「ねえシンジ」
「ん?」
「キスしようか」
「え、なに?」
シンジはS−DATを聴いていたため、アスカの言ったことが良く聞こえなかった。
それが解ったのか、アスカはもう一度言った。
「キスよ、キス」
「へ?ど、どうして」
今度こそはっきり聞こえ、その意味に気付いて困惑するシンジ。
「退屈だからよ」
「退屈だからって、そんなぁ」
少しがっかりする。
アスカが自分に特別な感情をもっているなんて考えたことも無かったが、キスしようと言われてさすがに一瞬期待してしまった。
そして自分がかなりショックを受けてしまっていることに気付いてしまった。
が、その事をなるべく出さないように勤めた。
「したことないんでしょ?」
「・・・・・・うん」
「じゃ、しよう」
「でも・・・・・・」
今はアスカとそう言うことはしたくない。
だがアスカはかまわず、シンジを挑発してきた。
「お母さんの命日に女の子とキスするの、いや?天国から見てるかもしれないからって」
さすがにムッときる。
「そんなことないよ」
「それとも怖い?」
「怖くなんかないよ!良いよ、やってやるよ、キスくらい!」
そしてついに乗ってしまった。
アスカはそれまでのおどけた雰囲気を引っ込めて、真剣な顔をして、シンジの前に立つ。
「歯、磨いてるわよね?」
「ああ」
「じゃ、いくわよ」
そう言って顔を近づけてきた。

ゴクッ

が、唇が触れる直前
「鼻息こそばゆいから、息しないで」
そう言ってシンジの鼻をつまんだ。
そしてそのまま勢いよく唇を押し当ててきた。

そのまま数十秒・・・

息を止められているシンジはゆっくりアスカの感触を楽しむ余裕はない。
そして
「ぶはぁっ」
唇が離された瞬間大きく息を吸い込んだ。

アスカのほうは、そのまま洗面所に駆け込み、うがいをはじめた。
「ガラガラガラ、うえぇ、やっぱ暇つぶしでやるもんじゃないわ」
そしてその直後

ガンッ

「ひっ?」
壁伝いにものすごい音が響き、それに驚いたアスカはつい小さな悲鳴をあげた。
それはシンジが壁を思い切り殴りつけた音だった。




別れ、そして・・・
作者:ダイスさん




「聞こえる?シンジくん」
「ミサトさん!今のテストどうでした?」
「はーい、ユーアーナンバーワーン」
シンジとミサトのやり取りを通信機越しに聞き、驚くアスカ。
「くっ」
一瞬悔しそうな表情をするが、モニターされていることを思い出し、冷静を装う。


「参っちゃうわよね〜。あーっさり抜かれちゃったじゃない。ここまで簡単にやられると、正直ちょ〜と悔しいわよね〜」
アスカは更衣室で、レイを相手に愚痴っていた。
軽く言っているが、内心はかなり複雑だった。
悔しい?いや、それだけじゃない、憎い。
自分がこれまで培ってきたもの、自分の存在価値を奪おうとするヤツ。
それもあんな、何のとりえもなさそうな情けないヤツに。
あんなヤツ、居なくなってしまえば良いのに・・・
「すごいっ、素晴らしいっ、強いっ、強すぎるっ!ああ〜、無敵のシンジさま〜(ハート)」
「お先に」
レイが出て行ったあと、ロッカーを思い切り殴りつけていた。


その夜、シンジとアスカの二人は気まずい雰囲気に包まれて食事をしていた。
ミサトは仕事でまだ帰宅していない。
と、言うのは建前で加持と密会していた。
もっとも甘い雰囲気の関係ではないが。

そんな中で、二人きりの気まずい状態。
いや、アスカのほうが一方的に思い切りシンジを意識しているのだ。
シンジの方は特に気にした様子はない。
その事が、更にアスカの神経を逆撫でていた。
シンジをにらみつけるアスカ。
それでもシンジはいつものように振舞う・・・
そう、振舞っているだけだ。
流石のシンジでも、こうまで恨みがましい目で見られれば気付かないはずもない。
が、あえて無視していた。
「ご馳走様」
そう言ってシンジは食器を片付けはじめる。
そのシンジを目で追いかけるアスカ。
シンジはそのまま、部屋へと引っ込んでしまった。

(なによっ、アタシとは話す価値もないってわけぇ)
(何よ何よ、ばかシンジがっ)
(このアタシがこんなにぃ・・・・・・こんなになんだろ?)
(そ、そう、憎いのよ、あんなヤツ)
(キスまでしたくせにぃっ)
(って、違うっ。そんなことどうでも良くて)
(い、今に見てなさいよっ、必ず抜き返してやるんだからっ)


「ふう」
シンジは部屋に戻るとすぐにベッドに横たわった。
(アスカ、思いっきり睨んでたな)
(そんなにシンクロ率のこと、気にしてるのか)
(アスカ、エヴァに対するこだわり、すごいからなぁ)
(・・・アスカ、大丈夫かな)
(って、アスカなんてどうでも良いよ!)
(アスカなんて・・・・・・)
「くそっ」
この間のキスの後のうがいが、まだ後を引いていた。




そして翌日。
第12使徒が静かに第三新東京市に現れた。

「先行する一機を残りが援護。いい?」
ミサトが通信ごしに、作戦方針を伝える。
「はーい、先生。先方はシンジくんがいいと思いま〜す」
アスカが小学生が学級会で提案するような口調で言う。
「そりゃ、もう、こう言うのは成績優秀、勇猛果敢、シンクロ率ナンバーワンの殿方の仕事でしょう」
「なんだよ、それ」
シンジがムッとして言い返す。
「それともシンジくん、怖いのかなぁ?」
更に挑発するアスカ。
「そんなことないさ。いいよ、お手本見せてやるよ」
挑発し返すシンジ。
「なっ、なんですってー!?」
「アスカは黙って後ろで見てろよっ」
「はんっ、ならお手並み拝見と行こうじゃないの。弐号機、バックアップ」
「零号機もバックアップに回ります」

「あの子達、勝手に」
「シンジくん、ずいぶん立派になったじゃない」
リツコがあきれ気味に茶化す。
「そんな感じかしら?ちょっと違う感じだけど」
(アスカとなんかあったかな?)
ミサトはそんなシンジに不安を感じた。

「綾波、アスカ、そっちの配置はどう?」
「まだよ」
「そんなに早く動けるわけないでしょう」

「・・・足止めだけでもしておく」
痺れを切らしたシンジが空中に浮かぶ黒い球体の使徒に向けて銃を撃った。
弾丸があたると同時に消える使徒。
そして初号機の足元に黒い影が滑り込んできた。
「なんだっ?」
ズブッ、と沈み行く初号機の足。
「なんだよっ?これ?」
「シンジくん!?どうしたの?」
「影が、くそっ。どうなってんだよ」
そうこうする間にも初号機は膝まで飲み込まれていた。
その映像が発令所にも入る。
「アスカっ、レイっ、初号機の救出、急いでっ!」

「あのバカ、模試だけ満点とってもしょうがないじゃない・・・」
そういったアスカに、先ほどまでのわだかまりはなかった。
純粋にシンジの身を案じている。
そしてそんな自分に困惑してもいた。

そして、再び現れた空中の使徒を狙撃する。
そして再度消える。
「なにっ?影!?」
初号機を引き込もうとする影が弐号機にも伸びる。
とっさに飛びのきビルにしがみつく。
そしてそのまま攀じ登り、あたりをを見渡すと
「街が」
周りのビル群が影に飲み込まれていっていた。
そしてその中にはすでに胸のところまで影に沈んだ初号機が。
「シッ、シンジ!?」
「レイ、アスカ、後退するわ」
その時ミサトの非情な指示が入った。
「なっ!?」
驚愕するアスカ。
この女はシンジを見捨てると言うのか。
「待って、碇君がまだ」
レイもその指示に素直に従うつもりはないようだ。

「命令よ、下がりなさい」
こうまで言われると、長年そう言う訓練を受けてきた二人には逆らうことが出来なかった。

そうこうしている間にも、初号機はすでに首のところまで沈んでいる。
「シンジっ」
まだ諦めきれないアスカ。
「くそっ、ここまでなのかよっ?」
シンジの声が今だ通信機に入ってくる。
「まだ何も言ってないのに、何も伝えてないのに・・・、くそっ、アスカァ」

ザザァッ

そしてそのまま通信が途絶えた。



(シンジ、あの時何を言おうとしたの?何を伝えたかったの?)
控え室のベンチに膝を抱え込みながら座り、考えるアスカ。
(昨日からまともに口も利いてなかった)
(最後の会話があんな喧嘩腰のものなんて)
なぜか涙が出てくる。
「あれ?変だな。何で?もう泣かないって決めたのにぃ。うぅっ、ぐすっ」
(よりにもよって、シンジなんかの為に?)
(はん、このあたしも焼きが回ったもんね)
「・・・・・・ホント、何で泣いてんだろ?」
自分の気持ちがわからないアスカだった。



「エヴァの強制サルベージ!?」
屋外に仮設された指揮所でミサトがリツコから作戦概要を聞いていた。
「992個、現存する全てのN2爆雷を中心部に投下。残った2体のエヴァが形成するATフィールドを利用して1000分の1秒間だけ虚数空間に干渉できるの。その瞬間的エネルギーにより、使徒が形成する「ディラックの海」を破壊します」
「でもこれではエヴァの機体が、シンジくんがどうなるか・・・・・・救出作戦とはいえないわ」
「この作戦は初号機の機体回収を最優先とします。この際パイロットの生死は問いません」
「あんたっ」
叫び、リツコをぶつミサト。
「人の命を何だと思ってんのよっ!」

(自分だって、真っ先にシンジを見捨てたくせに)
アスカはリツコとミサトのやり取りを弐号機のモニターで聞いていた。
(あたしはどうなんだろう)
(あたしだって、ミサトの命令とはいえ、シンジを助けなかった)
(シンクロ率を抜かれた日には、シンジなんか消えてしまえばいいとも思ってた)
(・・・あたしにミサトをとやかく言う資格はないか)

考えている間に、指揮所では、ミサトが指揮権をリツコに奪われていた。



そして作戦開始時間。
「エントリープラグの予備電源、理論値ではそろそろ限界です」
「プラグスーツの生命維持装置も、危険域に入ります」
日向とマヤがそれぞれ報告する。
「12分、予定を早めましょう。シンジくんが生きている可能性がまだあるうちに」

そして作戦時間。
予定通り、N2爆雷が投下された。
それにより、サルベージされた初号機。
それは見るも無残な姿を晒していた。
そして、同時に使徒は殲滅されていた。



「シンジくんは!?」
ミサトが叫ぶ。
だが、その後の報告は絶望を呼ぶものだった。
「エントリープラグ周辺は完全に破壊されています。おそらくは生存は絶望的かと」

「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
それを弐号機の中で聞いていたアスカが突然絶叫した。
「アスカ!?」
ミサトも驚き、アスカを呼ぶ。
「ああああああ、しんじ、しんじぃ・・・」
頭を抱え、いやいやをしながらシンジの名をつぶやき続けている。
LCLがなければ、その、彼女の流す涙も確認できただろう。
アスカは気付いてしまった。
ここ最近、変わりつつあった自分の気持ちを。
シンジに対する、特別な感情を。
だが全てが手遅れだった。
シンジはもう、いないのだから。
絶望がアスカの心を支配していき、そして彼女はそのまま気を失った。



「知らない天井・・・」
アスカはつぶやきと共に目を覚ました。
それは皮肉にも、シンジが初戦闘の後、この病室で目覚めたときのつぶやきと同じモノだった。
が、当然アスカはそんなことは知らない。
「目、さめたのね」
そう言ったのは、アスカの横たわるベッドの横の椅子に座るレイだった。
「アンタが看病してくれてたの?」
コクンとうなずくレイ。
「ありがと」
起抜けのためか、素直にお礼の言葉が出た。
そして次第に頭がはっきりしてくると、シンジのことを思い出した。
「ファっ、ファーストっ、シンジは!?」
シンジが死んだと言うのが実は夢だったのではないか?
そんな甘い幻想を抱いてレイに問いただした。
が、首を横に振るレイを見て、そんなことはありえないのだ、と思い知らされた。
「うっ、うぅ、ぐすっ」
再び嗚咽をはじめるアスカ。
もはや隠そうともしない。
「何、泣いてるの?」
「うぅ、あぁ、あんたバカぁ!?シンジが死んじゃったからに決まってんでしょっ!」
泣きながらもレイのバカな質問に、頭に血を上らせるアスカ。
「まだ死んだと決まったわけじゃ、ないわ」
はっ、とするアスカ。
「生きてるの!?」
「ディラックの海でエントリープラグが射出された形跡があったらしいの」
リツコが大破した初号機を調べているとき、フライトレコーダーに、プラグ射出のログが残されていたのを発見した。
その事を、ミサト経由で、レイは知らされていた。
アスカを慰める材料に、と思ったのだろう。
だが
(そんなの意味ないじゃない、要はいまだにディラックの海にとらわれてるって事でしょう?)
(もう、生命維持装置なんてとっくに止まってるだろうし)
(使徒は殲滅されて、ディラックの海の門は閉じられてるし)
(どちらにしても、もう手遅れじゃない)
アスカが再び暗い顔をしたのに気付いて、肝心なことを言っていないことを思い出すレイ。
「射出されたプラグは、N2爆雷の衝撃で、こちらの世界にはじき出された可能性があるわ。今、葛城3佐が全力をあげて捜索してる」
「ああ、アンタ、そう言うことは先にいいなさいよ!じゃあ、生きてるのね?」
「・・・そうとも限らないわ」
「もうっ、どっちなのよ!?」
「だから可能性の問題よ。希望は捨てないで」
「・・・・・・解ったわよ」
(はあ、この女に同情されるなんて、アタシも焼きが回ったわね)
(って、あたしの気持ち、ばれてる!?)
(・・・って、そうか。アタシ、シンジのことが好きだったんだ)
(キスしたのも・・・やっぱり好きだったからなんだ)
(確かに加持さんとミサトのこともあったけど、シンジ以外だったら絶対暇つぶしでもそんなことしない)
(なのにあの後うがいなんかしちゃって)
(・・・あの時、シンジ、傷ついたんだろうな。怒ってた。嫌われたんだろうな)
しばらくニヤついたり暗くなったりしながら長考するアスカ。
そんな彼女をしばらく見つめていたレイは 「じゃ、そろそろ行くから」
と言って席を立った。
「お大事に」
「・・・アタシ、別に病人じゃないわよ」



だが、それから十日経っても、今だ初号機のプラグの行方はつかめていなかった。
流石のミサトも絶望しかけた頃、エントリープラグのSOSビーコンがキャッチされたとの報告が入った。

「じゃあ、シンジが見つかったの!?」
アスカは、帰ってきてすぐビーコンキャッチのことを話したミサトに詰め寄った。
「ええ、でもまだ、シンジくん自身が見つかったわけじゃないわ」
「もう、さっさと確認しなさいよ!」
「とは言ってもねぇ」
「何よ」
「発見された場所がチベットの山奥なのよ」
「なんでそんなところで」
「リツコの話だと、距離は関係ないらしいのよ」
「・・・そっか」
アスカは納得したようだ。


それから更に二日。
回収されたエントリープラグがネルフ本部へと運び込まれた。


「それで、シンジくんは?」
ミサトは回収されたプラグを調べ始めたリツコに聞いてきた。
「ちょっと待ってよ、いきなり言われても、うん?」
「ど、どうしたの?」
端末をプラグのコンピュータにつなげ、ログを調べていたリツコの反応が変わった。
「でも、そんな。いえ、ありえない話じゃなかったわね。でも、だとすると・・・」
「だから、どうしたのよ!?」
一人納得するリツコに、ミサトは痺れを切らした。
「面白いことが解ったわ」
本当に面白いことを発見した子供のようにはしゃぐリツコ。
そして
「プラグ内のコンピュータの日付を見るとね、2017年になってるのよ」
「はあ?」
言ってる意味がすぐ理解できないミサト。
「つまりこのプラグは、1年と4ヶ月前のチベットに出現したらしいのよ」
「1年4ヶ月前!?じゃあ、シンジくんは?」
「ああ、そうだったわね」
(こいつ・・・ほんとに忘れてたんじゃないでしょうね)
軽くジト目でリツコを見る。
「・・・・・・」
「で、どうなのよ、リツコ」
「解らないわね」
「なっ。どう言う事よ!?」
「プラグは結構な高さから落ちていった形跡があるわ。外装の一部が変形してしまうほどにね。これでは中のシンジくんも無事ではすまないわね」
「くっ」
絶望感がミサトを支配していく。
「でも」
だがリツコが続ける。
「プラグ内、およびその周辺でシンジくんらしき遺体は見つかっていないわ。それにプラグは外部から開かれた形跡もある。誰か、第三者がシンジくんを助け出した可能性もあるわ」
「じゃあ」
少しミサトに希望がよみがえる。
「でもシンジくんからは何の連絡もない。無事とも限らないわね」
「そんな、それじゃさっさと現地に問い合わせなさいよ!」
「もうやってるわよ。でも発見された場所は、ほとんど人が近づかない場所。目撃証言が期待出来そうにないわ」



「で、どうなるのよ?」
アスカが電話で経過を報告してきたミサトに詰問する。
今は放課後の学校。
屋上で携帯をもっている。
『結局、現地の調査が終わるまで解んないのよ。だからもう少し待って頂戴』
「ほんとにちゃんと探してんの?」
『そのはず、何だけど』
ミサトも、向こうの事はわからないので自信がない。
「もう、ちゃんとしてよ?」
『解ってるわ。じゃあね』

ピッ

携帯を切る。
(はぁ、シンジ・・・早く帰ってきてよぅ)
電話では強気の態度をとっていたが、実際には少し弱気になっていた。
うっすらと目に涙がたまる。
「しんじ・・・」
ついには声に出して、恋しい少年の名を呼んだ。

教室に戻ると、ヒカリが帰らずに待っていた。
「アスカ、葛城さん、何だって?」
「え?ああ、別にたいしたことじゃないのよ。・・・バカシンジは向こうで元気にやってるってだけ」
そう言って二人一緒に教室を出る。
対外的には、シンジは海外に研修に行っている事になっていた。
「まったく、シンジがどうしてようが私には関係ないってのに」
「アスカ、少しは素直になったほうがいいわよ」
「・・・・・・」
アスカは少し辛そうにする。
それを見たヒカリは「何かある」と思った。
「ねぇ、アスカ。少し公園によっていかない?」
「え?」
「ああ、少し相談したい事があるのよ」
ヒカリは少し誤魔化した。
最も相談したい事があったのも事実だったが。

そして公園。
そのベンチに座って、アスカのほうが先に切り出した。
「鈴原のことでしょ」
「え?わかる?」
「何となくね。アタシもそんな感じだから」
「・・・やっぱり碇君?」
「・・・・・・なんでシンジだと思うの?」
「見え見えよ。いっつも碇君のほう見てたじゃない」
「そっ、そうなの?」
「そうよ。気付いてなかったの?」
自分のことなのに、と思う。
「うん、気付いてなかった。いつ頃から?」
「結構前かな?修学旅行から私たちが帰ってきた頃には決定的になってたと思うけど」
「そんなに前から・・・・って、ほとんど最初の頃からじゃない。ほんとに?」
「うん、だと思ったけど。と言う事はやっぱり当たり?」
「・・・うん。気付いたのって、ほんとにこの間なんだけど・・・」
少しうつむきながら、赤くなって頷く。
「そ、そう言うヒカリこそ、あの熱血バカのどこが良かったの?」
「熱血バカって・・・。うん、そう、・・・やさしいところ」
優しい鈴原・・・駄目だ、想像できない。
(ヒカリには悪いけど)
「じゃあ、告白とかしないの?」
更にアスカが続ける。
「え?駄目よ、そんな。告白なんて」
真っ赤になりながら首を横に振るヒカリ。
「・・・こんなご時世なんだから、言えるうちに言っておいたほうがいいわよ」
「で、でも・・・あ、だったらアスカもしようよ告白。それだったら私も・・・」
そこまで言って、アスカが下を向いて肩を震わせているのに気付いた。
「あっ、アスカ?」
「うっ。うぅ」
泣いてる?あのアスカが!?
「どうしたの、アスカ!?」
ヒカリはアスカの両肩をつかんで訊く。
「アタシは・・・もう駄目なの。手遅れなの」
泣きながら訴えるアスカ。
「シンジが研修でいないなんて、ウソなの。あいつ行方不明なの。生きてるかどうかもわかんないの」
「そ、そんな・・・」
最近様子のおかしいアスカに、何かあるだろうと思っていたが、まさかこんな事になっていたとは・・・。
「だから、・・・だからヒカリは後悔しないようにして。お願い」
泣きながらもヒカリに訴えるアスカ。
「・・・うん」
そんなアスカに、ヒカリは頷くことしか出来なかった。



その頃、本部では絶望的なことが決定していた。
「現時刻を持って、サードチルドレンの捜索を打ち切る。以後、サードは登録抹消。死亡したものとする」
ゲンドウによる非情な決定。
少なくともミサトにはそう感じた。
実際は1年以上(シンジにとっての時間)連絡をしようとしない事がシンジに帰る意思無しと言う事と思い、それならばもうそっとしておこうと言うゲンドウなりの最後の親心だった。
その事を理解していたのは冬月とリツコくらいだったが。
ミサトは親の敵を見るような目で、ゲンドウを睨みつけていた。
が、それでも職業柄、何も言えないでいた。



「なんでよっ、どう言う事よ!?」
アスカの叫びがリビング内に響く。
「ごめんなさい、アスカ・・・」
シンジの捜査が打ち切られたことを伝えた直後だ。
理由を言う暇もない。
もっとも、理由を話したところで、この少女は納得しないだろうが。
ここ2週間の彼女の反応から、シンジに特別な感情を持っているのだろう、と流石のミサトは気付いていた。
が、それだけに、彼女に諦めさせるのは困難だろう。
いや、不可能か。
「だからなんで・・・、何でなのよぅ」
ついには涙声になる。
どうも最近、涙腺がゆるくなってしまったようだ。
これにはさすがのミサトも驚いた。
あのアスカが涙を、それも人前で見せるなんて・・・
少し前、ドイツで訓練を繰り返していたとき、たとえ辛いとき、それも一人きりであっても決して泣こうとはしない。
そうドイツからの報告書にはあった。
それだけに、彼女の中に占めるシンジの割合の大きさがわかる。
「碇司令の決定なのよ。もう、私の独断ではどうにもならないわ」
「っ!?」
実の父親が!?
が、しかし、あの男ならありえるだろう。
シンジがいくら縋ろうとしても歯牙にもかけなかった、シンジにとって他人と言ってもいいほど遠い、血縁者。
そこまで嫌うのか、実の息子を。
ゲンドウの心の内は、やはりと言うか、アスカにも解らなかった。
が、ネルフの最高責任者の正式な決定であるならば、確かに覆ることはないであろう。

「なんでよぅ、しんじぃ・・・」
しゃがみこみ、ついには声に出して泣き始めた。




だが、事態は更に少女達の心を置き去りに進んでいく。

四人目の適格者。
フォースチルドレン、鈴原トウジ。
彼が選出されたのは、サードチルドレン死亡認定から僅か20時間後のことであった。



「アメリカで建造中の3号機、うちで預かることになりそうよ」
「えらく急なのね。パイロットだっていないってぇのに」
ミサトは、リツコのところでコーヒーをご馳走になりながら、この話を聞いていた。
「四人目、見つかったそうよ」
「四人目?マルドゥック機関からの報告は受けてないわよ」
「正式な書類は明日届くわ」
(シンジくんが死亡とされてすぐに四人目選出・・・出来すぎてるわね)
「赤木博士、何か私に隠し事、してない?」
「・・・別に」
「ま、いいわ。で、選ばれた子ってどんな子?」
「あなたの知っている子よ」
「へ?」
そう言って、フォースのプロフィールをディスプレイに映し、ミサトに見せる。
「・・・よりにもよって、この子なの?」
「仕方ないわよ。候補者は集めて保護してあるのだから」
「また、シンジくんのような子を生み出すかもしれないのね、私達」
「私達には、選んでる余裕なんて無いのよ」
「解ってる・・・つもりだったんだけどね」
「弱気は禁物よ、葛城三佐」




「鈴原!今日から週番なんだからちゃんと仕事しなさいよっ」
帰り支度をしていたトウジに、ヒカリがどやしつける。
「なんのことや?」
「プリント!先生が届けてって言ってらしたでしょ!」
「何や、相方がおるやろ?」
「綾波さんは今日休みよ!」
「綾波とワイなんか。そらしゃーないな」
「そうよ」
「やけど、女の家に一人じゃ行けへんな」
「あ、じゃあ私が・・・」
「シンジ・・・はここんとこ休んどるし、ケンスケ・・・は今日は新横須賀やったか。ん?何ぞゆうたか、イインチョ?」
「だからその、私がついていこうか?」
「んー、せやな。悪いけど頼むわ」
「うん!」(やったー!!)



「何やすごいとこに住んどんなぁ、綾波は」
「ほ、ほんとに」
二人はレイの住む団地までやってきていた。


ヒカリは、レイの部屋の前まで来るとすぐ、呼び鈴を押してみた。
だが、中からの反応は無い。
もう一度押してみるがやはり無駄だった。
「留守・・・なのかしら」
半ば諦めかけたとき
「そう言うたら、前にシンジが来たとき、呼び鈴壊れとった、言うてたな」
「そっ、そう言うことは先に言ってよっ」
「いやぁ、すまんのう。忘れとったんや」
顔を赤くして抗議するヒカリに、悪びれた風も無く返すトウジ。
傍目には、初々しい恋人達の痴話げんかに見えたろうか?


「何か用?」
そこへ、二人は急に後ろから声をかけられた。
「ひゃっ」
「うひょっ?」
面白い声を上げて振り返る二人。
そこには制服姿のレイが立っていた。



レイに促され、部屋に招かれたトウジとヒカリ。
そこで二人が見たのはひどく殺風景な部屋。
「これが女の部屋かいな」
「ちょっ、ちょっと鈴原っ。失礼でしょっ?」
トウジの失言に、慌てて抗議するヒカリ。
「え?ああ、スマンかったな、綾波」
「なにが?」
だがレイは気にしていなかった。
「「・・・・・・」」
そして、しばらく気まずい沈黙が流れた。

「お茶、入れるわ」
長い沈黙を破ったのは意外にもレイだった。
「お?おぅ、悪いな」
「どうぞお構いなく」
レイは、普段あまり使わないキッチンに行くと、ケトルをコンロにかけ始めた。
そして、お湯が沸くまでの間をただじっと見つめている。
「「・・・・・・」」
再び沈黙してしまう二人。
そしてお湯が沸いた頃、レイはキッチン内をキョロキョロし始めた。
「あの、綾波さん?」
ヒカリはなんだか不安になって声をかけた。
「・・・ごめんなさい、お茶の葉がどこにあるかわからないの」
「「・・・・・・」」
自分の家にあるものがわからないとは、一体どういう生活をしているのだろう。
「あの、綾波さん?お手伝いしようか?」
ヒカリはたまりかねて、手助けすることにした。



「しっかし、やっぱりEVAのパイロットって変わりモンばっかしやな」
とりあえず当初の目的を果たし、家路に着く二人。
「もう、そんな事言うもんじゃないわよ」
「しかし綾波も変わったなぁ」
「え?」
「最初ん頃は正直無愛想な女や思てたけど、それが茶、ご馳走してくれるんやもんなぁ」
「・・・そう」
このときヒカリは、もしかしてトウジはレイが好きなのでは?と、思った。



ネルフ本部。
自販機前の休憩所で、加持がマヤを口説いていた。
「良いんですか?葛城さんに言っちゃいますよ」
と言いつつも満更でもなさそうなマヤ。
「その前にその口をふさぐよ」
と、更にマヤに接近する加持。
と、その時
「マヤと加持さん、不潔」
白い目で二人を見つめるアスカが居た。
「よっ、本部に出てくるの、久しぶりだな」
特に悪びれた風もなく返す加持。
こんな場面を見られるのはドイツ時代、しょっちゅうだったので今更だ。
「ふ、不潔・・・私が不潔・・・」
が、マヤはなにやらショックを受けたように、ヨロヨロとその場を去っていった。
「いいかげん、定期テストサボるなってリツコがうるさいから・・・って、マヤどうしたのかしら?」
「さあな。彼女は彼女なりに複雑なんだろう。ところで何か用か?」
「ミサト探してんの。リツコに呼んできてって頼まれたから」
「葛城なら・・・」
言いながらアスカの背後を指差す。
振り向くとそこにはミサトが居た。
「あ、ミサト。リツコが明日からの出張の打ち合わせだって」
どこか無気力に、伝言を伝えるアスカ。
(まだ落ち込んでる・・・当たり前か。自覚したときには失恋してたんだもんね)
「はぁ。ゆっくりコーヒー飲んでる間もないわね」
「自分で煎れればいいのに」
「どうも自分で作ると美味しくないのよね。ま、いいわ。リツコに煎れてもらうから」
そう言ってから、加持の方にやってきて、なにやら耳打ちした。
(アスカ、何とか元気付けてやって)
「?」
アスカは目の前で内緒話をされて気にはなったが、まあ恋人同士、人に聞かれたくない事もあるだろうと気にしないことにした。
だが、自分は好きな人にあえないのに、と半ば八つ当たり的な気分になって
「そう言えばさっき、加持さん、マヤのこと口説いてたわよ」
と、告げ口した。
「ふーん、そう」
とニヤリ、しかし目が笑ってない表情で加持を睨むミサト。
「ははは、軽いコミュニケーションをとってただけだよ」
イヤな汗を流しつつ、言い訳する加持。
「ま、その事はおいおい確認するとして・・・さっきのこと、頼んだわよ」
「ああ」
再びまじめな表情になった二人は別れを告げた。
そして残されたアスカに加持が
「どうだ、久しぶりにお茶でも」
と声をかけた。

「中学生にまで粉かけるんですか?」
と、先ほどより白い目で見られた。
「おいおい・・・」
ついこの間まで「加持さん加持さん」と懐かれていたのに・・・哀れな加持だった。



加持はアスカに缶コーヒーを買ってやると、彼女を誘ってジオフロント内に出て行った。
そしてたどり着いた場所。
「スイカ・・・ですか?」
「ああ、可愛いだろ。俺の趣味さ。皆には内緒だけどな」
と、ここに来る前にもって来ていたジョロで水をまき始める。
「何かを作る、何かを育てるのはいいぞ。色んなことが見えてくるし、解ってくる」
そしてアスカのほうをみる。
「楽しいこととかな」
「・・・辛いこともでしょ」
「・・・今は辛いんだな、アスカは」
「・・・うん」
「好き、だったのかい?」
「うん」
「いまでも?」
「うん」
「彼は生きていると思う?」
「・・・うん」
「そうか・・・なら、信じてあげないとな、彼を」
「・・・・・・」
だが、不安はぬぐえない。
ネルフの捜索も早々に打ち切られた。
「シンジ・・・今もどこかで助けを待ってるのかも・・・」
暗い表情のアスカ。
加持は今までそんなアスカを見たことが無かった。
だから加持は、まだアスカには知らされていない真実を教えることにした。
「実はな」
「?」
「これは今のところ、トップシークレットなんだが」
加持を見上げてふしぎそうな表情をするアスカ。
「初号機のエントリープラグな、ディラックの海からチベットに現れたのは1年以上も前の事だそうだ」
「?・・・どう言う事ですか?」
「難しい事は良く解らんが、そう言うことらしい」
「・・・それで?」
「だからな、当時シンジくんは待てども待てども来ない救助に痺れを切らして、自力で日本を目指したんじゃないかと思うんだ」
「!」
「でも当時たったの14歳の少年だ。いまだに日本にたどり着けないだけじゃないかな」
可能性の一つ。
それが本当であれば、いつか帰ってくるかもしれない。
僅かだが希望が持てることに、アスカは少し明るさを取り戻した。
「加持さん」
「ん?」
「ありがとう」
「なぁに。ところでこの事、俺が教えたって人に言わないでくれよ?ばれたら首になっちまうから」
「はい、解ってますって」
と、久しぶりの笑顔を加持に見せた。
(もっとも、ばれたら消されそうな事がとっくにばれてるんだけどな)
と、加持もアスカに笑い返しながら、そんなことを思っていた。



翌日、第壱中学。
「さ〜、メシやメシや」
先ほど購入してきたパンを広げてトウジ。
しかし、さあ食べようとした直前
『2−Aの鈴原トウジ君、鈴原トウジ君。至急、校長室まで来てください』
と、呼び出しの放送がなった。
「なんや?」
「何かやったのか?」
「んー、心当たり無いわ」
ケンスケの問いに、そう答えながら、トウジは席を立った。


トウジは校長室の前に来、
「鈴原トウジです。失礼します」
と言って入っていった。
「あなたが鈴原君ね」
そう聞き返したのは、一度だけ、ミサトの昇進祝いの時に会ったことのある赤木リツコだった。


トウジが教室に戻ったのは、すでに5時間目の授業も終わろうかと言う時間だった。
「遅れてスマンです」
そういったトウジの表情はどこか暗い。
「話は聞いている。席につきなさい」
(鈴原・・・何の話だったんだろ?)
ヒカリは、いつもと感じの違うトウジに、何か漠然とした不安を感じた。



そして授業が終わり、放課後。
「トウジ、悪いけど先帰るわ」
と言って、ケンスケが教室を出て行った。
何やら例のごとく、行くところがあったらしい。
そんなケンスケに、トウジは軽く手をあげて答えただけだった。

そして、教室に誰もいなくなった頃。
今ここには、週番で残っているトウジと、なぜか残っているヒカリだけしかいない。
「鈴原」
「ん?」
ヒカリは先ほど気になったことを聞いてみたくて残っていた。
だが、実際口に出た言葉は
「あ、しゅ、週番なんだから・・・ちゃんと机並べて、日誌つけなさいよ?」
「イインチョ。ワシ昼飯まだやったんやで。喰い終わったらやるわ」
そんなヒカリにトウジは苦笑しながら答えた。
「そ、そうだったわね」
そして当時は、パンを取り出し、食べ始める。
それを、ヒカリはしばらく眺めていた。
(はあ、なんて聞けばいいのかわかんないわ)
そして、次に出たのも、結局別のことだった。
「鈴原ってそう言えばさ」
「ん?」
「いつも購買部のお弁当かパンだね」
「ああ、作ってくれる奴もおらんからな」
しばらく考えるヒカリ。
そして
「鈴原・・・君」
「なんでっしゃろ?」
「・・・アタシんちね、姉妹が二人いてね。名前はコダマとノゾミ。いつもお弁当、私が作ってるんだけど」
「そら難儀やな」
「だから私、こう見えても意外と料理とかうまかったりするんだ」
「ふんふん」
「で、いつもお弁当の材料、残っちゃったりするんだ」
「そら、もったいないわな」
「う、うん」
「残飯処理やったら手伝うで」
「う、うん!手伝ってっ」
そう言って、ヒカリは表情を明るくした。



翌朝、葛城家。
「行ってきまーす」
加持に励まされて以来、幾分明るくなったアスカが家を出ようとする。
そんなアスカを
「あ、ちょっとまって」
と、ミサトが呼び止めた。
「ん、なに?」
靴をはきながら振り返るアスカ。
「実はちょっち、今日から4日ほど松代に出張なのよ」
「ふーん・・・って、そんなの夕べのうちに言っといてよ」
「ゴミン。夕べ帰ったの遅くて、もうアスカ寝てたでしょ?何か起こすの忍びなくて」
「んー、まあいいわ。それで?」
「それで・・・一人で大丈夫?」
「そうね・・・ヒカリのうちにでも泊めてもらうわ」
「悪いけどそうしてくれる?」
「話それだけ?それじゃ今度こそ行ってきまーす」
そう言って玄関を開けると・・・そこにはケンスケがいた。
「おはようございますっ!」
「え?あぁ、おはよう」
ミサトはケンスケが自分に向かって挨拶していることがわかったので、とりあえず挨拶し返す。
「んじゃ、ホントに今度こそ行ってきまぁーす」
どうやらケンスケはミサトに用があるらしいと思ったので、アスカは三度(みたび)ミサトに声をかけ、彼の脇を通り抜けてさっさと学校に向かった。



「おはよう、ヒカリ」
「あ、アスカ、おはよう」
校門の近くでアスカはヒカリにあった。
「何かご機嫌ね」
アスカは、何時に無くニコニコしているヒカリに聞いてみた。
「え?そ、そうみえる?」
「まあね」
「そう。あとで話すね」
「そうだヒカリ」
「なに?」
「実はさ。今日からミサトが出張で、アタシ一人きりなのよ」
「無用心ね。うちに来る?」
「えへへ、実はそう頼もうと思ってたんだ」
「ウチはいつでも大歓迎だから」
そう言いながら、アスカが少し元気になってきていることに安心するヒカリだった。


遅刻ギリギリで教室に飛び込んだケンスケは、どこか落胆した様子だった。
だが、そのことを特に気にするものは、このクラスにはいなかった。
哀れ、ケンスケ。



昼休み。
ヒカリはトウジを探すが教室に彼はいなかった。
「・・・・・・」
「どうしたの?」
購買部に買出しに行こうとしたアスカが立ち止まってたずねた。
「ん?鈴原、どこ行ったのかな、って」
「購買部に行ったんじゃない?」
「そ、そうなのかな?」
「何か約束してたの?」
「んー。明確に今日って言ったわけじゃなかったから」
そう言って、二つあるお弁当箱を見つめる。
アスカもつられてそれをみる。
「ふーん」
にやりと笑い、ヒカリを見るアスカ。
「な、なに?」
少し引くヒカリ。
「ふふふぅ、アタシの知らない間に自体は進展してたのね」
「進展って、そんな大げさなもんじゃ」
「ま、詳しくは今晩ゆっくり聞かせて貰うわ」
「いや、だからね」



トウジはその時、屋上に一人いた。
そして昨日リツコから聞いた話を思い出していた。
「・・・シンジ・・・死んでしもたんか・・・」
今まで考えなかった訳ではない。
だがやはり、どこかそうなる可能性を否定していた。
『ワシはお前を殴らないかん。殴っとかな気がすまへんのや』
「・・・スマンかったな、シンジ」
命がけの戦い。
そんなもの、お話の中だけだと思っていたと、昨日自覚させられた。
確かに目の前で戦いがあり、自分の友達がそれに参加していた。
だが、普段明るい彼らに、何時しかそんなことも忘れてしまっていた。
だが、シンジは死んだ。
そして次は自分の番・・・。
「ワシに・・・ワシにシンジの代わりがつとまんのやろか?」
トウジは昨日、新しいパイロットになることを引き受けてしまっていた。



「な〜んだ。まだ告白したわけじゃなかったんだ」
その夜、ヒカリのうちに泊まりに来たアスカ。
夕飯をご馳走になり、お風呂にも入って今はパジャマ姿でヒカリの部屋。
二人きりになると早速昼間のことを問いただした。
「そんな・・・いきなりは無理よ」
枕を抱え込んで真っ赤になっているヒカリ。
「それで、取りあえずは外堀から埋めようって言うわけね?」
「べ、別にそう言うわけじゃ・・・」
「ま、これをきっかけに、二人の間は急接近間違い無しね。告白も時間の問題かな?」
「もう」
「でも、もしかすると向こうからの告白もありかな?」
「え?そ、そうかな」
「あ、やっぱ無理か。シンジに次ぐ鈍感鈴原じゃ」
「うう、アスカの意地悪」
そういった後、ヒカリが急に暗くなる。
「ん?どうしたの?」
「鈴原・・・鈴原が好きなのって、綾波さんかもしれない」
「え?まっさか。それはないんじゃない?」
「そうかしら」
「少なくともレイはそう言う気無いから安心なさい」
「そうなの?」
「そうよ」
「あれ?アスカ、何時の間に綾波さんのこと名前で呼んでるの?」
「うっ。まあ、ちょっとシンジの一件の時励まされちゃって。なーんか頭上がんなくなっちゃったのよね、悔しいことに」
「そうだったの・・・・・・碇君、早く帰ってくるといいわね」
「うん。ま、あんまり帰るの遅かったら、こっちから探しに行っちゃうけどね」
と、元気いっぱいに宣言した。
少なくとも表面上だけでも元気になったアスカに、ヒカリは安心した。



翌日。
今日こそは、と気合を入れてきたのだが、あいにくトウジは休みだった。
残念そうにしているヒカリに声をかけようとしたアスカに、先にレイが声をかけた。
「珍しいじゃない。あんたが声かけてくれるなんて」
レイに促され、アスカは屋上まで出てきていた。
「昨日松代にエヴァ3号機が到着したわ」
「あれ、そうだったの?それでか、ミサトの出張」
「ええ」
「でも機体ばっかり増えてもパイロットがいないんじゃあねぇ・・・って、もしかしているの?新しいパイロット」
「ええ」
「そうなんだ・・・ミサトも教えてくれりゃあいいのに」
「多分、言いづらかったんだと思う」
「なんで?」
「フォースチルドレン、鈴原君らしいの」
「・・・え?」
一瞬、レイが言ったことがわからなかった。
そして、次第に理解してくると戸惑いが生まれた。
「そんな、なんであいつが。それじゃ、ヒカリが・・・死ぬかもしれないのに。なんで、そんなの。ヒカリになんていえば。シンジみたいに、ダメ。そんなの」
頭がどんどん混乱してくる。
別にトウジが死ぬと決まっているわけではない。
だがその可能性はある。
シンジの事を知っているヒカリがそのことを知れば、どれほど不安がるか。
アスカはそのことがすごく心配になった。
だが、現実はより過酷なほうへと向かっていた。



「松代で事故っ?」
急にネルフ本部に呼び出され、エヴァに乗り込んで出撃させられ、使徒出現かと思っていたところにマヤからの通信で伝えられた意外なもの。
「そんな、ミサトはっ?・・・鈴原は」
「まだ詳しいことは解っていないの」
「使徒・・・なの?」
「解らないけど、多分」
「でも、それじゃ、作戦指揮は?」
「今は碇司令が直々にとっておられるわ」
「司令が・・・」



その少し前。
松代。
「鈴原君、心の準備は良い?」
ミサトがプラグスーツに着替えたトウジに問うた。
「ええ、なんやまだドキドキしてますわ」
「そ、それじゃ、もう少し時間いる?」
「いえ、もうええですわ。行きます」
「そう・・・それじゃ、お願いね」
「はい」
そしてトウジはエントリープラグへ。

その後・・・三号機は使徒にのっとられた。
中に乗る、トウジと共に。



「伊吹二尉」
「はい、なんでしょう?司令」
「初号機にダミープラグを挿入して、現地まで飛ばしたまえ」
「え?ですがダミープラグはまだ不安定で」
「かまわん。命令だ」
「・・・はい」



夕暮れの中、夕日を背に歩いている黒い影。
その映像を映し出す発令所のスクリーン。
「やはりこれか」
冬月が隣にいるゲンドウにだけ聞こえる声で言う。
「停止信号発信。プラグを強制射出」
冬月に目だけで答えてゲンドウが指示を出す。
「ダメですっ。停止信号及び、プラグ排出信号、認識しませんっ」
「ちっ」
マヤの報告に思わず舌打ちする。
「パイロットは」
続けて日向に聞く。
「呼吸、心拍の反応はありますが、おそらく」
「・・・・・・」
しばらく考えるゲンドウ。
だが次の瞬間、苦渋の選択をする。
「エヴァンゲリオン三号機は現時刻を持って破棄。以後、目標を第13使徒と識別する」
「「「!?」」」
三人のオペレーターたちは、思わず司令席を振り返り見上げる。
だがそこには、いつもと同じように落ち着いた風のゲンドウがいるだけだ。
「野辺山で戦線を展開。目標を撃破しろ」



「うそ・・・」
アスカは目を見開いた。
発令所からの指示。
それは第13使徒を殲滅せよとの事。
しかし今こちらに向かって来ているのは・・・
「あれって・・・エヴァじゃない」
「そうだ、目標だ」
アスカの声に答えるゲンドウ。
「そんな・・・」


「乗っているわ、彼」
レイの零号機がまず、接触しようとしていた。
そしてライフルの照準を目標へ。
だが、撃つのを躊躇ってしまう。
その一瞬の隙をついて、三号機・・・13使徒は空に舞い、零号機をねじ伏せた。
そして零号機の左腕に噛み付いた。
「ぐっ」
痛みは直接レイにフィードバックされる。

「使徒からの侵食が始まっていますっ」
青葉が振り向いて叫ぶ。
「ヤツめ、零号機ものっとるつもりか?」
顔にあせりを浮かばせ、冬月がつぶやく。
「零号機の左腕を切断だ」
「し、神経接続を解除しないと」
「かまわん、急げっ」
「は、はいっ」

バンッ

「あうっ」
切断される零号機の左腕。
と同時に、レイの悲鳴が上がる。
如何にシンクロ率の低いレイとはいえ、その痛みは尋常ではなかった。
もはや戦闘続行は不可能だろう。
使徒もそう感じたのか、すでに零号機に興味を無くし、新しい目標を求めてさまよい始めた。
そしてその前に立ちはだかるのは・・・アスカの乗る弐号機。
アスカは使徒化した参号機の背に目をやる。
カバーが外れ、プラグが露出している。
強制射出を試みたのだろう。
だが、プラグは射出されず、いまだ中には・・・
「鈴原が・・・乗ってる」
アスカは動けずにいた。
三号機にトウジと・・・ヒカリの姿が重なる。
「弐号機、攻撃を開始しろ」
一向に動かない弐号機に業を煮やしたのか、直接ゲンドウの指示が入る。
だが
「出来ない・・・」
「なに?」
アスカのつぶやき。
ゲンドウは彼女が何を言ったのか、一瞬理解できなかった。
「出来ないよう・・・だって鈴原が。ヒカリが・・・ヒカリにアタシと同じ思い、させたくない・・・」
「・・・攻撃しなければ君が死ぬことになるぞ」
「!」

そのイメージがアスカを怯えさせる。
だがその恐怖よりも、親友の悲しむ顔をみる恐怖の方が、僅かに勝った。
やはり一向に動かない弐号機。
だが近づいてくる使途は、間違いなく弐号機を次の標的に見定めていた。
そして、後数百メートルと言うところで、使徒が立ち止まった。
にらみ合うように向き合う二つの影。
先に動いたのは・・・やはり使徒の方だった。
ジャンプして一気に距離を詰める。
そしてそのままの勢いでキック、弐号機は吹き飛ばされる。
「くっ」
背後の山に背中から激突する弐号機。
それに使徒は間をおかずに再接近する。
そして、その手を伸ばし・・・弐号機の首をつかんだ。

「いやーーーーーっ」
発令所のスピーカーから響き渡るアスカの悲鳴。
だがスクリーンに映る弐号機に目立った損傷はない。
つかまれている首にしても、特に締め上げられていると言うことは・・・今のところ、ない。
「アスカ?どうしたのっ?落ち着いてっ」
マヤが呼びかける。
「いや・・・やめて・・・・・・ま・ま」


アスカにはいくつかトラウマがある。
そのほとんどが母親にまつわるものだ。

母に嫌われる自分。
母に捨てられる自分。
母に見てもらえない自分。

そして母に殺される・・・自分。


首をしめられるという行為は、彼女にとって特にそれをイメージさせるものであった。
先ほど感じた「死」のイメージとあいまって、アスカはパニックに陥った。
ゆえに彼女は、動くことが出来なくなった。


「初号機を起動する」
ゲンドウが静かに言った。
「し、しかしダミーシステムにはまだ問題が・・・」
マヤが抗議の声をあげた。
「かまわん。今、これ以上パイロットを失う訳にはいかん。ダミーシステムを起動したまえ」
「わかりました」
マヤはこれ以上ためらうことは事態を悪化させるだけだと気付き、ダミーを起動した。

そして動き始めた初号機。
それはまさに、鬼神であった。
まるで紙くずのように引き裂かれてゆく、使徒。
血が飛び散り、肉片があたりにばら撒かれる。
そして・・・


「あ」
アスカは正気を取り戻した。
そして彼女の目の前には・・・初号機により今にも握りつぶされようとしている、エントリープラグ。
「だめ・・・シンジっ、だめーーー!」
アスカが叫んだ。
まるでシンジが初号機に乗り、トウジの乗るプラグを破壊しようとしているかのように錯覚して。

グシャッ

そしてエントリープラグは、潰された。




「ごめん・・・ごめんね、ヒカリ・・・助けられなかった・・・鈴原、助けて上げられなかった。ヒカリ、ごめんなさい・・・」
弐号機の中で、アスカは泣いていた。
そのプラグ内に、現地とやり取りをしていたマヤの声が流れる。
「エントリープラグの解体班より連絡。生存者を確認」
「え?」
一瞬アスカは我が耳を疑った。
どう見てもプラグは完全にひしゃげている。
パイロットシートがあったであろう位置が特に。
なのに生き残ることなど出来たのだろうか?
「マヤっ、本当なの!?」
思わずアスカは叫んだ。
「え、アスカ?」
他とのやり取りに気をとられていたマヤは、アスカに急に呼ばれて一瞬何のことか解らなかった。
「パイロットっ、無事ってホントっ!?」
「え?ええ、特に目立った外傷もないそうよ」
「!」
マヤの言ったことが信じられなかった。
だが、すぐにそれは安堵にとって変わった。
(よかった・・・ヒカリ、よかったよぅ)
アスカの涙は、喜びのものに代わっていた。




翌日。
トウジがいる病室。
先ほど目を覚ましてからずっと、ぼーっとして、トウジは見知らぬ天井を眺めていた。

プシュー

そこへ、扉が開き、ヒカリが入ってきた。
「なんや、イインチョやんか」
「うん」
ヒカリは返事をしながら、ベッド脇の丸椅子に腰掛ける。
「・・・惣流にでも聞いたんか?」
「うん」
「そーか・・・悪かったなぁ、なんや心配かけて」
「ううん、いいよ。それくらい」
「わるかったな」
「え?」
二度目の謝罪に、何のことか解らないヒカリ。
「その・・・弁当食べられへんで」
「ああ」
納得する。
「いいのよ、そんなこと・・・でもごめんね。ここ、お弁当持ち込んじゃいけないって」
「それこそええわ」
「え?」
お弁当がいらないと言われたかと思い不安になる。
そんな考えが表情に出ていたのか、トウジは慌てて言葉を付け足す。
「あっ、いや・・・その、弁当は学校行ったときの楽しみゆう事で」
「あぁ、うん。楽しみにしてて」
トウジの言葉に、ヒカリは安心した。

「しっかし・・・」
「なに?」
「なんやさっきまで、シンジがおったような気がしてな・・・」
「碇くん?」
「ああ。変な話なんやけどな。エヴァにのっとる時、ゆうか、エヴァが勝手に暴れっとた時にな。えろう近くにシンジがおったような気がすんねや」
と、そのときを思い出す。
「初号機やったかな?それにワシののっとたエヴァがぼろ糞にやられてな。運転席まで壊されそうになった時、シンジの声が聞こえたような気がすんねや。「死ぬなー」ってな」
「碇くんが・・・守ってくれたのかな?鈴原のこと」
「かもしれへん」


それからしばらく、取り留めのない会話を面会時間が終わるまで続けた。




シンジなしで動いた初号機・・・
それはつまり、今後パイロットが不要になるかもしれないと言うことだ。
EVAをおろされる・・・
アスカは不安な気持ちで朝を向かえた。
そして今は夕方。
それまでずっと部屋でふさぎこんでいた。

「アスカ、おきてる?」
アスカの部屋のふすまを開け、片手をつるし、頭にも包帯を巻いているミサトがのぞいた。
夕べは入院していたのだが、マヤからアスカの様子がおかしいと聞かされ、早々に退院してきた。
「ミサト?大丈夫なの?」
アスカもミサトの怪我の具合は聞かされていたので、少し心配した。
「私は大丈夫。それに今は本部も混乱してて、寝てなんていられないしね」
アスカが心配で・・・などと言っても、素直でないアスカは突っぱねるだろうと思い、とりあえずそう言っておいた。
「そう・・・」
が、アスカはミサトが自分を心配して帰ってきたであろうことには気付いた。
本当にごたついた本部のために退院したのであれば、帰宅するはずはないのだから。
だが、とりあえずミサトの気遣いは、心のうちだけで受け止めることにした。
「ねえ」
アスカは続ける。
「アタシ・・・EVAからおろされちゃうのかな?」
夕べから恐れていたことを聞く。
「どうして?」
「だってもう、パイロットなしでもEVA、動かせるんでしょ?」
「ダミープラグのこと?」
「名前は・・・知らないけど・・・」
「大丈夫よ」
「?」
「ダミープラグはまだまだ実用段階じゃないらしいから」
「でも昨日」
「昨日は緊急事態だから使ったそうだけど、制御するにはまだまだいろいろテストが必要らしいわ・・・リツコが言ってたんだけど」
「・・・・・・」
「それにその・・・そんなにすぐ実用化できそうだったら、新しいパイロットなんて・・・選出しないでしょ」
「そう言えば・・・鈴原はなんともなかったのかな?」
昨日の段階ではほぼ外傷はないと聞いていたが、何せEVAだ。
精神汚染の恐れもある。
しかもその上、使徒にのっとられていた。
自分には想像も付かない後遺症があっても不思議ではない。
しかし
「精神汚染の心配はなし。問題ないそうよ。むしろ即退院してもいい位だって」
安心しなさい、とミサトは続ける。
「そっか、よかった」
「彼に何かあったら、シンちゃんに顔見せられなくなるところね」
「まったくよ・・・大体、なんだってよりにも寄ってあんなヤツなのよ」
いざ冷静になってみると、何か悔しい。
チルドレンは選ばれた存在。
そして自分はそれに選ばれた・・・そのことを誇りに思っていたアスカにしてみれば、シンジ以上にボケ少年だと思っていたヤツが同じ チルドレンなんて、何か納得できない。
まあ、今となっては別にいいが。

「あ・・・・・・」
ミサトは何か言いたそうにしたが、一向に声を出さない。
「?」
アスカは疑問に思いながらもミサトの言葉を待つ。
「ごめん、やっぱり話せないわ」
「・・・そう」
あまりにも真剣に悩み、それでいて話せないミサトに、アスカはとりあえずここは納得することにした。
しかし、何を言おうとしたのだろう?
やはり少し気になった。

「そっだ。何か食べに行こうか?」
思い出したようにミサトは言う。
「どうせ食べてないんでしょ?何も」
「あ・・・うん」
「じゃ、行こうか。奢っちゃうわよ」
「んー、じゃあオスシ特上で」
「と、特上・・・・・・うう、解ったわ」
と、二人は出かける支度をして、家を出た。

追記。
結局ミサトの懐具合を考慮して、回転寿司で手を打った。




さらに2日後。
運命の日。
最強の使徒が、第三新東京に訪れた。




『総員第一種戦闘配置。対地迎撃戦用意』
発令所内に使徒接近のアナウンスが響く。
「目標は!?」
冬月が問う。
「現在進行中です。駒ヶ岳防衛線、突破されました!」
答える青葉。
「EVA各機は?」
「現在零号機が準備中です。弐号機は、現在セカンドが葛城三佐と本部に向かって移動中のため、即発進は無理です」
「レイには初号機に乗せろ。バックアップにダミープラグを準備」
ゲンドウが指示する。

そうこうする間にも、使途は第三に接近。
そして

カッ

その、目に見える部分が光る。
直後、第三のビルがいくつか蒸発。
火柱を上げた。




再び発令所。
「・・・18もある特殊装甲を一瞬に」
日向が唖然とした声でつぶやく。
「地上迎撃は間に合わないわっ。レイをジオフロント内に配置。本部施設の直援にまわして」
そのとき、駆け込んできたミサトが指示を出す。
「遅いわよ、葛城三佐」
ミサトと同じように頭に包帯を巻いたリツコが非難の声を上げる。
「ごめん」
素直にわびるミサト。
「ダメですっ。初号機、起動しませんっ」
そのときマヤが悲痛な声を上げる。
「何ですって?」
リツコが驚く。
以前の機体交換実験では何の問題もなかったのに・・・
「仕方ないわ。レイは零号機で。初号機はダミープラグを」
リツコがマヤに指示。
「でもダミープラグは」
ミサトはリツコから、ダミーは不安定と聞いていたので不安の声を上げる。
「緊急事態よ、仕方ないわ」
「くっ・・・アスカは!?」
「セカンドは現在エントリー準備中。零号機のほうが、先に出られます」
「急がせてっ」




零号機がジオフロント内に出ると同時に、使途もまた、ジオフロントに侵入してきた。
「レイ、とにかく時間をかせいでっ、すぐにアスカも上げるわっ」
「・・・了解」
しかし零号機は片腕を失ったまま。
果たして使徒を抑えることが出来るのか?

使徒は、零号機と対峙すると、その進行を止める。
「?」
疑問に思うが、とにかく今は使徒を・・・
レイはライフルを一斉射する。
しかし片腕では狙いが定まらず、半分以上は使徒をそれてしまう。
が、もとよりダメージを与えているようには見えなかった。
「ATフィールドは中和しているはず・・・」
一旦ライフルは捨て、出撃時に、同時に持ち出したバズーカを構える。
これは片腕でも扱えるので、はずすことなく弾頭は使徒に吸い込まれるように命中する。
しかし
「!?効いていない・・・」
レイにあせりが出る。
だが、今はとにかく時間を稼がないと・・・
と、今度は使徒のほうに動きがある。
その、腕と見える部分が、パタパタと展開する。
「?」
直後、その腕が一閃する。
それは鋭利な刃物となって、零号機の残っていた右腕を切り落とした。
「くぅっ」
苦痛に顔をゆがめるレイ。
だが、使徒は攻撃の手を緩めない。
再び腕をひらめかせる。
そしてそれは零号機の顔へと!




「全神経接続カット!はやくっ!」
ミサトの叫びと同時に、反射的にそれに応じるマヤ。
果たしてそれは、使徒の腕が零号機の顔面を貫く直前に間に合った。
だが
「これでもう、零号機は戦闘不能ね」
リツコがつぶやく。
「弐号機は?」
「今出ます」
「すぐ出して。それと初号機は?」
「ダメです。さっきから何度もやっているんですが、ダミーを受け付けません!」
マヤは泣きそうになって言う。
「レイを受け入れんのか・・・」
冬月はその事実に愕然とする。
「冬月、少し頼む」
そういうと、ゲンドウは席を立つ。




「レイ・・・」
倒れた零号機を見つめるアスカ。
(勝てるの?こんなヤツに。アタシ一人で)
「シンジ・・・護って・・・」
不安をかき消すためにつぶやく。

使徒はもはや動かない零号機を無視し、再び本部に向かって移動しようとする。
が、その前には、弐号機が立ちふさがっていた。

「こんちくしょーーーーっ」
叫びながらライフルを一斉射。
しかしそれは、やはり零号機のときと同じように、ダメージを与えることはなかった。
「ちっ」
アスカはライフルを捨て、プログナイフを装備させる。
そして、じっと、間合いを計る。
使徒の武装はあの両腕の伸縮式のカッター。
そして、高出力のビーム砲。
双方ともに、発射前にアクションがあるのが解っている。
ならば何とかそれをしのぎ、接近戦に持ち込めれば・・・
でも・・・
(出来るの?今のアタシに)
ただでさえ、シンジがいなくなってから不調であった上に、先日の敗北以来、アスカのシンクロ率は著しく下がっていた。
果たして使徒の攻撃を捌けるのか・・・
「でも・・・やるしかないっ」
そうだ。
今はシンジが帰るべきここを、なんとしても護らなければ。

使徒の腕が、動く。
「!」
と同時に弐号機は突進する。
一旦動き出した使徒の腕は、しかしもとの弐号機の位置で最大の威力を発揮するよう力を溜めていたので、急激に接近する弐号機を捉えることが出来ない。
「いける!」
狙いはただ一点。
使徒のコア。
だが、確実にナイフがそれを捉えたと思った瞬間。
コアはカバーに覆われる!
「そんな!?」
はじかれ、砕けるナイフ。
そして、今度は確実に狙いを定めた使徒は。
「くっ」
とっさに身をかわすアスカ。
それでも左肩のウェポンラックが持っていかれる。
そのまま転がりながら再び距離をとる弐号機。
しかし、アスカの戦意はいちじるしく削がれていた。
(中距離もダメ。接近戦もダメ・・・どうすればいいのよ・・・)
もはや打つ手がない。
かすかに諦めが入る。
そしてそこへ追い討ちをかけるように、使徒の腕が再び翻る!
そのとき!

「あきらめるなっ」

通信機から声が聞こえた。
その声にはじかれるように、使徒の腕を紙一重でかわす。
「一旦距離をとれっ。敵の射程外に!」
再び通信が入る。
(一体誰よっ?)
思うが、ここはおとなしく従い、距離をとる。
と、同時に初号機がリフトアップされてくる。
「ダミープラグ?」
アスカはつぶやく。
しかし、自分が出撃するときには、シンクロ出来ないと騒いでいたはずだが・・・
そのとき、通信ウィンドウが開く。
そこに映し出されているのは・・・

「シンジ?」

そこには、少し大人びた・・・しかし間違いなくアスカがずっと待ち望んでいた少年の姿が映っていた。
「ホントにシンジなの」
「ああ、そうだよ・・・アスカ」
「あ・・・シンジ」
「ごめん、感動の対面は後で。まずはアイツを倒すよ」
と、一瞬忘れていた使徒を思い出す。
「わかった、後で」
(そうだ、今はアイツを倒さなきゃ)
と、使徒をにらむ。
先ほど感じた不安は、ない。
今なら・・・シンジと一緒なら、どんな敵でも倒せそうな気がする。
「敵は強力なATフィールドと、コアを護る防護カバーがある。だから一体がまず相手のフィールドを中和。残る一体が、ATフィールドで強化したナイフでコアをカバーごと貫く。 アスカ、ナイフは?」
「替え刃があるから大丈夫」
「上等。じゃあオフェンスは頼む」
「了解!」
そうだ、一人では無理でも二人なら・・・やれる!
今までだってそうやって、使徒を倒してきた。
思えばはじめて会った時、一緒に弐号機に乗ったときからいつも一緒だった。
そして、その次も、そのまた次も。
いつもシンジがいた。
だからいける。
アイツを、倒す!

アスカはそう決意し、シンジと呼吸を合わせる。
久しぶりとは思えないほど、シンジの呼吸がわかる。
それはおそらくシンジも同じだろう。
今、二人は一体の生物であるかのごとく、まったく乱れることなく、使徒に接近した。
と、弐号機に向かって、使徒の腕が伸びる。
だが
(大丈夫)
アスカはうろたえない。
そしてアスカが思った通り、それは初号機によって防がれた。
逆に、同じように初号機への攻撃は弐号機が捌く。
もはや二人に死角はなかった。

そして!

ざしゅっ

弐号機のナイフは使徒のコアを、カバーごと貫いていた。




アスカは急いでエントリープラグをイジェクトする。
そしてリフトで地上に向かう。
その向こうでは、同じように初号機から降りてくるシンジが見える。
リフトが地上に着くのももどかしく、後2メートルほどまで来たとき飛び降りる。
そしてシンジの元へと駆け出した。
途中転びそうになりながらも、何とかシンジの前へとたどり着いた。
そして・・・

「シンジ?」
と、問う。
目の前のシンジは、今のアスカよりも背が高かった。
並ぶと目の前にシンジののど仏が見える。
「そうだよ」
声も少し低くなったようだ。
だが、やさしく感じるのは相変わらずだった。
声変わりしても、やや高めの、耳障りの良い声だ。

やがてアスカは、やや躊躇いがちに話し出す。
「アタシ・・・あたしね。シンジに言いたかったことがあるんだ」
するとシンジも、笑顔を浮かべ
「僕もあるよ。アスカに言いたいこと」
と言った。

そして、二人同時に・・・

「アタシ・・・貴方のことが」

「僕は君のことが」




おわり



あとがき

えらい半端に終わっていますが、ここで終わるのは当初から考えていました。
実はもともと、2部構成として考えていて、これをアスカバージョンとして、対になるシンジバージョンを考えていました。
と言うか、書く気は一応あるんですけど。
これ書くのに、途中スランプで書けなくなったのも併せて4ヶ月くらいかかってます。
果たしてそんなんでもう一本、書けるのだろうか?
と言うか、読んでくれる人がいるかどうか(笑)
当然内容はシンジ中心になるので、EVA本編のストーリーからは離れてしまいますし。
アスカは終わり付近まで出てこないし。

まあ、書けそうなら書きます(当たり前か?)

さて、今回のコンセプトは・・・
ずばり、泣くアスカです。
とにかく、ひたすら泣くアスカを書きたかったです。
まあ、当然最後はハッピーエンドで・・・と言うのはデフォルトですが。
ストーリーはほぼ原作通りに持っていきましたが、この後、この世界はどうなっていくのか・・・
は、ぜんぜん考えていません(爆)
だって上記の理由で書き始めたものですから。
無責任にも、続きは読者の心の中で・・・って、シンジがどういう風に変わったのか書いてないから無理か(^^;
やっぱりシンジバージョン書かなきゃ、かなあ。

2003/02/20 著者 ダイス

ダイスさんから烏賊家に初投稿をいただきました。

かっこよくなったシンジ。いいですね。

ゲンドウの不器用な愛も実は烏賊的には良かったのです(笑)

やはり最後は二人とも好き同士でしょうか、実は「烏賊臭いと思っていた」なんて告白したら不条理ギャグの世界だなぁなどと思ってしまいました<思うな

素敵なお話を執筆してくださったダイスさんに是非感想メールをお願いします。

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