジは気後れしてしまう。
ミサトとは仲が良いようだが。


(付き合っていく内に、打ち解けてくるのかな・・・・そうだといいな。
あの娘は紹介してくれないのかな)


自然と視線はミサトにレイと呼ばれた少女に向かう。
年頃から言って自分と同じ立場のようだし。
少女は変わらずに無表情。


「じゃ、酉ね・・いい?シンジ君」


「はい、いいですよ。話は聞いてます」


ミサトのからかい調の言葉に幾分反発しながら、彼女の言葉を待つ。


「この娘がファーストチルドレン、綾波 レイ。シンジ君の先輩ね」


まだ何をするかも分からないのに先輩と紹介された少女。
ひ弱そうに見える体とは裏腹に、強い意志を込めた視線に圧倒されるシンジ。

でもなぜか、その中に懐かしい色も感じ取っていた。
遠い記憶の彼方にある何か・・・・・・・


「よろしくお願いします。綾波さん」


「・・・・・よろしく」






全ての始まりを告げる鐘の音は・・・誰にも聞えることなく静かに響き渡っていた。



いや、ただ一人・・・ドイツにいるこの少女にだけは聞えていたようだ。





「何よ、今悪寒が走ったわ・・・・・このアタシが恐怖?・・ふん、バカバカしい」






つづく




次回 「父そして新しい生活


 でらさんから早速「こういう場合」の第1話をいただきました。

 シンジのNerv到着から始まるのですなやはり‥‥。

 使徒さんが出てこないぶん、少し余裕があるNerv。シンジを受け止めてくれるでしょうかな?

 続きも楽しみですね。

 みなさんもぜひでらさんに感想メールをお願いします。

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