幸せなフルコース
 
 
 
 
 
阿頼耶さん
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ねえねえアスカ、今日何か用事ある?」
 

ある日の放課後のこと。

みんなが帰宅の準備を始めた教室の中で、ヒカリがアスカに訊ねた。

「特にないけど・・・。なあに?」

「良かったらうちに来ない?
 今日お父さん達遅くなるし、 ノゾミも友達のところに泊りに行くから。
 お泊りもOKよ。久しぶりにゆっくり話したいしね」

「そっかー。いいわね。行くわ!」

アスカは教室の後ろで2バカと話していたシンジに声をかけた。

「シンジ、アタシ今日ヒカリのところに泊りに行くから。
 夕飯適当に食べてくれる?」

「えっ・・・! あ、ああ。わかったよ」

一見何事もなかったように見えたシンジの表情に、一瞬、わずかだが失望の色が見えたのは気のせいだったのだろうか。

「おうおう、まるで新婚夫婦の会話やな!」

「ホント、いやーんな感じ!」

「なんですってえ!」

毎度おなじみの2馬鹿のからかいに、律義に反応してしまうアスカ。

当然、スナップの効いた平手が舞うことになった。

2バカ昇天す。
 
 
 

「ってーなもう!シンジ、嫁の教育がなってないぞ!」

「せやせや!センセ、最初が肝腎やでぇ!」

アスカとヒカリが教室から出ていった後、復活したトウジとケンスケに責められるシンジ。

「ハハハ・・・(汗)」

ここは苦笑いするしかなかった。

「ところで、だ。惣流が委員長のウチに泊りに行くって事は、今日はシンジ1人ってことだよな?」

「そうだけど?」

二人は視線を合わせ、意味ありげに肯くと、突然シンジに詰め寄って懇願した。

「頼む!場所提供してくれ!」

「せや!家じゃ大っぴらに見られへんのや!」

「新作が手に入ったんだよ!お前も見るだろ?なっ?なっ?」

だから何を?などという野暮なことは男の仁義に反するので聞かないでほしい。

シンジも以前は何度かはお世話になったものである。

しかし、ここ最近は必要がなくなったので目にすることもなくなっていたのだが・・・。

何故って?

そりゃあ、そんなもの見なくたって、
飛びっきりの、最高級の素材をナマで拝むことができるようになったんだから。

しかも、だ。

拝むだけじゃなくって料理だってすることができるのだ。

その上いろいろ修正が入るとか、頭の中で顔だけ合成する必要がある、
なーんてことも当然まったくないわけで・・・。

素材が良ければいろいろ手を加えずにシンプルに味わう・・・。

料理の極意である。

最もシンジはそっちの料理人としては駆け出しで、板場でいうところの追い回しといったところだ。

入ったばかりの一番下っ端である。

技術的にはいもの皮むきか、ブリの切り身の串打ち程度といったところであろうか・・・(オイオイ)。

そ、それはともかく、ここしばらくはそういうモノから遠ざかっていたのだ。

しかし、今晩はのっぴきならない事情ができてしまった。

飛びっきりの、最高級の素材はよそんちにお泊り。

しかも、ここ1週間近くはそれを料理するどころか拝むことすらできなかった。

何故かって?

彼女のところには月からの使者が滞在していたからである。

一応、同じベッドで眠ってはいたのだが、二人の間には常に2枚の布が存在していた。

つまり、シンジのパジャマとアスカのパジャマである。

素肌が密着するような状況にはならなかったわけだ。

なら別の部屋で別のベッドで眠ればいいだろうと思うのだが、
お互いの体温を感じていたいというのもまた嘘偽りない気持ちであった。

つまり、シンジにとってはヘビの生殺し状態の1週間だったのだ。

やっと昨日で月からの使者は彼女のもとからお帰りになった。
 

今晩こそは、ディープでリッチなスキンシップのフルコースが
約1週間ぶりに味わえるはずだったのに・・・!
 

彼女はそんな彼の気持ちを知ってか知らずか、親友の誘いに乗って行ってしまったのである。

(ひどいよ、アスカぁ・・・)

シンジは心の中で失望の涙を流していた。

そういうわけで、(どういうわけなんだか)

シンジが親友2人の誘いに乗ってしまったのも、無理ないことであった。

「・・・いいよ。ウチ来ても」

「ホントか?やっぱり持つべきものは友達だよな!」

「せやせや!おおきに!」

などと男3人が友情を確かめ合っていた頃、

二人の少女もまた、女の友情を確かめる時間に備え、スーパーで食料調達にいそしんでいた。

アスカの方は一度マンションに戻り、お泊まりセットを持参している。

「アスカ、何食べたい?」

「そうねえ、シチューかなんか作らない?シーフードがいいな。アタシも手伝うからさ」

「アスカ腕上げたもんね」

「師匠が良かったからよ。ホント、感謝してますって」

「フフッ。私なんかより碇君の方でしょ?」

アスカに料理の基本を教えたのはヒカリである。

ある程度できるようになってからは、マンションでシンジと共に台所に立つようになり、
どんどん上達していった。

「じゃあ、ちょっと凝ったところでブイヤベースなんてどうかしら?」

「OK!ガーリックトーストとサラダも付けようね」

「じゃあ、デザートも作っちゃおう!」

二人の少女の夕食は、豪勢なディナーになりそうだった。
 
 

「ふうっ。おなか一杯だね」

「うん。よく食べたなあ」

ブイヤベースにガーリックトースト、
ベビーリーフを添えたトマトとモッツァレラチーズのサラダ、
デザートはタピオカのココナッツミルク、食後は緑茶。

フレンチとイタリアンと中華と和食がごっちゃになったコースのような夕食を終えると、
食後の緑茶を飲みながら、二人の少女はくつろいでいた。

しばらくは他愛もない雑談だったのだが・・・。

突然ヒカリが改まった口調で訊ねた。

「ところで、アスカ?」

「はい?」

「碇君とはどこまでいってるの?」

「ぶっ!ゴホゴホッ」

途端にアスカが緑茶を吹き出してむせていた。

「な、何よいきなり!」

「だって、葛城さんが結婚してから、あのマンションに碇君と二人っきりなんでしょ?
  一応学校には内緒だけどさ・・・」

高校生の男女がふたりっきりというのは、対外的に問題が生じる場合があるという理由で、
二人の住所は一応ネルフの官舎という扱いになっていた。

ミサトのマンションは一応官舎扱いのようなものだったから、嘘ではなかったが。

同室ということを知っているのは学校ではわずかである。

「ヒ、ヒカリの口からそんなことが聞ける日が来るとは思わなかったわ・・・」

「そ・れ・で?実際のところどうなのよ?」

「う、うん・・・。その・・・。行くとこまで行っちゃったかな・・・」

「え、え、ええー!やっぱり!やだ、アスカ!先に大人になっちゃったのね!
  で?で?どんな感じだった?」

これがあのお堅いヒカリ?と疑いたくなってくるくらい、ヒカリの質問は過激になってきた。

「ど、どんなって・・・。そ、そんなこと口で言えるわけないじゃない・・・。
  ア、アタシお風呂入りたいな。先に入っていい?」

「いいけど・・・。じゃあ、お風呂の後たっぷりと聞かせてもらうわよ」

今宵のヒカリはいつもとは別な意味で厳しかった・・・。
 
 
 

「っふう・・・。まったくヒカリったら・・・。なんてこと聞いてくるのよ」

浴槽に浸かりながらアスカはため息をついた。

切羽詰まった状況ではあったが、シンジと愛を誓い合ったのは確かである。

その後も同じベッドで共に朝を迎えるようになっていたのだが、
アスカにとって、ある意味困ったことも生じていた。

別にシンジが理不尽で乱暴で、アブノーマルな行為に走るということではない。

シンジはいたってノーマルでシンプルでストレートである。

その上とでも優しい。

避妊だって協力してくれるし、アスカの体調だって気遣ってくれる。

アスカの体調によっては一緒のベッドで何もせずにただ眠るだけだ。

お互いの体温を感じながら。

では、どういうことで困っているのだろうか?

以前アスカが感じていた恐怖感は、初めての夜に克服できたのだが、
いまだにアスカがどうしようもできないことが一つあった。

それは、アスカのとんでもなく強い羞恥心。

とにかく、恥ずかしいのである。

シンジにしてみれば、全て許し合っている仲なのに、なんで今更?と聞きたくもなるのだが、
誰がなんと言おうと恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

理由なんてあるか!

というのがアスカの言い分だった。

その上、昼間はアスカの我が儘を大抵聞いてくれるシンジであるが、
夜はほとんどと言っていいほどアスカのお願いを聞いてくれない。

ちなみにアスカの夜のお願いは主に次の3点である。

1. お願い、灯り消して

2. お願い、ここではしないで

3. お願い、○○○ナイデ(検閲により削除)

しかし、アスカの夜のお願いは大抵シンジに却下される。

どうも、アスカが恥ずかしがれば恥ずかしがるほどシンジは燃えてくるらしいのだが、
初心なアスカにそれがわかるはずもない。

真っ赤になったアスカはいつもシンジにされるがまま・・・。

その姿は、まな板の上の鯉ならぬ、ベッド上の金魚だった。

どうやら、夜の主導権は完全にシンジに握られているらしい。

それもアスカにとっては不満だった。

しかし、こればっかりは誰にも相談できるはずもない。

アスカは1人、真っ赤になって耐えるしかなかったのである。

「こればっかりはヒカリにも言えるわけないわよねえ・・・」

アスカは1人、浴槽の中で溜め息をついた。
 
 
 

入浴を終え、パジャマに着替えたアスカは、ヒカリの部屋へ入ってきた。

ベッドの横にはすでに布団も敷かれている。

「アスカ、先にお布団に入ってていいけど、眠っちゃだめよ!」

ちょっと意地悪な微笑みを浮かべながら、ヒカリは浴室へと消えていった。

「もうっ!ヒカリの奴!意地でも眠ってやる!」

アスカはヒカリの追求を逃れるために、先に眠ってしまおうと電気を消して布団を頭からかぶった。

しかし、とても眠れそうになかった。

いつも包まれている温もりがなかったから。

考えてみれば、あの日以来一人で眠ったことなどないのだ。

シンジの体温を感じながら眠り、目覚める毎日。

シンジの愛をダイレクトに感じる瞬間。

確かにとても恥ずかしいことではあるが、愛情の究極の伝達手段である。

(・・・アタシ、シンジがいないと眠ることもできなくなっちゃったのかな・・・?)
 
 
 

帰ろう!

アスカはガバっと起き上がり、素早く着替え始めた。

そこへパジャマ姿のヒカリがやってくる。

「ア、アスカどうしたの?」

「・・・アタシ、やっぱり帰るわ。ごめんね、ヒカリ」

「えっ?どうして?」

「ごめん。訳は言えないの」

済まなそうな、それでいて真剣で切ない眼差しを見て、ヒカリはそれ以上追求しなかった。

「・・・そう。まあ、いいわ。コダマお姉ちゃんに車で送ってもらいましょう」

時刻は夜の11時を過ぎていた。

「うん。ありがとう。ホントにごめんなさい」

「気にしなくていいわよ。また今度、ね?」

ヒカリの姉のコダマに車でマンションまで送ってもらうと、アスカは急いでエレベーターに乗り込んだ。

(やっぱり、アタシはシンジと一緒じゃないとダメなんだ。ごめんね、シンジ!)

はやる心を抑えて玄関を開ける。

「シンジ、ただいまあ!って、な、なによこれ!」

リビングに元気に入ってきた少女はその場の光景に凍り付いた。

リビングには驚愕の表情のまま固まっている3バカトリオ。

床の上には軽めのアルコールと数種類のつまみ・・・。これはまだ許せる。

問題は、テレビに写っている映像だ。

写っているのは金髪のおねえさん・・・。

どうやら洋画らしいが・・・。

ところどころ修正は入っているものの、何をしているかは一目瞭然であった。

音声もいつもの設定より高めである。

とーっても気まずい雰囲気なのに、その音だけやけにリアルだ。

「ア、ア、アンタたちぃ・・・!」

美人は怒っても美人だ・・・。

などとシンジが悠長なことを考えてしまうほど、アスカの怒りは凄かった。

アスカが怒りで固まっているうちに、2馬鹿はすでに逃げ出していた。

男の友情も、アスカの怒りの前には脆かったようである。

「あ、あの、その、こ、これはねアスカ、だ、だから、その、なんていうか・・・」

うろたえるシンジ。その姿は、妻に浮気の現場に踏み込まれた夫のようであった。

「ア、ア、アンタねえ!アタシに一体何させたいわけえ?
  アタシじゃ満足できないっていうのお?!」

アスカがシンジに詰め寄った。

「い、いや・・・。だからね、そ、その、お互いもっと気持ちよくなるためにさ、
  い、いろいろ勉強しようと思ったりして・・・。方法とかさ、ハハハ・・・」

何とか弁明しようと訳の分からないことを口走るシンジ。

怒り心頭ここに極まる!と思われたアスカだったが、
彼女の大きな蒼い瞳がみるみるうちにダムと化すと、突然決壊した。

、うわあーん!」

「ア、アスカ?どうしたの?そんなにショックだったの?」

とたんに別の意味でおろおろとするシンジ。

「ねえ、アスカってば?」

「グスッ。ヒック。アタシが、ヒック、あんなに、ヒック、恥ずかしいの、ヒック、
  我慢してるのに、ヒック、アンタが、ヒック、満足できないなら、ヒック、アタシ、
  どうすればいいの?グスッ。あれ以上のことなんか、グスッ、アタシできないよお!
  グスン」

「ごめん。ごめんよ。お願いだから泣かないでよ。
  僕はアスカで十分満足してるってば。もうあんなモノ見たりしないからさ・・・」

「ホントに?約束できる?」

涙の一杯たまった大きな蒼い瞳で上目使いに見つめるアスカ。

その表情は真剣でこの上もなく愛らしい。

シンジはすでに撃沈されていた。

「ホントだよ。約束するよ。実を言えばさ、見てもしょーがないっていうか・・・。アハハ・・・」

シンジの乾いた笑い。

「見てもしょうがないって?」

泣きながらもキョトンとした顔で訊ねるアスカ。

「なんていうか、色褪せて見えるっていうのかな・・・。わざとらしくてさ。
 全然気分が盛り上がらないって感じだったんだ。前菜にもならないよ」

「どうして?」

「どうしてって・・・。わかってるくせに聞くんだな、アスカは」

「だってわかんないんだもん」

「そんなに僕に言わせたいの?」

「うん」

「だからさ、アスカほど綺麗な女優は出てこないしさ、声も表情もモロ演技って感じだったから・・・」

「ふーん・・・。そういうもんなの?」

「そういうもんなの!だってアスカは演技じゃないんだろ?」

「あ、あ、あったりまえでしょ!あんな恥ずかしいこと演技でできるわけないじゃない!」

「ハハッ。良かった。安心した。
  だからさ、アスカの素直な反応を見てるから、きっとわざとらしく見えたんだよ」

シンジは落ち着きを取り戻してきたのかクスッと笑う。

「そ、それにしても!アタシの留守中に2バカと一緒にあんなモノ見ることないじゃない!」

「・・・だってさ、1週間もできなかったんだよ?
  今日こそはって思ってたのに、アスカってば洞木さんのところに行っちゃうし・・・。

  ちょっとは僕の気持ちも察して欲しかったんだけどな?」

「あ・・・」

「そう言えば、アスカはどうして戻ってきたの?洞木さんのところに泊まるんじゃなかったの?」

「もちろんそのつもりだったわよ。でもね・・・」

「でも?何?」

「な、何だっていいじゃない!それとも何?帰ってこなかった方が良かったってーの?
  やっぱりあっちの方がいいわけ?」

「とんでもない!アスカの方がいいに決まってるよ。映像じゃこんなことはできないでしょ?」

そう言って、シンジは軽々とアスカを抱き上げると、そっと耳元で囁いた。

「・・・今晩は寝かさないからね」

「バ、バカ!明日も学校よ?」

「休んじゃおうよ。1日くらい・・・」
 

せっかくフルコースのスペシャルディナーが味わえるんだから、ね?
 
 
 
 
 

終わり
 
 
 
 
 
 
 
 
 

おまけ1

「ところでさ・・・。二人で一緒に見て勉強するっていうのはどう?」

「却下!」
 
 
 
 

おまけ2

「ケンスケ、これ返すよ」

「し、シンジ!無事だったか!昨日休んだからてっきり・・・」

「せや!惣流のやつに派手にやられてしもうたんかと思って心配しとったんやでぇ!
  すまんかったのお、置いて逃げてしもうて・・・」

「ううん、全然大丈夫だよ」

「今度はうまくやろうな」

「いや、僕はもういいよ」

「へっ?どうしてだよ?」「せや。なんでや?」

「必要なくなったから」

「「・・・・・・・・・・・。、う、裏切りもんー!!」」
 
 
 
 
 

ホントに終わり
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あとがき

先日初めてオフ会なるものに参加しました。
オフ会って放送禁止用語が飛び交う世界だったんですね。
ああ、そうか。オフ会ってオフレコ会のことだったんだ(笑)。
もともと考えていたネタではあるんですが、オフ会の刺激で大暴走してしまいました。
やばいなあ、やばいなあと思いつつ書いてしまったんですよね・・・。
大丈夫かなあ・・・。
 


 阿頼耶さんからまたもや素晴らしいお話を戴いてしまいました。

 愛し合う二人は美しい‥‥‥。
 ちょっと離れて『浮気』‥‥アスカはヒカリとの料理に、シンジは二馬鹿との鑑賞会に‥‥してみて、ますますお互いの価値に気づいてしまったのですな。
 なんといったらいいものか、シンジには肉欲ではない愛のあることがまたも示されたようで。

 アスカもかわいいし、シンジも立派だし‥‥うん、素敵なお話です〜。

 ‥‥

 阿頼耶さんが出席したオフ会‥‥怪作もいってみたかったなぁ。

 

 このようない〜いお話を執筆してくださった阿頼耶さんに読後の感想メールをお願いします〜。

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