「式波先輩!聞きましたよ!総務部から営業部に異動ですってね!?」
「なんでも色々経験しておけってさ・・・面倒臭いわね」
「そのサバサバした感じ!先輩のそういう所見習いたいです!」
「そういうんじゃないわよ。ただ・・・面倒なだけよ」





You  are Alone
あぐおさん:作




いつからだろう?

色々なことに執着をもたなくなったのは

高校の時にママが亡くなって、私は大学進学を諦めた。

離婚して新しい女と一緒になったパパから連絡がきた。

なんでも大学進学のお金は工面してくれるらしい。

アタシは断った。

血の繋がりのある人とはいえ、そこまで甘えられなかったから



本当に?




違う。アタシはアタシとママを捨てたパパを許してない。

あれはアタシに対する罪滅ぼしみたいなものだろう。

これはアタシからパパへの嫌がらせだ。


入った会社はどこにでもあるような中小企業。

そこで毎日パソコンの画面と色々な書類と睨めっこ。

仕事は大変だったけど、楽しかった。

仕事が終わると営業部の社員から毎日のように誘われた。

成績を鼻に掛けた男もいれば、誠実を絵に描いたような男もいた。

受け入れていれば一生の伴侶ともなれたかもしれない。

でも、パパは裏切ってママとアタシを捨てた。

そう思うとどんな言葉もアタシには届かなかった。信じることができなかった。

多分、アタシは一生結婚とは縁のない人生を歩むことになるだろう。

気が楽だし、一人暮らしにも慣れた。

だから、大丈夫。



新しい仕事は本当に忙しかった。

発注や見積書、プレゼンの作成。

これは慣れたもので、すぐにできた。

営業先での営業スマイルは苦手だ。

愛想笑いひとつも抵抗があるアタシにとって、これほど苦痛な仕事はなかった。

ひとつ愛想笑いを浮かべるたびに、アタシの中で何かが壊れていく気がした。

慣れていないから、そう感じるだけだ。

でも、仕事なんてそんなものでしょ?

だから大丈夫。



本当に?




「へ~マリ結婚するんだ」
『にゃははは~!ほら姫にも紹介したことあるでしょ?彼と結婚するの』
「そっか、おめでとう」
『それでね?姫にも来てほしいんだにゃ!』
「もちろん行くわよ!それで?時間と場所は?」
『えっと・・・詳しいことは葉書で送るから、返信だしてね』
「モチのロンよ!」
『ねえ、姫は・・・いい人いないの?』
「いないわよ。多分、アタシは結婚どころか恋愛もできそうにないから。別に構わないわ」


会場で見たマリは本当に幸せそうに見えた。

ドレスを着た彼女は綺麗だった。

親友の大事な門出だ!

祝杯だ!

親友のために一生懸命祝ってあげよう!

おめでとう!マリ!幸せにね!

・・・・・・・・・・・・・・・

そう声に出すたびになんで・・・・

・・・なんでアタシは焦っているのだろう?



『そう、今度の日曜日は遊べないのね』
「ごめんねレイ。休日出勤になっちゃって」
『仕事なら仕方がないわ。それじゃ、頑張ってね』



・・・・・・・・・

受話器を置いた後の沈黙が耳に痛い。

こうやって仲が良かった友達とか疎遠になっていっちゃうのかな?

しょうがないよね・・・・

でも、アタシは元々一匹狼みたいなところがあるし、これは仕方のないことなのだ。

だから、大丈夫。大丈夫。



本当に?





会社に行って、仕事に追われて・・・・

最近は飲みに誘ってくる声も随分と少なくなった。

辺りが暗くなってから帰って。

帰り道のコンビニで簡単なつまみとビールを買って帰宅。

「ただいま」

誰もいない部屋にひとり呟く。

こんな生活にも随分と慣れたものだ。

つまみを食べながらビールを飲む。

テレビをつけて、つまらないからすぐに消した。

沈黙が耳に痛い。

気にしたって仕方のないことなのだから割り切っている。

だから、大丈夫。きっと・・・大丈夫。

そう思わないと、不安で押しつぶされそうになる。



最近なにかにつけて“大丈夫”と呟く。

口に出したり、心の中で言ったり。

大丈夫。大丈夫って・・・



本当に?




・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「・・・・うっ・・・・」

「うっ・・・うっ・・・・・・・・」

「うっ・・・ううううううう~~~~~~!!」


大丈夫なわけないじゃない!

誰も隣にいないのは辛いのよ!一人はこんなにも寂しいのよ!

寝ても覚めても寒いのよ!誰も!誰もアタシのこと見てくれないから!

このままひとりで死んでいくなんて嫌!絶対に嫌!



You  are not Alone






「あっ・・・・・」
カーテンの隙間から差し込む光が眩しい。
「夢・・・か・・・」
あの夢は、数年前のアタシ自身だ。
ゆっくりと体を起こすと、襖の向こうからパタパタとスリッパの足音が近づいてきた。

「アスカ、起きてって・・・なんだ起きてたんだ」
「なによ、起きてちゃ悪いっての?」
「そんなこと一言も言ってないだろ?朝ごはんできたから、一緒に食べよう」
「ん」

アタシはベッドから降りてダイニングへと向かう。

ダイニングに置かれたテーブルには焼けたトーストとスクランブルエッグ、そしてサラダとヨーグルト。

シンプルだけど不足はない。

「はい」

「ん」

彼からコーヒーを受け取る。冷たい牛乳を入れて少しぬるくなったコーヒー。猫舌のアタシには丁度いい熱さだ。

テーブルの向かいに彼が座る。

朝起きたら温かいご飯が食べられて

昼は一緒にどこかにでかけて

夜は一緒に晩酌をして

そして一緒にベッドで眠る。

これは当たり前のことなのかもしれないけど、その当たり前の幸せをアタシにくれたのは紛れもなくコイツなのだ。


「ねえ、シンジ」

「なに?アスカ」

「アタシ、アンタのこと大好きよ」

「僕もだよ。アスカ」


その一言が嬉しくて、アタシの目から涙が零れ落ちた。

目じりを拭った左手の薬指にはめたお揃いの指輪が微かに笑った気がした。




あとがきという名の言い訳
あぐお初の読み切りです。
こういうのもアリ程度に読んでもらえればいいかと思います。はい・・・


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