第八話 使者と愚者

あぐおさん:作



ゲンドウはネルフに行く前に地元の警察署へと向かった。警察署では今朝の殺人事件の捜査でマスコミや警察職員が激しく出入りしている。
「はい、なにか?」
ゲンドウが受付嬢の前に立つ。
「特務機関ネルフ総司令官碇ゲンドウだ。ローレンツ公の事件を聞いてこちらに来た。警察署署長にお会いしたい」
特務機関ネルフ。その一言で署内は騒然となった。ゲンドウは婦警に案内されて応接間へと入った。
「私は先週、ローレンツ公とお会いしている。そちらの捜査に協力をしたい。あとネルフにローレンツ公の検死結果を送っていただきたい。よろしいか?」
警察署署長は滝のような汗をかきながらゲンドウの申し出を快く引き受けた。自ら取調室に向かうと担当の刑事から事情聴取を受ける。本当なら何時間か重要参考人として詳しく聞きたいのだが、ゲンドウとて忙しい身である。ゲンドウはネルフの捜査協力を約束して警察署を後にした。



ミライは冬月と共に司令室にて一人の少年と向き合っている。
「初めまして。フォースチルドレンの渚カヲルです」
銀髪で赤い目をした少年は女性ならウットリしてしまいそうになる笑顔を浮かべた。
「私が作戦総指揮官の式波ミライよ。一応初めましてかしら?渚カヲル君。いえ、ダブリス」
カヲルは笑みを絶やさない。
「キール議長から言われてここに来たよ。式波さん。あなたが僕らの“答え”なんだね」
「そうよ。あなたならわかるでしょ?」
「アダムとリリスの寵愛を受けし、生まれ落ちたノア。よくわかるよ。僕が君に敵わないことも」
「理解が早くて助かるわ。渚くん、あなたにはこれから人間として生きてもらいたいの。あなたならやっていけるはずよ」
「僕としては君に殺してほしかったけどね。存在意義を亡くしたこの世界で僕ははっきり言って無価値だ。どうやって生きていけばいいのかわからないんだ」
「それはあなたに関わる全ての人が教えてくれるわ。あなたは彼らと共に生きる。それだけでいいの」
「わかったよ」
カヲルは司令室から出て行った。冬月が心配そうに声をかける。
「良かったのか?あれで」
「はい、彼は・・・パパの心の中で最も綺麗で最も残酷な思い出になってしまったから・・・やり直しをしてあげたいのです。彼もまた、パパのことを大好きな人だったから」
「しかし、相手は使徒なんだぞ?」
「それを言ったら私も使徒ですよ。でも、安心してください。もし彼がパパとママを傷つけるようなことをするなら私が殺します。それより、冬月副司令には彼の保護者役をお願いしたいのですが・・・」
「ああ、それくらいならお安い御用だ」



「・・・それで?」
「それでって・・・それだけよ」
休み時間、アスカはレイにシンジからもらった髪飾りについての尋問を受けていた。アスカの返答に思わずため息をつくレイ。話題の本人はトウジ達と一緒にグランドでサッカーをやっている。
「兄さんから何も言われてないの?」
「えっ?だって・・・言葉じゃなくて、物で表現してくれたと思って・・・」
「不安がらせるつもりはないけど、ちゃんと言葉にしてもらったほうがいいわ。兄さん天然な所あるから」
「そ、そうなの!?」
「兄さんはアスカに好意を持っているとは思うけど、兄さんは筋金入りの鈍感だから。多分、アスカが兄さんのことを好きっていうクラスの公然の秘密もわかってないと思うわ」
「公然の秘密って・・・」
「男子はわからないけど、女子ならみんな知っていることよ。見本とも言うべき見事なツンデレやっていてわからないほうがおかしいわ。こうなったらアスカから告白したほうがいいわ」
「そ、それは無理よ!無理!そういうのは男のほうから言うべきよ!雰囲気のある場所で・・・その・・・」
「アスカって意外と保守的なのね。流石はツンデレのプロね」
そのとき、二人の携帯にメールの着信音が鳴る。レイは携帯電話を取り出すと内容をチェックする。
「アスカ、四人目が見つかったって、今日ネルフでお披露目だそうよ」
「マジで?」
「マジで」
「仕方ないわね~お仕事お仕事」
「兄さんには私から伝えておくわ。アスカ、この話はまた今度ね」
アスカは思わず苦笑いを浮かべた。
放課後、3人はネルフに向かうため並んで帰る。その様子をケンスケは教室の窓から見下ろしていた。
「なんやケンスケ、考え事か?」
トウジが話しかける。ケンスケはトウジを見ようとせず、視線を3人に向けたままだ。
「なあ、トウジ。なんで惣流は碇といつも一緒にいるんだ?」
「そら、エヴァのパイロットだし、式波さんのところで同居しているからやろ」
ケンスケの目が嫉妬で歪む。ケンスケはシンジのことを嫌いではないが、苦手意識を持っている。ミリタリーオタクのケンスケにとってエヴァのパイロットというのはまさに憧れだ。しかしシンジはエヴァのパイロットという立場になんの執着も誇りも持っていない。そしてアスカの存在もある。
アスカはよくシンジに笑いかけるが、その笑顔が自分に向けられたことは一瞬でもない。しかもデート券の一件以来両者の溝はより深く広くなった。ケンスケは必死でその溝を埋めようとしてきたが、アスカにその気など微塵もない。
ケンスケは自分が欲しいものを全て持っているシンジが羨ましくて仕方がない。アスカの不器用な愛情表現を受けながらも曖昧な距離を保ち、しかもエヴァに対して執着のないシンジが妬ましく、憎い。
「エヴァのパイロットになれれば・・・惣流も見てくれるのかな?」
ケンスケの独り言はトウジの耳にも入った。
「なんや、ケンスケお前まだ惣流のこと諦めてなかったんかい。やめとけやめとけ。相手が悪すぎるわ」
「わかってるさ、相手にされてないことも俺が釣り合わないってこともな。でもどうしようもないんだよ」
ため息をつくケンスケ。トウジはケンスケの気持ちは理解している。恋愛は理屈ではない。どうしようもないほどに恋い焦がれる気持ちも理解できないわけじゃない。しかし、トウジから見てもアスカはシンジのことしか見ていないことは明らかだ。そこに他の人が入る余地など微塵もない。それどころかアスカはケンスケに対して嫌悪感を抱いている。それはデート券を買ったことによるものだが、それ以前に相手にもされていないということに気が付かない。いつかは自分にもチャンスがと本気で思っている。
ケンスケが思いついたように呟く。
「そうか、俺もエヴァのパイロットになれば・・・」
「ケンスケ、それはあかんで」
トウジはケンスケの内に秘めた考えを読んで止めた。
「ケンスケ、お前エヴァのパイロットになったら惣流もお前のこと見直すとか考えてないか?」
「そうだよ。碇みたいな奴がなれるんだ!俺にやってできないことはないさ!」
「ケンスケ、お前じゃ無理や。それにシンジはお前が考えているほど弱い奴でも情けない奴でもじゃないで?」
「訓練を積めばどうとにでもなれるさ!俺だってサバイバルゲームで鍛えているんだ!すぐに追いつくさ!」
「目ェ覚ませ!遊びちゃうで?」
「うるさい!俺をバカにするな!」
ケンスケは教室を飛び出した。トウジはケンスケを追いかけることをしなかった。ケンスケとてバカではない。すぐに間違いに気づくはずだ。そう信じていた。


その日の夜、リビングでテレビを見ているアスカと雑誌を読んでいるレイ、シンジが夕食の準備をしているところへインターフォンが鳴った。
「ごめん、今手が離せないからアスカ出て」
「え~!今いい所なのよ!レイお願い!」
「ふぅ・・・しょうがないわね」
レイは半ば呆れた顔をしてインターフォンに出る。
「はい、どちら様ですか?」
『綾波!相田だけど、式波さんいるかな?どうしても会いたいんだ』
「姉さんに?まだ帰ってきてないけど、なにか用?」
『式波さんに俺をエヴァのパイロットに推薦してほしいんだよ!どうしてもエヴァのパイロットになりたいんだ!』
レイは台詞に怒りを通り越して呆れ返ってしまった。
「相田くん、あなた勘違いしているわ。前にも言ったでしょ?あなたが考えているほどこの戦いは甘くないの。簡単にエヴァに乗りたいだなんて言わないで」
『そんなことわかってるさ!俺だってエヴァに乗って戦いたいんだよ!俺だってやればできるさ!』
「あなたは何もわかってないわ!何も知ろうとしないくせにわかった風な口をきかないで!」
レイの怒声にアスカとシンジが目を丸くしてレイを見つめる。
「レイ、どうしたの?なにかあったの?」
「相田くんがエヴァに乗って戦いたいですって」
「はあ?レイちょっと変わりなさいよ。もしもし?」
レイはアスカに受話器を渡す。アスカの少し苛立った声がケンスケの耳に届く、ケンスケはアスカが何故苛立っているのか理解しようともしない。アスカの声が聞こえただけで舞い上がった。
『あっ!惣流!聞いてくれ!俺もエヴァの・・・』
「あんたバカァ!?何がエヴァに乗って戦いたいよ!ふざけるのもいい加減にして!レイも言ったでしょ?アタシ達の闘いはアンタが考えているほど甘くはないのよ!」
『そんなことはわかってるさ!俺は惣流を!君を守りたいんだよ!』
「ハッ!アンタに守られるほど落ちぶれちゃいないわよ!アタシの背中を預けられるのはシンジとレイだけよ。アンタ如きじゃ無理よ!一緒に戦うのも御免だわ!」
『碇にできるなら俺にだってできるさ!あんな情けない奴より俺のほうがよっぽどできるぜ!』
その一言がレイとアスカの逆鱗に触れた。
「「シンジ(兄さん)をバカにするな!」」
叩きつけるように受話器を置くアスカ、レイも怒りを露わにしている。そして赤と蒼の目はキッチンで縮こまっていたシンジに向けられた。
「「シンジ(兄さん)!ごはん!」」
「はひっ!」
そのストレスは自動的にシンジにと向けられた。シンジの手間暇かけて作られた料理がほいほいと二人の口の中に消えてなくなる。手間暇かけて作った自信作とも言える料理が味わうことなく消えていく虚しさをシンジは噛み締めた。



その白黒の縞模様をした使徒は突如第三東京市に現れた。アリ一匹入ることもできないようなレーダー網をかいくぐり現れた使徒レリエル。ミライは自走砲で攻撃を仕掛けてみる。影は一瞬のうちに消えて、同時に自走砲も底なし沼に沈むように消えて行った。
リツコが4人のチルドレンを前に説明する。
「あの球体が影で下の影が本体よ。直径680メートル。厚さ3ナノメートル。内部はATフィールドで支えられていて、中身はディラックの海でしょうね」
「リツコ、ディラックの海は前世紀に否定されたはずよ?」
「アスカ、現実を見なさい。アレがそうなのよ」
「それで、作戦は?」
ミライが頭をボリボリとかいた。その姿はミサトを連想させる。
「それがね~まだ検討中なのよね。今作戦部と戦自、あと量子電磁学、量子力学を専門とする教授も交えて話し合っているところなんだけど・・・芳しくないわね」
否定されたものが今現実なものとして姿を現したことは学者達を大いに驚かせた。いくらネルフの作戦部に所属している人たちがトップエリートであったとしても、専門的なことになるとどうしても力不足となる。そのため学者たちを呼んで作戦会議をしているのだが、状況は手詰まりに近い。
「まだ作戦会議が長引きそうだから、シンジ、レイ、アスカの3人はエヴァにすぐにでも乗れるように待機していて。渚くんは・・・そうね、一緒に作戦会議室に来て」
「わかりました」


ミライとカヲルが作戦会議室に入ると中は煙草の煙がいくつも漂っている。その場にいる全員が頭を抱えていた。ミライは少しせき込みながら日向の隣に座る。
「どう?日向さん」
「どうもこうもないですよ。ずっとこの調子です」
ホワイトボードにはいくつもの数式がいたるところに書き込んであり、さながら大学の物理の講義のようだ。カヲルは部屋の周りを見渡すとクスクスと笑い始めた。
「渚くん、なにが可笑しいの?」
苛立った視線からカヲルを庇うように尋ねる。カヲルは笑みを浮かべながら話し始めた。
「すみません。今みなさんがここでこうも頭を抱えている光景が可笑しくって」
「なにを言うか!私たちは必死で対策を考えようと!」
スーツを着てメガネをかけて見るからに頭の固そうな男性が席を立ってカヲルを非難した。カヲルは涼しい顔でホワイトボードを指ではじく。
「ではお伺いしますが、この数式がなんの役に立つのです?大方ディラックの海がどういうものかの説明のためでしょうけど、ここは作戦会議室であって学校の教室ではないでしょう?これだけ人が大勢いるのに着眼点がズレていることに誰も気が付かないなんて」
その場にいる誰もが目を丸くする。
「どういうことなの?渚くん」
「問題なのはあの使徒をどうやって倒すかであってディラックの海がどういうものかじゃないでしょう?」
唖然とする周囲を余所にカヲルは続ける。
「先ほど赤木博士より、あの使徒はATフィールドで支えられていると言われました。だったらそのATフィールドを中和してしまえば自分の体を支えられずに自滅するのでは?」
カヲルの言葉に日向が思わず机を叩いて立ち上がった。
「そうか!行けますよ!式波指揮官!MAGIで早速調べてみましょう!」
学者たちとミライを置き去りにして作戦部の人間は部屋を飛び出していった。
「えーと、つまりどういうこと?」
「ふふふっ使徒の対策を話し合っていたはずが、いつのまにかディラックの海そのものの話にすり替わっていたのですよ。そのことに気が付かないで議論をしていたのです。面白いねリリンは、実に興味深いよ」
カヲルは実に楽しそうに笑った。ミライはここで初めてカヲルに優しい顔を向けた。
「面白いのよ。人間は・・・使徒みたく全部で1つ。1つが全部というものじゃないからね。みんな違うのよ。だから傷つけあい、そして支えあうのよ」
「僕は少しリリンに興味が沸いたよ。ところでひとつ提案があるけどいいかな?」
「なにかしら?」
カヲルは笑いながら答えた。
「僕をシンジ君と一緒に初号機に乗せてほしいんだ」


「なんで来たばっかりの新人がシンジと一緒にエヴァに乗っているのよ!」
ミライの作戦にアスカが噛みついた。作戦は初号機がフォワードとなってATフィールドを中和するというもで零号機と弐号機はバックアップだ。
「仕方ないでしょ?ATフィールドの扱いはシンジが一番慣れているけど、渚くんはその補佐をするのよ」
「だからって一緒のエントリープラグに入る必要ないじゃない!」
「姉さん、アスカは兄さんと一緒に入りたいから嫉妬しているの」
「ちがうっつーーーーの!!」
レイはミライに何か考えがあるのだろうと思った。レイはカヲルに対してどこか自分と似たような雰囲気があるのをすぐに察した。ミライがそれを見抜けないはずがない。そう思っている。ミライはカヲルのことをどこか信用しきれていないが、シンジの親友であったことは知っている。ここで邪見するよりは、彼の提案に乗ってこちら側についてもらおうという算段があった。そんなこととは露知らずにシンジはカヲルとエントリープラグに乗り込んだ。
「よろしくね、渚くん」
「カヲルでいいよ」
「わかったよ。カヲルくん。僕もシンジでいいよ」
「わかったよシンジ君。ふふふっ・・・」
突然笑い出したカヲルにシンジは戸惑う。
「君はガラスのように繊細な心を持っているね。それでいて、鋼のように強靭だ。好意に値するよ」
「どういうこと?」
「好きってことさ」
同性から面を向かって言われて思わず顔を赤らめるシンジ、アスカとレイはその様子をモニターで見ている。
「レイ・・・」
「わかっているわアスカ」

((あいつは後で殺そう))



レリエルは予測通り、ATフィールドを中和すると自然とその姿を消して自滅した。結果に安堵するミライ。発令所には初号機の会話が流れる。
『やったね!カヲル君!』
『僕とシンジ君が組めば倒せない敵などいやしないさ』
『ちょっ!カヲル君!くっつきすぎだよ!』
『ふふふっこれもスキンシップさ』
『な!どこ触っているんだよ!カヲルくん!』
『ズンズンズン ズンドコ♪』
『怖いよ!』
「「だーーーーーーーーーー!!!!!!シンジから離れろ!このファッキンナルシスガチホモが!」」
発令所にアスカとミライの罵声が響く。エントリープラグから降りたカヲルは満面の笑顔を浮かべていた。シンジは泣いていた。何があったのかシンジは何も語らない。ただ一言だけ呟いた。
「僕・・・汚されちゃったよ・・・」



昼休み、シンジ達は屋上で昼ご飯を食べている。その中にカヲルがいるかわりにケンスケの姿がなかった。あの日からアスカとレイ、そしてケンスケの交流はほとんど途絶えたと言っていい。シンジはどうにか元通りにならないものかと思案したのだが、アスカとレイに取り付く島がない以上どうしようもない。ケンスケ自身もシンジ達を避けるような態度を取っていたためシンジは時間が解決することに望みをかけるしかなかった。
「そうだ、今度参号機が来る予定だよ」
カヲル専用機がついにアメリカから日本へ送られてくる。そのことを昼休みにカヲルは嬉しそうに話した。
「僕はシンジ君と二人で一緒に乗れたほうがよかったんだけどね」
「センセ・・・節操ないな・・・」
「だあ!アンタなに気持ち悪いこと言っているのよ!シンジも何か言いなさいよ!」
「兄さん今のうちに言いたいことは言ったほうがいいわ。さもしないとATフィールド全開の粗末なプログナイフを拝むことになるわ」
「レ、レイ君、それはひどすぎないかい?」
「ふ、不潔よ!でももう少し詳しく!」
「僕をBLネタにするのやめてよ!お腹いっぱいだよ!」
カヲルが加わったことで明らかに斜め上の方向へシフトしたシンジ達、もちろん意図していることはない。シンジはこの状況にほとほと困り、アスカは意外なライバルの出現に怒り、レイ、ヒカリは妄想を膨らまし、トウジは我関せずという立場を決めていた。
(リリンはこうやって色々な人と交わって世界を広げていくんだね。孤独じゃないというのがこんなにも気持ちのいいものだったなんて知らなかったな)
これらの体験はカヲルにとってとても貴重なものとなった。自分では意識していないところでカヲルの考えは少しずつ変化していくこととなる。



その頃、ミライはリツコの部屋で参号機の受け入れの準備に追われている。アメリカでS2機関の実験した後、日本へと送られる手筈となっている。ミライは再三にわたりアメリカのネルフ支部に中止の依頼をしてきたが、聞き入れてはもらえなかった。
「ミライ、気にしすぎじゃない?前の世界ではあの事故は意図的に仕組まれたものだったんでしょ?あのころとは状況がまるで違うわ今回は大丈夫なんじゃない?」
「確かにそうだけど油断はできないわ。いくら前回と違うといっても前とは大分かけ離れてきているから何が起こるかわからないもの」
「・・・確かにそうね」
リツコはぬるくなったコーヒーを飲みこんだ。
後日、アメリカから報告が入る。S2機関の実験は成功に終わった。この結果にミライは安堵した。予定通り参号機が配備されることとなる。
しかし、参号機がネルフ本部に着くことはなかった。


「はあ!?参号機を乗せたタンカーがロストした!?」
その一報をリツコから聞かされたミライは愕然とした。
「なに!?なにがあったの!?」
「こちらに向かう途中で台風の直撃にあったらしいの。それで海に沈んだという話だけど」
「そんな・・・こんなことって・・・」
「それでね、先日ロールアウトされた伍号機が今度ドイツから搬送されることが決定したわ。来週にもこちらに来る予定よ」
「そう・・・伍号機が・・・」
「どうする?S2機関内蔵だから伍号機は使徒に感染している可能性は否定できないわよ」
「リツコさんダミープラグは?」
「ミライが提案してくれたレイの素体を使わない魂のデジタル化した新しいダミープラグならもうすぐ完成する予定よ」
「そう、じゃあまずは松代でダミープラグの実験をするわ。うまくいけばそれで使徒化するでしょうから、すぐに殲滅する。これでどうかしら?」
「悪くないアイデアね。もし使徒化しなかったら?」
「そのときは渚くんにバルディエルを乗っ取ってもらうわ」
ミライの提案にリツコは頷いた。カヲルが行動を起こすには早すぎるため、カヲルはしばらくはこちら側につくだろうとミライは予測した。もしそうでなければ・・・ミライはカヲルを殺すだけだ。



(来週新型のエヴァ伍号機が来るのか。松代で無人での起動テスト・・・いける!これで俺がエヴァを乗りこなせればきっとネルフも俺をエヴァのパイロットにしてくれるはず!そしたら惣流も・・・)
父親のパソコンを見ながらケンスケはにやりと笑った。



学校では朝のホームルールが行われている。出欠をとるために名前が呼ばれる。
「相田、相田ケンスケ。うん?いないのか・・・」
ケンスケの座っていた席は空席となっていた。
(なんや?ケンスケのやつ風邪でも引いたんか?)
トウジはどこか言い知れぬ不安を感じている。そしてそれは現実の物となる。


松代の実験場ではミライとリツコがダミープラグの実験のため準備大忙しである。
マヤが不安そうな顔をしてリツコに話しかけた。
「あの・・・先輩。警備の人とか作業員とかやけに少なすぎませんか?」
「え?ええ、必要最低限の人数しかここにはいないわよ。何が起こるかわからないから」
「それはわかりますけど、こうも人が少ないと返って不安です」
(伍号機に使徒が感染しているかもしれないなんて言えるわけないじゃない。マヤったら変に鋭いわね)
「怖いのは私も同じだわ。それよりしっかりやらないとミライから怒られるわよ」
リツコはマヤの肩を軽く叩いた。マヤは満面の笑みを浮かべて作業に戻っていった。

「それでは無人起動実験スタート」
リツコの合図でオペレーター達が流れるように操作していく。モニターに映し出される数字も順調だ。
「リツコさん、これなら大丈夫そうじゃない?」
「そうね、でも油断はきんも・・・」
『ビィーーーー!ビィーーーーー!』
けたたましいサイレンが鳴り響いた。
「なに!どうしたの!?」
「今!エントリープラグが手動で開きました!」
リツコとミライの顔が青ざめた。
「実験中止!監視カメラの映像出して!」
モニターに監視カメラの映像が映し出される。
「この子は!」
ミライが言いかけた時、強い衝撃と共にミライの意識は暗転した。



少し時を遡る。ケンスケは前日のうちに松代のエヴァ無人実験場近くの雑木林に忍び込んで一夜を過ごした。朝、行動を開始した彼の目の前には夢にまで見たエヴァがエントリープラグが差し込んまれたまま立っていた。ケンスケは周囲を見渡す。人のいる気配はない。ケンスケは茂みの中から飛び出した。
ケンスケは迷彩服を着て監視カメラの間を縫うように歩き見つからないように侵入する。ケンスケがここまで来れたのにはいくつもの幸運があった。まずは安全のために必要最低限の人数しか配備されなかった警備。そして監視対象にケンスケが忍び込んだ雑木林が外れていたことだ。
ケンスケはエントリープラグの排出スイッチを探し当てると開いた搭乗口に滑り込んで扉を閉めた。
「すげえ・・・こうなっているんだな・・・どれどれ?」
ケンスケがレバーを握った瞬間、なんとも言えない高揚感と解放感がケンスケを襲い、その快感に身を委ねてケンスケの意識は真っ白になった。



シンジ、レイ、アスカ、カヲルの携帯が鳴る。シンジは電話に出て、厳しい顔を浮かべて電話を切った。
「行こう。緊急招集だ」
4人は教室を飛び出す。その背中をトウジとヒカリは心配そうに見送った。トウジはヒカリに話しかける。
「なあ委員長、今日ケンスケが来てへんけど、何か連絡あったか?」
「いいえ、先生が言うには連絡が取れないらしいの。どうせ軍艦でも見に行っているんじゃないの?」
「それやったら行く前にワシに一言あるわい」
「ま、そうかもね」
トウジの不安は徐々に大きくなる。ケンスケのエヴァに対する執着心は人並み以上だ。それを知っているからこそトウジはケンスケが何かとんでもないことを企んでいないか心配するのだった。このことはトウジの心に暗い影を落とすこととなる。



ネルフに着くと日向から説明を受ける。シンジ達は監視カメラに映った自分の級友の姿に驚いた。
「ケンスケ!?どうして!」
「あのバカッあいつなにやってるのよ!」
「彼はエヴァのパイロットになりたがっていたねぇ。それでこの行動か・・・全く軽蔑に値するよ」
シンジ以外は憤慨の思いを露わにする。
「兎に角、彼がエヴァに乗り込んだ後松代で大きな爆発があったらしい」
「姉さんから連絡は?」
「式波指揮官からの連絡はまだない。何事もなければいいけど・・・」
心配そうな顔を浮かべる日向、その時発令所にゲンドウと冬月が入ってきた。
「総員、第一種戦闘配置」
ゲンドウの言葉で発令所は一気に緊張感が増す。ゲンドウはシンジ達を見下ろした。
「初号機、零号機、弐号機のパイロットはエヴァに乗って目標を撃破しろ。あれはエヴァではない。使徒だ」
「父さん!ケンスケを見殺しにしろって言うの!?」
「シンジ、最後まで人の話を聞け。可能な限りエヴァに乗り込んだ友人を助け出せ。もしものときは・・・その時は私が指示しよう。責任は私が全て持つ」
ゲンドウはせめて心を軽くするために自分が汚れ役を引き受けた。そのことはレイとアスカに届く。二人はゲンドウに敬礼するとエヴァに乗り込んでいった。シンジはまだ決心がつかない。ゲンドウはシンジに近づき肩に手を乗せる。
「シンジ、今お前がやらなければ友達は死ぬのを待つばかりだ。シンジ、お前が助け出せ」「父さん・・・わかりました!」
シンジは強く頷くとエヴァに乗り込んでいった。ゲンドウはシンジがいなくなった後、オペレーターに指示を出す。
「ダミープラグの準備をしてくれ」
「司令!しかしあれは・・・」
「万が一に備えてだ。指示は私が出す。君は何も気にしなくていい」
ゲンドウは自分の席に戻るといつものように手を組む。冬月が同情する。
「碇、つらい役目だな」
「責任を持つのは上の仕事です」
それ以上、ゲンドウと冬月は言葉を交わさなかった。



エントリープラグに向かうエレベーターの中、アスカはシンジの顔を見る。シンジの顔は青い。
「シンジ、アンタ大丈夫?」
「うん、大丈夫・・・信じられないよ。ケンスケがなんでこんなことするのか」
「兄さん、彼は自分が賞賛を浴びたいがためにエヴァに乗りたいのよ。いえ、違うわね。アスカに見てほしいからこんな馬鹿げた真似をするのよ」
「本っ当!バカな男ね。エヴァのパイロットならアタシが相手をすると思ったのかしら。いい迷惑だわ」
「そんな!そんなことで!!」
「いい?シンジ、アイツが何を考えてエヴァに乗り込んだのか、そんなのアタシ達には関係のない話だわ。でも戦いを迷っちゃダメ。迷ったらその分あのバカの命が危険になるわ」
「その通りよ兄さん。あの人の命なんかどうでもいいけど、兄さんや鈴原君、ヒカリさんが悲しむ姿だけは見たくないの。私もアスカも」
「レイ・・・アスカ・・・」
「シンジ!頑張りましょう!アタシ達なら大丈夫よ!」
ニッコリと笑ってシンジと肩を組むアスカ、シンジの顔にようやく笑顔が戻る。
「アスカ、レイ、ありがとう」
「ふふん♪やっと笑ったわね。アンタは笑っているほうがいいわよ」
「そうね、兄さんの笑顔にアスカはべた惚れしているから」
「ちょっ!レ、レイ!?変なこと言わないでよ!」
狭いエレベーターの中でシンジの周りをぐるぐると追いかけまわすレイとアスカ。二人の気遣いにシンジは心の中で感謝する。
(必ず助けるからね・・・ケンスケ)
シンジは決意を新たにした。



双子山にてバルディエルを待ち受ける3人。夕日の向こう側からゆっくりとこちらに向かうエヴァの姿が見えた。
『零号機は遠距離より攻撃、弐号機が攪乱、初号機はエントリープラグを抜いてくれ』
日向から指示が飛ぶ。待ち構える3人。すると伍号機から通信が入った。
『・・・、イ、・・、リ・・・』
『ケンスケ!?』
『イカ・・・、・・・・』
『ケンスケ!ケンスケなの!?』
『イカ、リか?』
『そうだよ!僕だよ!シンジだよ!』
『すまない。・・・、こん、なことに、・・・、助け、て・・・・、くれ』
『待ってて!今行くから!』
『ちょっ!待ちなさい!シンジ!』
アスカの言葉を無視して伍号機に近づく初号機、次の瞬間伍号機の腕が伸び、初号機の首を掴んで地面に叩きつけた。
『ぐはっ!』
『シンジ!』
『死ね!死にやがれ!碇!俺の惣流を奪いやがって!死にやがれ!』
『この野郎!シンジを離せ!』
『ああ・・・この声は俺の惣流、いや、俺のアスカなんだね・・・待っててね。すぐ邪魔なこいつを殺すから』
『いつアタシがアンタのものになったのよ!それにアタシをファーストネームで呼んでいい男はシンジだけよ!』
『ふぅ・・・騙されているなんて、可哀想なアスカ・・・俺がすぐに助けてあげるよ』
『やめろ!やめてよ!ケンスケ!』

伍号機は背中からもう2本の腕を出すと弐号機の首を掴んだ。
『キャッ!』
弐号機は電源が落ちたように力をなくして両腕を下げた。初号機も同じように電源が落ちたように動かない。
『アスカ!どうしたの!?』
『う、動かないのよ!どうなっているの!?』
発令所が慌ただしくなる。
「どうなっている。何故初号機、弐号機が動かなくなったのか調べろ」
「四号機プラグ内、映像出ます!」
モニターから映し出されたケンスケは狂気じみた目をして笑っていた。彼の体は粘膜のようなものが蜘蛛の巣のようにエントリープラグ内にへばりつき体を覆っている。
「わかりました!伍号機の手から浸食してエヴァの電気系統を麻痺させていると考えられます!」
「浸食タイプか・・・厄介だな」
冬月の言葉にゲンドウは奥歯を噛んだ。


『碇、俺はお前が憎い』
『な、なんでだよ・・・ケンスケ』
『何故お前がエヴァのパイロットだ!何故お前のような情けない奴がいつもアスカと一緒にいる!何故お前は俺が欲しいものをすべて持ってやがる!お前さえいなければ!お前さえいなければあああああ!』
伍号機は初号機を踏みつける。
『ぐほっ!』
『死ね!死ね!俺のアスカを奪いやがって!』
何度も何度も初号機を踏みつける。シンクロ率は生きているため、シンジは踏みつけられる痛みと締め付けられている苦しさを同時に味わった。
『やめて!シンジ!シンジィ!』
アスカは泣きながら必死でレバーを動かしている。伍号機は足元に転がる初号機の顔を踏みつけた。
『どうだ・・・碇、お前はその程度の男なんだよ。その程度の癖に俺のアスカに近づきやがって・・・うん、そうだ。アスカ、俺とキスしようか。エヴァ越しですまないけど、今からお前は俺の女だ・・・』
『やめろ・・・ケンスケ・・・』
『うるさい!黙って見ていろ!こいつは俺のモノなんだよ!』
『ふざけるな!誰がアンタなんかのモノになるか!』
『照れるなよ。アスカのファーストキスをもらうよ』
ゆっくりと近づく伍号機の顔、もう少しというところで四号機の頭が弾かれた。
「いてっ!くそ!誰だ!うわっ!」
続けて4本の腕に風穴があいた。思わず初号機、弐号機から手を離す伍号機。伍号機が向けた視線の先には零号機がスナイパーライフルを構えていた。
『シンジ!大丈夫!?』
『うん・・・なんとか・・・』
動けるようになった弐号機は初号機を抱えて後ろに下がった。アスカはシンジの声を聴くと伍号機を睨み付ける。
『アンタバカァ?アンタ如きにアタシがキスするわけないでしょ!?アタシのファーストキスはもうとっくに捧げたわよ!アタシの大好きな碇シンジっていう最高の男にね!』
『ふえっ?』
『な、なに!?』
『・・・・・・・あっ』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


気まずい。ものすごく気まずい。
『あ、あすか?それ・・・本当・・・なの?』
『えー、うー、・・・・もう、バカ・・・・サイッテーね・・・・・』
沈黙は肯定となる。
『シンジ、おめでとう』
『おめでとう』
『おめでとう』
『兄さん、おめでとう』
『おめでとさん』
『おめでとう』


発令所から拍手と共に祝福の声が届く。シンジとアスカは顔を真っ赤に染め上げた。
『認めねえ!俺は認めねえぞ!』
ケンスケの断末魔ともいえる怒声。しかし戦闘中にも関わらず浮ついた空気は抜けない。
『アンタのせいでこんなムードのない!しかもアタシから言う羽目になったじゃない!もっとムードのある所で告白されたかったのにぃ!』
『アスカ、論点が違うわ。でも大丈夫。後で兄さんから言ってもらうようにするから。いいわね?』
『逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ・・・・』
『何をしている。早く殲滅しろ』
ゲンドウの言葉で我に返る。3人は気持ちを切り替えすぐに迎撃の体制を整える。ゲンドウから再度通信が入る。
『シンジ、孫はまだいらないぞ』
『一言余計だよ!父さん!』


『俺を無視するんじゃねえ!貴様さえ・・・貴様さえいなければ!』
初号機に襲い掛かる伍号機、初号機の前に弐号機が立ちはだかった。
『シンジに触るな!』
弐号機は伍号機の攻撃を受け流すと、払い腰で伍号機を投げて叩きつけた。すぐさま初号機が伍号機の上に乗り組み伏せてエントリープラグをナイフで切り外す。動かなくなった伍号機に零号機から全弾射撃を受けた。
「パターン青消滅!使徒殲滅を確認しました!」
発令所に歓声が沸く。
「救護班は初号機、伍号機エントリープラグへ急行」
ゲンドウは戦闘が終わるとすぐに救護班を向かわせた。ケンスケは意識を失っていた。シンジは打撲だけで済んだ。



ミライは野戦病院で目を覚ました。
「いたたた・・・・」
「ミライ、気が付いたのね」
「リツコさん、そうだ!使徒は!?」
「バルディエルはシンジ君たちが殲滅したわ。それよりもミライ、このあと一大イベントがあるそうよ」
リツコは猫のように目を細めて笑った。



ジオフロント内にある公園。茜色に染まった公園でアスカとシンジは向かい合う。その周りには諜報員が気づかれないようにカメラを回している。
ネルフ本部はほぼ全員のメンバーがモニターに釘付けとなり、その様子を固唾を飲んで見守っている。冬月が呆れ顔でゲンドウに話しかけた。
「碇、なにもここまでする必要があるのか?」
「シンジと惣流君の大事な場面です。邪魔はしたくありません」
「だからといってMAGIや諜報員まで使って隠し撮り、盗聴まですることなかろう」

「そのためのネルフです」(ドヤ顔)


「お前についてきたことを本気で後悔しているよ」



シンジとアスカは顔を赤く染めながら向かい合う。言うべき言葉はひとつしかない。シンジは左手を何度も広げては握っている。
「1、 ああ、アスカ」
「は、はひ!」
「ぼ、僕も!あ、アスカのことが好きです!僕とずっと!一緒にいてください!」
シンジは頭を下げて右手を出した。
「あ、ああ、アンタ、自分で言ったことわかってるの!?それじゃまるで、プロ、ぽー、ず」
「僕は本気だよ!」
アスカは目に涙を浮かべながらシンジの手を握った。
「・・・浮気したら・・・殺すからね・・・」
「し、しないよ!するわけないじゃないか!」
シンジはアスカを抱き寄せ、アスカは逆らわずシンジの胸に引き寄せられた。夕日をバックに抱き合う二人。
「ねえ、アスカ。キス、したい・・・」
「エッチ・・・バカ」
「ご、ごめん・・・」
「こういうときは黙ってキスすればいいのよ」
二人の影がひとつに重なった。発令所はその瞬間クラッカーを鳴らした。この様子の映像と音声はMAGIの中でトップシークレットとして永久に保存されることとなる。彼らが隠し撮りされていることに気が付くのは当分先の話だ。


「今夜は赤飯だな」
「・・・ああ」


寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる