料理とは、素材と料理人が織りなす1対1の勝負であると言えよう。

かの高名な和の鉄人は、その真剣勝負に勝つ秘訣について、かつてこのように述べている。

すなわち、素材を成仏させろ、と。

最高の素材に巡り会えた時、料理人はその素材に惚れ込み、その良さを余すことなく引き出そうとする。

素材の方も、腕の立つ料理人に出会えた時、その身を躊躇することなく預けるであろう。

料理とは、素材と料理人との真剣勝負であると同時に、崇高な目的の元に行われる共同作業でもあるのだ。

そしてその共同作業が成就した暁には、

料理人と素材は共に忘我の境地へといざなわれ、

新たな一皿が誕生する。
 

そう。二人の愛の一皿が・・・。
 
 
 
 
 

 

この一皿に愛を込めて
 
 
 
 

 

阿頼耶
 
 
 
 
 
 
 
 

西暦2021年6月5日―。
 

シンジの20歳の誕生日を翌日に控え、アスカは昼からパーティーの準備に余念がなかった。

夜には出かける予定があるので、夕方までに下準備を済ませたいと考えている。

シンジはと言えば、アスカに労働禁止令を言い渡され、リビングでぼんやりとくつろいでいる。

今からちょうど1年前、高校を卒業し、シンジが大学生、アスカが大学院生となった年に二人は結婚した。

学生結婚ではあったが、周囲の祝福を受けながら、めでたく正式な夫婦となったわけである。

今日は、二人にとって初めての結婚記念日だ。

なぜかシンジの誕生日の前日、そして加持夫妻が3年前に結婚式を挙げた日と同じである。

よっぽど二人にとって思い入れのある日のようだ・・・。

二人の結婚式は、友人たちの手を借りながら、全て手作りで行われた。

ウェディングドレスやベール、ブーケにいたるまで、アスカがヒカリの手を借りながらこつこつ手作りしたのである。

招待状も、二人でデザインを考え印刷した。

唯一、シンジのタキシードだけが借り物だった。

会場は、あるレストランの庭。

そう。二人が初めてフルコースの食事をした、あの思い出のフランス料理店である。

格安の値段で庭を貸し切りで提供してくれた上、厨房も自由に使ってよいと言ってくれたのである。

その上、メニューのアドバイスまでしてくれた。

シンジとアスカは、ヒカリ達の手を借りながら、招待客への料理を一日がかりで仕上げたのである。

全てが手作りのアットホームなガーデンパーティー。

招かれた人々は、初々しく可憐な花嫁の美しさに驚嘆し、照れながらもしっかりと挨拶をした花婿にエールを送った。

それが、ちょうど1年前のこと。

「・・・ねえ、シンジ?今年もあのお店に行くの?」

準備を一通り終えたアスカが、紅茶を入れながらリビングでくつろぐシンジに訊ねた。

「もちろんだよ。僕たちの大切な記念日だからね。それに・・・。」

「それに?」

紅茶の入ったティーカップを渡しながらアスカが訊ねる。

リビングに広がる芳醇な香りを楽しみながら、シンジは答えた。

「ほら・・・。アスカ覚えてない?初めてあの店に食べに行った時のこと。」

「もちろん覚えてるわよ。確か記念にワインもらったのよね?」

商店街で引き当てたディナー券で食事に来た高校生のカップルに、初めての晩餐のお祝いと称して、

シェフがワインを送ってくれたのだった。

「そうそう。飲める年になるまで熟成させておくって言ってくれただろ?
 僕は1日、アスカは半年早いけど、今年は飲めるかなと思ってさ・・・」

紅茶を一口含みながら、シンジはアスカに微笑んだ。

「そうね。結婚記念日のお祝いにもなるわね。シンジにしては気が利くじゃない。」

アスカもすこぶる上機嫌に微笑んだ。
 

というわけで、二人はそれなりにドレスアップして出かけたのであった。
 
 

「ちょうど一年ね・・・。」

アスカが感慨深げに微笑む。

「ちょうど3年だね・・・。」

シンジの顔が感慨深げにゆるむ。

どこかへトリップしそうになるシンジを、アスカの視線(睨みとも言う)が引き戻した。

二人は正式に夫婦になって1年であるが、実質的な夫婦としてはすでに丸3年が経過している。

毎晩のように繰り返されてきたシンジの調理実習も、すでに実習期間を終えたと言えよう。

最初は未熟であったシンジの包丁さばきも、素材の良さに甘えることなく日々修行に励んだ結果、格段に向上したと思われる。

近頃では、アスカがトリップすることもしばしばであり、料理人として一人立ちできたのではないだろうか。

一方、アスカの方はと言えば、その新鮮さを損なうことなく日々熟成を重ねており、得も言われぬ風味を醸し出していた。

その芳醇な味わいは、まったく飽きが来ないばかりか、料理人の欲望をかき立て、新たな創作へと駆り立てるのだ。

というのは冗談であるが、二人が充実した夜を送っているのは確かである。

「ねえ、シンジ・・・。そろそろ欲しくない?」

記念のワインを開け、シェフおすすめの料理を味わいながら、アスカがうっすらと頬を染めて言った。

頬がほのかに染まっているのは、どうやら、ワインのせいばかりではないらしい。

「欲しいって何を?」

アスカの様子に気付くこともなく、シンジは淡々と答えた。

そのあまりの鈍さに、アスカは思わず声を荒げてしまう。

「も、もう!ホント鈍いんだから!赤ちゃんよ、赤ちゃん!」

「ぶはっ!ゴホゴホッ・・・!」

アスカの発言に、シンジは飲みかけのワインを吹き出した。

「あ、赤ちゃんて・・・!?ま、まだ早くない?僕たちまだ学生だよ?そ、それに・・・。」

「それに?何よ?」

シンジに反論され、不機嫌そうにアスカは聞いた。

「ア、アスカ修士論文どうするんだよ。子ども育てながらできるの?

 けっこう競争激しいテーマだって言ってなかった?」

不機嫌そうなアスカに少しおろおろしながらも、シンジはもっともらしく答えた。

「うん・・・。それはそうなんだけどね・・・。
 でもさ、私が子育てしてる間に誰かがやっちゃうような研究だったら、
 アタシがやらなくてもいいってことだと思うの。
 アタシはアタシにしかできないことをしたいんだ」

そう言ってアスカは微笑んだ。

肩から力が抜けたような自然な微笑みに、シンジは一瞬見とれそうになる。

しかし、子どもとなると、諸手を挙げて賛成とはいかないのもまた事実。

「で、でもさ・・・」

なおも反論を試みるシンジ。

「何よ!あんた赤ちゃん欲しくないの?アタシとは子ども作れないって言うの?」

「ア、アスカ・・・。声が大きいよ・・・」

・・・確かに、レストランで大声で話すようなことではないだろう。

アスカは真っ赤になったが、シンジへの追求の手を休めるつもりはなかった。

「・・・なんでそんなに嫌なわけ?」

アスカの問いに、シンジはやや沈んだ表情で答えた。

「・・・自信、ないんだ・・・。アスカはあるの?親になる自信・・・」

確かに、あまり子育ての参考になるような親を持てなかった二人である。

自らの子ども時代を振り返ってみても、あまり幸福だったとは言えなかった。

果たして、自分達に育てていけるのだろうか・・・。

どうしても不安がつきまとってしまうのも無理はない。

「うん・・・。アタシもね、自信なんてないわよ。
 でもね、なんとかなると思うんだ。ミサトがお母さんしてるくらいだから・・・」 

アスカはあえて明るく答えた。その根拠はかなり怪しいが・・・。

「ミサトさん、ね・・・。確かにそうかもしれないな・・・。」

アスカの例えが適切かどうかわからないが、シンジはかつての保護者の子育てぶりを思い出した。

確かに、親はなくても子は育つというか、かなり豪快な子育てを実践しているにも関わらず、
彼女の子どもは元気に逞しく育っているのは事実。

アスカが何とかなると思うようになったのも頷けるというものだ。

そしてその事実は、シンジにすらなんとかなるかもしれないと思わせるような、妙な説得力があった。

(アスカと僕の子どもか・・・。きっと可愛いだろうなあ・・・。
 ミサトさんのやり方でも無事に育っているんだから、 僕たちでも育てていけるかな・・・。)

考え込むシンジの表情が、少しやわらかくなった。

「だ、だからさ・・・、アタシ、今日から薬飲まないから・・・」

アスカは真っ赤に頬を染めると、小さな声でささやいた。

二人が初めて結ばれたのは高校2年生の時だったので、今まで避妊にはかなり気を使ってきた。

二人とも、生殖以外の行為を認めないなどというがちがちのカトリック教徒ではなかったが、
何の対処もしないまま、欲望の赴くままに行為を重ね、望まない結果を招く事だけは避けたかった。

欲しい時に産む。

それが親にとっても子供にとっても望ましいこと・・・。

二人はそう思っていたのだ。

しかしである。

避妊というものは、特に女にとっては、ある意味後ろめたい行為なのかもしれない。

自然の摂理に反していることは確かなのだ。

結ばれてから3年が経ち、正式に結婚したともなれば、 そろそろ本来の目的が気になっても仕方がないわけである。

「と、とにかく、子どもができるかどうか別としてさ・・・。
 アタシたちって今、避妊しなくてもいい状況ではあるわけよ?
 学生だけど正式に結婚してるんだし、生活に困るわけでもないし」 

シンジの表情を見ながらアスカは説得を続けた。

確かに、ネルフからの恩給やら手当やらで、二人が一生生活していけるだけの蓄えは十分な程できている。

「・・・それはそうだね。」

シンジは一瞬、出産費用っていくらかかるんだろうなどということを考えながら答えた。

「それにね、確かに副作用はないけど、アタシもずっと薬飲むのはイヤなのよ。
 第一、心おきなく愛し合えるっていうのは魅力でしょ?」

・・・確かにそうである。

避妊に関して言えば、女であるアスカの方にどうしても負担をかけてしまうことも事実だ。

しかし、である。

そこでシンジははたとあることに気付いた。

確かにまったく制限のない営みというのは、シンジも経験してみたい。

だがその結果として、その後しばらくの間禁欲生活を強いられることになるではないか・・・!

シンジにとってはそっちの方が問題だったりする。

ある程度制限されるのを受け入れて、しばらくは地道な喜びを味わうか。

短期間ではあるだろうが、崇高な目的の元で無制限に快楽を貪るか・・・。

究極の選択を強いられ、思わず考え込むシンジであった。

再びシンジの表情が深刻になったのを見て、アスカが励ますように話し掛ける。

「ねえ、そんなに考え込むことないじゃない。安定期に入れば大丈夫だって言うし。
 たかだか数週間のことよ?そのくらいなら我慢できるでしょ?」

そう言って、アスカは妖艶な微笑みを浮かべた。

まだまだ初々しい雰囲気を残しながらも、近頃は時折はっとするほどの色気を見せるようになったアスカ。

シンジは食事の間、己の理性を総動員して耐えねばならなかった。

果たしてその数週間、我慢できるのであろうか・・・。

ちょっと不安になるシンジであった。
 
 
 
 
 

その夜、一大決心をしたような真剣な表情で、シンジはアスカに語り始めた。

「ねえ、アスカ?聞いてくれる?」

「う、うん・・・。」

あまりに真剣なシンジの表情に、アスカもやや緊張している。

「どんなに望んでも子どもに恵まれない夫婦もいるし、
 興味本位でしちゃって簡単に妊娠しちゃうようなヒトもいるよね」

「うん・・・」

「・・・子どもってさ、どんな親の元に生まれてくるのか選べないよね。
 僕らが親を選べなかったように・・・。」

否定的ともとれるシンジの言葉。

やっぱり、シンジは子どもに反対なのだろうか・・・?

アスカは不安になった。

「そうね・・・。でも、だからアタシは愛してあげたいの・・・!
 自分が愛されたかった様に、愛してあげようと思うの・・・」

不安げな表情を浮かべながらも、アスカは一生懸命自分の気持ちを伝えようとする。

しかし、次のシンジの言葉は、アスカの不安を一気に溶かしてくれるものだった。

シンジはアスカを抱き寄せると、穏やかな微笑みを浮かべながら語り掛ける。

「僕はね、子どもができるとかできないとか関係なく、アスカと愛し合いたいと思ってるよ。
 まず僕たちが幸せであることが必要なんだと思う。僕たちの子どもが幸せになるためにはね・・・。
 僕たちが心から愛し合った結果として授かった子どもなら、どんな子でもきっと愛していけると思うし、
 もし授からなくても、アスカを愛していることには変わりないから・・・」

その言葉に、アスカは思わず涙ぐんだ。

「・・・ありがとう、シンジ・・・。
 アタシもね、シンジの子どもだから、欲しいの・・・。
 シンジの子どもだから、愛せるって思えるの・・・」

「僕もね、アスカだから産んで欲しいって思うよ・・・。」
 

 

その夜から、二人は、究極とも至高とも言える瞬間を何度も味わった。

特にアスカは、ある瞬間、彼岸が見える心地がしたという。

シンジはやっと、素材を成仏させる境地へとたどり着いたらしい・・・。
 
 

 

さて、その数週間後。

めでたく仕込みが成功したようで、アスカの体調に変化が現れた。

心配されたシンジの禁欲生活も、アスカがつわりで苦しむ様子を見ると、シンジまで同じような気分になってしまい、
とてもその気にならなかったらしい。とはいえ、無事に安定期に入ったアスカに御褒美をもらい、非常に喜んでいたという。

仕込みからおよそ40週の月日をかけ、その後さらに長い年月をかけて、二人の入魂の一皿が完成する。

さて、どんな味に仕上がるのか・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

それは作者にもわからない(爆)。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

終わり
 
 
 
 
 
 
 
 

あとがき

お久しぶりです。だいぶ前に書きかけてはいたんですが、しばらーく止まってました(笑)。

おちゃらけなんだかマジメなんだかわからないなあ・・・(汗)。

だれが何と言おうとこれでこのシリーズは最後です!

だってこれ以上どうしろっていうんですか(爆)!

とにかく二人の愛の到達点が見えたわけなんで、それでいいでしょう(笑)。

それでは、お読みくださってありがとうございました。
 
 


 阿頼耶さんからシリーズ最後の作品をいただきました。

 本当にシリーズの締めにふさわしい作品で‥‥二人の愛の結実を見ることが出来ましたね。

 えっちなようでいて、それだけでなく考えさせてくれる素晴らしいお話でしたですね。

 みなさん、素敵なシリーズをこれまで書いてくださった阿頼耶さんに感想メールをお願いします!

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