第十話 殉教者

あぐおさん:作



ケンスケが第二東京市に疎開して約1ヶ月が経った。その間彼は何をしていたのか? 何もしていない。趣味だったパソコンは元よりカメラも取り上げられたケンスケは日々不満を漏らしながら生活をしている。そんな彼に友人もできるはずもなく、クラスメートからも煙たがわれた存在となった。
「くそっ! くそったれが! なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ!」
転がった空き缶を蹴飛ばす。空き缶は音を立てて遠くへと飛んで行った。
彼は何も成長していない。自分が犯した罪すらも自覚していない。ケンスケは街の裏通りに入った。そこは人通りの少ない道だ。通りに入ってすぐ、ケンスケは後ろから口に何かを被せられて気を失った。


「うっ・・・頭いてえ・・・」
次にケンスケが目を覚ますと、椅子に座って目の前に光った電球が向けられていた。手足は縛られて動かない。
「なんだよ! なにすんだよ! 俺が何したっていうんだよ!」
罵声が部屋に響く。後ろから足音が近づいてくる。
「相田ケンスケ君ね?」
女の声がする。女はゆっくりとケンスケを見定めるように彼の前に立った。
「誰なんだよあんた。殺すなら殺せよ! どうせ生きていたって碌なことなんかねえんだ!」
「ふふふっ威勢のいいの子ね。質問があるわ」
「なんだよ」
「あなた、ネルフのことどう思っているの?」
「ネルフ? そんな名前聞きたくもないね! 俺をこんな目に合わせやがって! いいか!? 俺はエヴァに乗れたんだ! それなのに訳わかんねえ理由で俺を第三新東京市から追放しやがった! 人の恋路を邪魔しやがって!」
「あなたエヴァを動かせたの? すごいわね。それで? 恋路を邪魔したってどういうこと?」
「俺は惣流のことが好きだった。だがな! 碇シンジっていう情けない奴が彼女の恋人だってハッタリかまして俺を遠くへ引き裂きやがった! ふざけるな! あんな情けない奴が惣流の恋人だって!? 冗談じゃねえや!」
「あなた、惣流アスカ・ラングレーのことが好きだったの。それをネルフに邪魔された・・・なるほど」
「俺だってやればできるんだ! なのにチャンスもつぶされたのさ」
「そうね、本当にひどい話ね。ふふふっ私がネルフの指揮官ならあなたをエヴァのパイロットにするわ。その碇シンジっていう男を解雇してね」
「・・・本当か?」
「ええ、ネルフは人を見る目がないのね。あなたは勇敢な戦士よ。そんな男に女が惚れないはずがないわ。彼女は騙されているだけよ。その気になればアスカもすぐにあなたの魅力をわかってメロメロになるはずよ」
ケンスケはゴクリと唾をのみ込む。
「どう? 私たちと一緒にネルフを潰さない? そしてあなたは恋人を取り戻すの。惣流アスカ・ラングレーを・・・そうすれば彼女は自分からあなたのモノになるわ」
ケンスケは満面の笑みで頷く。
「ネルフに復讐できるなら! 惣流を取り戻せるなら! 俺はあんたたちについていく!」
「交渉成立ね。行きましょう」
手足を結んでいたロープが外されるとケンスケは女の後についていった。



ネルフ司令室、そこにはゲンドウ、冬月、リツコ、ミライの4人が集まっている。その表情はいつになく固い。
「失礼します!」
そこへ加持が女性を連れて入ってきた。その女性は色黒で額に赤い模様がついている。知的なオーラが出ている美女だ。
「初めまして。シャクティ・カーンと言います。キール・ローレンツ公の秘書をしておりました」
「ようこそネルフへ、私たちはあなたを歓迎し保護します。私がネルフ総司令官の碇ゲンドウです。こちらが副司令の冬月コウゾウ、そしてネルフ技術部総責任者の碇リツコ、こちらがネルフ対使徒迎撃総指揮官の式波ミライ特務一佐だ」
「よろしくお願いします」
シャクティは深々と頭を下げる。
「ところで・・・」
「待ってください!」
ゲンドウの言葉を遮ってミライが大声をあげる。
「どうした? 式波指揮官」
「どうしたじゃないですよ! いつのまに司令とリツコさん入籍していたんですか!?」
「む、むぅ・・・」
「ちょっとミライ!? 今はそういう話じゃないでしょ?」
ゲンドウとリツコは顔を赤らめている。
「だあって私初耳だもん!」
「私もだぞ碇、いつの間に入籍したのだ?」
「リッちゃん水臭いな。こういうことは教えてくれないと」
6つのジト目にさらされたゲンドウとリツコは観念したように俯き、ゲンドウは肘でリツコをつついて促す。
「その・・・先週の・・・中ごろです・・・式は・・・この戦いが終わった後に・・・」
「なるほど、シンジがアスカに告白したのに影響されたのね」
ドキッ
図星だった。
「よかったわねリツコさん。おめでとう」
「リッちゃんおめでとう。幸せにな」
「広報に知らせないとな。戦自、日本重化学共同体、国連に通知せんとな」
「そ、そこまでするのか!? 冬月! やめてくれ! は、恥ずかしい!」
シャクティを置いてきぼりにして司令室は祝杯ムードになりつつある。シャクティは思った。彼らにまかせて本当に大丈夫なのかと
「あの~いいですか? 私の話ですが・・・」
4人は彼女に向き直る。ゲンドウはひとつせき払いをする。
「ゴホン。すまなかったシャクティ君。君の話を是非聞かせてほしい。ステファヌスとはなんなのか・・・」
シャクティは大きく深呼吸をすると話し始める。
「ローレンツ氏はゼーレという所である実験を計画していたそうですけど、ああ、それはそちらのほうがよくご存じですね。ローレンツ氏はそれが失敗に終わるということで計画を全面的に破棄する意向を固め、その旨を幹部達に通達をしました。これにより、ゼーレは解散することとなりましたが、もちろん何もなかったわけではありません。ローレンツ氏を裏切り者扱いする者もおりまし暗殺されかけたこともありました。しかし、ローレンツ氏は何度も彼らを説得し計画の破棄を納得させたのです。一部を除いて・・・」
「それがステファヌス殉教者ということか・・・」
ゲンドウの呟きにシャクティは頷く。そして話を続けた。
「殉教者と名乗る彼らは破棄された計画「人類補完計画」を強行的に進めようと考えております。そのために弊害となるような組織や人物を次々に潰してきております。彼らにとって最も弊害となる組織。それはネルフそのものです。彼らは必死になってネルフに恨みを持つものに声をかけては仲間に引き入れております。幸い、ネルフに対してそこまでの恨みを持つような大きな組織はいないようなので、仲間を集めるのに苦労をしているのかと思われますが油断はできません。事実、彼らの手元にエヴァが数体渡っているそうです。うちひとつは・・・S2機関内蔵型のエヴァ参号機です」
「そんな! 参号機は海に沈んだんじゃないの!?」
「いいえ、海に沈んだと見せかけて彼らが強奪したと考えられます。アメリカ海軍哨戒機より、身元不明の船が参号機を乗せたタンカーがいる方角に向かって行ったのを見かけております。その先は嵐になっていましたので、これ以上の追跡はできませんでしたが・・・彼らの仲間には特殊部隊なども混じっているそうです。ローレンツ氏はゼーレのネットワークを使って彼らの動きを監視していたようですが、詳しいことはわからなかったと思われます。ローレンツ氏はこの問題を平和的な解決に導こうと日夜動いておりましたが・・・」
「首謀者に心当たりは?」
「そこまでは・・・」
ゲンドウは顎を撫でた。
「殉教者を名乗る以上、彼らは人類補完計画遂行のためならどんなことも厭わないだろうな」
「司令、そういうテロリストは本当に性質が悪いですよ。目的のためなら手段を選ばない。例え自爆でも死んだら理想のために死んだ英雄として語り継がれますからね。そしてどんな被害を被っても決して諦めようとしない。こんなとき葛城がいれば・・・」
「加持さん、そのことは今言ったところで仕方のないことだわ。確かに彼女ならカウンターテロの手段も思い浮かぶのでしょうが・・・」
ゲンドウは加持とミライの言葉を聞くと顔を上げた。
「ふむ、仮に敵の本拠地がわかったとしても勢力が不明な以上、私たちから仕掛けるにはリスクがありすぎるな。加持君、申し訳ないがステファヌスについて調査をしてほしい。頼めるか?」
「はっ!」
「冬月、日本政府と戦自にステファヌスに関しての情報を提供して幅広く協力を求めろ。それとカウンターテロのスペシャリストをこちらに派遣してもらうように頼んでくれ。今の我々なら協力をしてくれるはずだ」
「まかせろ」
「ミライ、派遣された将校に助力を仰いで保安部と協力して対人防衛の戦略を練り直してくれ。装備、トラップに至るまですべてだ。やり方はまかせる」
「了解しました」
ゲンドウは全員の顔を見渡す。みな一同に強い決意を持った瞳を輝かせている。ゲンドウは頷くと内線をかけた。
「私だ。碇だ。要人護衛を頼みたい。チルドレン達と同様の扱いにしろ」




???
「報告があります。裏切り者の秘書がネルフ本部に逃げ込まれました」
「・・・そうか、一足遅かったようだな。まあいい、ところでエヴァに搭乗できた少年を確保できたようだな」
「はっ! 戦闘は素人ではありますが、我々の訓練に積極的に参加をしているそうです。なんでもネルフに強い恨みがあるようで」
「半年で使えるように鍛え上げろ。他のエヴァに搭乗できる奴らもだ。洗脳してもかまわん」
「了解であります!」




帰り道、アスカとレイは久しぶりに一緒に帰っている。シンジは日直、トウジはサクラとの約束があるためすでに帰っている。
「久しぶりね。アスカと二人で帰るのも」
「そうね、ここのところずっとシンジと一緒に帰っていたから。アンタも鈴原と一緒だったし?」
「か、からかわないでよ! まだ、そういう関係になったわけじゃないんだから・・・」
「ゲッ! マジで? もうとっくに付き合っていると思っていたわ」
「兄さんとアスカみたく公認じゃないの!それにしても、まだアスカにアタックかけている男子もいるらしいわね。無駄な努力を・・・」
「本っ当! ウザイったらありゃしない!」
レイは鞄を持ち替えた。アスカは呆れたように腕を後ろで組む。
「ねえ、アスカはいつから兄さんのこと好きになったの?」
「えっ!? いきなり何言うのよ!」
「別にいいじゃない。それとも未来の小姑の話が聞けないの?」
レイの言葉に全身を真っ赤に染め上げるアスカ。そして観念したかのように深くため息をついた。
「全く、その言い方は卑怯よ! わかった。わかりました! 気になり始めたのは初めて会ったときからね。そりゃ同じエヴァのパイロットだし、いきなり初搭乗でシンクロ率を抜かされたからライバルとして見ていたわ。でも、アイツが初めてだったのよ。アタシのことセカンドチルドレンじゃなくてアスカとして、女の子として見てくれたのも、アタシのこと正面から見てくれたのも・・・そのとき思ったの“この人は今まで会ってきた人とは違う”って、そのときからかな? 目で追うようになったのは。自分の気持ちに気が付いたのは浅間山での時ね。帰ってきたその夜に自分の気持ちを確かめたくてシンジの部屋にこっそり入ったのよ。その時に・・・ね・・・」
「夜這いかけたの!? アスカって大胆ね!」
「夜這いじゃないっつーーーーの! それよりレイはどうなのよ? 鈴原みたいのが趣味とはアタシも驚いたわよ」
今度はレイが顔を染め上げた。
「う、うん・・・私も意外よ。トウジのこと好きになるだなんて・・・」
「あんなのって言い方悪いけど、どこが気に入ったのよ?」
「優しい・・・ところ・・・あと、笑った顔が素敵なの・・・」
「なるほど、あいつの笑顔に一目惚れってわけ?」
レイは頷く。
「前、彼の家にたこやき食べに行ったでしょ? そのときに笑いながら言われたのよ。良い顔しながら食べているって、なんか屈託のない笑顔で言われちゃって・・・自分でも変な感じがするけど、そのときから目が離せないのよ。なんか兄さんみたいで・・・」
「レイ、もしかしてシンジのこと・・・」
「わからないわ。兄さんに特別な想いを抱いていたかもしれない。彼に兄さんの面影を映していたのかもしれない。でも、彼は本当に魅力的よ。トウジほど真っ直ぐで優しい人なんかいないわ。彼、謝りにきたでしょ? 相田くんみたいな男のために、全然関係ないのにね」
「相田か・・・バカな男ね。アイツも」
「本当、なんであんな人がトウジと兄さんの友人なのか理解に苦しむわ」
少しだけ沈黙が流れる。アスカは急に思い立ったように言った。
「でもよかった。レイがシンジの妹で! そうじゃなかったら強力なライバルだもん。こんな風に腹割って話せるような関係にはなれそうにもないし、嫉妬ばかりして嫌な女になりそうだもん」
「それは私も同じよ。兄さんが来るまで私は人形みたいな人だったから、アスカとはそりが合いそうもないわね。それどころか誰かに振り向いてももらえそうにないわ。だから、私はこれがいいと思うの。兄さんの妹で、アスカの親友で」
「あははっ! 似た者同士仲良くやっていきましょ!」
「当然よ」
それぞれの想い人を得て二人の友情はより深くなった。もしこの光景を前の世界の二人が見たら目を丸くするであろう。共に初めてできた親友、二人は仲良く手を繋いで帰った。




「式波さん!」
ミライが廊下を歩いていると後ろから呼び止める声がする。
「どうしました? 時田さん」
日本重化学工業共同体より出向している時田だった。ネルフの作業員のつなぎに違和感がない。エヴァのバッテリーの開発を一段落させた時田は兵器開発へと身を乗り出した。自由な発想から設計された武器はリツコも驚いたほどだ。皮肉にも彼はその隠れた才能を開花させたのだった。兵器開発はもはやリツコの手を離れ、時田が取り仕切っているほどだ。
「すみません。以前、式波さんが提案してくれた武器ですが今しがた完成しました」
「えっ? もうですか? 早いですね!?」
「各種部品は日本重化学工業共同体の傘下にある下請け工場に細かく分配して発注をかけたのだから、これくらい当然です。ネルフはそれを組み立てるだけです。見て見ますか?」
「ええ、是非」
時田はミライは倉庫へと案内する。そこにはできたばかりの新型の武器が並べられていた。
先端にパイルがつけられバズーカ砲にボーガンをミックスさせたような全領域兵器“マステマ”
チェーンソーがついた薙刀のような武器“デュアルソー”
ロンギヌスの槍のコピーの刃を使用した槍“グングリル”
「すごい・・・」
ミライは思わず感嘆の声を漏らした。
「式波さんがくれた設計図に少し私なりのアレンジも加えました。マステマはN2爆雷装備というのでしたが、その火力を利用してパイルを打ち込めるようにしました。2回まではいけます。デュアルソーは設計より大型にして薙刀のようにしました。出力も20%ほど上げてあります。グングリルは柄の真ん中と刃の接続部分が柔らかい金属でできており、フェンシングのように正面からでも真後ろへの攻撃が可能なようにしました。扱いはどれも難しいですが、彼らならやってくれるでしょう」
これらの武器はミライが考えたものではない。前の世界で構想はできあがっていたが、実装ができなかったものだ。
「時田さん、そういえばもうひとつ頼んでおいた武器は・・・」
「ああ、カウンターソードですか? それはあちらの奥にあります」
時田が指を指した奥には大きな日本刀があった。
「式波さんが用意してくださった槍の柄の部分を加工しまして刀にしました。当初の設計とは材質が異なりますが、切れ味は上がっていると思いますよ?」
「ロ・・いえ、あれを加工したのですか!?」
つくづく時田には驚かされる。彼からしてみれば“もったいない精神”からきたものだが、コピーとはいえロンギヌスの槍を加工したとはミライも予想すらできなかった。それはもはやミライの想像とは全く異なるものだ。
「すごいです時田さんは・・・あの刀は別物ですね・・・よろしければ時田さんが銘々していただけますか?」
「いいのですか? そうですね・・・ここは日本らしく“タケミカヅチ”にしますか」
「日本書紀に出てくる相撲の神様でもあり、剣の神様の名前ですね。センスいいですね」
ミライの褒め言葉に思わず時田は照れ臭そうに顔を赤らめて頭を掻いた。ミライはもう一度並べられている武器を眺める。
(なんとか間に合ったようね。次の使徒は最強の使徒ゼリエル。これだけあれば・・・勝てるはずよ!)
ミライは自分に言い聞かせるように頷くと格納庫から出ようと踵を返す。ふと、目眩が襲って体がふらつく、咄嗟に体を支えようと手すりに捕まった。
「式波さん? 大丈夫ですか? 少し疲れているのでは?」
「・・・大丈夫。大丈夫です」
ふと手すりに捕まった手に違和感を覚える。ミライが手を見るとうっすらと手が透けて捕まっている手すりが見えた。
「えっ?・・・そんな・・・どうして!?」
「式波さん! どうしたのですか!?」
「いやあああ! いやあああああ!!」
透けた自分の手を見て絶叫するミライ。時田にその変化は見ることができない。自分の手を見て絶叫する姿だけだ。
「式波さん! しっかりしてください!」
「消えちゃう! 私が! 私があああああ!」
ミライは気を失った。倒れそうなところを時田に抱きかかえられる。
「誰か! 誰か来てくれ! 早く!」




「・・・・うん・・・知らない天井ね・・・」
ミライは目を覚ますとゆっくりと体を起こした。
「ここは・・・」
「気が付いたのね」
ミライが顔を向けるとリツコが心配そうな顔でミライを見つめている。
「ミライどうしたの?時田さんから聞いた話だと、急に叫びだして気を失ったって言うけど」
「リツコさん・・・信じられないかもしれないけど、聞いてくれる?」
ミライはリツコにその時の様子を包み隠さず全て伝えた。リツコはひとつため息をつくと窓を開けて煙草に火をつける。
「あの、ここ禁煙・・・」
「かまわないわ。別に」
「いや、私が構うんだけど・・・」
「いい? これは科学者としての意見ではないわ」
「あ、スルーなんだ」
リツコは外に目を向けたままミライに話しかけた。
「これはあくまでも私個人の見解なんだけど、タイムパラドックスって知ってる?」
「一応は・・・」
「多分、それだと思うわ」
ミライの目が大きく開かれた。リツコは続ける。
「あなたが未来から時を遡ってきてシンジ君とアスカに幸せになってもらうように色々なことに手を尽くした。その結果、未来が変化してきているのよ。いい意味でね」
ミライの存在はこの世界においてイレギュラーな存在だ。ミライがいたおかげでシンジ、アスカ、レイの3人は人として大きく成長した。そして、ゲンドウも変えてネルフそのものを変えた。そしてゼーレの解散。世界は大きく変わってきている。その分ステファヌスという存在しなかったものができてしまったのも事実ではある。しかし、それを含めても少なからずプラスの方向には向かってきている。
「ミライ、あなた自身が前に言ったけど、この世界はあなたが生まれる前の世界とは大きくかけ離れた世界となっているわ。社会情勢も使徒も。このまま順調にいけば多分サードインパクトは起こらない。そのかわり・・・」
「私もこの世界では生まれてこない・・・そういうことね?」
リツコは煙草の火を消して携帯灰皿に入れると、ミライと向き合い頷いた。
「正確には生まれる時期が違ってくる以上、もしシンジ君とアスカがこのまま結ばれて子供を授かったとしてもあなたであるという保証はどこにもない。いえ、このままシンジ君とアスカが結ばれるということも保証できないわ。別れて別々の家庭を築くかもしれない。そうなったら・・・考えたくないけど、あなたは存在しない人間になってしまう」
「・・・それは・・・嫌だな・・・私にとってパパとママはシンジとアスカだから」
リツコが言ったことはミライが想定する中で最悪なパターンだ。ミライの表情が曇る。リツコはふっと笑った。
「でも、その心配はなさそうよミライ」
「・・・どうして?」
「アスカはね、シンジ君と付き合いだしてから、たまに司令室に遊びに来ているのよ。なんでも未来の義父と仲良くやっていきたいからですって。もうね、思わず笑っちゃったわ。ゲンドウさんもまんざらでもなさそうに照れながら接しているのよ。本当にシンジ君のことが好きで好きでたまらないのね。その時がきたら、ちゃんと両家の両親から祝福してほしいからってドイツの家族とも手紙でやりとりしているみたい。本当に子どもみたい・・・」
「いつの間に・・・そんな・・・」
「ミライ、あなたならわかるでしょ? アスカがどんな子か」
欲しいと思って手に入れたものは髪の毛一本も譲らない。そのためにはどんな手段も選ばないし、行動も起こす。
「流石はママね。やることが半端ないわ」
「あなたもその血を引いているのよ? だからレイをシンジ君の妹として迎えたんでしょ? ライバルにならないように」
「別にそういうわけじゃ・・・」
「冗談よ。レイに人として生きてほしかった。そうでしょ?」
リツコは舌を出して悪戯猫のように笑った。ミライはつくづくリツコには敵わないなと思った。
「リツコさん、このことは・・・」
「わかっているわ。誰にも言わない。でも、ゲンドウさんには伝えるわ。あなたのお爺さんですもの・・・」
「わかったわ・・・リツコおばあちゃん」
「・・・次言ったら実験台にするわよ」



ミライが病室を出てネルフに向かうと、シンジ、アスカ、レイ、カヲルの4人と廊下で会った。
「「姉さん!」」
「ミライ!」
「ミライさん!」
4人が心配そうな顔をしてミライに駆け寄った。
「大丈夫なの姉さん? 倒れたって聞いたけど」
「大丈夫よ。貧血で倒れちゃっただけだから、心配かけたわねシンジ」
「ミライ~体調管理も仕事のうちよ? しっかりしなさいよ!」
「アスカからそんな台詞が聞けるなんてね・・・」
シンジとアスカは安心したように笑顔を浮かべた。レイとカヲルの表情は変わらない。
「兄さん、今日の夕飯はカキフライでお願い。アスカ、兄さんと先に帰って」
「レイ?」
「私はもう少しやることがあるから・・・」
「わかったわ。また後でね!」
アスカはシンジと腕を組むと急かすように走り去った。その場にはレイとカヲルが残る。レイはミライに厳しい顔を向けた。
「姉さん、もしかして・・・」
「流石にあなた達二人は誤魔化せないか」
「もちろんですよ。ミライさんの魂が薄くなっているのは僕でも感じ取れたことですから、本当のところはどうなんですか?」
ミライは表情を暗くする。
「良くないみたいですね」
「ええ、まだ大丈夫だけど、この先いつ私が消えるか見当もつかないわ」
レイは涙を浮かべてミライの裾を掴む。
「いや・・・そんなの、いや・・・」
ミライはレイを抱きしめた。レイはミライの消えゆく魂がこれ以上零れ落ちないように強く抱き返す。
「レイ、ありがとう。私のために泣いてくれるのね。すごく嬉しいわ」
「姉さん・・・」
「レイ、あなたは人間よ。決してリリスのクローンなんかじゃいの。だからこうして人にために涙を流すこともできるし、一緒に笑うこともできる。いいこと? 人間は変化をし続ける生き物なの。あなたは変わった。本当に変わった。それは表情が豊かになっただけじゃないの。誰かを愛しいと思うことも、誰かのために何かしようと思うその心は人間にしかないものよ。自信を持って。レイ、あなたは自由よ」
ミライの言葉にレイは彼女の胸の中で頷く。その様子をカヲルは微笑ましく見ている。
「変化をする生き物か・・・リリンは本当に面白いね。ほんの少しだけ目を離しただけで人は大きく成長することがある。それは僕たち使徒にはないことだ。羨ましいよ」
独り言のように語るカヲル。その眼には微かに嫉妬が混じっていた。ミライはカヲルが気づくことのないその感情を敏感に感じ取る。
「大丈夫よ渚君、あなたも人になれるわ」
「気休めはやめてください。僕は使徒だ。いつかは君たちに牙を向けなければいけない」
「いいえ、あなたは自由意志を持つ唯一の使徒。それは人に限りなく近い使徒よ。自由ならば、人と共に生きるという選択肢があってもいいじゃないかしら?」
「しかし・・・」
「そういえば最近、よく一緒に出掛けるガ-ルフレンドがいるそうね? その子と一緒にいてどう思う?」
「えっ!? それは・・・」
レイが驚いたように顔をあげた。
「誰なの? 渚くん」
「・・・クラス委員長の・・・洞木ヒカリ・・・さん」
狼狽えるカヲル、表情こそ変わらないものの、その態度からは明らかに照れがあった。
「おめでとう」
「おめでとう」
拍手をしながらカヲルを祝福する。カヲルは照れ臭そうに頭を掻いた。
「まいったな・・・こういうとき、どんな顔をすればいいのかわからないな」
「笑えばいいのよ」
レイは優しくカヲルに答える。カヲルは少しだけ驚いたように目を大きく開けると、口に手を当ててクスクスと笑い出した。
「笑えばいいか・・・フフッそうか、そういうことなのか。嬉しいとき、楽しいときは笑えばいい。笑うことがこんなにも愉快なことだなんて知らなかったな」
「渚君、あなたはもう使徒じゃないわ。感情を持ったひとりの人間よ。あなたは今まで生と死は同じ価値観でしかなかった。それはあなたが何も知らなかったからなの。今はどう?ほんの少しかもしれないけど、生きてみたいでしょ? 彼らと一緒に・・・」
「そうだね。今は生き続けたいな。もっと色々なことを知りたい。経験したい。僕は人間として生きていきたい」
カヲルは嬉しそうに語る。ミライはカヲルのその成長を微笑ましく見つめた。
(渚君、あなたは死ぬ間際、大好きなパパの中で永遠の存在になることを望んだ。ただ、その方法がパパの手で殺されて自分の存在を植え付けるという方法しか思いつかなかった。トラウマとして・・・パパはその一手で心を壊された。今のあなたにならその方法がどれだけ残酷なことなのかわかるはず。それは、あなたがシトからヒトへと成長した証なのよ)
カヲルを見る目が優しくなった。それはカヲルもわかった。仲間として、人として初めて認められた気がした。カヲルはそれが嬉しくて仕方がなかった。



「式波指揮官!」
「ん?」
ミライが廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。振り返ると日向が走ってこちらに向かってくる。
「倒れたって話を聞いたのですが、大丈夫ですか?」
「え?ええ、問題ないわ」
「そうですか、本当に良かったです」
日向は嬉しそうな顔を浮かべる。その表情見てミライの心に影を落とす。それは知らず知らずのうちに顔にも表れた。
「あの・・・どうされたんですか? 随分暗い顔をされましたが・・・」
「あ、ああ、疲れているだけよ。気にしなくていいわ」
「・・・本当に大丈夫ですか? その・・・」
「その・・・なに?」
「なにか隠し事をされているように思えたので・・・」
その言葉に思わずドキッとなる。その微かな動揺は日向にもわかってしまった。
「僕じゃ、相談乗れませんか? 力になれませんか?」
「え? ・・・その・・・」
言葉につまる。全てを話すということは彼に自分が異世界の人間であることを伝えることなのだ。日向の想いも、自分が微かに抱く気持ちもわかる。しかし、それを打ち明けるわけにはいかない。いずれ自分は消えてしまうかもしれないからだ。ミライはあえて彼を突き放す。
「日向さん、一度デートをしたからって彼氏顔しないで」
「そんな! 僕は!」
「それに、私は不治の病に侵されているのよ。そう長くない命なの・・・」
「ええっ!? だったら病院に・・・」
「行っても無駄よ。このことはリツコさんも知っていることだし、司令も理解してくれている。全てを打ち明けた上で私はここにいるのよ」
「そんなことって・・・」
絶望の顔をする日向、ミライは彼の顔を見ることができない。その時だ。
「あの、日向さん?」
「うん? ああ、シャクティさんか」
彼らの前にシャクティが現れる。彼女は客人として保護される傍ら、祖国にMAGIを導入しようと思い、ネルフで勉強をしている。シャクティは日向を心配そうな顔で見て次にミライの顔を見る。その目には確かに嫉妬の感情が見て取れた。
(あなたも・・・彼のことが・・・)
ミライは少しだけ胸をなで下ろす。
「日向さん、お話はもういいかしら?」
「え? あ・・・」
「シャクティさん、日向さんのこと・・・よろしくお願いしますね」
ミライはシャクティに視線で自分のメッセージを伝えるとその場から離れた。
「式波さん・・・」
日向が呟く。
「あの、日向さん?」
「あ、ああ、ごめんね。シャクティさん」
シャクティはミライから何か強いメッセージを感じ取った。ただ、それがなにかはわからなかった。シャクティはミライの背中を見つめる。
「日向さん、彼女は・・・いえ、なんでもありません。それよりお時間いいですか?」
シャクティは日向の腕を取るとミライとは逆の方向へと歩き始めた。


数日後、ネルフ本部にエヴァ四号機が搬入された。白銀に輝く四号機。それをうっとりした表情でカヲルは見つめた。
「う~ん、美しいね。僕と同じ髪の色だなんて洒落たエヴァじゃないか。気に入ったよ」
「はあ!? アンタバカァ!? アタシの弐号機のほうがあんたのブリキ色よりカッコいいわよ!」
「・・・まったく、人が感傷的になっているというのに、好意に値しないね」
後ろで四号機を見ていたアスカに荒立ちを露わにする。アスカは気にも止めずに髪をかき上げた。
「ハンッ! 別にアンタなんか興味ないわよ。アタシはシンジがいればいいもん」
「まったくひどい人だね君は。そうだシンジ君、僕に乗り換えないかい? 僕ならシンジ君を幸せにできると思うんだ」
「あの・・・僕はそういうのに興味はないよ。それより委員長と付き合い始めたって噂なんだけど?」
「いや、まだ・・・そういう関係じゃあ・・・」
「だああ!!! シンジとヒカリに近づくな! ファッキンナルシス二刀流が! かーっ! ぺっ!」
「うわ! 唾を飛ばすなよ! この単細胞赤毛猿が! ぺっぺっぺっ!!」
レイとシンジを盾に唾を飛ばしあうカヲルとアスカ。唾まみれのレイとシンジの額に血管が浮かび上がっている。
「・・・そう、この感情が殺意というものね。兄さん。こういうときどうすればいいかわからないわ」
「どつきまわせばいいと思うよ?」



ミライは作戦会議室にて戦自の武官も交えて対人戦闘の対策を練っている。そこへ加持が現れた。
「式波指揮官、少しよろしいですか?」
「ええ、今行くわ。すみません。席を外します」
ミライは加持の待つ廊下へと出る。
「どうしたんです?」
加持は少し緊張した顔をしている。
「ネルフ本部の内部情報の漏えいの件がわかった。ネルフの内部情報を流していたのはネルフのスタッフだった。技術部、保安部に数名いて既に拘束して事情聴取を受けている。彼らの共通している点は金に困っていた所に付け込まれている所だ。あとはハニートラップだな。幸い下級スタッフばかりだから相手も大した情報は掴んではいないと思う。このことは司令にも報告済みだ。あとステファヌスと関わりがあるかどうかわからないが、あの相田ケンスケ君いるだろ? 彼がロストしたらしい。担当が探し回っているらしいが消息は不明だ。相田二尉のところへも連絡はない。あと、もうひとつ・・・相田君が消える少し前に、葛城に似た女性が近くで発見されている。その女性も消息不明だ。それと、これは防衛省からの話だが、どうも最近中国陸軍の指揮系統で動きが水面下であったらしい。詳しいことは全くわかっていないようだが随分と気にかけていたよ」
「中国のことは関係ないとは思うけど・・・」
「なあ、式波さん。あそこの国の内部事情がかなり悲惨なのは知っているか?最近はゼーレに流れ込んでいた巨額の資金の争奪戦が国連内部の水面下であったが、やりすぎて失敗したらしい。その資金の調整をしていたのがローレンツ公を除くゼーレの元幹部達と・・・」
「碇司令?」
「ご名答。近年は海洋資源で東南アジア諸国と小競り合いを繰り返してそこらじゅうに喧嘩をふっかけている国だ。何しでかすかわからないぞ」
「どうもきな臭いわね。彼らの共通するところは“ネルフに対して良いイメージを持っていない”ということ・・・加持さんもう少し調べられ・・・」
ミライの言葉を遮るようにサイレンが鳴り響く。使徒襲来だ。
「こんなときに・・・本当にこちらの都合を考えない連中ね」
「まったくだ。女性に嫌われるタイプだな」
ミライは発令所へと向かった。加持は諜報部へと足を運ぶ。
(葛城・・・まさかお前!)
加持の足取りはどこか重たかった。



発令所にミライが入ってきた。
「どう? 状況は!」
「はい! 反応は2体! 東海方面より駒ヶ岳に徐々に接近中! もう一体は大涌谷上空にて滞空! パターン青からオレンジへと周期的に変化しています!」
(ここにきて使徒が二体同時攻撃!? 出てきたのはゼリエルとアルミサエルの2体。アラエルがいない。どういうことなの?)
「式波指揮官! 指示を!」
日向の言葉に意識を戻すミライ。ミライはリツコの顔を見る。リツコは強く頷いた。
「エヴァ全機発進! 初号機はタケミカヅチ、弐号機はマステマ、零号機はデュアルソー、四号機はグングリルを装備!」
ミライの指示に格納庫が慌ただしくなる。兵装ビルより各々の武器が配備される。
(アラエルがいないのが気にかかるけど今はいいわ! ここが正念場よ・・・)





おまけ
ミライ「ところでさ、シンジって花言葉とか知ってる?」
シンジ「もちろんだよ。姉さん僕のことバカにしてない?」
ミライ「そ、そういうわけじゃないけどさ・・・じゃあ知ってるの教えて」
シンジ「弟○草で復讐」
ミライ「聞いた私がバカだったわ・・・」


寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる