第九話  ミライたちの休日

あぐおさん:作



「うん? ここはどこだ?」
バルディエル戦から3日後、ケンスケはネルフの病院で目を覚ました。
ゆっくりと辺りを見回しながら記憶を辿る。エヴァのエントリープラグに乗り込みレバーを握ったところから記憶がない。ボーッとしているとドアが開き頭に包帯を巻いたリツコが中へと入ってきた。
「診察に来ました。上の服を脱いで」
「あ・・・はい」
言われるがままに服を脱ぎ聴診器を当てられる。
「感染はないようね。バイタルも問題なし。もう退院できるわ」
リツコはそれだけ言うと部屋を出て行こうとする。ケンスケはリツコを呼びとめた。
「あの! すみません!」
「・・・なにかしら?」
「俺、どうなったんですか?」
「あなた、何も覚えていないのね」
「え? はい、もしかして! 俺エヴァのパイロットに選ばれたんですか!?」
何も理解していないケンスケの言葉にリツコは神経を逆なでされた。
「バカなこと言わないで! あなたみたいな子供がエヴァのパイロットに選ばれるわけがないでしょ!?」
「えっ? そうですか・・・じゃあ俺は」
「これ以上私があなたに言うことは何もないわ。話もしたくない」
リツコが部屋を出ていくと同時に黒服の男たちが部屋の中へと入ってきた。
「相田ケンスケだな」
「そうですけど・・・」
「貴様の処分を伝える。第三東京市から第二東京市へ強制移住する。貴様は今後、厳しい監視がつくこととなる。第二東京市より外への出入りの禁止、メール、電話も制限される。今後、犯罪を犯すと刑の重さに関係なく刑務所へ送られ、二度と外へ出ることはない。今すぐ移動だ。準備しろ」
突然のことでケンスケは憤慨した。
「なんだよ! 俺がなにしたって言うんだよ! 人権侵害だ! 訴えてやるぞ!」
「お前は何もわかっていないな。敷地内への無断侵入! エヴァの強奪! ネルフへの妨害行為! 貴様の身勝手な行為で死者も出ている! 本来なら死刑だ! だが、相田三尉、並びにチルドレンからの嘆願書で命を拾われたに過ぎない。命があるだけありがたく思うんだな」
ケンスケに告げられる事実。ケンスケは顔を青くしながら聞くと、頭を振って慌てるように言う。
「そ、そんな・・・ま、待ってくれよ! せめて人に会わせてくれよ! そうだ! 惣流に会わせてくれ! 嘆願書にサインしてくれたんだろ? 直接お礼を言わせてくれ!」
「許可できない。仮に許可したところで彼女は拒否するだろうな」
「な、なんでだよ!」
「貴様はエヴァを使ってセカンドチルドレンの恋人、サードチルドレン碇シンジを彼女の目の前でリンチしたんだ! それだけじゃない! 未遂ではあるがセカンドチルドレンにセクハラもしている! 顔を会わせたところでお前が殺されるだろうよ。嘆願書にサインしたのは碇シンジが頼み込んだからに過ぎん」
「う、嘘だ! 惣流が碇とデキてるなんて!」
「そんなこと貴様が気にする必要はない。もう二度と会うことはないのだからな。さあ! さっさと支度をしろ!」
「嫌だ! なあ! 惣流に会わせてくれよ! 一目だけでいいんだ! いいだろ!?」
黒服の袖を掴み懇願するケンスケ、その返答に出されたのは自分に向けられた銃口と眉間に当たったレーザーポイントだった。
「許可できないと言ったはずだ。処分に不服があるなら今この場で射殺する。選べ。黙ってこの街から立ち去るか、この場で死ぬか」
黒服の男たちに銃口を向けられ、殺気という威圧に押されたケンスケは渋々身支度を整えて誰に知られることなく第三東京市から追放された。ケンスケの対応をしていた黒服の前に腕に包帯を巻いたミライが顔を見せる。
「悪いわね。嫌な役を押し付けて」
「いえ、汚れ役は私たちの仕事ですから。それより、怪我は大丈夫なのですか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう・・・あの子の声を聞いただけで・・・殺してやりたいと思ったわ。顔を見たら歯止めが効かなかったでしょうね」
「心中、お察しします」
ミライは元々ケンスケに対して嫌悪感を抱いていた。それはLCLの海の中で見た彼の幻想だ。彼がLCLに変わった時、彼の前にアスカが現れケンスケを組み伏せた。彼が見ていた幻想の中で彼女に対して心の孤独を癒そう、愛そうという想いがあればこのようにはならない。ミライの中で母親を愛した一人の男として認識されるだろう。しかし、そうではなかった。
ケンスケは幻想の中でアスカを犯し続けた。所構わずアスカを貫き、犯す。それは自分の部屋だけでなく学校や街中などいたるところでだ。その様子を写真やビデオで撮るようなこともした。そこに彼女を愛する気持ちなど微塵もない。「俺専用のモデル」と称し性奴隷のように扱うだけだ。そしてその中にはシンジを侮辱するような内容もあった。親友だと口では言いながら影でシンジを侮辱し続けたのだ。ミライはそれが許せなかった。本当なら問答無用で死刑にしたかった。しかしシンジの懇願でレイ、アスカ、カヲルは嫌々ながらも嘆願書に署名をした。シンジの思いを無下にはしたくなかったのだ。ミライは彼を生かすことを決断した。それは苦渋の決断だった。
(納得はできないけど、パパがそう望むのだから仕方がないわね。本当にパパってお人好しなんだから・・・)
ミライはシンジのお人好しさ加減に思わず苦笑いを浮かべた。



昼休み、トウジは屋上で街を見下ろしている。ケンスケが急に疎開するという話は聞いた。詳しい内容は聞かされてはいないがエヴァに関することなのだろう。トウジはそう考えた。屋上のドアが開く音がする。中からシンジ、アスカ、レイ、カヲルが姿を現した。
「アンタこんなところでなに黄昏てるのよ。似合わないわよ」
トウジは何も言わない。4人は顔を見合わせた。
「トウジ、どうしたの? 元気ないけど・・・」
シンジが心配そうな顔をする。トウジは思い切って話しかけた。
「ケンスケのことなんやけど」
そういうとシンジは俯き、他の3人は嫌悪感を顔に出した。トウジはすぐに理解した。
「なるほどな、あいつが急に疎開するっちゅー話を聞いて多分ネルフ絡みなんやろなって思ったわ。なにやったんや?」
「それは僕たちの口からは言えないよ」
「カヲルわかっとる。それはわかっているんや。でも教えてほしいんや。誰にもこのことは言わへん。頼む!」
トウジの必死な呼びかけにシンジはケンスケが疎開していった理由を教えた。全てを聞いたトウジは空を見上げて大きく息を吸い込むと深々と頭を下げた。
「すまん。ホンマすまんかった」
「なんで、鈴原君が謝るの?」
「ケンスケが学校休んだ時、嫌な予感がしとったんや。あいつ、エヴァが絡むと目の色変えとったしな。あいつが休む前の時や、エヴァのパイロットになりたい言い始めたんや。ワシは止めた。センセ達の邪魔になるからやめとけとな。でもな、あいつは聞かへんかった。あの時、ワシがもっと強く言うとけばこないな結果にはならんかったと思うとな・・・ホンマすまんかった」
「アンタバカァ? アンタ何も悪くないじゃない。なんでこう日本人って謝ってばかりなのかしら?」
「そうだよ。トウジ君のせいじゃないよ。誰が止めても必ずこうなったさ」
「鈴原君、気に病むことはないわ。それより、一緒にご飯食べましょう。時間、なくなるわ」
「ワシ、パン買ってないねん・・・今から行ってくるわ」
トウジは屋上を後にした。
「本っ当、あいつも不器用ね」
「友達思いなのよ。彼」
「レイ~随分とわかっていらっしゃるようね~」
日頃からかわれてきた恨みなのか、ここぞとばかりにアスカはレイをからかう。
「アア、アスカ! 私! そんなつもりじゃ!」
「早く告っちゃいなさいよ❤」
「ええ!? レイ! まさかトウジのこと!」
「うぅぅぅ・・・」
「リリンは本当に面白いね~彼、気づいていないようだから、ちゃんと伝えないとダメだよ。伝説の木の下で」
「そんな都合のいいものなんてないわよ!」


放課後、シンジは急いで帰り支度を整えた。
「アスカ!」
「ええ! 一緒に行くわよ!」
シンジとアスカが急接近したことを知らない男子のクラスメートたちはその様子にざわついた。
「どうしたの碇くん、そんなに慌てて・・・もしかしてデート?」
「違うよ委員長。今日は行きつけのスーパーでお肉の特売日なんだ。もうすぐタイムセールが始まるから!」
「そうよ! 昨日圧力鍋買ったから今夜はトロットロの豚肉の角煮よ!」
「そ、そうなんだ・・・」
疾風のように教室を出るシンジとアスカ。彼らにとってこれは立派なデートみたいなもので、メインは家でシンジと一緒に料理をすることにある。そのことを知らない人たちから見ればシンジが主夫しているだけにしか見えない。
「こういうとき、どんな顔をすればいいのかわからないわ」
「笑えばいいと思うよ」
ヒカリの呟きにカヲルが答えた。カヲルは続けた。
「そうだ、洞木さん少し付き合ってもらえないかな?」
「えっ?」
「実は図書室で本を借りたいんだけど、どうすればいいのかわからないんだ。いいかな?」
「いいわよ、それじゃ行きましょう」
ヒカリはカヲルを連れて図書室へと向かった。
図書室に向かう途中、ヒカリはカヲルのファンから嫉妬の視線が向けられる。
「ねえ、あの渚くんと歩いている子って」
「あの子?ほら、惣流さんにデートの斡旋していた子よ。お金もらってね」
「へ~それじゃあ、お金払えば渚くんとデートしてもらえるのかな?」
ヒカリの心の中で未だに癒えない心の傷。何気ない噂話はヒカリの心を傷つけた。図書室に着くとヒカリはカヲルに手続きの仕方を教える。
「ふ~ん、わかったよ。ありがとう」
「ううん、大したことしていないから、それじゃ」
「待って、洞木さん」
カヲルはヒカリを呼び止める。
「さっき、女子から言われてた話。本当かい?」
「話って・・・」
「ほら、君がお金をもらって惣流君のデートの斡旋をしていたって話さ」
「・・・私は一銭ももらってないわ。でも、私のお姉ちゃんがお金をもらってたの。私はアスカみたいなかわいい子が彼氏もいないようじゃ寂しいだろうって、そう思って紹介してたんだけど、結果的に見ればそうかもね」
「見かけによらず彼女は寂しがり屋だからね。友達思いの優しい人なんだね。君は」
「私は優しくなんかないわ。むしろ私はアスカに最低なことをしたのよ。私のこと親友だって言ってくれた人に最低なことをしたのよ。アスカは私のこと許してくれたけど・・・」
「惣流くんが君を許したのは君が純粋に彼女のことを考えていたというのを彼女が理解しているからだろ? 本当にリリンは面白いね。相田くんのようにどうしようもない人もいれば君のように優しい人もいる」
「私は優しくなんかないわ最低よ」
「君は最低じゃないよ。ふふふっ好意に値するよ」
「好意って・・・?」
「好きってことさ」
カヲルはまっすぐな笑顔でヒカリを見つめた。ヒカリはカヲルの笑顔に釘付けになった。トウジを見ていた頃に感じた想いがカヲルの笑顔の前で再び沸き立つのをヒカリは確かに感じ取っていた。カヲル自身も不器用な彼女の思いやりにどこか心地の良さを感じていた。この日よりカヲルとヒカリは少しずつではあるが近づいていくこととなる。


その頃、トウジは一人で歩いていた。
「鈴原くん!」
呼び止められて振り返るとレイが肩で息をして走ってきた。
「なんや綾波」
「はあはあ・・・鈴原君の姿が見えたから・・・用ってほどでもないけど・・・」
「さよか、ほな送っていくわ」
「えっ?あ、ありがとう」
レイはトウジの後ろを顔を真っ赤に染めながら歩き始めた。
「そういえば、鈴原君ご飯とかいつもどうしているの? お昼パン買っているけど」
「うん? 家ではサクラが料理しとる。それ以外はレトルトかインスタントや」
「それじゃあ体壊しちゃうじゃない」
「大丈夫や。ワシ体丈夫やもん」
「・・・よかったら・・・私がなにか作ろうか?」
レイの言葉にトウジは思わず振り返った。レイは全身を真っ赤に染めながら顔を逸らしす。
「そんな、そこまで綾波に迷惑はかけられへんで」
「私! 迷惑なんかしてない! 鈴原くんに何かしてあげたいだけなの!」
告白のようなレイの独白。トウジは何故レイがそこまでしようとするのかわからない。いや、彼女の悲痛な心の叫びはトウジにも届いていた。しかしそれを受け取ることはトウジにはできなかった。
「綾波、なんでワシみたいな男にそないなことするんや」
「それは・・・その・・・」
「いや、スマンかった。こんな言い方は卑怯やな。綾波みたいな別嬪さんがこんなワシのこと相手してくれるとは思わんかった。ワシかてそこまで言われてわからんような男やない。でもな、綾波の気持ちを受け取る資格、ワシにはないんや」
「どうして!?」
トウジは遠くを見つめた。
「ケンスケのことや」
トウジは続ける。
「今でもワシは思っているんや。ワシがもう少し強くあいつを止めていたら・・・こんなことにはならんかったやろって、そう思ってしまうんや。シンジや綾波、惣流やカヲルに迷惑かけてもうた。人一人の人生を狂わせてもうた。傷つけてもうたんや。これはワシの罪や・・・すまんなワシはお前の気持ち受け取る資格などあらへんのや・・・」
寂しそうに呟くトウジ、レイはトウジの心の影を拭いたかった。だから力強く答える。
「そんなことない! 鈴原くんのことが罪だとするなら私にも罪はあるわ! 私は相田君を見殺しにしようとした! エヴァに乗った彼を殺そうと私は思って引き金を引いた! 許せなかった! 兄さんやアスカ! ヒカリさんや鈴原くんの悲しむ顔を見たくなかったから!」
レイは続ける。
「鈴原くんがその罪を背負うというのならば、私もその罪を背負うわ。あなたのこと好きだから」
レイはまっすぐトウジを見つめる。トウジもレイを見つめた。ただ、その眼は悲しそうな目だった。
「綾波・・・ワシはそこまでの価値があるような男やないで」
「誰がなんと言おうと、私は鈴原くんのことが好き。別に今すぐ返事がほしいってわけじゃないわ。私はずっと待ち続ける。この気持ちは変えようがないもの・・・」
レイはトウジの肩に顔を埋める。
「絶対に振り向かせるわ・・・トウジ・・・」
レイは体を離すと走り去った。
「明日! トウジのお弁当作ってくるからね!」
トウジはレイの背中を見送るしかできなかった。
トウジはレイに対して恋愛感情はない。ただ他の人以上に親近感はあった。できることならレイの気持ちにトウジは応えたかった。トウジは夕日を見上げる。
「ワシは・・・許されてもええんやろか・・・」
トウジの呟きは空へと消えて行った。



その頃、式波邸のキッチンではシンジとアスカが色違いのエプロン(MAGI監修ネルフ専用エプロン)をつけて圧力鍋を見ている。シンジは注意深く鍋を見つめ、その様子をアスカが一歩下がるような形でシンジを見ている。
(色違いのエプロンつけて、お料理しているなんて、新婚夫婦じゃない! キャー❤)
「ねえ、アスカ」
「な、なに?」
「なんか、こうしているとさ・・・」
「こうしていると・・・・?」
シンジも同じことを考えているのか?アスカの胸の鼓動と期待が高鳴る。シンジは続けた。
「ワ○ミの社長と、その下で監視されてコキ使われている社畜みたいだよね」
「色々と待てやコラ」



次の日、レイは宣言通りトウジのお弁当も作ってきた。
「はい、トウジのお弁当よ」
「ああ、ホンマに作ってくるとは思わへんかった。ありがとうな」
「なるほど~だから昨日お弁当を作るって言い張っていたのね」
アスカのからかいにレイとトウジは顔を赤くした。蓋をあけるとそこには昨日の余った角煮や野菜、厚焼き玉子などが並んでいた。
「すごい・・・」
トウジは思わず感動した。その様子を見てアスカも蓋を開ける。中身はトウジのよりも少しだけおかずの品が少ない分角煮が多く詰められている。今度はシンジが弁当を開けて、そして閉めた。
「うん、疲れているな僕は・・・」
もう一度弁当の蓋を開ける。中には焼けたトーストの上に目玉焼きが乗っていた。
「レイ? これはなにかな?」
「わからないの兄さん。みんな大好きパズー弁当よ」(ラピュタででてきたアレ)
「ひどいよ! トーストに目玉焼きのっけただけじゃないか! 手抜きにもほどがあるよ!」
「レイ、いくらなんでもこれは・・・」
「うん、これはひどいね」
「碇くん、おかず分けてあげるわ・・・」
同情の声があがる。レイの目が怪しく光る。
「ふふふっ・・・甘いわ。よく聞いて、その目玉焼きは・・・ヨード卵よ!」
ビシッ! という効果音が出るような動きでレイは指を指した。
「レイ、ヨード卵だかなんだか知らないけど、これは・・」
アスカがイラつくように言うのをシンジが止めた。
「ヨード卵・・・なら仕方がないね」
「納得するの!?」
「マジか・・・メッチャ贅沢な弁当やんか」
「羨ましいわ碇君」
「ヨード卵はいいね~少々の醤油を垂らし、かき混ぜたヨード卵を熱々のご飯にかける。これこそ卵かけごはんの極みだよ」
アスカ以外が納得したように頷いた。
「すごくねぇ!? ヨード卵すごくねぇ!?」


ネルフではバルディエル戦の処理が一段落したところだ。ミライが作戦会議室で書類を書き終わると大きく伸びをした。
「うーん!」
「お疲れ様です。式波さん」
日向がバッチリのタイミングでコーヒーを差し出した。
「あ、ありがとう日向さん」
「いえ、大したことではないです」
ミライと日向は同じタイミングでコーヒーを啜る。日向がミライに話しかける。
「そういえば、今度の土日式波さんはお休みをされるんですよね」
「ええ、そうです。初めての連休よ」
「そうなんですか、実は僕も今度の土日連休なんですよ。どうせ一日寝て、掃除と洗濯で潰れますけど」
「またまた~日向さんのことだから彼女とかが世話してくれているんじゃないのですか?」
「まさか! 僕は今フリーですよ。そもそも出会いがありませんし」
「そうかもしれませんけど、日向さんみたいな男性なら女はほっておかないと思いますよ? 男の人は優しい人が一番ですから」
「式波さんのような綺麗な方にそう言われると思いませんでした。式波さんのほうこそ男はほっておかないと思いますが、いい人はいるのですか?」
「生まれてこの方そんな人に出会ったこともないわ。留学してたときはリップサービスばかりだったし、男性とお付き合いどころかデートもしたことないわ」
「なんか、意外ですね」
ミライは確かに男性からよく声をかけられる。それはデートの誘いや交際などを求めたものだが、ミライはそれらをリップサービス程度の認識しかもっていなかった。その言葉は歯が浮くような口説き文句ばかりで上辺だけの言葉などミライには響かない。そもそもシンジを立派に育て上げることに全てをつぎ込んでいたがゆえに、自分の外見などなんの興味ももてなかった。日向はコップを回してコーヒーを揺らした。
「それでしたら式波さん。今度の休みに僕とデートしませんか?」
「ええ、いいわよ」
「本当ですか!? それじゃ日曜の午前にご自宅まで迎えに行きます」
日向は飛び上がりそうな勢いで作戦会議室を出て行った。ミライは思わずクスリと笑った。
「日向さんって子供みたいね。デートくらいで・・・ところで誰を誘ったのかしら?」
室内を見回す。誰もいない。
「・・・・・・・・・・・・・もしかして、私?」



夜、シンジがアスカと夕飯の準備をしている時、勢いよく家のドアが開いてドタドタと足音が響いた。
「「姉さんおかえりなさい」」
「ミライおかえり~」
レイ、アスカ、シンジの言葉を無視してキッチンに転がり込むとコップに水を注いで一気飲みした。
「ふ~~~~~」
「・・・どうしたのミライ?」
ミライはぐりんという効果音が出そうなくらい勢いよく彼らに振り向いた。
「ドゥェ・・・・・」
「はあ?」
「ドゥドゥドゥドゥドゥ・・・・」

「ドゥキューーーーーーーーーーン!」

見事なJOJO立ちだ。
「姉さん、僕は姉さんが何を言っているのかわからないよ」
「兄さん、今のでわかったら逆にすごいわ」
「お、落ち着きなさいよミライ」
3人はミライを落ち着かせて席に座らせる。ミライの隣にレイが座り向かい合うようにシンジとアスカが座る。
「姉さんどうしたの?」
「どぅぇ・・・・・・・た」
「ミライ、お願いだから日本語で話して」
ミライはバンッと机を叩くと食って掛かるように席を立ちあがった。
「だから! デートに誘われたのよ! デート! デート! デート!!!」
「よかったじゃない」
「姉さん、良かったわね」
「はあ!? あんた達なに落ち着いているのよ!デ、デートに誘われたのよ!? しかもOKしちゃったみたいなのよ!? どうしろっつーーーーの!」
「はあ? いいじゃない。行けば? んで? 相手は?」
「作戦部の・・・日向さん・・・」
「日向さんか~なんか意外だよね」
「ミライってあういうのがタイプなんだ」
「アスカ、日向さんって意外とネルフの女性職員から人気あるみたいよ」
「そうなんだ、それで? ミライはどうしてそこまで動揺しているのよ」
ミライは顔を真っ赤に染め上げて俯いた。
「だ、だって・・・初めて・・・だから・・・」
「はあ?」
「だから! 初めてデートに誘われたのよ!」
「はあ!? アンタバカ!? 今までなにやってたのよ!」
「しょうがないじゃない! 誘われたことないんだし!」
「姉さん、前住んでいた家でよく姉さん宛のデートの誘いの電話があったじゃん。でも姉さん『そんなのリップサービスよ』って聞かないから・・・」
「アンタ・・・本当にバカね・・・」
「ぅぅぅ・・・・」
縮こまるミライ、アスカはレイとシンジの顔を見る。3人は頷きあった。
「作戦会議を始めるわよ!」

その後、リビングではアスカ、レイが講師となってミライのデートを成功させようと服の選び方や気遣いの仕方、化粧の仕方などなど、どこかのマナー教室のような講義が深夜まで繰り広げられた。
「だああ! ミライ! アンタなにメモ取ってんのよ!」
「だ、だって! メモしないと忘れそうで」
「姉さん、お化粧したことないの?」
「・・・・ない・・・」
前の世界ではともかく、アスカとリツコに教えられて今の世界では普通に化粧もするレイ。レイ、アスカの指導を受けながらミライは変身中だ。やり方だけ教えてミライ自身にお化粧をやらせる。バンッとミライの部屋の扉が開いて化粧をしたミライが姿を現した。
「どうだ!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「姉さん、それじゃハリウッドの特殊メイクだよ」
「しくしく・・・」



日曜日、ミライはアスカとレイにコーディネイトされた服を着てマンションの玄関にて日向を待つ。そこへ一台の車が止まった。
「すみません! 遅れました!」
日向だ。彼はポロシャツにチノパンを穿いている。日向はミライに思わず見とれた。ピンクのチュニックにクリーム色のスリムパンツ。シンプルな服装がミライの美貌をより引き出している。
「いえ、そんなに待っていませんから・・・あの・・・日向さん?」
「あ! いえ! すみません・・・見とれちゃいました」
「・・・ぅぅぅ・・・・恥ずかしい・・」
顔を染め上げる二人、ミライは日向の乗った車に乗り込みマンションを出て行った。二人が向かったのは箱根のアウトレットパーク。ここは色々なものが安く手に入る人気のデートスポットだ。これはアスカとレイが事前にミライと打ち合わせをした場所だ。
「そ、それじゃあどこから見て行きましょうか?」
「そ、そうですね! どこいきましょうか!」
実に初々しいデート風景だ。その様子を伺う8つの目がある。
「ダメじゃんミライ! さっさと行きなさいよ!」
「姉さん、緊張しすぎよ。手足が同時に出ているわ」
「や、やめようよ・・・こんなこと・・・」
「ところでなんでワシがここにいるんや?」
レイ、アスカ、シンジ、トウジの4人だ。ミライのデートの様子を遠くから見ようと彼らはミライが来る前に現地入りして尾行している。日向とミライの後をこそこそとついていく4人。
「ねーママ! お姉ちゃんとお兄ちゃんたち、なにかやってる~」
「しっ! 見ちゃいけません!」
小さい子供から指を指されるような行動であることは彼らは知らない。
「今服屋に入ったわ・・・・あっ! あのスカートすごく可愛い! しかも安い! 要チェックね!」
「この小物いいわ。あとで来ましょ」

数分後

ミライ達は完全にロストしている。というよりも彼らは彼らで買い物を楽しんでいる。シンジ達は・・・
「ねえ! シンジ! これどう!? 似合う!?」
「トウジ、これ似合うかしら?」
「・・・僕ら何しにここに来たの?」
「知らんがな」
ミライのことなど完全に忘れて買い物を楽しんでいた。この状況はダブルデートだ。そのことには誰も気づかなかった。



夕暮れ、太陽の光が海を赤く染め上げる。ミライはこの日初めて海に来た。潮の香りがする。あの赤い海のような錆びた鉄のような臭いじゃない。
「綺麗ですね。海」
「ええ、本当に綺麗。海がこんなに綺麗だなんて、初めて知りました」
「海、見たことがないのですか?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど、苦手だったんです。海が」
「不思議な人ですね。式波さんは・・・」
海が苦手。この表現の仕方に日向はどこか深いものを感じた。同時に思う。彼女の目に写る光景は果たして自分と同じものなのだろうかと、それを知る術はない。
「本当に今日は楽しかったです。同世代の方とこうやって出かけるの初めてで・・・」
ミライは海を見つめる。その表情はまるで少女のようだ。日向はミライの横顔に見入った。心の中で呟く。綺麗だと・・・
「あの、式波さん」
「なんでしょう?」
「また・・・誘っても・・・いいですか?」
ミライは日向に振り向いた。
「はい! 喜んで!」
この台詞はリップサービスなどではない。ミライの本心から出た言葉。その証拠に彼女は日向に対して嬉しそうに微笑んでいる。日向は思わずミライの手を握った。
ハッと目を大きく開ける。ミライは恥ずかしそうにその手を握り返す。嫌じゃなかった。ただ、ミライが日向に対して感じる胸の鼓動が気持ちよかった。



その頃シンジ達は・・・・
「あ~~~~~!! ミライどこに行っちゃったのよ! ちゃんと見ときなさいよバカシンジ!」
「そうよ、任務ができない人は用済み」
「・・・僕っていらない子なんだね・・・」
「・・・ワシ帰ってええか?」



ネルフ司令室ではゲンドウがキールの検死結果をリツコから説明を受けている。
「死因はショック死。遺体の劣化が激しく正確な死亡推定時刻はもうしばらく時間がかかりそうです。全身に裂傷、火傷、暴行による打撲で一部内臓が破裂。両下肢の損傷が特にひどく壊死しております。ひどい拷問を数日に渡り受けたと予想されます。写真も送られてきましたが・・・見るに堪えません」
ゲンドウがグッとこぶしを握った。
「司令・・・」
「リツコ君、今は・・・何も言うな」
「わかってます」
その時だ。司令室に内線が入る。ゲンドウは内線をとった。
「私だ・・・ああ・・・わかった。すぐに来い」
「誰ですか?」
「加持君だ。内密に私に用があるらしい」
加持はすぐに司令室に現れた。
「失礼します」
「内密に私に要望があるというが、なにがあった?」
加持はリツコに一瞬だけ顔を向けると、すぐにゲンドウと向き合った。彼女がいることは想定済みなのだろう。
「はっ! 要人の保護を願いたいのです。このことはここにいる人と冬月副司令、式波総指揮官のみでお願いします」
「どうしたのリョウちゃん?」
「ローレンツ公の秘書がネルフに身柄の保護を求めてきた。どうやら重要な話があるらしい」
「重要な話って・・・」
「ローレンツ公を暗殺した奴に関しての話さ。いや、連中と言ったほうがいいのかな」
衝撃が走る。ゲンドウは思わず机を叩いて身を乗り出した。
「誰だ! ローレンツ公をあんな目に合わせた奴らは!」
「ゼーレです。正確には人類補完計画を諦めていない元ゼーレの幹部が新たに興した組織です」
「なんだそれは・・・・」
「ステファヌスです」








おまけ
学校にて
カヲル ♪~
シンジ「あれ?カヲル君じゃないか」
カヲル「やあ、シンジ君、レイ君、惣流君」
アスカ「うげ~アンタみたいな男がピアノを弾けるとはね」
レイ「でも、すごく上手だったわ」
アスカ「そうね、そこは認めざるを得ないわ」
シンジ「今の曲って小犬のワルツでしょ? すごいよ」
カヲル「ふふっありがとう」
レイ「誰の曲なの?」
アスカ「レイ、アンタこの名曲を知らないの?」
カヲル「レイ君、楽譜の表紙に名前が書いてあるよ」
レイ「・・・ちょぴん?」
シンジ アスカ「「ショパン!」」
カヲル「チョピンじゃないのかい!?」
シンジ アスカ「「お前もかい!」」


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