第十三話 それぞれのミライ

あぐおさん:作



レイは語る


戦いが終わった。
その戦いは私たちにとっては悲しい結末だ。
この広い世界のどこかで、どんなに悲しい結末が迎えられたとしても、世界は今日も回っている。
私たちをどこかに置き去りにして日常はどんどん過ぎていく。

ネルフ本部襲撃事件から数日後に碇司令は国連総会において、今回の事件の首謀者であるステファヌスの存在とその協力者達を全て公開した。ドイツネルフ支部は即時にユーロ軍によって制圧。幹部すべてが取り調べを受けることとなる。この時既にドイツネルフ支部司令官アルベルト・フランクは行方をくらませており、彼を正式に国際テロ組織ステファヌスのリーダーとして指名手配する運びとなった。人道的な罪、平和を侵害した罪により続々と逮捕されるドイツネルフの幹部達、その中には政府との強いパイプを持つものが多数いたため、ドイツ政府にもその疑惑の目を向けられた。ドイツ首相は国連の調査団の受け入れを表明、議会を解散することを宣言した。
彼からして見れば寝耳に水の話だろう。少しずつ収まりつつあるが、今しばらくはドイツもゴタゴタがあるだろう。そのおかげでドイツネルフが持っていたアスカに関する全ての権利を放棄せざるを得なくなり、そしてその権利は日本ネルフ本部へと譲渡されることとなった。
彼らに兵士を提供した中国はもっと悲惨だ。明るみに出た途端に軍内部の数百人単位での粛清が始まった。それと同じくして内部の派閥争いによる内部紛争が勃発。もはや内戦といってもいい。政府のゴタゴタが続くと併合されたことに不満を持っていた自治区が次々と独立を宣言した。
中国政府にそれらの動きを止める力は既になく空中分解をおこしているようだ。国連は軍を派遣して内部紛争の鎮圧に乗り出した。鎮圧後、国連主導による暫定政府が立ち上げられることとなるようだが、もう少し先になるらしい。
世界が血なまぐさい話に満ちているせいなのか?ネルフ本部では生き残ったステファヌスの協力者の処罰についてスタッフ全員を巻き込んで揉めた。エヴァに乗っていた子供達は薬物投与による洗脳が見受けられ、治療した後に本国へと護送される手筈となった。
しかし、保護された葛城ミサト元一尉に関しては死刑にすべきか無罪とするべきか2つに割れた。何しろ保護された時には彼女は事件のことを全く覚えていないのだ。それどころか、リツコさんや加持さん、私達のことまでも覚えていなかった。検査の結果、彼女の頭の中はセカンドインパクトが起こる前の13歳の頃で止まっていた。結論が出ないまま3か月が過ぎた頃、碇司令は自らの権限で彼女の無罪を決めた。当然反発も強かったが、それが姉さんの意志であるだろうと言うと反対意見はすぐに鎮静化されていった。
彼女の身元は加持さんが責任を持って保護することとなった。それを司令が、加持さんが狙っていたのかはわからない。しかし、彼女にとって一番いい結論に達したのではないかと私は思う。

ステファヌスに属していた者、協力していた者はこれから気が遠くなるような尋問が待ち受け、解放された時にはその足で死刑台に登るだろう。それはさながら太平洋戦争終結後の東京裁判のように・・・
「大きく違う点は司法がまだまともなほうということだな」
冬月副司令は遠い目をしながら言う。
でもそんなこと私には、いや、私たちにはどうでもいい。私たちからミライ姉さんを奪ったことには変わりがないのだから。
ひょっとしたら彼女はタイムパラドックスの影響を受けて結局は同じなのかもしれない。しかし、タイムパラドックスの影響を受けずに生き残るという奇跡ともいうべく僅かなチャンスは一発の銃弾によって打ち消された。
私は絶対に彼らを許せないと思う。それは兄さん、アスカ、カヲルとも同じだ。
あの後、私たちは住み慣れたミライ姉さんのマンションを出て碇司令とリツコさんが住む家へと移り住んだ。カヲルは正式に冬月副司令の養子に迎え入れられた。
姉さんと一緒に生活していたように私たちは当番で家事をした。保護者が変わっただけとアスカは言っていたが、何分接点のなかった司令との同居なのだ。色々と気を使って大変らしい。まるで花嫁修業ねとからかったら顔を真っ赤に染め上げていた。私たちはこの慣れない生活の中で姉さんを失った悲しみは少しずつ癒されていった。
しかし問題がなかったわけじゃない。私も兄さんもリツコさんを母さんと呼べないし、未だに私は父さんのことを司令と呼んでしまう。そこは時間をかけて慣れていくしかないとリツコさんは笑いながら言っていた。時間は確かに必要なのかもしれない。色々なことを整理して前を向くためにも・・・
私達家族の問題はそう遠くない未来にきっと解決をするだろう。それは時間ではなく、リツコ母さんのお腹の中にある新しい命の息吹が・・・


学校が再開されるとクラスのみんなが私とカヲルの容姿を見て驚いていた。何せ二人とも顔色が良くなり、髪の色も目の色も違うのだ。戸惑うのは当たり前なのかしれない。アルビノの手術が成功してこうなったという苦しい言い訳で私は説明をした。変わった私を見てトウジも随分と驚いていたが、健康になったってことやろと笑っていた。
私はトウジと正式に交際を始めた。兄さんは随分と驚いたが、アスカはまるで自分のことのように喜び、祝福してくれた。
兄さんとアスカも相変わらず大声をあげて騒いだり、喧嘩をしたりと何かと騒がしいけど関係は良好なようだ。兄さんとアスカがあまりにも騒がしいときに
「静かにして、碇夫妻」
と私が言うと兄さんとアスカは顔を赤く染めて、クラス中が大笑いした。そのあと私も制裁を受けたのだが、思い出したくないのでこの話は内緒とする。
最後の戦いから半年後、ネルフは解体されることが決まった。エヴァは解体され、硬化ベークライトで固められて北極の水中深くに沈んでいる。エヴァ、使徒、チルドレンに関するデータは全て焼却処分された。
ネルフはMAGIの管理、運営、管理者の育成を目的とした国連直属の末端組織として大幅に縮小されて生まれ変わる。MAGIに携わらないスタッフの再就職先は碇司令と冬月副司令が便宜を図り、国連機関や政府関係、民間企業まで様々な所から募集がかかった。新しい出発を決めた人からひとり、またひとりとネルフを去っていった。
私たちは中学3年になり受験で大忙しだ。私たちもそれぞれ進路を決めた。私と兄さんは同じ公立高校へ、兄さんは普通科へ、私は商業科へと進学する。カヲルとヒカリさんは私立の進学校へ、「恋人なんだから同じ学校へ通いたい!」と惚気る彼女の斜め上のバイタリティは見習うべきかもしれない。トウジは父親の都合で大阪に帰るらしい。妹のサクラちゃんには好きなことをさせてやりたいというトウジ本人の強い希望でお店をやっている叔父の家に住み込みで働きながら夜学に通うそうだ。
そしてアスカは・・・・












「あおーげばーとおーとしー♪」
体育館から歌声が響く。今日は彼らの卒業式だ。大勢の親が我が子の節目を一目見ようと集まる。世界に季節が戻り、校庭では桜の花びらが咲き誇り彼らの門出を祝福する。
みんな泣いていた。レイもヒカリも、クラスの女子生徒みんなが泣いていた。流石のトウジも感傷にひたる。カヲルも同様だ。
「これが寂しいという気持ちなんだね・・・」
カヲルの呟きは温かい春の風にかき消された。
式が終わるとトウジは屋上へと向かい、卒業証書を片手に帰るクラスメイト達を見下ろす。
屋上のドアが開き、レイが顔を出した。
「トウジ、ここにいたのね」
「なんや、レイかいな・・・」
「なんだとはなによ」
少しだけプリプリしながらもレイはトウジの隣に寄り添い見下ろす。
「あ、ほら、見てトウジ」
レイが指を指した先には腕を組んで帰るカヲルとヒカリの姿があった。
「委員長のやつ・・・あんなにベタベタになるんかいな」
「元々その気はあったじゃない。変に乙女チックというか」
「あ~なんかわかるわ~ワシそういうの苦手じゃ。鳥肌がたつわ」
「ふふふっよかったわ。私もそういうの苦手だから」
トウジは空を見上げる。
「それにしても、今日帰らんでもよかったんちゃうか?惣流のやつ」
「兄さん以外に見られたくないのよ。泣き顔」




そう、アスカは中学卒業式のこの日、ドイツに帰国する。





アスカがドイツに帰国を決めたのは2か月前のことだ。それまでてっきり彼女は日本に残りシンジと一緒に進学するものだと周りは思っていた。シンジも同様だ。仲が不仲になったのかと疑惑がでたがそういうわけじゃない。アスカは言う。
「ドイツにいる両親ともう一度最初からやり直したいの。今しかチャンスがないと思うから・・・」
それは彼女にとって深い葛藤の末の選択だった。できることならシンジと一緒に日本にいたかった。しかしこの機を逃すとアスカは永遠にドイツにいる両親と関係の修復ができないと思った。シンジにそのことを一番に伝えるとシンジは笑って頷いた。

空港は行きかう人でごった返している。
人通りの多い中、シンジとアスカは名残を惜しむように手を繋いでいた。アスカが乗る飛行機の案内が聞こえる。
「じゃあ、シンジ・・・アタシ、行くね」
手を振りほどこうとするがシンジが離さない。
「シンジィ、離してくれないと、飛行機乗り遅れちゃうよ」
少しだけ困った顔をするアスカ。シンジはアスカの手を引っ張ると強く、強く抱きしめた。
「シンジ・・・」
ドイツに帰らなきゃという想いと離れたくないという想いが錯綜する。シンジが震える声で呟く。
「本当は・・・行くなって、言いたかったんだ」
「シンジ・・・」
「ずっと一緒にいたいんだ!離れたくないんだ!でも!僕の我儘でアスカとアスカの両親の絆を僕が壊すわけにはいかないから!ずっと!ずっと!言えなかった!」
シンジが涙声になりながら語った言葉はアスカが最も聞きたい言葉で、一番言われたくない言葉だった。
もしシンジがドイツに帰国することを伝えた時に言葉にしていたら、アスカはドイツに帰るのをやめただろう。それはそれで幸せな毎日が送れるだろう。ドイツにいる両親とやり直したいという思いを心の中に残したまま・・・シンジはずっとこの瞬間まで我慢してきたのだ。
アスカは優しく腕をシンジの背中に回す。
「シンジ!アタシのシンジ!アタシ!アンタのこと好きになって本当に良かった!アンタはいつもアタシのことを考えてくれる。行動してくれる。それがどんだけ支えになったのかわからないくらいに・・・だから・・・アタシ、シンジのこと忘れないから!絶対に忘れてあげないから!アタシのこと、絶対に忘れないでね」
シンジはアスカの体を離すと肌身離さず身に着けているネックレスを外してアスカに着けた。
「これは・・・」
「母さんの形見の品。アスカにあげる」
「そ、そんな大事な物もらえないわよ」
「どうしてもアスカに身に着けて欲しいんだ。僕のこと忘れないように。だから・・・」
アスカの体が強張る。シンジは続ける。
「迎えに行くから。一人前になったら、アスカのこと、必ず!必ず迎えに行くから!そのときは!」

「僕と結婚してください」

アスカの涙腺が崩壊する。流れ落ちる涙を拭うこともなくアスカは精一杯微笑む。
「バカ、本当にバカ。こんなシチュエーションでそんなこと言われたら断れないじゃない・・・」
「断らせるわけ、ないじゃないか」
「本当に・・・アタシでいいの?」
「アスカじゃなきゃダメだ」
アスカは涙を拭うともう一度笑った。それはシンジが見てきた中でも最高の笑顔だった。

「はい・・・アタシをシンジのお嫁さんにしてください」

強く抱き合う二人、それはまるで映画のワンシーンだ。
「待っていてね。アスカ」
「待つわ。ずっと・・・ずっと・・・」




展望台デッキでアスカの乗る飛行機が見えなくなるまでシンジは見送る。その様子を見送っていたゲンドウが近づいてくる。
「シンジ、本当によかったのか?」
「うん、大丈夫。これで良かったんだよ」
「そうか」
ゲンドウはハンカチをシンジに手渡す。
「今は思い切り泣け」
シンジはハンカチを受け取ると膝をついて大声で泣いた。ゲンドウはその隣で空の彼方へ見えなくなった飛行機を見上げていた。
(ユイ、見ているか?私たちの子供はこんなにも大きくなったぞ・・・)








3年後・・・・ 大阪
ドスドスと大きな音を立てて廊下を歩き、勢いよく襖を開けて体格のいい中年の男が布団に寝ている青年の頭に蹴りを入れた。
ドカッ!
「コ~ラ~!はよ起きんかい!トウジ!」
「いてっ!お、叔父さん、堪忍してぇな・・・朝からどつかれたらたまらんでぇ。昨日は仕込みで夜遅かったんや。もう少し寝かせてや~」
トウジはもう一度布団をかぶると、叔父は布団を引きはがした。
「アホ!お前に客や!しかもえらい別嬪さんや!男ならちゃんと責任とれや!」
「客って・・・誰やねん」
ジャージ姿で髪の毛はボサボサのまま玄関の扉を開ける。
「はーい、どちらさんで・・・って・・・レイ・・・」
「トウジ、約束通り押し掛けに来たわ」
大きなバッグを抱えたレイは笑って挨拶した。





アスカ、元気にしている?
僕は高校を卒業して第二東京市にある大学に通うことになり、親元を離れて一人暮らしを始めました。
将来は親を亡くした子供たちのために何かやりたいと父さんと母さんに相談したところ、母さん、リツコさんがそれならカウンセラーが僕に向いているというので話を聞いたところ、すごく興味が沸きました。
人の役に立つ仕事がしたい。ずっとそう思ってきたけど、僕らは親の愛情をあまり受けてこなかった。世の中にはそういう子供たちがたくさんいる。そんな彼らに少しでも心のケアの助けになればと思い、この仕事に就こうと思いました。
レイは大阪の商業大学に通うそうです。決めた理由がトウジが大阪にいるかららしいけど・・・それで父さんと母さんが大ゲンカして大変だったよ!弟のレイジはびっくりして泣き出しちゃうし、もう散々な目にあったよ。
トウジは大阪で叔父の鉄板焼きの店を手伝いながら夜学に通っているみたいだけど、レイが押し掛け女房に来たから随分とびっくりしたみたい。まるでハトが豆鉄砲くらったみただったわと笑いながら言っていたよ。なんでも将来的にはトウジと一緒に第三東京市で店を持ちたいって、そのために経営学を学んでMBAを取得するだって。鉄板焼き屋やるのに経営学修士なんて必要なのかな?なんて思う。やっぱりそういうどこかズレたところがなんともレイらしいけど、これからトウジは大変だよ?なんせレイが口を挟むようになるからね!
カヲル君は第二東京大学に入って教師になる勉強をするんだって、なんでも冬月副司令の影響らしい。人に色々教えて繋いでいくっていうことに感銘を受けたみたい。委員長は看護学校に入ったって。
そういえばあの二人、高校卒業と同時に別れちゃったみたい。カヲル君が随分落ち込んでいたよ。
そっちはどう?大学に入りなおして幼い弟と妹の面倒をみながら勉強するって本当に大変だと思う。無理しないで体には気を付けてね。
必ず迎えに行くから、待っていてね。アスカ。
月が綺麗ですね。

碇シンジ



ドイツ ハンブルグ
アスカは大学構内のカフェでシンジからの手紙を読んでいる。家では弟と妹の面倒で忙しいため、こうして落ち着いた場所でシンジからの手紙を読み返信を書くようにしている。日本から送られる手書きの手紙。想い人の心だけでなく匂いまで届きそうで、アスカは手紙を顔に近づけると思い切り息を吸い込む。微かにシンジの太陽のような温かい匂いがした。
「ア~~スカ!なにしてんの?」
「きゃっ!」
いきなり背中を叩かれる。
「うわっ!締まりのないふやけた顔してるわね」
「う、うるさいわね!別にいいでしょ!?」
大学でできた新しい友人たちがアスカを囲むように座った。
「そういえば聞いたわよ。アスカ、ドミニクのこと殴ったんだって?」
「あんたもやること過激だわね~彼にアタックかけられてたんでしょ?彼のどこが気に入らないのよ」
「あまりにもしつこいからよ。それにあのバカ、アタシのネックレスにケチをつけたのよ。『君にはそんなモノは似合わない。僕がもっと良いのをプレゼントしてあげるよ!』ですって!ふざけんじゃないわよ」
アスカはネックレスを指でいじりながら顔を膨らませる。
「ん~アスカには悪いけど、それさ、男物じゃない。アスカみたいな女性がするには無骨すぎるわ」
「私もそう思うわ。もっとあんたに似合うものをすればいいじゃない」
「嫌よ。アタシにはこれ以上のものはないし、必要ないもの」
「誰からもらったのよそのネックレス。いくらなんでもセンスがないわ」
「フィアンセからよ」
「「えええええええええええええ!!!!???」」
友人たちは大声をあげて立ち上がる。アスカは思わず目を丸くした。
「な、なによそんなに驚いて」
「ふぃ、フィアンセってあなた!婚約者いたの!?」
「ええ、今は離れて暮らしているけど」
「だ、誰よ!誰!写真ある?」
「日本人で碇シンジって言うの。はいこれ彼の写真よ」
アスカは鞄の中からスマートフォンを取り出すとシンジの写真を見せた。レイから送られた笑顔のシンジの写真。シンジの笑顔が魅力的なのは万国共通らしい。友人は鼻息を荒くした。
「アスカ!彼紹介して!私達親友でしょ!?」
「私!二番目の女でもいい!」
「・・・殺すわよ・・・」




「シンジ、一人暮らしのほうはどうだ?」
「うん、快適だよ父さん」
「そうか、それなら良かった。何か困ったことがあればすぐに連絡しろ」
「大丈夫だって、大体、月に一度は帰ってきているじゃないか。レイジの面倒も見たいし」
「うむ・・・リツコも助かると言っていたぞ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ところで、父さんこんないい所知っていたんだね」
「ふっ、もう随分と昔の話だがな・・・ユイに連れてこられた所なんだ」
「母さんが・・・」
シンジが夏休みを利用して実家に帰ってきたこの日、ゲンドウはシンジを誘って渓流釣りに来ている。二人は並んで釣り糸を垂らしていた。
「父さんが釣りをやるだなんて、知らなかったな」
「私の数少ない趣味だ。海釣りもいいが、私は川のほうが好きだ。採れたての鮎や山女魚を塩焼きにするとうまいぞ」
「おにぎりいっぱい作ってきたから坊主は許されないね・・・」
「そうだな・・・」
「それより父さん。あの話なんだけど・・・」
「ああ、シンジ。お前のやりたいようにやれ。私もリツコも応援しているぞ」
「ありがとう。父さん」
「むっ!かかった!」
「本当!?あっ!こっちもかかった!」
共に釣竿を引く二人。親子水入らずの時間がゆっくりと流れて行った。




「りょーくーん!早く早く!」
「おいおい・・・少し休憩させてくれよ・・・」
加持とミサトは一緒に遊園地に来ている。実年齢が30以上でも彼女の頭はまだ10代だ。ミサトの強い希望で二人は遊園地に来ている。
彼女の記憶が戻ることは多分ない。加持はそう思う。何故ならば、今のミサトには昔のような暗い過去も歪んだ心もなく充実した毎日を送っているからだ。それは加持がミサトに望んだ姿でもあった。今の彼女を守りたい。ずっと支えていきたいと思う。先を行くミサトを加持は呼び止めた。
「なあ、葛城」
「ん~?な~に?りょうくん」
「・・・12年前に言えなかった言葉を、ここで言うよ」
「うん?」
「俺と、結婚してくれ・・・」
1年後、写真つきの葉書が親しい友人たちの元へ届いた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
☆ 結婚しました     ☆
☆   加持リョウジ   ☆
☆     ミサト    ☆
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




2021年 ドイツ ハンブルグ郊外
「たっだいま~~」
元気な声が家中に響く。長男のミハエルがクラブの練習から帰ってきた。
「お兄ちゃんおかえり~」
「おかえりミハエル」
リビングいくと妹のアンナが机に向かって勉強をしている。テーブルには和食が並んでいた。
「お、今日はてんぷらってやつか。いただき!」
「こら!ミハエル!家に帰ったらまず手を洗いなさい!」
キッチンから髪を後ろでしばりエプロン姿をしたアスカがおたまをもって現れた。
「ったくうるさいな~姉さんは」
「うるさいじゃないわよ!あれほどつまみ食いはやめなさいと言ってるでしょ!?」
「そんなうるさいと迎えに来てもらえねーぞ」
「言ったわね~!今日という今日は許さないわよ!」
家の中で追いかけっこをしはじめるアスカとミハエル。アンナはため息をついてその様子を眺めた。するとリビングのドアが開き夜勤明けのニーナが髪の毛ボサボサのまま欠伸をして入ってきた。
「まったく・・・うるさくて寝れないじゃない・・・」
「あ、ママ起きたんだ」
「この騒がしい中で寝ていられるほど図太くはないわ・・・あ、コーヒーいれてちょうだい」
「はーい」
ニーナはアンナからコーヒーを受け取ると一口啜る。相変わらず家の奥からは騒がしい音がする。

ピンポーン

呼び鈴が鳴る。椅子から降りるアンナを手で止めるとニーナは髪の毛を整えながら玄関へと向かった。
「はーいどなた?」
「初めまして、あの、惣流アスカ・ラングレーさんが住む家はこちらでよろしいですか?」
「そうですけど、あなたは・・・少し待ってください!」
ニーナは目の前に立つ青年が誰なのかすぐにわかった。家の奥に入るとミハエルにコブラツイストをかけているアスカを呼ぶ。
「アスカ!アスカってば!」
「はい!?なによママ!今忙しい!」
「そんなことやってる場合じゃないわよ!ほら!彼が来たのよ!」
「かれ・・・?もしかして!」
アスカはコブラツイストを解くと失神寸前のミハエルを床に捨て置いたまま玄関へと駆ける。
ドアの向こうには長年待ち望んでいた待ち人が変わらない優しい笑顔で立っていた。
「シンジ!」
勢いそのままに抱きつくアスカ、シンジは優しく彼女を抱きとめた。
「会いた・・・会いたかった!」
「ごめんね。随分と待たせちゃって・・・」
「本当よ・・・こんないい女を待たせるなんて・・・でも、思っていたより早かったわね。そんなにアタシに会いたかった?」
「それもあるけど、実はハンブルグの大学に留学することになったんだ。権威あるカウンセラーの先生がいるって話だから勉強をしにね。アパートを借りて住むことにしたんだ」
「そんな話聞いてないわよ!」
「アハッ驚かせようと思って内緒にしていたからね。これからずっと一緒にいられるね」
「バ、バカ!でも、シンジがドイツに来てくれて本当に嬉しいわ。こっちの大学に留学か、アパートもハンブルグに借りたの?」
「うん、そうだよ。大学の近くにね」
「それじゃアタシもハンブルグの大学に通っているし、これからシンジの住むアパートに引っ越すわ。いいでしょ?」
「もちろん!まずはご両親に挨拶しないと」
「そうね、上がって!シンジ!」
シンジの腕を引いて家の中へと誘うアスカ。話したいことは色々あった。しかし、シンジの顔を見た途端にすべてが吹き飛んだ。これからずっと一緒なのだから、それから色々話せばいい。今日は彼らにとってとても大切な日になりそうだ。
2日後、シンジはアスカを連れてアパートへと戻っていく。シンジの繋ぐアスカの左手の薬指に真新しい指輪をはめながら・・・



2026年 第三東京市
青年は喫茶店に入ると店内を見回す。日が差し込む窓際の席に彼女はいた。
「ごめん。お待たせ」
「そんなに待ってないからいいわ。それより、いきなり呼び出してごめんね。カヲル」
「別に構わないよヒカリさん。あ、僕はコーヒーを、ところで相談ってなに?」
カヲルはヒカリの対面に座ると注文したコーヒーを飲む。ヒカリは紅茶を一口飲むとカヲルに話しかけた。
「実は、今付き合ってる彼氏のことなんだけど・・・」
「待ってくれよ。そういうことを元彼の僕に普通相談する?」
「だって、カヲルしか相談乗ってくれる人いないから」
「そりゃそうだけど、僕だって君のこと踏ん切りつけられたわけじゃないんだ」
「ごめんねカヲル。あなたは優しいからつい甘えちゃうの」
ペロッと舌を出すヒカリ、カヲルはやれやれという顔をする。
別れた後も彼らはなんでも相談しあえる親しい友人として接している。ヒカリは職場で新しい出会いをした。カヲルも決して出会いがなかったわけではないが完全にヒカリのことを吹っ切れたわけじゃない。かといってまた付き合い始めることを望んでいるわけでもない。この曖昧な付き合いがカヲルにとって心地がいいのだ。しかし、新しい恋人との話を聞くのは少しだけ辛かった。ヒカリもそのことを理解していないわけじゃない。ただ、カヲルしか頼れる人が彼女の周りにはいなかったのだ。
「いつも悪いとは思っているわ・・・それでもあなたしかいないのよ。こんな話できるのは・・・」
「わかっているよ。でも、そろそろこういう付き合いも考え直さなきゃいけない時期なのかもしれないね。君の相手に悪いよ」
カヲルは少しだけ外に視線を外すと、もう一度ヒカリと向き合う。
「彼と・・・結婚するんだろ?」
「・・・うん・・・」
「・・・おめでとう」
ヒカリは今交際している彼のプロポーズを受けた。今年の冬には彼女の苗字は違う人のものを名乗るようになる。今の彼女の心境は一種のマリッジブルーのようなものだ。カヲルは二人分の伝票を持つと会計を済ませようとする。
「ねえ、カヲル」
「なんだい?」
「今、カヲルには彼女はいないの?」
「いるよ」
ヒカリは思う。カヲルほど顔が良くて人当たりの良い男を女がほっておくはずがないと・・・付き合っていたとき、随分とそのカヲルの性格にヤキモキしたり、嫉妬したりしたものだ。これからはそういうこともない。それがどこか寂しい。
「そう、彼女のこと大事にしてあげてね」
「君も・・・ね」
店を出ればもう今まで通りの付き合いをすることはできなくなるだろう。一度は一緒になりながらも今は別々の道を歩む二人。その道が再び交わることはもうない。それでも彼らは歩いて行かなければならない。それは人が変化をし続けるからだ。色々な人と巡り合いながら・・・

店を出たカヲルはひとり家路を急ぐ、彼の住むアパートの前に女性がひとり立っていた。
「よっ!カヲル」
「マリ・・・」
彼女は真希波マリ。ステファヌスとの最後の戦いで参号機に乗っていたパイロットだ。薬物投与と洗脳によって彼女はボロボロの状態だったが、日常生活ができるまでに回復することができた。
「カヲル~随分と暗い顔しているにゃ~そんな顔似合わないぞ!」
「ほっといてくれないか・・・僕だって暗くなることはある」
「うふふ~慰めてあげるわ!ご飯作ってあげるから元気出すにゃ!」
カヲルが部屋の鍵を開けると当然のように部屋の中へと入るマリ。勝手知ったる他人の家。マリはすぐにキッチンへと入っていった。キッチンから鼻歌が聞こえる。
「ひっとりじゃないって~すってきなことね~♪」
(ひとりじゃない・・・か・・・)
マリがよく口ずさむ古い曲。カヲルはマリに近づくと後ろから抱きしめる。
「なっ!いきなり何するのよ!料理中だよ!?」
「マリ・・・ありがとう」
「えっ?」
「君のおかげで、僕はようやく新しい一歩を踏めるような気がする」
「それって・・・」
「うん、君の気持ちを受け取ろうと思う」
マリはずっとカヲルにアタックをかけてきた。しかし、ヒカリのことを踏ん切りがつけなかったためにのらりくらりとその返事をしてこなかった。その関係はセックスフレンドと言っても良い。それでもお互いが了承した関係だったから、マリもカヲルも何も言わなかった。
「うふふ~嬉しいな♪やっとカヲルが私に振り向いてくれたにゃ♪」
マリは庖丁を置くと腕の中で向きを変えてカヲルと抱き合いその胸に顔をこすり付ける。
「くすぐったいよマリ」
「にゃははは~ねえ、カヲル。ご飯の前に・・・」
「なに?」
「エッチしよっか」
カヲルはマリを抱えるとそのまま寝室へと入っていった。




同年大阪
レイとトウジは叔父の家を出て1DKのアパートで暮らしている。夕食時、レイが思い出したように話し始めた。
「そういえば、カヲルのこと覚えてる?」
「ああ、覚えとるわ。ああ、これうまいな」
「ありがとう。彼、結婚するみたいよ。兄さんから聞いたわ」
「マジか!?」
「ええ、デキ婚みたい」
「か~~なにやっとるんやあいつは・・・」
「これが本当の『やればできる』ね・・・つくづく格言だわ」
「なかなかうまいこと言うやないか。んで?相手は誰や?」
「よく知らないわ」
「さよか・・・」
沈黙が流れる。レイは箸をおいた。
「ねえ、私たちはいつにするのよ?」
「いつって・・・レイ、お前まだ大学行ってるやろ」
「今年卒業するわ。もう7年よ?もうそろそろ・・・」
トウジは箸をおくと奥の部屋へと消える。レイは悲しそうに俯いた。
いくらレイが待ち続けているとはいえ、限度というものがある。最近、レイはことあるごとにトウジに結婚のことを話しているがそのたびにはぐらかされている。シンジとアスカが結婚したこともあるが、最近は同級生から結婚の報告が立て続けにきているのでレイ自身焦っている所もあった。
トウジがリビングへ戻ると小さな箱をレイの前に置いた。箱を開けると指輪が入っている。
「これは・・・」
「来年の春・・・第三東京市に戻って・・・店開こうと思うとる。資金はそれなりに貯まったことやしの・・・それでや・・・レイ、お前もついてきて欲しいと思うとる。お前が大学卒業したら、結婚しよか」
「・・・はい・・・どこへでもついていきます・・・」
レイは左手をトウジに差し出す。トウジは黙ってその薬指に指輪をはめた。
トウジはレイの大学卒業を待たずに結婚をすることとなる。翌年ほんの少し大きくなりはじめたお腹を抱えながらレイは第三東京市に戻ってきた。






2027年 第三新東京市
ゲンドウは目の前のモニュメントをじっと眺める。そのモニュメントには「碇ユイ」と刻まれていた。今日は前妻の命日なのだ。
「碇」
ゲンドウが顔を向けると杖をついて歩いてくる冬月の姿があった。
「碇、こんなところで何をしている。今日じゃないのか?」
「大丈夫です。アスカ君の家族とリツコが側にいますので・・・」
「そうか・・・」
二人はじっと碇ユイの名の刻まれたモニュメントを眺める。思えば彼女が全ての始まりだったのかもしれない。冬月は彼女の才能にほれ込み、ゲンドウは彼女という運命に導かれた。そのまま進んだ先にあったのは後悔と懺悔の日々、ユイにもう一度会いたいという思いは未来から来た使者によって露に消えた。その選択肢に間違いはないと思いたい。しかし今、ユイはどう思っているのだろうか?ゲンドウはそれだけが心残りだった。
「先生、私は・・・ユイに恨まれていないでしょうか?」
「なぜそう思う?」
「ユイは人の明るい未来を見ていました。しかし今の我々はヒトのままなのです。これは・・・ユイの望んだ未来ではありません」
「碇、お前は・・・それでも人が繋ぐ未来に賭けたのだろう?それがお前の出した答えだ。ユイ君も納得しているだろうよ」
ゲンドウの視点が空を仰ぐ。そのとき、ゲンドウの携帯電話が鳴った。
「私だ・・・ああ・・・そうか・・・」
ゲンドウはそれだけ言うと電話を切った。
「生まれたか」
「ええ・・・元気な女の子だそうです」

同時刻 ドイツ ハンブルグ 病院
病室にはシンジとアスカ、そして生まれたばかりの赤ん坊がすやすやとアスカの腕に抱かれている。
「羨ましいわ・・・黒い髪に瞳・・・パパの遺伝子のほうが濃いのかしら?」
「そんなことないよ。顔はアスカに似て美人じゃないか」
「ふふっありがと♪ところでシンジ、名前さ、アタシが考えちゃダメかな?」
「構わないよ。僕が考えたのと多分一緒だと思うから、今からせーので言い合おうか?」
「あら?夫婦のユニゾンを確かめる気?いいわよ」
「「せ~~~のっ!」」

「「ミライ!」」

寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる