第十一話 I need・・・

あぐおさん:作



ゼリエルとアルミエルと対峙する4体のエヴァ。ミライはじっと使徒を睨み付ける。ゲンドウと冬月も発令所へと姿を見せた。
「駒ヶ岳に向かう使徒を目標1、大涌谷にいる使徒を目標2とします。使徒の解析は?」
ミライの問いかけに青葉が答える。
「はい、戦自が目標1,2に攻撃を仕掛けたようです。目標1にミサイル攻撃をしましたが、ATフィールドによって阻まれています。逆に攻撃を仕掛けた戦闘機がビームのような攻撃で消滅しました。目標2にミサイルが命中しましたが変化はありません」
「目標1の遠距離攻撃は危険ね。目標2は変化なしか」
「MAGIも目標2に関しては解答を保留しております」
「司令」
ゲンドウはミライを見る。ミライは頷いた。
「式波総指揮官にまかせる」
ミライは決断する。
「初号機、零号機は大涌谷の敵を迎撃して! シンジがオフェンス、レイはバックアップ! 弐号機と四号機は駒ヶ岳の敵を! 四号機がオフェンス、弐号機がバックアップよ。必要とあれば装備されたN2爆雷を使ってもいいわよ」

『『『『了解』』』』

エヴァ4機はそれぞれの配置につく。
『レイ、まずは僕が攻撃を仕掛ける。レイはポジトロンライフルで援護を!』
『わかったわ兄さん』
シンジが乗る初号機がタケミカヅチを手にアルミエルへと斬りかかろうとしたときだった。
『うっ!? うわああああああああ!!!』
『どうしたの!? 兄さん!』
『シンジ!?』
初号機は手に持った武器を落とし、頭を抱えて蹲った。
「どうしたの! シンジ!」
「なにがおきているの!?」
突然の出来事に発令所は騒然となった。マヤが叫ぶ。
「大変です! 心理グラフが乱れています! 精神汚染です!」
「そんな! どこから!?」
「赤外線に切り替えて!」
「はい!」
赤外線カメラから映る初号機の姿に切り替わると初号機に向けてまっすぐ光が伸びていた。
「これは・・・まさか! 光の筋を追いかけて!」
カメラはゆっくりと上空へと向かう。そしてそれは大気圏まで伸びていた。
「大気圏外にパターン青! 使徒です!」
「そんな! こんなことって!」
アラエルはいたのだ。ただ、その体は人の目に見えない光でできていた。
『兄さん!』
零号機が初号機に近づくと、それを阻止するかの如くアルミエルが前に立ちはだかった。
『邪魔しないで!』
デュアルソー振り下ろす。しかし、その攻撃は弾かれてしまった。
「デュアルソー効いていません!」
アルミエルは零号機に襲い掛かる。レイはその攻撃を紙一重で避けた。アルミエルの攻撃は続いている。蛇のように不規則な動きはレイを困惑させた。そしてついに零号機の腹部にアルミエルが突き刺さる。
「第2目標零号機と物理的接触!大変です!零号機を浸食しています!」
「そんな・・・」
リツコは肩を震わせた。


『シンジ! レイ!』
アスカの悲痛な叫びが木霊する。
『惣流さん』
『なによ! シンジ達を助けないと!』
『ここを離れちゃいけないよ。ミライさんがきっと何か手を打ってくれるはず。信じよう』
『でも!』
『・・・来るよ』
四号機はグングリルを構えるとゼリエルに向けて一突き。その攻撃はATフィールドを破ることもできなかった。代わりにゼリエルの鋭い攻撃が四号機を襲う。ゼリエルの攻撃を受けたグングリルは無残に破壊されてしまった。

(そんな! いくら劣化しているとはいえロンギヌスの槍のコピーを使っているのよ!? 前の世界よりATフィールドが強い!)

(ロンギヌスの槍のコピーを使っているけど、その威力はオリジナルに遠く及ばないようだね。それにしてもATフィールドすら貫けないなんて・・・最強の拒絶タイプは伊達じゃないね)


『痛い!』
『いたい!』
『イタイ!』
悲痛なシンジの叫び声がする。シンジの心を無理矢理覗きこまれ剥がされていく。心が悲鳴をあげている。止めたかった。しかし、他の3機は使徒に阻まれて助けに行くことができない。その悲鳴だけを聞くことしかできない。
「シンジ! しっかりして! シンジ!」
ゲンドウが立ち上がる。
「式波総指揮官。槍の使用を許可する」
「司令!」
「槍を使うときは今だ。弐号機パイロット聞こえるか?」
『はい!』
「弐号機は戦線を離脱。セントラルドグマに降りて槍を回収しろ」
『槍・・・ですか?』
「そうだ、神殺しの槍“ロンギヌスの槍”だ。それを使って使徒を倒せ」
『はい!』
弐号機はマステマを投げ捨てるとセントラルドグマへと向かった。ワイヤーに乗って地下へと深く降りていく。地下へ降りるとそこはLCLの湖が広がり、その向こう側には白い巨人の胸に深々と赤い槍が刺さっていた。
「これが・・・神殺しの槍・・・」
ゆっくりと槍を抜く。槍からはとてつもないほどのパワーが感じ取れた。聞きたいことは山ほどある。この槍のことや目の前にいる白い巨人のこと。でも、そんなことは今はいい。これを持って使徒を倒してシンジを助けなければ。アスカはワイヤーに捕まると地上へと戻っていった。
『シンジ! 今助けるからね!』
弐号機がやり投げのように構える。ミライから通信が入った。
「待ってアスカ!まだ投げないで! 先にレイを助けて!」
『ミライ!? そんな! シンジが!』
「大丈夫よ! あの子は私のシゴキに耐え抜いた自慢の教え子よ! 心も強いわ! そうでしょ!? シンジ!」
『うわあ・・・・ぐぅ・・・う、うん・・・』
苦しそうに呻きながらも必死で耐えるシンジ。この状況を打開するにはもう少し耐えてもらう他ない。
「アスカ! まずは零号機を浸食している使徒を倒して! 次に五号機が相手をしている奴を! 最後にシンジよ!」
『そんな! それじゃシンジが!』
「迷ってないでさっさとやりなさい! 迷えば迷うほどシンジが苦しむ時間が長くなるわ!」
『・・・・わかったわ』
弐号機は槍を持ち直すと零号機の元へと駆け出した。ミライは焦りを感じている。心を無理矢理覗かれる苦痛は何物にも耐えがたい苦痛だ。ミライはそれでもシンジの精神的強さに賭けた。それは自分がシンジを育て上げたからだ。

その頃、レイもまた心の痛みに堪えていた。心を無理矢理浸食される苦痛。使徒はレイの心の中に入ってきた。

私とひとつにならない?

無表情の昔の自分が今の自分に問いかけてくる。

あなたに分けてあげる。私の気持ち。分けてあげる

レイの心を浸食する痛み。レイはそれを何か知っている。

痛いでしょう? 心が痛いでしょう?

「痛い? 違うわ。これは寂しいの。そう、あなた寂しいのね」

サビシイ? わからない。

「そう、これは寂しいという気持ちなの。私たちはたくさんいるのに、あなたはひとりだから・・・あなたは私ね」

そうよ。あなたは私。私はあなた。私とひとつにならない? 心も体もひとつにならない? それはとてもとても気持ちいいことなの

「いいえ、あなたは私じゃない。私は私よ。私は寂しさも賑わしさもわかる。だからダメ。あなたとはひとつにはなれないわ」

そう、でも、もう遅いわ

「いいえ、遅くないわ。だって・・・」

『レイから離れろ! この冷麦野郎おおおおおお!』
『私には仲間がいるから』

零号機はプログナイフを取り出すと浸食された部分を切り離した。そこへ間髪入れずに弐号機の渾身の一撃が振り下ろされる。アルミエルとロンギヌスの槍が接触した瞬間、アンチATフィールドが発生しアルミエルはLCLへと還った。
『レイ! 大丈夫!?』
『私は大丈夫よ。それより渚君のところへ!』
『そ、そうね!』


『うわあああああ! 僕を汚さないで! 僕の中に入ってこないで!』
「初号機、危険です! 精神汚染がYに達します!」
「くぅ・・・アスカ! 急いで!」

心を剥がされていくシンジ。突如、シンジは目の前が真っ暗になった。そこではシンジは大きな舞台のような所の中央でパイプ椅子に座っていた。
「ここは・・・どこなの?」
目の前にスポットライトが照らされてひとりの人物が姿を現す。
「アスカ!」
アスカはどこか不機嫌な顔をしている。
「どうしたの?アスカ」
「アンタさ、馴れ馴れしく名前で呼ばないでくれる?」
「アスカ? 何を言って・・・」
突然のことに困惑するシンジ。もうひとつスポットライトが照らされる。
「レイ!」
「あなたが私の兄だなんて、虫唾が走るわ。」
「なんだよ・・・なに言っているだよ! なんでそんなひどいこと言うんだよ!」
次々とシンジの周りにスポットライトが当たる。そして親しい人たちが次々と冷たい視線を向けてシンジを罵倒し始めた。
「ホンマ! 男の風上にもおけんやっちゃな!」
「碇、最低だよ」
「不潔よ!」
「シンジ、貴様には失望した」
「無様ね」
「軽蔑に値するよ」
「トウジ! ケンスケ! 委員長! 父さん! リツコさん! カヲル君まで! なんだよ! 僕が何をしたっていうんだよ!」
「そんなこともわからないから、あんたはいらない人間なのよ」
シンジが恐る恐る振り向くとミライが立っていた。
「姉さん!」
「あんたさ、お母さんのこと覚えてないでしょ?自分を産んでくれた人を忘れるなんて人として最悪よ」
「そんな! 母さんは! 僕が小さい頃に事故で亡くなったんだ! 仕方がないじゃないか!」
「な~にいってんのよ。あんた見てたでしょ? 自分の母親が消える瞬間を」
「っ!!!」

この子には明るい未来を見せてあげたいのです

それは幼い頃、まだ母親が生きていた頃にシンジの目の前で起きたトラウマ。子供のシンジには耐えきれなかった出来事。心の淵に押し込まれた記憶が鮮明に蘇る。
「そんな・・・母さんは・・・僕の目の前で・・・僕はエヴァを知っていた?」
「やっと思い出したの? 本当、最低ね。あんたなんか生まれてこないほうがよかったのよ」
「いやだ・・・いやだよ・・・そんなこと言わないでよ・・・」
頭を抱えて身を守るように蹲るシンジ。彼らは容赦なく罵詈雑言を畳み掛ける。
「アンタなんか知らない」
「あなたは用済み」
「さっさと失せろや!」
「消えろよ」
「顔も見たくないわ!」
「貴様はもういらん」
「早くどこかに行って」
「君のこと大嫌いだよ」

『やめてよ! 僕を殺さないで! 僕をひとりにしないで! 僕に優しくして!』
シンジの叫び声が発令所に響く。突如変化したシンジの叫び。初号機もまた頭を抱えて蹲っている。
「シンジ! どうしたの!? シンジ!」
「シンジ! 大丈夫か! シンジ!」
立場も忘れてゲンドウもシンジに向けて声をかける。しかしその声はシンジの耳に届くことはない。
『いっけえええ!!!』
弐号機と零号機のロンギヌスの槍を使ったユニゾン攻撃の前に流石のゼルエルもATフィールドごと貫通されLCLへと還った。
『あと1つ! シンジ! 今助けるからね! ミライ! 敵をいる位置を教えて!』
「わかったわ! 今座標を送るわ!」
弐号機にアラエルの座標が送られる。弐号機は狙いを定めると槍投げの態勢に入った。


シンジはアラエルが作り出した幻覚に罵倒され拒絶され続けている。
「やめてよ! もう! お願いだから! 僕を殺さないで! 僕を壊さないで! 僕を一人にしないで!」
そっと優しくシンジの肩に手が置かれた。はっと嬉しそうに振り返るシンジ、その眼には能面のように無表情なミライの顔があった。


「気持ち悪い」



シンジの中で何かが切れた。
『うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』

『おりゃああああああ!!!』
ロンギヌスの槍はアラエルへとまっすぐ向かっていき、ATフィールドを貫いて使徒は消滅した。
『シンジ! 大丈夫!? しっかりして!』
『兄さん!』
『シンジ君!』

「救護班はシンジ君を保護して! 早く!」
リツコの指示が飛ぶ。シンジはすぐに救護班に助け出された。

シンジはすぐに脳神経外科へと移された。病室内にはリツコと看護婦、そして精神科医が診断をしている。廊下ではアスカ、レイ、カヲル、ミライが診察が終わるのをじっと待っている。
リツコが病室から出てきた。
「リツコ! シンジは!?」
リツコはその場にいる全員の顔を見回すと、言いにくそうに話した。
「シンジ君は・・・いえ、これは見てもらったほうが早いわね・・・」
リツコに誘われて中に入る。ベッドの上にはシンジが横たわっていた。アスカが駆け寄る。
「シンジ! ねえ! 大丈夫!? シンジってば!」
「・・・・・・」
「シンジ?」
シンジはうっすらと目を開けている。しかし、その虚ろな目は明らかにこの世界を見てはいなかった。その場にいる全員の顔が凍りつく。
「ねえ・・・シンジ・・・返事、してよ・・・ねえってば!」
強く体を揺さぶりながら名前を呼ぶアスカ。シンジは何も答えない。人形のようにただ揺られるだけだ。リツコが事務的に話し始める。そうしなければリツコも割り切れないのだ。
「シンジ君は眠っているわけじゃないの。脳にもまったく外傷はないわ。ただ・・・シンジ君の心は・・・」
「リツコ、治るよね? シンジは治るよね!?」
リツコは唇を噛み締める。
「リツコ! 治るでしょ!? 治るって言ってよ! ねえってば!」
「アスカ! 落ち着いて!」
リツコの胸ぐらを掴むアスカを引き離すレイ。アスカはレイの顔を見ると泣き崩れた。



「シンジ君の心は完全に閉ざされています。先ほどの戦闘記録から見ますと、使徒は心の中を覗き見て対象のトラウマを鮮明に浮かび上がらせ、心の支えであるものを根こそぎ否定するような精神汚染をする攻撃を仕掛けてきたものと予想されます」
「そうか」
リツコは司令室でシンジの容体の説明をしている。ゲンドウはいつものポーズでじっと聞き入っていた。時折ビクッと体を震わせる。
「シンジが立ち直る可能性はあるのか?」
「できるかもしれませんが・・・時間をかなり有することかと思われます。あるいは・・・」
ゲンドウは席を立ち窓の外を見る。
「リツコ、これから私は世界中の医療機関に優秀な専門医をこちらに派遣してもらうよう手配してみる。その他の業務は伊吹君などのスタッフに依頼をする。シンジの治療に専念してほしい。私にはこの程度のことしかできない。シンジを、よろしく頼む」
「もちろんです。ゲンドウさん」
数日後、10名ほどのスタッフがネルフにシンジの治療のために来日した。彼らとリツコは連日連夜シンジの治療と今後の対応について協議を重ねた。しかし、そのかいもなく時間だけが過ぎて行き、ひとり、またひとりと匙を投げて行った。

深夜、リツコは一服しようと煙草を手に取るが、中が空だとわかるとゴミ箱に空箱をくしゃくしゃにして叩きつける。煙草を買いに売店へと向かう途中、何気なくシンジの眠る病室を見ると電気がついていた。とうに面会時間は過ぎている。気になったリツコは病室へと足を運ぶと部屋の中から話し声が聞こえた。
(こんな時間に誰?)
リツコが部屋の中を覗くと、そこにはアスカ、レイ、カヲルの3人だけでない。トウジとヒカリの姿があった。
(そんな! 部外者がどうして!?)
「ん? リツコ?」
振り返るとゲンドウの姿があった。
「ゲンドウさん・・・」
「あれは気にしなくていい。私が許可をした。気が済むまでいてくれていいと、帰りは保安部が自宅まで送っている」
「しかし、部外者がいるのは・・・」
「うむ、君の言いたいこともわかる。チルドレン達から提案されたのだ。クラスの仲間も呼んでシンジの隣で話をしたいとな。そうすることによってシンジの心になにか届けばいいとな・・・」
リツコは部屋の中をもう一度みる。彼らはシンジを囲いながらまるで教室の延長線上のように楽しそうに話をしている。彼らも戦っているのだ。シンジを取り戻そうと・・・リツコは目頭が熱くなるのを感じた。
「そういえばリツコ、ミライを知らないか?」
「えっ?」
「ミライはあの日以来シンジの病室に来ていないのだ」



「パパ・・・パパ・・・・」
ミライは自室に籠り電気もつけずに膝を抱えて震えている。急に部屋の電気がついて明るくなった。ツカツカとハイヒールの音がする。
「あなた、ここで何をしているの?」
リツコだった。ミライは泣き腫らした目でリツコを見る。
「ぱぱぁ・・・・ぱぱがぁ・・・」
パンッ!
乾いた音が部屋に響く。頬を叩かれたミライはそのまま床に転がった。
「あなた!シンジ君の保護者でしょ!こんなところで何しているのよ!」
「だって・・・パパがぁ・・・私のせいで・・・・」
「ミライ、こっちへ来なさい!」
リツコはミライを引きずって監視カメラのあるモニター室に連れてきた。
映し出された映像にはシンジの病室の様子がリアルタイムで映し出されている。みな各々にシンジの体を触ったり、髪を撫でたり、叩いたりしている。アスカはずっと隣に座ってシンジの手を握っている。
「ミライ! あなたはこれを見て何も感じないの!? あの子たちはシンジ君が戻ってくるのを信じて自分たちのやり方で必死に戦っているのよ! 子供たちがこうしているのに、あなたは暗い部屋で何してたのよ!」
「ママ・・・レイおばさん、渚くん、鈴原くん、洞木さんまで・・・」
リツコは両手でミライの顔を挟んで顔を近づけた。
「ミライ! あなたは何しにこの時代に逆行してきたのか思い出しなさい! ミライ!」
「わたしは・・・私は・・・」
ミライの瞳に生気が戻り、力が宿る。
「私は! パパとママに幸せになってもらうために! ここに来たのよ!」

「私は! もう一度あなたの! あなた達の子供に生まれるために! 私はここに来たのよ!」

「やっと戻ってきたわね。ミライ」
リツコは少しだけ小馬鹿にするように笑った。
「ありがとうリツコさん。私、どうかしてた」
「いいのよ。これくらい・・・私はあなたのおばあちゃんだし?」
「リツコさん・・・」
「それより、このままじゃシンジ君はいつ目覚めるかわからないわ。そこでミライ。あなたにも考えてもらうわよ。シンジ君を元に戻すにはどうすればいいか・・・あなたにしか思いつかない方法もあるはずよ!」
「わかったわ。考えてみる」
ミライは力強く頷いた。リツコは頷き返すと今度こそ煙草を買いに売店へと向かった。

次の日の朝、リツコは地上に出てコーヒーを片手に明けはじめた朝日を眺めている。新鮮な朝の空気をいっぱいに吸い込みゆっくりと吐き出す。徹夜で靄のかかった思考が少しずつ晴れていく。煙草を吸おうと一本取り出し火をつけようとしたとき、名前を呼ばれた。
「リツコさん!」
「ミライ? どうしたのこんなところで・・・」
「思いついたわ! パパを取り戻す方法が!」
リツコは思わず火のついていない煙草を落とした。


シンジが壊れて3か月が経過したある日、アスカ、レイ、カヲルはミライに作戦会議室に呼ばれた。
「「「ダブルエントリーシステム???」」」
ミライは黙って頷く。
「前にアスカとシンジで一緒のプラグに乗ったことあったでしょ?それをヒントにしてみたの。エヴァを使って精神を干渉させてシンジの心を取り戻す」
「成功確率は?」
「ぶっちゃけて言っていい?」
「いいわよ」
「10%以下」
「・・・冗談でしょ?」
「これでも高めの数字よ? 正直のところどんなことが起こるかわからないの。どうする? これに賭けてみる気はある?」
3人の表情が真剣なものへと変わる。
「やります。やらせてください」
「シンジ君のためなら、僕はなんでもするよ」
「やるわ。シンジはアタシが連れ戻す」
三者三様のイエスの言葉。ミライは彼らならできると確信する。
「あなたたちには順にシンジの意識の中に潜り込んでもらいます。順番は・・・」
「アタシから行くわ!」
アスカが名乗りをあげた。
「アスカ・・・」
「アタシが初めに行くわ。シンジはアタシが取り戻す!」
強い眼差しをミライに向けるアスカ。そこへカヲルが待ったをかけた。
「いや、初めは僕からいかせてもらうよ」
「カヲル! アンタなんかお呼びじゃないのよ!」
アスカは憎しみにもにた視線をカヲルに向けるが、カヲルは涼しい顔でその視線を流した。
「僕が初めに潜ってシンジ君を見つけるよ。彼を連れ戻してはみるけど、多分僕じゃそこまでの力はない。それは君たちに譲るよ」
「じゃ、じゃあ次に!」
「いえ、次は私が潜るわ。アスカは最後で」
「レイ!? なんでよ!」
「カヲルくんが兄さんを見つけ出すのを失敗する可能性も考えてのことよ。私で連れ戻すことができればいいけど、私が失敗したことも考えて・・・最後はアスカに任せたいの。アスカ、あなたは最後の切り札よ。いい?」
レイはアスカを見つめる。その目には逆らえない強いものがあった。
「わかったわ・・・そこまで言うなら譲るわ・・・」
ため息をつくように呟くアスカ、レイはアスカの手を握った。レイの手は震えていた。
「私達3人の手で兄さんを取り戻すのよ。絶対に!」


エントリープラグに乗るシンジとカヲル。その様子をその場にいる全員が緊張した顔つきで見守っている。
「渚くん、始めるわよ。あなたの“才能”を持ってしてもシンジ君の精神世界に潜れる時間は10分が限界よ。いい?」
『了解です。はじめてください』
カヲルは意識を集中してシンジの深層世界へとダイブしていった。

カヲルが目を覚ますとそこはどこまでも続く真っ暗闇の世界だった。
「シンジ君・・・君はどうしてこうなってしまったんだ・・・僕は君のおかげで・・・いや、ここから先はシンジ君が戻ってきてからにしよう」
その世界に残る微かなATフィールドを頼りに宛てのない旅をするカヲル。それは予定の10分を過ぎても続けられた。ふと自分の体が消えていくような感覚が彼を襲う。
「くそ・・・ここまでか・・・何かを見つけることすら僕にはできないのか! クソッ!」

カヲルが戻ってくるとスタッフに両肩を支えてもらわないと歩けないほど疲労していた。
「お疲れ様。渚君、なにかわかった?」
レイはカヲルの容態を無視するように話しかける。カヲルは自分が感じたシンジのATフィールドの跡を全てレイに伝える。
「わかったわ。私にまかせて」
レイの言葉にカヲルは手のひらをあげてみせた。レイがカヲルの手のひらをタッチする。カヲルの無念、シンジへの想い。それらをすべてレイに託してカヲルはゲージから出て行った。
「兄さん、今行くわ」
レイはエントリープラグに乗り込むと決意を固めるように呟いた。
レイが深層世界にダイブするとカヲルの言われたとおりに奥へと突き進んでいく。カヲルより深く奥へと進むとレイは慎重に足を進める。奥へ奥へと進むレイ。すると彼女の目の前に重厚な扉が見えた。その奥にシンジの気配がする。
「この扉の向こうに兄さんが・・・兄さん!」
レイは力いっぱい扉を開けようとするがびくともしない。
「くぅ・・・重い! ここまで兄さんのATフィールドが強いなんて! 兄さん! ここにいるんでしょ!? 返事をして! 兄さん!」
扉を強く叩く。しかしなんの反応もない。レイの時間も徐々になくなる。
「兄さん! お願い! 帰ってきて! 兄さん!」
レイの悲痛な叫びが空間に木霊する。そのせいなのか、扉は急に軽くなり、ギギギと音を立てながら開いた。レイはその先に確かにシンジの姿を見た。
「兄さん!」
その瞬間にレイは現実世界へと引き戻された。
「レイ! 大丈夫? レイ!」
アスカがレイに話しかける。レイもまたカヲル同様、自分では歩けないほど疲労している。
「はあ、はあ・・・アスカ、聞いて」
息を途切れ途切れになりながらレイはアスカに詳細を伝える。
「わかったわ。アンタ達の努力、無駄にしない。アタシがシンジを連れ戻す!」
アスカはレイの手のひらをタッチする。エントリープラグに乗り込み準備を済ませると、アスカはドイツにいる義母、そして産みの親をふと思い出し呟く。
「ママ、アタシに力を貸して」
アスカはシンジの中へとダイブしていった。カヲルが道を開き、レイが繋げたこの思いを無駄にするわけにはいかない。アスカは必死でレイから教わった場所へと急いだ。彼女の目の前に重厚な扉が姿を現す。扉は重い音をたてながらゆっくりと開く。その奥には確かにシンジがいた。シンジはパイプ椅子に座り両手で耳を塞ぎながら前かがみに俯いている。
「シンジ!」
シンジは何も答えない。何かブツブツと呟いている。
「シンジ! 助けに来たわ! みんなが待っている! 一緒に帰るわよ!」
『アンタなに言ってるのよ』
後ろから声がした。アスカが振り返るとそこには憎しみの目を向けた自分がいた。そして次々と見知った顔が現れてシンジを罵倒しはじめる。
『アンタなんか知らない』
『あなたは用済み』
『貴様は必要ない』
『無様ね』
『君はいらない人間だよ』
それはアスカが聞いても耳を塞ぎたくなるような言葉だ。
「シンジ! こいつらの言葉を聞いちゃダメ! シンジ!」
「・・・・・」
尚も続くシンジへの罵倒。ついにアスカの堪忍袋の緒が切れた。
「黙れ! これ以上アタシのシンジを侮辱するな!」
アスカはシンジを強く抱きしめる。自分の声が届くようにアスカはシンジの耳元で大声をあげた。
「世界中のみんながアンタを拒絶しても! みんながアンタを無視しても! アタシがいてあげる! アタシがずっとシンジの側にいる! アタシがシンジを受け入れてあげる! アタシにはシンジが必要なの! だからお願い!」

「還ってきて! シンジ!」

ミシッ
微かに何かが崩れる音がした。シンジを罵倒する声はいつの間にか止んでいる。シンジは恐る恐る声を出す。
「僕は・・・ここにいていいの?」
「ここにいて! どこにも行かないで!」
「でも僕は、卑怯で、臆病で、狡くて、弱虫で! こんな僕のことなんか誰も好きになってくれるわけないじゃないか!」
「アタシもよ! アタシも我儘で! 狡くて! 素直じゃなくて! それでもアンタはアタシのことを好きだと言ってくれた! アタシのことを愛してくれた! アタシもシンジのことが大好き! 愛してる!」
「僕は、僕でいていいの? 僕はここにいていいの?」
「シンジ、シンジはシンジのままでいいのよ。アタシはシンジが必要なの。だから、もうどこにもいかないで。ずっとアタシの側にいて・・・」
「僕は・・・僕は!」
「僕は僕だ。僕でいたい」
「僕はここにいたい! 僕はここにいてもいいんだ!」

パリーン!
シンジが顔を上げた瞬間、真っ暗だった世界は一変し、爽やかな青空が広がった。シンジは自分をずっと抱きしめていた少女の顔を見つめる。
「アスカ・・・」
アスカは最高の笑顔でシンジを迎え入れた。
「シンジ、おめでとう!」
「あ、ありがとう」

シンジもまた最高の笑顔を返した。



「う・・・ん・・・」
シンジが目を覚ますとそこは病室だった。
「ここは・・・」
「シンジ!」
寝ているシンジにアスカが抱きついた。
「あ、あすか!?」
アスカはシンジを抱きしめて離さない。
「よかった・・・よかったよ・・・・シンジィ・・・」
ふと周りを見渡すとレイ、カヲル、リツコ、ゲンドウ、冬月、ミライがみな嬉しそうな顔でシンジを見ていた。
「父さん・・・みんな・・・」
「おかえり。兄さん」
「おかえり。シンジ君」
「シンジ、おかえりなさい」
「よく還ったな。シンジ」
みな口々にシンジに言葉をかける。シンジは何もわからずキョトンとした顔を浮かべるが、すぐに笑顔になった。

「みんな、ただいま」





『私はあんたのママやめたから、どこかで会ってもママって呼ばないで』
『汚らわしいあの女の血を引くお前なんかいらないんだよ!』
『誰だよ・・・あいつ呼んだの』
『つまらない男・・・』
『あれ? わ、悪りぃ。誰だっけ?』
『薄気味悪いわね。近づかないでくれる?』
『離婚して。あなたとはやっていけないわ』
『パパなんて大っ嫌い!』
『悪りぃな。おまえの嫁さん奪っちまって、でも満足させてやれなかったお前が悪いんだぜ』




・・・・・・・・・・・・・・・
私が何をしたというのだ。
信じていた者には裏切られ、欲しいものはなにも手に入らなかった。
ただ直向きに、真面目に生きてきただけで、この仕打ちか。
私を必要としない世界などいらない。
だから遂行するのだ。人類補完計画を。
そして私は神となろう。
もう二度と傷つかないように・・・・


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