第十二話 聖戦

あぐおさん:作



「同志諸君! ついにこの時が来た!」
ステファヌスのリーダーにしてドイツネルフ支部司令官、アルベルト・フランクは高らかに宣言する。
「エヴァンゲリオンという兵器を所持し、我が物顔で世界に君臨しようと企むネルフ! 我々は正義の名の元に奴らに断罪を下さなければならぬ! 思えば同志諸君も、彼の忌まわしき者どもの卑劣な行いによってその輝かしき人生を捻じ曲げられた者ばかりである! これは復讐か!? 否! これは正義である! 我々は人類を代表して奴らに怒りの鉄槌を振り下ろさなければならぬ! それは同志諸君が真のエリートであり! 真の勇敢な戦士であることに他ならない! エヴァンゲリオンに対抗するためには我々もエヴァンゲリオンを所持しなければならない! 同志諸君らの働きによってエヴァ参号機、及び量産型エヴァンゲリオン4機が我々の手元にある! 我々の手によって真の福音を人類にもたらさなければならぬ! 時が来た! 立てよ! 勇敢で勇猛な同志諸君!」
地面が割れるような歓声が響く。アルベルトは天をつくようなこの声を聞いてニヤリとしてみせた。彼らはアルベルトによってネルフに復讐するためだけに集められた者に過ぎない。アルベルトの目的はサードインパクトを起こし自ら神になること。彼の手の中にはエヴァを使ったサードインパクトの方法が握られている。アルベルトの目的に誰ひとりとして気が付いているものはいない。復讐にかられた者達はただその目をどす黒い色で燃やした。



シンジが退院して一週間、シンジは普通の生活へと戻っていった。復学したシンジを見てクラスメート達は目を丸くさせた。曰く、植物人間になったとか、死んだとか色々な噂が学校内で流れていたのだ。幸いにもその噂はアスカ、レイ、カヲルの耳には入ってこなかった。いや、ヒカリが彼らの耳に入らないように影で動いていたのだ。生活が落ち着いた後にその話を聞いたアスカとレイは大いに憤慨したが、シンジによって諌められた。もし、このことが彼女たちの耳に入っていたとすれば噂の発信源を学校中の人間を皆殺しにしてでも見つけ出して制裁したであろう。シンジが戻ってきたことによって彼らの日常は元通りになった。そのはずであった。
ある日、いつものようにシンクロテストが終わるとチルドレン達はミライに呼ばれた。作戦会議室へ向かうと、そこにはミライの他に加持、リツコ、ゲンドウが部屋の中で待っていた。
「どうしたの? 姉さん」
いつもより厳しい顔をしているせいなのか、シンジが心配そうな面持ちでミライに尋ねる。ミライは重い口を開いた。
「今日みんなに集まってもらったのは他でもない。今後のことなの」
「今後のことって・・・なによ? 次の使徒戦のこと? なにが来ても関係ないわよ! アタシとシンジでボッコボコにしてやるんだから!」
「使徒はもう来ないわ。人類は勝ったの。種の保存という使徒との戦争にはね」
「使徒は来ないって・・・どういうこと?」
「それは、私から説明しよう」
ゲンドウが口を開いた。
「そもそも君たちが相手にしていた“使徒”は言わば我々人類の兄弟のような存在だ。事実、遺伝子上は数%しか違いがないのだからな。ひょっとしたら我々人類は彼らのような使徒のようになっていたのかもしれん。あくまでも可能性だがな・・・私とユイが解読していた裏死海文書では使徒は18体。今まで来たのが17体。18番目の使徒は人間なのだ」
驚愕の事実が告げられる。
「そんな! 冗談じゃないわ! アタシ達が使徒だなんて!」
「惣流君、君の言いたいこともわかる。しかしこれは事実なのだ。話を戻そう。我々は兄弟たちを退け生きる権利を勝ち取った。そして次の相手は人間なのだ」
「そんな・・・使徒との戦いが終わったのに、今度は人間同士の争いなんて・・・そんなのってないよ!」
「シンジの言う通りだ。全くもって愚かなことだ。そして、今度の敵は我々ネルフを攻撃してくる。彼らの目的はサードインパクトを起こして人類を滅亡させようと企んでいる。その相手は“ステファヌス”と名乗っている」
「ステファヌス? なんですか? それ」
「彼らについては加持君のほうから説明をしてもらおう」
ゲンドウが目配せをすると加持は頷いて一歩前に出た。
「ステファヌスを名乗る連中は俺たちネルフに恨みを持つ奴らだ。俺たちは使徒を倒して人類を滅亡の危機から救う。この大義名分によってできた組織だ。しかしそれをやるためにかなり融通を利かせてきたところがある。良い面でも悪い面でも。その強引すぎるやり方で不利益を被った奴も少なくはないはずだ。それがステファヌスの正体だ。とまあここまではわかっちゃいるが、なんせ地下組織だからな。詳しいことなんかほとんどわかっちゃいないのさ。今わかっていることを言うと、奴らはエヴァを数体所持している。奴らにエヴァを提供したのは・・・中国とドイツのネルフだ」
「そんな! なんでネルフがネルフを襲うんですか!?」
「少し前にドイツ支部の司令官が解任されて新しい奴に変わった。その頃からどうもキナ臭い行動が多い。調べを進めたら中止されたはずの量産型エヴァンゲリオンをちゃっかり製造していたのさ。中国は・・・金だろうな。」
「はあ? お金のためにそんなことするの? バッカじゃないの!?」
「仕方がないさ。あそこの国の経済状況は悲惨だからな。セカンドインパクトが起こった後、中国国内の流通はストップして経済が停滞した。それまであの国はハード面での輸出で持っていたからな。だが、セカンドインパクト以降、世界各国は自国の経済の立て直しのために一部ブロック政策を実施した。輸出は伸び悩み、物価高は進み、事実上のインフレが起こった。中国国内はそれによって各地で暴動も起こったんだが、政府はそれらを鎮圧した後に毛沢東のやり方を倣って二回目の「*大躍進政策」を行ったんだ。前回の失敗を念頭に入れてな。だが、それも大失敗に終わった。今じゃ人身売買や臓器の密輸、傭兵紛いのことを裏でやっているのさ。金になるなら国民はおろか、エヴァだって売るさ」



「だからってテロリストに売るなんてサイテー!」
「今更言っても仕方のないことさ。ま、早い話が次の相手はネルフそのものってことさ。そして奴らはネルフ本部へ攻撃を仕掛けてくる。第三東京市に住む人はほとんどがネルフ絡みの人間だからこの街に住む人たちも攻撃の対象になるかもしれない。彼らの安全を最優先に確保しなきゃならん。非戦闘員及び、その家族は第二東京に来週疎開することになった。しばらくクラスの友達には会えなくなるが・・・終わればすぐにでも戻って来れるように日本政府に協力を依頼してある。それまで頼む」
「「「「はい!」」」」
元気よく返事をするチルドレン。加持は彼らならやってくれると強く頷いた。加持が一歩引くと代わりにミライが前に出る。
「みんな聞いて。聞いたように次の相手は人間よ。エヴァだけで来てくれれば助かるけど、間違いなく彼らの部隊が総攻撃を仕掛けてくるわ。そうなったら、あなたたちには汚れてもらうしかない。どう? できる?」
汚れてもらう。つまり人を殺すということ。その言葉に誰もが身震いする。シンジが口を開いた。
「でも・・・そうしなかったら・・・みんな殺されちゃうんですよね?」
「・・・そうね」
「じゃあ、戦います! 守りたい人がいるから! 僕は戦います!」
「シンジ・・・」
「シンジにだけ背負わせるつもりはないわ。アタシもやるわ」
「アスカ・・・」
「姉さん、私もやる。みんなを守りたいもの」
「レイ・・・」
「僕もまだ死にたくはないからね。戦うよ」
「渚くん・・・」
ミライは目頭が熱くなった。自分が想像していたよりも強く逞しく成長したチルドレンを見て自分のやってきたことに間違いはないと思った。ゲンドウもまた自分の息子が少年から男に変わった瞬間を目の当たりにし熱くなった。
「みんな、ありがとう・・・」
ミライは一呼吸おいて続けた。
「地上の部隊は私達大人が引き受けます。あなたたちはエヴァに集中して」
「姉さん、大丈夫なの?」
「心配するなシンジ。ネルフ保安部だけなく、戦自の特殊部隊も我々の味方についてくれる。私たちのことは気にしなくていい」
「父さん・・・」
「あとのことは私たちにまかせてクラスメートに挨拶を済ませて来い。再会をするためのな」



ゲンドウはチルドレン達を送り出した。それが自分をはじめ、人類補完計画を成就させようとした歪んだ者達がステファヌスというイレギュラーな存在を生み出してしまったせめてもの償いと思った。司令室にチルドレンの姿はない。
「私をはじめ、大人たちの尻拭いをするのに子供たちに頼る他ないとはな・・・大人が聞いて呆れる」
ゲンドウが胸の内を呟く。それはその場にいるこの時代の大人たちが誰もが思うことだった。
「大丈夫よ。おじいちゃん」
「ミライ・・・」
「パパもママも、レイおばさんも渚くんも・・・みんな変わった。優しくなった。強くなった! そして・・・おじいちゃん、あなたが一番変わった。それは良いことなのよ。傷つくのが怖いから目を閉じて耳を塞ぐ人類補完計画。それを遂行しようとしたなら、私たちはもっと歪んでいた。そして大事なことを置き去りにした。人として大切なことは前を向いて歩いていくこと、過去に捉われずに顔を上げること。人は変わっていく生き物なのよ」
ミライの言葉にゲンドウは頷いた。
「そうだな、人はお互いのことを理解しあえない悲しい生き物だ。だが、距離を縮めるために努力することができる。それは決して悪いことじゃない。私もユイと出会い、リツコと出会い・・・傷つけながら、傷つきながらも前に進むことができた。これはヒトにしかできないことだ。私は、人として大切なものを忘れていたよ。あとは・・・心の中だけでいい」
そう語るゲンドウの横顔は憑き物がとれたように清々しかった。ゲンドウの中にあったユイへの確執が霧が晴れるように消えていく。
(さよなら。ユイ)
ゲンドウはリツコを抱き寄せると心の中でユイに別れを告げた。




「お姉ちゃん、お友達来てるよ」
ノゾミがヒカリを呼んだ。
「誰?」
「渚さんだよ。お姉ちゃんの彼氏」
「か、彼氏って・・・」
顔を赤く染めながら玄関へと向かう。カヲルは門の前で待っていた。
「やあヒカリさん、僕と少しだけ一緒に出掛けないかい?」
「渚くん?」
カヲルから初めての誘いだ。ヒカリは内心飛び上がるように嬉しかった。しかし、何かを察したからなのだろう。不安が過った。自分が回答を間違えたらもう二度と会えなくなるような気がした。
「うん、少しだけ時間をもらえない? 着替えてくるわ」
ヒカリは急いで着替えるとカヲルと一緒に外へ出た。
「渚くん、どこへいくの?」
「うん? 着いてからのお楽しみさ」
カヲルは嬉しそうに微笑む。ヒカリはよからぬことを頭の中で想像して顔を赤く染めた。カヲルが案内して連れてこられたのは無人の音楽スタジオだった。そこにはピアノが中央に置かれているだけだ。
「ここは?」
「見て分るとおり、音楽スタジオだよ。ヒカリさん、ピアノは弾ける?」
「弾けるわよ。少しだけなら・・・」
「じゃあ一緒に連弾しよう」
カヲルは蓋をあけると椅子を用意してヒカリを手招きする。ヒカリは照れながらカヲルの隣に座った。
「えっと・・・楽譜はないの?」
「いらないよ。お互いの出す音を聞いて合わせるんだ。きっと楽しいよ」
カヲルは鍵盤に指を置くとピアノを弾き始めた。その腕前はヒカリが思わず聞き入ってしまうほどうまかった。
「ヒカリさん、音出してよ」
「あ・・・ご、ごめんなさい!」
ヒカリはカヲルの奏でる曲を聞く。その音はどこか悲しくて儚げだ。
(どうして? どうして、そんなに悲しい音を出すの?)
ヒカリは心の中でカヲルに問いかける。カヲルは何も言わずに鍵盤で心を語る。ヒカリはカヲルを励ますように明るい音でピアノを弾き始めた。
初めはバラバラで聞くに堪えない曲だったが、弾いていくにつれて徐々にメロディーが交わり、いつしかそれは讃美歌のように美しいメロディーに変わっていった。
弾き終わり一息つく二人、カヲルとヒカリの額には汗がにじみ出ていた。
「こんなに弾いたのは久しぶりだわ」
パンパンになった腕をほぐしながらヒカリはカヲルに話す。
「音楽はいいねぇ。音楽はリリンが生んだ文化の極みだよ」
「渚くん?」
「言葉で伝えることができなくても、人は音楽を通して喜怒哀楽を共有することができる。何かを人に伝えることができる。これは素晴らしいことだよ」
ヒカリは黙ってカヲルの言葉に耳を傾けた。
「僕は生まれてからずっと、人というのがわからなかった。いつもどこかで戦争が起きて、傷つけあい憎しみ合う。どうして傷つけあうのか僕には理解できなかった。いっそひとつになってしまえば、こんなこと起こることないのにと思ったこともあった。でも、憎しみも悲しみもない世界は・・・喜びも嬉しさもない世界だと、やっと理解できるようになった。ヒカリさん、僕は君と出会えて本当に良かった。君は僕に色々なことを教えてくれた。本当にありがとう」
「なによそれ、さよならを言われている気分だわ」
「ああ、そう取られちゃったか・・・ごめん。そんなつもりはないよ。僕はこの世界でもっと生きていきたい。知りたいんだ。もっと色々なことを。そのときに、僕の隣に君がいえくれると・・・僕は嬉しい」
カヲルの突然の告白にヒカリは思わず顔を真っ赤に染め上げて俯いた。
「ダメ・・・かい?」
「私で・・・いいの?」
「ヒカリさんじゃなきゃ、ダメなんだ」
絡み合う視線。カヲルはヒカリを抱き寄せると優しく口づけをした。




「サクラ、ちょっと出かけてくるわ」
「兄ちゃんどこ行くの?」
「デートや」
「へえ、ほな忘れ物ないようにな~!」

「・・・・・」
「デート・・・兄ちゃん、まさかラ○プラスのことやないやろな?」


レイはトウジを電話で呼び出すと待ち合わせ場所で待っている。しばらくするとトウジがいつものようにジャージ姿で現れた。
「待たせたのう。なんの用や綾波」
「べつに、用ってほどじゃないわ。ただ会って話をしたかっただけだから」
「さよか・・・ほなファミレスでも行って飲みながら話でもしようや」
レイは頷くと近くにあるファミレスに入った。ドリンクバーでジュースをとってきて向かい合わせに座る二人。傍から見れば仲の良い友人。それほど不釣り合いな二人組だ。トウジが話しかける。
「そういえば、ワシら来週から第二東京市に行くことになったわ」
「でしょうね」
「やっぱりネルフ絡みか・・・なんや、でかい作戦でもしよるんか?」
「似たようなものね。詳しくは言えないけど」
何か大きな戦いがあることをトウジは感じた。
「サクラがさ、また綾波と一緒に買い物とか・・・遊園地とか。行きたいって言うとるんや」
「サクラちゃんが? そうね、私も行きたいわ」
レイは紅茶を一口飲む。
「トウジは・・・どうなの?」
恐る恐る尋ねるレイ、緊張からなのか声が震えていた。
レイはずっとトウジにアプローチを続けてきた。その想いにトウジはまだ答えを出していない。
いや、答えは既に出ている。しかし、親友であるケンスケを止められず、シンジ達を傷つけてしまった自分がレイを守れるのかという疑問がトウジを苦しめた。大人であってもそれは難しい。中学生ならできなくて当たり前だ。しかし、トウジは真剣だからこそ悩んでいたのだ。
「ワシは・・・」
「ごめんなさい。困らせる気はなかったの。忘れて」
レイの顔に影がさす。トウジは意を決した。
「いや、綾波、最後まで言わせてくれ。ワシも綾波と一緒に行きたい。綾波ともっと色々な所遊びに行きたいんや」
「トウジ・・・」
「ワシはまだ、前に進むことができへんバカな男や。せやかて綾波みたいな別嬪さんがワシみたいな男を好き言うてくれる心にワシは応えたいと思う。綾波。いや、レイ。全部終わったら戻ってこいや。ワシ、待っとるわ。お前のこと・・・」
最後の言葉を言う前にレイは涙で前が見えなかった。嫌な涙じゃない。嬉しくて嬉しくて仕方のない涙だ。
「嬉しい時にも・・・涙って出るのね・・・」
「嬉しい時は・・・笑うんや」
レイはトウジに最高の笑顔を送った。


司令室ではレイの会話を聞いていたリツコが涙を流している。
「レイ、本当に! 本当に成長したのね! 嬉しいわ!」
我が子の成長を喜ぶようにリツコは嬉しく思った。ゲンドウは少しだけ不愉快そうだ。それはまるで愛娘を嫁に出す父親のようだ。
「ゲンドウさん、レイは私たちの娘じゃないですか。気持ちはわかりますけど、笑って見届けましょうよ」
ゲンドウは席を立った。
「リツコ、あとは頼む」
「どこへ行くの? ゲンドウさん」

「ちょっくらサードインパクト起こしてくるわwww」
「らめえええええええ!!!!!」



シンジとアスカは第三新東京市が一望できる高台へ来て自分たちが住む街を見下ろした。そこは前の世界でミサトがシンジに連れてきた場所だ。今度はミサトではなくミライからその場所を教わった。その時に見た茜色に染まる街が綺麗だったから、アスカを連れて行きたいとシンジは常々思っていた。
「いい景色ね。第三新東京市が一望できるなんて・・・できればここで告白されたかったわ」
「ご、ごめん・・・」
「ふふん♪別に気にしてないわよ。アンタがアタシのこと好きになってくれたことに感謝してるんだから!」
二人は街を見下ろす。
「ここから見える夕焼けがすごく綺麗だったんだ。アスカに見せてあげたいな」
「いつでもいいわ。連れてきてよね」
シンジは頷くと持ってきた大きなケースの蓋を開ける。中にはチェロが入っていた。
「チェロ? アンタ、楽器弾くのね。知らなかったわ」
「うん、部屋の奥に置いてあったし、電子式だから音が出ないんだ。だから深夜によく弾いていたんだ」
「バカシンジのくせにアタシに隠し事するなんて生意気! なんで教えてくれなかったの!」
「だ、だって! 恥ずかしいじゃないか! でも・・・今度はアスカに聞いてほしいって思って・・・」
「う~~~~、まっいいわ。ところでアンタのチェロ誰か聞かせたことある?」
「姉さんくらいかな? このことはレイも知らないと思う」
「アンタさ、レイは妹なんだからそれくらい教えてあげなさいよ・・・アタシが一番じゃないってところが少し癪にさわるけど・・・それじゃ聞かせて」
アスカはシンジの対面に座ると目を閉じた。シンジは大きく深呼吸をひとつすると弓を構えた。クリアでかつ深い音を出すシンジのチェロ、その音はドイツで聞き慣れたチェロの音とは全く次元の違う音に聞こえた。シンジはアスカのためだけにその音色を奏でる。
(優しくて、それでいて深みがあって・・・本当、いい音・・・)
音を通してシンジはアスカを抱きしめ、アスカもシンジの音色に抱かれる。言葉はいらない。二人だけの演奏会はいつまでも続いた。


ミライは発令所で第三新東京市の立体グラフィックを見ている。敵はどれくらいの規模なのか? どこから来るのか? どうやって迎え撃つのか? ミライの頭の中には何通りものシミレーションが繰り返し、繰り返し行われている。
前の世界では味方はひとりもいなかった。今は違う。ネルフは一枚岩となっているし、日本政府をはじめ戦自の協力もある。協力をこぎつけるのにあたり、リツコが日本政府にMAGIを明け渡したのには流石のミライも驚いた。今国連ではネルフ本部についての非難の声が上がっていることだろう。しかしMAGIを明け渡すことによって日本政府、強いては国連に反乱の意志がないことが明確に示した。
敵は地下組織のステファヌス。彼らに協力しているのはドイツネルフと中国。きっと中国の軍が日本に攻め込んでくるだろう。自国の不満を逸らすためにそういう反日教育をずっとしてきたし、そうでもしないと国が纏まらないほど疲弊している。
そして量産型エヴァンゲリオン。S2機関を内蔵された処刑人。人の敵は人。人は人以外になれない。これは真理であるとミライは思った。モニターに映し出された第三新東京市の空はどんよりとした曇り空だった。



    嵐
嵐が来る
復讐の衣を身に纏い 狂気を懐に忍ばせし者達が
正義の名の元にその命を華と散らす殉教者
福音という鐘が鳴るその先にあるものは・・・
神の未来か 悪魔の過去か
もうすぐ嵐が来る





「報告します! 石垣島方面より中国籍と思われる輸送機、及び護衛機が多数接近中! 我が国の領空に侵入します!」
「そうか、その編隊にエヴァンゲリオンは?」
「はっ! 衛星で4体確認されております!」
「ネルフの情報通りだな。目標がネルフ本部とはいえ我が国の領土内であることに変わりはない。空、海軍にスクランブル要請! 中国空軍を迎撃せよ! エヴァンゲリオンは相手にするな! このことをネルフ本部に知らせろ」
「はっ!」

その一報は速やかにゲンドウの元へと報告された。
「はい、わかりました。・・・いえ、感謝致します」
ゲンドウは電話をおいてミライ、冬月、加持に向き合う。
「奴らが遂に動いたぞ。戦自空軍が迎撃にあたって数を少しでも減らすそうだ。総員第一種戦闘配置。奴らを殲滅しろ」
「了解!」
ネルフ本部に警報が鳴り響く。保安部、戦自から派遣された特殊部隊の顔つきが変わる。そしてチルドレン達もエントリープラグへと乗り込んでいった。

「はい、はい・・・そうですか、被害は? はい、はい・・・わかりました」
ゲンドウは防衛省からかかってきた電話を置くと全館アナウンスのマイクをとった。
「聞いてくれ。敵はまもなく最終防衛ラインを通過する。輸送機、及び護衛機の半数は空軍、海軍の奮闘により撃墜することができた。戦略自衛隊諸君に深く感謝する。残り敵は我々が一丸となって排除しよう。チルドレンは予定通りエヴァ4機を迎撃せよ」
アナウンスのマイクを置くと冬月が話しかけてきた。
「空軍の被害はどうなのだ?」
「出撃した10%の損失だそうです。死者もでました。彼らにはネルフからも慰謝料を渡します」
「辛い役目だな」
「・・・これが上のやることですから」
ゲンドウは両手を顔の前で組むと亡くなった顔の知らない戦友に想いをはせた。そのとき発令所より緊急コールが鳴り響く。
「司令! ステファヌスより通信が入ってます!」
「つなげろ」
『ネルフ本部総員に告ぐ。我々はステファヌス。こちらの要求を伝える。武装解除した後碇ゲンドウ、冬月コウゾウ、式波ミライ、並びにエヴァンゲリオンパイロット4名をこちらに引き渡せ。この要求が受け入れられない場合はあなた達に無意味な死を与えます』
聞き覚えのある女の声。リツコはすぐにわかった。
「ミサト!?ミサトなの!?」
『あら、リツコじゃない。お久しぶりね。まだそんなところにいたの?』
「あなた! なんでそんな奴らと!」
『決まっているじゃない。世界を正すためよ! 私を捨てたネルフを恨んだわ。でも、どうすることもできなかった。そんなときよ、彼らが私に声をかけてきたのは』
「あなた・・・まだわからないの!? 自分の犯した愚かさが!」
『その声は淫売女の式波ミライさんね? 碇ゲンドウを色仕掛けで落として手に入れた地位はどうかしら? それに誰が愚かだって? 愚かなのは私を捨てたそっちでしょ! どうする? あなたたちが素直に投降してくれれば他のスタッフに手を出さないわ。断れば皆殺しよ』
「ちょっとミサト! アンタなに言っているのよ! どうせアタシ達も殺すつもりでしょ!」
『その声はアスカね。久しぶりね。そうね、アスカは生かしてあげるわよ。あなたのことを愛している白馬の王子様がいるから』
「シンジは・・・どうするつもりなの?」
『シンジ? ああ、碇シンジね。もちろん殺すわ。彼を殺したがっている人もいるから』
「シンジに手をかけようってんなら、ミサト、アンタはアタシの敵よ! 覚悟しなさい!」
『可哀想な子、あんな馬鹿なガキに騙されるなんて』
「葛城さん、あなたがそこにいるのは・・・復讐かしら? 私への」
『そうよ! あんたさえいなければ私はネルフの作戦本部長として使徒を倒すことができた! あんたがそれを奪ったのよ! あんたさえ! アンタさえいなければああああああ!!!』
「この期に及んでまだ自分のためにしか戦えないなんて、だからアンタは無能なのよ!」
『いいわ、殺してあげる! 皆殺しにしてあげるわ!』
それだけ言うと通信は一方的に切れた。ミライはひとつため息をつくとシンジ達に命令を出した。
「聞いての通り敵が来るわ。空挺師団と戦闘車両を投下してくると思われます。輸送機、及び降下された戦闘車両を可能な限り撃ち落として。人はこちらで処理するわ。エヴァが来たら最優先で彼らを倒して」
『『『『はい!』』』』

輸送機から次々と降下される戦闘車両、そしてそれを守るようにエヴァに攻撃をしかける戦闘機、エヴァの前に通常兵器などなんの意味もなく鴨撃ちのようにそれらのものは火を噴き、鉄くずへと変わっていく。そしてその間を縫うように空挺師団が次々とパラシュートで降下していく。
「流石の僕でも生身の人間を叩く気にはなれないねぇ」
パレットライフルで戦闘機を撃ち落としながらカヲルは苦笑いを浮かべた。
「うるっさい! こっちはいい加減にしてほしいわよ! 趣味じゃないわ!」
アスカはマステマのガトリング砲を四方八方に撃ち続けながらぼやいた。シンジはやり切れないようにため息をついた。
「なんで・・・攻撃をやめないんだろう」
「多分、葛城元作戦本部長の命令だと思う」
「こんなのってないよ! 僕らだって好きでこんなことしたくないよ!」
「それはみんな同じだよシンジ君」
その時、上空から4つの影が映った。それは優雅に空を飛びまわりやがて彼らに襲い掛かった。まるでハヤブサが急降下で狩りをするように翼をつけた量産型エヴァがシンジ達に体当たりをするように襲い掛かり、ニアミスでその横を通りぬけていく。
「ちょっ! なんなの!? あいつら・・・」
「アスカ! 危ない!」
アスカは殺気を感じた。体をひねるとマステマで防御態勢を取る。一体のエヴァが弐号機に飛び蹴りをしたが、それはマステマによって防がれたが、あまりの衝撃にマステマは折れ曲がった。
『にゃははははっ失敗失敗。なかなかネルフのお姫様もやるにゃ』
弐号機に攻撃を仕掛けたのは盗まれたエヴァ参号機だった。参号機から陽気な声が聞こえる。
「ネルフのお姫様って、アタシのことかしら?」
『ま、そういうことだね。その弐号機は本当なら私が乗る予定だったんだけどね~お姫様が予想していたよりやるから私の居場所がなくなっちゃったのさ。どうしてくれるの?』
「はあ? 弐号機はアタシのものよ。それに、アンタの話が本当だとしてもそれはアンタがアタシより下だってだけじゃないの」
『にゃははははは! 面白い! 面白いにゃ~殺すなって命令されているから命だけは助けてあげるけど、少し痛めつけてもらうよ!』
「はっ! 舐めんじゃないわよ!」

「アスカ!」
シンジが駆け寄ろうとするとそれを遮るように量産機が舞い降りた。
『碇、貴様の相手はこの俺様だ』
「その声は・・・ケンスケ、ケンスケなのかい?」
『俺様のアスカを奪ったお前が友達ヅラするな!』
「俺のアスカだって・・・?」
ケンスケの言葉にシンジは静かな怒りを燃やす。
『そうさ、あの女は俺様の物だ。だが、お前が奪ったんだ。その罪は万死に値する。お前を殺せばアスカは俺様の物になるんだ』
「ケンスケ、それ以上汚い口を開くな。いくら僕でも手加減できなくなるよ」
『うるさい! アスカは! アスカは俺のモノだあああああああああ!』
「アスカをモノ扱いするなああああああ!」

「兄さん! アスカ!」
「シンジ君! 惣流さん!」
二人に駆け寄ろうとするレイとカヲル。その前に3機のエヴァが立ちふさがる。
「僕らの相手は君たちがするってことなのかな?」
「そういうことね、カヲル君。やるわよ」
「ああ、流石の僕も怒りが込み上げてきた。好意に値しないよ!」

S2機関搭載のエヴァ5機VSネルフが誇る4人のチルドレンの闘いが幕をあける。同時に空挺師団とネルフ保安部、戦自特殊部隊との戦いも始まった。

大声をあげながら続々とネルフ本部への進入口に入っていく空挺師団。彼らを塞ぐものは何もない。本来敵の侵入を防ぐための扉すら降りておらず誰もいない通路をけたたましく足音を立てて進んでいく。ミサトは地上へ降りると少し離れた場所で陣取り作戦指揮を取る。
「奥へ進みなさい! 発見次第即射殺よ!」
どす黒い復讐の炎を燃やす彼女は奥へ奥へと部隊を動かす。侵攻している部隊の前に初めてシャッターが下りていた。すぐにプラスチック爆弾を壁に取り付けると起爆して壁を取り壊す。壊れた壁の先にあったのは赤い壁だった。すぐにプラスチック爆弾を取り付けると起爆させるが傷一つつけることができない。その赤い壁は硬化ベークライトでできた壁だ。その壁に次々と爆弾をつけて起爆させる。しかし少しだけ削れただけでほとんど壊れていない。しかたなく別のルートから侵入しようと引き返そうとしたその時、彼らの前にシャッターがいくつも閉まりはじめた。慌てて引き返そうにもシャッターは固く閉ざされ閉じ込められる。そこへ液体の硬化ベークライトが流し込まれた。ネルフ本部の奥へと続く無機質な場所で何百人という命が消えて行った。ミライはその様子を監視カメラで確認をする。オペレーター達はモニター越しに映った映像から目を背けている。ミライはマイクを取った。
「こちらネルフ本部、施設内に侵入した先行部隊は殲滅を確認したわ。あとはそちらでお願いします。対人戦闘の指揮はそちらに委ねます」
『了解。掃除を始める』
ミライは通信を切る。ミライが話をしていたのは戦自の特殊部隊のリーダーだ。彼の号令の元で保安部と戦自の隊員はライオンをも狩るハイエナと化す。ハイエナ達は静かに動き出した。ネルフ本部に侵入した部隊はすべて彼らの前に散るだろう。前の世界ではネルフ本部を少人数で制圧寸前まで追い込んだ彼らなのだ。送り込まれてきた空挺部隊はテロリストとして処理され、仮に運良く生き残ったとしてもその身柄はハーグ条約も適用されず死んだほうがマシと言えるようなありとあらゆる拷問が彼らの身に降りかかり根こそぎ奪われ壊され、やがて殺されるだろう。彼らの手札は死しか残っていない。それに気が付くのは死ぬ時しかないのだから。

ネルフ本部内は文字通り地獄と化している。前の世界で投降すら許されず殺されていったネルフ職員の姿はそのまま空挺部隊に変わっている。炎に包まれ悲鳴をあげながら絶命する者、戦意を喪失し銃を置きながらも頭を吹き飛ばされる者。みな一様に等しく死が訪れる。
そして10分を過ぎた頃に一本の通信が入る。
『こちらハイエナ2よりネルフへ。内部の掃除は完了した。これより追撃を開始する』


チルドレン達もエヴァ量産機、参号機相手に奮闘している。S2機関を装備してるためいくらダメージを与えた所ですぐに回復してしまう。動かしているのはダミープラグではなく生身の人間である。シンクロしているのだから痛みを感じているはずのだが、その様子がまるでない。痛みをまるで無視するかのように攻撃を仕掛けてくる。その様子にミライはひとつの結論に辿りついた。
「みんな聞いて、多分パイロット達は麻薬で痛感を麻痺させられている可能性が高いわ。だから恐怖も感じないし躊躇いもない。でも、あなた達なら大丈夫よ。教えたはずよATフィールドの意味。エヴァは心で動く。心を無くした彼らにあなた達が適うはずもないわ」
チルドレン達は出撃直前にミライから語られたことを思い出す。


『いい? ATフィールドは言わば誰もが感じる絶対的な感情、恐怖が源になっているの。死にたくない。失いたくない。そういう想いがATフィールドとなって現れるわ。その強さは想いの強さに比例する。S2機関がなくても今のあなた達ならできるはずよ。ATフィールドの武器化。大切な人、失いたくない人を心の中で強く描いて! そしてイメージを膨らませなさい。あなた達が持つ心の武器を。エヴァは応えてくれるわ』

「僕は・・・アスカを失いたくない! ずっと一緒にいたいんだ!」

「シンジが好き! 大好き! 絶対に失いたくないの!」

「トウジ! 私は、あなたと一緒に生きていきたい!」

「ヒカリさん、必ず生きて帰って君に会いに行くよ!」


人を思いやる無限の心。失うことへの絶対的な恐怖。その心が奇跡を生んだ。
右腕にATフィールドの光が集まりやがて形を成していく。
「これが・・・」
「心の武器・・・」
「すごい・・・力が漲るわ・・・」
「うん・・・僕にピッタリな武器だ」
彼らが成した心の武器。
カヲルはより大きく、三又に変化した「真・ロンギヌスの槍」
レイは真っ白な二又の槍ロンギヌスの対の槍「カシウスの槍」
アスカは黄金に輝く智天使ケルビムが使いし「シェキナーの弓」
シンジの手には白銀に輝くタケミカヅチの神剣「布都御霊フツノミタマ)>

彼らの心が生み出した武器は見ているものを魅了し、今が激戦の最中であることを忘れてしまうほど美しく神々しいものだ。
「勝ったわ」
ミライはそれだけ呟くと発令所から出て行った。ミライはドアが閉まると右手をかざしてディラックの海を作り中へと消えて行った。

『お姫様~~~そんなハッタリかましたも私には通じないよ!』
「ハッタリかどうか試してあげるわ!」
アスカは弓を引くと狙いをつけて矢を放つ。
『えっ?』
その矢は文字通り光の速さで参号機を貫いた。
『痛っ! この程度でええ・・・え? 痛い。いたい。イタイ・・・なんで?』
『きゃあああああああ! 痛い! 痛いよ! いたあああああああい!』
参号機は貫いた部分を両手で押さえて暴れた。両手からはLCLが大量に噴出している。アスカは続けて弓を放つ。弓が当たった場所から参号機はLCLと変わっていき、いつの間にか参号機の姿はLCLに変わり、エントリープラグだけが残された。
その光景は他の量産機も同様だった。カヲルとレイはそれぞれの武器を突き、薙ぎ払う。攻撃が当たった場所からLCLに変わり、そして再生することはなかった。
シンジはケンスケの乗る量産型の腕を切り落とす。
『ぎゃあああああああ!!!いてええ! いてええよ!』
そこにはシンジに大口を叩いていた姿はない。痛みに怯え、恐怖に飲み込まれた哀れな姿だ。シンジは武器を構える。
「これで終わりだ!」
シンジの一閃が当たる瞬間
『死んでたまるかあああ!』
エントリープラグが放物線を描いて遠くへと消えて行った。シンジに斬られた量産型はその姿をLCLへと変えて消えて行った。

「終わった・・・の?」
恐る恐る問いかけるアスカ。レイ、カヲル、シンジの3人は大きく頷いた。
「勝った。勝ったよ! シンジーーーーーーーー!!」
アスカは弐号機を初号機の隣へと移動させるとホールドしてエヴァを降りた。シンジもホールドしてアスカに駆け寄ると力いっぱいアスカを抱きしめる。
レイとカヲルは少し離れた場所でその様子を見ていた。



「はあ・・・はあ・・・ぐふっ・・・」
ミサトは流れる血を抑えながら木に背中を預けた。どうしてこうなったのだろう? ふと考える。ネルフに入って作戦部長として使徒を殲滅して・・・そして考えるのを辞める。後は後悔しかないのだ。もし、あの時素直にミライの下でやっていればこんな結果にはならなかっただろう。気が付いた時にはすべてが遅かった。足音が聞こえる。どうやら見つかったらしい。ミサトはゆっくりと目を閉じて自分の運命を受け入れた。
「葛城さん」
ミサトがゆっくりと目を開けると目の前にミライが立っている。
(あんた、何しに来たのよ)
そう言いたがったが、言う力もない。ミライはゆっくりミサトの傷口に触れると手をずぶずぶと体の中へ入れた。目の前の光景に目を見張るミサト。ミライがミサトの体から手を抜くと傷口は塞がっており、さっきまでの弱々しい体が嘘のように回復していた。
「あなた・・・何をしたの?」
ミライは何も答えない。代わりに赤い珠を出してミサトの頭の中へと入れた。
「きゃあああああああああああ!!!!」
ミサトが見た未来。それは自分が子供たちの心の中へと入りこみながらも最終的には見捨てた自分だった。後悔しもう一度手を伸ばしたときは少年も少女も壊れていた。大人たちが率先して彼らの心を踏みにじった現実。そしてLCLの海の中で永遠に亡くなった恋人を探し続ける自分。どこまでも続く報われない現実だった。
「これは・・・・そんな!」
「今葛城さんが見た光景は、起こるはずだった未来のこの世界。同じ過ちを繰り返さないために私は過去に戻ってきた。私はあなたに変わって欲しかった。でも・・・」
「いや! 嫌よ! 認めない! こんなの! こんなのって! ・・・いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
気が触れたように頭を振り乱すミサト。ミライはATフィールドを展開するとミサトの頭に刺した。
「う・・あ・・・」
ATフィールドが抜かれるとミサトは糸の切れたマリオネットのように崩れる。
「葛城さん、あなたの記憶を消させてもらったわ。セカンドインパクトが起こる前までね」
ミライはミサトを見下ろす。ミサトの顔はあの復讐にかられた表情が消え、穏やかな寝顔になっていた。
「あなたは・・・死ぬ間際にパパを助けてくれた。ママを助けるためにパパをもう一度立ち上がらせてくれた。あなたがいたから私が生まれた。あなたは私のことを憎んでいたけど、私はあなたのこと嫌いじゃなかったわ。だから、やり直して、今度こそ幸せになってね」
ミライは眠っているミサトに呟くと加持にミサト発見の連絡を入れた。
そしてディラックの海を作り中へと消えて行った。


「はあっはあっはあっ」
ケンスケはエントリープラグから飛び出すと一心不乱に逃げ出した。
「認めねえ! こんなの認めねえ! やってやる! もう一度やってやるんだ!」
「三度目は・・・ないわ」
ケンスケがビクッと体を震わせて恐る恐る振り返るとミライがいた。
「ひいいいぃいぃぃ!!!」
腰が抜けて足をバタつかせながら逃げようとするケンスケ、ミライはゆっくりと近づいて行った。
「あなたには失望したわ。せっかく拾った命をまたドブに捨てるなんて・・・」
「ごべんなざい! ごべんなさい! ゆるひて!」
命乞いをするケンスケ、ミライは彼の言葉を無視して彼の目の前に手をかざす。
「あなたには永遠に続く地獄を見せてあげる」
その言葉を最後にケンスケは意識を失った。

「ん・・・」
ケンスケが目を覚ますと真っ暗闇の中、椅子に座っている。手足は縛られたように動かない。彼の前に光が降りてその中に憧れの少女の姿があった。
「アスカ!」
『・・・なに馴れ馴れしく呼んでいるのよ』
「えっ・・・なにを言っているんだよ・・・俺は・・・」
『もう相手にされてもいないって気づいたほうがいいよ』
「その声は碇!」
ケンスケが顔を向けるとそこにはシンジが立っていた。シンジが姿を見せるとアスカはシンジに駆け寄りその腕に抱かれた。
「おい! 碇! その手を離しやがれ!」
ケンスケが吠える。しかし二人はまるで存在しないようにケンスケを無視して大人のキスを交わし始めた。
「やめろ! やめろって言っているだろ!」
『全くうるさい奴やで・・・』
『醜いわ』
次に目を向けるとそこにはトウジとその腕を絡めるレイの姿が・・・そして次々と光が照らされ見知った顔が現れる。それはケンスケが写真を撮ってきた女子がそれぞれに男子の腕にその腕を絡めていた。
『不潔』
『好意に値しないよ』
『マジキモいわ』
『本当、気持ち悪い』
口を開くとケンスケに対する嫌悪感が飛び出す。
「もうやめてくれ! 俺が! 俺が何したっていうんだよ!」
『さっきからうるさいあいつって・・・誰? シンジ~』
『さあ? 誰だろうね?』
ケンスケは気が付いた。自分が目も合わせられず名前すら呼ばれていないことを、みなが口を揃えて知らないと言う。自分に突き付けられた無関心という名の地獄。
「やめろ! もうやめてくれ! 誰か! 俺を呼んでくれよ! 俺の名前を呼んでくれよ! 罵声でもなんでもいいから!」
手足が動かず耳を塞ぐことも逃げることすらできない。ただ、突き付けられる自分に向けられることのない音も感情もない世界。ケンスケを囲む牢獄は鈍い音を立ててその扉を閉めた。
ミライが見下ろすその先にはLCLの液体とケンスケが着ていた服が落ちていた。ケンスケはミライに強制的にLCLに変えられその地獄を味わっている。自分の犯した罪を償うことも振り返ることもせずに欲望のままに突き進んだが故の罰。それは永遠に続く。
ミライは興味がなくなるように背を向けるともう一度ディラックの海を作り中へと消えて行った。


次にミライはレイとカヲルがいる場所へと姿を現す。
「姉さん!」
「ミライさん!」
二人が駆け寄る。ミライは柔らかく笑った。
「ありがとう。あなた達のおかげでこの悲しい戦いに終止符が打たれたわ。問題はまだまだあるけど、それはこれからの宿題よ」
「でも、僕は最後の使者なんだ・・・僕は人間としてみんなと生きていきたい・・・」
悲しそうに呟くカヲル。ミライはカヲルに微笑む。
「いいえ、あなたはもう使徒じゃない。心を持った立派な人間よ。もうあなた達もこの世界にも使徒の力は必要ないわ」
ミライが二人に手をかざすとレイとカヲルの体の中から赤い珠が出てきてミライの手のひらの上に集まった。するとどうだろう。二人の血色が良くなりレイは茶髪の黒目にカヲルは黒髪の茶色が混じった目に変わった。
「これは・・・」
「これはアダムとリリスの力よ。私はその両方の力を使えることができる」
「それを、どうするの? 姉さん」
「こうするのよ!」
ミライが意識を集中させるとアダムとリリスの力が混じりあい黄金に輝きはじめる。そして黄金の珠は徐々に大きくなり、その珠をミライは空へと投げた。珠は高く高く舞い上がり、成層圏に届いた所ではじけ飛び、黄金の粒が地球全体を包む。地球全体の、世界中の大気が震える。音を立てて震える。そしてその震えは徐々に徐々に小さくなっていった。
「何をしたんですか?」
「アダムとリリスの力を最大限活用して、地球の地軸を戻したの。さっきの震えはその証拠よ。もうすぐ、世界中の季節が戻るわ」
ミライが二人に微笑むと遠くから彼女の名を呼ぶ声がする。
「姉さ~~~~ん!」
「ミライ~~~~!」
シンジとアスカだ。レイとカヲルの所へ駆け寄ろうとしたところ、ミライの姿が見えたので駆け足でこちらに向かってきている。
「シンジ~~~~!アスカ~~~~~!」
ミライも彼らに駆け寄ろうとする。


タンッ!



その場に似つかわしくない乾いた音が響く。その瞬間誰もこのとき起きたことを正確に把握できた者はいない。
「えっ・・・?」
ミライが胸に手を置くとぬるりとした感触がする。手を見ると真っ赤に染まっていた。
「あ、ああ、あ・・・」
「姉さん!」
「ミライ!」
倒れ込むミライを受け止める二人、その後方にギリースーツでカモフラージュした兵士が銃口を向けていた。
「危ない!」
カヲルとレイがミライの盾になろうと射線上に覆いかぶさる。兵士が引き金をもう一度指にかけたとき、複数の発砲音が響き、兵士はロボットダンスのようにカクカクと動くと前のめりに倒れた。辺りから戦自の兵士が音もなく現れると倒れている兵士の頭を吹き飛ばした。
「まだどこかに隠れているかもしれん! 徹底的にクリアリングするぞ!」
戦自の兵士は大声で辺りにいる兵士に指示を出すと再び音もなく消えて行った。
「ミライ! ミライ!」
「姉さん! しっかりして! 姉さん!」
カヲルは救援を呼ぼうとエヴァにもう一度乗り込む。レイはその状況を眺めることしかできない。ミライはアスカとシンジの腕に抱かれている。
「う・・・ぐっ・・・」
「ミライ! しゃべらないで! すぐに救援が!」
「ぱぱ・・・まま・・・」
「姉さん?」
ミライはシンジとアスカの頬に手を置くと我が子をあやすように優しく撫でた。
「ぱぱ、まま・・・わたし、あいにいく、からね・・・がんばるから・・・だから・・・ぱぱもままも・・・なかよく、して、ね?」
「姉さん・・・何を言って・・・」
「兄さん、アスカ、姉さんを名前で呼んであげて、姉さんの希望を叶えてあげて」
「レイ・・・」
レイは泣いている。声をあげるのを必死に我慢して泣いている。
「ミライ、大丈夫だよ。パパもママも、ずっと仲良しだから」
「ミライ、安心して、またママがあなたを産んであげるから・・・」
「うん・・・」
ミライは幼い子供が親に向けて見せる無垢な笑顔を浮かべるとゆっくりと瞼を閉じて、力が抜けていき・・・・

パシャッ


ミライの体はLCLに変わり着ていた服だけが残された。
「シンジ君! 惣流さん! 今救援を・・・・ミライさんは?」
カヲルが再び駆け付けたときには既にミライの姿はなく、彼女の着ていた服を抱きしめて泣いているシンジとアスカ、そしてレイが立ち尽くしていた。彼らの足元には大量のLCLが零れていた。
「うああああああああ! ミライィィィイイイイ!」
「姉さん・・・・姉さん!」
「こんなの・・・こんなのって・・・姉さん・・・・ミライ姉さん・・・・」

「ミライィィィィィィィィイィ!!!!!」







*大躍進政策: 全国民を巨大な組織に分けて、与えられた仕事を集団でこなし生産性をあげる政策。
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