もうすぐ私はこの世界から消えてしまうだろう
消える前に、私は今までの人生を振り返ってみようと思う
そう、これは私の遺書だ






第十二・五話 遺書

Episode 零

あぐおさん:作



この世界が生まれてどれくらいの年月が経ったのかわからない。
私は世界の果て、あの赤い海より生まれた。
生まれたというのは誤解があるのかもしれない。
正確には“いつの間にか、そこにいた”というのが正しい。
私は生まれながらにして、何故この海が赤いのか?なぜ闇が訪れないのか知っていた。
私の頭の中には何億人分という記憶や知識があったのだから当然といえば当然だ。
そして、私は生まれながらにしてアダムとリリスの力を持っていた。
浜辺に投げ出された私は何かに導かれるように浜辺を歩き、ある場所に辿りついた。
そこにはボロボロの赤いプラグスーツ着ている赤毛の少女と黒髪の優しそうな制服を着た少年が肩を寄せ合い、手を握り合いながら壁にもたれかかっている姿だった。
「ぱぱ・・・まま・・・」
その言葉が自然と声に出た。
そうだ、この二人は私の両親だ。私は彼らに会うためにあの海から生まれたことをこのとき理解した。
だが、少し遅かった。
彼らはすでに息を引き取っていたのだから・・・
私は自らの本能に赴くまま二人を横にすると、二人の間に入って寝そべる。
両腕から冷たい感触がする。
それが悲しくて、寂しくて、私は泣いた。

パパとママがなにをしたというのだ?
二人は欲しいものは与えられず、手に入れたものはことごとく壊された。そして最後に手に入れたものは・・・同じ時の死だった。
ひとりは嫌だから、一瞬たりとて離れたくないから、だから一緒に死んだのだ。
そこにあったのは猟奇的な純愛・・・そう思いたい。

もし・・・二人が幸せな家庭を築き上げたとして、私はどのように育てられたのだろう?ふとそんな疑問が過る。
あんな感じに育てられたのかな?
それともこんな感じかな?
一度考えると頭から離れない。
私が生まれる前のパパとママに会いに行こう。
そして今度こそ幸せな家庭を築いて、もう一度私を産んでもらおう。
そうと決まればやることは限られてくる。私は力を使ってロンギヌスの槍と初号機を呼び寄せて準備に取り掛かる。私は使徒のようなものだから時間を逆行することに問題はない。しかしそれを成功させるにはアダムとリリスの力を完全に制御できなくてはならない。私は誰もいない世界でひとり力をコントロールするための訓練を続けた。
逆行するのだからサードインパクトは絶対に阻止しなくてはいけない。そのためにどのような手段を取っていくべきなのか、私は頭の中で何通りものシュミレートを何度も何度も重ねる。もちろん自分の体を鍛える訓練も忘れてはならない。

使徒としての力をコントロールし、シュミレートを終えて、自分の体が鍛え上げられるまで随分と時間がかかった。間違いなく10年以上は経過しているだろう。
私は力を使ってディラックの海を作り出すと、意味をなさなくなった現金を鞄いっぱいに詰め込んで中へと入った。


長野県にあるとある民家。パパはそこの離れに住んでいた。母屋に出入りすることは許されず、運び込まれる食事を薄暗い部屋の中でひとり食べる。時折聞こえる母屋からの楽しそうな笑い声がパパの心をゆっくりと蝕んでいた。
「おねえちゃん、だれ?」
「私の名前はね~式波ミライっていうのよろしくね!」
差し出した手を恐る恐る握るパパ。私は小さな手から出されたシグナルを確かに感じた。

ボクヲ タスケテ


そう訴えるパパの目は捨てられた子犬のように弱かった。
その日から私はパパのママになった。

前の世界では内罰的でいつも人に怯えていたパパ。そう仕組まれた歪んだ性格。私は家にいる時はいつもパパの側にいるようにした。どんな話でも聞いて、どんな遊びにも付き合った。少しずつだが、パパは本来の性格を取り戻していった。しかし、これは遺伝なのかどうかわからないが、対人関係だけはなかなかうまくいかず友達が少なかった。こればかりは私でもどうしようもなかった。
私は私でやることもある。まずは真っ白な経歴に色を付けなければならない。そうしなければネルフに入ったところで怪しまれるだけなのだから・・・
私は大検を受けて合格すると留学の手筈を整える。行先はオックスフォード大学。この学校に通うこと事態に意味などない。他を圧倒するような経歴がほしかっただけだ。パパに4年間は留学で離れ離れになることを告げると泣いてしがみついた。
また誰もいなくなるのではないか?
またひとりぼっちになるのではないか?
パパはそのことを恐れた。私は毎日必ず電話する。年に一度は戻ってくるということを条件にイギリスへと旅立った。
この4年間パパに何もしていなかったわけじゃない。私は旅立つ前にPMSCs(民間軍事会社)にインストラクターの派遣を要請した。私の代わりにパパの面倒を見ることになったのは雷同ケイシ。日本人と結婚して帰化をし、料理店を営みながら軍事インストラクターを務めたことがある元アメリカ特殊部隊SEALsの伝説的英雄だ。
彼に要求したことは「シンジを4年間で一流の戦士にすること」雷同さんはこの不思議な依頼に笑って引き受けた。この依頼の裏に並々ならない事情があったことを察してくれたからなのだろう。パパは彼の元で厳しい訓練を受けた。CQCからサバイバル技術、副産物として料理があった。帰ってくるたびに成長しているパパを見て私は心が躍った。
「もし彼が成人ならば戦自、あるいはアメリカに売り込みたいくらいだ」
とお褒めの言葉をもらったくらいにパパは成長した。


そして2015年運命の日。
私はパパと一緒に第三新東京市へと向かった。結果は上々、私のやってきたことに間違いはない。そう確信した。
私はおじいちゃん、リツコさん、冬月副司令を味方につけるため起こるべく未来を彼らに見せた。私の目論見通り人類補完計画を全面的に破棄、こちらの協力者となった。私は3人のチルドレンを保護するために彼らと一緒に住める住まいを確保、パパとレイおばさん。そして遅れてママが来た。
これまでの流れは実に順調だ。レイおばさんには揺るぎ無い絆を、ママには無償の愛を与えた。
彼らは言わば欠けたジグソーパズルのようなものだ。ピースさえ与えれば自然に絵は完成されていく。ママとレイおばさんはすごく成長した。レイおばさんは表情が少しずつ出てきて、ママは素直になった。これが本来の彼らなのだ。そうさせなかったのは他でもない前の大人たちだろう。
そんな大人たちも変わりネルフそのものも変わっていった。ただ一つ例外がある。
葛城さんだ。
彼女は使徒への復讐に燃えていた。しかし、今のままではほとんど使えないに等しい。私は敢えて彼女を突き放して今のままではいけないというメッセージを送り続けた。しかし・・・彼女の使徒への思いは予想していたものより遥かに深かった。結果、葛城さんは自らの手でネルフを去ることとなった。

ゼーレも解散しネルフも一枚岩となって生まれ変わった。だが、順調な時ほどその綻びは意外な形で障害として私たちの前に現れる。使徒の強敵化、順調に倒してきた分その対抗として使徒自身が強く変化しているのだ。それでもギリギリのところで私たちは勝利を掴んできた。
そしてゼーレの代わりに生まれたもの「ステファヌス」ゼーレの意志を継ぎながらも前にないものが現れた。
そして相田ケンスケの異常行動。これには流石の私も頭を痛めた。シェルターから抜け出そうとしたとき、さっさと殺しておけばと思ったこともある。しかし彼は紛れもなくパパの友人の一人だ。そんなことになればパパが悲しむ。私はこみ上げる殺意を抑えながら彼を追放した。もう二度とこんなことがないようにと願いながら・・・だが、結果は最悪だ。


つくづくこの世界は私たちに救いを与えてくれない。ステファヌスの存在、そしてタイムパラドックスによる障害。その不治の病は私の体を知らず知らずのうちに蝕んでいた。
しかし、例え力をしぼり尽くし地べたに這いつくばったとしても、私たちは前に進んでいかなくてはならない。

「しっかり生きて!それから死になさい!」

葛城さんのあの言葉は真理だ。私たちは戦わなければならない。未来を掴むために。幸せになるために。



そのために私は兄弟たちをもう一度殺す。




そしてステファヌスとの最終決戦。ステファヌスはエヴァと面子を潰され金に目がくらんだ中国人民解放軍を使って攻め込んできた。指揮は葛城ミサト、そしてエヴァのパイロットにあの相田ケンスケもいた。
前の私達なら攻撃を躊躇うような人選、指揮するのは仮にも作戦本部長に任命された葛城さんだ。決して無能じゃない。基本を押さえながらも変則で勢いのある戦術で私たちを襲う。
しかし今の私たちに迷いなどない。時を止めて変わることができない者が常に変化をし続ける者に適うわけがないのだ。
ATフィールドを理解し使いこなせるシンジ達相手にS2機関装備を持ったエヴァも相手にならなかった。いくら薬の力を頼ったところで、根本的な部分はなにひとつ変わってはいない。薬に頼った時点でマイナスと言ってもいい。
心の強い者に弱い者が適うわけがないのだ。
そして前の世界でネルフを壊滅寸前まで追い込んだ戦自の特殊部隊が人民軍に牙をむく。
世界中の軍人の人たちが口を揃えて「こいつらとはやりあいたくない」という戦略自衛隊。そのなかで最強といわれ味方からも恐れられている特殊部隊が彼らの相手なのだ。もし、自分たちの相手が彼らであることを知っていたのならば裸足で逃げ出すだろう。解放軍の空挺部隊が憐れに思えるほどだった。
この戦いは私たちの勝利だ。
私は葛城さんに未来を見せ、相田君に罰を与えた後、レイとカヲルの中に宿る使徒の力を抜き出して彼らを人に変えた。そしてこの危険な力を持って歪んだ地軸を元に戻す。
大気を震わせて世界が元に戻る。このしばらくすれば日本にも四季が戻ってくるだろう。
桜が舞い、新緑に色づき、野も空も紅く染まり、白銀が世界を覆い、そしてまた桜が舞う。
そんな日々が戻るその時まで私は生きていられるのだろうか?そんな疑問が頭を過ったが今は置いておこう。
そう思ったとき、パパとママがこちらに近づいてくるのが見えた。私は彼らの元へ駆け寄ろうとして・・・できなかった。
乾いた音と共に私の体から力が抜けた。胸に焼けるような熱さと痛み、吹き出す血を見て私は初めて自分が狙撃されたことを知った。
倒れ込む私を誰かが抱きしめてくれる。もう一人が手を握って声をかけてくれる。


ああ・・・この匂い、この感じ、パパとママだ・・・


私の脳裏にある光景が思い浮かぶ。
木漏れ日の中で優しく微笑むパパ。寄り添いながら赤ちゃんに母乳を与えているママ。そして、一生懸命母乳を吸う私。
それは赤い海の果てで見た深層心理の原風景で、私たちが望んだ見果てぬユメ。叶うことのない私たちの願い。
それは紛れもなく私たちが心の底から望んだ光景なのだ。

ねえシンジ、この子の名前、決めてくれた?

うん、ミライっていうのはどうかな?

ミライ・・・Future・・・いい名前ね。決まり!

生まれてきてくれてありがとう。今日から君の名前はミライだ



私は最後の力を振り絞って伝える。このことを伝えなければ、私は死んでも死にきれない。

「ぱぱ、まま・・・わたし、あいにいく、からね・・・がんばるから・・・だから・・・ぱぱもままも・・・なかよく、して、ね?」
「ミライ、大丈夫だよ。パパもママも、ずっと仲良しだから」
「ミライ、大丈夫よ。またママがあなたを産んであげるから・・・」
「うん・・・」

目がかすみ、耳が遠くなっていた私にその声は確かに届いた。


力が抜ける。
私はもうすぐ死を迎えるだろう。
歴史と言う名の時間ではなく、人という18番目の使徒の攻撃によって・・・


ミライ

ああ・・・


パパとママの声が聞こえる・・・


私の名前を呼んでくれている・・・


もう一度私はパパとママに出会い


そしてもう一度あなたたちの子供に生まれるのだ


それ以上、何を望むというのだろう

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