あの衛星軌道上の使徒。
命名された名はアラエル。
巨大な光り輝く翼を持つ鳥のような使徒だった。
僕は父さんの…"碇司令"の命令で出撃することが出来なかった。
その代わりにアスカは一人でエヴァ弐号機に乗って出撃した。
でもアスカは…。
僕の好きだった彼女はその使徒からの光りを浴び、心の中を鷲掴みにされ、心の奥底にずっと眠らせておいた忌まわしい思い出をえぐり出され、頭を抱え、悶え、苦しみ、そして…。

…彼女は壊れた。

その時、僕は初号機の中でただ見ているしかなかった…。

二人目の彼女

Author: AzusaYumi

アスカ…。
アスカは使徒の精神汚染を受けてそのまま精神崩壊、病院に収容されたらしい。
僕はアスカが使徒の精神汚染を受けていた時に初号機の中に居たけど…モニターと音声越しにアスカがもだえ苦しむのをただ見てただけだ。
L.C.L.は沸騰したように気泡ができ、アスカの口から肺に残っていた空気がポコっと出て来て、アスカが揺らめくようになってきた…そしてその瞬間、モ ニターの画像も音声も途中でリツコさんが「初号機のモニターと音声をカットして!!」という言葉と共に消されてしまった。
…何も出来なかったし、何もさせてもらえなかった。
あの戦闘は…あの時まだあった零号機と生きていた綾波が何かの槍を投げて殲滅したらしい。
その後、アスカはエントリープラグから収容、そして病院に搬送された。
僕は初号機の中でモニター越しに苦しむアスカを見たのが最後だった。
…僕はアスカのお見舞いに行こうとした。
そしたらアスカの現在の精神状況から面会は不可、と、マヤさんから言われた。
それでも何度か面会を求めたけどいずれも不可。
ミサトさんになんとか面会出来ないものかと尋ねたけど「今は状況が混乱していてそういった話を持ち出しても請け合ってもらえないの。私でさえ、面会させてもらえないわ」と、厳しい顔つきで言われた。
…ミサトさんが面会出来ないのに僕に面会出来るはずがない。
僕は唇を噛みしめた。

…ずっと一緒だったのに…
…アスカにも会わせてもらえない。
…綾波は…死んだ。
…少なくても僕の知ってる綾波は。
今の綾波は自分を"3人目"と言っている。
学校は…もう閉鎖された。
そしてトウジにも、ケンスケにも、もう会えない。

僕は寂しさでどうにかなりそうだった…。

「シンジ君、アスカが退院するわ」

…僕がネルフに呼ばれて行った時にマヤさんから言われた。
アスカが退院?!じゃあ…!
でも、マヤさんは気まずそうにしていた。
そしてマヤさんは一呼吸してから、

「…でもね、少し…問題があるのよ。」

マヤさんは言いずらそうにして言った。
…問題? 何の?

「アスカ…精神汚染を受けたショックで記憶が無いのよ」

アスカが?ショックで記憶が無くなった??

「…でもね、ただ記憶が無くなってしまっただけじゃないの。
 生活習慣やそういった事全てを忘れてしまっているのよ。
 だから今までのアスカではないの。」

生活習慣やそういう事も?

「入院中にある程度の事は教えたり、訓練したりして、
 一応、日常生活レベルで暮らせる程度には回復させてるのだけど…」

…それって…かなり深刻なんじゃぁ…?

「だからシンジ君に支えていてもらいたいの。
 …シンジ君が迷惑でなければ…、 …いいかしら?」

…アスカが記憶を失っている…。
僕はしばらく考えた。
…綾波は死んだ。今まで会えなかったアスカに会える。
でも、そのアスカは記憶を失っている。しかも生活習慣さえも忘れてしまうほど。
つまり、以前のようなアスカではない。まったく違うアスカになってしまっている。
…それがどうしたんだ。生きててくれただけでもいいじゃないか…。

「わかりました。
 僕の出来うる限り、アスカを支えます。」

僕は決意を込めてマヤさんに言った。

僕はマヤさんにネルフの会議室…だと思う、に、案内された。
そこには第壱中学の制服を着たアスカが無表情に立っていた。
…雰囲気が違う…。
やっぱり記憶を失ったせい?

「"アスカ"、この子が碇シンジ君よ。」

マヤさんがアスカにそう言った。
…まるで初対面の人間を紹介するみたいだ。
アスカは僕の方を見て、そしてマヤさんの方を向いた。

「あなたはこれからこの子と一緒に暮らすのよ? いい?アスカ?」

マヤさんは小さな子供に言い聞かせるような言い方でアスカに言った。
アスカは首を"コク"っとうなずかせて答えた。
…まるで引っ込み思案な子供みたいだ。
そういえば、小さな頃の僕もこんな感じだったな…。
マヤさんは僕の方に向かって言った。

「じゃあ、シンジ君。お願いするわね。」

僕はこの言葉にただうなずくだけの返事をした。

僕はアスカの手を引っ張ってネルフを出た。
アスカは僕に引っ張られるがままに歩いていた。
でも、その歩き方はたどたどしく、危なっかしい。僕が気を使わないとつまづいてしまいそうだった。

「アスカ…大丈夫?」

「…?」

僕はアスカに言葉をかけてあげたけどアスカはわかっていないらしかった。
僕はため息をつきたくなったけど仕方がないと思ってそのままミサトさんのマンション…そう、僕らの自宅に帰る事にした。

アスカと僕がマンションに帰る道中はかなり苦労をした。
まずアスカが駅の自動改札の使い方が分かってなかった事。
僕は仕方なく、駅員のいる改札を通る事にした。
僕はネルフのカードを提示してアスカを連れて改札を素通りした。
そして…トイレ。
アスカは駅の中を歩く途中でもじもじし始めたのだけど…僕が、「どうしたの?」と、聞いてもアスカはまわりをきょろきょろするばかりだった。僕は困り果て たけど、もしかして…?と、思って、アスカにおずおずと「トイレ?」と、聞いてみたらアスカは首をコクっとうなずいてみせた。
そしてトイレに連れて行ったのはいいけ、どアスカは僕から離れようとしない。
「ねぇ、アスカ。僕は女子トイレに入れないんだ」
と、言ったんだけどアスカは分かっている様子はなく、僕の手をトイレへ(しかも男子トイレだ!!)引っ張って行こうとした。
僕は慌てて、一瞬どうすればいいのかわからなくなったけど、ちょうど障害者用のトイレが開いていたので慌ててそこに駆け込んだ。
「アスカ、使い方…分かる?」
一応、僕は尋ねた。そしたらアスカはコクっとうなずいてそのままスカートをまくしあげて…
うわわわわわ!!!!!
僕は慌てて障害者用トイレの外に出てドアを閉めた。
アスカはどうやら無事に用を足せたらしく、ドアから出て来た。
「アスカ、ちゃんと手を洗った?」
そう尋ねるとアスカはまた不思議そうな顔をした。
仕方なしに僕は水道の蛇口にアスカの手を引っ張って行って「トイレの後はこうしなくちゃダメなんだよ」と、教えてあげた。

とにかく帰るまでに僕はかなりの苦労をさせられた。
…こんなんならネルフの公用車で送って行ってもらえばよかった…
僕は後悔した。

マンションに帰って来た時はもっと大変だった。
アスカを自分の部屋に案内してあげたらしばらくはベッドに腰掛けて大人しくしていたのだけど、食事の時間になって呼びに行ったら引き出しやクローゼットの中身をバラバラと引っ張り出して回りを散らかしていた。服も、教科書も絨毯の上に散らばっていて大変な事になっていた。
僕はアスカにいい聞かせながら一緒に片付けた。
そして食事の時間。
アスカは食事の時にハシやフォークが上手く使えずによくこぼした。
僕は仕方なしにスプーンを差し出したらようやくなんとか食べる事が出来たようだった。
そしてお風呂に入る段階になって…
…これが一番困ったんだ。
アスカは自分から入ろうとしないで僕の方をじっと見る。
「あ…あの…、入らないの?」
そしたらアスカは僕の服の端を掴んで引っ張る。
「え…?も…もしかして…僕と…一緒に…ってこと?」
そう言うとアスカは僕の服の端を掴んだままじっとした。
…つまり…そういう事なの??
仕方なしに…本当に、本当に、仕方なしに僕はアスカと一緒にお風呂に入る事にした。
僕はなるべくアスカの方を見ないように、そして"自分の方を見せないように"して、なんとか服を脱いでお風呂場に入った。
…でも、どうしても、本当にどうしても見えてしまうんだ。
だってアスカはボディーソープやシャンプーを片っ端からぶちゅぶちゅ出して…そう、ただ出しているだけなんだ。
体を洗おうとしない。
仕方がないから僕が背中を流すハメになってしまった。
アスカは丸見えだし、僕だって丸見えだ!!
…正直、この状況は辛い。かなり辛い。
僕なりにかなり我慢したけどやっぱり辛い!!!!
…結局、アスカの見てはいけないモノと僕の見せてはいけない状態になったモノを互いに見せ合うハメになってしまった…。
…まぁ、アスカの方はまったく気にもかけてなかったようだし、その後一応、アスカは服を着る事はわかっていたらしくちゃんとお風呂から上がってパジャマを着てくれたけど…
それでも僕にはかなり辛かった。
僕はお風呂場でかなり憔悴しきってしまって…もう寝よう、と思った時にアスカが僕のパジャマ代わりのTシャツを引っ張る。
ま…まさか…。
「い…一緒に…寝る…の?」
僕がそう言ったらアスカは僕の腕に頭をくっつけてきた。
うわ…本気なの?!?!
結局、アスカと僕は同じ布団に入るハメになった。
だってあのまま僕のTシャツを掴んで頭をくっつけたままアスカは離れようとしなかったんだ。そしてアスカは…僕の胸元に頬をすり寄るようにして丸くなって僕のベッドですやすや眠ってしまった。
僕は終始我慢に我慢…。
もう臨海点を突破しそうだったけど最後には疲労困ぱいになって結局アスカを抱えるように眠ってしまった。

僕とアスカはそんな調子でミサトさんのマンションで十数日過ごした。
ミサトさんは…仕事が忙しいようでたまに帰って来て泥のように寝てすぐに出かけて行ってしまう。ほとんどミサトさんは帰ってこない。
僕らは学校が閉鎖されてしまったのでネルフに呼ばれない限りはマンションにいるしかない。
もっとも、こんなアスカが学校に行けるはずもなく、当然、放っておくわけにもいかない。
…でも…。
でも、僕は我慢の限界がきそうになっていた。
今のアスカは何も出来ない子供か赤ん坊のようだけど、体は…あの頃とそんなに変わりないから…14歳の女の子。
しかも恥じらいがなくなってしまっていて、平気で僕の目の前で服を脱ぐし、お風呂だって一人で入ろうとしない。かろうじてトイレだけは一人で入ってくれるくらいか?
とにかくこんな状態で二人きりでいるなんて我慢の限界がやってきてもおかしくない。

そして…ついにその日はやってきた。

その日の夜、ミサトさんから電話が入って「今日は帰れそうもないからアスカ事よろしく。」とだけ僕に言うとすぐに電話を切ってしまった。

「アスカ…ミサトさん、今日も帰らないんだって」

僕は一応、アスカにそう言った。
アスカはいつかの恰好…Tシャツに短パンをはいた姿でダイニングのテーブルに頭を乗せていた。
そう、僕らが初めてキスした日とそっくりの恰好で。その日と同じように。
でも…僕の言葉には反応しているけど僕の言っている意味は分かっているようではなかった。

あの日、アスカから「キスしよっか?」って誘って来たんだ。
そして僕らはキスしたけど…、鼻息がこそばゆいとか言われて息が出来ないように鼻をつままれて…そして僕が息が切れそうになってから放されて、その後にアスカはうがいをした、とてもイヤなキスだった。

「ねぇ…アスカ…覚えてる?
 今日みたいな日にさ…僕とアスカがキスしたこと…」

分かるはずがないのに僕はアスカに言った。

「あの時さ…僕、アスカに鼻つままれたり、うがいされたりしてちょっとイヤだったんだ…」

僕は半ば独り言のように、半ば自嘲的に言った。
アスカはわからないという顔で僕を見つめていた。
…そして僕は…。

「ねぇ…アスカ、 …キスしよっか?」

そう言って僕はアスカの側に近づいて行った。
アスカは近づく僕をきょとんとして見ていた。
僕はアスカの手を引いてテーブルの椅子から立たせて、アスカの肩を掴んで…

…そしてキスした。

…アスカの唇…柔らかい…。
あの時は突然の事で息苦しくてよく分からなかったけど…
しっとりしてて甘くて…。

僕は夢中になってアスカの唇をむさぼった。
そして肩を掴んでいた手をアスカの胸の方にやって…
…僕はアスカの胸を掴んだ。

「…うっ…。」

…アスカは僕が塞いだ唇から呻き声を出した。
…僕はその声を聞いてはっとした。

僕はそのままアスカを突き飛ばして駆け出し、自分の部屋に飛び込んだ。

僕はしばらく自己嫌悪に落ちいった。
…アスカが何も知らない、何も分かってない状態になったからって、なんてことしたんだ…僕は!
僕はベッドにうつ伏せたまま、頭の上まで布団をかぶった。
どうしよう…、これからどうしよう…。
考えはリング状になって空回り、心臓もバクバクと空回りして…。

…だいぶ時間が経ってから僕はようやく落ち着き始めた。
でも、落ち着いてきた時に急にアスカの事が気になりはじめた。
…そうだ!!
アスカを突き飛ばしたまま僕は……。

僕は自分の部屋から飛び出してダイニングの方に向かった。
…いない…。

…アスカ…。
アスカ…。
アスカ。
「アスカっっ!!」

僕はダイニングから駆け出して玄関へ飛び出そうとした。

しかし、僕が玄関までの廊下を走っていこうとした時に、何か大きな物に足を引っ掛けた。

「うわぁっ!!」

危うく倒れそうになったけどなんとか踏み止まった。
…なんでこんな所にこんな大きなモノが…。
…って…。

「アスカっ!」

よく見るとアスカがうずくまってそこに居た。
…あの時みたいに…。
あの、ユニゾンの練習の時、アスカが飛び出して行った先のコンビニで見つけたあの時。
あの時、アスカと全然息が合わなくて…。ミサトさんは仕方なく僕と綾波で一緒に組ませて踊って見せたら息が合ったんだ。それでアスカが飛び出して行って…。

僕は玄関の廊下でうずくまってるアスカの前に跪いた。
アスカはうずくまったまま下を向いていたけど僕の跪いた膝が見えたのか、ビクっとした。
そしてゆっくりと僕の方を見上げるように顔を上げた。
僕は跪いたままアスカの頭に手を乗せてそっと頭を撫でた。
アスカは僕の目を覗き込むようにじっと見つめた。
僕もアスカに視線をそらさずに見つめた。

「…さっきはごめん…」

そう僕は言った。
それから僕は深呼吸をしてから次の言葉を言った。

「それから…」

「…一人にしてごめん…。」

「…もう、僕、逃げないから…。
 …アスカを一人にして逃げたりしないから…
 …だから…」

…僕は途中から涙目になってきた。
そんな僕の目をアスカはじっと見ていた。
そして一言…。

「…シンジ。」

「…アスカ?」

「…気持ち悪い…」

「え?」

「泣き顔、気持ち悪い…」

この時僕はアスカがいつものアスカに戻った事を悟った。

「ねー、シンジ」

ダイニングのテーブルの上に頭を乗せてだらしなく座っているアスカが僕に声をかけてきた。

「んー何?」

かくゆう僕もだらしなくリビングとダイニングの間に座っていた。

「あのさー、してくんないの?」

「はぁ?何を?」

アスカはもったいぶって言う。一体何をするって言うんだろう?

「やだ〜。私の口から言わせるワケ〜??…Hなシンジ君?」

って…え?一体なんの話…?

「な…何を言ってるのかわからないよ、アスカ。」

「『ねぇ…アスカ、…キスしよっか?』
 …で、濃厚なキスをぶちゅ〜っとしつつ、おっぱいもみもみ。」

…げっ!!お…覚えてた?!?!

「やーねー、何も知らない、いたいけな私にあ〜んな事やこ〜んな事…」

「だ…だってあの頃…っていうか、あの時は…」

僕は誤解を解く為に言い訳しようとした。
そしたらアスカが首を振って優しげな笑顔をして言った。

「…分かってるわよ。 バカでHで優しいシンジ。」

…そしてアスカはテーブルの椅子から立ち上がり、僕の側まで来て僕の服を掴んで言った。

「…ねぇ、一緒にお風呂入ろ? 今度は私が背中流してあげるから…」

…僕はあの時と同じようにうろたえた。
…あの時…か。
思い出したら急に笑いが込み上げてきた。

「じゃあ、その後は一緒に寝るんでしょ?」

僕はそう軽口を叩いた。

END

怪作様、200万hitおめでとうございます。
And ウチのサイトへのリンクありがとうございます。
…というわけでその両方のお祝いの為にしたためました。

って…単純にお目汚しか何かにしかなってないかもしれないですけど…。
…というか、この話ってオチてますか??
アスカと一緒にイロイロとするシンジ君に全てをかけているような気が自分でしてきたんですが…
………。
…いえ、なんでもありません。
気にしないで下さい。

初稿: 2005/04/20 修正: 2005/08/28 AzusaYumi


AzusaYumiさまから素敵なヒット記念&リンク記念短篇をいただきました。

シンジ君、えっちですね。これも愛が思い余りすぎてのことでしょうか。

アスカが戻ったのは激しいシンジ君の"愛"のおかげだと思えば、結果オーライでしょうか(笑

素敵なお話を送ってくださったAzusaYumiさまにぜひ、読後の感想メールをお願いします。

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